「なんだこりゃ……まるで地獄だな。」
颯斗の声に闇市を見て見ると、そこはもはや何があったかわからないような場所と化していた。街は一面がシートのようなものに覆われ、立ち入り禁止の札が立っていた。
住民たちは軍の支給に群がる。世界がどうなろうと、つまるところ人間というものは日々の生活があればそれで良いのかもしれない。
「そういうところは結局、どこの世界も同じよね。反逆革命どうのこうのったって、結局こういう時には政府に頼らずって訳にはいかないじゃない。やっぱり住民たちってクソだわ。」
メトロポリスの時だってそう。清蘭はため息をついてもう帰ろうかと言うような話を鈴瑚に持ちかけている。
かすかに鼻につく鉄の匂い。おそらくあの下は血の沼地だろう。誰かは知らないが、反社会軍を壊滅させたのだろう。
徴兵から逃れたはずなのに、そこに居たらまた別の死に様がその牙を剥くなんて。まさか頭の中にはそんな思考は無かっただろうに。
「意外と驚かないんだな。常人が見たら狂うぜこれ。」
「常人じゃないからね。私は血の匂いが体臭みたいなものだから。」
もう二度と消えない身体中の傷。傷はカサブタとなった後も跡が残り、愛人が来たとしても裸を晒すことなど私にはできないだろう。
そういえば、メリーはどこに行ったのだろうか。思えばこの魔界に入ってから、まるで姿を見ない。こちらに来てから迷子などになっていないだろうか。もしかしたら、この中で巻き添えに…
「あらあら、随分と派手にやってくれたのね。これじゃあ私の作戦が台無しだわ。」
不意に聞こえる、もう何度も聞いたような声。しかしその声から発せられる言葉は、私の想像する彼女とはまるでかけ離れたものであった。
そしてその姿も、もはや私の知る彼女ではない。彼女は灰色の服に身を包み、その腕には鼓石と同じ腕輪が装着されている。彼女のその姿は、完全にメトロポリスの使者そのものである。
「え…ちょっと、嘘でしょ?何、私にまた変なドッキリでも仕掛けてるつもりなの?」
私は頭の中が混乱して、もはや目の前のものが真実であるかも疑う。そんな私に、メリーは薄気味悪い微笑みで答える。
「残念だけど、私はメトロポリス出身のマエリベリー。トウキョウに来た理由は郷少年を調べ、その結果を論文にするため。残念だけど、私は人造の妖怪yagumo.exeの作成者でもあるの。」
メリーは邪悪を帯びた表情をして、私の頬を撫でる。目の前の真実が信じられない私を前にして、兎達は彼女に牙を剥く。
「じゃあ、幻想郷の異世界化はあなたが仕組んだってこと?何よそれ、私達はあなたに踊らされていた木偶人形って話だったのね。」
「だったら?うちのトアに負けて弱気になった潔癖症の兎達が、私に勝てるとでも?」
「うちのって…!あいつとも知り合いだったの!?」
「そゆこと。トア・ハーンは私の従妹。蓬莱の薬を奪うように頼んだのも私。」
「こいつ…最低だ!さっさと殺しちゃった方がいい!」
胸糞を悪くした二人に、鈴瑚が血祭りだと号令をかける。メリーは彼女らを嘲笑うように腕からナイフを取り出し、自ら作り出した四つの結界の境に投げ打つ。
「私の霊能力は、時空のデバックから無数の結界を生み出す力!妖怪殺しを投げ打てば、予測不能のカッターシャワーの完成ね!」
メリーは、それまで私に見せたこともない表情で笑う。メリーに霊能力があることは知っているが、彼女があんな風に使っていることなど見たことがない。
「さて、誰からこの結界地獄に引き込もうかしら…」
「メリー!やめてよこんなこと!」
私が彼女の狂気とも取れる行動に止めに入ると、彼女はせっかくいいところなのにと私を睨み、主人公面をしてる馬鹿にもう用はないと言って私の周りを結界で囲む。
私が主人公だって?冗談じゃない。ただのメンヘラで、自傷癖もあって、人からは後ろ指を指されるだけの私が?
「さて、yagumo.exeにも組み込んだ私の霊能力!その目で体感して…え?」
私はメリーの結界から抜け出し、彼女の懐に潜り込む。結界は私のことをどこまでも口を開けて追ってくるが、まさか主人である彼女を刺すことはしないだろう。
もちろん、そんなことは私の頭にはない。私はあんなことを言われていても、まだ頭のどこかで彼女の真実が嘘であることを信じている。
「メリーの身体って良い匂い…洗剤も、高いもの使ってたよね。」
「はぁ?あんた、この状況分かって…」
「分かってるよ。分かってるけど、もうずっとこのままで…」
「……!ふざけるな!私はあんたのことなんて嫌いだ!」
張り付く私を突き飛ばし、こいつと居ると狂いそうだと言って結界を開く。玉兎達は彼女を追おうとするが、そんな玉兎達を差し置いて青髪の少女が私の代わりにメリーを捕らえる。
「待って!嘘だよ、そんなこと私は信じない!紫が…あれほど幻想郷を愛している妖怪が人造の妖怪だなんて!」
「紫?」
結界に逃げようとする彼女は、にとりの泣きながらの質問にきょとんとしたような表情をして彼女を見る。
せっかく、紫が結界によって博麗神社を塞いでいるのは人造の妖怪が攻め込むことを防いでくれているのだと思っていたのに、と彼女は続けた。
メリーはしばらくは一体何のことかと豆鉄砲を食らったような顔を続けたが、彼女の話を聞くにつれて表情を変え、にとりの質問に反応する。
「ああ、なるほど!そういうことね。2016年の世界から頭についていたけど、やっと分かったわ。八雲紫…No.2804のyagumo.exeは幻想郷でそんな風に名乗っているのね!」
メリーの反応に、にとりは彼女はNo.2804なんて名前ではないとメリーの胸倉をつかむ。
「おかしいと思ってたんだ、でも…でも!やっぱり紫が人造の妖怪だなんて信じられないよ!」
「そう、なら守り続ければいいんじゃない?悪いけれど、我々にとって幻想郷の計画は過去のものでしかないわ。幻想郷はあなた達には大切な故郷でも、我々にとってはただの産業廃棄物。燃えないゴミは所詮燃えないゴミでしか無いのよ。」
「お前!一体お前達は何のために幻想郷を侵略したんだ!そのせいで私達の故郷は壊滅して、霊夢や魔理沙も死んで!おまけに月の都に滅ぼされようとしてる!そんなことをしたらまた竹取の翁の時と同じ、いや、もっと沢山の命が犠牲になる!」
「ふうん。そんなにあの産業廃棄物が大事なら、No.2804…八雲紫だっけ?そいつを殺して博麗大結界を破壊すればいい。簡単でしょ?とにかく、私は今も昔も郷少年の研究で忙しいの。うまく産業廃棄物の処理にかこつけてテールを見ようと思ったのに。これじゃあ使えないじゃない。」
メリーはにとりの腕を振りほどき、結界の世界に消えた。逃げるなとにとりは叫ぶが、既にそこに結界はなくなっていた。
ところが、兎達や颯斗が唖然としていて、にとりがその場に立ち尽くしている間に新たな結界が出現し、私達はそこに真っ逆さまに落ちてゆく。
唯一冷静であった私は落ち行く颯斗を結界の外に投げ、早くこのことを神綺様と魔界兵にとだけ言い聞かせた。
音は聞こえない。颯斗の心配するなという口パクだけを見て、私はうなづいた。
穴の先はどこに繋がっているのだろうか。もうメリーには絶交宣言のようなものをされてしまったので、もう都合のいい世界には飛ぶことはあまり期待しない方がいいのかもしれない。
拝啓、菫子さん。あなたのいなくなった世界は少しだけ寂しそうです。
闇市は、私があなたを追って行った頃には綺麗さっぱり無くなっていました。夜中あれだけ作戦を練っていたのですから、きっとみんなが幸せになれるような結末を描いたのでしょうね。
お店をゆっくり紹介できなかったことは残念です。しかし、突然のお別れなどいくらでもあるから、またいつか会えるよと言ったあなたの言葉を信じています。
颯斗は忙しそうでした。私が手伝おうかと話すと、今は少し忙しいからと相手にしてくれません。また友達と秘密基地の奪い合いでもしているのでしょうか。
手紙のお返事、楽しみにしています。そういえば、私はあまりお花をたしなむことはしないのですが、闇市の跡地に落ちていたからあげるとルイズから赤い花を貰いました。沙羅双樹という花だそうです。
さて、そろそろ手紙を取りに行く時間です。この時間になると、いつも郵便屋さんがチャイムを鳴らしてくれます。
それにしても、今日は少しおかしいのです。普段はお母様宛にしか手紙は届かないのですが、今日だけは私宛にお手紙があると聞いたのです。
一体何のお手紙なのでしょう。菫子さんからのお返事にしては早すぎますね。
それでは菫子さん、また逢う日まで。
榊原翼