永遠に下らない太陽、なのに上がらぬ太陽の光。この太陽の狭間と呼ばれる場所で、男は私達に語りかける。
「君達は、初めから妖怪達がこの世界にいたと思うか?」
妖怪、というのは恐らく、さとりさんやレミリアさんなどのことだろう。人間の形をした、人ならざるもの。
幻想郷には、多くの妖怪が存在する。それらのほとんどは、遥か昔からこの世界に存在し、その当時から人間に恐れられてきた。昔の罪深き人間は猫又に食われ、狸に化かされ、それは恐怖が具現化したものとされる時代もあった。
「…違うのですか?遥か古の時代から、妖怪達は人を懲らしめたことは古事記や旧約聖書にも記されています。人の形をした人の殺し…キラーとなるものが妖怪の正体であると2079年現在の我々は考えていますが。」
覚妖怪は人々の中の嘘を暴く人の殺し、宵闇の妖怪は生物の領域たる夜を脅かす人の殺し。皆、遥か昔の伊弉冉やイヴの作り出した、人々が行きすぎた行いをせぬように作り上げた隠し子。
だからこそ、妖怪の殺しである博麗の巫女を祀り、妖怪を支配下においた人々は巫女と共に葬らねばならない。それが我々の答え。
しかし、そんな私の回答に対し、彼はそんなことを考えていたのかと私の考えを否定した。
「…ならば、考えを聞かせてもらいましょうか。」
私は、どうせろくなことを考えていない彼に冷たい眼差しを向ける。彼はそれに気づいたのか、私に落ち着けと言った眼差しを向けた。
落ち着けるはずがない。多量の妨害プログラムに守らせ、情報操作させているとはいえ、もう世界の一部では周知の事実だ。これを元にして宗教家は神の教えを説き、今日を生きている。
私が食いつくと、男はその顎を押さえつけるように私に促した。
「まず、君達の考えは根本から間違っているのだ。誰が生物の頂点に人間が立ったと言った?まあいい、例えそれが真理だとしよう。ならば、何故人間は蛇や蜂…いや、まずここで提唱した「妖怪」を恐れるのかい?」
「それは……」
「そして、もう一つ。神がもし妖怪をそのような理由で作り上げたというのならば、妖怪にも殺しが必要なはずだ。妖怪だって、心臓や脳ミソを持って生きている。だからこそ、博麗の巫女は自らを妖怪や神の殺しを名乗っているのではないのかな? 」
「…ですね。」
内心では、彼を殴るか撃ちたい気持ちでいっぱいだが、彼の発言が正論すぎてぐうも出ない。
確かにそうだ。私達の見たように、妖怪達は意志を持ち、人間を戒める為のシステムとは必ずしも言えぬほどの荒っぽさを持つ。
星蓮船異変、地霊殿異変、紺珠伝異変…そして、最凶覚異変。これらは全て、我々の理論からすればあり得ぬ異変である。ならば、何故妖怪達が…あんな奇怪な生き物が存在するというのだろう。
「じゃあ、一体あの人の形をした人ならざる者達…妖怪とは一体何なのですか?」
嫌な予感がする…そんな気持ちを察したのか、彼は私の質問に、しばらくの間を置く。私やユユコがその口に集中する中で、彼は衝撃の一言を発した。
「…妖怪の正体は、この世界で君達が戦った怪物と、かつてこの世界に迷い込んだ人間が融合したものだ。君達が今まで出会ってきた古明地さとりや河城にとりは、これの子孫にあたる。」
そして、不死の魔法とはこれらの怪物を人力で錬成したものだ。君が不老の魔法使いとなっているのは、ずばりそういうことだ。彼は確かにそう言った。
私はその答えに戸惑い、生きている心地がしなくなった。そんな中で、不意に私は妖夢のように黒く気味の悪い目を持ち、身体が侵食されたさとりさんを想像する。私の目の前で彼女は、これが本当の私よと薄気味悪い笑みを浮かべる。
「う…嘘よ!そんなのデタラメだわ!」
あまりの気持ち悪さに、血の気が引ける。私の今まで出会ってきた妖怪達が、全てあの気味の悪い生き物の子孫であったなんて。
「そうか?君達の言った、聖書がどうのこうのよりはずいぶんと科学的だと思うがね。さて、そろそろ行かねば…月の暗闇に46歩。」
「ちょっと待って!取り消しなさい!取り消してもう一回…」
彼は、またどこかに消えてしまった。
…解ってる。恐らく彼の言っていることはあっている。でも、まだ認めたくない心が残っているのだ。
まだ、聞かなきゃいけないことがあったのに彼を突き返してしまった。さとりさんのことなんて、今はどうでもいいのに。
本当に聞かねばならないことは、私のこと。先ほどは断片的にしか見えなかった記憶が、今ははっきりと身を伝う。
ロクに口もきけなかったあの日から、もう何日経ったのだろう。気づけば彼とは連絡すらとっていないのだ。
早苗も死んでしまった。誰から聞いたかなど忘れてしまった。結界のせいだからと、気づけば墓参りなど一度も行っていないのである。
不意に涙が零れる。その涙がもう一つ、変な記憶を思い起こす。
今からもう何年も昔になる。尋ねた部屋番号も覚えている。あの504号室だ。あそこにはアリスさんが霧雨学園長と共に住んでいた。
そこには、かつてのアリスさんの面影などなかった。魂が抜けたように椅子に座り、ひたすらに液晶画面に何かを打ち込む彼女。私が何を話しかけても答えないその様は、まさに廃人と言った言葉が相応しかった。
そのどうしようもない姿に、私はもう黙り込むしかなかったのだ。
「ちょっと!大丈夫!?さっきから一人でブツブツ独り言なんか…」
ユユコの声に、私は初めて我に返った。辺りの様子を伺うと、太陽の差した一面の景色に、怪物と融合しかけた妖夢を抱くユユコの姿があった。
…そうだ。もう昔のように壊れている暇はない。そんな風だから、本望であったとはいえ、あの時その弱みをナチュレ様につけこまれたのだ。
「ごめん。早く病院に急がないと。」
私のことを心配してくれるユユコに、大丈夫だと引きつった笑いをかけると、彼女には余計心配された。
私達は、再び時空の狭間を歩き出した。なんとなくだが、とりあえずは全てが終わったのでホッとしたいと言う感覚が戻ってきたような感じがした。
しかし、真実を語る物語は終わらない。その時、妖夢や私の残してきた世界ではその真実を知る少女が独りで誰がいる訳でもないのにお茶をたてていた。
空は生憎の豪雨であった。
「…私が霊夢さんを殺したって?言いがかりはやめてくださいよ。私はただ、あのお方は死んだ方が我々のためであると思っていただけです。」
少女は顔をあげ、誰に渡す訳でもないお茶をそのままにして屋敷の地下へと下る。地下には、人一人入れるくらいの小さな通路があるだけで、他は何もない。
「運命の刻は確実に訪れる。例え他の者共が何をしでかそうが、幻想郷がトウキョウから分離することは避けられぬ宿命。全ては破滅の未来の為、稗田家はその為に事を成してきた。」
小さな通路の先、わずかばかりに人が入ることのできる隙間が存在する。彼女がその扉を開けると、銀色の鉄格子で遮られた空間が存在した。
着物の少女の背後には、同じく着物を着た一人の少女。彼女は声を震わせ、そこまでして幻想郷を滅ぼしたいのかと彼女に問うた。
「さて、こんな場所に私を招き入れた理由は解っています。ここに私を幽閉すれば、幻想郷の破滅…運命の刻は訪れずに済む。そう思っているのでしょう?」
「…阿求!」
「やってごらんよ。それで気がすむならば、それで良いじゃないの。たった一人の友人を幽閉して、それで幻想郷が守れるならね。」
少女、稗田阿求は不吉な笑みを浮かべ、本居小鈴の顔にその顔を近づける。小鈴の目線を奪っている間に、彼女は檻の鍵を握らせ、その顔を離す。
彼女を永遠に幽閉して、これまで起きた異変を全て無かったことにする。そうすれば、本当にこれから先の未来は救えるのか。
いや、救えたとして、本当にそれでいいのか。不死鳥のような彼女をどこまでも追って、人の道をも外れてやっとのことで巡り合った、彼女の替えの効かぬの友達。
「できないよ…そんなこと、できる訳ないって知っているでしょ!?ずっと、ずっと逢いたかったの。百数年の時を経て石から蘇る不死鳥、それがあなたの正体。そんなことは解っていた…それでも逢いたくて、あなたの逝く先を小町さんに無理言って、逝って追いかけて…」
こんなことってないよ。小鈴の瞳は汚水のように濁り、光を反射する。そんな私にもかかわらず、阿求は冷たい目線で私を見下す。
その瞳の裏にどれだけの本性を隠しているのか、そんなことは蚊ほどにも知らずに。