幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 ギンコは神子に仙人たちを襲う蟲患いを治してやる、と宣言した。





 幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第八章 ふきだまる沼 肆

 時に蟲師殿。今晩の宿はお決まりですか?

 いや、当てはねえな。なんならさっきの爺さんのところまで戻ろうかと。

 それなら我が霊廟(れいびょう)へご招待しましょう。いかがです?

 そんな会話の後にギンコが神子に提案され、案内されたのは山間部の岩石の前だった。雪が積もりつつも道らしき体裁が感じられた沼までの道のりとは打って変わって、木の隙間を縫うように道無き道を歩きたどり着いたそこで、一行は立ち止まっていた。

 一行の中に布都の姿は見えない。ギンコ達が立ち寄るまで沼の見張りをしていた屠自古とその役目を交代し、今はギンコ、神子、屠自古の三人となっていた。

 沼から離れたことで山の木々も自分の色を思い出し、周囲に茂っている。それを差し引いても、季節柄日の入りが早くなったことと、結局一日続いた曇り空のせいで、辺りはすっかり暗くなっていた。だがギンコの手に松明等の明かりは握られていない。もちろん神子の手にも。その必要がないのだ。それというのも。

 

「……お前さん、その珍妙な体質はなんだ?」

「なんだお前。丸焦げにするぞ」

「あまり屠自古を怒らせない方がいいですよ。布都も事あるごとに黒焦げにされてますから」

 

 にこやかに忠告する神子の口からはなんとも不穏な響きが聞こえてくる。その言葉通りの結末にならないよう用心しながら、眉を潜め、ギンコは屠自古を見た。

 薄ぼんやりと発光する彼女はまるで蛍のようだった。体の輪郭を覆うように薄紫(はくし)の微光を帯びたその姿はギンコのよく知るモノに少し似ていた。彼女の放つ光のおかげで、他の明かりは必要なく、月光も雲間に隠れてしまっている今宵にはちょうどいい塩梅だった。

 

「屠自古は雷を起こすことができるのです。明かりになってくれているのは能力の延長ですよ。その状態で触れると痺れますので、気をつけてくださいね」

「へぇ……」

 

 雷を起こせるとは、また物騒な能力もあったものだとギンコは思った。

 

「……それで、お前さんの家はどこなんだ?」

「ああ、そうですね。今ご案内します」

 

 神子はギンコに促されると、目の前の岩石に歩み寄った。ギンコの身長すら優に超え、神子の身長の二倍にとどこうかという巨石。山の一部が切り崩れた崖に生えている。例えるなら人間の前歯を一本、何倍にも大きくしたような形だった。

 神子は自分の体を覆う紫の袖なし外套の中から腕だけを伸ばし、指先で軽くその巨石に触れた。すると指先を中心にして、見たこともない文字で描かれた八角形の奇妙な模様が巨石の真ん中に浮かび上がった。神子はその内、いくつかの文字に次々と触れていく。やがて指を離し、一歩岩から離れると、その岩はまるで意思を持ったかのように一人でに動き出した。ずりずりと大きさの割には静かな音が持続的に響いて、岩が道を譲るように横にずれていく。

 おお……とギンコは思わず感嘆の声を漏らす。その様子がおかしかったのか、神子は小さく笑った。

 やがて岩の動きが止まり、岩の奥にぽっかりと口を開けた洞が見えた。

 

「さ、行きましょうか」

 

 神子は言葉だけでギンコを促すと、その暗闇の中に迷わず足を踏み入れた。屠自古もそれに続き、少し出遅れたギンコは家ってのは横穴なのかね、と想像を膨らませながら同じ方向へと足を向けた。

 その洞の中は不思議な空間だった。土の匂いも感触もせず、上下左右にどこまでも先の見通せない闇が広がっている。ともすれば地面も壁もわからなくなるような闇の中で、どういうことか三人の姿だけが鮮明に浮かび上がっていた。

 屠自古の発光もいつの間にか収まり、光源は見当たらない。だと言うのに、自分たちの姿ははっきりと見て取れる。なんとも奇妙な空間で、ギンコは少し落ち着かない気分だった。

 

「ここは仙界に通ずる抜け道です。幻想郷のどこからでも開くことができる門、と言えば理解が速いでしょうか」

「……虚穴(うろあな)とも違う感じだな。なんにせよ、長居はしたくねえ雰囲気だ」

 

 そうですか、と神子は気のない返事をした。

 しばらく歩くと前方に赤い門扉のようなものが見えてきた。細かな装飾も施され、見た目こそ違いないのだが、暗闇に扉だけが浮かび上がる様がどうにも拭えない違和感を放っていた。

 屠自古が先行し、扉を開ける。隙間から黄昏色の光が差し込んできて、ギンコは少し目を細めた。

 

「着きましたよ。ここが我らの居城、神霊廟(しんれいびょう)です」

 

 諸手(もろて)を広げて高らかに告げる神子の前には、ギンコが息を飲む光景が広がっていた。

 橙の瓦屋根が鮮やかな、所々に龍の意匠をほどこした寺院建築。正面の建物を挟むように、塔がそびえ立つ左右対称の城。建物を支える太い柱は全てが朱色に塗り固められ、ギンコが幻想郷に来て、いや、生涯を通して見てきた建造物の中で最も豪奢(ごうしゃ)な見た目をしていた。

 そしてその建物を彩る自然の風景も異色だった。屏風絵(びょうぶえ)を写すような黄昏の空。黄金の輝きが天空を埋め尽くし、どこまでも広がっている。夜の静けさと、朝の清澄さを足し合わせたような穏やかな空だった。この世のものとは思えない。極楽浄土なんてものがあれば、こんな世界を言うのだろうか。

 間抜けにも口を開けて、目の前の光景に見入っていたギンコを見て、神子は満足気に頷いた。

 

「ふふふ、驚いて声も出ませんか。良き良き。それでこそ建築に気合を入れた甲斐があるというもの」

「それで太子様。この男の部屋はどうするんです? ここには私たちの部屋しかありませんが。まさか同じ部屋に泊めろというんじゃないですよね」

「おや、いけませんか?」

 

 こともなげに言った神子に呆れて、屠自古は眉間を押さえた。

 

「冗談はよしてください。笑えませんよ」

「まあまあ、同じ部屋というのは言い過ぎでしたね。うーん、かと言って蟲師殿を弟子たちと同じ僧坊(そうぼう)に押し込むわけにも行きませんし……よし。じゃあ部屋の拡張をしますので、屠自古は蟲師殿にここの説明をお願いしますね」

「……わかりました」

 

 面白くなさそうに了承した屠自古と、まだぼんやりしているギンコを門の前に置いて、神子は一足先に建物へと向かって行った。

 

「おい、いつまでそうしている。いくぞ男」

「ん? あ、おお」

 

 屠自古に促され、ギンコも歩き始める。神霊廟へと続く石畳を歩いて、向かった先は小さな(やしろ)のような物の前だった。そこには大きな香炉(こうろ)があり、そこから石畳は十字に伸びて、四方へと続いている。香炉からは煙が立ち上り、鼻を鳴らせばふわりと甘いような、渋いような香りが鼻腔を刺激した。

 

(びょう)は我ら三人の居城だ。ここから向かって正面が太子様、右が布都、左が私の部屋がある建物になっている。お前がどこに部屋をもらえるか知らんが、間違っても左の建物には近づくなよ。命が惜しければな」

「……お前さんは男に恨みでもあるのか?」

「いいや。だが得体の知れない男に簡単に気を許すほど、馬鹿じゃないというだけだ」

「まあ、それもそうか」

 

 思えば屠自古は初対面からギンコを警戒するような視線を向けていた。敵意を向けられていい気がしないのも事実だが、実害がないうちは甘んじて受け入れるほかない。根無し草のギンコは、そういう視線の対応に慣れていた。

 社のような物の(そば)で、屠自古がギンコに指図する。

 

「この常香炉(じょうこうろ)で外の匂いを落とせ。案内はそれからだ」

「やっぱ香炉だったか。いい香りだな。知った香りも混ざってるが……これは路銀草(ろぎんそう)か」

「……知っているのか?」

 

 ギンコが鼻を鳴らし、香炉へと近づいて口にした香料の種類に、屠自古は反応した。

 

「ああ。どこぞの旅の高僧が、いつか路銀の代わりにと施しを受けた家々に残していったことから人々の間に広まった香草だろう? 乾燥させたものを(おこ)して使えば、少し渋みのある甘い香りが立つ。香料なんてよく使わんが、これは好きなやつだな」

「ほう。そうか。お前、なかなかわかる奴だな。これはな、太子様が直々に調合された香料を焚いているんだ。材料は私たちが調達してくることもあるから、何が入っているのかわかるぞ」

「へえ。例えば?」

「そうだな。例えば……」

 

 香炉の香りを褒められた屠自古は気を良くしたのか、自慢気にその材料を喋り始めた。そのうちのいくつかはギンコも聞き覚えのあるものだったようで、会話が弾む。

 

「ところで病の件だが。お前、何か当てはあるのか?」

「ん……さてね」

「さてね、って……何かあるから太子様に啖呵(たんか)切ったんじゃないのか?」

「そんなつもりはねえよ。ああ言わなきゃ納得しなかっただろ。お前ら」

「騙したのか!?」

「人聞き悪いこというんじゃねえよ」

「おや。私がいない間にずいぶん仲良くなったんですね、屠自古。案内はどうしたんです?」

 

 常香炉の前で言い争う二人を見つけて、廟から出てきた神子は楽しそうに笑う。それで(たしな)められたと思ったのか、屠自古はハッとしたようにギンコから距離を取り、神子の傍に降り立った。

 

「聞いてください太子様。こいつさっきは私たちの手前、助かりたいからと出鱈目(でたらめ)を」

「こらこら」

「おや、そうなんですか蟲師殿」

 

 からかい混じりの笑みを浮かべる神子と、不審者の正体見たりとほくそ笑む屠自古。仙人の考え方は好きになれないギンコだが、彼女らを見ていると悪気もないように思えてくるのだから困りものだった。

 

 

 

 

 

 ギンコが割り当てられたのは四畳半の和室だった。手のひらに収まるような程よい広さが心地よく、床の間には表にあった常香炉と同じ香が焚かれている。連子窓(れんじまど)から黄昏(たそがれ)に染まる草原が覗き、柔らかな光を取り込んでいて、装飾は少ないが全体的に上品な雰囲気の部屋となっていた。

 お望みなら各所に彫りを刻んで、柱も朱塗りに統一しましょうかという神子のありがたい申し出を丁重に断った後。一人になったギンコは部屋の隅に畳まれた布団の側に薬箱を下ろし、冬着を脱いだ。茶色の外套を雑に丸めて、手袋やら首巻きやらと一緒に薬箱の上に乗せた。暖をとるための家具は部屋に備え付けられていないが、それでも薄着で過ごしやすい環境になっている。冬だというのに、雪の一つも見当たらず、通ってきた道の異様さといい、神霊廟のあるここは、或いは冥界のように幻想郷とはどこか離れた場所にあるのでは、とギンコは予想した。

 畳の上に寝転んで天井の板の間を見上げると、ようやく思考をまとめるために落ち着いた状態が作られた。

 ギンコが神霊廟に逗留(とうりゅう)する間に片付けなければならない問題は二つ。一つは仙人に寄生する骸草の安全な除去法の立案。現在取られている治療は腐酒(ふき)を塗りつけて骸草を溶かすというもの。しかしこれは片足を失う副作用と隣り合わせであり、新たな弊害(へいがい)が伴う可能性もある危険なものだ。かと言って放置すれば、仙人は骸草に取り殺される。現行の治療に代わる、別の対処法を見つけることは、急務だった。

 二つ目は腐酒が湧く沼の調査と対策。仙人たちの治療のために神子たちが利用している腐酒の沼。これをどうにかしなければならない。本来、腐酒は湧き出したところで、後は自身が腐れていくに任せる珍しくもありふれたモノだ。だが、周囲の自然にすら牙を剥き始めた腐酒の沼を放置することはできない。明らかに異常だ。あれほどまで腐酒が大量に湧く原因の調査と究明。そして浄化を行わなければ、最悪この山一帯が草木の生えぬ不毛の地になりかねない。なんとも頭の痛くなる問題を二つ抱え、ギンコは眉間を揉んだ。

 

「(さて……どうするかね)」

 

 上半身を引き起こし、左目にかかった前髪を少し弄んでギンコは考える。まず考えるべきは骸草の対処だ。こいつをどうにかしない限り沼の調査にも移れない。神子が治療に腐酒を用いる以上、あの沼をどうこうするという選択は取らせてもらえそうにないためだ。

 連子窓の下に用意された文机(ふづくえ)を見る。そこにはギンコが頼んで用意させた紙の束と、(すずり)と筆が安置されている。ギンコは尻を引きずるように体を動かし、机に向かい合うと筆を取り、墨をすり始めた。滑らかに伸びていく墨に思考を溶かし込むように、ギンコは黙考する。

 

「(仙人に寄生する骸草……後で実状も見せてもらわにゃいかんな)」

 

 神子の話では、未だ薬の副作用に悩み、治療に踏み切れぬ患者が数人いるという。皆一様に骸草に両足を侵され、手を打たねば全身が泥状に分解されて死に至る。いずれ直接診察する必要があると、ギンコは思った。

 本来、骸草の治療にはいくつかの生薬(しょうやく)を混ぜ込んだ塗り薬を用いる。それを骸草の芽に塗布(とふ)すれば、芽は肉体から離れていくのだが、例外もある。ギンコの知る中で、その例外とは骸草が死臭に反応して(つる)を伸ばしてしまった場合だ。その場合は薬も効かず、骸草はあくまで正常な反応を示しているということで、いずれは全身に草が伸びていたはずだ。

 はずだ、というのも、ギンコの知るその例となった男は骸草に取り殺される前に、別の原因で死んでしまったからに他ならない。ギンコは男に、体にこびりついた死臭を残さず洗い清めれば、薬も効くようになるはずだと言ったが、今となってはその判断も怪しいものだった。

 とにかく、この例からわかることは、蔓を伸ばして成長した骸草には、そのままでは薬が効かないということだけだ。

 

「(聞く限り骸草の症状自体はその時と同じ……薬で肉体を限界まで酷使する仙人らの死臭に寄せられ、草が成長している。骸草が正常に働く。それほどまでに仙人たちの体は生物から遠ざかっているんだ。だとすれば……)」

 

 手元にある情報をいくつか箇条書きで紙にまとめていたギンコの筆が止まる。要は仙人たちが死体と間違われるほどに死に近い場所で生きているから、問題が起きている。ならば、生き物としての力を取り戻してやればいい。薬で無理矢理引き延ばしている枯れかかった命に、生命の水を注いでやればいい。そこまで考えて一つ、解決策を思いついたギンコだったが、その方法は取れないと早々に断定した。

 

「(それは駄目だ。特に、仙人なんていう連中にはな……)」

 

 道を極めるために、不老不死を目標とする求道者。そんな連中に、教えられるはずもない知識がある。蟲師の間ですら一歩扱いを誤れば禁忌に触れるその思考を打ち切って、ギンコはため息をついて筆を置き、再度仰向けに寝転がった。

 

「……結局、別の方法を探るしかねえか」

 

 手持ちの情報だけではどうにも手詰まりな様相を見せ始めたところで、部屋の入り口から、引き戸越しに控えめな声が届いた。

 

「蟲師殿。食事をお持ちした。入っても()いか」

「ああ」

 

 ギンコが返事をすると膳を一つ抱えたまま器用に引き戸を開けて、白装束を纏い、烏帽子を被った少女、布都が入ってきた。はて、確か彼女は沼の見張りをしているのではなかったか。ふと、そんな疑問がギンコの頭をよぎる。

 

「お前さん、帰ってきてたのか」

「ん? おお、あの後屠自古と交代してな。人里まで蟲師殿の食事の材料を買い出しに行くのなら、あやつより(われ)の方が適任ゆえ。ここには只人が食するものなどほとんどないからの」

 

 そう言うことか、と納得したギンコの前に膳が差し出される。蒸した野菜に干し肉が少々。決して贅沢なものではないが、冬の時節にありつける食べ物としては上々だった。

 

「召し上がると良い」

「んじゃ遠慮なく」

 

 差し出された食べ物を断る余裕があるほど、ギンコも裕福な暮らしをしているわけではない。ありがたくも両手を合わせ、早速箸をとった。蒸した野菜の水分と自然な甘みが、干し肉の塩分で程よく引き立つ。質素だが味わい深い滋養に、改めてギンコは感謝を口にした。

 

「すまんな。食事まで世話になって」

「なに、こちらも知恵を借りるのだ。太子様が頼りにしている人物ならなおのこと、もてなすのは当然であろう」

 

 そう言って歯を見せて笑う布都は、初対面こそ落ち着いた雰囲気の寡黙(かもく)な従者という感じだったが、こうしてみればこちらの快活な笑顔が本分であるような気がして、ギンコも肩の力が抜ける思いだった。

 

「屠自古もそうだったが、あんたらの言う太子様ってのは、神子のことなのか?」

「む。呼び捨てとは恐れ多いな。蟲師殿は客人とはいえ、太子様への礼を欠いてもらっては困る。神子様、豊聡耳様、或いは太子様とお呼びしろ」

「じゃあ……太子様で」

「うむ、よろしい。……ところで蟲師殿の名前は?」

「俺はギンコだ。そう言うお前さんは布都でいいのか?」

「むむ。我のことも呼び捨てとな。……だがまあ、太子様と協力関係を結べるほどの識者ならば仕方あるまい。本来なら物部氏(もののべ うじ)、布都様と呼ばせるところだが、許す。好きに呼ぶといい。だがこちらもギンコと呼ばせてもらうぞ」

「そりゃ構わんさ。どうも」

 

 口調の端々に不遜な態度が見え隠れするも、一々挙動が大きく、表情もころころと変わっていくためかどこか幼い印象を受ける布都からは嫌味のようなものは感じられない。膳を挟んで膝をつき合わせ、食事をしながら会話を続けられる程度には、気楽さを感じさせる少女だった。

 やがてギンコの食事も終わり、膳の上の皿が綺麗になった頃、話題は病の話へと移っていった。

 

「時にギンコよ。其方(そなた)、病の治療をかって出たが、他にもああいう不可思議な病に詳しいのか」

「まあな。病、というよりはそれを引き起こしている原因の方に知見があるってくらいだ」

「原因とな」

「ああ。蟲、というモノなんだがね。生命そのものに近い生きモノをそう呼ぶ。普通は目にも見えず、一生関わることもない希薄な存在だが、稀にそれらを見る者がいる。俺もその口だ」

「蟲……それが病の原因なのか」

「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。原因は、どこにあるかわからんさ」

「……我は生まれ、一度死した後に復活を果たし、今日まで生きてきた。だがあんな恐ろしいモノがこの世にいるとは未だ信じられなんだ。この目で見た後にも関わらず、な」

 

 布都は膝の上で拳を作り、表情を暗くした。確かに、身体中から黒い草を生やした人が泥状に崩れていく様をみればそう思うのも無理はないだろう。布都の胸中を思い、ギンコは続ける。

 

「確かに、あれらは恐ろしい。だが必要以上に怖がることもない。あれらはただ、そうあるだけのモノだ。毒キノコは、食べて初めて害になる。調和が保たれているうちは、ただの奇妙な隣人でしかない」

「だが現にあの草は人を殺しているぞ。明日は我が身やもしれないと……」

「そうだ。今回のように、調和が崩れればこういうことが起きる。それらを元あるべき状態に戻すため、知恵を貸すのが蟲師だ。……保証はできんが、手は尽くす。だから、あまり恐れるな。これからも、あれらとは隣人として生きていくんだからな」

 

 ギンコに静かに諭され、布都は目を伏せ、どこか思いつめたような態度を見せる。重たい沈黙が流れ、やがて少し笑顔を作って口を開いた。

 

「……太子様もそう仰っていた。それらを責めるな、と。憎むな、と。そんなことをしても、何もいいことなどないと」

「……そうだな。それがいい」

「我にも見えれば良いのだが。修行でどうにかならんのか」

「そういう類の話で、いい話は聞かない。見ようと思って見ても、いいことはないさ」

 

 そうか、と小さく呟いて、布都は己の力不足を自覚するように肩を落とした。

 そう。蟲を見たりする資質は、本来歓迎されるべきではない。異能の多くは人の手に余るもの。それに振り回され、人として生きることもできずに命を落とした者たちも、ギンコは少なからず見てきていた。そういう意味ではもう一人、ギンコも気になる人物がいる。

 蟲の声を聞き、蟲患いに治療を施した仙人。彼女の性質もまた人を超えてあるものだ。ギンコは、そんな彼女の実態を、どうにも掴めないでいた。蟲を害虫だと言い切る時もあれば、布都にそうしたように、蟲との共存を説いていたりもする。人を半ば脅迫してきたかと思えば、にこやかに歓待をしたりもする。

 

「(一度しっかり話しておいたほうがいいかもな……)」

 

 あの仙人はまだ何かを知っている。そう思わずにいられないギンコだった。


















 はい。少し遅くなりました。四話です。神霊廟の描写するのに手間取りました。資料集めたり、想像したりと楽しかったですが、時間がかかるのはいただけませんね。しかも公式の画像とは似ても似つかぬ感じに……そこは二次創作のお約束だと思って温かく見守ってください。よろしくお願いいたします。
 今回は布都と屠自古がギンコさんとおしゃべりしているだけです。物語はあまり動きませんので、退屈される方も多いかもしれません。ですがまあ、こういうのがこの作品の特徴でもありますので、ゆったりとした心持ちで楽しんでいただければと思います。





 それではまた次回、お会いしましょう。

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