幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 蟲の影響を見抜き、蟲のありかを突き止めた。命の天秤に対し、ギンコの対応はいかに。

 やはり休日はみなさん見てますね。なので私も出し惜しみせずに。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第二章 筍の薬 漆

 暁を背負い、ギンコは足を引きずっていた。肩は落ち、靴底に鉛でも仕込んでいるのかと思う歩調を見れば、ひどく落ち込んでいるように感じる。だが正しくは、ギンコは落ち込んでいるのではなく、考え事に頭の多くを割いていたのであった。

 ギンコをそうさせているのは頭を悩ませる目の前の難問である。里の夢遊病患者を治す術が、一つの命の犠牲の上に立つというのは、ギンコをして面白くもない解決法だ。できれば、そうしたくはない。しかしその感情こそが、ギンコを悩ませている原因になっていた。

 もう目の前まで里が迫っている。竹林からここまで、普通に歩けばとうに到着していい時間が経っていた。その間、無言で考え事を続けるギンコの後ろを、一人ついてきていた鈴仙は、たまらずギンコに声をかけた。

 

「ギンコさん。もう里ですよ。とりあえず慧音さんのところに行きましょうよ。考えるのは、それからでもいいじゃないですか」

 

 半分泣き言に近い声色で、鈴仙はそう提案した。正直言って歩き疲れた。陽は沈み、その名残りも徐々に薄れつつある空のせいで、気分まで落ち込んでしまいそうだった。

 事の発端を作った責任として、鈴仙は永遠亭を代表し、問題の解決に尽力するようにと、師匠から仰せつかってここまで同行していた。要するに永琳の尻拭いである。

 同行者の存在をすっかり忘れていたという風に、ギンコは鈴仙を見た。そして前を向き直り、里がもう目の前だと確認すると、鈴仙の提案に乗り、返事をした。

 

 

 

 里に戻ったギンコはまず、慧音の元を訪ねた。それというのも、単純な話、他に泊まる当てがなかったからである。夢遊病患者の事も気になる現状では、里の外で野宿という手段も取りづらかった。

 夜に突然家を訪ね、戸を叩けば、慧音は嫌な顔一つせず、すぐに中へ二人を招き入れた。ここまで行けば、親切を通り越して無用心に足がかかりそうである。ギンコと鈴仙は、慧音の好意に甘え、夕飯のみならず風呂まで世話になった。

 鈴仙が湯上りの髪を拭いながら、慧音と入れ違いで居間に戻って来れば、あちらこちらに巻物を広げ、古紙の帯に囲まれながら、蝋燭(ろうそく)の炎の陰影に紛れて物思いに(ふけ)るギンコがいた。片膝を抱えるように背中を丸め、眼光鋭く物を考えるその姿はまるで狩人のようで、誰も寄せ付けないようなその雰囲気に、鈴仙も思わず息を飲んだ。

 巻物で作られた結界を踏まぬよう、部屋の中に入り、少し遠い位置で改めてギンコを見る。白く、銀に近い髪に、森の緑を垂らしたような右目。惹きつけられるような、妙な雰囲気の男。第一印象はそんな感じだったのを、鈴仙は思い出す。

 

「あの、ギンコさん」

「ん? なんか言ったか」

 

 恐る恐る話しかける。思いつめてはいるようだが、焦りからくる苛立ちなどとは無縁のようで、話しかければ穏やかで重みのある声が返ってきた。

 

「どうですか、何かいい方法は思いつきましたか?」

 

 いい方法が思いつけばこんな表情は見せないだろうと思いつつ、鈴仙は聞いてみた。鈴仙も、何も考えていないわけではない。彼女も永遠亭を代表して事態の収拾に参じたからには、知恵を絞り、精力的に働くつもりはあった。

 しかしいかんせん、鈴仙の持つ情報は少なすぎた。だから無意味と知りつつ、こんな質問をするしかない。怒られるかも、と内心思っていた鈴仙だったが、ギンコは穏やかなものだった。ゆるく息を吐いて、丸めていた背中を伸ばして言った。

 

「いや、今の所どうしようもねえな」

「そうですか……あの、自然と水が抜けるのを待つというのはどうでしょう」

 

 苦し紛れではあるが、鈴仙も何か力になれるかもと言葉を絞り出す。症状の原因となっているのは、体の中に取り込まれた間借り竹の水だ。体内の水は絶えず循環し、昨日のものが今日のものとは限らない。そこから着想を得た鈴仙の提案だったが、だがこれも、ギンコはやんわりと否定する。

 

「それもなくはねぇが、希望的観測が過ぎる。夢遊病が進行し、本来の意識まで食われるようになっちまえばどうしようもない。ま、最終手段だな」

「そ、そうですか」

 

 やっぱりそう簡単にいくわけがない。肩を落とし、耳を垂らす鈴仙を見て、ギンコは片膝を下ろして胡座をかいた。

 

「お前さんが気に病むことじゃない。これは俺たちの領分だ。師匠に駆り出されたようだが、気負う必要はないぞ」

「い、いえ! そういうわけにはいきません!」

 

 落胆した様子から、逆にギンコに気を遣われてしまった鈴仙は、気を取り直すようにそう言い切った。しかし具体案があるというわけではなく、語調こそ強くしたものの、事態の収拾に、なんら解決法を見出せもしなかった。

 少し身が縮む思いの沈黙が流れる。胸の前で握り込んだ手が、力を徐々に失っていく。少し浮いていた腰も定位置に戻り、説教を受ける小僧のように正座し直す鈴仙を見て、ギンコは巻物を一つ手に取った。

 

「お前さんには、蟲が見えるんだったな」

「え?」

 

 突然そんなことを言われ、鈴仙は顔を上げた。ギンコは座りながら散らかった巻物を押しのけて、鈴仙の前まで近寄る。そして鈴仙の目の前で巻物を広げ、一つの絵を指差した。

 

「こういうものを、見たことがあるか?」

「え、っと……はい、あります。あの、それが何か?」

 

 ギンコの真意が測りかねる鈴仙が、疑問符を浮かべて問いに答える。ギンコが指差したそれは蟲の絵であるようだった。首をかしげる鈴仙に言い聞かせるように、ギンコは巻物を指でつついた。鈴仙はそれを目で追う。そして耳には、ギンコの重みのある低音の声が滑り込んでくる。

 

「こいつは葉脈に寄生して擬態する蟲でな。まれに、葉脈だけが残っている枯葉を見かけるだろう? あれは、こいつらが取り付いている葉を、虫達が食べたためにできあがるものだ。葉が食べられたことに気づかず、擬態を続けているんだな」

「そうだったんですか!?」

 

 鈴仙は驚きに顔を上げた。そこで緑色の眼と視線が交錯した。意外なほど近くにあったそれに、心臓が跳ねる。思わずさっと目を逸らし、そこでふと、疑問がわいた。

 

「あの、それが何か今回のことと関係があるんですか?」

 

 鈴仙が頭を働かせ、ギンコに問いかける。おもむろに蟲の説明を始めたのだ。何か、今回のことについて関係があるに違いない。だがそれがなんなのかまではわからなかったので、鈴仙は素直に問いを口にした。

 だが返ってきた言葉はまた意外なもので、ギンコは勿体ぶることもなく当たり前のように答えた。

 

「ん? いや、全く関係ないが」

 

 はい? と鈴仙は間抜けな声を出した。じゃあなんのためにギンコはこの蟲の話を自分に聞かせたのか。疑問として口にする前に、ギンコは話し始める。

 

「考えも煮詰まっていたんでな。気分転換に、お前さんに話をしてみたくなっただけだ。蟲が見えるなら、知っておいて損はないし、俺も新しい考えが浮かぶかもと思ってな。楽しい話じゃないかもしれんが、ま、少し付き合ってくれよ」

 

 えーと、次は……と巻物を指でなぞるギンコを見て、鈴仙は肩の荷がすっと降りたような感じがした。自分はきっと今まで、ギンコの前で変に緊張していたのだろう。それがなぜかはわからないが、気が軽くなったことだけは確かだ。気を利かせてくれたのだろうか? だとすればそれを勘ぐる前に、鈴仙がするべきことは他にあった。

 鈴仙はギンコが視線でなぞっていた巻物に指を置く。そして嬉々とした声で、尋ねた。

 

「あの! この蟲はなんていうんですか?」

「ん? ああ、これはな……」

 

 鈴仙の緊張はほぐれた。あとは蝋燭の光が揺らめき、照らされぬ夜の領域へと、ギンコの蟲の話が響いて消えていくばかりである。

 そしてギンコも、鈴仙に蟲の話を聞かせながら、間借り竹のことについて考えることをやめてはいなかった。

 だがギンコとて、万能ではない。蟲について知らぬこともある。いや、むしろ知らないことの方が多いのかもしれない。自分の持つ知識だけでどうにもできないと悟ったときは、ギンコは迷わず他人の力を借りてきた。知り合いの蟲師に連絡を取り、判断を仰ぎ、知恵を借りた。しかし、今はその助力も望めそうにない。ギンコは態度ほど、内心落ち着いているわけではなかった。

 蟲の話は転がり、やがて間借り竹についての話に戻っていく。

 

「間借り竹という蟲は、前にギンコさんも対処したことがあるんですよね。どういうことがあったんですか?」

「ああ。とある竹林に、夫婦が住んでいてな。その夫婦は、女の方が鬼蠱(おにこ)、つまりは間借り竹と人間の交ざりモノだった。女はもちろん、その夫婦の子供まで、食事は間借り竹の水のみを口にして生きていた」

 

 ギンコの語りが夜に溶けていく。慧音はまだ風呂から上がらない。蝋燭が妖しく揺らぎ、御伽噺(おとぎばなし)のような実話が、ギンコの口から語られる。

 

「男はいたって普通の人間だったが、間借り竹の水を飲んでしまったがために竹林から出られずにいた。そんなとき俺は、その夫婦と知り合ったんだ」

「ふむふむ」

「男から事情を聞き、俺は蟲の仕業と確信した。そして調査の末、男が竹林から出られないのは女が幼い頃、母に分け与えてはいけないと言われていた水を、男に分け与えたことが原因だとわかった」

「そうだったんですか」

「女は己の行いを悔いた。自分のせいで夫を竹林に閉じ込めてしまったとな。夫の心が未だ里に向いていることも知っていたんだろう。そしてとうとう、女はある晩に、(まさかり)を引きずって間借り竹の親株を切り倒すことを決意した。何度も何度も、繰り返した末だったよ。それと言うのも、女は間借り竹にとっては子株も同然だったからな。女が振りかぶる鉞は、どれも竹にとどくことはなかったんだが、どういうわけか、女が一際大きく鉞を振りかぶった時、竹に深々と、鉞が突き立ったんだ」

「親が子に逆らう……とても(かた)い行動だったんですね」

「ああ。俺もそう考えている。難いが、できないことはない。男のために涙まで流して、鉞を振りかぶった女の思いが結実したんだろう。……こうして男は無事、竹林を自由に出入りできる身になった。男は喜びから、里へと帰り、親族を訪ねたが、残念なことに、筍から生まれた女と夫婦になった男に、もう居場所はなかった」

「……無理もないですが、なんともやるせない話ですね」

「その後は男も里への未練がすっぱりと断ち切れ、再び竹林に戻り、女と娘、三人で仲良く暮らし始めたという。だが俺が半年後にその場所を訪れると、女と娘は死んでしまっていた。間借り竹の水がなければ、やはり二人は生きられない体だったんだ」

「そして今回、妹紅さんが背負っていた赤ん坊が……」

「ああ。その、間借り竹の子だろう。そして里には、薬という形状ではあるが、間借り竹の水を飲んだ者たちがいる。間借り竹の生態は、人への影響力が根底にある。夢遊病を治す対処としては水を体内から抜ければいいんだが……これがどうしても思いつかん。かと言って手っ取り早く株を切り倒すことは……」

「妹紅さんが許さない、ですね」

「ま、そういうことだ。正直、あの娘も蟲に利用されているにすぎん。だが、彼女はそれを理解した上で、あの赤ん坊を殺すことを許さないだろう。俺も、あまりそういう方法をとりたくはない」

 

 難しい問題ですね、と改めて騒動の全容を把握した鈴仙が呟く。そしてちょうどそのタイミングで、慧音が風呂から上がってきた。あがったぞー、と髪を拭う慧音は、艶やかに雫を滴らせている。ギンコも鈴仙もその姿を見て、おおー、と感嘆の声を上げた。

 

「な、なんだお前たち。変な声を上げて」

「いや、ねえ?」

「……俺に(うかが)い立てるんじゃねえよ」

 

 手で払う仕草をして、ギンコは鈴仙の視線を受け流した。

 ギンコは風呂に入ろうと立ち上がる。鈴仙、慧音と入って、最後がギンコの番だったのだ。散らかった巻物はどうするんだ、と慧音は聞いたが、ギンコも片付けを失念していたようで、あー、と少し考えた後、すまんがそのままにしておいてくれるか、と言った。

 ギンコが風呂に入ろうとした時、家を訪ねてくる者があった。どんどんどん、と激しく戸を叩く音がする。何事か、と慧音が玄関に向かい、ギンコもそれに続いた。慧音が戸に近づく前に、外から声がした。

 

 先生! 起きてください! 先生!

 

 男の声だ。慧音が戸を開けると、呼吸も荒く、肩を上下させる男が立っていた。

 

「どうしたのですか?」

 

 慧音が問いかける。尋常じゃない雰囲気の男は、焦りを隠さずに言った。

 

「妻が、妻がいないんです!」

 

 ギンコは男の顔に見覚えがあった。それは昼間のこと。不妊治療薬を購入した家々を回っていた時、その中の一つの家にいた男。妻がいないと叫ぶその男は、夢遊病を訴えた女の、夫だった。




















 最近は第三章のネタを考えて日々を過ごしています。オリジナルの蟲を出したいんですがどれもピンと来ません。結局、既存の設定を東方と蟲師の間で独自解釈を交えて展開することになりそうです。それで皆様が楽しんでいただけるのか。それだけが気がかりでございます。

 しかし湯上りの慧音先生と鈴仙に囲まれるギンコ……今回の話をここまで色気なく書けるのは彼の雰囲気ゆえでしょう。恐ろしい男です笑。……え? 私の文才がないから? それいっちゃあおし(ry




それではまた次回、お会いしましょう。





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