ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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天使炎上編
弓兵と聖女と相棒と猫


 目の前に広がる光景を俺は肘をついて眺めていた。今日は大河に呼ばれてここを訪れたんだが……相変わらずの姿がそこにはあった。

 

 もはや使われなくなった廃教会。散乱している椅子の瓦礫。そして――――大量の捨て猫とそれらの世話をしている銀髪の美少女とその隣にいる相棒()

 

「ここは本当に相変わらずだな……順調に猫が増えてやがる」

 

 アデラード修道院。俺たちはかつて、そう呼ばれていた施設の中にいる。ここにいるのは銀髪の少女――――叶瀬夏音さんが拾ってきた絃神島で捨てられた飼い猫たちだ。彼女は学園では『聖女』とまで呼ばれているような人で、信じられないだろうが……大河の彼女だ。

 

 どんな方法でそんな関係(・・・・・)になったのかは知らない。だが、大河に誘われる形で俺も偶にここに来るようになった。その所為かは知らないが、俺の足元にも猫たちが寄って来ていた。

 

「しっかし、士郎にそこまで猫が懐くなんて不思議だな。怖がられても不思議じゃねぇのに」

 

「煩いな。……俺が餌をやってる時もあるから懐いてるだけだろうさ」

 

 実際、それくらいしか理由がない。学生としてこの島にいる間はそれほど忙しくはない。叶瀬さんが用事がある時に、俺が代わりに餌をやったりしに来ていた。それが理由だろう。

 

「そんな事はないでした。この子たちは好きで衛宮君に懐いていると思います」

 

「ふ~ん、そっか。じゃあ、なんで俺に懐いてるのかね?それ以外、特に理由が思い浮かばないんだけど」

 

「多分、衛宮君が優しいから、だと思います」

 

「優しい?俺が?」

 

 俺はその言葉に首を傾げる。自分が優しい、だなんて言われても到底信じられない。俺は義務的にやっていた部分があるし、それほどこの猫たちに興味はない。ただ頼まれたからやっていただけだ。そんな奴が優しいとは到底思えない。

 

「はい。少なくとも、この子たちをきちんとお世話してくれていますから」

 

「ああ~、確かにそういうの士郎は真面目だよな。何もする必要ないのに、ここにも率先して来てるみたいだし」

 

「当たり前だろ。俺はこいつらの世話をしたんだから、それに責任を持つべきだ。頼まれたから、とかそんな理由で止めるべきじゃない。そんな無責任な事ができるか」

 

「だからさ、そういう所に猫は懐いてんじゃねぇの?自分たちには全然関係ないのに、そうやって面倒を見てくれるところにさ。士郎って、自分に対する評価が甘いよな」

 

「自分に対する評価が……甘い?」

 

「ああ。お前はもっと自分を大事にするべきだ。良くも悪くも、お前は身内に甘すぎる。それ以上に、お前は自分を蔑ろにしすぎなんだよ」

 

 俺が、自分を蔑ろにしている?そんな馬鹿な……とは言い切れない。俺が身を粉にして戦う必要がなかった場面と言うのは、今まで多々あった。でも、それは依頼を守るためであったり、守るべき人がいたからだ。自分を蔑ろにしていた事はない……と思う。

 

「士郎ってさ、どっか危なっかしいんだよな。そういうとこは話に聞いてた、親父さんそっくりだと思うよ」

 

「切嗣に?」

 

「ああ。何かのために自分を犠牲にするところ。そんなお前を見て周りが心配しても何のその。自分がやる事のためなら、自分が犠牲になっても構わない。どこか、そんな感じがするんだよな」

 

「そうか?自分じゃそんなつもりはないんだけどな……」

 

「まぁ、俺がそう思うってだけなんだけどな。でもさ、士郎の事を気にしてくれてる人もいるんだって事を忘れんなよ?」

 

「……ああ。覚えておく」

 

 俺の事を気にしてくれいる人、か……。そう思った時、屋上から落ちそうになった時の姫柊さんの事を思い出していた。彼女も俺の事を気にしてくれているんだろうか?

 

 猫たちの顎を撫でながら、そう考える。あの時、彼女は必死だった。確かに、あの状態なら危険は少なからずあった。でも、俺は大丈夫だと思った。笹崎先生から教えを受けていた事を差し引いても、頭から落ちない限り死ぬことはないからだ。

 

 たとえ、それで足か腕を折ったとしても、どうせ時間が経てば治るのだ。その程度の怪我なら俺でも治す事ができるし、絃神島の最先端の治療技術ならそれほど時間はかからない。それほど心配されるような事態にはならないのだ。

 

 少なくとも、あんなに必死になる程の事ではない。俺はそれをそこまで大事だとは思わないからだ。それこそが、俺自身を蔑ろにしているという事なのだろうか?どうもその辺はよく分からない。

 

 自分が賢者などと言うつもりはない。どちらかと言えば、俺は愚者の方だと思っている。頭の出来はそれほど良くはない方だ。学校の成績という意味ではなく、未来を見通す力という意味でだ。

 

 俺はその場その場で出来る事をする事しか出来ない。少なくとも、『未来のために』なんていう大言のために行動する事は出来ない。だって、そんな物は俺にとって信じるに値しないから。

 

 俺は守りたい人のためにしか動けない。小のために大を斬り捨てることの出来る人間だ。その為なら、自分という存在も天秤に置くしかない。そうでなければ、大切な物を守りきれないからだ。

 

「……面倒くさ」

 

 何を深く考えてるんだか。そんな事を深く考えても、どうせどうにもならないのに。だって、俺はこの生き方を変える事ができない。どこまでいっても、そんな風にしかあれない。だったら、考えすぎるだけ無駄だ。

 

 どうしようもない事を考えるなんて、時間の無駄だ。俺はこのまま突き進むしかないんだ。どうせ、それ以外に選択肢などないのだから。

 

「はぁ……問題は山積みか。何から手を付ければ良いんだか」

 

 そうため息を吐きながら、俺は叶瀬さんに視線を向ける。より正確に言うと、彼女の纏っている気配、というより中に内包している物を。それがどういう物か理解している身としては、頭を抱える他ない。

 

――――彼女はこういう問題からは縁遠い存在だと思ってたんだけどな。

 

 だが、そうである以上はどうしようもない。俺にできる事といったら、後は彼女の意思確認ぐらいしかないだろう。それですら、何の気休めにもなりはしないというのが残念な所だが。

 

 ある程度、猫の世話が終わるとその場を離れる事になった。その時、叶瀬さんを呼び止めた。大河はちょっと首を傾げていたが、外で待ってろと言ったらすぐに出て行った。

 

「……叶瀬さん、君はそれ(・・)で良いの?」

 

「衛宮君は、知っているんですか?」

 

「まぁ、個人的にそういう類の奴と関わりを持った事もある。だからさ、訊いておきたいんだ。叶瀬さんはそれで良いの?嫌なら、個人的に助けることは出来るけど」

 

「……ありがとう、ございました。でも、大丈夫でした」

 

「なにが大丈夫な物か。君だって分かってるだろ?その状態が続けば、一体どうなるのか。俺から言わせれば、君は相当危険な状態だ。ギリギリ末期じゃないだけで、ほぼ限界だと言っても良いぐらいだ」

 

「それでも、でした。大河君に心配をかけたくないから……」

 

「……なんでそんな状態にするかな。こうやって会話しているだけでも、かなり辛い筈なのに。それでも、君は続けるんだろうね」

 

「……ごめんなさい。でも」

 

「いや、いい。君が望まない以上、俺にはどうする事も出来ない。どうして君がそんな辛いだけの道を進むのかは知らない。でも、君にも譲れない一線があるんだろう?」

 

「……はい」

 

「なら、止めない。俺にはその権利も資格もないからだ。でも、これだけは覚えておいてほしい。君に譲れない物があるように、大河にだって譲れない物があるんだって事を。そして、人の願いというのは時に衝突する物なんだって事を」

 

 俺が小のために大を斬り捨てるように。人にはそれぞれ譲れない物がある。それを守るために、人は争い合い奪い合い――――殺し合う。それは太古から存在する人の意志だ。

 

「君が誰かを想って、そんな風になってしまったんだろう。君は優しすぎるから、それは分かる。でも、忘れないでくれ。君もまた想われている、って事を」

 

「………………」

 

「あぁ、説教臭くなっちゃったな。覚えていなくても良いけど、心の片隅にでも置いといてくれればそれで良いよ。どうせ四半世紀も生きてない人間の戯言だからね」

 

 まったく、何を熱くなっているのか。彼女が何をしていても、俺にはどうする事も出来ないだろうに。彼女の選択の邪魔をする権利なんて、少なくとも俺にはないんだから。その資格があるとしたら、それは……いや、これ以上考えても仕方がない。

 

「引き留めて悪かったね。俺の話はそれだけだから」

 

「……衛宮君、私は「それじゃあ、また学校で」」

 

 俺はさっさと教会を出て行った。これ以上、話していても仕方がない。俺が彼女のためにできるのはここまでだ。後にする事ができる奴がいるとすれば――――

 

「後はお前がどうするか決めればいい。誰に頼るかもお前が決めればいい。一々、口を出したりはしないからな」

 

「なぁ、夏音は……」

 

「そこも自分で調べろ。彼女がどういう状態なのか。彼女の養父から調べていけば分かるだろう。その筋では割と有名な人間だからな」

 

「養父って、賢生さんの事か?」

 

「なんだ、顔見知りだったのか。だったら、話は早い。そう、叶瀬賢生だ。あの男がどういう存在なのか、調べてみれば分かるだろう。どうしてこんな道を取ったのか……分からない訳ではないが、な」

 

 なんであの男が動いたのか。その考えが断片であっても分かる以上、それを非難することは出来ない。世界を動かすのは、何時だって強大な力を持つ存在だっていう事を思い知らされる。

 

 総てのトリガー、それが誰なのか分かっている身としては何も言えない。これから起こる争乱とそれに巻き込まれる労苦を想像すると、今から気が滅入ってくる。少しでも気を紛らわそうと、空に視線を向ける。

 

 そこには幾らか雲があるだけで、他には何も遮る物がない真っ青な空があった。まるで何の悩みも無いようなその空が、いっそ羨ましく感じてきた。

 

『なにを爺臭い事を言ってるんだか。そんな歳じゃないだろうに』

 

「俺だってそう思う時ぐらいあるさ。それだけ数奇な運命を歩んでいる自覚ぐらいはある」

 

『数奇な運命、ね……』

 

「なんだよ。何か言いたい事でもあるのか?」

 

『別に。ただ、便利な言葉を使うな、と思っただけだ』

 

「……そんなに運命が嫌いか?」

 

『逆に訊くが、気にいると思うのか?お前だって、自分が選んでやってきた事を運命だ、なんて言葉で片付けられたくはないだろうが』

 

「それはそうだ。それは俺の選択による結果なんだから、そんな言葉で片付けられたくはないな」

 

『だったら』

 

「だが、人は生まれを選べない。生まれによって得た物は、やっぱり運命としか言えないんじゃないか?少なくとも、俺はそう思う」

 

 生まれによって背負わされた物は、やはり運命としか形容できない。だって、それは自分ではどうしようも出来ない事だから。逃げるという選択肢も許されていない。絶対に向かいあわなければならないのは、それは運命と言うしかないだろう。

 

「もう始まってるんだ。この流れはもう止められない。……そう、誰にも止められないんだ」

 

 獅子王機関にも、MARにも、太史局にも、LCOにも、戦王領域にも、滅びの王朝にも、混沌界域にも。姫柊さんも、煌坂さんも、他の三騎士にも、そして――――真祖にも。誰にも止める事は叶わない。

 

 そう、誰にも止める事の叶わない世界の流れが生まれている。これを表現する事があるとすれば――――

 

 

「――――『運命(フェイト)』は廻りだした」

 

 

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