ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
数多の弾丸と化した矢の数々が降り注ぎ、その多くを薙ぎ払い受け流す。その一面はまさしく神話という呼び名を受けるに値する戦乱の姿だった。
赤い外套を翻し、手に持った双剣をぶつける
「くそっ、流石はクルージーン……こちらの武器を簡単に砕いてくる」
「諦めねぇんだな、アーチャー。お前にとって、こんだけ相性の悪い奴は早々ねぇだろうに」
「諦める?笑わせるなよ、ランサー。お前らの……キャスターの思惑をそのまま通すわけがないだろうが。監獄結界の囚人……そんな危険人物どもを解放するなど正気の沙汰じゃない。なんで、あいつらがあんな場所に放り込まれたか、知らないお前じゃないだろう」
「他の監獄では抑えきれないと判断された囚人を詰め込んだ監獄。それが監獄結界。この世の中でも早々見ない一級の犯罪者どもの坩堝だな……んで、それがどうかしたのかよ」
「どうした、だと……?」
「おうよ。魔導収容所でも監修しきれない犯罪者ども?それがどうした。そんな連中、俺からすれば屁でもねぇ。全員、俺がぶっ潰してやる。寧ろ、良い修行の機会だと思うね。それぐらい楽勝で伸さなけりゃ、俺の願いは絶対に叶わねぇからな」
「ふざけるなよ、お前……お前の身勝手な願いに何の関わりもない連中を巻き込む?調子に乗るのも大概にしておけ!」
「はっ、お前がそれを言うのかよ。じゃあ、聞くがよ。なんでお前は第四真祖を排除しようとしねぇんだ?」
「なんだと?」
「俺たちとも縁深き第四真祖。世界最強と名高きあいつは多くの争いを招く権化だ。争いの中心にいると言っても相違ないあいつを、何故排除しないのかって訊いてんだよ」
「何を言い出すかと思えば……真祖は不死にして不滅。そんな奴をどうやって排除するというんだ。獅子王機関のように飼い馴らす術がある訳でもない。封印など、あいつの中にいる眷獣どもが黙っていない。力づくで突き破ってくる。そんな相手をどうやって排除するというんだ?」
「確かにな。お前の言う事も間違ってねぇ。だが……なんでだろうな。俺にはお前が力抜いているようにしか見えないんだよな」
その言葉に、
「……何を根拠にそんな事を。第一、俺が第四真祖を殺せるだけの力があるなら、第一真祖に敗れなどしていないだろうが」
「確かに。そう言われれば、そうなんだろうがな。だが、直感だ。俺の直感は、間違いなくお前であれば、第四真祖を排除することも可能だと囁いてんだよ」
これだから、獣的な直感の持ち主というのは厄介だ。何の論理的思考も持ち合わせずに、相手の秘密を見破ってくるんだから。だが、まだ完全には見破れてはいない。あくまでも、そんな気がするの域は出ていないんだろう。
「……で、お前の言い分通りなら、俺には第四真祖を排除できるだけの力があって?それを第四真祖に向けないのは不自然だ、か?最初の前提からして頭がおかしいと言わざるを得ないが、よしんば可能だったとしてだ。何故、俺が第四真祖を排除しなければならない?」
「あん?」
「ああ、確かにお前の言う通り、奴はいつも争いの渦中にいる。最早、態とやっているんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。だが、奴は自分の領分を弁えている。監視役もいる事だしな。自ら災禍をふりまこうとはしないだろう――――お前らとは違ってな」
「はっ。なるほどな。そう言われりゃ、確かに?俺らと第四真祖じゃあ、大きく違うな。だがよ……争いの渦中にいるなら同じじゃねぇの?」
「態とかそうでないかの差は大きい。ブレーキ役の有無に関してもな。あいつらは周りに被害を出したくて出してるわけじゃないんだよ」
「結局、出してれば同じだろうが。ブレーキ役がどうこうだって関係ねぇよ。その結果、お前の望まない結果を生み出してれば、お前だって
そう言われれば、否定できない。今まで被害を出していないからと言って、これからも出さないとは限らない。そんな保証をすることはどこの誰であろうともできないだろう。だけど、そんな事は――――
「――――そんなの、端から誰にもわかるわけがない。世界でも名高き三騎士の一人であり、『英雄』であることに固執していたお前が犯罪者の片棒を担ぐなんて、誰に予想できたっていうんだ?」
こいつの行動が反証となっている。これからの未来、どうなるかなどどこの誰にも判断できない。たとえ、90%の確率でそうなると言われても、残り10%の未来を選び続ける事ができないなど、どこの誰に断言できようか。
「あいつは確かに破壊を齎す事しかできない。誰かが救われるとすれば、それはただの副産物でしかない。俺たちと同じように、まず破壊ありきなんだよ。でも、誰もがあいつのことを
「…………」
「あいつが、誰かのために立てる存在だからだ。自分のためじゃない。誰かのために、その命を賭ける事ができる。それがどれほど希少な気質か、お前だって知っているだろう?」
手元に一本の刀を作り出す。俺はその戦闘スタイルから二本の双剣を愛用しているが、これは俺だけの戦闘スタイルと言ってもいい。ご先祖の戦闘スタイルから派生した物ではない、俺の、俺だけの戦闘スタイルだ。これを誰かの目に晒すのは今日が初めてだ。
「お前、それは……」
「誰だって、自分の命が大切だ。どれだけ死に難かろうが、死んだとしても蘇る事が確約されていようが、誰だって死ぬことは怖い。それでも、あの男は誰かのために己の命を賭けられる。そんなお人好しのことを、信用しない訳がないだろう?」
刀から炎が奔る。それは世界を斬滅せしめんとする滅びの炎。あまりにも強大すぎるが故に、使う事の出来なかった力だ。制御を誤ってしまえば、この状態でも絃神島を真っ二つに両断することだって出来るほどの力が、この刀にはある。
「それが、お前の宝具って訳か?アーチャー」
「これが?……まぁ、間違っちゃいないが。少し違う、と言うべきだろうな」
「あんだと?」
「お前に俺の手札をベラベラと明かす訳ないだろう?なんせ、俺とお前は……」
「敵同士だから、か?」
「その通り。なんだ、言わなくても分かっているじゃないか」
まぁ、訊ねたくなる気持ちは分からんでもないが。俺は今まで魔力、または神力を固形状に形成し、それを矢の代わり或いは近接武器として利用してきた。ランサーとしては見慣れない力を使ってきた俺に対して、警戒するのはごくごく自然と言える。
まぁ、これは俺の宝具ではなくてただの副産物でしかないんだが。宝具と言えなくもないのかもしれないが、この刀自体はそこまで大きな意味は持っていない。あくまでも、俺の宝具内で展開された一部を持ってきただけに過ぎないからだ。
「そうかい。だったら……試してやろうじゃねぇか!」
ランサーが片手に持つ剣――――クルージーン・カザド・ヒャンを振りかぶる。セイバーの持つ聖剣にも劣らない切れ味を誇る剣であり、俺の投影物が一瞬たりとも耐える事が出来なかった辺り、本物と言わざる得ない宝具だ。しかし――――
「……なん……だと……!?」
――――防げない訳じゃない。
俺の持つ刀とランサーのクルージーンの間で火花が散る。それは、クルージーンという宝剣を知る者からすれば、ありえないと言わざるを得ない光景だった。何故なら、クルージーンは当人の力量に関係なく、薙ぐことはできても斬る事はできない水を斬り裂くことが出来るほどの鋭さを持つ宝剣なのだ。
鍔迫り合いを行う事の出来る物など、それこそセイバーの保有する聖剣のような一定以上の神秘を宿す物に限られる。俺の持っているような神秘などほとんど感じさせないような、そんな物で拮抗できるような物ではないのだ。
だからこそ、目の前で広がる光景はランサーにとっては信じがたい物だっただろう。本来、ありえべからざるパワーバランスを覆す代物。しかし、その程度で足が止まるほどランサーも甘くはない。もう片方の手に持つ朱槍を振るってくる。
その攻撃を流し、空中に生み出した神力の剣を俺とランサーの境界に打ち込む。距離が開いた瞬間に刀を消し、地面に突き刺さった剣を手に取り投げる。無論、そんな攻撃などランサーにとっては児戯のような物でしかないだろう。
「砕け散れ――――!」
目の前でいきなり爆発などされればその限りではない。俺の基本戦略において、爆発など使うことはなかった。当たり前と言えば、当たり前な話だ。何を考えたら、自分の視界を塞ぐような事をしなければならないのか。だが、それが有用なのであれば、使い時はある。
「クソがっ……戦いから逃げるか、アーチャー!」
「寝ぼけてんじゃねぇよ、馬鹿が!ここでお前に勝つ必要なんて欠片もないだろう!」
勝利条件をはき違えてはいけない。俺が必要なのはキャスターを脱落させて、この事件を完全な形で完遂される前に終わらせる事だ。決して、同格以上の力を持つランサーを打倒することじゃない。倒しきるのに時間がかかると言うのなら、戦闘継続など無意味でしかない。
続けざまに投影した剣を矢にして放ちつつ、その正体を現した監獄結界へ向かう。ランサーも俺の矢を打ち落とし、或いは回避しつつ追撃してくる。
優に数十発は打ち込んでいるのに、その総てを迎撃か回避している。文字通り、一撃も入っていない。その力量は、文字通り人間の中でも最上位に位置するだろう。獅子王機関の三聖にだって通用する力を持っているのが、俺以外の三騎士と呼ばれる連中だ。
点の攻撃を数十回も繰り出されて尚、それら全てをしのぎきる。やってることが無茶苦茶だ。しかも、あいつがやっているのは吸血鬼がやるような面の防御じゃない。あくまでも、自分の動体視力で矢をとらえ、尚且つそれを線の攻撃で迎撃しているのだ。
「相変わらず、化け物じみた力量だな……」
俺にもできるが、率先してやりたくはない。一歩間違えれば、傷を負うことは必定だからだ。そんな博打みたいな事をやってはいられない。だから、基本的に迎撃よりは回避を優先する。少なくとも、あんな高速で動き回りながら槍と剣振り回して迎撃なんてとても出来ん。
とはいえ、ランサー自身も俺の絨毯爆撃と表現しても良い弾幕に、自慢の移動能力を発揮しきれていない。あいつはルーンを用いた回避術があるが、それもこれだけの矢数を前にしては無意味。だが、あいつにもこの攻撃を潜り抜ける術がない訳じゃない。
「舐めんなよ……アーチャー!」
「舐めてるわけないだろう。お前ほどの相手を前に」
ゲイ・ボルグは魔力を籠めて投げれば、その魔力量に応じてその穂先を増殖させる。(俺が見たことのある物だと30ぐらいに分裂したのを見たことがある)何が言いたいのかと言うと、1~30へ分裂しながらも目標物へ飛来する推進力を持っているという事だ。つまり、あの鎧はそれだけの推進力を一点に集中させたものという事だ。
弾幕を優先した俺の攻撃では、海獣の骨を突破することはできない。だからこそ、海獣の防御力を前面に押しながら超高速での正面突破を行うことが出来る。となれば、接近を許すことなど分かりきっていたことだ。
胸元で構えた双剣で籠手についた短槍を防ぐ。その代償として、双剣が砕け散る。それと同時に後ろに跳んでいたが、それ以上の勢いで吹き飛ばされた。前の戦闘で薄々感じていたことではあるが、一撃一撃毎に推進力をプラスしているようだ。
さらに言えば、おそらく筋力自体も強化されているのだろう。鎧を纏う前と纏った後で攻撃の威力がまるで違っている。だからこそ、素のスペックのままだと思っていると痛い目に合う。ある意味、前回の戦闘で死んでいないのは運がよかったという他ないだろう。
絶対的なまでの速度に特化した戦闘。そんな戦闘を行うことは俺にはできない。あくまでも俺は弓兵。その役割は狙撃手だ。こんな高速戦闘に対応することなど、そもそも想定されていない。だからこそ、ここで詰み――――なんて、認められる訳がない。
「ちぃっ……テメェ、その刀の本質は神秘の否定だな!」
「流石だな、ランサー。たったこれだけのやり取りで、こいつの本質に気付いたのか」
そう、この刀に宿っている力は神秘の否定。この刀に触れれば、本来あり得ない性質は否定される。だから、クルージーンの物理法則に反した切れ味を普通の剣の切れ味に落ちる。鎧化したゲイ・ボルグは鎧化を解除させる。
ただ、あくまでも触れている間しか神秘を否定できない。離れればその物体が持っている神秘は戻るし、つけた傷も再生能力があれば離れた瞬間に回復するだろう。まぁ、この刀を使う事態など早々ないが、使った相手は全員殺しているので細かくは分からないが。
「……どういうことだ?お前の、アーチャーとしての能力にそんなものはねぇだろ」
「さぁ、どういう事だろうな?少なくとも、お前相手にベラベラと喋る事じゃない。どうあれ、俺たちは戦うしかないんだからな」
「本気で語る気はねぇんだな?」
「ない。これは俺が生まれながらに持っている物で、一生付き合っていかなければならない力だ。どうあれ、誰にも話すような事じゃない。俺は俺自身の意志で、俺が進むべき道を選ぶ。それ以外の何物でもないんだ。だから、お前が邪魔をするというのなら――――」
――――ここで燃え散って、死んでしまえ。