ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
翌日、朝から姫柊さんから電話があり、何やら緊急事態という話を聞いた。セイバーにその件を話すと、第四真祖とその監視役に借りを作るのは悪いことではないという話となった。美遊をべディヴィエールとガレスに任せて、待ち合わせ場所である喫茶店に向かうと――――
「……はい?ちょっと何を言ってるのか分からないんだけど」
「はい……私たちもちょっと何が起こったのか分からないんですが、暁先輩と優麻さんの体が入れ替わったみたいなんです」
「……お前は馬鹿か?何をどうしたらそういう事になる?危機感が欠如しすぎなんじゃないのか?なぁ、第四真祖」
「怒んなよ!俺だって何が何だかよく分かってねぇんだから!」
「どうだか。魔女の前で無防備に振舞っていれば、それは体ぐらい奪われるだろう。第四真祖の肉体があれば、いろんな実験がやりたい放題だろうからな。旧友か何か知らんが、無防備すぎるんじゃないのか?」
「はぁ?魔女って優麻がか?そんな訳ねぇだろ」
「知らんのか?“仙都木”という魔女の名は有名だぞ。LCOの
「なっ……なんだよ、それ。質の悪い冗談だろ?」
「こんな頭の悪い冗談、誰が言うか。まぁ、あれがもし仙都木の娘だとするならば、目的は明白だろうがな」
「目的?それって……」
「十中八九、監獄結界からの脱獄でしょうね。そうか、ランサーの忠告はそういう意味だったのですね」
「どういうことだよ?優麻とその監獄結界ってのが何だってんだよ!?」
「仙都木の血縁、つまり
本当にどうしてこんなとこにいるんだと最初は思ったが、監獄結界がこの地にあるからなんだろうな。マイナーな都市伝説として語られているみたいだけど、犯罪者にとっては絶望の場所だろう。何せ外に出る手段が皆無なんだから。
ランサーの忠告が確かなら、キャスターの目的は監獄結界から母親を脱獄させることだろう。そこから脱獄した他の脱獄犯によって混乱を起こし、そのまま絃神島から脱出といったシナリオだろう。実際、あそこの脱獄犯は厄介な連中ばかりだからな。俺も相対するとなれば、手を焼く可能性は否定できない。
「あそこの脱獄犯で有名なのと言えば、ジリオラ・ギラルティなんかが有名ですね。他にもいろんな連中がいますよ。元傭兵だとか、はたまた天部もいましたね」
「天部って……あの?」
「知っていますか?有史以前に存在していたとされる種族ですけど、どこかでひっそりと生きているそうなんですよ。そこから出てきた天部が捕まり、監獄結界に入れられたとか」
「なんだよ、それ……とんでもない奴だな」
「まぁ、その人も思うところがあったのでしょうね。滅んだとまで言われるほどに減少した人口となれば、もはや滅びるしかないと覚悟を決めていたぐらいでしょう。それなのに、外の世界では多くの人間や魔族がぬくぬくと暮らしている。その事実が、耐え難かったのかもしれないですね」
「……そんな肯定するような理屈じゃないさ。どんな事情があろうと犯罪者であることに変わりはないし、どんな理屈があろうとそいつがやった事は消えない。許される訳では決してない」
「衛宮君……?」
「……何でもない。それより、この後はどうするつもりなんだ。今日はハロウィンだ。一般的にはただのイベントだが、本来はケルトに由来する祭りだ。しかも、死者の霊が墓から出てくるっていう類のな。この辺りの霊脈は荒れやすくなる。ただでさえ、第四真祖という存在が影響を与えているのにだ」
「え……俺は何もしてねぇぞ!?」
「当たり前だ。何かしているのなら、俺がぶん殴っている。そうでなくとも、空隙の魔女に捕まっているだろうがな。そうではなく、第四真祖という存在自体が霊脈に影響を及ぼしているという意味だ。お前の意志云々は関係がない」
「そ、そうなのか?」
「ああ。だから、お前は気にする必要はない。どうせ、どうにもならないからな。しかし、今年ばかりはまずいと言わざるを得ない」
「どうしてだよ?」
「初めてなことが多いからだ。第四真祖という存在、聖杯戦争の開催、LCOの魔女どもの襲撃……どれかが一年遅ければ空隙の魔女も対処のしようはあっただろう。しかし、これらの要素で霊脈は乱れに乱れている。魔力の強い者が通っただけで別の場所に飛ばされる裂け目があるぐらいにはな」
「なっ……本当かよ!?」
「あの女に限って、そういうつまらん冗談は言わんだろうよ」
何故俺がそんな事を言えるのかと言えば、今朝方ラ・フォリアから電話があったからだ。空港で飛行機に乗ろうとしたら、ナラクヴェーラと戦った人工島に飛ばされたと。この辺りの霊脈が乱れているという理由もあるだろうが、それだけではないだろう。
第四真祖の魔力を使って、キャスターが何かをしているのだ。それが何であるのか、俺には皆目見当がつかないが連中が監獄結界を狙っているのだ。要に何かしらの細工をされていると考えるべきだろう。まぁ、なんにしてもやる事は変わらない。
「なんにしても、やる事は同じ。そうでしょう、シロウ」
「そうだな。第四真祖、安心しろ。キャスターは殺す。術者が死ねば、その状態も解除されるだろう」
「……はっ?ちょっと待てよ。どういうことだよ、それ。優麻は魔女ってやつなんだろ?なんで、キャスターなんて話が出てくるんだよ」
「……分かっていなかったのか。ならば、はっきりと言ってやる。仙都木優麻は聖杯戦争の参加者であり、そのクラスはキャスターだ。空港でランサーと出会っただろう。アレの同盟相手であり、俺たちの敵だ」
「なっ……どうにもならないのか?叶瀬だって参加者だったけど、結局は殺さなかったじゃねぇか。それみたいに……」
「彼女は事情が違う。何より事情がどうあれ、キャスターは自身の意志で参加している。ならば、俺たちもまた参加者として対応する。巻き込まれた彼女と一緒と思うな」
「でも、それでも……」
「……お前のその考えは良いものだと思うよ。誰も死なず、誰も悲しい思いをせずに済む。少なくとも、善良な一般市民に危害を加えずに済む。そうできるなら、どれだけ良いことか」
「だったら――――!」
「だが、それはただの理想だ。理想では何も救えはしないし助かりはしない。そんな物に縋るくらいなら、俺はキャスターを殺して大切な家族や友達を害そうとする者を排除する。忘れるなよ、第四真祖。俺は正義のヒーロー様でもなければ、そこのセイバーのような大衆を救う英雄でもない。俺は――――『悪の敵』だ」
そうだ。この言葉が一番正しいだろう。『正義の味方』などとは程遠い俺は、『悪の敵』と称するのが正しい。誰かを救うのではなく、誰かを傷つける者を殺す。そうすることで間接的に人を救う。だが、直接的には人を殺すことしかできない俺はそういう存在なのだ。
「悪く思うな、とは言わない。俺を恨め、第四真祖。俺は聖杯戦争に勝利するため、何より大切な者たちに危害が及ぶ可能性を排除するために――――キャスターを殺す」
「優麻が島の皆を傷つけない可能性があるとしてもか!?」
「そうだ。そんな夢みたいな可能性があるとしても。傷つける可能性の方が高いのならば、俺は躊躇いなく殺す。俺がやってきたのはそういう事で、それはこれから先も変わることはないからだ」
聖杯戦争に参加している以上、殺すことは当然だと思っている。監獄結界の囚人が出てくる可能性があるというのなら、猶更の話だろう。傷つけない可能性よりも傷つける可能性の方が格段に高い。何より、キャスターにその気がなかったとしても、他のLCOの連中がそうではない可能性が高い。
昨日のメイヤー姉妹など、その典型というべきだろう。自分たちが魔女だから、特別な力を持っているからという理由で虐げようとしてくる。そんな輩が力を奮う可能性がある以上は、看過することはできない。それは俺の矜持が許さない。
「だったら、優麻が誰も傷つけないのなら殺す理由もなくなるって事だよな?」
「本当にそんな事ができるのならばな。しかし、奴のやろうとしている事は間違いなく多くの人間を不幸に陥れる行為だ」
「なら!俺が優麻を止めれば、お前が手を出すことはないんだろ!?だったら、俺が優麻を止めてやる!」
「……正気か?今のお前に何ができるつもりだ。卷獣を持っているわけでもなければ、頑丈な肉体があるわけでもなく、圧倒的な不死性を持っているわけでもない。今のお前に、いったい何ができるというつもりだ?」
「知らねぇよ!だけどな、俺の友達が何か危険なことをしようとしてるなら止めてやるのが筋ってもんだろ!」
こいつは真正の馬鹿か。何の力もないのに事件真っ只中の現場に突っ込んでいくなど、自殺行為以外の何物でもない。義理とか人情とか、そういうのは最低限自分の身を守れるようになってからほざくものだ。だというのに、それをしようとしているこいつは本物の馬鹿に相違ないだろう。
しかし、なんとなく分かってしまう。こういう奴が世界をより良い世界へと導いていくのだと。物語に語られる英雄のように無茶で無鉄砲で……それでも現状を打開してしまうのだ。俺や切嗣が憧れた本物の英雄という奴なんだろう。だが、それがどうした。
「だったら、好きにすればいい。俺も好きにさせてもらう。俺がキャスターを殺すのが先か、それともお前がキャスターを止めるのが先か……競争といこう」
席を立ち、椅子に掛けていた外套を纏う。そして視線をセイバーに向けると……菓子に舌鼓を打っていた。
「……おい、同盟者。どういうつもりだ?」
「まぁまぁ、そんなに焦らなくてもいいじゃないですか。どうせ本番は夕方から夜にかけてでしょう。それまでは闇雲に散策したところで無駄足でしかない。それよりはここでこうして体力を温存させた方が得策だとは思いませんか?」
「まったり休憩している余裕があれば、そうしているがな。事態は最早そんな風に悠長にしていられるような状態を超えている。ならば、一つでも多く相手の思惑を崩すことに専念するべきだろう。キャスターに下準備の時間を与えれば与えるほどこちらの不利になるんだぞ」
「キャスターがどれだけ努力しようと、私たちの勝利は揺るぎませんよ。それに、ここでやりたいようにやらせておけば、キャスターがこの聖杯戦争に参加する理由がなくなる。第四真祖の言う平和な結末を迎えられるかもしれませんよ?」
「そんなたらればの話に興味はない。必要なのは具体的な対応策だ。キャスターがたとえ
「ありませんね」
「だったら……」
「でも、それは聖杯戦争にはまったく関係のない事柄ですよね」
「なんだと……?」
「たとえ、
「そうだな。それがどうした。俺はこの聖杯戦争に勝ち残る気など毛頭ない。必要なのは大切な人たちの命を守ることであって、勝利じゃない。俺が守るべきものを害そうとするなら、たとえそれが聖杯戦争の参加者であろうとも排除するというだけの話だ」
「律儀ですね。では、あなただけで動いたら良いのでは?私にはこの土地の人々に対する愛着などありませんから。守りたいのならば、あなたの手で守ればいいでしょう?」
「……そうか。ならば、そうさせてもらうとしよう。その代わり、俺のやる事に後から口出ししてくれるなよ」
「ええ。お好きにどうぞと言ったからには、口は挟みませんとも。ただ、あなたも後から文句は言わないでくださいね?私が力を貸さなかったからだ~とか」
「当たり前だ。そんな恥知らずみたいな真似、誰がするものか」
俺は飲み物の代金だけ置き、店を出た。そして、解析の魔術を使って異変の場所を探っていく。こういう地道な作業が後々、役に立ってくるからだ。まずは近くの要所にある異変の解決からだな。
シロウside out
アルティアside
「まったく、変わりませんね……」
ため息交じりに紅茶を口にする。やはり、温かいということはそれだけでご馳走ですね。王城での食事は毒見役が多すぎて、冷めてしまった物が多いですし。茶会は数少ない温かい物がいただける機会ですが、周りに警護役が多すぎてまったく気が落ち着きません。
「えっと、良いのか?アーチャーの奴、行っちまったけど」
「構いませんよ、第四真祖。先ほどはきつい事を言いましたが、彼はただこの島の住民を心配しているだけなのです。あなたやご友人――――キャスターのことが嫌いな訳ではないので、気になさらないでください」
「えっと、それは別に構わないけど……あんたはあいつの同盟者ってやつなんだろ?だったら、協力した方がいいんじゃ」
「嫌ですよ。キャスターの目的が不明瞭である以上、容易に動いてしまう行為こそ避けるべきですから」
「え、でも優麻の目的は監獄結界の親御さんを助けることだって……」
「それはあくまで予想でしかありません。もしかしたら、そう思わせておいてまた別の目的を持っているかもしれません。その目的が明白ではない以上、あまりうかつな行動をとるべきではないのです」
「その割にはアーチャーの奴は動いているみたいだけど……」
「彼は別です。憎たらしい事ですが、彼には魔女の加護がある。そうでなくとも、マーリンの瞳をつけています」
「マーリン……ブリテン聖王国直属の宮廷魔術師であらせられる、あのマーリン様ですか?」
「そうです。あの外道……マーリンは優秀な魔術師です。知っていますか?マーリンの千里眼はこの世の総てを見通す。マーリンの瞳から逃れられる者はいないんです」
それをストーカーみたいに気に入った相手にしか使わないところが難点ではあるんですが……今回は素直に使ってくれましたね。まぁ、マーリンとはなんだかんだ付き合いも長いですし、シロウを狙っても何も言いませんが。彼女も自分の分は弁えているでしょうし。
「なんかよく分からんけど、とにかく凄い人なんだな」
「先輩!この方はブリテン聖王国の次期国王様なんですよ!?そんな軽口で接していい相手じゃないんですよ!ラ・フォリアさんが特別なだけで!」
「構いません。この場は非公式な場。何より、第四真祖の立場は同格の王と言っても遜色ありません。私は無礼には思いません。あなたも平時の口調で構いませんよ。……もし、よろしければ、雪奈と呼ばせていただいてもいいでしょうか?」
「そんな、光栄です。では、私も失礼してアルティア様とお呼びしても……?」
「様付けは不要です。呼び方は自由で構いませんが……そうですね、アルとでも呼んでもらえれば」
「では、アルさんと。ですが、マーリン様は聖王国にいらっしゃるんですよね?衛宮君が危機に陥ったとしても、どうやって報告を受けるんですか?」
「このペンダントは一種の通信機器になっていまして。私かマーリンの魔力に反応して起動するようになっています。緊急の際はこれで知らせるようになっています」
「へえ~、便利だな……」
「……第四真祖。どうか、彼を恨まないで上げてください。彼はただ不器用なだけなんです」
「それはなんとなく分かってるよ。あと、俺のことは古城って呼んでくれ」
「では、古城。彼は人を守りたいと願っている。正確に言えば、弱者たる者たちを守りたいと願っているのです。それは多くを切り捨ててきた自分にできる唯一の贖罪だからと。そのためならば、自分の命すら切り捨てても構わない物だと思っている。他人の命を尊重するあまり、自分の命を軽く見ているのです」
「……それはなんとなく思ったよ。だって、あいつさっき言ってたもんな。『勝利より島の人たちを守る方が大切だ』って。でも、聖杯戦争ってのは殺し合いなんだろ?それなのに、自分が生き残るより他の人たちが大切だなんて普通は言えねぇよ。誰だって死ぬのは怖いもんだしな」
「先輩……アルさんは何か知っているんですか?衛宮君があんなに自分を軽く見る理由を」
「知っています。私も、そしてランサーも知っています。ある意味で、ランサーはその理由を知っているからシロウのことが嫌いなんです」
捨て鉢のようなあり方が気に食わない。ランサーはそう言っていた。シロウは確かに強く、いざという時は己の命を捨てる事を躊躇わない。それは英雄として必要な素質ではあるが、シロウのそれは自分の価値を低く見ているが故の行動だ。死地にあっても生き残ろうとする意志を持っているからではない。それは英雄らしい行動とは言えない。
本人が自分は英雄などではないと言っている以上、それは正しいかもしれない。しかし、良き弱者を救い悪しき強者を挫く彼の行動は英雄と言っても間違いではない。自分のために手を差し伸べる事ができるのは善き者の証明だ。だからこそ、彼は多くの者から英雄と呼ばれ慕われているのだ。
しかし、それを彼は認めようとはしない。それは彼の始まりが原因となっている。流血をもってしか人を救うことのできない自分が、英雄であるはずがないと思っている。それは同じく流血をもって大勢を救った父が謗られ続ける姿を見てきたことも理由だろう。だが、それ以上に彼の始まりに問題があるのだ。
「雪奈。古城。どうか、真実を知ったとしても彼を嫌いにならないでください。彼は他者の善意には疎いですが、悪意には敏感です。相手が自分のことを嫌っていると分かれば、その姿を晒すことも避けようとする。そうなっては、もう取り返しがつかない」
「衛宮君にはいつもお世話になっています。その恩返しもできていないのに、彼のことを一方的に嫌うなんてできません。それは先輩も同じはずです」
「……まだ分からない事は何とも言えねぇよ。でも、あいつは浅葱や凪沙を助けてくれたんだ。だったら、俺もあいつを助けるさ。まぁ、今のところは迷惑しかかけてないみたいだけどな」
そう言いながら、頭をかく古城の姿に安堵した。遠く離れたこの地でも、彼の味方はいるのだとそう思えたから。でも、それはそれとして雪奈――――譲りませんからね?