幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 竹林に光る竹を探しにやってきたギンコは、竹林に住む一人の女と出会った。

 日に日に増えるお気に入り件数を見て最近ニヤニヤしています。皆様のおかげで、作者は今日も元気です(二度目)。それでは。



幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第二章 筍の薬 参

 竹林での調査を一旦打ち切ったギンコは、少なくなった食料を考えて人里にやってきていた。里はいつかやってきた時とは比べるべくもなく、人で賑わっている。老若男女が往来し、自由奔放に遊ぶ子供たちが笑顔を振りまいていた。

 そこには以前のような暗い雰囲気は微塵もない。すれ違い、駆けて行く子供達を横目で見ながら、ギンコは口の端を少し釣り上げた。

 

「あれ? ギンコじゃないか。里に戻ってきていたのか」

「おお。久しぶりだな。つっても、数日ぶりか」

 

 活気があるとはいえ、やはり小さな里である。歩いていれば、知人友人とも顔をあわせるのは必然だ。何時ぞやの流行病の際、それを蟲患いと見抜き、処置をして里を救ったギンコならば、なおのこと、顔は広く知れている。寺子屋の教師、上白沢慧音は、そんな経緯の折に知り合った一人だった。

 慧音はギンコを見つけると、少し遠くから声を張り、ざるに乗せた野菜を落とさぬように近づいてきた。

 

「へぇ、夏野菜か。贅沢なざるだな」

「まったくだ。私には勿体ない」

 

 にこやかに語る慧音によれば、農業で生計を立てている家、つまりは読み書きを必ずしも必要としない家庭の子供達も一手に引き受け、教育や保育をしていると、こういった形でお礼をされることが多いそうだ。

 役得だな、とギンコが言えば、私が好きでやっていることさ、と返ってくるあたり、慧音は性根(しょうね)から、教師に向いているのだと思えた。

 慧音が抱えるざるには、胡瓜(きゅうり)茄子(なす)と、ギンコは見慣れぬ赤い果実が乗っている。井戸水にでも浸していたのか、野菜の表面には大粒の水滴が(いく)つか付いていて、時折陽光を反射して、まるで輝いているかのようだった。

 

「茄子と胡瓜はわかるが……こりゃあなんだ?」

 

 ギンコは見慣れぬ赤い果実を指さして聞いた。

 

「トマトと言うんだ。知らないのか?」

 

 一つ大きなそれをギンコに差し出して、食べてみろと勧めてくる。ギンコはそれを受け取って、しげしげと眺めた。

 手に取った重さはなんだかずっしりしている。表面もやけにつるつるしているが、それは茄子とて同じことだろう。完全な球というわけではなく楕円球に近い形状。見た所火は通っていないようだが、生で食べても大丈夫なのか? と多角的に分析を始めたギンコを見て慧音は苦笑し、毒など入っていないから思い切ってかぶりついてみろと言った。

 それじゃあ、とギンコも、慧音の言葉通り赤い果実に歯を立てた。ぷつっと薄皮を貫通するような感触が歯に伝わった後、果実の中から赤い水が溢れ出してくる。咄嗟に、歯で削り取った破片と一緒にその冷たい汁を啜ると、爽やかな酸味が舌を刺激し、なんとも言えぬ爽快感がギンコを包んだ。食べたことのない味だったが、悪くない。手や口周りが汚れるのが少々気になるが、それを考慮しても魅力的な果実だと、ギンコは思った。

 自然に二口、三口と果実をかじり、一つを丸ごと平らげた後、ギンコは慧音に礼を言った。

 

「礼が遅れちまったな。初めて食べたが、うまかったぜ、これ。とまと、だったか? 」

「ふふ、それは何よりだ。だが食べ方に難ありだな。服に汁が飛んでしまっている」

 

 慧音に指摘されて自分の服を見れば、確かに薄紅色の染みが浮かんでいた。こりゃみっともねえな、とギンコが呟くと、慧音がそれなら、と提案してきた。

 

「良かったら家に来ないか? 服も洗濯できるし、他の野菜もご馳走するぞ。正直貰いものばかりで一人では食べきれないんだ」

「え? いや、そこまで世話になるつもりは……」

「いいからいいから! ギンコさんはもう里の家族みたいなものなんだから、遠慮することはないんだぞ」

「いや、待て。そういうことじゃなくてな……おい!」

 

 半ば強引に、ギンコの手を掴んで、慧音は引きずっていく。この女のどこにそんな力があるのか、その細腕を全く振りほどけないことに、若干驚いたギンコだったが、今はそれよりも気になることがあった。

 往来人(おうらいにん)の中に、ちらちらとこちらを見てくる人がいる。慧音は気づいているのだろうか。否、彼女の世話焼きは性分(しょうぶん)で、きっと気づいてはいないだろう。

 慧音は気づいていない。天下の往来で、年の頃が近そうな男女が談笑し、女が男を自分の家に誘ったという一部始終を見られていたことに。

 慧音は一人暮らしだ。それはギンコも知っているし、里の人間なら言わずもがな。人の口に戸は立てられぬというが、さてどうなることやら。ギンコは、考えるのをやめた。

 

 

 

 じゃぶじゃぶと夏にはちょうどいい水音を立てながら、自分の服がもみ洗いされていく様子を眺め、ギンコは呟いた。

 

「あんたは本当に世話焼きだな」

「ん? そうか?」

 

 嫌な顔一つせず、むしろ爽やかな笑顔を浮かべる慧音に、ギンコは言う。

 ありのままに起こったことを話せば、慧音の家に連れ込まれたギンコは居間で染みのついた服を剥ぎ取られ、まず甚平(じんべい)を着せられた。そうしてギンコが身着(みぎ)を整えている間に、慧音は夏野菜の漬物を皿に盛り付け、居間に戻ってきた。あれよあれよという間の待遇(たいぐう)に、ギンコが意見を挟む隙などなく、慧音の行動を止めることをギンコが諦めるのに、さほど時間はかからなかった。

 家の裏手の縁側で、(のき)の陰に立ちながらギンコは胡瓜の漬物をかじる。程よい塩気と、胡瓜の瑞々しさが残る、実に美味い一品だ。慧音と言えば、桶に溜めた水にギンコの服を浸けて、もみ洗いをしている。染み抜きには大袈裟なその手つきは、どうせならという慧音のお節介らしい。

 

「ここまでしてもらっちゃ逆に申し訳ねえよ。なんか、することはねえかい」

「すること? うーん、そうだな……」

 

 手は休めず、慧音は考える。なんでもいい。なんなら、縁側の雑巾がけでもするか? とギンコは言う。だが慧音は、ギンコに労働の見返りなど求めていないようで、申し出に返ってきた条件は、服が乾くまで慧音の世間話の相手をするというものだった。

 夏の空に、浮雲のような白さをみせて、ギンコの服が揺れている。緩やかに吹く風を受けて、この分なら、夕刻までには乾くだろう、と予想する。

 洗濯された服を目の前に、縁側に腰掛けた二人は慧音の望む通り、なんとなく世間話をした。

 

「そうだ、一つ聞いておきたいんだが」

「なんだ?」

「光る竹、という噂を聞いたことはないか。竹林に光る竹があるとかないとか」

「光る竹? すまないが私はそういう流行りの噂に疎くてな。聞いたことないぞ。そんなものがあるのか?」

「いや、いいんだ。ただの噂さ」

 

 いよいよ紫にからかわれただけなのかもしれない、とギンコは疑念を強くした。

 話題は変わり、慧音の本職の話になる。

 

「寺子屋の先生ってのは暇なのかい? 休んでいるとこしか見ないが」

「ははっ。この時期はどこの家も家族総出で畑にかかりきりだしな。私が一番忙しくなるのは、むしろ冬の時期だよ」

 

 子供たちが多くてなあ、と苦笑する慧音はしかし嬉しそうだった。何人くらいだ、と気軽に聞けば、四十人くらいか、と返ってくる。そりゃあすごい、とギンコは驚嘆(きょうたん)した。

 子供たちが元気なのは、里が豊かな証拠である。物が充実した中で、心も(すこ)やかに育てられているためだ。慧音は、さぞいい教師なのだろうと、ギンコでなくとも思うだろう。

 先の流行病の件を見ても、寺子屋に隔離された数十人の患者たちの世話を、たった一人で引き受けていたのは彼女だ。心を痛めながら、原因不明の病に苦しむ患者を、感染の危険も(かえり)みずに励まし続けていた。

 筋金入りなお人好しだな、と思うと同時に、慧音が教師である子供たちは幸せもんだな、とも思うギンコだった。

 

 

 

 しばらく慧音の寺子屋談義に花を咲かせていると、家を訪ねてくるものがあった。ごめんくださーいと家の表から聞こえる声に慧音が反応し、玄関に向かう。

 一人取り残されたギンコは立ち上がり、干されている自分の服へと歩み寄った。ぺたぺたと裸足で地面を踏んで近づき、服に手を伸ばす。日差しをよく受け止め、風に吹かれていたそれはもうすっかり乾いているようで、ギンコは甚平を脱ぎ、元の服に着替えた。

 縁側に座り、足の裏に付いた土を払う。そして自分が着ていた甚平を縁側で畳んでいると、訪問者の対応に行ったはずの慧音の声で、自分の名前が呼ばれた。何事かと居間を通り抜け、玄関に顔を出してみれば、そこにはいつか見た人がいた。

 

「お」

「あら、あなたは」

「ん? なんだ二人とも知り合いだったのか?」

 

 まさしくそうであった。玄関にいたのは、竹林を目指す道中ですれ違った薬売りの女だった。傘は被ったままだったが、近くで見ればその顔立ちがよくわかり、予想通り、若い女であるようだ。

 

「どうも、あれから光る竹は見つかりましたか?」

「いや、噂はやっぱり噂だったみたいでね。早々に切り上げちまったよ」

 

 それは残念です。と薬売りの女は笑った。



















 今日はちょっとゆったりした内容でしたね。むしろこれがいいと思うのですが、皆さんはどうなのでしょう。俺は今、ギンコが羨ましいです(嫉妬)。




それでは、また次回お会いしましょう。





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