幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 ギンコは川で河童を拾った。拾った。

 今回独自設定多めです。それっぽくは書いていますが、違和感を覚えないとも限りません。
 また、この章はなるべく一話を長くしようと頑張っています。更新が一日遅れても、内容共々、読者様の寛大なる御心でご容赦ください。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第三章 偽主になる 弐

 川沿いの道。河に揉まれ、角を失った石が敷き詰められていたのはギンコが休んでいた下流だけで、今は雑木林のような薄い森林の中を歩いている。幅が細くなり、流れが急になった川が斜面を駆け下りていた。

 川沿いを上流に向かうように歩けば、自然、斜面を登るような格好になり、足も体力も消耗する。それをなるべく抑えるために、ギンコは歩幅を小さく取り、湿った地面を踏みしめていた。時折枝を掴み、腕も使って山を登っていく。

 隣を歩くのは下流で拾った川流れの河童。名を河城にとり。上流を目指すギンコに同行すると言って、ここまでついてきている。かなり重そうな緑の丸い背嚢(はいのう)も、足場の悪い斜面も物ともせず、大股でザクザクと進んでいるが、疲れている様子はない。かなりの体力があるようだ。

 ただ黙って進むのも退屈なのか、道中でにとりは饒舌(じょうぜつ)だった。

 

「ギンコさんはどうして山に? 用があるって言ってたよね」

「ああ。山の様子が気になってな。仕事柄、こういう変化は見過ごせんのでね」

「へえ。仕事は山師か何か?」

「いいや、蟲師という。聞いたことあるか?」

「あー。ここに来る前は結構見たけどねぇ。ワタリの連中は、調査のために池に来たら気前よく光酒(こうき)を振舞ってくれたから、好きだったよ」

 

 懐かしいなぁ、と話すにとりは少し嬉しそうだった。ワタリとは、各地の光脈筋を巡ってその土地に異変がないか調査をしつつ、土地を見守る蟲師の集団のことである。情報屋としての側面の方が強いため、ギンコも度々世話になっていたが、ここに来てから、つまりは幻想郷に招かれてからは会ったことはない。

 しかしその昔に、ワタリの連中がここを調査のために訪れていたのだとすれば、ここは元光脈筋だということになる。思わぬところで自分の考えの裏付けを取ることができ、推測を確信に変えたギンコは、にとりに礼を言った。

 

「お前さんの話のおかげで、推測が確信に変わったよ。礼を言う」

「うん? ワタリの話?」

「ああ。ワタリがここに立ち寄っていたのなら、ここは元、光脈筋だ。お前さん、上流で霧のようなものを吸って調子が悪くなったと言っていたな」

「うん。もやもやーってしたやつ」

「そいつはおそらく、酒気(しゅき)という霧状になった光酒だ。新たに光脈筋が出来たり、枯れていた光脈筋が再び息を吹き返す時などに発生する、命の霧だ。吸えばその精気に当てられて、気分も悪くなるもんさ」

「へえ、さすが蟲師だね。そんなことまでわかるんだ。それじゃあここは……」

「ああ。もう一度、光脈筋になろうとしている。原因までは、わからんがね」

 

 目の前に来た細い枝を手でどかし、また一歩、足を踏み出す。ギンコが懸念していた山の異変とは、この山が、再び光脈筋になろうとしていることに関係していた。

 光脈筋とは、蟲たちの源、光脈が流れる土地のことだ。今回のように、光脈は川の流れのように、一度枯渇した土地に再び流れることもある。そして、ここが光脈筋になろうとしているのなら、光脈筋と切っても切り離せない関係を持つ存在が、この山のどこかにいるはずだった。

 大きく段差になった土をまたいで、ギンコは続けた。

 

「光脈筋には命の流れの統制をとるヌシがいる。それらは土地の変化に合わせて自然と現れるが、今回はどうも、遅れているようだな」

「そうなんだ」

 

 光脈筋に必ず現れるヌシと呼ばれる獣の存在。山の不調はヌシの不調と言われるほど、その関係は密接で、蟲師たちにとっては常識だ。

 酒気が出ているということは、光脈の統制がとれていない証であり、本来蓄えられ、土地に満たされるはずの精気が漏れ出しているということである。この状態の山は不安定であり、できるなら山に立ち入らないほうが身のためだ。漏れ出した精気に当てられて、獣たちは興奮しているし、人間は正気を失うことになる。

 だが余程のことがない限り、ヌシは確実に現れるし、光脈筋の異変も自然と収束する。そのため、ギンコは少し様子を見て、すぐに下山しようと考えていたのだが、そこで蟲の気に当てられたであろう不思議な少女に出会ってしまった。

 

「見捨てないんだ。優しいね」

 

 にとりは言う。

 

「枕元に立たれてもかなわんしな。だが、あれはもう蟲かもしれん」

「そうなの? なら追っても意味ないんじゃ」

「確認だよ。他にやることもないしな」

 

 出会ってしまえば見過ごせない。人の形をした蟲など、大体(ろく)なものじゃない。幸いギンコは素人ではないので、引き返せないところまで行く前に、最悪を考えて、なるべくは少女を助けるために動こうとしていた。

 遠くから音が聞こえる。地鳴りのような響きが、鼓膜に伝わってくる。その正体は、ギンコとにとりがしばらく歩き、急流の元になる開けた場所に出た時に判明する。

 そこには大きな大きな滝があった。大量の水が、露出した岩壁を削りながら上から下へ流れ落ちている。飛沫(しぶき)を上げて滝壺に吸い込まれるそれは、なるほど竜の文字を冠するだけのことはある、とギンコは思った。

 

「見事なもんだ」

「でしょ。九天の滝って言うんだよ」

「天の最も高い場所から落ちる滝か。なるほど、名前に恥じない迫力だな」

 

 これほど大きな滝も珍しい。肌に撫でる湿り気を含んだ風が、ここまで歩いてきた体には心地よく感じる。そんな風を受けながら、少し苔が生えた岩に、ギンコは腰を下ろした。さて、ここからどうするか。

 少女は見失ってしまったが、道標(みちしるべ)になる川沿いを一応登りはした。そして残念なことに、この道中で少女を見つけることはかなわなかった。ギンコとしても、これ以上山に分け入るのは、危険を冒すことになる。そして先の少女は、既に蟲の公算が高かったようにも思う。顎に手を添えて、ギンコは黙考していた。

 にとりはと言えば、滝を見つめ、こちらもなにやら難しい顔をしている。そしてぽつり、と唐突につぶやきを漏らした。

 

「やっぱりおかしいよ」

「なにがだ?」

 

 にとりはギンコの方を振り返る。ギンコもすいっと視線を上げ、にとりと目を合わせた。

 

「ギンコさんがここにいること。天狗に会わなかったんでしょ?」

「ああ。途中からはお前さんもいたから、それはわかるだろう?」

「ありえないよ。あの天狗たちがここまでなんの警告も無しに、山に入ろうとする人間を放っておくなんて」

 

 にとりは言う。通常この山は、天狗の支配下に置かれているらしい。そしてその中でも、白狼天狗と呼ばれる種族が、山に入ろうとする人妖の一切を取り締まり、許可なく山に立ち入ろうとするものを追い出す役目を担っているそうだ。その対応はまるで山のヌシを体現するようだ、とギンコは思った。

 

「天狗ってのは山のヌシなのか? もしそうなら、ここが光脈筋になろうとしている今、俺なんかに構ってられないってのもわかるが」

「ヌシじゃないよ。彼らは妖怪。ヌシにはなれない」

「じゃあおかしな話だ。山に入った俺など、見えてすらいないさ。ムグラに見られている感じもしないし……もしや千里眼でも持ってんのかい? 天狗ってのは」

「持ってる奴もいるよ。だから今も見られてると思う」

「そりゃあ……すごいな」

 

 見られていると言われれば、視線の主を探したくなるのが人情である。ギンコも首を回して周囲を見たが、やはり視線など感じることもできない。

 だが気配を感じることはできる。特に、妖怪と呼ばれるものは蟲に近い気配を持っている。ギンコはぴたり、とにとりに視線を向けた。突然自分を見て黙り込むギンコを見て、にとりは少したじろいだ。

 ギンコはにとりを見ているわけではない。正確には、その背後。ギンコが見つめるにとりのその後ろで、蛹の背が割れるように、空間に縦の裂け目が生じる。まるでにとりを飲み込まんと口を開けるように、開かれたそれに、にとりも気がついたようで、素早い動きでギンコの後ろに飛び退いた。

 裂け目から声がする。無数の目が見つめる闇の底から這い出すように、二人の妖怪が姿を現した。

 

「見ているのは天狗だけじゃなくってよ。ギンコさん」

「相変わらず気味の悪い裂け目だな。どうなってんだい、その中は」

「あら、私の中に興味がおあり?」

 

 手に持つ傘をくるりと回して、ギンコに含みのある微笑みを向けるのは神出鬼没のスキマ妖怪である。そして今回はもう一人。紫の後ろに控えるように現れたのは、毛先が白い、金毛の尾を九つ備えた女性だった。

 紫はギンコを幻想郷に引きずり込んだ張本人であり、先にもある竹の子の騒動にギンコを誘導している。ギンコにとって、誠その名に恥じぬ因縁を持つ紫だが、今回は一体何をしに来たのか。ゆるっとした警戒心をそのままに、ギンコは言葉をかける。

 

「興味はあるが、聞かないぜ。碌なことにならない気がするんでね」

「あら、賢明ですわね。それで? あなたはこんなところで何を?」

「見てわからんか? 滝を見てるんだよ」

「貴様。真面目に答えろ」

 

 強い語調で割り込んできたのは紫の一歩後ろにいた、金毛の尾を持つ女性だった。眉を寄せ、ギンコを睨みつけている。若干笑みを含ませた言葉に強く返され、ギンコは思わず真顔になった。やめなさい、と紫に(たしな)められて、女性は顎を引いて目を伏せる。

 

「ごめんなさいね。こちらも、ちょっと余裕がなくなってるの。許してくださいます?」

「……ああ」

「よかった」

 

 余裕がないと言いつつ、余裕そうな笑みを浮かべるのは最早癖なのだろうか。もしそうなら、難儀(なんぎ)な癖もあったものだ、とギンコは思った。

 それで、ちょっとお話よろしいかしら、と紫は場を仕切り直した。

 

「ギンコさん。貴方、山がおかしいからここにいるのではなくて?」

「直接的に聞いてくるな。山の異変について聞きたいのか?」

「いいえ。貴方に頼みたいのは山の異変を解決すること。それをお願いしに参りました」

 

 いつかギンコへ情報を伝えた時とは大違い。単刀直入に、紫は言った。

 紫はギンコへ山の異変を解決して欲しいと頼んだ。しかしそれはできない、とギンコは首を横に振る。

 

「今の山の異変は自然の(ことわり)範疇(はんちゅう)だ。今無理に正そうとすれば、後々大きな歪みを生む可能性がある。静観するのが一番いい」

「それでは困りますわ。ギンコさんには、手を打っていただかなくては」

 

 どういう意味だ。とギンコは聞き返す。滝の音がする。地の底に響くような重低音。重く、深い響きがする。

 

「詳しい話は省きますわ。今はとにかく、蟲師の貴方を頼るしかありませんの」

「……」

 

 蟲師として。そう言われれば、ギンコに断る理由などありはしない。己の気分や感情を優先しがちなギンコだったが、それは決して、仕事に対して不誠実というわけではない。むしろ仕事に誠実であったがこそ、ここまで蟲のような少女を追ってやってきたのだ。

 重い腰をあげて、ギンコは紫に向き直る。少女は見失ってしまったが、今はとにかく、紫の頼みを聞くことにした。

 

「ったく。はじめからそう言ってくれれば、話は早いんだがな」

「感謝いたしますわ」

 

 にっこり、と紫は笑みを浮かべた。

 

「それでは、ご案内いたしますね。少しの間、目を瞑っていてくださる?」

 

 紫の言葉に素直に従い、ギンコは目を瞑る。そして次の瞬間。紫が傘の先端を持ち上げ、すっと横に動かしたと思ったら、その場から人の影は消え失せていた。空から落ちる滝の音だけが、誰もいなくなった水の淵に、虚しく響いていた。

 

 

 

 再び目を開けてみればそこは、正直、どこだかわからなかった。

 辺りには霧が立ち込め、視界は悪い。そしてこの霧が普通ではないことを、ギンコは一呼吸で察した。

 急ぎ桐箱を下ろし、中から土色のコートを取り出して着込み、襟元で口と鼻を隠す。紫はいったい自分をどこに連れてきたのか。疑問に答えるように、紫はギンコに近付いて言った。

 

「ここは天狗の里ですわ。先ほどの場所から、さほど離れてはいませんのよ」

「霧がひどいね……」

「霧に見えるが、これらは全部、酒気だ」

 

 にとりが呟いた通り、そこは深い霧の天蓋(てんがい)で覆われていた。空を覆う濃霧から(したた)り落ちるように、薄い霧が降りてきている。ギンコは眉をひそめた。

 酒気は光脈筋が、ヌシによる統制がとれていない場合に発生するものである。目に見えない精気と違い、濃度が濃いため、たやすく動物の正気を失わせる。ここには空を覆い、日差しを遮るほどの酒気が満ちていて、ギンコもここに長居すれば、体に変調をきたすのは確実だと思った。

 ここは天狗の里。樹齢が二桁ありそうな木々が乱立し、その太い枝を基礎として木の上に小さな小屋が建てられている。それぞれが天狗の家なのだろうか。視界を薄く遮る霧が出ているうえ、地上にも家々は立ち並んでいたが、やはり木の上にある家が珍しく、ギンコの目を引いた。

 人間の里と違い、思い思いの場所に家が建っているため、一見は無秩序に見える。しかし、まるで効率よく光合成を行うため、互いに影にならぬよう葉をつける樹木のような、そんな全体的に秩序を感じさせる雰囲気で、里はまとめられていた。

 ギンコはちらりと横をみて、コートにくっついている存在に話しかける。

 

「と言うか、お前さん付いてきたのか」

 

 自分の着ている土色のコートの裾を引っ張って口元を隠す河童に、ギンコは言う。くぐもった声で、河童の河城にとりは反論した。

 

「いや、だって八雲のスキマ妖怪が来てびっくりしてあなたの後ろに隠れてたら、いつの間にか私も一緒ここに連れてこられたんだ。文句なら八雲に言ってよ」

 

 へえそうかい、と別に不都合もないので、自分で聞いておいてだが、ギンコはにとりの反論を受け流した。紫はといえば、自分が連れてきておいて、今気がついたという風であった。私への扱い、ちょっと酷いんじゃないかい? とにとりは思った。

 

「あら、思わぬおまけね。帰してあげてもいいけど、どうします?」

「……残る。ここには友人もいるんだ。この様子を見ると、安否を確認しないと不安だよ」

 

 にとりの友人は白狼(はくろう)天狗だ。この集落の様子を見る限り、とても尋常とは思えない。その安否を、友人として確認したい、とにとりは言った。あらそうですか、とこれまた軽く、紫は了承した。

 

「しかしこの酒気は異常だな。どういうことだ」

「その異常を、貴方に治めて欲しいんですの。手間は惜しみませんわ」

 

 ここにきて、ギンコは自分が連れてこられた意味を察する。ここにはおそらく、酒気にあてられた天狗たちが大勢いるのだろう。それらを治療するため、自分が呼ばれたのだ。

 

「そういうことか……だが、現状を把握せんことには始まらない。少し、里の中を見て回りたいが、それはいいのか?」

「時間があるのでしたら、どうぞ」

 

 確かに、あまり時間はないかもしれない。ギンコは急ぎ、天狗の里へ足を踏み入れた。



















 文字多いの辛いぃぃぃぃ(泣き言)。でも決めたから頑張る。質落とさないように頑張りますから、ほんと更新遅れても許してください(真顔)。




それでは、また次回お会いしましょう。





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