舟は、私達にダルアを加えてどこまでも堕ちて行く。そんな中、メトロポリスの人民服を着た少女は一人夢の中へ沈んでいた。
「鼓石、それがあなたの名前。一緒にいろんな世界を見に行きましょう?」
彼女の眠る液体の中で、一人優しい微笑みを浮かべる桃髪の少女。少女は今の鼓石と同じメトロポリスの人民服を羽織り、また彼女の細胞一つ一つをかたどるDNAの発生装置を抱いていた。
鼓石は夢の中でも夢を見ていた。夢の補正のような何かで、彼女の「姉」は見えているが、また傍らで夢の中の少女の見せる世界もはっきりと映っている。
遥か昔に実際に起きた、しかし今この時のように感じる映像の数々。人間達は互いに互いを殺し合い、気がつけば、周りにいる人間は皆同じ服を着ている。
服は個性の形であり、それこそが人間の生きる道。でも何故だか、いつしかそれは余計なものと吐き捨てられるようになった。
涙などいらない。命乞いをしている暇があったら爆弾を落とせ。まるですぐそばに居るように聞こえるその声は嘘か誠か。
世界はいつからか、世の中を正義と悪に分け、自らの考えの外なる人間は悪と呼び、幼き頃からそのように「洗脳」される。
悪に慈悲などない。例えいかなる理由があろうと、いかなる悲劇や理由があろうと、そんなものは悪人のその場しのぎと命を殺める。偽善者気取りのスーパーヒーローの戯言こそ、人々を動かす最強の闇。そうとも知らぬ子供達は、無邪気にそれを支持し、互いを洗脳しあう。
はみ出し者は、潰される。
夢の中で鼓石の隣に現れた少女は、大体そのようなことを、目の前の残酷な惨状に付け加えた。
「…違う。」
「違わないよ。人間なんてそんなもん。自分の信じた、いや、大多数の人が抱いた正義を信じて疑わないんだ。」
「…違う!そんなこと無い!まだ私は生まれてないけど、人間ってのは暖かくて、みんなが笑顔になる術を必死に探す生き物でもあるんだよ!」
「はは、おかしなこというね。生まれてもいないのに解るの?私は生まれて、三百年の間ずっと見てきた。一人の天邪鬼を殺そうと血眼になる正義のスーパーヒーロー達に、それを賞賛する人の目。私のお兄ちゃんだって、そんな正義のヒーローに殺されかけた。ここだけじゃないよ。外の世界にだって、そんな物語や現実が溢れかえってるんだ。」
「そんなこと…無い…」
まだ生まれていない彼女は、名前も知らない少女の発言に反論したくてもできなかった。少女はただ屈辱で、彼女の方を見た。そこで彼女は驚くべきものを見た。
「私と…同じ顔!?」
少女は、彼女と同じ顔をしていた。帽子をかぶり、身に纏った青い第三の眼。今度は私の所に来て反論して見せてよ、と少女は彼女の耳を舐め、目の前から姿を消した。
それと同時に、彼女は夢の中で目を覚まし、ガラスごしに灰色の服を着た桃髪の少女を見た。
彼女はそれから数分して、そんな光景から現実に帰ってきた。
「あれ?私、いつの間に…」
「疲れが溜まってたんじゃない?流石に長旅は疲れるからね。」
ついたよ、と私は寝起きの鼓石に合図する。彼女が見渡す外の景色は、灼熱業火に包まれた世界となっていた。
ダイヤモンドのように光る針の山、それは森林のように生いしげり、その間では悪魔達が談笑している。そこを抜ければ、血の激流が流れる川に早変わり。しかもそれは途中で途絶えており、その奈落の下には緑の眼を持つ黒いドラゴン達が飛翔する。
「…地獄にしては、ずいぶんと穏やかな場所だね。」
現実世界の黒さはこんな上品な物ではない、と言う皮肉を込めて私は呟いた。その声は空中を浮遊する舟に乗り合わせる死神に届いたのか、そりゃそうだろうよ、と死神は正直な声を漏らした。
「解ってるじゃないか。そう、現実世界こそ本物のディストピア。お前達罪深き人間が墜ちた最悪の地獄だよ。ここはただの悪魔の巣窟に過ぎねえ。ま、罪悪の籠った霊魂が集う場所には変わりないがね。せいぜいそいつらは記憶を失ってあの蒼目のドラゴンになってるか、悪魔に生まれ変わるって話だ。」
「……違う、地上はそんな辛い場所じゃない。」
死神の言葉に、鼓石は反応して一言呟く。そんな彼女の言葉に対して、死神は何故そう思うと逆に聞き返した。
しかし、その聞き返しに対して彼女は何も話さない。どうしても、生まれる前にサードアイの少女に見せられた映像が脳裏を離れずにしがみつき、彼女はそれを否定しきれないでいた。
何の根拠も無しに述べた一言。しかし、明らかに彼女の中にはそれを裏付けることができる人物が一人だけいた。少なくとも、例え世界中の人間の化けの皮が剥がれようが、それだけは私が信じられる。彼女はたった一つの理由を死神に突き付けようと、誰かの方向へ指をさし、一つの人物の名前を「死神」に告げ、彼女はその人物の名に振り向いた「死神」のフードが剥がれた顔に驚く。
「俺のことかい?俺はまだ、お前さんと出会って間もないがな。」
彼。いや、彼女の素顔に私達は驚き、死神を除く全員が「私」を見る。
なんということでしょう。彼女の素顔、私とはまるで鏡に映したかのごとくそっくりであった。
「…解ってるぜ、お前が宇佐見蓮子で、こいつが信じてやまないのはお前のこったろ?俺も宇佐美蓮子ってんだ。」
「こんなことって…ドッペルゲンガー!?じゃあ、私もうすぐ死…」
「ははっ、違えよ。聞けばその娘、鬱夜の妹と同じ姿だそうじゃねえか。たまにあるんだよ。違う世界を生きている人間で、姿形、名前のローマ字表記が全く同じ人間がな。それは異世界の宿命って奴らしい。同じ世界に映る光と影や表裏…お前が表のウサミレンコなら、俺は裏のウサミレンコ。異世界同士が均衡を保ってる証拠だとよ。」
さて、そろそろ悪魔の谷に着くぜ。掴まってろよと死神、宇佐美蓮子はフードを私達の元に放り投げ、黒い中世風の服とズボンを纏った素性を明らかにした。
悪魔の谷は、緑眼の龍が飛び、悪魔達が天使を討ち滅ぼそうと戦場に出向く。そんな光すら届かない闇の住処に立ち入ると、悪魔達が私達目がけて矢を射ってくる。
恐らく、リネアが狙いだろう。彼女の堕天していない純白な羽を打ち消さんとする無数の矢が、舟に降り注ぐ。
「ねえ、どうすればいいの!?」
「どうするって、ただ殺される訳にはいかないでしょ!」
リネアは矢を構え、矢を射ている悪魔のうちの一人を撃ち落とす。やはりここで戦うしかないと覚悟を決め、緑色のオーラから電流を作り出す。
「蓮子、お前…超能力者か!」
すぐそこは谷の底。死神の驚きを背に、舟から飛び降りて交戦する。私が発電できる電流は、それをオーラに乗せて飛ばすこともできる。
オーラは、つる状に伸ばすこともできる。超能力者にしか見えないオーラの鞭に乗せた電流は、悪魔の眼には映らない。悪魔達は気づいた頃には身体の自由を奪われ、地に伏す。
「お姉ちゃん!それ、私もできるかな?」
「無理無理。これは私が孤独な中で他者を近寄らせない為に構築した狂気の産物。てか、あなたが使ってる所なんかみたくないよ。」
「…そっか。」
スミは残念そうに私を見て、その後で攻め入る悪魔達を自分達から引き剥がす。私はその場にしゃがみ込み、身体一つ動かさずにつる状のオーラを操り、それに乗せた電流で悪魔を焼き払う。
16歳で投獄されて以来は全く使っていなかった力だからか、使い始めは麻痺した手足のように歪な感覚だったオーラ達も、数分いじくると手足のように動かす感覚を思い出した。
それだけではない。オーラが触れた物の感触や匂いなどもはっきりと伝わってくる。悪魔の身をえぐる時の肉の硬さや血の匂いは、まるで手で殴ったり、鼻で嗅いだように脳ミソに焼きつく。
これでいい。これがオーラ本来の姿だ。オーラは人間が生活する上で、人間の一部となる人類の切り札。極度に他人との接触を嫌った私は、昔からこんな風にして身の回りにオーラをつる状に張り巡らせ、私に近寄る人間を排除してきたんだ。
スミがこんな力を使う所なんて、見てしまったら頭がどうにかなってしまう。
それからしばらくして、私達は悪魔を振り切って悪魔の城まで走り出す。
「…お前、凄いな。俺は今まで、ブラッド・ワールドの超能力者を死ぬほど見てきた。自らの力を神からの贈り物と自負する者、偽善者を名乗る者、占いなどに使う者…だが、お前のオーラには特別な何かを感じる。限りない孤独と苦痛。少なくとも、今の平和ボケたお前からは想像もつかないほどの邪悪さを放っている。今のオーラの鞭だって、並の使い手じゃあ会得できない。お前は一体…?」
私を見て、そんなことを呟く悪魔の兵士、ダルア。彼に対して、私は一言だけその答えを教える。
「…私、所謂ワケありだから。自分の超能力だって大嫌いだしね。」
菫子「お姉ちゃん!水見式って知ってる!?」
蓮子「スミ、それ違う作品だから。」