幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 ギンコはついぞ、ヒダネが現れないことでいよいよ陰火の代用を探すために動き出す。そんな中、ダンジョンと化した屋敷の地下でフランドールが暴れ、天高く屋敷を吹き飛ばしたのだった。

 お気に入り1000件超えてウハウハな作者です。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第四章 火の目を掴む 漆

 紅魔館の大図書館の扉を開けたのはレミリアだった。日光に曝された影響であるのか、体のあちこちが燻っている。生き物の焦げた匂いが鼻に付くのか、ギンコが少し眉を寄せていた。

 

「お前、大丈夫なのか」

「心配無用。そのうち治るわ」

 

 そうか、と気の無い返事をして、ギンコも大図書館へと足を踏み入れた。

 大図書館を見て、ギンコが思い出したのは狩房文庫だった。湿度が低く保たれた紙に優しい空気は、それでもなぜかカビ臭くなるようで、立ち込める紙の匂いと一緒に、どこか懐かしい思いをした。

 燭台が点々としている大きな大きな部屋はなぜか全体が明るく、日の光が届かない地下とは到底思えない。大図書館と名打つように、その蔵書の数はかなりのものがあるようで、ただでさえ高い天井までうず高く積まれた本棚が圧迫感を放っていた。収められている書も、ギンコが知るようなものではなく、硬い外装の冊子が、背表紙をこちらに向けて並べられている。一番上の書はどうやって取るのだろうか。ギンコは素朴な疑問を持った。

 勝手知ったるといった様子で、レミリアはずんずんと図書館の奥へと進んで行く。その後ろに、ギンコとフランドールがついていき、さらにその後ろから美鈴と文がついてくる。五人が大図書館に足を踏み入れれば、扉は自然と閉まった。

 そして少しも進まないうちに、レミリアの快調な歩みを止めるものが、本棚の影から現れた。

 

「レミリアお嬢様」

「小悪魔じゃない。どうしたのよ」

 

 進路を塞ぐように立つ女性。レミリアをお嬢様というその人はレミリアと同じような翼を背中に備えていた。深紅の髪が長く腰まで伸びている、柔らかな雰囲気の女性であった。

 

「どきなさい。あなたの主人に用があるのよ」

 

 レミリアは歯牙にも掛けないといった様子で、その女性の横を通り過ぎようとした。しかし女性は半歩、体をずらし、再度レミリアの進路を体で塞いだ。

 次こそ明確な妨害行為。レミリアは眉間にしわを寄せ、小悪魔と言った女性を睨んだ。

 なんのつもり、とレミリアが聞く前に小悪魔は目を伏せて答えた。

 

「今、パチュリー様にお会いなるのはおやめください」

「なに? またあいつの引きこもりが出てるの?」

「それはいつも通りです。ああいえ……」

 

 自分の主人に結構な暴言を吐いて、小悪魔は態度を取り繕った。とにかく、と仕切りなおすように咳払いをする。

 

「パチュリー様は今人と会えるような状態じゃないのです」

「どういうことよ」

「えっと……ちょっと不思議な現象に囚われているといいますか」

 

 少し貫禄が出ているといいますか。小悪魔の説明は何かを隠し、濁すような返答だった。

 なによそれ。いいからどきなさい、とレミリアは制止を促す小悪魔を手でどかし、奥へと入っていく。そんなレミリアについて、説得するように小悪魔が声をかけ続けたが、レミリアはそれを無視した。

 本棚に挟まれた細い通路を右へ左へ。ちょっとした迷宮攻略気分を味わっていると、すぐに目的の場所に出る。

 その一角は、本棚からあふれたのか、大量の本が平積みにされている場所だった。さながら本の海である。いや、淀んだ雰囲気と流れのない本の古びた感じから考えれば、沼といったほうが適切か。

 本の沼に身を置く図書館の主人は、レミリアの歩む先にいるようだった。ここまで来てしまえば、小悪魔も口をつぐんで、お会いにならないでくださいと言うことはなかった。

 

「パチェ。邪魔するわよ。突然だけどあなたに聞きたいこと、が……」

 

 要件を単刀直入に述べようとしていたレミリアの口が固まる。絶句する。一行の足も止まり、その視線の先にあるものを自分も見て、フランドールが声を発した。

 

「毛布にくるまってどうしたの? パチュリー」

「な、なんでもないわ」

 

 なんでもないといっているその後ろ姿はどういうわけなのか、明らかに大きかった。背もたれのある椅子からはみ出すほどの後ろ姿が見える。ギンコは彼女と初対面であるからして、違和感を覚えずに首を傾げていたが、彼女を知る他の二人、美鈴と文もその妙な雰囲気を怪しんでいた。

 聞きたいことがあるといったレミリアを、すぐさま否定する声が返ってくる。

 

「今日は体調が悪いの。後にしてくれるかしら」

「パチェ……あなた、なんか声もおかしくない?」

 

 レミリアが言うように、その大きな毛布の塊みたいな人物の声は、野太いというか、女らしい口調に合わない、太く濁った声だった。

 ここまでくると、レミリアが事情を察する。これは尋常ではない。何か良くないことが、パチュリーの身に起きていると思った。

 

「パチェ。あなたの身になにが起きているのかはわからないけど、もしかして急に体が大きくなったりした?」

「……」

 

 レミリアの伺うような言葉に観念したパチュリーは、毛布をゆっくりと脱ぎ去りながら皆のほうを振り返りながら、椅子から立ち上がった。

 そこにはたくさんの脂肪を蓄えた一人の女性がいた。はち切れそうな服に身を包み、指先までむくみきった女性は、はっきり言って異様なものだった。

 絶句する一同の中で、フランドールだけがそんなパチュリーの姿を見て笑い声をあげた。

 

「あははっ! なにそれ! パチュリーってば力士みたいじゃない!」

「……」

「やめなさい! フラン!」

 

 フランドールの心ない一言に、パチュリーは奥歯を噛みしめる。なぜこんなことになったのか、自分でもわからないといった風だ。握り拳が丸い。その姿を見て、状況についていけていないギンコが美鈴に話しかけた。

 

「いまいち話が見えてこない。どういうことだ」

「私もよく分かりませんよ。パチュリー様が、急にその……お太りになったのでは」

「あははははっ!」

「……」

「フラン!」

 

 笑うフランドールの声を黙って受け止めているのはパチュリーだ。そして悔しそうに、絞り出すようにレミリアたちに言葉をかけた。

 

「……見ての通り自分の身に起きたことの対処で手一杯なの。お願いだから帰ってくれるかしら」「……そうね。そういうことなら仕方ないわ」

 

 咲夜に続き、パチュリーも何かおかしな体調の変化に見舞われるとは。協力を仰ごうとしていたが、これではそれも望めそうもない。

 レミリアは振り返り、歩き出そうとした。その時、何か考えている様子のギンコを視界の端で捉えた。

 

「ギンコさん。何か?」

「ん? いや、最近急にここまでの太り方を見せるっていうのは、どうも異様だと思ってな。ちょいと考えていた」

 

 少し聞きたいことがあるんだが、とギンコはパチュリーに話しかけた。

 

「蟲師のギンコと申します。その、体がそうなったのは唐突にですか? 例えば、寝て起きたら、とか」

「……そうよ。なぜわかるの?」

 

 そうですか、とギンコは答える。

 

「だとすれば、あなたの症例は俺ら蟲師の領分です。その体、見た目ほど重くはないんじゃないですか?」

「そうよ。なに、どうして? なんであなたが事情を知っているの?」

 

 野太い声で、誰にも話していないのに、と顔を上げたパチュリーが言う。

 

「俺も初めて見る症状ですが、文献通りなら手持ちの薬だけですぐにでも治せるでしょう。とりあえず、座ってお待ちください」

「さすがですね。ギンコさんは」

 

 そうかい? とギンコは文の賞賛の言葉を受け取り、パチュリーに近づいた。赤い絨毯の上に腰を下ろし、桐箱を開く。そして 慣れた手つきで引き出しからすり鉢とその他乾燥させた草のようなものを手に取ると、手を動かしながらパチュリーに聞いた。

 

「もう一度確認しますが、あんたは最近急に、そうなってしまったようで」

「ええ」

「では、空中を漂う泡を見たことは?」

「見たわ……ここまで言い当てられると、この症状もあなたのせいに思えてくるのだけれど」

「そいつは勘弁を。俺はあんたが見た蟲について少しばかり知っているだけです」

「蟲?」

 

 ごりごりとすり鉢で何かをすり始めたギンコは、手は止めずに、パチュリーの体の変調はとある蟲によるものだ、と説明を始めた。

 

「おそらくあんたが見たものは、泡沫、という蟲です」

「うたかた?」

 

 誰に聞かせるでもなく、ギンコの重い語りは周囲の人を惹きつける。

 

「泡沫は、大きな泡状の蟲で、元は木霊という蟲だ。木霊が宿る木が切り倒され、木材として使用されると、その中で永い永い眠りにつき、周りの水分を徐々に吸い込んでいく。その過程で蟲としての性質が変化する。非常に稀な蟲です」

 

 珍しいと言って語るギンコの口調はどこか嬉しそうだった。

 

「なぜ、その泡沫がここに?」

「ここの図書館は、見たところかなりの年月が経っているようだ。本棚に使われていた材木なんて、泡沫が住まうにはうってつけだろう」

 

 パチュリーは自分の本が収められた本棚を見た。そこに得体の知れない何かが内包されていると考えると、少し異様なものに見えてくるのだから不思議なものだ。

 

「そして泡沫は、十分な水を吸うと大きな泡となって木材から抜け出る。その泡に触れると、眼球に薄く張っている水から体内に入り込み、今回のように体がむくみ、健常な人間が太ってしまったようになるんだ。もちろん、太ると言っても見た目だけだから、重さは変わらない」

 

 ギンコの語る内容を、文がせっせと書き留めていた。

 

「他にも、特徴として涙が出なくなるという。それを改善してやれば……できたぞ」

 

 ギンコが持つすり鉢の中には、少し灰色をした土のようなものがある。これを焚いてその香を吸えば、体はしぼんでいくのだという。

 火は火は、と羽織の内側を探るギンコに、パチュリーの指が差し出される。むくんで丸みを帯びた指。その先から、炎が一つ、立ち上った。

 

「火が必要なんでしょ?」

「……ああ」

 

 ギンコが差し出したすり鉢に、パチュリーの炎が灯される。ゆらり、と白煙が生じた。

 

「その煙を鼻から吸えば良くなるはずだ。少し涙が出るが、問題はない」

 

 パチュリーは手渡されたすり鉢を、鼻先に持って行き、白煙を吸い込んだ。その強烈なくせに、たちまちむせかえる。すり鉢の中身が、咳と一緒に踊ったが、どうやら中身はこぼれなかったようだ。

 そして次の瞬間に、涙が雨のように溢れ出た。ぽろぽろと瞬きの度に落ちるそれと一緒に、風船から空気が抜けるように体がしぼんでいった。

 症状の改善は早かった。ギンコ曰く、宿るものの中にある水と一緒に泡沫は流れ出ていくようで、今回の香は、涙を出させる香を調合したのだという。

 症状が改善され、パチュリーの体が元に戻る。それを見て、小悪魔がパチュリーに駆け寄った。

 

「パチュリー様、良かったですね!」

「ええ……ギンコさん、でしたっけ。ありがとうございました」

「礼はいりません。こっちも、あなたの知識が借りたいと思っていたところですから」

 

 そうだよな、とギンコはレミリアを振り返る。ええ、とレミリアが答え、パチュリーに事情を話し始めた。

 

「パチェ。あなた、偽物の火を用意できないかしら?」

「偽物の火? それは一体どういうものなの?」

 

 パチュリーの疑問に、ギンコが答える。

 

「性質は炎と変わらないが、近づいた動物の体温を奪うというものだ。用意できそうか?」

「……難しいわね。とりあえず、一つ思いついたことがあるけど」

 

 そう言って、パチュリーは指先を振るってみせる。その指先に、青白い炎が浮かんだ。

 

「これはアイスファイアというものよ。火と、水、土の属性を合わせた混合魔法ね。これが役に立つかどうかはわからないけれど」

 

 レミリアはギンコを見る。ギンコはその青白い炎を見て、頷いた。

 

「見た目は陰火にそっくりだ。試してみる価値は、あるかもしれん」

 

 ゆらゆら揺らめく炎を見て、ギンコはそう言った。















物語が急転直下。よくあることです。見せ方が素人丸出しでお恥ずかしい限り。まだまだ修行が足りませんね……。
最近キノの旅を全巻(18巻まで)買いました。チョビチョビ読んでいますが、いいですね。前から読んでみたい作品だったので、嬉しさもあります。あ、こっちの更新はちゃんと続けるつもりなんで、安心してくださいね。頑張りますよ!





それでは、また次回お会いしましょう。





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