幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 奇妙な足跡を追って、ギンコと小傘は山奥の民家にたどり着いた。そこには片足を失った老人が住んでおり、ギンコは老人から、この界隈で流行っているという、とある病について聞かされた。





 幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第八章 ふきだまる沼 参

 仙人と呼ばれる人間が、幻想郷にはいる。

 それらは常人には想像することもできないような厳しい修練の末、寿命を克服した超人であり、妖怪に匹敵する力を有する。妖怪や死神にその命を狙われる存在でありながら、幻想郷の広域にある無法地帯に居を構え、個人の強度でそれらを跳ね除けて生きる存在。見た目は古木のごとき老体なれど、その身に宿すは秘奥(ひおう)研鑽(けんさん)の極致。道を求め、命を極むる者。

 

「……と、ご大層な言葉を並べてはいますが、要するに俗世を離れ、万物の普遍の理、真理の追求を旨とする修行者を道士、(ある)いは仙人と呼びます。一種の求道者というわけですね」

「さっきのじいさんもそうなのか」

「ええ。もっとも、私からすればまだまだですが。……ここらには道士として修行に励む人間が多くいます。土地が細く、生命が希薄なれば妖魔も近寄りづらく、隠れ住むにはうってつけですので」

「人も住みづらい土地だと思うがね」

「そこはそれ、仙人は普通の人間と違い、食事もほとんど必要としませんから。静かで、邪魔が入らない場所さえあれば良いのです」

「……なるほど、な」

 

 突如現れた仙人、豊聡耳神子の話を聞いて、そういう人間もいるのかと、ギンコはまたひとつ幻想郷の事情に詳しくなった。

 突然現れたこの娘に、話す場所を変えようと提案されたのがつい先ほどの話。その提案に従い片足の老人の家を出て、ギンコは再び雪の降る山道を歩いていた。相変わらずの曇天からはさらさらとした粉雪がゆっくりと落ちてきている。

 歩みを進める隣には仙人を自称する紫の外套を纏った少女と、従者と思われる烏帽子を被った白い着物の少女が一人ずつ。いつかギンコがそうしていたように一つの傘を二人で分けている。ギンコといえば、少女二人がそれぞれ差していたのだろう傘のうち、一本をあてがわれ、使っていた。

 

「お前さんらも、仙人とやらなのか」

「ええそうです。尸解仙(しかいせん)というもので、一度死んで肉体を捨て、物体に魂を定着させた存在です。こちらの布都(ふと)も、私と同じ尸解仙です。仙人と呼ぶにはまだ未熟な点もありますが」

 

 布都、と呼ばれた烏帽子の少女は何も言わず、目線を伏せたまま黙々と歩みを進めている。そんな様子を見て、ギンコは顎をさすった。

 

「……途方も無い話だな」

「ええそうでしょうとも。只人(ただびと)にとっては」

 

 誇るでもなく、神子は自然にそう言った。言葉こそ不遜(ふそん)な響きを持っていたが、彼女の口調からは不思議と不快感は伝わってこなかった。清流のせせらぎのような、爽やかな声だった。

 

「さて、我々の素性は明かしました。次は貴殿(きでん)のことをお聞きしたいですね。……まあ、噂だけは耳に届いていますよ。蟲師の、ギンコさん」

「……そうかい。なら、もう語ることもないかもな」

「では病についての所感を。おおよその検討はついているのでしょう?」

「……まあな」

 

 会話の先をいく神子の言葉に、ギンコは静かに応じていく。先程会った片足の仙人が患った奇病。足から草が生え、蔓状に成長するそれらがやがて人体を泥状に分解してしまうという病は、ギンコがよく知るモノたちがもたらす症状だった。

 神子は前を見ている。ギンコはその横顔を見ながら、病という言葉を使った神子の態度を(いぶか)しんだ。老人の言葉を信じるならばこの娘は、これらがただの病と呼べるものではないことを知っているはずだ。なにせ、放っておけば死に至る蟲患いを治療してみせたのは他ならぬ彼女なのだから。

 しかし、構わずギンコは言葉を続けた。いつものように、滔々(とうとう)と。

 

「病、と呼ばれるものの正体は、おそらく蟲だろう」

「……」

骸草(むくろそう)、という蟲がいる。動物の死骸に取り付くと芽を出し、成長するにつれてそれを骨まで分解して泥状にし、その泥を踏んだ動物に寄生して、子株を増やしていく」

「なるほど。症状が当てはまりますね」

「だが不可解な点もある。本来、骸草は生き物に芽吹くことはあれど、成長はしないはずなんだ。ましてや死骸と同じように分解を始めるなんてことは、そうないはずだ」

「そうない……つまり例外があるのでは? そして貴殿はそれをご存知かと思われますが」

 

 ギンコと神子の間に雑音はない。神子はさくりさくりと雪道に足跡を残すがごとき気軽さで、会話の核心へと切り込んでくる。

 

「……骸草は生き物の死臭に反応して成長する。生体でも強い死臭をまとっているなら、骸草は反応するんだ。だから……あのじいさんが生き物の死骸を常に扱ったりしているのなら、症状におかしなところはない」

「死臭に……なるほどそれで」

「心当たりがあるのか」

「心当たりというよりは推測ですが……実はあの病、貴殿の言うところの蟲の症状はここらに住んでいる仙人だけが発症し、悪化しているのです」

「そうなのか?」

「ええ。そして仙人とは寿命を克服した者たちのことを指します。この寿命を克服したという点が、骸草の誤解を招いているのだと考えます」

「誤解……」

「寿命を克服する手段は少なくありません。我々が行った尸解の法然り。不老不死の霊薬を練り上げ、服用することで目的を達しようとする錬丹術(れんたんじゅつ)。呼吸や体操を用い、内なる精気を(たん)として練り上げる内気功(ないきこう)。実に様々です」

 

 言いながら神子は手を前にかざし、指折り数えていく。不老不死の霊薬を求める思想とは、またなんとも強欲な連中だと思いながらも、ギンコは黙って、神子の言葉を待っていた。

 

「ここらの山の者たちが用いる手法は錬丹術。不老不死の霊薬、道教で言うところの金丹(きんたん)を練り、服用することで生きながらえている連中が彼らです。離れようとする肉と魂を精神で繋ぎ止め、腐りゆく体を薬漬けにして誤魔化している。極端に言えば、魂を使って死体を動かしているようなものです。骸草は、彼らの偽装を見破っていたんでしょう」

「……」

 

 やれやれ、と神子は首をすくめる。ギンコといえば、神子の口から語られる仙人たちの思想に辟易(へきえき)していた。彼らの所業は、間違いなく理を歪めている。強い薬物で寿命を誤魔化そうなど、人に許されるのだろうか。間違っても、光酒(こうき)の存在など知られてはならないだろう。

 ギンコの目が陰る。これは、少々厄介な問題に首を突っ込んだかもしれない。そう思った。

 一行の歩む道は寂しさを増し、辺りには深く濃い緑に染まった針葉樹が目立ち始めた。地面に降り積もるはずの雪は、多くが辺りに敷き詰められた深緑の塔に受け止められている。もう必要ありませんね、と少し目を空中に走らせ、神子が布都に傘を下げさせた。

 釣られてギンコも傘を下げる。空を見上げると、確かに雪の勢いは弱まり、緩やかな風に舞う細雪(ささめゆき)がまばらに頬を撫でるばかりとなっていた。

 ギンコが目線を空へ移している内に、二人の仙人は少し前を歩き始めた。二人の一歩後ろを追いかけながら、ギンコは問いかけた。

 

「……今度はこっちが聞いてもいいか」

「ええ、なんなりと」

「お前さんは骸草に寄生された者たちに薬を処方したそうだが、その薬はどこで手に入れたものだ」

「……どこで手に入れたのか、ですか。私が作ったとは微塵(みじん)も考えていないのですね。どんな薬か、あの老人から聞きましたか?」

「いや。だが想像はつく。おそらく……腐臭を放つ、赤黒い泥のようなものだろう?」

「……ふふっ、やはり貴殿は慧眼だ」

 

 少し可笑しそうに、神子は肩を揺らした。

 

「貴殿の想像通りです。あの薬は、今向かっている沼で手に入れたもの。私が作ったものではありません。いや、それ以前に薬と呼べる代物なのか定かではありませんね……或いは、毒かも」

「沼……?」

 

 ギンコが神子の言葉を反芻(はんすう)した時、今まで静寂を保っていた山に、ごろごろと雷鳴のような低い音がこだました。近くに雷雲でもあるのかとギンコが警戒して足を止めると、木の隙間を縫うようにゆっくりと一人の人影が空から降りてきた。それは一行の前に立ちはだかり、特にギンコを睨み据えていた。

 薄い青緑の髪に天鵞絨(びろうど)の洋服を纏ったその人には足がなかった。正確には広がった服の裾から覗く足らしきものはあるのだが、それはなんだか不定形のよくわからないものであった。一瞬、先の蟲患いとの関連を思い浮かべたギンコだったが、すぐに異質なものだと結論づけた。

 眼光鋭いそいつに神子は特に臆することなく歩み寄り、声をかけた。

 

「見張りご苦労様です、屠自古(とじこ)。異常はありませんか?」

「ええ。特には……それより、その男は?」

「彼は蟲師のギンコさんといって、先の病の正体を知る識者です。警戒せずともいいですよ」

「識者? へぇ……」

 

 神子に警戒を解くよう指示されたその人は屠自古、というようでその態度を見る限り、先程から同行している烏帽子の布都と同じく、神子の従者のようだった。

 神子からの紹介があったにもかかわらず、屠自古のギンコを見る目つきは鋭いままだった。その眼光からは薄紫の電光が迸っているような気がする。見るからに歓迎はされていないような雰囲気に、とりあえずギンコは軽く会釈をした。

 

「蟲師殿、彼女には沼に近づくものがいないか見張ってもらっていたのです。……問題の沼はすぐそこですよ」

 

 屠自古が合流し、四人となった一行はさらに山の奥へと歩みを進めた。そして、奥に進むにつれて、目に見えて異変が感じ取れるようになってきた。

 先程まで視界上方を覆っていた針葉樹の葉が落ちている。木は細くなり、どうやら立ち枯れしているものもあるようだ。林は痩せ、微かに腐臭も漂い始めたところで、ギンコの目に問題の沼とやらが飛び込んできた。

 

「……なんだこれは」

 

 ギンコの目の前。白い雪に囲まれながら、ぽっかりと地面をくり抜いたように円形の沼がそこにあった。冬季に凍らぬ沼の存在自体は珍しいものでもない。異様なのはその、色だった。

 鉄器に沸く赤錆を、これでもかと泥に溶かし込んだような毒々しい赤黒さを(てい)する粘液が満たされた大穴は果実酒のような腐臭を放ち、瘴気(しょうき)にも似た気配を周囲に撒き散らしていた。沼の縁には立ち枯れてぼろぼろの木が突き出ており、地獄の風景にも描写される針山、血の池地獄を連想させる。

 絶句するギンコの隣に立ち、神子が様子を伺い立てる。

 

「蟲師殿の思っていたものとは違いますか?」

「……思っていたものではある。だがここまでの規模とは思っていなかった」

 

 間違いなく、ギンコが対面している沼に満ちているものは腐酒(ふき)である。

 腐酒とは生命の源、真なる闇の底を流れ、光の川を形成する光酒と呼ばれる生きモノが腐れてしまった姿を指す。本来、蟲と成るはずだったものがそう成れず、腐り、淀んでしまった姿。稀に地下水に乗って地表に湧き出すこともあるというが、沼一つ飲み込むほど大量に発生するなどギンコをして聞いたことがなかった。

 目の前の沼からはずっと感じていた腐臭に加えて、どこか甘い匂いも混じっている。腐敗の進行がまだ緩やかな、言葉にすればおかしな話だが、新鮮な腐酒が湧き出しているのだろう。光酒の香りが混ざっているのは、そのためだった。

 ギンコは神子の方を向き、静かに忠告する。

 

「これは断じて薬なんかではない。腐酒と言って、生命の源である光酒の腐れたモノだ。人の体には毒ですらある。お前さんは、これをどうして薬だなんて思ったんだ」

「……」

 

 静かだが、ギンコの言葉には明確に怒気が込められていた。それを神子もわかっているだろう。神子は目の前の沼から目を離さずに、短いため息をついて言葉を返した。

 

「そうするほかなかったのですよ。彼らを救うためには」

「……」

 

 言い訳になりますが、と前置きしながら、神子はギンコの方を見る。表情を崩さず、あくまで淡々と、神子は言葉を紡いでいく。その様子からは後悔や慚愧(ざんき)の念は感じ取れない。自分の行動を真摯(しんし)に受け止めているその視線からは、言い訳をしようなどという思いは微塵もないように感じられた。

 

「骸草を仙人の体から引き剥がす術はありません。それほどまで、彼らは根強く、自らが寄生したものを死体だと言い張っているのです。ならば殺すしかない。溶かし、殺すことで体から取り除くほかに、どうしろと?」

「こんなものに頼る以外に、何か方法はあるはずだ」

「特定の薬草で練り上げた生薬やら塩で散らそうとでも言うのですか? そんな程度では彼らは引き下がらない。自らの生存をかけているのですから、意地でも抵抗しますよ」

「……何を言っている?」

 

 神子の奇妙な物言いに、ギンコは疑問を抱く。蟲を、まるで意思ある一人の人間のような扱いで語る彼女に、違和感を覚えた。

 神子は再びギンコから目を逸らし、不意に中空を眺めた。

 

「蟲師殿。おそらく貴殿には見えているのでしょう。この世に漂う那由多(なゆた)の命。下等で微小な存在が」

「……お前さんも見えるのか」

 

 下等で奇怪な異形のモノたち。この世を敷き詰め、数多(あまた)蔓延(はびこ)る蟲という存在を、ギンコは見る。そしてそれらを見る性質は、何もギンコだけに与えられた特別なものではない。

 ギンコの言葉に、神子は静かに首を振った。

 

「見えるわけではありません。ですが私には聞こえるのです。彼らの声が。幾千幾万の小さな欲が、声となって聞こえてくる……もちろん、骸草からも」

「蟲の声が聞こえるだと?」

「彼らの声から私は読み取るのです。彼らが何を苦手としているか。何を欲して動くのか。それらがわかれば、対処法も見えてくるというもの」

 

 当然のように語る神子の横顔を見て、ギンコは恐怖を覚えた。豊聡耳神子。この仙人と呼ばれる少女はとんでもない性質を秘めていると言えた。蟲の声から欲を読み取り、意思を汲み取るなど、あまりに人智を離れた異能である。それは言うなれば、命がどうして生まれ、どうして生きて、どうして死んでいくのか、その意味を理解しているのに等しい所業であった。

 なればこそ、腐酒を骸草に塗り、溶かし殺すという選択が最良ではないことを、彼女は正しく理解している。その上で、淀みなく、神子はギンコを見据え、強い言葉を選んだ。

 

「骸草は我ら仙人に害なす存在。同志を殺す害虫です。そして私はそれらを駆除する術を知る者。ならばこの智を振りかざすことに、なんの躊躇(ためら)いもありません」

「……だが腐酒を使えば、副作用で片足を無くす。これからどんな弊害があるともわからないんだぞ」

「放っておけば死にます。死ぬよりマシです。現に多くの者がそう考え、失うものを承知の上で薬を受け入れました。すでに下された裁定と、彼らの決断に文句を言うのは筋違いです」

「……」

 

 そこまで言われてしまえば、ギンコも黙り込むほかなかった。

 自分の命を(はか)りにかけた時。それがどれほどの重さとならば釣り合うのかなど、ギンコに定められるはずもない。ましてや骸草に寄生された仙人たちはあらゆる手段を尽くして寿命を克服せんとする、命に執着する者たちだ。それがどれほど罪深い行いだとしても、実行するだろう。自分の所業を棚に上げ、自らの道を極めるために。

 ギンコは彼らの選択の(とき)に間に合わなかったのだ。ならば、文句を言う筋合いはない。

 やり場のない思いを抱えたギンコが大きく大きく息を吐く。責められはしない。責めることなどできない。そう、頭では理解していても、ギンコはどうしても、仙人という人種を好きになれそうもなかった。

 

「……事情はわかった。だが、この沼はどうする」

 

 ギンコは沼を指差して言う。

 

「腐酒がここまで大量に発生しているのは、はっきり言って異常だ。俺としちゃあ、こっちも見過ごせない。明らかに周囲の自然を蝕んでいるからな。早急に手を打つ必要がある」

「……我々には腐酒が必要だと言うことを理解した上での言葉ですか? 今後骸草の寄生が再発しないとも限らないのですよ?」

「そうだ。そして今後は、骸草の治療に腐酒を使うこともやめてもらおう」

「話になりませんね。山にはまだ治療を終えていない者もいるかもしれません。彼らに死ねと言うのですか?」

「骸草が正常に活動するほど、肉体の限界を超えて生きながらえるのに、今までどれほどの犠牲を払ってきた? 誤魔化されねえぞ。偉そうなこと言ってんじゃねえよ」

 

 今度こそ、ギンコは強く神子を睨み返した。今までのことには、何を言おうと筋違い。だがこれからは違う。彼らの思想が気に入らない、とギンコは真っ向から対立する。

 今生きている者がどれだけの犠牲の上にその命を成り立たせていようとも、生きているのならば軽々(けいけい)に死ねとは言わないし、死んでいいとも思わない。だが、犠牲を(いと)わず、感謝の一つも覚えずに偉そうな態度で、生きていて当然と思っている輩にも腹がたつ。自らもまた、多くを生かし、また多くに生かされている存在だと自覚しない者に、ギンコは厳しかった。

 その雰囲気を感じ取ったのか、神子を取り巻く二人の従者が歩み出る。だが神子はそんな二人を手だけで(なだ)め、下がらせた。

 

「……蟲師殿。貴殿は、我ら三人が力づくでその要求を跳ね除けることは容易(たやす)いと理解しているのでは?」

「……ああ」

「だったらどうしますか? ここで死にますか? 私は申し上げたはず。我らに害なす存在を振り払うためなら、智慧(ちえ)の行使に躊躇いはないと。それは、力も同じことですよ?」

 

 目の前の神子の存在感が一気に大きくなるのを、ギンコは感じていた。先程までの淡々とした口調は鳴りを潜め、ずしり、とのしかかるような重い声色で神子は忠告してきた。

 ギンコはそんな神子の様子も物ともせず、凛とした態度で言葉を返した。

 

「骸草の件は、俺がなんとかしよう。腐酒に変わる治療法を見つけてやる。それなら文句はないだろう」

 

 骸草による被害を食い止めるため、別の治療法を検討する。それが見つかれば、仙人たちも副作用の強い腐酒を必要としなくなり、この沼の正常化を邪魔しようとも思わないだろう。結果として仙人たちを助けることにはなるが、それはそれ。今はこれが最良の選択だろうと、ギンコは思った。

 

「……その言葉を待っていました」

 

 ギンコの提案を受けて、神子はギンコに近づいた。いつの間にか重苦しい雰囲気は消え失せ、その表情には微笑みすら浮かんでいる。そしてギンコに対し、無防備にも手を差し出してきた。

 

「貴殿はやはり聡明な方ですね。安心しました」

「……嫌味か」

「まさか。我々もできることならこのようなモノに頼りたくないのです。新たな治療法の検討ということならば喜んで協力いたしましょう」

「……そうかい」

 

 そんな態度に不満がないわけでもないが、差し出された手を、ギンコは一応握り返した。そうしてギンコは思う。もしや最初から、この娘は自分の協力を取り付けることが目的だったのではないのかと。そう考えるとどうにも、もやもやとしたものが胸中に渦巻き始めた。

 

「……もしかして、私のこと嫌いですか?」

「……さあな」

 

 いよいよ心を読まれそうだと、ギンコは苦笑いを浮かべる少女から目を逸らした。


















 はい。三話です。豪族たちが勢揃いしました。蟲の方も続々と出揃ってきて、物語が徐々に動き始めましたね。「蟲師らしさ」を意識して物語を進行していますが、果たしてうまくいっているのでしょうか。自分ではうまくいってると思います。正直書いてて楽しいです。わーい。
 今のところ布都ちゃんも屠自古ちゃんも空気ですが、きっと後に活躍する場面あると思うので今しばしお待ちを。





 それではまた次回、お会いしましょう。

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