「どうやらお目覚めのようですね。」
私が結界の中に落ち、目を覚ますとメトロポリスの服を着た女性が倒れた私をしゃがみ込んで見ていた。
それからしばらくして、身の回りの風景が見えるようになった。やっと起きたねとケーキを玉兎と二人で食べる鼓石に、未だに目を覚まさぬ純白の天使。
この光景が異様に見えるのは私だけであろうか。そう思って、私はメトロポリスの人間らしき彼女に思い切って話しかけようと思った。
しかし、そんな私の不安はわずかな時間で解決した。私よりも早く目を覚ましたであろう玉兎は私を起こして、私に事情を話した。
「違うわ。このお方は綿月豊姫様。私達の主人よ。今はメトロポリスに潜伏しておられるから、あんな服装でいるの。」
「あ、そうだったの…って、綿月!?じゃあ依姫さんの…」
「姉です。メトロの方では主に情報検閲の仕事をしています。ですから、あちらの世界のことは大体分かりますよ。」
それから豊姫さんは色々なことを教えてくれた。過去に幻想郷を結界によって閉ざした計画や、博麗の巫女による幻想郷の監視システム。そして、その結界の核たるyagumo.exeの実態も。
豊姫さんはしばらくすると、私達に最後の一つとなる世界への遠征を頼んだ。その世界は、メトロポリスがかつて幻想郷計画によって異世界化した成れの果ての世界であるという話だ。
「そこへ行って、何か意味があるのですか?もうyagumo.exeの正体は分かったのに、今更何を…」
私がそれの理由を聞くと、彼女は特に意味はありませんと、案外あっさり答えた。
ただ、その最後の一つとなる世界には天邪鬼による根強い支配が残り、それは地元の妖怪や人間を苦しめているから、それを和らげてくれないかというのが彼女の一縷の望みであった。
「別に強制はしません。あなた達が嫌なら、元の世界に帰っていただいても構いません。もともと、あなた達が本来の旅路を行くことはマエリベリーの作略ですからね。」
そもそも、反社会軍に対してあんな野蛮な解決法しか持たぬ人間達に期待などしていませんと、冷たい言葉で返された。
「悪を征し、正を主張する。それは一見当たり前のように見えます。穢れた人間はそうしていつの日も、血色の結末を描いてきました。女王卑弥呼の願いも叶わず、イエスキリストの処刑や中大兄皇子と在原業平による蘇我氏の虐殺に始まり、源平合戦や豊臣氏の他国侵略、その豊臣氏も、時代と共に抹殺されました。これらは全て、悪を征して正を主張してきた結果です。」
「…知らないです。」
「正の名の下に、どれだけの死体が埋まっているか考えてみなさい。アドルフ・ヒトラーの大虐殺はご存知ですか?あれも、現地の人々は正義であると考えていたようですよ?穢れは生まれて死ぬこと、ですが、他の五つの世界の人間が穢れ呼ばわりされることは、あながちそれだけではないみたいですね。」
「…分かりません。」
「分かりませんって、あなたがやったんじゃあないの?挙句には責任逃れなんて、本当に地上の人間は穢れているのね。」
「別に、そういう意味じゃないです。正義だとか悪だとか、私は考えたこともないってことです。でも、人間をその二つに分かつとしたら、私は間違いなく悪です。鎖に繋がれたことだってありますから…」
「なるほど、要は咎人ってことね。」
妹さんよりも扱いやすくて楽だわ、と彼女は鼓石とレイセンが囲んでいる机の紅茶を飲み、あなたなら大丈夫と私の頭を撫でた。
意味がわからない。今更の話で悪いが、豊姫さんやメリーがそこまで私に固執するのかが私にはわからない。
「イエス…キリスト…様?」
豊姫さんの先ほどの言葉に反応したのか、冷酷な天使は目を覚ます。どうしてかは知らないが、彼女は両腕を縛られた状態で放置されていた。
「蓮子に鼓石…?なるほど。あんたらグルだったのね。」
リネアは私達を見るなり、両腕が使えないにもかかわらず、酷い形相で私達を睨みつけてきた。その眼光だけで全てが無に返されてしまうほどに、その光は私達を捕らえていた。
ヤバい。確実に、話せば分かってくれるような状態ではない。恐らく、このままでは全員まとめて…
「まったく、人の話を聞かない天使ね。レイセン、対処しなさい。」
「はい、豊姫様。」
豊姫さんが指を鳴らすと、リネアを縛りつけていた拘束具が外れた。レイセンをその腕で倒すことができたのなら、その時は好きにしなさいと豊姫さんはリネアに語りかけた。
「倒す、と言うことは殺しても良いの?相変わらず…」
そうリネアが煽り返そうとした瞬間、彼女の身体は吹き飛び、部屋の中の壁にめり込む。その後、レイセンは不意打ちは卑怯でしょと話すリネアをそっちのけで壁から彼女を剥がして打ち上げる。
「いい加減にしなさいよ!」
ここにきて、彼女は初めてレイセンに攻撃を返す。かつて悪魔を焼き尽くした聖なる炎を矢に込め、その攻撃をレイセンに打つ。
しかし、その炎は彼女には当たらない。レイセンはリネアの攻撃を軽々しく避け、刀に手をかけ、彼女の翼に彼女の眼と同じ色の傷をつける。
リネアも相当戦闘慣れしているだけあって、その程度の傷では悲鳴一つ上げない。代わりに彼女は、左側から弓矢の一撃を浴びせる。
その攻撃に、レイセンは反応しない。彼女は攻撃に息を切らし、その間にリネアはもう一撃攻撃を喰らわせようとする。
だが、その攻撃は通らない。レイセンはそれを受け止め、赤い目を彼女に合わせる。
「幻波、赤眼催眠!」
リネアはその狂気の瞳を前にして、目の前が真っ暗になったような感覚に襲われる。レイセンはその隙にと、彼女に二回目の攻撃を仕掛けようとする。
今度は翼を攻撃するまでには至らない。リネアの攻撃が不安定なことは裏目に出て、彼女は上手く攻撃を当てられない。
そして、逆にその傷は、リネアの道しるべとなってしまう。
「光臨、ガブリエルの預言!」
リネアは痛みの方向に弓矢を引き、緑色のオーラを帯びた光の矢を放つ。その矢はリネアの手から離れると、英語の文章をレイセンの前に提示する。
やがてその文章の光はレイセンとリネアの傷を癒し、リネアへの赤眼の力は失われる。
「あら、凄い能力ね。神の力を借り受けてるの?依姫が見たらびっくりするわ。」
「借り受けてる?そんな恐れ多いこと、できる訳ないじゃない。これは我々キューピッドが、大天使様達の力を真似してるだけよ。本物の大天使様の力はこんなもんじゃないわ。本物のガブリエル様のお力は、死者の蘇生すら容易なのよ?」
でも、あなた達が「能力」と呼ぶような力と言うのならそうかもしれない。リネアは答えて笑った。どうやら誤解は解けたようだが、それでもリネアはレイセンと戦闘を続けていた。
「さあ、穢れし地上人への贖罪の時間よ!光刑、ゲヘンナへの追放!」
リネアが羽を開いてうずくまると、辺り一面が白い光で覆われた。その光はしばらくすると消滅したが、代わりに何故だか身体の中から力が抜けていくような感じがした。
しかし、それとは真逆にレイセンはただ眩しいだけと言ったような表情をしている。それを見てリネアは一瞬おかしいと言ったような表情をしたが、次第に、そういえば玉兎に効かないじゃんというような表情をした。
「なるほど。リネア、相手が悪かったわね。月の民以外が相手なら勝ってたわよ。」
「ったく、一々言わないでよ!仕方ないわ。こんなくだらない戦闘やってらんない。」
あの金髪、止めなきゃいけないんでしょ?リネアは申し訳なさそうに私の肩を叩き、ちょっと頭が冷えたわとレイセンの紅茶を飲み干した。
そういえば、スミ達は今頃どうしているのだろうか。私は気になって豊姫さんに聞くと、彼女は黙って扉を開けた。
「リネア、頭が冷えたところで菫子ちゃんに何かあるんじゃない?」
「ないわよ。別に私が悪い訳じゃ…」
扉を開けた先に居たスミはそんな彼女に対して再び怒りを露わにし、膨れ上がってその場から立ち去った。
やれやれねと豊姫さんは呆れ、菫子ちゃんやにとり、それから鈴仙にはあなた達とは別の仕事を頼むと言った。
「レイセンをつけるから、あなた達三人は先ほど言ったように最後の世界に向かいなさい。あとリネア、敢えてあなたの解決方法はノーコメントにしておきます。しかし、魔界ではアレで良かったけれど、最後の世界…邪気世界でアレが通じるかどうかはあなたが考えなさい。」
あんまり正義にかこつけて虐殺していると、いつか翼が穢れに汚染されて、ルシフェルみたいに翼が真っ黒になるわよと豊姫さんがリネアに脅し気味に話すと、リネアはルシフェル様みたいに、と聞いて顔を真っ青にした。
「ごめんなさい!本当にそれだけは勘弁してください!そんなことをしたら天界にいられなくなるどころか、殺されちゃう!」
リネアはすぐさま豊姫さんに泣きながら土下座するが、豊姫さんは別に私がどうこうできる話じゃないでしょと切って捨てた。