救われたはずの命を奪った。怒りを堪えきれず、ついに彼女は無数の桃色のオーラを体内から放つ。それは鈴仙の狂気の瞳のごとく魔界を照らし、それだけ彼女の魂は怒りに染まる。
しかし、そんな彼女は一人の青年の手刀に首を奪われ地に伏す。背後には軍服の青年が立ち、倒れた彼女を抱き上げる。
「やっぱり、君はこちらの世界に来るべき人間じゃない。」
世界中が君みたいな人ばかりならば、それだけで世界は美しいのに。レイクロクは一人で嘆き、少女の頬に涙を垂らす。
「解ってる。これも仕事だ。リネア、悪いけど、蓮子には…」
「黙っとけってんでしょ。やだよ。そんなことしたら彼女、ぜひ反社会軍のリーダーと話がしたいとかいうわよ?月世界やメトロポリスの人間にあんな態度取るやつに、嘘とかつけないでしょ。」
「…そっか。解ったよ。」
レイクロクは帽子を取りながらスミの寝顔を抱き、でもせめて彼女には、この赤い世界は夢だと伝えたいよと再び頬を濡らす。
実は、レイクロクとリネアは結託していた。魔界軍による反社会軍の抹殺は確定事項。ルイズの考えていた禁忌の感情が具現化されただけのことである。
「さて、これから僕は神綺様のところに戻らなきゃいけないんだ。これだけ派手にやったんだ。後で夢子先輩が黙っちゃいないからね。お仕置きを受けに行ってくる。」
レイクロクは先ほどの涙を流す表情とはうって変わり、リネアにスミを託すとさっさと血にまみれた街を後にした。
レイクロク・マーガトロイド。彼こそ、自らの従妹たるアリスをブラッド・ワールドで英雄とし、後の世界で永遠に讃えられる少女とした張本人。しかし、彼は元から華やかな一生を遂げてきた訳ではない。
そもそも、彼を育てたのは彼の両親ではない。彼は幼くして両親と別れ、魔郷賽の一室で育てられた。
夢子、とレイクロクが名乗った人物は幼くして彼を育てた姉のような存在であり、彼の叔父であるブラックライズ一家が魔郷賽に越してきて、それで彼の義理の父として英才教育を受けさせられる際、真面目なアリスとは正反対のレイクロクはよく英才教育から抜け出し、夢子の部屋に匿ってもらったという。
「夢子姉さん、今日も忙しい?」
「忙しいわよ。というか、もう上等兵のあなたには構ってられないくらいに忙しいの。さっさと神綺様に命じられた任務をやってきなさい!」
「ははっ、相変わらず夢子姉さんは厳しいや。」
夢子、彼女の親もまた行方知らずとなっている。故に幼い頃は魔郷賽で育ち、見ず知らずの軍人に育てられた。
彼女にとって、それは誇らしいことであった。兵士に育てられた、誇り高き教育を受けた女。それこそが彼女の全てであり、また彼女は兵士によって育てられるうちに、その兵士や神綺に奉仕する仕事がしたいと、神綺に奉仕をするメイドに弟子入りをするようになった。
同じ境遇であるレイクロクと夢子。夢子は彼を立派な兵隊に育て上げたいと思っていた。
レイクロクはある日、彼女がトウキョウの巫女に敗北したと聞いた時はひどくショックを受け、プライドに傷を受けた彼女は自殺などをするのではないかと案じたが、彼女はそのようなことは思っていなかったのである。
「…終わったよ。反社会軍は殲滅した、後処理を頼みに来ただけだよ。」
「ふうん、少しは有能になったのね。この調子なら、幻想郷への遠征も期待できそうね。知っているでしょう?ミラークロスの平和を乱す幻想郷を滅ぼし、妖怪人間問わず皆殺しにするのよ。」
「…どうだかね。僕があの娘達に毒されない限りは、夢子姉さんのいう通りにするよ。」
「あら、神綺様に逆らう気?逆らったら極刑よ。アリスみたいな無惨なことになりたくなければ、やめておきなさい。」
「解ってるよ。アリスも可愛そうだよね…あのドロップあんなに食べたら、もう自我なんてもの無くなっちゃうのに。」
夢子はレイクロクの言葉に返さなかった。代わりに彼女は部屋の扉を開け、もう大人なのだから、一人で考えなさいと言って口を聞かなくなった。
僕が毒されて、魔界軍を裏切ってもいいのかいと言うレイクロクの言葉に対しても、一人で考えなさいとしか返さなかった。
やはり夢子姉さん然りルイズ然り、魔界の女の子は冴えないと思う彼であった。
「やっぱり、こういうのを見ても何とも思わない私はおかしいのかな。」
血に染まった闇市。数時間前までは生きていた不良や反社会軍がたむろしていた部屋の屋根ではメトロポリスの人民服を着た少女が座り、横では銀の髪を靡かせた隻眼の玉兎が血の海を見下ろす。
「…これが全て、緋色の蝶がばら撒く鱗粉の塊だとしたら、どう思います?」
玉兎は真面目な顔で呟き、悟石はそれを特に笑いもせずに冗談でしょと跳ね除ける。
白銀の玉兎は本当に興味がないのですねと彼女の頭を撫でて、その後で一輪の花に口寄せをする。
「慈悲の届かぬ冥府の手土産に、沙羅双樹の花を。せめて彼らの浄土での幸福を願い、白銀の花に祈りを込めて。」
一輪の花は屋根から落ち、血の海を浴びて赤く染まる。何か意味があるのと問う鼓石に対して、彼女は意味などありませんと返す。
血に染まる闇市は既に魔界軍によって立ち入りが制限され、もはやかつての活気は想像すらつかない。沙羅双樹の花は、ズブズブと死体の山に埋まっていく。
「そういえば、あなたの名前教えてもらってなかったな。なんていうの?」
鼓石の問いに、彼女は再び鈴仙の名を彼女に伝える。姉妹なのかと問う鼓石の問いには違うとだけ答え、それ以上の関連性はあまり話さなかった。
彼女は片目を髪と眼帯で隠しており、その中からは痛々しいほどの緋色が溢れている。痛くないのかという問いに対しても、彼女は別にとしか答えない。
「…レイセン、あんまり話さないんだね。もっとお喋りな方が人生楽しいよ?」
「喋ることがないから喋らないだけです。」
「…そっか。」
しばらくすると、彼女はそろそろですねと呟き、鼓石に座ったままでは疲れるでしょうと言って立たせた。
鼓石な伸びをして、それもそうだねと彼女にニコッと笑う。しかし、そんな彼女の微笑みはレイセンの行動の前に一瞬で崩れ去る。
レイセンは鼓石の背中を強く押し、その屋根から彼女を突き落とした。悪く思わないでくださいねと無表情で呟く彼女、鼓石が落ちる先の世界は黒い穴が開いていた。
一方で、リネアの前には意外な来客が待ち受けていた。メトロポリスの服を着た金髪の少女。彼女は他のメトロポリスの人間とは違って帯刀しており、リネアは彼女のただならぬ気配に気づいたのか彼女を見ると、一目散に逃げようとした。
「あら、見ただけで逃げるなんて随分と失礼な人ね。」
しかし、彼女はリネアの素早い動きを読み、一瞬にして彼女を捕らえ、地に落とした。その後で彼女はリネアを後ろ手に抑えつけ、腕輪から鉄の輪を出してリネアの両腕を繋ぐ。
「さて、これで良しと。それは刹那の裁きと言う拘束具で、その魔力によって必ず相手の力+1tの耐久力になる鉄の輪。解錠には必ず取り付けた本人による解錠が必要なの。」
別に殴って黙らせることは可能だけれど、鈴仙の仲間をいたぶりたくないから。彼女は囚われたリネアの頭を撫でながらリネアに微笑む。
「鈴仙って…どうして、メトロポリスのあなたが鈴仙を?」
「さあ、どうしてでしょうね。」
彼女はキミの悪い笑みを浮かべながら世界の中に黒い穴を開け、リネアを中に入れる。その後で自身も中に入り、黒い穴を閉じた。
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は綿月豊姫。メトロポリスでは主に情報検閲の仕事をしています。」
姉の方は別に……とか言った人は屋上