幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 暴走を始めたフランドールと、わずかな可能性にかけヒダネを探すギンコ。二者の行動の理由には一人の少女がいる。

 今回はちょっと今までとは違います。やはり西洋組と組ませると拒絶反応なのか、どうしてもこういうシーンが描きたくなるんですよね。戦闘特化した能力ばかりですし。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。








第四章 火の目を掴む 陸

 何かとても嫌な予感がしたレミリアは、霧の湖のほとりに生える林の中で我が城を振り返った。いつもは能力で城の管理をしている咲夜が寝込んでいる今、居城の破壊は避けるべき事柄である。具体的には、城の中で弾幕ごっこよろしく魔法の打ち合いなんていうのはもってのほかであるわけで、どうしてそんな具体的に嫌な予感がするのか、レミリアをして分かりかねることであった。

 

「どうかしたのか」

「……いえ、なんでもないわ」

 

 足を止めたレミリアを振り返り、ギンコが問いかける。具体的に嫌な予感を振り切るように、レミリアはギンコのいる前を向き直った。

 椛の先導で、一行が進んでいるのは林の中。霧のかかる湖を横目に、薄く茂る木々の隙間を縫うように進んで行く。

 千里眼で氷妖精がいる場所は確認済みだ。わざわざ歩いて近づいているのは、妖精を下手に刺激しない意味もあったし、レミリアが日傘をさした状態では素早く移動できないためであった。もっとも、逃げられたところでこちらには幻想郷最速の鴉天狗がいるのだから、前者に関しては無用な心配ではあったが。

 

「いました。あそこです」

 

 椛が指し示す方向。木の隙間から、人の子供くらいの大きさの妖精と、件の氷妖精が何やら楽しげに談笑している様子がうかがえた。

 音を殺して近づいてみる。会話の内容までは聞き取れないが、姿形ははっきりと見られる距離まで近づいた。

 

「ヒダネはいないようだな」

「そうみたいね」

 

 氷妖精の近くに、件の蟲はいない。茂みから様子をうかがっているだけでは、事態は進展しないと言えた。

 

「ちょっと、あなた行ってきなさいよ」

「俺がかよ」

 

 肘で脇をつつくような仕草のレミリアに、ギンコが自分で自分を指差した。

 

「人間の方が警戒心もいくらか和らぐでしょ」

「……へいへい」

 

 レミリアに促されて、ギンコは立ち上がる。ごとごと、がさがさ、と背負った桐箱やら草の根を踏む音やらで、なるべく存在感を出しながら近づく。まるで熊と遭遇しないための知恵だな、とギンコは思った。

 

「誰だ!」

 

 大声で反応したのは氷妖精だった。服についた葉っぱをつまみ、払いながらギンコは努めて陽気に話しかけた。

 

「よう。また会ったな」

「あ。あの時の人間だ」

 

 指をさすんじゃねえよ、とギンコが言うと、氷妖精は大人しく従い、腕を下げた。

 しかし冷気を放っているというのは本当なんだな、とギンコは実感していた。吐く息が若干白んでいる。吐息が凝結し、霧となっているのだ。湖の霧は、案外こいつの仕業なのかもしれない、とギンコは思った。

 

「あの時は助かったよ。よくわからんことで吊るされてさ」

「あー、なんだ、その辺の事情はもういいんだよ。それより、お前に聞きたいことがあってきたんだ」

 

 逃亡幇助(ほうじょ)をバラされる前にギンコは話題を急かした。ん? なんだ? と氷妖精が首をかしげる。

 

「お前、最近妙なものを見なかったか。人魂のような、妙な炎なんだが」

「あー、うん。見たよ」

 

 稚児(ちご)のように頷く氷妖精に、ギンコが思わず食いついた。

 

「本当か!? どこで見た?」

「だいぶ前にこの辺で。遊んでたらまとわりついてきてうるさかったけど、最近は見てないな」

 

 あれはなんだったんだろうなー、と言う氷妖精の言葉を聞きながら、ギンコは考えを巡らせた。やはり冷気に反応して集まってくる習性があるのか。いや、それなら体温を奪うという目的はどうなる。もしや、温度差に反応して集まってくるのか? ギンコには一つの妙案が浮かんだ。

 

「おい、お前……えっと」

「そういや名乗ってなかったね。チルノだよ。お兄さんは?」

「ギンコ。蟲師のギンコという。早速だがチルノ。かけてやった恩の一つを、返して欲しいと思うんだがどうかね」

「うん? あんまり難しいことはわからないぞ」

「かまわんよ。お前さんのそばで、ちょいと焚き火がしたいんだ」

 

 おーいお前ら。ギンコは後ろの方で事の成り行きを見守っていた三人に声をかけた。がさがさ、と草葉が返事をする。

 

「その辺の枯れ枝を集めてくれ。火を起こすからな」

「なんでそんな事を?」

 

 文の浮かべた疑問符に、ギンコは答える。

 

「ヒダネは温度差に集まって来るんじゃないかと思ってな。冷気の漂うこの一角で、俺が暖をとれば……」

「寄ってくるかもしれない、と?」

「ま、そういうことだ」

 

 ギンコは足元にある短い枝を拾いながら、そう言った。

 四人もいれば、焚き火の材料が集まるのに時間はかからなかった。煌々(こうこう)と明かりを放つ昼間の焚き火は、白い煙までが鮮明に見える。闇の中で揺らめく不安げな雰囲気は今の焚き火にはない。暑い暑いと言いながら周囲に冷気を満たしている妖精以外は、皆静かに焚き火を囲んでいた。

 

「ねえ。こんな悠長な事をしていていいの? 別の方法を考えるとかしなくてもいいの?」

 

 少し落ち着かない様子で、レミリアがギンコに問うた。指先が冷えるのか、炎に手をかざし、日傘を首で支えている。

 

「そうだな。今それを考えておくか」

 

 同じく炎に手をかざしていたギンコが細長い枝を掴み、火の中にくべた。ぱちり、と火の弾ける音がして、火の粉が舞った。

 

「あの娘の症状はヒダネによるものだと考えていいだろう。そしてヒダネを使った具体的な治療法だが……腑を多少灼く事になるが、陰火で調理したものを食べる事だ」

 

 沸かした湯なんかが一番手っ取り早いな。ギンコの言葉に、ふうん、とレミリアは頷いた。

 

「だからヒダネを探して今こんな事をしているわけだが……もしヒダネがいないとなると、どうするか」

「そうよ。助かりません、じゃ許さないわ」

「順当に考えれば、代用となる偽の火を用意するか……後は、冷してみるくらいか」

 

 氷を食うとかな、とギンコは言う。

 代用となるもの、とギンコは簡単に言ったが、陰火の代用などそんなもの、自然界にあるわけがない。火の形をとる蟲も、他に心当たりはない。

 

「代用となるもの……」

 

 レミリアは炎を見ながら考えた。しかし、思い当たるところはないようで、椛と文も、ただ静かに炎を見つめているばかりだ。

 いつまでそうしていたのだろう。気づけば、結構な時間をそうして過ごしていた。焚き火の火というのは時間を忘れさせる。ぼうっと眺めていても、楽しいというわけではないが、落ち着く。

 そんな落ち着いた雰囲気を打ち破るように、氷妖精が堪えきれなくなったのか。あつーい! と癇癪を起こしたところで、ギンコもついに悟った。

 

「ヒダネは……やはりいないようだな」

 

 そろそろ望みをかける事が無駄な事だと理解すれば、やはり別の方法であの娘を治すしかない、とギンコは腹を括った。

 

「もう一度、診察をする。屋敷に戻るぞ」

 

 そう言って立ち上がったギンコに、声をかけるものは誰もいない。ギンコが原点に立ち返り、一から治療法を探そうとする事を、言外に肯定していたのだろう。

 付き合わせて悪かったな、とギンコは仰向けになっている妖精に詫びた。

 揺らめく焚き火は、先の展望を照らしてくれはしない。ここから先は手探りの闇だ。そう決意を固めるように、ギンコは焚き火を崩し始めた。その時。

 

 「「!?」」

 

 周囲にいるものたちの誰もが驚いた。地を揺るがす振動。幻想郷に地震が起きたのか? そう錯覚させるほどの地鳴り。いや、むしろそれが正常な思考だ。地震だと思う方が自然だろう。だがここで、レミリアの具体的に嫌な予感が再燃する。

 

「ちょっと、もしかして……」

 

 レミリアは自身の居城の方を見る。薄っすらとかかる霧と、木の葉のせいで城の様子をつぶさに確認する事はできない。しかし、自分の直感が当たっている事は、ほかならぬレミリア自身が確信していた。

 確信を助けるものが見える。それは膨大な魔力の本流。天を衝く勢いで伸び上がる、魔杖の光。

 紅いそれが、居城の方に見えた。

 

 

 

 

 紅魔館。地下の大図書館にへと至る道。普段は露出した石壁が等間隔の燭台にぼんやりと照らされた一本道であるはずだが、今日はひと味もふた味も違うようだった。

 この世のものとは思えない光景。魔力やら霊力やらで生成された矢弾が飛び交い、床や天井にぶつかっては衝撃と共に弾け飛んだ。

 嵐か暴風雨とでも呼べるその攻勢の中心には、フランドールと美鈴が背中合わせで立っていた。正確には、フランドールの暴走する力を美鈴が補助する形で、矢弾の雨を凌いでいた。

 

「くぅ! これじゃ進めません!」

「あははっ! ぜぇーんぶ吹っ飛んじゃえばいいよ!」

 

 フランドールが手に持っているのは黒い、魔の枝。フランドールの翼の骨組と同じような質感の歪な枝の両端に、ハートマークに二つ穴を開けたようなものが付いている。そしてフランドールがそれを振るうたびに、それらの先から、鮮血の如く迸る紅い魔力が、壁や天井ごと魔法陣の罠を薙ぎ払っていった。

 地下の大図書館へ行こうとした途端にこれだ。もう随分な時間を、足止めされているように思う。好き勝手暴れるフランドールに迫る大小の矢弾を、虹を引く徒手空拳で弾きながら、美鈴は少し息を切らしていた。

 業を煮やしたのか、はたまた全力を出したくなったのか、フランドールは魔杖レーヴァテインを大きく掲げると、天井を貫いて伸びる紅い大剣を生み出した。それを受けて、美鈴はまずい! と距離を取る。

 

「消えちゃえ!」

 

 一閃。天を貫く紅い大剣の一閃が、魔法によって拡張され、大きくなっていた地下道の壁面一帯を薙いだ。大剣が通る余波で、床の魔法陣も、ガラスが砕けるみたいに消え去っていく。

 一掃。文字通りの働きをした魔力流を収めると、フランドールは魔杖を陽光が降り注ぐ天に掲げた。すると、一つ大きな岩盤がフランドールの真上から落下してきて、魔杖に突き刺さった。ちょうど大きな日傘になるようなそれを、やはり日傘のようにくるりと回し、フランドールは満足げな笑みを浮かべた。

 

「お見事です。妹様」

「ふふっ、ありがとう」

 

 あー、楽しかったぁ! とフランドールは陽光降り注ぐ天井の穴から移動して、地下の暗がりに身を置くと、岩の日傘の”目”を握り込んだ。途端に、傘の部分の岩盤が粉々になる。

 

「ふぁー。動いたら眠くなっちゃた。帰っていい?」

「ええ!? ここに来た目的はどうするんですか!?」

 

 美鈴はあくびをして目尻をぬぐうフランドールに、美鈴は驚きの声を上げた。

 ここに来た目的はこの盛大なアトラクションを楽しむためではない。この屋敷のメイドである十六夜咲夜の体調を戻す術を探して、大図書館を目指しているのだ。正確には、大図書館にいる人物に会うために。

 フランドールは半目になって、冗談よ、と冗談らしくない口調で言った。あくびを伴ったそれを見るに、どうやら眠たいのは本当らしい。そしてどこにしまったのか、手のひらからいつの間にか魔杖は消え去っている。

 フランドールは視線を美鈴からすっと横にずらす。そこには大図書館の入り口があった。古びた木製の両開きの扉が石壁にはめ込まれている。大きな瓦礫が進路を塞ぐように点在しているが、開閉に問題はなさそうだ。

 さて仕方がない、行くかとフランドールが歩き出そうとした時、穴の開いた天井から大きな声が響いた。

 

「フ〜ラ〜ン〜!」

「あ、お姉さま」

 

 チッ、面倒臭い時に、とフランドールは舌打ちをする。美鈴は耳聡くもそれを聞きつけていたが、苦笑を浮かべて聞かなかったことにした。

 日向から日陰へ、高速で移動してレミリアは瓦礫の残る地下に転がった。

 

「ぐわあああああ! あっついいいいい!」

 

 日傘を捨てて、速さを取ったのだろう。日光の下を高速飛行してきたレミリアは、その身を太陽に灼かれていた。

 無様極まりなく煙を上げるレミリアだが、たとえわずかな時間でも日光を浴びて無事な吸血鬼の方がすごい。種族としての弱点を克服したとも言えるからだ。

 穴が穿たれた天井から地下に降りてきたのはレミリアだけではなかった。漆黒の翼を羽ばたかせて、ギンコを連れた文も地下へとやってきた。

 

「こりゃひでえな」

 

 文の羽ばたきで砂塵が舞い上がり、ギンコは口元を袖で隠した。脇を抱えるように連れられ、そのまま地上へと降り立つ。それと同時にレミリアもくすぶる体を跳ね上げて、フランドールに詰め寄った。

 

「ちょっと! あんた城をこんなにめちゃくちゃにして! 今は咲夜が寝込んでるんだから壊れても修理できないのよ!」

「私のせいじゃないもん」

「どう見てもあんたのせいでしょ! 私見たんだからね!」

 

 まあまあお嬢様、妹様のせいでないことも確かですよ、と美鈴がレミリアをなだめた。

 レミリアは噛み付くほどの勢いで、口を挟んできた美鈴に向き直る。美鈴はそんなレミリアを笑顔で受け流し、事情を説明した。

 フランドールが咲夜のために動こうとしたこと。そのために大図書館に行こうとしたこと。道中が迎撃術式だらけで、後退もままならず、こうするほかなかったこと。つぶさに報告すれば、レミリアも渋々納得したように、怒りを鎮めていった。

 

「じゃあ何? これからパチェのところに行こうとしてたの?」

「はい。パチュリー様なら何か知恵を貸していただけるのではないかと」

「それもそうね……ねえギンコさん」

「ん?」

 

 少し考えて、レミリアはギンコに聞いた。ギンコが吹かす蟲煙草のような細い煙が、まだ蝙蝠のような羽から上がっている。

 

「ヒダネを捕まえたいというのは陰火という偽の火を用意したいからなのよね」

「ああ」

「属性の魔法ならパチェの領分だわ。聞いてみるのも悪くないわね」

「そうなのか?」

 

 ええ、とギンコに答え、レミリアはフランドールの行動に一定の利を見出した。大図書館は目と鼻の先。あとは、行動するのみである。

 

 

 

 

 一方大図書館の中では、一人の女性が声にならない魂の叫びを、涙の伴わぬ嗚咽(おえつ)とともに吐き出していた。

 

「もう無理……みんなここに来る……早く死のう……」

 

 絶望の太い響きを持って、その声は大図書館の中に消え入る。巨大なその影は、一人、鳴いていた。



















はい、少し引きがわざとらしすぎたかもしれませんがお疲れ様でした。紅魔館組は暴れたがって仕方ない。ちゃんと次回は蟲師しますからゆるしてくだしあ。

感想で日常回が欲しいと要望がありました。日常回が欲しいという方は挙手! ……なるほど。そんなに欲しいか。この欲しがりめ! ほのぼのしたのがいいのか!? そうか、じゃあ3個やろう!(意味不明)


日常回は幕間という形で気が向いたらやるかもしれません。何しろ章完結型を一応目指している手前、エピローグ的なものとの相性はなかなかに悪いのです。前提が作者の話を読んでいるとはかくも難しきこと也。
皆様も日常回欲しかったら感想にてその思いの丈を作者にお伝えください。「まじで? こんなに見たい人いるの?」って作者をドン引きさせたら日常回作成決定! 長くなりましたが、感想はどしどしお願いいたします。




それでは、また次回お会いしましょう。





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