スペルカード・ルール
果てなく続く、灰と化した世界。まるで隕石などによって滅んだあとの世界のようだ。
ビルには苔が生え、ガラスは全て割れている。空は生憎の天気であり、誰かが生活しているようにも見えない。
コンビニなどに入っても、そこには商品一つ置いていない。代わりにその場所の生き物達は巣を作り、その場にびっしりと生えた植物を食べながら生きていた。
「これって、もう住んでたみんなは死んじゃったのかな?」
「でしょうね。でも一体何でこんなことに…」
よく見ると、飛び散ったガラスには血がこびりつき、何もないと見過ごしたビルの下敷きには大量の骸骨が埋まっていた。その骸骨からは、わずかばかりだが腐った肉の匂いがした。
鼓石の言うように、すでにこの世界に人は居ないのかもしれない。しかし、豊姫さんは現地の人や妖怪を救ってくれと言っていた。
まるで人気のしないこの世界に、本当に人や妖怪などいるのだろうか。確かに生き物は先ほどのコンビニに住んでいたが、あれが妖怪と言うことは流石に無いだろう。
というか、そもそもこの果てなく続く世界の一角に住んでいると言うのならば、探すのに一体何年かかるか解ったものではない。
とりあえず、私達はビルの中を探してみることにした。ビルには旧式のパソコンやクリップボードなどがあったが、どれも植物が植えており、とても使えるような状態ではなかった。
何故だか、その世界は私達がスミを広いに下った2016年の世界に似ていた。コンビニやビル、それからアニメグッズを売る店にコーヒーショップ。どれも人は居なかったが、何故だか懐かしいと言ったような雰囲気であった。
「幻想郷…にとりの故郷って、どんな世界なのかしら。」
リネアが不意に、私に話を振ってきた。そんなことを言われても、私だって行ったことのない世界だ。私達の世界と陸続きとは言われているが、それが本当なのかすらもわからない。
「幻想郷は、博麗の巫女によって守られていることは御存知ですよね?」
不意に、レイセンが私に話しかけてくる。彼女は幻想郷に何度か赴いたことがあるらしく、色々なことを聞かせてくれた。世界観としては私達の田舎とさほど変わらず、こんなにビルも無く、住民達が外界の物を得るためには香霖堂と呼ばれる店か、鈴奈庵と呼ばれる古本屋に行く他はないという。
この世界は幻想郷とはかけ離れているが、仮に未来都市と呼ばれる世界の遺産がこの世界に流れ着く、「幻想入り」と呼ばれる現象が起こったのならば、こんな世界でも不思議ではないと言った。
「ふうん…やけに詳しいわね。本当に何度か赴いただけなの?豊姫みたいに、スパイでもやってたんじゃないの?」
「いえ、「私は」そんなことはしてません。」
「私はってことは、誰か幻想郷にスパイがいたのね。」
「ええ…かつて幻想郷を月世界の別荘にしようと、潜伏していた仲間がいたので。」
「なるほど、そういうことか。ならばお前達はここで始末させてもらおう。」
リネアとレイセンの会話に、物陰から誰かの声がした。その声に慌てて振り返ると、先ほどまでは誰も居なかったビルの一角に、黒い髪をした少女が私達を見下して立っていた。
どうして、さっきまで人の気なんて全く感じられなかったのに。彼女はビルから飛び降り、私達の前にその姿をあらわす。
彼女は鼓石を睨み、頭に装着している機械から何枚かのカードを生成した。
「ちょ、ちょっと待って!私達、別に侵略者なんかじゃない!」
「関係ない。お前達は、この幻想郷に潜伏していたと言ったな?つまり、お前達はこの幻想郷の人間ではない。外の世界の連中であることにも変わりは無さそうだ。お前の着ている服は、紛れもない外の世界の服。ならば排除するに値する!」
外の世界の服…そうか、この世界はメトロポリスの幻想郷計画の成れの果て。彼らが外の世界であるメトロポリスを憎んでいるとするならば、鼓石の服装を見ただけで襲いかかってくることは必然か。
仕方ない。戦うしか…
「悪いが、お前達の好きにはさせない。ここは私達の縄張りだ!スペルカード・ルール適応!」
私達が戦おうと身構えると、彼女は結界を作り出して私達を引き込んだ。無限に広がる透明な結界。
私達はそれからしばらくして、あることに気づいた。超能力や魔力、自分達の力を全く出すことができない。間違いなく、完全に能力を封印された。
「この結界内では、スペルカード以外の攻撃は全て無効となる。結界から出るには、いずれか一方の絶命もしくはスペルカード切れしかない。つまり、スペルカードを持たぬお前達は、私のスペルカードによる一方的な攻撃を防ぎきるしかない。」
「ちょっと待って!スペルカードって何!?てか、そんなの…」
「知りたくば、このスペルカードの奇襲に耐えてみせるんだな!いくぞ!」
《呪精「ゾンビフェアリー・アルファ」》
彼女が先ほど生成したカードをかざすと、カードが消滅し、骸骨の形をしたオーラの塊が彼女の周囲を舞う。やがてオーラは光を吸収して、骸骨の中はオーラに満たされて行く。
「あの光、私達に襲いかかってきますね。これは当たったら怪我じゃ済まなそうです!」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃ…!」
澄まし顔をして見るレイセンに慌てて話しかけると、彼女は焦ると余計敵の思う壺ですよと笑う。そして、数秒で骸骨の中の光は横殴りのシャワーのように私達に降りかかる。
「私、あんまりお姉ちゃんに深く関わったことがないんです。月の都でも、私が助けたことがないから、私のことを助けてくれないと思ってました。」
「ふうん。」
「私、逃げてたんです。昔っから、お姉ちゃんには自傷癖があって、お父さんには邪魔者扱いされてました。でも、お父さんは私には優しかったのです。運動会でも頑張れば褒めてくれるし、言うほど家はお金持ちじゃないけど、たまには贅沢もしてました。」
「それで?」
「でも、お姉ちゃんはいつもお留守番だったんです。両親に聞いても、レンは病弱だとか何だとかしか答えてくれませんでした。だから、私も気づかないうちにお姉ちゃんにかかわらないほうが、お姉ちゃんの為になるなんて思うようになっていったのです。」
「それ、本当に昔の話?」
「はい。お姉ちゃんは私に優しくしてくれました。月の都でも、現実から目を背けて生きることを春秋さんに注意されました。だから、私はもうお姉ちゃんとは…」
「それって、今のお姉さんが変わったから付き合えるの間違いなんじゃない?」
「えっ……」
「今、お姉ちゃんは私に優しくしてくれましたって言ったよね。じゃあ、もしその「お姉ちゃん」が昔みたいに戻ったらどうするの?」
「それは…」
「解らないよ?ははっ、もしかすると、あなたの前でだけ愛想振りまいてるのかもしれないよ?ひょっとしたら、今もあなたの目の見えないところでリストカットでもしてるかもしれないよ?」
「そんなこと……」
「それが人間って奴だよ。人の知らないところで汚い所を曝け出して、人の前では何でもないような顔をする。そればかり好きだというのならば、あなたは結局逃げていることに変わらないよ。」
「…嘘だ、そんなことあるわけない!」
「ほら、また逃げてる。結局何も変わってないんだよ。君は。」
「逃げてない…だって、だって私は!」
「逃げてるよ、スミは。」
「菫子、逃げてるわ。」
「スミ、逃げてるよねぇ…」
「ええ、逃げてるわ。だらしない菫子。」
「逃げてばっかり、恥ずかしくないの?」
「あらら、菫子ちゃんまた逃げてるんだ。」
「逃げてばっかの菫子なんて嫌い!」
「逃げてない!私は逃げてなんかない!やめてよ!みんな、そんな目で見ないでよ!お願いだから、私のことを…!」
存在もしない仲間の声が、彼女を極限までに追い詰める。ついに菫子は、耐えきれずにその場から逃げ出した。部屋を抜け、廊下の先までたどり着いて扉を開ける。しかし、そこには内側から鍵がかかっていた。
「ほら、やっぱりね。」
扉からわずかに漏れる光。その光は、グチャグチャに壊れた菫の花と、黒い着物の少女を映し出していた。
でも、やっぱりたまには逃げなきゃ辛いよ。