幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 地底を目指し、やってきたギンコたちは、覚妖怪の古明地さとりと遭遇した。


 愛が溢れすぎて設定難しくしすぎた。それでは




幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第五章 恋し糸愛し夢 肆

 荒涼とした景色を尻目に、一行は地霊殿を目指していた。道中で遭遇した覚妖怪は美鈴が背負い、赤土の大地を歩いて行く。地底は、地獄という名に恥じぬ様相であった。

 大火災でもあったのかと思える荒廃とした荒地が続き、痩せこけた木ともつかぬものが所々に生えている以外は、見渡す限りの赤い土が広げられていた。

 その道中で、萃香はギンコに聞いた。

 

「さとりの様子は蟲師的にどうなんだい?」

「ん? そうだな……」

 

 ギンコは少し考えてから、足を止めずに答えた。

 

「とりあえず古明地こいしに言われていた、姉の蟲患いを頼む、という意味は理解できた」

「へえ、じゃあさとりは蟲の障りを受けているのかい?」

「ああ、半糸(なかばいと)、という蟲でな。深く心を通じ合わせているものたちの間に寄生し、想いを伝えることで宿主に幸福感を与える蟲だ」

「いい蟲じゃないか」

 

 萃香は頭の後ろで手を組んで、軽い調子でいった。

 

「そうでもない。半糸は、宿主との心の距離が開くと千切れてしまう。そして千切れた後は、想像を絶する喪失感を宿主にもたらす。やがてその喪失感が大きくなると、千切れた糸はお互いを引き合うように、宿主たちをまた引き合わせようとする」

「だからいい蟲じゃないか」

「……その時になって片割れが生きていればな」

「……なるほど」

 

 ギンコの一言に、萃香は納得した。千切れた半糸は、片割れが死んでしまえば、生前の絆を求めて宿主を死に引きずり込むのだ。つまりは、何が何でも縁を結びなおそうとする結果、宿主を同じ場所まで持って行こうとするのが、この蟲の真の性質だった。

 

「この蟲は珍しいが、文献によれば長年連れ添った夫婦の間に寄生することが多い。さとりにそういう相手がいるのは知っているか?」

「それは多分妹のことだろう。地上で鼻つまみ者だった頃から、二人は一緒だったわけだしな」

「……そうなのか?」

 

 さとりの半糸は千切れていた。妹を探してこの辺りを彷徨っていたのだろうと考えれば、前後不覚の徘徊も納得がいった。

 だがギンコはこうも考えていた。だとすればこいしの方もさとりを求めて近くを徘徊しているはず。だがその姿が見えないこと、光脈筋のところで見たこいしには半糸が付いていなかったことを考えた。さとりが引き合う相手は、別にいるのではないか? そんな考えが、頭をよぎる。

 そうしてしばらく歩き、旧地獄街道へと至る橋が見えてきた。地下水の川なのか、仄暗い水面に、地底都市の明かりが反射している。

 その橋板の上。橋の欄干で立ち飲みをするように、二人の人影が酒盛りをしていた。

 

「お、萃香じゃないか」

「勇儀。と橋姫か」

「こんにちは。ぞろぞろと御一行様が何の用?」

 

 少々棘のある返答をしたのはこの橋を守る橋姫こと水橋(みずはし)パルスィであった。座った目でギンコを見る様子は、もう随分と酔いが回っているように思えた。

 よう萃香、と片手を上げて挨拶をしたのは鬼の星熊 勇儀(ほしぐま ゆうぎ)である。

 

「ちょいと地霊殿に迷子のお届けものをね」

「……さとりじゃないか」

 

 こんなところに珍しいな、と勇儀は言った。だがすぐに興味を失ったように、酒の入った杯を傾けた。その姿を見て、ギンコは目を見張った。

 

「おい。お前、その(さかずき)

「ん? ああ、いいだろう」

 

 勇儀は手のひらに収まる程度の小さな緑色の杯を掲げて見せた。ギンコはそれを見て思う。なぜあれがここにあるのか。

 

光酒(こうき)が湧き出してくるんだぜ。まあ、お前に言ったところで価値は分からんだろうけどな」

「わかるぜ。俺は蟲師だ」

「へえ、この世界にも蟲師がいたのか」

 

 勇儀は意外そうに、そう呟いた。ギンコ以外の蟲師はここ幻想郷にいない。勇儀が驚いたのも意外なことではなかった。

 緑の杯は蟲の宴で使用される、生物を蟲にするための道具だ。そこから湧き出す光酒はより純度が高い。それを飲んで無事とは思えなかったが、二人の妖怪は楽しそうに酒盛りを続けていた。

 

「そういや蟲師さんよ。私は初めて見るんだが、その辺を漂っている光を帯びたものが蟲だって考えていいのかね」

「蟲が見えてんじゃねえか。その酒を飲むのをやめろ」

 

 ギンコは若干目がうつろな勇儀から杯を取り上げた。えー、と不満げな声を漏らす勇儀の隣で、パルスィは欄干に突っ伏していた。

 

「だーいじょうぶだって。光酒飲ませろよー」

「どう見ても大丈夫じゃねえだろ。大人しくしてろ」

 

 急に酔いが回ったのか、それとも光酒の精気に当てられたのか、勇儀は橋板の上に腰を下ろして、寝息を立て始めた。

 

「どういうことなの?」

 

 勇儀の隣にしゃがみ込み、彼女の額の上から生える一本角をつつきながら、萃香はギンコに問いかけた。同じ鬼として、勇儀がここまで酔っているのを見るのは久しぶりなのだという。

 ギンコは手に持つ緑の杯を掲げて言った。

 

「こいつらはこの杯を使って光酒を飲んでいたんだ」

「それはわかるよ。その光酒がどこから湧いて出たのかって話さ」

「光酒はこの緑の杯から湧く。これは蟲の宴という現象で現れる特別な杯なんだ。これに注がれた光酒を飲み干すと、生物としての法則を失って、あちら側の、つまりは蟲の住人になる。……最も、これは贋作のようだがな」

 

 ギンコは続ける。その瞳は、杯を手にした瞬間からギンコの目に映り始めたある存在を見据えていた。

 

「……お前が用意したものなのか。こいし」

「……」

「?」

 

 ギンコが話しかける先。萃香や美鈴には見えない、古明地こいしが立っていた。ぼんやりと光を帯びた彼女は、ある確信をギンコにもたらす。

 古明地こいしは妖怪ではない。少なくとも、ここにいるモノは蟲である。緑の杯から光酒を飲んだのであろう勇儀やパルスィは、二人でそれを分け合っていたために蟲にならずに済んだのであろう。だが目の前にいる古明地こいしは、もう完全に蟲になってしまっていた。

 宴に呼ばれたのか。だとすれば光脈筋で出会ったもう一人の方はどうなる。

 ギンコは光脈筋で出会ったこいしの言葉を思い出す。妖怪としての自分は、光脈のそばにいるから、さまよっている無意識の自分は、きっと別のモノになっている。まさに、その通りとなっていた。

 こいしはゆらりと揺らぐような動作で腕を上げ、ギンコの持つ杯を指差した。その指には先の途切れた赤い糸が結ばれている。

 

「古明地の妹がいたのかい?」

「ああ」

 

 萃香は事情を察したように聞いてくる。

 

「緑の杯がどういう経緯でもたらされたのかはわからんが、これではっきりしたことがある」

 

 ギンコは重い調子で言葉を選ぶ。

 

「古明地こいしは蟲になった。そして、半糸の片割れである古明地さとりを、緑の杯で蟲にしようとしている」

「蟲に?」

「結果論にすぎんがね。そう考えれば、さとりが前後不覚の徘徊をしていたこともうなずける。やはり、お前さんが言うようにこいしとさとりは半糸で惹かれあっていたんだ。こいしの指にも、同じく千切れた半糸があった」

 

 だがそんなギンコにもわからないことがあった。それは光脈筋で見た古明地こいしという存在である。彼女は一体あそこで何をしていたのか。無意識に体を預け、蟲になってしまった体を置いて、妖怪としての彼女は何をしていたのか。

 そして緑の杯の存在。これはこいしが用意したモノだ。なぜこんなモノを用意できるのか。その入手経路は、想像がつかなかった。

 ギンコはさとりを見る。ここからは蟲の知識だけではことが解決できない。今までの経験上、妖怪としての性質もしっかり理解しなければ、さとりの蟲患いを治療することはできないだろう。

 さとりは静かに寝息を立てていた。

 

 

 

 

 旧地獄街道の先。怨霊たちを統括する地霊殿の中では、一匹の猫が、人の姿で走り回っていた。

 

「さとり様……どこいったの?」

 

 彼女は地霊殿の主人である古明地さとりのペットの火焔猫 燐(かえんびょう りん)だ。どこかに行ってしまったご主人様を探して、走り回っていた。

 最近ご主人様の様子はおかしかった、と燐は思っていた。独り言が多くなり、よくお酒を飲んでいらっしゃった。不思議な緑の杯を傾けると、妹のこいし様に会えるのだと言っていた。

 走りに走って屋敷の中をくまなく探してみても、さとりはどこにもいない。それほど広くはないはずの屋敷だが、何往復もしているせいで、燐の額には汗が浮かび、肩で息をしていた。

 玄関先の大広間。ステンドグラスが十分な光を受け取れず、濁った輝きを見せている。その光景はいつも見慣れているはずなのに、まるで曇天のような不安感を、燐にもたらしていた。

 

「お燐」

「あ、お空。どう?」

 

 同じくさとりを探していたペットのお空が飛んでくる。

 

「こっちにもいない。やっぱり外に行ったんじゃないかな」

「外……」

 

 それこそありえない話だ、と燐は思った。さとりはもう何年も人と会おうとはしなかった。誰かが地霊殿を訪ねてくることはあっても、自分から訪ねることなどないと思っていた。

 しかし、探せる場所を探してみてもさとりはいない。やはり自分の意識の外に、さとりはいるのだろうか。まるでこいし様のようだと、燐は思った。

 やはり外に行ったのだろうか。屋敷を開け、外に探しに行こうかと燐が迷っている時。屋敷の扉を開けて、遠慮なく屋敷に入り込んでくる者たちがいた。

 

「たのもーう」

「おい、ひとん家だろ」

「な、なんなんですかあなたたちは」

 

 それは見るからに怪しい奴らだった。道場破りもどきに家の扉を開けたのは鬼で、その後ろから入ってきたのは白髪の男だった。

 人間がなんでこんなところに? それよりも彼らはなんでここに? 様々な疑問が浮かんでは消えるが、最後に入ってきた妖怪に背負われている存在を見て、それらのすべてが吹き飛んだ。

 

「さとり様!」

 

 思わず駆け寄る。背負われているということは、どこか怪我でもしたのだろうか。心配になり、あたふたと取り乱す燐に、さとりを背負っている美鈴は笑いかけた。

 

「大丈夫です。ちょっと眠っているだけですよ」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。そこの男性が、これまでの経緯を知っています」

 

 まずは彼と話してください、と美鈴は白髪の男、ギンコへと話題の矛先を向けた。

 

「あなたは?」

「蟲師のギンコと申します。さとりについて、少々伺いたいことがありましてね。ああ、心配はいりません。そこの彼女は、おそらく緑の杯で光酒を飲んだせいで、ちょっと気を失っているだけです」

「緑の杯? あなたがなぜそのことを?」

 

 燐は少しの警戒心を視線に込めた。ギンコはその視線を受けても、飄々としたものであった。

 

「古明地こいしについて……古明地さとりについて、話をお伺いできんかと思いましてね。おそらく彼女、最近は妙な行動を取っていたんじゃないんですか。例えば、幻覚を見ているような」

「……」

 

 ここでなぜこいし様の話が出てくるのか。男への警戒心は緩めない燐だが、さとりを助けてくれたこと自体は感謝すべきことである。信じ切れはしないが、話くらいは聞いてもいいのではと思った。

 

「もしそうなら、これは我々蟲師の範疇だ。お話、聞かせてもらえますかね」

 

 ギンコの言葉に、燐は頷いた。




















 設定難しくしすぎたせいで文章浮かびません。文章力のなさに嫌気がさしますね。けど頑張る。更新遅れてすみません。





それではまた次回、お会いしましょう。






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