幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 三途の河で長雨を降らせている原因? を捕まえた霊夢と紫と小町の三人。そして、命蓮寺には朝早くの訪問者が現れた。





幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第六章 雨のたつ巳 参

 秋晴れの空が青む早朝のこと。台所にいた白蓮は自分を呼ぶ響子の声に応えて、境内へとやってきた。そこで白蓮を出迎えたのは声の主である響子を合わせて四人だった。

 白蓮の目の前にいるのは縄で縛られた舟幽霊、村紗水蜜と、その縄の一端を握る博麗霊夢である。腹のところで簀巻きにされている村紗の方はむっすりと頬を膨らませ、多分に文句がありそうな表情をしていた。縄を握って腕組みをしている霊夢は片目を瞑り、白蓮を静かに見つめていた。

 その二人の横。日傘を差して佇むのは、幻想郷の管理人である八雲紫である。

 白蓮は自分の寺の門徒が縛られているという事実に眉をひそめ、霊夢を見た。

 

「……」

「……」

 

 両陣営ーーーこの場合は霊夢と紫に対する白蓮という構図ーーーはどちらともなく見つめ合った。その横で、おろおろしているのは村紗と同じく寺の門徒である幽谷響子である。手に箒を持っているのは今朝の掃除の最中に、霊夢が訪ねてきたからであろう。

 しばしの間無言が続き、その後に行動を起こしたのは白蓮の方だった。一つため息をつき、丁寧に腰を折って二人に頭を下げた。

 

「……うちの子がご迷惑をおかけしました」

「あ、認めた」

「おいこら! ちょっとは私を信じる気はないのかい!?」

 

 出会って数十秒で身内の非を認めた白蓮に、不機嫌な様子だった村紗は突っ込んだ。だが頭を上げた白蓮の目は大変冷ややかなものだった。

 

「どう考えてもあなたが何かしたんでしょう……この二人が揃ってあなたを監視してるなんてただ事じゃありません」

「ぷっ、あんた信用無いわねえ」

「いえ霊夢。この場合は私たちを警戒しているんですのよ?」

「あ、そうなの」

 

 吹き出す霊夢に一言言ってから、紫は白蓮の前で居住まいを正した。

 

「命蓮寺の住職、聖白蓮さん。早朝に加え、突然の訪問、まずはお詫びいたしますわ。ですがこれもあなたの察する通り、命蓮寺の門徒であるこの舟幽霊が異変の原因であるということをまずはご理解いただきたいと思います」

「異変の原因、ですか。この子が何か、博麗の巫女にお世話になるようなことをしでかしたのですね」

「はい。もっとも、本人はそのことを認めていないようですけれど」

「だから私のせいじゃないって! むしろ人里に迷惑をかけないように三途の河に居たんだよ!」

「まあ、積もる話がありそうですね」

 

 そう言って白蓮は半身になり、霊夢と紫を寺の僧坊へ促した。

 

「どうぞこちらに。話は中でしましょう。ああ、その子の縄も、どうか解いてやってくださいませんか?」

「そうですわね。お心遣い、感謝いたしますわ。霊夢」

「はいはい」

 

 ほうら、自由だぞー、と罠にかかった獣を野に放つが如き態度で、霊夢は村紗の縄を解いた。

 そして白蓮を含めた霊夢、紫、村紗の四人は話をするため、命蓮寺の中、僧坊へと足を踏み入れた。

 客間の一室で、四人は改めて横長の座卓を挟み、向き合った。粗茶ですが、とお茶を用意したのは、つい今しがた台所で朝食の用意をしていた雲居一輪である。どうぞごゆっくり、と一礼して、部屋を後にする。

 早速湯飲みに手を出し、茶をすする博麗の巫女は、説明の義務など紫にあると言わんばかりの態度である。そういう態度を感じ取ったわけでもないが、やはり話を切り出したのは八雲紫だった。

 

「さて、こうして場が改まったところではありますが、実はもう一人、ここに同席していただきたい方がいらっしゃいますの」

「あら、そうなんですか?」

「ええ。こちらにお泊りになっている男性がいますでしょう?」

 

 確かにいる。昨日の夜、旅の者だと言って宿を求めてきた、白髪で、緑の目をした妙な雰囲気の男性が。

 幻想郷で旅とは珍しいもので、白蓮もその素性に興味を持ち、夜更かしの相手として話をしていた。蟲師と名乗る彼を、この場に同席させたいと紫は言う。

 

「同席させることは構いませんが、まだ起きていらっしゃらないと思いますよ?」

「ああ、それは心配には及びませんわ。もう手は打ってありますので」

 

 はあ、と白蓮が得意気な表情の紫に相槌を打つ。そしてそのタイミングを見計らったように、障子戸が控えめに叩かれた。

 

「失礼します。聖。昨日の客人が、ここに案内してくれというので連れてきましたが……」

「……何をしたんです?」

「ちょっとモーニングコールを囁いただけですわ」

 

 その声を聞いてか、障子の向こうにいる人物は、白蓮の反応を待たずに戸を引いた。

 

「おはようございます、ギンコさん」

「……おはようさん。八雲の」

 

 朝の挨拶を返すギンコは、にこやかな紫とは対照的に、少しだけ不機嫌な声色でそう言った。

 

 

 

 

 

 

「……ったく。いきなり人の枕元に、生首みてえに現れんじゃねえよ。腰抜かすぜ」

「まあひどい。私は殿方の寝所に極力足を踏み入れぬようにと、淑女の嗜みから気を遣いましただけですのに」

 

 ギンコは自分の寝起きに現れた、生首妖怪のことを思い出した。何が淑女の嗜みだ。ピリッとした妖気に目を覚まされ、寝ながら横を向けば、そこには女の生首があるなんて、趣向にしては色物が過ぎる。肝の冷える思いをしたギンコはそっぽを向いて苦笑いを浮かべ、そんな様子を見た紫が楽しそうに口元を押さえて笑った。

 ともあれ、これでギンコを加え、命蓮寺の客間の一室には五人の人妖が揃った。場を仕切り直すように、紫が一同を見渡した。

 

「さて、役者も揃いましたし、そろそろ本題に入りましょうか」

「本題……村紗が起こした異変についての諸々ですね」

「だからぁ。私は何もしてないんだって。信じてよぅ」

 

 嫌疑をかけられ、村紗は弱った声を出す。白蓮の服を掴み、すがるように身を寄せる。

 

「それはこれから明らかになることです。紫さん。この子は一体何をしたんですか」

「単刀直入に申し上げれば、三途の河で水難事故に成り得る長雨を降らせていたのですわ」

「雨を降らせていた?」

 

 ええ、と紫は頷き、語り出す。三途の河に雨が降り、川底に沈んでいたものが溢れ、渡し守の運航に支障が出ていること。そしてその原因が、この舟幽霊にあるということ。

 

「三途の河に雨が降る。普通では起き得ないその現象の原因が、彼女……村紗さんにあると私たちは考えます」

「その根拠は?」

「ありませんわ。ですが現に、この子を三途の河から引き離した途端に雨は上がり、正常な天気が三途の河に戻ったのですから、そう考えるのもやむなしと」

 

 それに関して、そちらにも言い分がありますでしょう? と紫は村紗を促した。それを受けて、村紗は重苦しく口を開いた。

 

「……悪意があるわけじゃないんだ。それだけは信じてほしい」

「では村紗。あなたが雨を降らせていたということは認めるのですね?」

 

 村紗は問い詰めるような白蓮の言葉に、不承不承と頷いた。その時だった。

 

「あら……?」

 

 ぱらぱら、と屋根を叩く小さな音が連続して響き、白蓮がそれに気がついて声を漏らす。外で雨が降り始めたのだ。村紗はその音にびくりと身をすくませ、呟いた。

 

「……まただ。また、雨が追いついてきた」

「村紗?」

 

 村紗は頭を抱え、表情を歪ませる。雨の音に染み入るようなつぶやきが、村紗の口から漏れる。

 

「最近はずっとこうなんだ。どこに行っても雨が付いてくる」

「これはあなたの能力がそうさせているわけではないの?」

「雨なんて私の能力で操作できるわけないよ」

 

 白蓮の言葉に、村紗は首を横に振った。その様子を見て、紫がギンコへ目配せする。その視線を受けて、ギンコが立ち上がり、障子を開け放った。

 空は晴れ。雲も少ないのに、雨が降っている。とても奇妙な光景だった。それを見たギンコが口を開く。

 

「これは、雨降らし、か」

「……雨降らし?」

 

 ぽつりとつぶやく村紗を振り返り、ああ、とギンコが言う。雨垂れが軒下へ落ち始め、水たまりを作り始めている。ギンコは座り直し、村紗へと向き合った。

 

「雨降らし、とは普段は水滴のような姿で空気中を漂い、上空で水を集めると地上へ降り、地上で蒸発してまた水を集めるということを繰り返す蟲だ」

「そんな雨みたいな生き物がいるの?」

「こいつは蟲の中でも特殊な部類だ。生きている、ということ以外は自然現象となんら変わりない。俺たち蟲師は、ナガレモノ、と呼んでいる」

 

 しかしギンコは、雨に妙なモノを感じていた。蟲の気配が強い。これは、ただの雨降らしではないのかもしれない。そのもう一つの可能性を考察する前に、紫の言葉がギンコの思考に割り込んだ。

 

「ではギンコさん。雨が降る原因は、その蟲にあると?」

「ああ。確証はないが、おそらく。な」

「対処法はあるんですの?」

 

 核心を突く紫の質問に、ギンコはしかし、逡巡せず、しっかりとした口調で答えた。

 

「ない。ナガレモノに取り憑かれれば、ただ蟲の寿命が尽きるのを待つほかない」

「それでは困りますわ。なんとかなりませんの?」

「そうは言ってもな……」

 

 そこでギンコは、背後を振り返り、軒下の向こうに降る雨を見た。視界の左から一輪が走り抜け、雨戸を閉めるために動いていく。

 ぽりぽり、とギンコがこめかみを掻き、黙り込んで思考する。

 

「……人に憑いたナガレモノには対処法はないが、妖怪なら話は別かもしれん。少し、調査してみようと思う」

「それは何より。お願いいたしますわ」

 

 相変わらず感情の読めない笑みを浮かべて、紫はギンコにそう言った。幻想郷に来てからというもの、この妖怪にいいように使われすぎではないのかとも思わないギンコだったが、それ以上に気になることがあったため、意識的にそれを無視した。

 ギンコが気になること。それはこの雨の正体。以前にも、ギンコは雨降らしに取り憑かれた人物を見たことがあったが、その時に感じていた気配よりも、随分と蟲らしい気配がするとギンコは思っていた。

 ギンコは村紗を見る。舟幽霊と呼ばれる妖怪に取り憑いたナガレモノ。蟲師の領分だけでは、この問題は対処ができない。ギンコはまず、妖怪としての彼女を知るために、動き出した。


















更新が遅れて申し訳ありません。かなーりスランプです。話の流れも掴みづらくて申し訳ない。

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