幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 蟲と人、両者の橋渡しを完了したギンコ。妹紅の独白も、受け入れて前に進んでいく。


 ハッピーエンドな後日談。作者が大好物なものです。それでは。



幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第二章 筍の薬 玖《了》

「ねえ永琳、良かったの? あの薬、もう作らないなんて約束して」

「いいんですよ。あんな副作用があるんですもの。もう売れないでしょう?」

 

 永遠亭の一室で、お茶を啜りながら、輝夜はなんとなく永琳に尋ねた。薬というのは、不妊治療薬のことである。副作用が知識として人里に広まった以上、もう手を出すものが現れることはないだろう。件の蟲師の活躍で、夢遊病はみられなくなったようだが、それを抜きにしても、子が十分に増えた里に、これ以上の需要はなさそうだった。

 

「知ってるのよ、私。あの副作用、知ってて放置したでしょ」

「あら、さすが姫様。慧眼(けいがん)でいらっしゃいますね」

 

 ふふん、そうでしょ? と得意げな輝夜を甘やかすように、永琳は輝夜を褒め(たた)えた。

 八意永琳は天才である。この場合の天才とは、全知という意味を含み、自身が望む結果を、過程を省略して手に入れる才能のことである。

 今回のことで、永琳は自身が手がける薬を不完全な形で里へ流した。それはある種の意趣返し。「人を増やせ」なんて言う不本意な仕事を押し付けられたことへの、些細な、しかし大きな、天才の抵抗である。

 

「これで幻想郷に元いる妖怪たちへの義理は果たしました。あとはどうなろうと、私どもが関与する話ではありません」

「でも鈴仙はどうするの? あの子、なんか見えてるみたいじゃない」

 

 そうなんですよねえ、と永琳は困ったというようにこめかみに指を当てた。蟲師というものが関わってきて、一つだけ生じたイレギュラーが鈴仙の才能だった。

 

「波長を操る能力。位相の同調で裏側の住人が見えてしまうなんて、知りませんでした」

「悪いことではないんでしょう?」

「ええ。本人が望めば反発できるようですし、放っておいてもいいとは思いますが」

 

 鈴仙の能力は波長を操る能力。位相をずらすことで、彼女の視界は蟲を捉えることができた。そして今回の間借り竹の影響力を弾くことができたのも、彼女の能力によるところであった。

 弟子がとられないか心配なの? と聞く輝夜に、永琳はそうですねえ、とお茶を飲んだ。存外、どうでもいいのかもしれない。なぜなら彼女は志を受け継がせずとも、探求にかける時間を、十分に所有しているのだから。

 ここは永遠亭。時間が止まり、完全が根付く場所。蓬莱人の思惑は、永夜の闇に漂うのみ。

 

 

 

「それでギンコ。足の具合はどうだ?」

「ああ、もう大丈夫だ。心配ない」

 

 木陰で煙草を吹かすギンコに、首から手ぬぐいを下げた妹紅が問う。心配ないという言葉を受けて、そうか、と妹紅は笑顔を見せた。

 夢遊病の騒動があってから数日経った。結局、竹の子は里に預けられることになり、里の皆で育てていくことが決定したそうだ。特に夢遊病を発症していた女たちからは「他人と思えない」と可愛がられているようで、それを知った妹紅も安心していた。

 獣に食いつかれたギンコの右足もだいぶ良くなり、そろそろ里を立とうという頃、見舞いだと言って、妹紅がギンコの元を訪ねてきた。今では彼女も、竹で炭を作り、里にタダ同然で配り歩いているなど、積極的に人と関わり始めたようだ。彼女の作る炭は火持ちも良く、質がいいということで評判となり、だんだんと発注が増えてきているそうだ。お礼の品が多くて困っている、と妹紅は苦笑する。

 そんな妹紅はと言えば、忙しくなってきた今に嬉しさを感じており、生きるということをやってみる、と少しずつ、以前より前向きに、歩き始めたようだった。

 

「うさぎー!」

「みみー!」

「ぎゃあー!? 引っ張らないでぇー!」

 

 子供達にくんずほぐれつ、悲痛な叫びをあげる知り合いの声に、ギンコも妹紅も声の方を見た。ちなみにここは寺子屋の運動場。先ほどから子供達のいい遊び相手になっていた鈴仙は、その長い耳を手綱のように握られて、背中に子供を乗せつつ、馬のように地面に這いつくばっていた。

 竹の子を里で育てるのはいいが、そのためには間借り竹から水を、定期的に里へ持ってこなくてはならない。その役目は唯一蟲の影響を受けずに進める鈴仙が担うことになり、妹紅と一緒に、里をよく訪れるようになった。

 聞けば旅の装束は、自分の姿を隠す意味で着ていたものらしく、彼女は以外と人見知りらしいことが後々明らかになった。だが今ではご覧の通り。子供達に大人気な、薬売りのうさぎさんの完成である。そして竹の子が預けられた先はと言うと。

 

「かわいー」

「せんせーのこども?」

「ははっ、違うぞ。炭屋のお姉ちゃんが産んだんだ」

「慧音! 変なこと吹き込むなよ!」

 

 ギンコが背を預ける木の反対側。そこに慧音は座り込み、抱いている赤ん坊の母親を、子供達に教えていた。自分の存在を出された妹紅は真実を伝えるべく、子供達と慧音の間に割って入る。竹の子はやはりというか、慧音の元に預けられ、慧音が忙しい時は、里の誰かの家に預けられることになった。今の所、異常は見られない。竹から離してしまうことでなんらかの変化があるかもと思っていたギンコだが、やはり赤ん坊の蟲の気配は、ギンコが感じ取れぬほど微弱なもののようで、水さえ切らさなければ普通の人間として育つだろうと、ギンコは予想していた。

 

「別にお前が産んだってことにしてもいいだろ」

 

 すでに見慣れた白髪には興味がないのか、いつかのように子供達がまとわりついていることもない。木の根元に座り込み、煙を吐きながら、軽い調子でギンコが言う。

 

「じゃあ父親はお前な」

 

 妹紅がズバリと答えを返す。その答えに、慧音は吹き出していたが、ギンコの方は冷静そのものだった。苦笑いを浮かべて、妹紅にやんわりと反発する。

 

「なんでそうなるんだ」

「だってこの子の名前に、お前の名前も入ってるんだぞ? 状況的には、十分父親だろ」

「音だけだろう? 勘弁してくれ」

「てかお前、子供達の近くでは煙草、やめろよな」

「へいへい」

 

 煙草の先を地面に押し付け、ギンコは煙草をもみ消した。本当の夫婦のようなやりとりだと、慧音は口には出さなかった。

 木陰にはギンコと、慧音と慧音の周りを囲む子供達がいる。ねぇねぇせんせ、この子のなまえはー? 子供のうちの、誰かがともなくそう聞いた。

 竹を母に持ち、ギンコに救われたその娘の名前は、妹紅が名付けたものだった。

 

「この子はな、筍子というんだ。筍に、子供の子で、じゅんこ、だ」

「……安直だねえ」

「うっさいな!」

 

 筍のようにすくすくと、伸びやかに。たくさんの愛を受けて育って欲しい。そんな願いが、その名前にはこめられているのだという。

 人の愛を受け、竹の子がすくすくと。笑顔を振りまき、育っていた。




















 第二章、完結です。お疲れさまでした。第三章は近いうちに。さすがに一日二日では無理かもしれませんが、頑張りますね。

 各々の感想がございましたら是非感想欄にて。「面白くねぇぞこの野郎」って書かれたら泣いちゃいます。批判も結構でございますが、言葉を選んでいただけるとすげえ嬉しいです。そして一言なくてもいいので、評価をいただけると嬉しいです。一言あるともっと嬉しいです。


それではまた近いうちに。お会いしましょう。





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