ギンコは病の原因となる蟲を取り除くため、里の家々を回り、蟲払いを行った。
皆さんお気づきだと思いますが、あらすじは形だけです。章で区切れる予定なので、ぜひ章単位で読んでいただきたいです。てか今日はちょっと調子がいいので二つ目投稿します。それでは。
幻想奇譚東方蟲師、始まります。
「やれやれ。結構骨が折れたな」
「里の中心部は大方回ったな。このまま他の家も回るのか?」
「いや。後はわざわざ取り除く必要もないだろう。過剰が悪いのであって、元はそれなりに紛れ込んでいる蟲だからな」
「そうなのか」
寺子屋への道を、二人が並んで歩いていた。日も傾き始め、そろそろ夕刻になろうかという刻。一時かかっていた雲が晴れ、また日が覗いている。まだまだ気温は高い。慧音も手で自分を仰いでいるが、気休めにもなっていないようだった。
あれから方々の家を回り、ギンコは流行病の原因である骨液を塩の壺から取り除いて回った。一軒一軒訪ね、その度にそれなりの重さがある壺を上下左右に激しく振っていたのだから腕も疲れるというものだ。おまけにこの気温だ。ギンコの胸元には、濡れた服が薄く張り付いていた。
骨液の除去法を住人に教えて回るということもできたが、そうなるとギンコの話を信用してもらうところか始めなければならないだろう。生憎とそんな時間はなく、今回は早い対応が求められていたため、ギンコがその手間を省略したというわけだった。
寺子屋の門をくぐりながら、ギンコは自分で自分の肩を叩いた。そんなギンコに、お疲れ様と慧音が笑顔を向ける。だが一仕事終えて帰ってきた二人を待っていたのは、次の仕事だった。
「あ、遅いぜ! 二人ともどこ行ってたんだ?」
寺子屋前の運動場。いつもは子供達が元気に走り回っているそこに、里の大人たちが数人集まっていた。それらは慧音とギンコが呼び寄せた人たちだ。病、もとい蟲患いの患者たちを温泉まで運ぶための人手として集まったのだ。骨液を散らすため各家を訪問したついでに、声をかけておいたが、患者からして十分な人数が集まっているようだった。
大人たち、とりわけ体の大きな男たちの中に、小さな女の子が二人いる。雰囲気から容姿から、周囲より浮き上がる二人。そのうちの一人は、ギンコも良く知る人物だった。魔理沙が振り返り、ギンコに向かって片手を上げた。
「とりあえず、病とやらの原因を摘んできた。これでしばらく、新しい患者が増えることはないだろう」
「へえ、そうかい。手際がいいな」
ギンコの報告に、魔理沙は感嘆の声を漏らした。
「それで。そちらのお嬢さんは?」
ギンコは魔理沙の傍にいる赤い装束の少女に視線を向ける。振り袖のような
「ああ、紹介するぜ。こいつは博麗霊夢。今回の用心棒だ」
「よろしく。あなたが蟲師さん?」
「ああ。蟲師のギンコという。そういう君は巫女、のようだが……」
「ええ。幻想郷の巫女と言えば私のことよ。もう一人いるけど、そっちは山の巫女ね。間違えないように」
怨霊退治に巫女をあてがう。響きとしては当然だが、現実としてこれが正しいのか、ギンコにはわからない。だが長年の経験からか、『そうするのがいい』という感覚が、ギンコには根付いていた。虫の知らせに近い感覚的知覚である。霊夢の協力を経て、ギンコの蟲祓いは佳境に入る。
「魔理沙から話は?」
「聞いてるわ。温泉までの道中、外敵からあなたたちを守ればいいんでしょ? ま、暇だったし、引き受けてもいいわ。報酬次第でね」
報酬ね。随分となまぐさな巫女さんだな。
霊夢は当然といった表情で労働の対価を要求した。しかしギンコにその当てはない。さてどうしたものかとギンコが首をひねると、隣にいた慧音が一歩、踏み出した。
「私が今後一週間、巫女殿の食事の世話をしよう。もちろん一日三食五十品目だ」
「引き受けましょう」
即答だった。力強く言い切った霊夢の口元には
「で? 具体的にはどうするのよ」
「そうだな。俺は温泉までの道を知らんからな」
「道ならわかるぞ。起伏の多い獣道にはなるが、妖怪の山を迂回する道がある」
「それなら問題なさそうだな。怨霊に加えて天狗まで相手にしてたら身がもたないぜ」
「決まりね。先頭で道案内は慧音さん。私と魔理沙で上よ。ギンコさんは……」
「……ま、遅れんようについていくさ」
ことこの世界の法則が相手となると、途端にギンコの出る幕は無くなる。道は示され、後は進むだけというなら、ただの人間には、ありのままを受け入れる以外の選択はないのが幻想郷だ。種としての安全は保障されているが、個人の命は驚くほど軽い。ここでは蟲と同等か、それ以上に、人に畏れられる存在が跋扈しているのだろうと、ギンコは思った。
慧音が集まった男達に指示を出し、寺子屋の中に入っていく。霊夢も先駆けとして、慧音の言う道が本当に通れるのかどうか見てくると言い残し、飛んで行ってしまった。もう人が飛ぶくらいで驚いてはいられない。この異世界で、ギンコは順応しつつあった。
手持ち無沙汰なギンコは木陰に座り込み、日差しから身を隠した。同じくやることのない魔理沙が、雛鳥のようについてくる。
「ほらよ、蟲退治お疲れ様」
「おお、すまんな」
竹筒がギンコの前に差し出される。いつか川で汲んだ水が入っているのだろう。栓を抜いて中身を口に含むと、やはりというか生温い液体が喉を滑り降りていった。
魔理沙はギンコの隣で幹に背中を預けて立つ。座らないのか、とギンコが聞くと、別にいいよ、と魔理沙は返した。
「しかし奇妙なもんだな。突然魔法の森であんたと出会って、ここまで案内して来てみれば里で流行ってる病気を治せるって言うんだから。蟲なんて今まで聞いたこともなかったぜ」
魔理沙が言うことも最もだった。誰かに仕組まれたのではというほどの都合の良さ。しかし、旅すがらの奇妙な縁には慣れているギンコにはぴんとこないようで、首をかしげた。
「確かに、あんたらは蟲について知らなかったが、それはむしろ自然なことだろう。皆の知らないこと、対処できないことを埋め合わせるために俺たち、蟲師がいる」
「それだよ。その蟲師っていう存在だ。そんなもの、この世界にはお兄さん以外いないんだよ。少なくとも、私は聞いたことないね」
「俺以外にいない? じゃあ蟲患いの対処はどうするんだ」
「だから都合がいいと言ったんだぜ。案外、お兄さんは迷い込んだんじゃなくて、連れてこられたのかもな」
ざわっと、風が吹いた。ギンコの髪が風に揺れ、今まで隠されていた孔が、顔を出す。
落ち
思い出せない記憶。幻想郷に至るまでの、記憶。
やがて心にまで達しようとした靄を、しかしギンコは微笑をもって吹き飛ばした。否、苦笑と共に受け入れた。
蝉のような声が聞こえる。風がおさまり、孔が髪で隠れた時、ギンコは言葉を紡いだ。
「……だとしても、俺は歩いていくだけさ。一つ所に留まらず、流れ流れて、どこまでもな」
魔理沙はちらりとギンコを見やる。上から
「そうかい」
川の流れに身をまかせる笹舟の如き生き様。ふよふよと流れ、浮き世に留まらぬ男の業。それに知らず惹かれていたのかもしれない。自由な気質が同調した、奇妙な出会いであった。
男は蟲師。立ち上がり、歩み始めるその先にはいつも、闇がある。
ここから若干東方パートです。この作品では原作を蟲師としていますが、私は東方と蟲師を重ねた作品が書きたかったので、ここからの展開はこれまで読んでくださった方の期待を裏切ることになるかもしれません。正直プロットも設定もその場その場で考えながら自転車操業中ですので、そろそろボロが出るかもしれません。どうかどうか、温かい目で見守ってください。
ではまた次回。よろしくお願いいたします。