咲夜の症状からとある蟲の存在が絡んでいると推測したギンコ。ヒダネという蟲を探すことになるが、フランドールがその蟲を潰してしまい……?
休日なので2本目。明日は更新できないかもしれないので頑張った。それでは。
幻想奇譚東方蟲師、始まります。
「助からないかもしれないってどういうことよ」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは狼狽えたような声を出した。それもたった今、蟲師の口から出た言葉を真に受け取ったからであり、蟲師の顔が、それに真実味を持たせるような表情を浮かべているからだ。
従者が蟲の障りを受けてしばらく。レミリアが頼った蟲師は従者の不調の原因を早々に特定し、治療のために動き出した。しかしその治療のために必要なモノを、レミリアの妹であるフランドール・スカーレットが滅してしまっていたというのだから間が悪い。
狼狽え、しかし責めるような意味合いの言葉を受けて、ギンコは表情に影を落として答えた。
「そのままの意味だ。あんたの妹さんが、ヒダネを殺し尽くしてしまったのだとすれば、あの娘を助ける方法は、今のところない」
そんな……。レミリアがつぶやき、漏らした声は弱々しい。門外漢である天狗の記者も、事態の急変と深刻さを理解して、口を
ギンコの言う通り、咲夜の症状がヒダネを原因とするものであるならば、陰火を使って調理した食べ物を食することで、体内で芽を出したヒダネを灼くしかなかった。しかし、陰火という偽の火を用意できなければ、この治療法は使えない。
ギンコの目の前にはその事態を引き起こした張本人が、顔を覗き込むようにして立っている。七色の宝石を吊るした枯れ枝を背中から生やし、見開かれた目には不安を煽るような輝きを放つ紅玉の石が嵌め込まれている。
姉の鋭いような印象とは違う。全体的に、不安定で歪な雰囲気を持つ少女だ。ギンコは自分の左目へと伸びてきた小さな手を、受け入れるように動かずにいた。
「わぁ」
ギンコの前髪をかき分けて、黒い闇を落とす眼球を見たフランドールは感嘆の声を漏らした。なぜ、そのような反応になるのか。ギンコには理解ができなかった。
興味のあるものに対して、純粋に驚く。まるで子供だ。いや、見た目は少女に相違ないのだが、例のごとく妖怪から感じられる蟲のような気配のせいで、ギンコはその子供らしさに、特別違和感を覚えていた。
「真っ黒だね。墨汁でも垂らしたの?」
「そうだな。かもしれん」
「あははっ、変なのー」
ギンコの前髪から手を離し、くるりと一回転するようにステップを踏んだフランドールが少しギンコから離れた。後ろ手に日傘を持ち、お辞儀でもするように体を倒した彼女は笑う。
「お兄さん面白いね。変な感じだし。お名前は?」
「蟲師の、ギンコという」
「私フランドール。フランドール・スカーレット。フランって呼んでね」
ああ、とギンコがフランを睨むように視線を送る。ギンコの表情が陰っているのは、何も治療の方法が失われてしまったからだけではない。そんな視線を受け流すように、フランは涼しい顔で再び日傘を広げた。庇の下から出て、再び外に遊びに行こうというのだろう。
「フラン」
そんな妹を制する声があった。ギンコの後ろから聞こえた声は、明らかに怒気を放っていたが、妹にそれは届かない。なぁに、お姉さま、とフランドールは振り返る。
「中に入っていなさい」
「えー……」
「いいから!」
渋る妹を怒鳴りつけてから、姉は感情の昂りを隠そうと努めた。家に入っていなさい。再び紡がれるひそやかな響きに、妹は渋々従って、日傘を姉に預け、家の中に入っていった。
「……それで、咲夜を助けるにはどうしたらいいの?」
レミリアは諦めていない。無論、ギンコも諦めるつもりなどなかったが、さてどうしたものかと首をひねるほかなかった。そしてギンコは、無難な答えを口にする。
「……とりあえず、残ったヒダネを探してみるしかない。焼却炉のあたりはどこだ?」
「……そう。こっちよ」
「あ、あのー」
なんだ。ギンコが控えめな口調で割り込んできた文に応じる。二人の刺すような視線を受けて、文は首を竦ませながら手を挙げた。
「さ、探しものなら適任の知り合いがいますので、連れてきても?」
レミリアを伺うように、若干の上目遣いでそう言った。そう、そうね、とレミリアは同調し、お願い出来るかしら、と文に頼んだ。了解しましたと言うや否や、幻想郷最速でその場を離れる。こんなにも空が清々しいのは、きっとここ最近では他にないだろうと、文は思った。
「……あの子はちょっと気が触れているのよ」
焼却炉の鉄の扉を見ながら、レミリアはそう呟いた。妹がそうしていたように、日傘をさしてギンコの隣に立っている。表情が暗い理由は、日差しを避けているからだけではないだろう。
残念なことに、焼却炉の周りにヒダネはいなかった。裏庭やほかの場所を探してみても、見つけることはできなかった。ならばどこを探せばいいのか。それはギンコにもわからなかった。
気が触れている、とはどういう意味だろうか。蟲煙草を吹かしながら、ギンコは少し考えた。
目の前で蟲を潰して楽しそうに笑っていた少女の姿を思い出す。素手で蟲を殺すというのは、並大抵のことではない。いつか出会った神の左手を持つ少年のように、この世から秘匿されるべき力のように思う。
「気が触れているより、俺にはヒダネを殺して見せた、あの手の方が気になるがね」
「あれは手だけの能力じゃないわ。フランは、あらゆるものを破壊することができる能力を備えているのよ」
天賦の才。生物として超越し、神から与えられたとしか思えない性能を備えるものは、稀にいる。生物界を根底から揺るがしかねない、生の才を受けたのが彼の少年なら、あの少女は、死の才を受けたのだろうか。
「冗談だろ?」
ギンコは半笑いで言った。
「本当にね。冗談みたいな力なのよ」
レミリアは真面目に答える。小さな掌を傘の中で、空にかざすように掲げてみせる。
「物体には最も緊張した”目”という部分がある。そこを突けば、たちまち物体はその形を保てずに霧散する。フランはこの”目”を自身の掌に移すことができるの。握り込めば、それだけで物体は破壊される。……これはただの破壊ではないわ。万物流転の終着駅まで、すべての寿命を根こそぎ刈り取るようなものよ」
レミリアは一歩踏み出し、空に掲げていた手で焼却炉の鉄の扉を撫でた。
「その性質が故に、フランの周りには死が溢れた。それで正気を保てという方が無理な話よ」
「そいつは……そうだな」
紫煙を吐き出しながら、ギンコは死の才を受けた少女の心境を思った。
自分の掌の中で、ありとあらゆる命が終焉を迎える。握り込む。ただそれだけで、どんなに大切なものも自分の前から消え去る。彼女はなんて儚い世界で、生きているのか。
「だが、今は」
「わかってる。咲夜のこと、よね」
ああ。ギンコは頷いた。
もしフランが不遇の世界で生きていたとしても、今は蟲患いの少女がいる。ヒダネが見つからないと、助からないかもしれない命。ギンコとレミリアは、何としてもヒダネを見つけなければならない。
少し前。ギンコとレミリアがヒダネを探して紅魔館の敷地内を歩き回っていた頃。屋敷内に引っ込んだフランドールは、楽しくもない散歩を続けていた。
彼女が外の世界に興味を持ち始めたのはつい最近だ。幻想郷に来て、フランドールと遊んでくれる人たちは増えた。握り込めば死に絶えるのは相変わらずだが、フランドールを恐れずに近づいてくるモノは珍しい。既に死に対して達観していた彼女にとって、全ての命は下等で虚しく、意味のないモノだと思っていたが、その考えは変わりつつあった。
命を摘み取る行動に手応えを感じていた。それは相手によるところが大きい。
「あ」
フランドールが声を上げる。廊下の先に見える人影。最近増えたお友達。ぼんやりと光を帯びた、つばの広い帽子をかぶった少女。
「こいしちゃんだ」
少女は紅い廊下の先で、薄く笑みを浮かべている。フランドールが近づいていくと、まるでどこかに案内するような動きで、少女は駆け出した。
「あ、待ってよ!」
駆け出す少女の背を追いかける。日光の刺さない廊下に、二人分の足音が響いていく。追いかけっこかな? 次第に楽しくなってきたフランドールの意思とは裏腹に、少女はある部屋の前で立ち止まる。
もう終わりなのかな? そうして思っていれば、こいしちゃんと呼ばれた人影は、跡形もなく消え去った。
「ありゃ、消えちゃった」
いつもこうだ。ふらりとやってきては、ふらりといなくなる。こいしちゃんとの遊びは楽しいが、いつも不完全燃焼なのはいただけない。
フランドールはこいしちゃんが消えた扉の前に立つ。こいしちゃんはどこに行ってしまったんだろう。もしかしたらこの部屋の中かな? そんな軽い気持ちで、扉のノブに、手をかけた。
部屋の中には人がいた。ベッドに横たわる人と、その傍らで座る人。
「妹様」
部屋に入れば、当然二人は自分に注目する。いつもは門番をしているはずのその人と、いつもは完璧にメイドを務めているはずのその人。メイドは寝込み、門番が看病している。妹様と言ったのはどっちだろう。声の違いなどで、二人を見分けられる自信は、フランドールにはなかった。
「どうしたの?」
聞いてみる。立ち上がった門番の方が、口を開いた。
「ああ、えっと、心配要りませんよ。ちょっと体調を崩してしまっただけで……」
「嘘」
わざとらしく取り繕った門番の言葉など、フランドールは意に介さなかった。見つめる先はメイド。確か人間だったよねと、注がれる視線は、そのメイドから感じられる不穏な”匂い”を見ていた。
全てを破壊することができる能力の副産物で、彼女は生き物が放つ、死の匂いを視る。死期を感じ取ると言ってもいいかもしれない。それがメイドから、濃厚に漂ってきた。
「咲夜、死ぬの?」
「そ、そんなことはありませんよ!」
「あなたには聞いてない」
フランドールは門番の言葉を封殺する。どうなの? と咲夜に近づきながら、フランドールは聞き返した。咲夜の枕元に立ち、その小さな手で咲夜の額を触った。
冷たい。人の体温を感じない。自分の手がおかしいのだろうか。
いつから、自分の手は体温を感じなくなっていたのだろうか。
フランドールはそれでも、何も感じなかった。感じることができなくなっていた。目の前に横たわる死の香り。鼻が麻痺して、目も霞んで、不感症気味の肌が、全ての感情を殺していく。
そしてフランドールは思い至る。きっとお姉さまはこの人間のために怒ったのだ。さっき自分に向けた怒りは、あの人魂を殺したことではなく、あの人魂を殺したことで不都合があるこの人間のために怒ったのだ。
それは悲しい理解だった。感情の伴わない、理解だけだった。
「妹様……」
頰に触れる手に、咲夜の手が添えられる。やはり、冷たい。生の彼女は、儚く、脆いのだ。
「大丈夫です。いま、お嬢様が恐れ多くも、私のために動いてくれています」
「それは、あの男の人も?」
はい。咲夜は答える。あの男。妙な雰囲気の男。今思えば、咲夜と同じように仄かに死の香りがしていたように思う。
こいしちゃんは私をここに連れてきて何をしたかったのだろう。何を、言いたかったのだろう。
あの男は怒っていた。なんで、怒っていたのだろう。あの男と咲夜は関係ないはずなのに。
命を摘み取ったから? あの下等で
理解できない。理解できない。いらないモノなら、亡くなっても良いはずだ。
理解できない。しかし、男の怒りは、きっとお姉さまよりも純粋で、尊いものだと思った。
「泣かないでください、妹様……」
フランドールが知らず流していたのは、涙だった。とめどなく溢れるそれは、病床に伏せる咲夜の言葉をもってしても、止まることはなかった。
自転車操業中の自分を追い込んでいくスタイル(白目)。
明日はあげられないかも。あげられたとしても夜になるかも。1日1本は守れなくなりますが、ゴールデンタイムに皆様へ暇つぶしの材料を提供した作者をどうか褒めてつかあさい。
それでは、また次回お会いしましょう。