地獄にある悪魔城の近くでは、悪魔達が待ち構え、矢をこちらに向けていた。
先ほどの前衛達とは訳が違う。一人一人が強く、矢の一つが私達の身の全てを焼き尽くさんとする威力を持つ。
流石に私では力不足であると踏んだメリーは、私に下がっててと目配せをし、懐からナイフを取り出す。あれは確か、龍也のドラゴンを皆殺しにした鋼鉄のナイフ。いくら悪魔達とはいえ、これに触れればお終いだ。
そりゃあいくらなんでもやりすぎだろ!という本心はリネアが代弁してくれた。
「…ちょっと待って。奴ら、こっちが話せば争わなくても良いんじゃないかな。」
彼女の鋭い眼光にメリーは振り返り、彼女の目をじっと見つめる。普段メリーが物を見る時の冷たい眼。私に対しても決して微笑みを見せない彼女の眼は、見つめていると凍え死んでしまいそうになる。
「そう。天使ってのは、随分おめでたいやつらね。」
メリーは彼女の言葉に冷たく嘲笑い、死神の舟を降りて悪魔の軍勢へ飛び込む。悪魔達は彼女に矢を放つが、彼女のペンギンのように素早い動きを前にして、矢は一つも当たらない。
悪魔達はついに列をなし、集団で一つの矢を作り出し、メリーに向かってそれを放つ。
《禁忌「パラレル・ザ・グングニル」》
血のように赤いその矢は、避け続けるメリーの素早い動きにあわせて追跡し、彼女を捕らえまいとする。しかし、メリーがその矢に向かってナイフを投げると、その矢は真っ二つに折れた。
唖然とする悪魔達。悪魔達はさらなる攻撃をしようとするが、一人の悪魔が彼らとメリーの間に入り、それを止めた。
一人の悪魔の登場に、ざわつく悪魔達。その悪魔を前にして、側にいるダルアも不意に膝を折る。死神はその悪魔を前にして、おいでなさったかとフードに身を隠す。
「…誰?あなたが、こいつらの親玉?」
メリーは彼に対して、喧嘩を売るような様子で彼を睨みつける。しかし、彼はそれに応じずにメリーに静かに話しかける。
「そうだ。俺は悪魔達の総帥、ネカクルス・スカーレット。どうやら蓮子の様子を見る限りでは、俺たちは客人を敵と勘違いしてしまったようだ。」
彼の釈明に対し、死神はお前ならそうすると思ったよ、と呆れて唾を吐く。彼女の反応から察するに、彼は相当タチの悪い性格らしい。彼はその後、私たちにここへ来た理由を聞いた。私は別に話さない理由もなく、むしろこちらがその説について聞きたいことがあるので、何一つ隠さずに話した。
私達が人造の怪物について調べていること、その怪物が幻想郷を異世界化すれば、限りないほどのデメリットが幻想郷を襲うこと。そして…
「新たな異世界ができれば、既存の異世界のいずれかが天変地異を起こします。こうなっては、悪魔だの天使だのは関係ないでしょう。」
リネアの付け加えに対し、ネカクルスはニコッと笑い、そんなことは知っているさと彼女を払いのけ、私達の事情に関してはこれまた厄介だなとため息をついた。
「残念ながら、そんな奴のことは知らん。あるとしたらメトロポリスか月の連中だな。」
「月…?メトロポリスは分かりますけど…」
彼が発した「月」というワードに対し、私は訳がわからず困惑する。しかし、にとりはそれに反応し、なるほどと何かを考え出した。
私が月についての詳細を求めると、彼は月に関しては奴の方が説明上手だろうとにとりを指差す。
彼女に注目が集まる。レイクロクは知っているけど良いや、と言ったような表情で目線を逸らすが、それが全くフォローになっていないような眼光が彼女を刺す。
「え?いや、細かいことは知らないよ…ただ、あいつらの世界は地上に比べて文明が発達していて、不死の薬もあるとか…それだけだよ!具体的なことは知らない!」
なんだ、つまらないの。そんな空気が一同に流れる。期待させてごめんなさいと彼女は哀しげな顔を見せ、もうこんな場所からは出て、月へ行こうとにとりは私に呟く。
まあ確かに、本当に知りたいのならば月へ行けば良いだけのこと。私はダルアを降ろして一同を連れ、死神に元の場所に帰してもらうように伝えた。
しかし、一瞬だけとリネアが帰路を塞いだ。彼女は私達を止めた後で、ネカクルスの前に立つ。
「…人造の怪物を殺めたら、今度は覚悟しなさいよ。」
リネアの言葉に対し、ネカクルスは彼女の首を掴み持ち上げ、彼女を自分の元に近づける。一瞬私は彼女の身の危険を案じて助太刀しようとしたが、レイクロクは彼にそのつもりはないと私を止める。
「解った。じゃあ、俺たちが殺すまでは誰にもその首はやるなよ。」
彼は一言彼女に耳打ちして、彼女の首を放した。顔を赤らめながら帰る彼女に対して、戦場の絆だねとレイクロクが返すと、堕天なんかする訳ないでしょと彼女は恥ずかしさを爆発させながら怒鳴った。
私達が去り、完全に見えなくなった悪魔城。ネカクルスは一人翼を広げ、誰かと交信していた。
「ネオティスア、俺だ。ちょっと事情が変わった。ああ。ネクロの馬鹿どもや、ツラも見せねえライテアルも連れて行け。キサラギで一発やるぞ。」
そして、私達はおよそ1日ぶりに外に出た。外はもう朝の6時で、鳥達が朝の訪れを予感させていた。
「リネア、本当に良いの?」
「うん。あの調子なら、スカーレットの悪魔達もしばらく攻めてこないだろうしね。あの後大天使様に、どこまでも人間に尽くしてあげなさいって言われたもの。」
「…そっか。まあ、仲間は多いほうが良いしね。」
メリーが指を鳴らすと、私達の下に透明な結界が現れ、私達を次の世界へと誘う。いくつもの透明な世界の隙間、その末に現れる新たな世界。
気持ち悪い、とリネア。私はそれに対して我慢しなさいと呟く。そんなやり取りをする暇もなく、抜けた世界には平安時代のような世界が待ち受けていた。
溢れんばかりの桜。街には和服を着た人々が行き交い、遥か彼方には帝の城のような住居が立ち並ぶ。
中世ヨーロッパのような雰囲気が漂うブラッド・ワールドとはかけ離れた世界観。戸惑う私達を差し置いて、あの人は慣れた手つきで住民から情報を収集し、すっかりこの世界、「イナバ」に身を委ねていた。
「さて、まあこんなものですか。幻想郷よりは満足できそうですね。」
彼女は着ていた軍服はさっさと宿の一室にしまい、紫色の着物に身を包む。彼女はこの世界に何かがあると確信し、月の戦士達のリーダー、綿月依姫と対峙する。
彼女は月の戦士の証である桃色の着物に身を包み、彼女がこの世界の民ではないと確信して刀を抜く。
「これはまた、綺麗な軍服ですね。」
「そう?私は動き辛くて嫌いだから、ほとんど着ないのだけれど…あんた、何者?ただの人間じゃない。私があなたのことをつけてたこと、ずっと気づいてたね。どっかの世界の兵隊っぽいけど…」
「あら、何のことですか?では通用しないみたいですね。教えましょう。私は魔界の女王様に仕える兵隊です。」
「魔界、ね。国民皆兵の世界だってことだけは知ってるわ。信じられないわね。戦いたくない奴も、無理やり戦わせるのでしょう?」
彼女は、信じられないという怒りの眼差しで彼女を見つめる。それぞれが抱く正義、その精神の激突は、私達に無関係とは言い難いこととなる。
次回から月編です。