幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

29 / 78
<前回のあらすじ>
 紅魔館の主より招待状を賜ったギンコは、手紙を届けにきた文の案内で紅魔館を訪れた。

 1日1話。やれるとこまで頑張ります。それでは。





幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第四章 火の目を掴む 弐

 ギンコが城を訪れると、主自ら直々に出迎えがあった。腕を組み、仁王立ちで小さな体を精一杯大きく見せようとしているような態度は、手紙の内容と相まって、ああ、そういうことね、とギンコを納得させる何かを訴えてきた。

 だがそんな納得を上から塗り潰すように、大きな違和感を発する物体を、少女の背中に見た。

 蝙蝠(こうもり)の羽。黒く艶のある骨組みに、肉色の翼膜が張られているそれ。飛行するというよりも、滑空するために動物が備えた翼は、少女の体にはあまりにも不釣り合いで、ギンコの目線はそこに集中した。

 彼女の名はレミリア・スカーレット。湖畔の城に住む、幻想郷の古く幼い吸血鬼である。ギンコの視線を感じたのか、レミリアはくるりとスカートを翻し、背中をギンコに晒した。

 

「背中の羽が珍しい?」

「ああ。悪いな、変な目で見ちまったようで」

 

 気にしなくてもいいわ、とレミリアは羽を動かして見せた。作り物ではないことを証明するようなその行動は、やはり威厳というよりも可愛らしさの残るもので、まるで小動物のようだった。

 普段から蟲という存在を見ているギンコをしても、慣れることはない。異形を目の前にした時の好奇の視線。それを許す器量は、主たる彼女に備わっていた。

 ギンコの方へ向き直り、レミリアがスカートの端を摘み上げて挨拶した。それが彼女らの挨拶の作法なのだろうか。ギンコも軽く会釈する。

 

「改めまして。私の名はレミリア。レミリア・スカーレットよ。よろしく」

「どうも。蟲師のギンコと申します。招待状をもらいましたが、用件とは?」

「まあ話は奥の部屋で。ついてきて。……ブン屋もご苦労様。帰るも残るも、好きにしなさい」

「ではぜひ同席を」

 

 体を半身にして、ギンコを促したレミリアはそのまま歩き出した。背中越しに射命丸の同席の旨を聞き及ぶと、ふん、と小さく鼻を鳴らした。

 昼間だというのに日光がほとんど入ってこない紅い廊下を歩く。燭台でぼんやりと照らされたそこは、赤い布地でできた床があり、思わず土足で踏み荒らしていいものかと躊躇ってしまう。

 異国情緒溢れる装飾の壁も、ギンコにとっては初めて見るものばかり。当然のごとく、奇異の視線を向けてしまう。

 (つの)が大きく丸まった動物を型どった燭台。継ぎ目を感じさせず装飾された木の壁。毛羽立ちの少ない厚みのある布の床。そのどれもが紅く染まっている。そんな廊下を、館の主人と門番が連れ立って進み、ギンコと文が後ろをついていく。

 やがて一つの扉の前に着くと、門番が扉を開け、レミリアがこちらを向き、部屋の中へと二人を促した。そうして屋敷の住人たちに見送られながら、ギンコと文は一つの部屋に足を踏み入れる。

 そこはどれに腰かければいいのか、困るくらいに多くの椅子が並べられた部屋だった。部屋の中央をロングテーブルが占拠し、それを取り囲むように配置された椅子に、やはり窓の少ない空間を、燭台の明かりがぼんやりと照らしている。薄暗さを蝋燭の炎で塗り替えているようだ。

 部屋に入ったギンコが立ち止まっていると、後ろで扉の閉まる音がした。どうぞ奥へ。声に促されるまま、ロングテーブルの長辺側を通り過ぎ、部屋の奥まで歩く。一番奥の席にレミリアが腰掛け、ギンコと文はレミリアとテーブルの(かど)を挟むように着席した。

 桐箱を下ろし、ギンコが席に着く。レミリアの後ろには門番が控えているが、この際従者と呼び直した方がいいだろう。背もたれのある椅子は、装飾の施された木を骨組みに、柔らかな布団生地で作られていて、腰の収まりがいい、とギンコは思った。

 

「さて、では改めまして、紅魔館へようこそ。どう? 異国の文化に触れた感想は」

 

 足を組むように動かし、椅子の肘掛けで頬杖をついて、レミリアがギンコに聞いた。

 

「いや、そいつはなんとも。物珍しいってのはよく言われるが、言うのはそう無いもんでね」

「ふふっ、そうよね。あなた、なんだか妙だもの」

 

 楽しそうにレミリアが笑う。

 

「妙な男、とは最近よく言われますな。どうしてそうお思いで?」

 

 ギンコは試しに聞いてみた。するとレミリアは笑みを消し、すっと自分の左目を含む顔半分を手で覆い隠した。

 

「その白髪の奥。目の中に、何か飼ってるでしょ。妖怪じゃないけど、動物でもない。そうね。一番近いのは怨霊かしら」

「怨霊……か」

 

 ギンコは自分の左目を意識した。いつからか真っ黒に塗りつぶされ、闇の深淵とつながってしまった自分の左目。後の文献で知ることになった、トコヤミという蟲が巣食っている。

 ギンコはレミリアに答えた。

 

「俺の左目には、蟲が住んでるんですよ。トコヤミ、という蟲なんですがね」

「蟲、ねえ」

 

 蟲って、どういうものなのかしら、とレミリアは聞いた。じろり、とギンコを見据えるのは紅玉を思わせる紅い瞳。小さくも、それは強い威圧感を放っているように見えた。

 交錯する紅玉と翡翠。やがていつも通りの調子で、ギンコは口を開く。

 

「蟲、とは私ら人間や、動植物よりも、生命そのものに近い存在を指す言葉です。目には見えないが、確かにそこにいるモノ。ただ存在し、影響を及ぼし、またどこかに消え去る。そういう生きモノです」

「生命そのものに近い存在……」

 

 レミリアは神妙に話を聞き入っているようでもなく、話を聞くと同時に何かを考えているようだった。ギンコは構わず続けた。

 

「そういう連中を相手に、生業をしているのが蟲師、というわけです。この辺りでは、あまり聞かないでしょうがね」

「……そうね」

 

 初めて聴けば、突拍子もないことを言っていると思われても仕方がない。蟲は、見えない者たちと事実として共有することは難しいからだ。しかしレミリアは、それでも蟲師であるギンコを指名してきた。招待状に書いてあった用件の差すところが、レミリアの口から語られる。

 

「あなたの話、信じた上で一つ、質問してもいいかしら」

「どうぞ」

 

 レミリアは足を左右で組み直し、膝の上で手を組んだ。

 

「あなたは蟲に対して、何ができるの?」

 

 ギンコは静かに答える。重く、低い響きを持った声が、燭台で浮かび上がる陰影に溶けていく。

 

「蟲に対しては、何もできませんが、蟲に障りを受けた人になら、それを治す知恵があります」

「……そう」

 

 短くつぶやいて、レミリアは立ち上がった。

 

「ならその知恵を借りましょう」

 

 別の部屋に案内するわ、と言うレミリアに、ギンコは自分が試されていたのだと知る。ギンコ自身はそんな事は無いが、蟲師の中には蟲が見えないことをいいことに、詐欺まがいの手法で蜜を吸う輩もいる。

 事実、レミリアはギンコを試していた。無論、依頼は最初から頼むつもりだったが、信頼して任せていいいのかどうかは別の問題である。

 ギンコが信頼できる人物かどうか。面を合わせて会話をすれば、レミリアには判断できた。伊達に五百年を積み上げてはいない。そして、ギンコとの面談で下された判断は、可、だった。

 ギンコには得体の知れない妙なところがある。先に指摘した左目がそれだ。信頼するには足りないが、そんな得体の知れなさが逆に言動の信憑性を高めているのだから可、というほかない。 

 短い滞在時間をの部屋を出て、二人はレミリアの先導で次の部屋へと案内された。

 

 

 

 季節は秋。晩夏の頃が終わり、秋と言われるくらいには肌寒さが風に乗って到来し始めた初秋。一人の子供が、ふらふらと外を歩いていた。

 ここは紅魔館。敷地の三分の二が庭で占められるそこは、久しく外を経験していない彼女からすれば実に都合のいい遊び場だった。

 程よく草木の茂る庭先には、門番を兼任する庭師が季節ごとの花を外注して揃えている。見ていても美しく、歩けば香りを楽しめる。この季節はもっぱらコスモスが咲き誇り、裏庭には金木犀(きんもくせい)の花が咲いている。

 何故彼女は外を歩いているのか。それはやはり、単なる遊びである。ほかに言い表しようがない。彼女にとって、それはどこまでいっても、遊びにほかならない。

 

「あ、見つけた!」

 

 見つけた。そう言った彼女の視線の先には空中を漂う人魂のような何かがある。まるで夢幻のように、存在感が希薄な、淡い光を放つ炎が、ゆらゆらと移動していた。

 その炎に追従するように、彼女もまたふわりと空中に浮かび上がる。彼女には羽があった。七色に輝く宝石を吊るした枯れ枝のような、歪で美しい羽があった。

 彼女は空中を揺らめく人魂のようなそれと散歩をする。ふわふわ上下に揺れ、時には周りを回って、戯れるように空を歩く。にこやかに人魂のようなそれと戯れる彼女は、幼さの残る子供らしく、とても無邪気に思える。

 彼女はこの空中散歩を純粋に楽しんでいた。先ほどから何度も何度も繰り返し、この不思議な浮遊物を見つけては無邪気な笑顔を浮かべていた。そう、無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

「ふふふ」

 

 彼女は笑う。浮遊するそれの隣で、それに手のひらを向ける。

 そしてゆるく拳を作り、一気に、握り込んだ。

 途端に炎が弾け飛ぶ。それはまるで小さな花火のようで、彼女は先ほどから、この遊びに夢中になっていた。

 

「あはは! キレー!」

 

 彼女は知らない。これが蟲と呼ばれる小さな生き物だということ。

 しかし彼女は理解していた。自分は今、命を摘み取っていると。自身の能力を遺憾なく発揮し、”目”を握り込んでは潰しているその行為が、命を終わらせていることを。

 彼女は無邪気に楽しんでいる。それは、子供が道端のアリをなんのためらいもなく踏みつぶしていることと変わらない。

 

「もういないのかなぁ」

 

 小さな花火を見たい。それだけのために、彼女は命を摘み取る。掴み取る。そしてまた、生贄が現れる。

 

「あ、いた!」

 

 少女は飛んでいく。ふわふわと揺れる浮遊物めがけて飛んでいく。

 また、小さな花火が、紅魔館の庭で花開く。

 

 

 

 ギンコはレミリアにとある部屋に案内された。その道中、レミリアは歩きながらギンコに事情を説明し始めた。

 日の当たらない、屋敷の奥へと続く廊下を歩きながら、レミリアが口を開く。

 

「最初はただの風邪だと思ったのよ」

 

 そう前置きしたレミリアは次のように語った。

 従者である十六夜咲夜はこの屋敷で給仕を務める人物だ。紅魔館の給仕は他にもいるが、実質彼女が全ての仕事をこなしているらしく、掃除洗濯食事の用意など多忙を極める彼女は、自身の体調管理にも一等気を使っていたが、やはり絶対ということはなく、ある日寒気がすると言って、その日の仕事を早めに切り上げて休んでいたそうだ。

 翌日になり、レミリアが起床するといつものように着替えを手伝いに来る従者の姿がみえない。仕方なしに自分で服を着替え、従者の部屋まで様子を見に行くと、明らかに体調を崩した様子の従者がそこにいたそうだ。

 人間の病気ならば薬を飲んで寝ていればなんとかなるだろうと、レミリアは永遠亭の医者の風邪薬を入手し、従者に飲ませて安静にしているようにと、しばらく休暇を与えたという。

 

「その時はすぐに良くなると思っていたわ。でもここ数日体調は戻らないし、寒気もひどくなって、今では布団から出てくるのも寒くて億劫になるほどらしいのよ」

「それで、私に文を?」

「ええ。もう一度永遠亭を頼った時、一度貴方に診て貰えばいい、と推薦されてね。永遠亭の医者の腕は確かだし、そういうことならとそこの天狗に文を持たせたのよ」

 

 寝起きで寝ぼけていたから、ちゃんと伝わるか不安だったけれどね、と思わぬところであの意味不明な手紙の種が明らかになった。

 

「とにかく、一度咲夜を診察してちょうだい。報酬は成功報酬になるけれど、構わないわよね?」

「ええ」

「よかった。……ついたわ。ここよ」

 

 そう言って、レミリアは一つの扉の前で足を止めた。

 ノックをすると、扉の向こうから小さな声が聞こえてきた。入るわよ、レミリアがそう言って扉を開けると、そこにはベッドに横たわり、布団を首までかぶって寝込んでいる女性がいた。

 

「具合はどう? 咲夜」

「お嬢様。はい、相変わらず……」

「そう」

 

 寝込んでいたのは銀髪で茶色の瞳をした女性だった。端正な顔立ちからは知性が感じられ、目つきや雰囲気はどことなく永遠亭の医者を想起させる。

 あの、そちらの方は、と咲夜が聞いてきたので、レミリアが紹介する前にギンコが一歩、歩み出た。

 

「どうも。蟲師の、ギンコと申します」

「蟲師……?」

 

 少しの警戒心をみせる咲夜に、ギンコは口の端を釣り上げて言った。

 

「あなたの体調不良、もしかしたら協力できるかもしれん、とね」

 

 咲夜はギンコの言うところの意味が瞬時に理解できず、目を丸くしていた。

 咲夜の体調不良は蟲の仕業なのか。遠い異国を思わせる調度品に囲まれて、ギンコは普段通り、桐箱を地面に下ろした。


















 紅魔館とクロスさせる意味が表現できているのだろうかと不安にならない日はありません。更新は毎日と宗家の戒律(大げさ)で定まっていますが、遅れてしまったら申し訳ありませぬ。
 今回の章は描写をより濃厚に、お届けしております。そのため、少々硬さを感じるかもしれませんが、ギンコも感じている異世界感を、共に感じていただければと思います。




それでは、また次回お会いしましょう。






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。