ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と剣巫2

 ガルドシュの一件から数日後、俺は苛々していた。

 

 いや、冒頭から何言ってんだと言いたいのは分かる。だが、そうなってしまうのは仕方がない。俺だって好きで苛々している訳ではないんだから。

 

 結果から先に言えば、ガルドシュは捕まった。俺の与えたダメージは確かに致命傷に近い重傷だった。あのまま放っておけば、確実に死んでいただろう。

 

 この口振りから分かるかもしれないが、ガルドシュは生きている。蛇遣いが何らかの手段を取って治療したからだ。流石に国外退去処分な上に、確実に牢屋入りだろうがそれでも生きている。

 

 まぁ、その事自体は割とどうでも良い。あれだけガルドシュを目の敵にしていてなんだが、黒死皇派の事は割とどうでも良い。というか、そもそもガルドシュの話が出てくるまで忘れていた。

 

 俺にとって、ガルドシュ――――黒死皇派の一件は終わった事だった。世界的に有名なテロリスト集団だったが、活動不能の域まで追い込んだ。あの組織は獣人種の縮図ともいえる場所だった。

 

 つまり、強い者こそ正義。いくら崇高な目的を掲げようと、獣の本能から逃げることは出来ない。黒死皇のカリスマもさることながら、その強さこそがあの組織を支えていたのだ。

 

 その主柱ともいえる黒死皇が斃れ、他の幹部連中も殲滅した。となれば、必然的に黒死皇派は空中分解されると思っていた。事実、一度は空中分解している。それが持ったのはガルドシュの持っていた知名度が理由。それもなくなった以上、あの組織は割とどうでも良い。

 

 

 問題は――――ガルドシュが最後に見せた満ち足りた表情だった。

 

 

 どうして奴があんな表情を浮かべたのか。俺には分からない。俺が言うのもなんだが、クリストフ・ガルドシュという男は屑だ。根っからの戦争屋で、目的と手段がゴチャゴチャになっている。

 

 奴にとって、獣人の地位などどうでも良い。奴は好きなように戦えて、その上多くの被害が生まれる戦場が好きなだけだ。だからこそ、奴は黒死皇に従っていた。勿論、圧倒的な力を持っていた黒死皇に尊敬の念があったかもしれない事は否定できないが。

 

 だが、それでも。あいつは人でなしだ。あいつほど獣畜生という言葉が合うような奴は他にはいないだろう。黒死皇の弟は割と下種で、獣畜生という言葉が似合っていたが。それでも死んでいるし関係ないだろう。

 

 ……なんか今日は一々話が脱線するな。まぁ、良い。俺が苛ついている理由は分かっているのだ。その理由がしょうもない事である事も理解している。それでも尚、抑制する事ができない。

 

 我が事ながら情けない。俺は結局――――羨ましかったのだ。あんな風に満足げな表情を浮かべる事ができたガルドシュが。それはかつて、俺を育ててくれた切嗣の最後に似ていたから。

 

 切嗣の生き方を羨ましいと思った事は一度もない。大衆を救うために自分を犠牲にし続けてきた切嗣は俺から見て幸福そうには見えなかった。多くの人々を救うために、天秤から外れた少数を殺す生活が幸福である筈がない。

 

 殺すばかりで救う事のない切嗣のやり方。それは多くの人々から批判を受けた。もっと良い方法があったのではないか、と。口に出すだけでしもしない連中に言われた事を、切嗣は否定しなかった。そうかもしれないね、と口を濁していた。

 

 人なら誰だって自分だけが助かりたいと思う。人間なんて基本的に自分本位な生き物だ。自分が幸せであればそれで良い、なんて奴はそれこそ腐るほどにいるだろう。他人がどれだけ苦労し、悩み、考え抜いた末に出した苦渋の決断であろうとどうでも良いんだろう。

 

 そんな社会で生きていれば、そんな意見が出てくるのは当然。口ばかりの偽善者が蔓延る社会を、切嗣は否定せずに受け入れていた。かく言う俺もなし崩しに受け入れていたが。どうせ口に出しても無駄なのだと分かっているから。

 

『それで?結局、お前さんは何が言いたいんだ?』

 

 俺は、決して幸せな終わり方は出来ないと思っている。英雄なんて呼ばれちゃいるが、そんな器じゃないと思っている。精々が英雄に討たれる化け物と言ったところだろう。多くの者の命を奪い、相応しき英雄に討たれる。それが末路としてはお似合いだろう。

 

 妻を娶り、子を創り、家族に見送られて死ぬ。そんな真っ当で、当たり前の生活は決して望めない。そんな生活を望むには血に塗れすぎている。誰よりも俺自身がそんな生活を諦めているというのも大きいがな。何にしても、俺はあんな表情を浮かべられないだろう。

 

 惨めに、地べたで血反吐を吐きながら死んでいるだろう。少なくとも、真っ当な死に様ではないだろう。そんな物、俺の力と何よりも出自が許すはずがないのだから。

 

『そりゃそうだ。お前の力と出自が何よりも争乱の種になりかねないよな』

 

 だからこそ、俺は捨てられた。まともな生活など望むべくもなく、俺という存在は生まれるべきではなかった。そう言うかの如く、俺は親たちに切り捨てられた。自分たちとは関係ない場所で野たれ死ねと言うように、俺を放逐した。

 

『あいつらは本当に臆病だったよな。それが総ての悪手の始まりだったってのに』

 

 切嗣以外の総ての関係がなくなり、俺は力を使い始めた。始まってしまえば後は止めようがない。殺すために力を使い続ける事になる。救うなどという事は俺にとって最も縁遠い言葉なのだから。

 

「俺は――――いつまで俺のままでいられるかな」

 

 手を見下ろしながらそう呟く。そうした瞬間、一瞬手が白く光ったのを感じた。それを握りつぶすように掌を閉じる。そしてもう一度開くと、開くと白い光は跡形も無くなっていた。

 

「……衛宮君、大丈夫ですか?」

 

 声をかけられたので振り返ると、そこにはチアリーディング姿の姫柊さんがいた。今日は球技大会当日。俺はクラスメイトの試合を見るためだけに来ていた。まぁ、姫柊さんと約束していたし、破るのは嫌だったからな。

 

「ああ、大丈夫。姫柊さんこそ応援に行かなくても良いの?」

 

「衛宮君、今は昼休みですよ?皆、昼食を取りに行ってますよ」

 

「え?あ、本当だ……」

 

 時計を見てみると、時間は十二時を迎えていた。屋上で皆の試合をボーっと眺めていたんだが、どうもボーっとしすぎていたらしい。まさかチャイムが鳴っていた事にも気が付かないとは。

 

「それで、姫柊さんは何か用かな?昼、食べに行かないの?」

 

「いえ、衛宮君が見当たらなかったので探してきて欲しい、って凪沙ちゃんたちに頼まれたんです」

 

「そっか。姫柊さんも疲れてるだろうに、悪いね」

 

「別にそれ自体は良いんですけど……大丈夫ですか?」

 

「体調なら大丈夫だよ。健康そのものだ。姫柊さんが心配するような事は一切ないよ」

 

「それなら良いんですけど……」

 

「姫柊さんこそ、この間の騒ぎの影響はないんですか?」

 

 眷獣、それも第四真祖の物の暴走ともなれば相当な被害を及ぼす。建物の被害は言うに及ばず把握しているが、人的被害は把握していない。姫柊さんが無傷なのは知っているが、一応訊いておく事にした。知ってたらおかしいしな。

 

「あ、はい。怪我とかはしていません」

 

「それは良かった。クラスには怖かったって言ってた奴もいたし、軽くではあるけど怪我した人もいるって聞いたし。何もなかったなら良かったよ」

 

 実際、窓ガラスで切ったとかいう話を聞いた。少なくともあれだけの被害を齎せば、少数ではあっても被害者は出る。それは無理らしからぬ事だし、重傷を負った者がいない事が何よりも幸いだ。

 

 第四真祖の新たなる眷獣の能力は圧倒的な振動による破壊。ガラスは基より、電灯も校舎も破壊されていてもおかしくはない。そうなれば崩壊して押し潰されても何もおかしくはない。そうなれば普通に人は死ぬ。

 

 昔、切嗣がそうやって殺した事がある。相手はとんでもない極悪人がトップの組織だった気がする。柱の主柱を爆破して、全部丸ごと吹き飛ばして殺害していた。

 

「それを言うなら、衛宮君だって……」

 

「風邪の影響なら残ってないって。それは姫柊さんだって知ってるでしょ?」

 

 そもそも風邪ではないんだから、影響がある方がおかしいんだが。まぁ、風邪ではなくてもあの騒動の心労的な物は存在したが。それでも日常生活に支障をきたすほどではなかった。まぁ、本当に疲れたけど。

 

 あの後、獅子王機関三聖から連絡を受けた。ヴァトラーがこの絃神島に大使として残るという話だ。腹立たしい話ではあるが、政治的な判断に口を出せるような権限は俺にはない。

 

「……ごめんな、姫柊さん」

 

「え?」

 

「最近、ちょっと苛々させられるような事が多くってさ。それでちょっと機嫌が悪かったんだ。それで八つ当たりみたいな事しちゃったんだ。だから、ごめん」

 

 落ち着いて考えたら、こんなの八つ当たりだ。姫柊さんが悪い事なんて……そりゃあ、少しはあるかもしれないけど大半は関係ない。そんな事で彼女に当たるのは人として、何より男としてどうかと思う。

 

「姫柊さんだって疲れてるだろうに、何してんだろうな。人に迷惑をかけるとは……情けないな」

 

 そう呟きながら座り込む。誰かに迷惑をかけることは嫌いだ。知りもしない他人ならいざ知らず、それが親交のある人物なら尚更だ。情けない事この上ない。そう思いながらフェンスに凭れ掛かろうとすると――――

 

「へ?」

 

「え?」

 

 ガシャッ、という音と共にフェンスが外れた。おそらく、先日の第四真祖の眷獣の暴走のせいだろう。あれだけ窓ガラスを粉砕し、壁に罅を入れたような力だ。その発信源から最も近いこの場所が影響を受けていないとは考えずらい。そう考えると、これも必然なのかもしれない。

 

 そんな風に頭では冷静に思考していた。しかし、身体は突然の事態に硬直していた。別にこの程度の高さから落ちても怪我はすれども、死ぬことはない。そんな柔な鍛え方はしていないし、こんな事態は昔から経験している。

 

「衛宮君!」

 

 しかし、姫柊さんが落ちそうになっている俺の手を握ったとなると話は別だ。彼女まで巻き込む訳にはいかない。いくら剣巫として経験を積んでいるとしても、彼女は高所恐怖症だ。迷惑はかけたくない。

 

「姫柊さん、離してくれ。君まで巻き込まれる必要はない」

 

「そう思うなら、早く上ってきてください!」

 

「いや、俺なら大丈夫だから。この程度の高さで死ぬほど柔な鍛え方はしてないよ」

 

「それでも怪我するなら意味ないじゃないですか!」

 

 どうして、彼女はここまで必死に俺を助けようとするんだろう。少なくとも、俺の周辺にいた人物の中にはそんな人物はいなかった。だが、当たり前だ。人が一人で生きるだけでも大変なのだから、助ける余裕などないのが当然だ。

 

 だから、態々そんな事をしてくれる人物はいなかった。己の道は己で切り開くのが当たり前。その結果どうなっても、それはその者だけの責任だ。だから、俺の行動によって俺が窮地に陥ったのなら、それは俺の責任だ。

 

「……早く!」

 

 必死になって俺を助けようとしている姫柊さん。その行動に困惑しきっている俺。支えきれなくなりそうだった姫柊さんがこっちに追い縋ってきた。流石に姫柊さんまで巻き込んでしまう訳にはいかない。靴の踵の部分にスパイクのような物を生み出し、腹筋を使って無理矢理屋上に身を戻した。

 

 息を切らして助けられたことを喜んでいる姫柊さんとそんな姫柊さんを呆然とした表情で見ている俺。姫柊さんにとっては当然の、しかし俺にとってはあり得ざる光景がそこには存在したのだった。

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