博麗深月には、巫女としての自覚が足りない。
力を持つ妖怪が薄々そう感じているのは事実であるが、それは博麗霊夢の影響が強すぎたということもあるのかもしれない。事実、彼女は数年前までただの女子高生であり、幻想郷の存在すら知らなかった。
霊力は使えない。空も飛べない。しかし、そんな彼女に取り憑いた力によって、彼女は不自由を強いられていた。
「深月」の名を持つその巫女は、そのルーツを知らない。気づけば彼女はトウキョウにいて、世界は彼女を認めていた。
彼女が記憶を辿れるのは、たった三年前の、13歳の誕生日からだ。彼女の元には、博麗神社の使いを名乗る人物が現れ、巫女をすることを頼み込む。気づかぬうちに時空を超え、七世界を彷徨う彼女にとって、そんなことは朝飯前であった。彼女は今は外の世界の学校に通いながら、博麗神社の巫女をしている。
しかし、時折巫女をしている間に異世界へ旅立つこともあり、学校もあるので、幻想郷の異変はその全てを他の誰かに任せっきりである。
巫女の力も使えず、異変解決の際には背中に小型飛行機。手には銃と、ずいぶん頼りないのである。
いや、異変解決をしてくれる日はまだ良いのかもしれない。彼女は初め、ボランティアで自らを巫女に染め上げると言った里の人間にふざけるなと喚き、給料も無しにこんなへんぴな場所に縛り上げるのかと幾度もその装束を脱いだ。
こんなつもりならば、僕は一生巫女の装束など着ない。彼女は数ヶ月の間幻想郷を踏み荒らし、挙句には巫女の名を晒して妖怪達から食い物や金をカツアゲする荒れっぷり。
霊力などなくても、妖怪達を怯えさせるその様は流石は霊夢の孫か。街で巫女の黒い噂が飛び交うのは避けねばと言って、私が鈴奈庵の少ない外界のお金を少しずつ割いて深月に渡しているのが現状だ。
「…早くない?まだ僕お金あるから良いよ。」
「いや、今回は阿求の用事でね。お給料はまた今度。」
「…ふうん。阿求、何か用?」
彼女は、ここ最近はずっとこんな感じだから里に買い物にもいけないと言ってパジャマ姿で寝そべり、指輪型のケータイからイヤホンを通して音楽を聴いている。
指輪をつけた腕には旧式のゲームパッド。その先には旧式のパソコンがある。中では、巫女が格闘ゲームをしており、相手はどこかで見たことのある青髪の天人。
「…まったく、本当に深月はブレないわね。そのゲーム、また霖之助さんから買ってきたんじゃないでしょうね?」
「違うよ。神社の本棚整理してたらあったんだよ。外じゃあこれ、アーケード版の世界大会もあるくらいに有名なゲームなんだ。旧式のこれは廃盤だよ。」
「…ごめんなさい、興味ないわ。」
「そう。で、頼みって何?」
一応掃除はしてくれているのか、部屋の中は綺麗に整理されている。とは言っても、それはあくまで部屋としての話。畳の上には最新型のテレビ、食器棚にも洋風の洒落たものばかり。この中を他の里の人間がみたら発狂するだろう。
まあ私としては、ここでテレビが見られることは結構なことと思い、里で買ってきた和菓子などを手土産に通いつめているのだが。
…ここって多分圏外だよね。どこから電波引いてるんだろ。
テレビには、相変わらず他愛もないアニメが流れている。人型のメイドロボットが宇宙を救う…なるほど、これはなかなか面白そうだ。
「なるほど、つまり僕の力で外に出たいんだね。でもあいにく、好きな時に使えるわけでもないし、今はこいしに凍結してもらってるんだよね…まあいいや。外には出してあげる。」
お給料も貰っているしね。深月は私達を手招きし、霊夢が巫女としての生を真っ当していた時には存在していなかった、博麗神社に付け加えられた小さなシェルターの中へと案内した。
彼女の言っていることの意味が、初めはよく分からなかった。初めは、てっきり彼女の能力で彼女が幻想郷と外界を行き来しているものだとばかり思っていたので、少し早まってがっかりしたのだ。
しかし、そのシェルターの中を見て全てを悟った。シェルターの中には、阿求の家の地下の座敷牢に存在していたものと同じようなものが渦巻いていた。深月に聞くと、このゲートを潜れば現実世界のどこかへ移動することができるという。
以前は深月の家の近くに座標を設定していたが、それだと幻想郷の妖怪に気づかれ、永遠に巫女を強いられるように幽閉されかねないので「どこか」にしたという。
「私もそろそろ上がるからさ。ついでだから乗せてってあげる。」
私達の方を見ないで、深月は機械を操作し始めた。彼女には巫女としての自覚などまるで無いだろうが、やはりあの後ろ姿を見ると、どこかあの楽園の素敵な巫女と言われた彼女を思い出す。
生きていれば、まだあの御身を拝めたのだろうか。不意に彼女のそんな姿が被る。
「いやぁ、こうしてみると本当に霊夢さんがそこにいるみたいだね。」
「阿求…!」
阿求の冗談を言うような口ぶりに、思わず彼女を恨みを込めて睨みつける。彼女は私のそんな姿に気づいたのか、そうカッとしないのと私に不吉に笑いかける。
「わかってるよ。まあ霊夢さんも災難だったねえ。霊夢さん首吊ったから、ちょっとは身長伸びたかな?便秘も治ったよねえ。」
「…本当に怒るよ?」
「はは、ごめんごめん。」
彼女の謝罪の意の笑いかけが、また私の逆鱗を撫でる。彼女と争っている暇は無い。私はその逆鱗を意地でも抑え込み、深月にまだ時間がかかるのかと問う。
深月は私の声に振り向き、もうそろそろだよと答え、その後しばらく操作してから自分も渦の上に乗った。
渦は私達を引き込み、外の世界へと連れ出す。博麗大結界がよほど強力になりすぎているのか、狭間に入ると地球の内側に居るような凄い重力に襲われる。
意識まで遠のく。知らなかった、博麗大結界が、こんなにも強大になっていたなんて…
10月になったニューヨークは人で賑わい、雑踏が街を包んでいた。
確かな足を置くことのできる大地、周囲には人間、確かな存在を持つ生き物。まるで生きた気のしなかったあの世界から出てきてからは、その場で寝てしまいたいほどの安心感だ。
「魂魄さんは、一週間ほど入院してから東京にお送りしますね。」
「はい、ありがとうございます。」
「いえいえ、ほとんどはあなた方が治療をなさってくれたので、こちらからは何も…」
「そんなことありません。手術台を貸していただいただけでも感謝です。」
妖夢は、結局のところ融合を解除した際の副作用で吐き気などが激しい為、しばらく入院することにさせた。
幻想郷ではまだ日本語が存在するらしく、妖夢は英語が喋れない。通訳としてユユコに病院に居てくれと頼むと、彼女は日本語など古典で少し習ったくらいだと初めこそ断られたものの、無理やりごり押して許可させた。
…少し悪いことをしたかもしれない。退院したら妖夢とユユコに美味しいもの奢るから許して。
ニューヨークの街は、日本と同じように今はもうすぐ冬が近づいている。サンタクロースを迎える準備をしているのか、街は特別な色に色づく。
この街で英語が当たり前に聞こえてくることは昔から変わらないが、これが日本にも見られるいつもの光景となっていることは少しばかり寂しい気もする。
さて、せっかくだから遊覧船で自由の女神でも見てから帰ろうか。それから高速バスに乗って…あ、そうだ。ユユコの学校に欠席の連絡入れなきゃ。それと…
…あれ?
「おお、これは素晴らしい着物ですね!遥か昔からタイムスリップしてきたのかと…」
「あ…えっと…何て?」
ニューヨークの街を歩いていると、日本語を話す二人の着物の子供達を見かけた。英語が話せないのか、二人組は黙って立ち尽くしている。
見るものを圧倒する綺麗な着物。黒髪の少女の様は、かの稗田阿礼を思い出させるような顔立ちである。
今の時代、英語が話せないということはほとんどありえない。ということは、まさか幻想郷の人間?
「あの…もしかして、あなた達幻想郷の人?」
数十年ぶりの日本語で話しかけて見る。すると大和撫子のような彼女と一緒にいた赤白のチェック柄の着物を着た娘は私を見て目を輝かせ、そうなんですよと私にすり寄った。
彼女達に声をかけた人は、見慣れぬ言葉を話す三人組に相当困っているようだ。そんな彼には、私は「割と最近流行っている古語での会話なので気にしないでください。」と言ったような即興の嘘で切り抜けた。
「あの…ありがとうございます。」
「あ、うん。幻想郷に何か起こることは知ってるよ。巫女さんは?霊夢さんはもう死んじゃっても、博麗の巫女さんはまだ居るでしょう?」
「はい。まあでも、今回は深月にもどうしようもない規模の異変ですよ。要は博麗大結界を破壊できれば良いのですが、それが中々出来なくて、外の世界に助けを求めた次第なのです。」
それにしても、私にひっついている娘もそうだが、話している娘は本当に美しい。今時こんな美人、他に居るだろうか。
あ、新しい巫女さん深月って言うのか。きっと霊夢さんに似て美人さんなんだろうなあ。
ん…?というか…
「ええ!?博麗大結界壊しちゃうの!?」
「はい。今回の異変の原因があれなので。というか、あれは元々、幻想郷にはあってはならないもの。メトロポリスからの凶々しい産物です。」
「いや、まあ…それはさとりさんからだいぶ前に聞いたけれど…」
そっか。まあ、幻想郷の住民が決めたことなら、私達がとやかく言える立場じゃないか。
きっとユユコは妖夢と二人で帰ってこれるだろう。私は三人分のチケットを手配してもらい、名も知らない二人組と共に、東京行きのバスに乗ることにした。