幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 繰り返しの一日を確信した妖夢は、繰り返しについて語っていたギンコを頼り、状況の打開を試みる。





幻想奇譚東方蟲師、はじまります。








第七章 迷い繰る日 陸

 白玉楼において、ギンコと妖夢はちゃぶ台を挟んで対面する形を続けていた。場所は妖夢の私室と呼べる唯一の空間。開け放たれた障子戸からは妖夢が稽古(けいこ)をする庭先が見え、雲が薄くかかった秋晴れと言える空が広がっている。

 降り注ぐ陽光が畳に陰影を刻む。物も少なく、目を向けるべき対象がないこの部屋では、お互いのことを話すのが唯一できることであるようで、妖夢はギンコの話を詳しく聞きたがった。

 

「ギンコさんはこちら……幻想郷に来てどれくらいなんですか」

「そうだな……もう半年ほどになるか。歩き回って、大体の地理は把握できたと思っている」

「この幻想郷で旅人というのも珍しいですよね。なぜ人里に住まわないのですか?」

「住みたくとも住めない、というのが正直なところだ。どうにも俺は、蟲を寄せる体質でな。一つ所に留まれば、そこを蟲の巣窟にしてしまう。あれらは寄り集まっても、いいことはないからな」

「なるほど……そういえば、廻陋(かいろう)というモノもそうですけど、蟲ってなんなんですか」

 

 何と言われるとな……。とギンコは一呼吸おいて妖夢の前に左手をかざして見せた。大雑把に言うとこうだ、と前置きして、ギンコは右手で左手の中指の先をつまんだ。

 

「手の内、四本の指。人差し指、中指、薬指、小指が動物。親指が植物だとする」

「はあ」

 

 ヒトはそう、中指の先あたりに位置する。心臓から最も遠い場所にいるというわけだ、とギンコは言う。

 妖夢はギンコの手を見つつも、自分の左手も確認するようにちらりと見た。

 

「それらを(さかのぼ)り、内側に行くほど下等な生き物になっていく。手首のあたり、血管が一つにまとまる頃には微生物や菌類といった生きモノになるわけだ。キノコなんかがいい例だな」

「キノコ……」

 

 呟きと共に、妖夢は霧雨魔理沙の顔を思い浮かべた。気付け薬の木の実を興味本位で口にした魔理沙は、その強烈な味に、ギンコに商売を邪魔されたことも相まってか少々気分を害したらしく帰宅を申し出て、もうこの場にはいない。

 ギンコは、この辺りになってくると動物と植物の区別をつけるのは難しくなってくる、と言い、自分の左手の手首を右手の人差し指で押さえた。淡々としつつも、深みのある声が、妖夢を説明の中に引き込んでいく。

 

「しかしだ」

 

 ギンコはまだまだ先にいる生きモノがいると続けながら、右手を肘の方、心臓に近いほうへと動かしていく。まだまだその先にいる生きモノを目指して。

 

「腕を遡り……肩を通り過ぎた先。心臓に一番近い場所。そこに位置する生きモノが、蟲、と呼ばれるモノだ……わかったか」

「はあ……なんとなくですが」

矮小(わいしょう)にして下等。生命の最小単位、みどりもの。呼び方は様々だが、存在が希薄で、曖昧なモノと考えればいい」

 

 妖夢は不思議そうに自分の左手を見つめた。そしてギンコがそうしたことを真似るように、目線だけで腕を遡る。自分の胸を見下ろして、妖夢は呟いた。

 

「矮小……」

「ただいまー」

 

 妖夢の独り言を遮るように、白玉楼の主人が障子戸の(ふち)から顔を出した。

 

「あ、おかえりなさい幽々子様」

「あら、妖夢。お客様?」

 

 部屋の中に足を踏み入れる。必然、ギンコとも目が合い、ギンコは軽く会釈をした。

 

「どうも」

「まあ、殿方を私室に連れ込むなんて。妖夢も(すみ)に置けないわね」

「ちょ……違いますから。そんなんじゃありませんよ」

 

 幽々子のからかい半分の言葉に、真面目な妖夢は腰を浮かせて反論した。

 

「そんなのじゃないなら、どういったご関係なのかしら」

「それは……」

 

 妖夢はちらり、とギンコを見た。さて、どう説明したものか。その視線は言外にそう言っていた。説明するとなれば、一からだ。先ほど妖夢にそうしたように、蟲というものは何かから、妖夢が置かれている状況までを、一から。

 繰り返しに少々徒労を感じたギンコはやれやれと少し首を回し、幽々子へと視線を向けた。

 

「そいつは、私の方から説明しましょう」

 

 目をぱちくりと動かした幽々子に、ギンコが静かに申し出た。

 

 

 

 

「……と、そういうわけで、御宅の従者の置かれている状況を鑑みて、我々蟲師の領分だと判断したわけです」

「なるほど……」

 

 話を聞き終え、神妙な面持ちで幽々子は頷いた。隣に座る妖夢は、その様子をじっと見つめている。いつになく真剣な主人の表情に、その視線は釘付けになった。

 

「……何か、気になる点でも?」

 

 考え込んでいる様子の幽々子に、ギンコは問う。

 

「え? ああ、いえ、大したことではありません」

 

 それよりも、と幽々子は妖夢に向かって体ごと向き直り、どこからともなく取り出した扇子でぴしゃり、と軽く妖夢の頭を叩いた。

 

「あいた」

「もう、そんな大変なことになっているのなら、まずは私に相談してくれても良かったんじゃない? このこの」

 

 じとり、と半目で妖夢を見つめ、扇子の先で頬をつく。されるがままに、妖夢はただ「すいません」と謝罪の言葉を述べた。

 しばらく従者をつついて満足したのか、幽々子は再び、ギンコへと向き直った。

 

「現状はわかりました。妖夢が得体の知れない現象に巻き込まれていること、その現象の解決を、あなたが主導で行おうとしていること。……って、それらを理解すればするほど、私にできることはないみたいですけれど」

 

 幽々子は残念そうにため息をついて、すっくと立ち上がった。

 

「ギンコさん、でしたね。改めまして、妖夢がお世話になります。問題の解決まで、必要とあらばこの屋敷に滞在していただいて結構ですので、どうぞ宜しくお願い致します」

 

 立ったまま恭しく一礼をした幽々子は、そのままの足で部屋を出て行こうとする。その去り際。少しだけ後ろを振り返り、妖夢とギンコを見据えて言った。

 

「……後は若いお二人でごゆっくり」

「! もう! そんなんじゃありませんったら!」

 

 ふふ、妖夢は硬いのねえ。なんて言葉を残し、今度こそ幽々子は部屋から退散した。

 浮いた腰を落ち着けて、妖夢は申し訳なさそうに、ギンコに言う。

 

「すみません、ああいう人でして」

「ああ、別に気にしちゃいない。それよりも、あの陽気な主人の言うとおり、しばらくここで厄介になろうと思うんだが、構わんか」

 

 お前さんは稀有(けう)な症例だから、調査もしておきたい、とギンコは言う。

 

「ええ、それはもう。あ、じゃあ客間に案内しますね」

 

 妖夢は立ち上がり、ギンコを部屋の外へと促した。

 

 

 

 ギンコを客間に案内した後、妖夢はとりあえず日々の業務に着手した。

 ギンコの提示した繰り返しからの脱出方法は、花の香りとともにやってくる意識の喪失をやり過ごすというものである以上、症状が表れない限りはどうしようもない。かといって症状が表れるまでぼうっとしているのも落ち着かない妖夢は、ギンコに了承をとって、いつもと変わらない日常を過ごすことにした。

 まずは屋敷の掃除。一人で隅々まで掃除をするには広すぎる白玉楼を効率よく掃除していく。普段使わない部屋はおおまかに、主人のお気に入りである庭の見える縁側は重点的に。部屋の優先度を考え、掃除を進めていく。

 そうして掃除に精を出し、縁側を行ったり来たりの拭き掃除に勤しんでいると、今日はその様子を見て、声をかけてくる人がいた。

 

「よう。なんか手伝えること、あるかい」

 

 縁側の柱に手をついて、妖夢の前にギンコが立つ。床拭きの姿勢のまま、ギンコを見上げた妖夢はギンコの申し出に、少々面食らった様子で答えた。

 

「え、そんな、悪いですよ。ギンコさんはお客様なんですから」

「ま、そう言いなさんな。こっちもじっとしてるのは性に合わないんでね」

 

 それに、とギンコは続ける。

 

「症状がいつ表れるかもわからないんだ。その時に助けられるよう、近くにいたほうがいいだろう」

「……まあ、それもそうですね」

 

 じゃあ申し訳ありませんが……、と控えめな様子の妖夢に、まかせろ、とギンコは腕まくりをした。

 二人で屋敷の掃除を進める。作業人数が増えれば、当然作業時間は減る。しかしそこは真面目な白玉楼の従者。空いた時間は有効に使おうと、普段は大雑把にしかしない、あまり使われていない部屋の掃除を敢行(かんこう)した。

 いくつかある客間の布団を押入れから引きずり出し、ハタキで埃を落とす。畳の目に沿って、雑巾で乾拭きをする。これが結構な重労働であるが、一度作業を始めてしまえば集中してしまうのか、二人は交わす言葉も少なく掃除を続けた。

 そうして屋敷全体を綺麗に仕上げたところで、時刻は夕刻を回り、宵の口に差し掛かろうとしていた。縁側に座って満足げに背筋を伸ばす妖夢の隣で、ギンコは首を回して息を吐いた。

 

「いやー。すっきりしました。そろそろ大掛かりな掃除がしたかったので大満足です」

「そうかい。そりゃあ手伝ったかいもあるってもんだ」

 

 そのギンコの言葉に、満足げだった妖夢はハッと我に帰り、申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

「す、すみません。調子に乗って大掃除に付き合わせてしまって」

「気にするな。手伝いを申し出たのはこっちだしな」

 

 ギンコの気遣いに、ますます身が縮まる思いの妖夢は口ごもり、もじもじと落ち着かない様子でギンコの様子を伺った。そんな様子を察したのか、ギンコは話題を変えるように妖夢に問いかけた。

 

「……掃除中、何か気になることはあったか」

「え?」

「廻陋についてだ。お前さんの話をそのまま借りるのなら、花の香りがして意識が遠のくらしいが、それ以外にも、何か気になることはなかったか」

 

 そもそもだ、とギンコは話を続ける。

 

「お前さんが繰り返しに気がついたきっかけはなんだ。この掃除中も考えていたんだが、そこがはっきりすればより確実な対策が練れるかもしれない」

「きっかけ、ですか……」

 

 きっかけと言いましても……と妖夢は自分の行動を思い返す。それは今朝の演武のこと。型の確認が終わり、鍛錬を終えたところで急に直感めいた閃きが頭の中を駆け抜けた。それにきっかけも何もあったものじゃない、と妖夢は思った。しかし。

 

「もしかしたら……」

 

 思いついて立ち上がる。なにかあるのか、とギンコもそれに続き、二人は再び、妖夢の私室へと足を向けた。

 障子戸を開け放ち、妖夢は床の間へ一直線に向かう。そしてそこに安置してある、大小二つの刀のうち、小の方を手に取った。

 

「その刀に何かあるのか」

「わかりません。だけどこの刀を抜いた時、わたしはこの一日が繰り返されていると確信しました」

 

 そう言って妖夢はおもむろに刀を抜き、刀身を虚空に掲げた。反りの少ない直刀に近い造りの刃物は、日陰でも怪しい光を放っているように見える。その雰囲気を感じ取ったのか、ギンコは妖夢に問いかける。

 

「何か曰くのある刀なのか」

「銘は白楼剣。切ったものの迷いを断ち切る刀です。霊魂などを切ればその霊魂はたちまち成仏します」

「迷いを断ち切る刀……」

 

 どうやら無関係ではなさそうだと、わかったのはそこまでだった。結局その刀から、有益な推測は導き出せず、妖夢は夕食を作りに台所へと向かっていった。


















 更新が遅れてしまい、申し訳ない。アイドルとしゃんしゃんするゲームにはまってしまってこの通りです。
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