幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 温泉を目指す里の一行。妖怪に合わないよう、迂回の道をたどったはずだが、やはりというか神出鬼没の記者天狗が現れた。

 今日二個目の投稿。ストックも尽きかけてはおりますが、まあいいでしょう。それでは。



幻想奇譚東方蟲師、始まります。






第一章 骨滲む泉 捌

 温泉を目指し歩く一行の最後尾で、ギンコは突如現れた天狗と対峙(たいじ)していた。(そば)を飛んでいた魔理沙は身構えたが、ギンコ自身は落ち着いたもので、特に取り乱す様子はない。自分を見て怯えないとは、余程の無知かあるいは肝の座った大物か。天狗も思うところがあるようで、笑みを貼り付けたままギンコに言った。

 

「ちょっとお話、よろしいですか?」

「俺は構わんが。歩きながらでもいいか? 行きたいところがあるんでね」

 

 ギンコの気さくな態度に、天狗も応じる。

 

「ええ、では道すがらに」

 

 天狗と連れ立って、ギンコは再び歩き出した。がさがさと緩やかな斜面を踏みしめて、一歩一歩と進んでいく。歩みを止めていた分、慧音が先導する一行とは少し距離が開いてしまったため、差を詰めるには歩調を早める必要があったが、ギンコは至ってマイペースだった。それというのも、天狗の少女の履物は歩きにくそうだなと思い、気遣ったためであった。

 ほとんど無意識かつ無意味な行動に、それでも天狗は気づいたようで、ギンコの顔を覗き込んで表情を綻ばせた。

 

「ふふっ。あなた、面白いですね」

「そいつはどうも」

 

 ギンコに警戒心がないというわけでもないが、一挙手一投足に目を向けるほど天狗を意識している様子もなかった。ただ、感じていた。蟲とはまた違うが、動物よりもより蟲に近いと思われる原初の形。妖怪という存在が持つ源流の気配。霊夢や魔理沙から言わせれば、それは妖気と呼べる力の放出だったが、ギンコがそれを知るはずもなく、ギンコはそれを、ただただ濃密な気配と認識していた。

 一方で天狗も、ギンコの妙な雰囲気を感じ取ってはいた。説明のしようがないが、あえて言うのなら、霊夢が言った”目を惹く”というのが適切だろうか。単純に見た目が特異という意味ではなく、”惹きつけられる”。やはり彼女も魔理沙や慧音の判断にもれず、奇妙な男と、ギンコを位置付けていた。

 そんな二人だったが、やはりというか唐突に、わざとらしく話を進めたのは天狗であった。

 

「まずは自己紹介といきましょうか。私は射命丸文と申します。天狗と呼ばれる妖怪なのですが……知っています?」

「……名前だけはな。あと女で、思ったより人間に近い姿をしてるってことぐらいか」

「それ私の第一印象じゃないですか?」

 

 ギンコの返答に、射命丸は苦笑する。

 

「初めて見るんでね。俺の知る天狗はお前さんだけだ」

「あなた、お名前は?」

「ギンコだ。蟲師をしている」

「むしし? 聞いたことがないですね……」

「だろうな」

 

 過去の例から、自分が蟲師と名乗っても聞いたことがないと返ってくるのは、ギンコにとっては予想通りだった。だが他に名乗るべきこともない男ゆえ、そう名乗らざるを得ない。悲しくはないが、ほんの少しの徒労感を感じるギンコであった。

 蟲師という単語を受けて、射命丸は自分の脳内をぐるぐると探し回った。目を瞑り、人差し指をこめかみに当てて、むむと唸る。しかし結果は変わらず、該当件数はゼロ件だった。

 

「もしかして外から?」

「どうも、そうらしいね」

 

 いつの間に取り出したのか、書き付けと細い筆を取り出し、射命丸はさらに問うた。

 

「蟲師というのはどういうものなんですか?」

「蟲を飯の種にしてる連中のことだ。蟲っていうのは、動物や植物よりも、生命そのものに近い存在のことだ」

「ふむふむ」

 

 ギンコの言葉を、射命丸はすらすらと書き付けに書き込んでいく。こんなことを書き留めて何をするのか。疑問に思ったギンコだったが、特に聞き出そうとはしなかった。

 

「では蟲師のギンコさん? この行列は一体なんです? なんの目的で、彼らはここを通っているのですか?」

「あの者らは、蟲にやられている。それを治すために、温泉に浸からにゃならんのだ。だからここを通って、温泉を目指しているのさ」

「ははぁ。それで武装勢力込み込みで進軍を」

「寺子屋の先生が言うには、あんたらみたいなのとあまり出会わなくて済む道らしいが、どうなのかね?」

 

 すでに前提は覆されているが、ギンコは試しに聞いてみた。筆の頭を唇に押し付け、わざとらしく考えて見せた射命丸が答える。

 

「それは確かですよ。ここらは、私たちの領域じゃないですし。庭を掃除する庭師も、縁の下までは滅多に見ないでしょう? この道はそういう場所です」

「へぇ。それでお前さんは、縁の下をのぞいてどうするんだ?」

「うーん、ネズミがいれば追い出すんですがね。私にとって、あなたは蛇と言ったところでしょうか。私に福をもたらす者かも」

 

 意味深に、妖しげな視線をギンコに向ける。獲物を見つけたという目。また厄介な奴に興味を持たれたかもしれない。一体どっちが蛇なんだか。ギンコは細く、息を吐いた。

 

「是非とも取材をさせていただきたいものです。私も同行してよろしいですか?」

「俺は構わんが、他のものは、皆お前さんを怖がっているようだぞ」

「大丈夫ですよ。私は気にしません」

「……それはまた、豪胆な理屈で」

 

 魔理沙といい、この天狗といい、この世界の女子供は皆肝が太いと、ギンコは思った。

 

「ところで、取材ってどういうことだ?」

「そのままの意味です。対象に関して根掘り葉掘り聞き出して、その情報を無作為にばらまく行為を指します」

「……瓦版、じゃねえのか」

「もっとフレキシブルでセンセーションな情報媒体ですよ。新聞、というものです」

 

 天狗の言うことを、ギンコは全く理解できそうもなかった。

 

 

 

 闖入者(ちんにゅうしゃ)による若干の混乱はあったが、その後は特に問題もなく、一行は進み続けた。そしていつしか草木が目減りし、道を縁取(ふちど)るように岩石が目立ち始めた頃。地熱のせいか、一層気温が高くなり、目的地までもう間もなくというところで、それは現れた。

 時刻は夕暮れ。暁を背に立つ影のような存在。それも一つじゃない。群れをなし、地面から湧き出すように現れた。ギンコは目を見張る。これが怨霊か。どうも、蟲に近い印象を受けた。里の人間にもそれは見えているようで、怯えるものが出始めた。

 

「ギンコ、下がってろよ。こいつらは私らが相手をする」

「ああ」

 

 怨霊という存在が気になったギンコだったが、自分の前に立ち、任せろという魔理沙の言葉に従って、じゃり、と靴底で小石を擦った。

 ギンコに、怨霊に太刀打ちする術はない。この得体の知れない影に対して、魔理沙が任せろというのだから、ギンコは大人しく少女の後ろに下がる他なかった。

 人型に近い影はぞろぞろと増え始める。耳障りな呻き声を反響させ、ざわざわと肌を撫でる異界の気配を滲ませる。みられている。影からの視線を、ギンコは感じ取った。そして次の瞬間。

 

「……! ぐぁっ」

 

 低い呻き声をあげて、ギンコがうずくまる。左目に、鋭い激痛が走ったのだ。目を抑えて崩れ落ちるギンコに、魔理沙は一瞬気を取られたが、そこに畳み掛けるようにして、素早く怨霊たちが襲い掛かった。

 

霊撃(れいげき)!」

 

 数枚のお札が空中より飛来し、影を貫いた。お札に込められた神力によって、影は瞬時に霧散する。衝撃は辺りに伝わり、ギンコと魔理沙を取り囲む影の一部を吹き飛ばした。

 土埃が舞い上がり、腕で顔を守る魔理沙に、空中から激が飛んでくる。

 

「ぼさっとしないの。なんのための用心棒よ」

「あ、ああ。悪い」

 

 怨霊を撃退したのは霊夢だった。右手に(ぬさ)を、左手に札を持ち、霊夢は上空から全体像を見下ろしていた。そんな霊夢だからこそ、気づくことがあった。

 

「(どういうことなの……)」

 

 慧音にはあらかじめ、襲ってくる(やから)は全て撃退するから何が起こっても構わず進めと話してあった。だから慧音が先導する一行が立ち止まらず前に進んでいるのは問題ない。問題は怨霊たちが、なぜか一行を襲わないところにあった。そして奇妙なことに、怨霊たちは明らかにギンコを目指して集まりつつあったのだ。

 なぜ怨霊たちはギンコに執着するような動きを見せるのか。霊夢をして分かりかねることであったが今はとにかく、怨霊に狙われているギンコを守ることが先決と判断した。

 

「はぁっ!」

 

 また数枚の札を投擲(とうてき)する。怨霊はそのお札に触れた瞬間に、砂の城のように崩れ去り、跡かたもなく消え去った。

 霊夢の行動を受けて、魔理沙も行動を開始する。箒を槍のように構えて、弧を描くように振り回すと、穂先から星屑が飛び出して、怨霊たちを貫いた。魔理沙の攻撃は一帯の怨霊を全て払い飛ばしたようで、黒い影は消え去り、辺りに満ちていた禍々しい雰囲気も同時に吹き飛ばしたようだった。

 怨霊が消えると、目の痛みも嘘のように消えた。ギンコは膝に付いた土を、手で払ってよろめきながら立ち上がる。大丈夫か? と魔理沙が様子を伺いながら、ギンコに手を貸した。

 

「(なぜ、トコヤミが暴れたんだ)」

 

 疑問を持ったギンコだが、心配そうに近づいてきた魔理沙を見て笑みを作った。若干無理の残る表情だったが、魔理沙はそれでも安心したようだった。

 怨霊は去り、ギンコは歩みを再開する。かなり先に行ってしまった里のみんなには、霊夢が飛んで行って合流するとのことで、ギンコは焦らず急がず、いつもの歩調で、進み始めた。

 しかし、その歩みを止める一声が、ギンコの背後から投げかけられる。

 

「ちょっと待ってください」

 

 制止の声にギンコが振り向くと、そこには鋭い眼差しをギンコに向ける射命丸の姿があった。もはや敵意とまで呼べるほどに研ぎ澄まされたそれを、ギンコは正面から受け止めた。

 

「あなた、何者なんですか?」

「……自己紹介は、済ませたつもりだったんだがね」

「怨霊たちは明らかにあなたを狙っていました。いいえ。狙っていたというより、引き寄せられるように現れた。危険な資質です。怨霊を使役できるとでも言うのですか」

 

 射命丸は危惧していた。この男がもし怨霊を使役できる存在なのだとすれば、それは全妖怪に対しての脅威となる。幻想郷を成り立たせている畏れという概念の均衡を崩しかねない才能。そんなものが外から入ってきたなど、幻想郷史における大事であった。

 

「俺にもわからねえよ。あいつらと会うのは、今回が初めてだしな」

 

 ただ。とギンコは付け加える。

 

「俺は元来、蟲を寄せる体質でね。それが関係しているのかもな」

「怨霊は、あなたの言う蟲に近いものだと?」

「それくらいだろ、考えられるところは」

 

 ギンコの言うところに、判断しかねるといった表情の射命丸が唸る。新聞を作るにしろ、取材は必要不可欠であり、芯の通った情報を手に入れるには、根気よく取材をする必要がある。

 今のままでは情報が少なすぎる。この男を計りかねる。軽々に判断することは、射命丸をして嫌うことでもあった。

 じっとお互い目を合わせて話さなかった両者だったが、やがて射命丸が折れたように嘆息し、肩をすくめた。

 

「……あなたって本当、妙な人ですね」

「よく、言われるよ」

 

 桐箱を背負い直し、ギンコは笑って見せた。




















 なるべく人の名前はそのまま書いてきたつもりですが、射命丸は射命丸って言った方がしっくりくるんですよねぇ、なんとなく。
 少しだけ戦闘が入りました。東方世界のこういう側面で、ギンコは本当に無力だと思うんです。



それではまた次回。よろしくお願いいたします。




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