トウキョウナイツグロリアード、通称TKGの本拠地は新宿市にある。国からの様々な要請を引き受けるその組織は、蓮子達が丁度月世界へ行っている頃、政府からの要請を受け、一人の少女の保護に当たっていた。
「しかし、政府も暇ですねえ。単なる人探しに動けだなんて。」
TKGの司令官、元魔理沙の学校の首席である孝明港は退屈していた。せっかく世の為人の為に組織を立ち上げたのに、やることが迷子か被災地域の援助だけなんて。
国で何万と起きる強盗事件の方がよほど仕事のしがいがあると、彼は仕事中にもかかわらず、煙草を吹かす。
「そんなこと言わないの。ちゃんとお金は貰ってるんだから、真面目に探すの。」
同じく、魔理沙の学校の元優等生であるカプラー・レートはそんな彼の勤務態度を目にして叱り、モニターに彼の目を向ける。
「魂魄妖夢。彼女はただの人間じゃないわ。異世界から来た人間で、もう何回も我々は接触を試みているものの、彼女に接触を拒否されているの。」
「はいはい。まあ、サニーと一緒ですね。リーダーに任せておくことはできないんですか?」
「ん、私?解った解った。ユユコと何とかしてみるから、雑務はお願いね。」
港が諦め半分に結衣に頼むと、彼女は自らリーダーの席から立ち上がり、黄色のジャージを羽織って管制室抜け出した。
まったく、リーダーにばかり任せておいて。バチが当たるわよ?カプラーのそんなため息も背に、港は彼女にお気をつけてと見送る。
数十年経とうが、魔力のおかげで彼女の身体はあの吸血精異変の時のままだ。しかし、あの頃に比べて世の中の暗さや冷たさを知ったのか、黄色いジャージを着たその下には黒いワイシャツを着て、普段は少し暗い顔をしている。
別に急ぎの用事ではないし、彼女の居る場所の特定などできない。お茶でもしてからゆっくり探そう。
ただ、今日という一日は何故だか忙しい日になりそうであると、彼女は感じていた。
「…今日も忙しそうね。」
ブレンドコーヒーにチーズケーキを注文し、彼女がその出来上がりを椅子で待っていると、隣に茶髪で癖っ毛の少女が座り、彼女に声をかけた。
「そうなんだよねぇ、だから、学校終わったら早く来てよ?」
結衣が面倒くさそうな顔で笑うと、彼女はそんな結衣の顔を見て笑った。
どこから来たかも解らない少女。結衣は彼女の頼みを聞き入れ、彼女を自分のアパートに泊めている。何故彼女の居場所がないか、ならば今まで彼女はどこにいたのか。
聞いても答えないので、TKGで働くことを条件として、彼女は下宿を許可した。
「…うん。」
気づいてみれば、私は彼女に関して何も知らない。結衣はそんなことを思っていた。
空の天気は、イラつくほど晴れていた。運ばれてきたケーキとコーヒーを結衣は平らげ、また少女もケーキと紅茶を口にする。
「…てか、今日あんまり食欲無いね。どうしたの?」
彼女の発言を耳にして、通りかかった店員はそれに驚く。少女は、食欲が無いとは思えないほどのケーキを口にして、既にその量は一般人や結衣の十倍ほどになっていた。
しかし、それは少女、ユユコにとってはいつものことであった。本人に聞けば、何を食べてもお腹がふくれないとか、自分がそういう体質であるとかしか話さない。
「…なんだか、誰かが呼んでる気がするの。今だけじゃない…私が生まれる前からずっとね。」
彼女は、それだけ話すと結衣の前まで顔を近づけ、一緒に探しに行ってくれると結衣の唇に触れる。
「…仕方ないなあ。」
結衣にとって、ユユコのこんなことは日常茶飯事であった。どこかに探しに行っては、結局見つかりませんでしたの繰り返し。
いつもは仕事中は断るのだが、今回は訳が違う。丁度今回の彼女の任務も人探し。そもそも、ユユコと探すと言ってあるので平気だろうと彼女は考え、今回だけユユコの誘いに乗ることにした。
とは言っても、魂魄妖夢の場所すら解らない彼女にとって、アテになるのはユユコに聞こえる「声」だけ。結衣は彼女に連れられ、延々と街の中を走り続ける。
左に30654歩、北に2584歩。訳も分からぬ言葉を呟くユユコに、本当に大丈夫なのかと結衣は戸惑うが、彼女の眼差しはひたすらに何かを追いかけ続けていた。
やがて、彼女達は一つの駅にたどり着いた。
「元新宿駅…?あのさあ…電車乗るんなら最初から…」
「知らなかったの。電車乗るなんて。」
「うん、だから!どうせ本部に定期券があったのだから、最初に…」
「違う、私が知らなかったの。」
「……は?」
「…南に26歩。」
仕方がないので、結衣はケータイで二人分の臨時パスを購入し、ゲートにかざす。どうぞお通り下さいと言う文字と共にゲートが開くと、彼女は三歩だけ進み、その場に停止した。
どこに何歩とか、どこで何分とか、この時のユユコはまるでロボットのようであると結衣は思った。自分の意志ではなく、まるで誰かに操られているようだ。
…操られている。そのワードが、結衣に嫌らしい記憶を引きずり出す。
そういえば、今はリディ様は何をなさっているのだろう。ちゃんと人間と和解できたのだろうか。そんなことを思っている間に、ユユコはどんどん別の場所へと向かっていく。
「あ、待ってよ!」
結衣はユユコを見失ってはいけないと、ユユコを必死に追いかける。
一歩、二歩、三歩。ユユコはその場から一歩も動かさずに、彼女の歩数を小さな声で数え、そのカウントが24に達した時点で結衣を制止させる。
しかし、結衣は勢い余って一歩だけ踏み違える。それをユユコは気づかず、そのまま245秒を数えた後に電車に乗る。
「何、これ…」
電車に乗って数分で、私、血郷結衣はその景色の異変を察する。
こんな平日の電車だと言うのに、まるで乗客がいない。それどころか、電車の走っている場所に線路はなく、下を見ようが右を見ようが、不吉な夜の景色一色であり、まるでゲームのデバッグの中に入った主人公のような姿になっている。
隣に居たはずのユユコもいない。代わりに、誰もいないはずの電車の席には、中年を過ぎた一人の男がその姿を見せる。
「南に165285歩、時の時計から46821歩、空間の幼鳥から20095歩、左に30654歩、北に2584歩…南に26歩、東に25歩、待つこと247分。そして、右に5歩。」
「…えっ?」
「ここの座標だ。君はどうやら、あの少女と一歩違いで別の座標へ来てしまったようだな。」
男は煙草を吹かしながら、私に向かって不吉な笑いを浮かべる。
私が近づこうとすると、男は歩くなと警告して、私に歩くことを止めさせた。
「…一歩動くか、静止する時間を間違えるだけで還れなくなるぞ。」
還れなくなる?ということは、ここは並行世界のブラッド・ワールド?私はそれを彼に問うが、彼はその世界へはこの方法では行けないと首を振った。
「うわっ、何これ!気持ち悪!」
電車の窓から外を見てみると、外は終末にしても気持ち悪いような光景となっていた。朝も昼も夜も解らぬようなカオスの世界。一体、宇宙がどうなったらこんな空になるのかと言った景色に、私は耐えきれず胃から食料を吐き出す。
先ほどとは違って足場はあるが、こちらも君の悪い化物達が倒れ、赤い水が姿を成してグチュグチュと蠢いている。
「…我々が居る場所は、生き物の生きることができる五世界の…いわゆるデバッグの世界だ。」
「デバッグって!私達は生身の人間よ!?」
「ああ…確かにな。だが、あり得ない話でもないさ。互いに互いをパラレルワールドとする五つ世界。それを分けているのはx,y,zに次ぐ新たな座標であるdim座標だ。君やユユコという少女が今日行ったことは、そのdim座標上を計算してウネウネと動き回る、言わば「裏ワザ」だ。」
彼も、彼の側にある窓を見渡す。ほんの数秒であるのに、外は先ほどのカオスの空間とは違い、今度は西洋の世界のような場所が見える。しかし、そこは完全に廃墟となっていた。
「そして、五つ…いや、今はもう七つになろうとしてるんだったな。その世界と世界の間のdim座標には、世界の大きさが足らずにこんな出来損ないになった世界が億と存在する。我々がトウキョウから行ける限界は、ブラッドとトウキョウの間の三万くらいの世界だがな…」
なぜだろう。私はこの空間を知っている。完全に溶けきった氷の城、そして、荒くれ者達の死体…
これって、ブラッド・ワールド!?私は彼を見つめ、わずかばかりの涙を見せる。
「たまに、その世界の中には、このままだとこうなるぞって場所があるんだ。よくは分からんが、遙か昔、新しい六つ目の世界が創られた時に、その世界を入れる為のdim座標が足りずに、その世界がこれらと融合して崩壊を起こしたんだ。」
私は、黙って彼の話を聞く。なんとなく言いたいことは解った。このままでは、取り返しのつかないことになる。
「多分こいつらは、その世界のことで敏感になったdim座標のシステムが事前に察知して、先に新しい世界が融合できるように素材をバックアップしているってことさ。」
「それって…」
「ああ。だいぶ前に同じものがもう一つあった…近いうちに、この二つの世界の一部が異世界化して、その世界は崩壊するかもしれないってことだな。」