幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 慧音の家に招かれ、漬物をかじっていたギンコは薬売りの女と再開する。

 この作品は章完結型の作品です。章ごとに読み進められるようにはしておりますので、お暇な方は是非読んでみてください。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第二章 筍の薬 肆

 竹林を目指す道中ですれ違った薬売りの女と、なぜか慧音の家で再開したギンコは、あらためてその女に自己紹介した。

 

「どうも。ギンコと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバと申します。鈴仙と呼んでくださいね」

 

 女は土間からの小上がりに腰掛けている。こりゃまた珍妙な名前だなと、ギンコは思った。

 思いがけない縁に忘れそうになったが、そういえば慧音が自分を呼んでいたのだった、とギンコは思い出す。そう言えば、と慧音に聞いた。

 

「どうした? 俺を呼んでいたようだが」

「ああ。いやなに、ギンコは旅の身の上だろう? もしもの時の備えはあるのかと思ってな。かく言う私も、預かっている子供達が怪我をした時なんかに塗る軟膏(なんこう)を鈴仙に(おろ)してもらっているから」

「そいつは、お気遣いどうも」

 

 とは言え、蟲師という職業柄、ギンコは傷薬などの簡単な薬の調合はお手の物だった。それゆえ薬売りに頼ることはあまりないし、今回も必要なかったのだが、慧音の心遣いを無下(むげ)にするのもなという思いもあった。

 ギンコはちらりと足元を見て、しゃがみこむ。そして、鈴仙が背負ってきた薬箱に手を伸ばした。一つ引き出しを引くと、中には乾燥させたキノコのようなものが入っており、ギンコは森でキノコを追い求めていた少女を思い出した。

 

「それは滋養強壮に効きます。煎じて飲めば体の芯から熱を持ち、眠気が飛んで、力が(あふ)れます」

「知ってますよ。とある地方の漁師が、夜しか獲れない獲物を狙う際、冷たい海風と眠気を吹き飛ばすために好んで服用していたことから、(いさり)の夜、イサリヤタケと名がついたものだ」

 

 淡々と語って見せるギンコに、鈴仙は目を丸くした。

 

「よく、ご存知ですね。幻想郷には海がないのに」

「まあな。職業柄、各地の草木にも、存外詳しくなるもんでね」

「ギンコは外から来た人なんだよ」

「ああ、どうりで」

 

 妙な雰囲気の人だと思いました、と鈴仙は手を叩いた。

 ギンコは他の引き出しも開けて、中を見たが、ギンコが知識を披露できる生薬(しょうやく)はそれほどあるわけではなく、あとは薬包紙に包まれた粉薬が主だった。

 

「これらの薬には、どんな効用があるんです?」

「色々ありますよ。頭痛、腰痛、吐き気、二日酔い、胃痛、便秘、不眠に、あとはあまり大きな声では言えませんが、不妊治療薬から媚薬まで」

 

 指折り数えて、鈴仙は薬の効能を挙げ連ねた。

 ギンコが薬に理解のある者だとわかっていたからこそ、鈴仙は躊躇わず話したのだろう。実際、後半の薬は大きな誤解を受ける事が多いが、本来は夜の営みを手助けする程度のものであるのが正しく、子宝に恵まれない夫婦にとっては大変ありがたい薬である。

 しかし、(ちまた)で同じ(うた)い文句の薬は、人の正気を失わせる悪質なものである事もあり、庶民の感覚として、それらは手を出すべきではないものとされている事が多い。つまり、自身が調合した薬に余程の自信がなければ、色眼鏡で見られることを考慮して、大々的に売り出すことはまずないと言えた。

 そしてそれらを正しく調合できるという事は、その薬師の腕の良さの指標ともなるため、薬の内容を聞いたギンコは、そりゃすごい、と賞賛の言葉を口にした。

 しかし、一つの引き出しに手を伸ばして、ギンコはその手を止めた。

 馴染みのある気配がする。とても希薄だが、目に見えぬ奴らの匂いがした。ギンコは慎重に、そろり、と引き出しを引いた。

 

「それが不妊治療薬ですよ」

「へぇ」

 

 引き出しには、小分けに薬包紙に包まれた薬が入っている。だがもちろん、それもギンコに必要なものではなく、ギンコは引き出しを戻して、今回は購入を見送ることを鈴仙に伝えた。そうですか、と鈴仙は薬箱の戸を閉めた。

 ギンコは鈴仙に質問する。

 

「その不妊治療薬だが、あんたが調合したのか?」

「いえ。私の師匠が作ったものです」

「確か、永遠亭だったか」

「そうだ。よく憶えていたな。軽く話しただけなのに」

「実際に使用した者は、憶えているか?」

「? 購入したお家なら……」

 

 そこまで聞いて、ギンコはすっくと立ち上がった。何事かと慧音、鈴仙の二人が顔を見合わせる中で、ギンコは毅然として言った。

 

「その不妊治療薬を購入した家に、案内してくれ」

 

 

 

 ギンコに頼まれ、鈴仙は治療薬を購入した家へと、ギンコを案内した。目的はわからなかったがとりあえず案内した鈴仙と、彼なりに何か気になることがあるのだろうと察した慧音との三人で、その民家へとやってくると、三人を迎えたのはやんちゃな五人兄弟だった。

 

「あ! けーねせんせーだ!」

「ほんとだー!」

「おう、慧音先生だぞー」

 

 早速まとわりつかれている慧音と。

 

「だれー?」

「しらがー」

「おかーさーん」

「……その、なんだ。服を引っ張らんでくれるか」

 

 意外にも子どもの興味を引くらしいのはギンコだった。

 ギンコたちがやってきたことに気づいた子供らの母親が、家の裏手から顔を出す。ギンコの姿を見つけると、小走りで駆け寄ってきた。幼く見える若い女だが、この子らの母親らしい。その様子をとらえ、ギンコが軽く会釈をする。

 

「どうも」

「あら、あなたは」

 

 どうやらギンコの顔を知っているらしい。流行病が去った後開かれた宴の席で、いつの間にか顔を合わせていたのだろう。もっとも、ギンコは一方的にお礼を言われる立場だったので、いちいち出会った人間の顔は憶えていなかった。

 とにかく、話が早いのは助かる、とギンコは本題を切り出した。

 

「ちょっと、お宅に聞きたいことがありましてね。お時間、よろしいですか」

「聞きたいこと、ですか? 私でよろしければ構いませんが……ちょっと、お前たち静かにおし」

 

 ギンコの言葉に若干戸惑った様子の女性だったが、しらがーしらがーとギンコの土色のコートを引っ張る兄弟と、慧音に抱っこをねだる女の子を(たしな)めて、立ち話もなんですから、どうぞ中に、と三人を家へ招き入れた。

 

 

 

 

「どうぞ、お座りください」

 

 子供達が遊んでいる様子がわかるよう、障子が全開になっている居間に通された二人は、ギンコと女がちゃぶ台を挟んで向かい合うように座り、ギンコの少し後ろに慧音が座るような形になった。鈴仙はなぜか家に上がることを拒み、外で待つと言って聞かなかったので、今は家の玄関先にいるのだろう。

 縁側には先ほどまで干されていたのであろう洗濯物が山となっている。その向こうに見える小さな庭で、子供達が元気にはしゃぎ回っていた。

 少し不安な表情を見せる女性に、まず、ギンコは外で遊ぶ子どもたちを眺めて言った。

 

「元気な、お子さんですね。上の子は何歳ですか?」

「え? えーと、今年で八つになりますが、あの、それが何か?」

「いえ、先ほど私の服を引っ張っていた二人は年も近いしようですし、顔も似ていたので、双子なのかなと」

「はい。上の子が双子で、下に妹が二人と、末に弟が」

「大家族ですな。ただでさえ、子育てというのは大変な仕事だ。さぞ苦労もあるでしょう」

「ええ、まあ。ですが、みんな可愛い子達なので……」

 

 女が慈しむように表情を崩す。小柄で幼い印象を受けた女性だったが、この人も母なのだ。彼女は賑やかに聞こえる甲高い子供達の声を聞き、外で遊ぶ彼らに、どこまでも優しい視線を向けていた。

 

「それで、お話というのは」

「ええ。単刀直入に聞きますが、最近、身の回りで妙なことはありませんか?」

 

 ギンコの問いに、女がぴくりと反応する。妙なこと、とは? と返す女の視線は明らかに泳いでいる。後ろから見ていた慧音も、何か隠していることが分かるくらい、明確な兆候だった。

 

「妙なこと、とはあなた自身のことですよ、奥さん」

 

 さらに問い詰めるギンコに、ちらりと、泳いでいた視線を合わせ、女が観念したように喋り始める。無理に隠すつもりは、ないようだ。

 

「……最近、夢を見るんです」

「夢、ですか」

「夢だけではありません。その、頭と体が離れてしまうような……私自身眠っているので、無意識に奇妙な行動を取ってしまうのです」

「……夢遊病、ですな」

 

 はい……。と頼りなく返事をした女は、ぽつりぽつりと、最近起きる”妙なこと”について語り出した。

 曰く。夜、床についた後。どこからともなく赤ん坊の泣き声がして、はたと目が醒めるのだそうだ。

 それだけならば、ただの夢だと納得もできようなものだが、奇妙な事とはその時の状況で、上半身を起こした状態で目を覚ましたり、ひどい時には家の外で立ち尽くしている時もあるという。

 いわゆる、夢遊病の症状に、女も最初はこわごわと医者にかかったが、原因は分からず、子育てで気が滅入っているのでしょうと、対症的な診断をされた。そしてそこへ畳み掛けるように病が流行り始めたのだそうだ。

 流行病で村の病に対する意識が過敏になっている今時に、こんな妙な話をすればいたずらに不安を煽るかもと思い至ってからは、誰に相談する事もできずに今まで騙し騙しやってきたのだと、女は言う。

 

「その、隠すつもりはなかったのですが、おかしな事を言い出せば、皆が不安がるかと思って、私……」

「そうでしたか。いや、よく話してくれました」

 

 夢遊病の症状は、白痴の者に多い。自分でも、症状を認めたくなくて、偶然だろうと思い込んだり、疲れていると判断したりするのは無理からぬ事であった。ましてや一度、医者にかかっているのなら、その診断を信じようとするだろう。

 しかし、ギンコは女の話に、確かな気配を感じ取った。正確には、彼女が飲んでいた薬のことである。ギンコは改めて、女に確認する。

 

「奥さん。もうひとつお聞きしますが、奥さんは子供を産む前、薬をお飲みになりませんでしたか?」

「え? ……あ、はい。確かに飲みました。その、今でこそ五人の娘息子がいますが、当時はその、子を授かりにくかったもので」

 

 ギンコの問いに、少しだけ考えた女が答える。やはりあの薬を飲んでいたか、とギンコは納得し、ここまで聞いているだけだった慧音もさすがに察したようで、ギンコに声をかけた。

 

「ギンコ、もしかしてあの薬……」

「ああ。まだ確証はないが、おそらく、蟲の類のものだろう」

 

 ギンコが薬を見た時に感じた蟲の気配。何かがある。薬師の作為か、あるいは知らず紛れ込んでいるのか。どちらにせよ、確認してみるほかに、知る術などない。

 

「永遠亭か……」

 

 媚薬を調合できるほどの薬師。ギンコはまだ見ぬ人物に思いを馳せ、顎をさすった。


















 さて、第二章、じわじわと動き始めましたね。ギンコの洞察力といいますか、超能力じみた感覚的知覚には頭が下がります。
 作中で登場しました生薬ですが、相変わらずな作者の妄想であります。実際の生薬、効能とは関係ありませんので、ご注意ください。




それでは、また次回お会いしましょう。




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