東方七世界   作:tesorus

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今回のテーマ:近所迷惑


沙羅双樹の花の色

真夜中のミラークロス、対立するは二つの軍隊。彼ら二つの部隊が衝突すれば、恐らくこの街は戦場と化すであろう。

 

そうなれば、もはや軍隊も反逆者も関係ない。一秒の隙間に命が奪われ、颯斗や翼の命も危うい。

 

何でこんな急に、と私は軍の筆頭に立つ依姫さんの顔を伺う。来るのであれば単独でも可能であったはず。こんなに大勢で向かえば、敵意ありと見なされるに決まっている。

 

「…ああ、公務の途中でしたか。どうぞ。」

 

先に口を開いたのは、月軍の依姫さん。彼女は一歩引き下がり、散らばっている反社会軍の身柄を魔界軍に引き渡す。それに対し、魔界軍を率いる男は礼は言っておこうとその身柄を引き取る。

 

しかし、彼はまだ月軍への警戒を解くには至らない。彼はよもや侵撃してきた訳ではあるまいなと言い、魔界兵達に月兵へ向けて銃口を向けさせた。

 

「侵撃?こんな少数の兵隊でですか?ご冗談を。それに、帝の命も抜きに戦などできません。」

 

「ふん、蓬莱山住蘭か。奴も愚かな男よ。しかし月の兵隊とは随分と滑稽なものだな、戦場に寝巻きで来るとは。」

 

彼に笑いかけた目線を向けられた鈴仙は我が身を見て顔を赤らめ、これはその、と口ごもる。しかし、そんな彼女を依姫さんは一切咎めない。着替えてきますと真っ赤な顔で走り去る彼女を背に、不意打ちに着替えている暇がある兵隊が何処にいると彼女は男を睨む。

 

「それと、先ほどの発言は我が軍と帝に対する挑発と取らせていただきますが、よろしいですか?挑発ならば、そちらにある我々の大使館を回収して戦線布告を…」

 

「まったく、綿月依姫はいつ会ってもうるさい女だ。口喧嘩ならば昼にでも付き合ってやる。要件はなんだ。早くしろ。」

 

逆鱗に触れられて怒りを抑えることに必死な彼女に対し、男は煙草を吸いながら面倒くさそうに彼女に話を渡す。これにはさすがの彼女も答えたのか、彼女はとうとう刀に手をかける。

 

しかし、青髪の少女兵は彼女を抑えて要件を話す。男は苛立ったようにそれを聞き、私は知らないが女王陛下ならば何か知っているかもしれぬから、反社会軍を取り押さえて機嫌でも取れば教えてくれるかもとだけ言い、軍隊を引き連れて基地の方角へと立ち去った。

 

「キィィィィ!人を小間使いみたいに使いやがってぇ!ナカユキィィ!いつか絶対殺してやっからなあああ!」

 

依姫さんは去りゆく軍隊に向かって大声で忿怒をぶちまける。その声に驚いて起きたのか、颯斗やスミは慌てて外へと出て来る。

 

「な、なんだよ!ナカユキ曹長がここに来てたのか!?くそっ、もう少し早ければ…!」

 

まだ遠くには行っていないはずと颯斗は呟いて追いかけようとするが、依姫さんは少しだけ落ち着いたのか落ち着いていないのかも分からない様子で、一応市民には親切なようねと細い声で語る。

 

「あれ?依姫さん…どうしてここに?ん…そっか、夢でも見てるのか。」

 

「そうなんじゃない?月世界イナバも夢の中、うちの兵隊が解決しなきゃ今ごろ私達の世界は…ってあれ!?」

 

影の少なさに、依姫さんは慌てて振り返る。もう既に月の軍勢はおらず、この一片に居る月の兵隊は彼女と、先ほど彼女を止めた青髪の兎に反社会軍を斬首した白銀の兎。それから鈴仙だけだ。

 

「…まあ、もう夜も遅いし仕方ないわね。明日は稽古は休みにするかな。」

 

「本当ですか!?やった!」

 

「ただし、あなた達はこの世界でお仕事。良いわね?サボったら回らない寿司屋おごるのも無しよ。」

 

「…ですよね。」

 

依姫さんが魔界から離脱すると、残った兵隊達は寝床を探さねばと言って真夜中の道を走り去って行く。その姿はまるで無邪気な子供達の背中なようで、私は月の都への少しばかりの罪悪感と自責に駆られて颯斗の家へ戻った。

 

鈴仙は、真紅の眼をあれだけ解放したことが疲れたのか、しばらく夜の風を浴びた後で部屋に戻り身体を休めていた。

 

彼女は布団の中で泣いていた。泣く要素などどこにもないはずなのに、何故だか私には彼女が何故泣いているのかがわかる気がした。

 

その真紅の眼には、一体何が映っていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うどんげ、今日は少し早いけれどもう終わりにしましょう。お菓子を買ってきたから、私が帰ってくるまで留守番お願いね。」

 

あの日は、珍しく師匠が優しかった。師匠は里の健康診断ついでに、病気から大切な人を救いにと言って永遠亭を後にした。

 

その日は、まだ何も知らなかった。私はもう月の兵隊などではない。地上の灰に染まりきった私はもう月などには戻れないのだ。てゐと姫様と、師匠と共にいつまでだって幸せに暮らすことができる。

 

そうだ、別に月のみんなと別れた訳でもない。まだ耳の奥からは月のみんなの声は聞こえる。たまには依姫様でも呼んで、一緒にお茶でもすればいいんだ。

 

しかし、どこから運命の歯車は狂い出したのだろうか。次の日の朝、起きた頃には師匠は居なかった。代わりに茶の間でお茶を飲んでいたのは、あの日以来ほぼ会うことがなくなった、と言ってもおかしくないほどに巡り合う頻度の少なくなった依姫様であった。

 

まあ、せいぜい師匠に会いたくてまた下って来たのだろう。初めはそう思った。しかし、それにしてはずいぶんと物騒なことを話していた。

 

燃えた竹林から見上げた空ってどんな感じかしらとか、そういえば終わった後は沙羅双樹って供えた方が良いのかしらとか、大体そんなことを口にしていた。

 

初めは、また豊姫様と喧嘩でもしたのかと思いながら彼女にお茶を注ぎ、悩みがあったら聞きますよと彼女をなだめた。

 

すると彼女は不意に、そういえば明日師匠が居ない時間帯っていつかしらと私に問うてきた。私はその時は何も考えずに彼女の質問に答え、何故そんなことを聞くのか、ということを彼女に聞き返した。

 

とんでもないことをした、そう思う数秒後の私すら想像できずに。

 

「あら、知らなかったの?もうレイセンからでも聞いていると思ったわ。」

 

「え…何をですか…?」

 

「え、ちょっと…とぼけているの?本当に知らないの?」

 

「……いや、知ってますよ!あれですよね、あれ!もちろん、知らない訳ないじゃないですか!」

 

私は一体何のことだかさっぱり分からなかった。悪い癖だ、恥をかきたくないからと言って知ったかぶりをしてしまうことは。しかし、この日だけは絶対にこれだけは禁忌であった。

 

ああ、もしこの日に戻れたなら。私はあんな桃色の制服を着ることもなかっただろうに。私はそれから、やはり流石は私の弟子ねと言った依姫様のお褒めの言葉を受け取りながら笑顔で談笑していた。

 

そしてそれから数時間後、私はこれまでの行いを全て恥じ、無限に後悔することになる。

 

帰ってきた師匠は私を自らの部屋まで呼び出し、また何かお叱りでも受けるのだろうかといった呑気な表情をして師匠の部屋まで向かおう。

 

せっかくだから、ネクタイくらいは直しておこう。そんなことを考えながら。

 

「師匠、どのようなご用件で…」

 

「…あなたに、もう師匠なんて呼ばれる筋合いなんてないわ。てか、考えてみれば最初から私が馬鹿だったわ。」

 

次の瞬間、師匠は急に私の胸ぐらを掴み、部屋にある障子の外まで投げ捨てた。鋭い痛みが身体を蝕み、私は一体何が起きたのかわからずに師匠の方を向いた。

 

「…そもそも未だにそんな大事そうに月軍の制服を着てる奴を、弟子だと思ったのが馬鹿だったわ。」

 

「う…でも私は…」

 

「何、依姫のことを言いたいの?あれも馬鹿してたわ。月から離反した身で、中途半端に住蘭の手先と付き合うからこうなるのね。」

 

そこで私は、初めて昼間のやり取りの意味を知ることになる。沙羅双樹は死者の供養、更に焼けた竹林。そして依姫様のあの質問の意味…

 

「ご、ごめんなさい…私、そんなつもりじゃ…」

 

「もう良いわ、最初から地上の兎だけ雇っていれば良かったんだわ。」

 

「わ…わた…私はもうつ…月の兎なんかじゃないの…穢れに染まった地上の兎、もう月などには戻る訳には…」

 

師匠は私がそう言いかけた途端、私の首根っこを掴んで池へと投げ入れた。冬場の冷たい空気に水が覚め、それは残酷に私の体温を奪ってゆく。お仕置きで池へ投げ入れられたことになら前にもあるが、今回は師匠の冷たい目線が私の体温を更に下げてゆく。

 

「穢れてんなら洗い流せばいいんじゃない?それとね、地上の生命は地上のことを「穢れ」とか何だとか言わないの。解る?」

 

師匠の初めて聞くような、自らを全面否定されたような台詞。私は池でひたすらもがき、やっとのことで上ろうとしても、師匠は再び私を池へと突き落とした。

 

「そうそう。そうやって私に背を向ければ突き落とされないわ。そのまま月に帰ってしまいなさい。醜い月の都の手先。」

 

師匠は、服や耳が水を吸って身まで凍えた私の両腕に光る腕輪をつけ、その後で鎖で繋い方がお似合いかもねと冷たい目を向ける。

 

「良かったわね、これで月に帰れるわよ。ただし、その左腕の時空移動装置は片道切符。もう一つはあなたが敵兵にならぬように月に繫ぎ止める拘束具。これをつけている状態で時空を越えれば、他の世界の人と共でない限りはその移動先の時空に幽閉される。」

 

「師匠…こんなの…こんなの酷いです。もう依姫様とも、レイセンとも口聞きませんから…地上のこと穢れなんて言いませんから…」

 

「月の兵隊に、師匠なんて言われる筋合いなどない!」

 

それから私は、蓮子達と出会うまで月に繫ぎ止められていた。師匠の顔など見ていないし、もう昔ほど自己の感情を表さなくなってしまった。

 

河城にとり、彼女ならば師匠の本心を知っているだろうか。いや、彼女は私が適当な自己の妄想を連ねても指摘しなかった。

 

もう誰ともあんな別れはしたくない。依姫様にはあのことの懇求はせず、ただひたすら彼女の辛い訓練に耐える日々である。私が戻ってきたときは戻ってきたの、とだけ呟き、それからは特にその件については何も互いに話さなかった。

 

ただ、私は師匠が私を目の敵にしている間、師匠が顔にわずかばかりの涙を浮かべていたことを覚えている。そして、私に腕輪をはめたあのとき、小声で呟いた言葉は今でも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…覚えている。

 

…あれ?どうして、私は覚えているのだろうか。当時はそれどころではなくて分からなかったのに。

 

いや、そんなことはどうでもいい。私は布団の夢の中でそれを脳裏に浮かばせ、目を覚まして女々しく泣いていた。

 

「優曇華…ごめんね。」

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