ある女浮世絵師と版元の使いっ走り。

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画師の女とあんころ餅と

 

 長屋の戸を引き空けたら、いきなり小皿が飛んできた。俺の顔をすれすれで壁にぶち当たり、砕け散る。墨がそこかしこに飛び散った。

「なんでぃ。いきなし」

 框(かまち)に腰掛け、座卓の前で背を丸めている女に声をかける。

「うるさいねえ」

 声だけ寄越すが、紙との睨めっこをやめず、筆を滑らす手も止まらない。

 少しも経たないうちに女は呻き声をあげ、髪をかきむしった。かと思うと、描いたばかりの紙をぐしゃぐしゃに丸めて俺の顔めがけて投げつけてきやがった。俺はひょいと首を傾げる。

「なんで避けんのさ!!」

 ますます女がいきり立つ。俺はくつくつ笑った。

「その不機嫌な顔もかわいいねえ」

 尻を滑らせ、草履を脱がずにすむぎりぎりのところまで彼女に近づく。

 女は白けた顔で鼻を鳴らした。

「団子」

 そっけなく言って、白い手の平を差し出す。俺はぽんと包みを置いてやった。

 女は胡坐をかいた脚の上に包みを広げた。

「駄賃ももらってねえんだ。愛想くらい寄越してくれたっていいじゃねえか」

 笑いながら、からかい半分に言ってみた。まあ、この女が俺に向かって『ありがとう』なんて言った日にゃあ、天と地がひっくり返っちまうか。

 案の定、女は指についた餡子をしゃぶりながら、「あぁ」と俺を睨んで寄越した。

「お前んとこの頑固親父がさっさと寄越せってうるせえから、こちとら寝食惜しんで描きまくってんだ。団子くらいで恩を売るんじゃないよ。ケツの穴の小さい男だねえ」

 むしゃむしゃと、墨だらけの手であんころ餅をほお張っている。こんなところが、俺は嫌いじゃない。

「ごちそうさん」

 大きめのあんころ餅ふたつをあっという間に食い終えて、女は再び座卓に向き直った。包みは床に放った。すぐ側には敷きっぱなしの煎餅布団。

「なあ、いっぺん俺とも遊んでみなって」

 めくれてくしゃくしゃになった薄い掛け布団を見ながら俺は言った。

「楽しませてやるぜ?」

「へぇー」

 ようやくまともに、女が俺の顔を見た。

 視線はそのまま下って股間で止まる。

「どの口が言うんだか」

「本当だって。試してみなよ。今が買い時だって」

「フーン」

 気の無い返事をしながら、女は座ったままこちらに擦り寄ってきた。

「どれ」

 俺の衿をつかんで顔を引き寄せる。

 いきなり口を合わせてきた。

 舌をつっこまれ、無遠慮にまさぐられる。

 餡子の味がする。

 ハッとしてこちらも負けじと絡ませた。

 が、すぐに女は身を引き剥がした。

「いまいち」

「くそっ。厳しいねえ」

 女が笑った。

「なんだい、そのタコッ面。ぶっさいくだねえ」

 からからと笑って女はまた作業に戻った。

 それを見ながら、俺は口端についた餡子を舐めとった。

 くそ甘ぇ。

 


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