幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 紅魔館へとやってきた蟲師ギンコと天狗の文。レミリアの信用を少しだけ得て、二人は床に伏せる咲夜のもとへ通される。しかし一方で、狂気の妹が不穏な動きを見せていて……?

 週末だー。早起きして書いたよ! それでは




幻想奇譚東方蟲師、始まります。








第四章 火の目を掴む 参

「んじゃ、とりあえず体起こしてくれるか。無理そうなら、布団の脇から手を出すだけでいい」

 

 レミリアに案内された部屋で、患者が寝ているのを確認したギンコは背負っていた桐箱を下ろし、その上に座るようにして患者の隣に腰を落ち着けた。

 

「な、なんですかあなた」

 

 現在体調不良で休暇中の十六夜咲夜は、寝たままの姿勢で、ギンコに警戒心を向けた。首元まで被っていた布団を、さらに引き寄せ、そこに顔を埋めるように隠れてしまう。そんな警戒心を解くように、レミリアが咲夜の枕元に立った。

 

「大丈夫よ咲夜。この人の言うとおりにしてちょうだい。いいわね?」

「? はい……」

 

 急に連れてこられたギンコに警戒心を抱くのは当然だろう。そうでなくとも、ギンコの見た目は少々異様で、さらに言えば男性である。咲夜の反応は当然と言えた。

 レミリアに諭され、咲夜は少々納得がいかない様子ではあるものの、ギンコの言葉に素直に従った。布団の脇から手を差し出し、じゃ、ちょっと失礼して、とギンコはその手を取った。

 冷たい。まず最初に思ったのはそれだった。人間の体温で、生きていられる最低水準なのではないだろうか。ギンコはさらに触診を続けた。

 脈の異常は見られない。咲夜の手は透き通るような白を呈してはいたが、不健康というわけではない。爪や肌の変色も見られないことから、血行が悪いわけではない。様々なことに当たりをつけ、ギンコの診察は進んでいく。

 

「お前さん、舌の根が冷えていたりはしないか?」

「舌の根、ですか?」

「ああ。自分で触ってもわかるはずだ。ちょっと、確認してみてくれ」

 

 ギンコの言うように、咲夜は自分の口に指を差し入れ、舌の根を触ってみた。えずくまで行かずに、ひんやりと冷たい部位に行き当たる。指先で何度確認しても、そこは明らかに冷えていた。

 

「はい。冷たいところ、ありました」

「ふむ……」

 

 ギンコはこれまでの診察で、とある蟲のことを思い出していた。それは火山岩の中から現れ、近隣の里と山を生活難にまで追い込み、一人の蟲師の命を奪おうところまでいった蟲の話。

 だが得心がいかない。その蟲が原因であるなら、もう少し規模が大きく障りが出ている者がいるはずだ。そう思ったギンコは、門番の女性に尋ねた。

 

「あー……お前さん、えっと」

紅 美鈴(ほん めいりん)です。そういえば名乗っていませんでしたね」

 

 申し訳ない、と美鈴は頰を掻いた。気にする様子もなく、ギンコはじゃあ美鈴、と言って質問をした。

 

「お前さん、庭の手入れをしていたな」

「はい」

「雑草を抜いたとき、その中に青くて丈の長い草がなかったか」

「青くて丈の長い草……あ」

 

 少し考えた後、ありました、と美鈴は答えた。美鈴が増えて困っていると言っていたのは、まさにその特徴を持つ雑草だった。

 それがどうかしたの? とレミリアの言葉がかかるが、ギンコは構わず、美鈴へと質問した。

 

「その雑草、抜いた後は?」

「えっと、確か……」

「焼却炉で燃やしました」

 

 そう答えたのは咲夜だった。ゴミとして一緒くたに燃やしてしまったという。なら、とギンコは続ける。

 

「それを燃やした後、屋敷内で奇妙なモノを見なかったか。そうだな、例えるなら、人魂のような炎が飛んでいるところとか」

「ええ、幾つかは……というか、どうしてそこまで知っているんですか?」

「それが蟲の性質だからだ。そして、もしそうなら、体の不調を訴えるのが一人だけというのはどうにも得心がいかなくてな」

 

 蟲の正体は、だいたい掴めたんだが、とギンコは付け加える。次々と屋敷内の事情を暴く蟲師に、咲夜は疑問を持った。それは、この場にいるギンコ以外の全員が同じだったようである。文はギンコの言葉を一言一句聞き逃すまいと筆を走らせていた。

 

「人魂のようなモノが蟲なの?」

 

 レミリアの言葉に、ギンコは答えた。

 

「ああ、おそらく」

「それならフランが追い回して遊んでたわよ。てっきり人魂だと思って放っておいたんだけれど」

「……なんだと?」

 

 何の気なしに、レミリアが答える。人魂だと思って放っておいた? ギンコが久しぶりに、幻想郷の常識を思い知る。

 

「お前さんらは、妙だと思わなかったのか?」

「確かに妙だと思ったけど、冥界から人魂が流れてくるなんて最近はよくあることだしね。放っておいてもどこかへ消え去ったから、別段気にもとめていなかったのだけど」

 

 こんなところでもまた、幻想郷の常識がギンコの前に立ちはだかった。なんてことだ……ギンコは頭を抱えた。

 

「ちょっと、ちゃんと事情を説明しなさい。こっちは何が何だかさっぱりよ」

「ん? ああ……」

 

 それじゃあ、と言ってギンコは語り出した。

 

「お前さんらが人魂だと思って放っておいたモノは、ヒダネという蟲だ」

「やっぱり蟲なのね。それで、その蟲がどうしたのよ」

「その前に咲夜。お前さん、この蟲を飲み込んでしまったことはないか?」

 

 その一言に、咲夜は反応する。あんまり思い出したくない記憶のようだが、咲夜は素直に白状した。

 

「……あるかもしれません。眠っていたら、突然喉の奥にひんやりとしたモノが流れ込んできて、何か飲み込んでしまったと思っていましたが、まさかそれが……?」

「ああ。ヒダネを、その時に飲み込んだんだろう」

 

 ギンコの語りは続いていく。

 

「ヒダネとは、陰火を纏う蟲のことだ。お前さんらが見た人魂は、陰火をまとって飛んでいる成体のヒダネのことだ。幼生は青く丈の長い草の形を取るが、それが熱、つまりは炎などで燃やされると、成体へと変化する」

 

 あの青い草を燃やした時にそれが? 咲夜の言葉に、ギンコがああ、と答えた。

 

「こいつらは、火のようであるが、性質は全く異なる。成体となったヒダネは人魂のように空中をさまよった後、火の中や容れ物の中に巣食って、近づいてきた動物たちの体温を奪うことで成長する」

 

 重く低い語り。やはりそれには、妖しい魅力があるようで、四人はその語りに知らず聞き入っていた。

 

「さて、このヒダネだが、人の体に寄生することもある。そうなると、人の体の中から徐々に体温が奪われていく。寄生されているかどうかの見分けは、舌の根が冷えているかどうかで判断できるそうだ」

「それでさっきは確認を……」

「ああ。そしてヒダネに寄生されたのなら、治す方法も限られてくる」

 

 そこでギンコは立ち上がり、桐箱を開けて一つの引き出しから、細長い針を取り出した。

 

「ヒダネに寄生されると、体が凍えるように寒くなった後、体内でヒダネの草が芽を出す。そうすると草を吐き始めるが、そこまで至っていないなら早い対処で、苦しみも最小限に済むだろう」

「どうすればいいの?」

 

 急くように聞いてくるレミリアに、ギンコは言う。

 

「陰火を捕まえる。まずは、そうだな。この屋敷の、台所に案内してもらおうか」

 

 ギンコはそう、レミリアに促した。

 

 

 

 一人は咲夜についていた方がいいだろうと、その役は美鈴に任せ、レミリアと文はギンコについていくことになった。

 台所までの短い道中で、二人がギンコを挟んで質問攻めにする。

 

「いやーやっぱりすごいですね。あんな少しの情報で原因を特定しちゃうなんて」

「まあそういうものだという事前知識があればこそだな」

 

 ここまでギンコのいうことを書き留めていた文が感心する。

 

「それにしても対応が早いのね。本当にあなたの診断であっているの?」

「だから確認したろ? 陰火が出ている状況証拠は十分だし、あの娘の体調の変化は、ヒダネがもたらすものと推測できる」

 

 ふーん、そういうものなの。とレミリアは一応の納得をみせた。

 そんな三人がやってきたのは紅魔館の台所。中央にテーブルが配置されたその部屋の様子は、前にどこかで見たことがあるような雰囲気だった。

 入口から遠い壁一面に両開きの木製棚で埋められており、その下には壁掛けになった鉄製の調理器具がある。見たこともない形状だが、台所なのだから料理に使うのだろうと、ギンコは大雑把に予想した。

 ギンコはそこで、まずは容れ物という容れ物を物色した。その行動の意味をレミリアが問うと、ギンコは手を止めずに答えた。

 

「さっき、ヒダネは容れ物に巣食うと言っただろ? こういう火の気のあるところの容れ物には、特に集まりやすいんだが……」

 

 どうやらいないようだな、とギンコはかがんで暖炉を覗き込んでいた背中を伸ばし、立ち上がった。レミリアが嘆息して、そういうことなら早く言いなさいよ、とギンコに言った。

 

「ヒダネ? を探してるなら外に何匹かいるはずよ」

「なに? 本当か」

「ええ。妹のフランが吹き飛ばしてたし。まだ生き残っていればいいけどね」

「なんだそりゃ。どういうことだ?」

 

 レミリアの不穏な言動に、ギンコは目を細めた。妹が吹き飛ばしていた。そのままの意味よ、とレミリアは片手を振った。

 

「あの子が久しぶりに楽しそうに遊んでたから放っておいたのよ。今頃ぷちぷち潰して嗤っているんじゃない?」

「そりゃまずいぞ。早くやめさせろ!」

 

 ギンコの焦ったような言葉に若干驚きつつ、レミリアは思わず「は、はい!」と返事をした。

 

 

 

 

 三人が玄関から外に出ると、そこには一人の少女がいた。

 日光を避けるように広げられた日傘の下で、ぼーっと虚空を見つめて立ち尽くしている、ように見えただろう。しかしギンコだけは、少女がなにを見ているのかわかった。

 それは空中を漂う火の玉。人魂のようなそれ。陰火だ。ギンコがそう思った時、少女がおもむろに陰火に手をかざした。嫌な予感がする。そういう虫の知らせのような悪寒がギンコを襲う。

 

「おい! やめろ!」

 

 ギンコが大声で呼びかけても、それはもう遅かった。

 ぐっ、と少女がその小さな手を握りこぶしに変えた時、陰火はまるで花火のように弾け飛んだ。しかし声は届いたようで、弾け飛んだ陰火をうっとりと見つめた後に、少女の首がこちらを振り向いた。ぐりん、と急な動きで、少女はこちらを見る。

 

「あ、お姉さま」

 

 そうつぶやいた少女はこちらに駆け寄ってきた。三人がいる玄関。大きく突き出た庇の中に入ると、日傘をたたんで三人の前に立った。

 

「……お前さん、陰火を潰していたのか」

「うん? 虫さんなら潰したけど?」

 

 それがなに? と少女はギンコを見て首をかしげた。

 ギンコは少女の目を見た。光を吸収するような、闇の深い紅玉石が二つ、人形のような顔に嵌め込まれている。見たものの不安を煽るような、そんな輝きを秘めているようだった。

 血相を変えてどうしたのよ、というレミリアの言葉を無視して、ギンコは目の前の妹に問うた。

 

「陰火を何匹潰した?」

「うん? 数は憶えてないわ。とっても楽しかったのは憶えてるけど」

 

 あははっ、と少女は太陽のような笑顔を見せた。それと比例するように、ギンコの表情には曇りが見られる。まずいことになった。もしギンコの予想が当たりなら、これは途端に難しくなる問題だ。

 

「ねえちょっと。さっきからどうしたのよ」

「……お前さんの妹君だが、あまりよくないことをしてくれたかもしれんぞ」

 

 だからなんなのよ。ギンコの態度に煮え切らないような思いのレミリアは、語気を強めた。ギンコは神妙な面持ちで答えた。

 

「あの咲夜って娘を治すには、陰火が必要だったんだ。それが全てないとなると、あの娘は、助からんかもしれない」

 

 軽々には言えない言葉。助からないかもしれないという事実。だがだからこそ、最悪の状況というのは共通認識としてしっかりと伝えておく必要がある。

 妹だけが、まだ状況をつかめず、ずっと首をかしげていた。
















 早い投稿となりましたが、みてくれる方もいますよね、多分。なんか珍しく早起きしたら筆が走って止まりませんでした。描写が軽くなってるかもしれません。でも展開的には申し分ないと思っています。……さて、二度寝でもしますか。あ、ついでに30話到達おめでとう、自分。




それでは、また次回お会いしましょう。







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