ゼロの使い魔と伝説の勇者   作:過労死志願

12 / 56
アルビオン動乱

 ルイズは目の前で起こった出来事が理解できなかった。

 

 今まで信じていたワルドが、実は自分を必要としていないことを悟ったことはまだいい。人に失望され、失望することは慣れている。ありもしない自分の力を信じて疑わないワルドは少し狂信者じみていて不気味だったので、むしろ結婚しなくてよかったという気持ちが彼女の中を占めている。

 

 ワルドが実はアルビオンの貴族派――彼ら流に言うなら『レコン・キスタ』だろうか?――だったことも……まぁいい。何とか飲み込もう。いまでも少し信じられないが、彼と最後に会ったのはもう何年も前のことだ。その間に、彼の身上に何があったのかは知らないし、知りたくもない。

 

 おかげで「人を見る目が意外とないんですね!」と、バーシェンと合流した時にバカにしてやろうと思う程度の余裕はある。

 

 

 まぁ、ただの現実逃避と強がりで、本当は余裕なんてなかったが……。

 

 だが、最後の一つは許容できなかった。

 

「なんで……」

 

 戦場では人が簡単に死ぬ。ライナの言葉が頭をよぎる。

 

「なんでよ……」

 

 ワルドの杖に貫かれ、真紅の血を吐きながら倒れていくのは……先ほどまで優しく微笑んでくれていたウェールズ皇太子。

 

 絶対不可侵とおそれ敬っていた王族が……人の命が、簡単に、あっけなく、まるで路傍の石ころのようにどうでもいい存在となって……散っていく。

 

 ウェールズの胸から杖が引き抜かれるのと同時に噴出した鮮血が、まるでそれを直に教えてくれているかのように見えた。

 

「いや……」

 

「さて……ルイズ。君ともお別れだ」

 

 ばたりと倒れたまま動かないウェールズ皇太子。それを振り返ろうともせずにこちらへと歩み寄ってくるワルドを見て、ルイズは思わず後ずさる。

 

「……助けて」

 

 泣きそうになったルイズを見て、ワルドはため息まじりに杖を構えた。その杖をとりまくのは風の刃。メイジが近接戦闘の補助として使う基本魔法……ブレイド。

 

 どうやら痛めつけられることはないようだ。と、ぴたりと心臓に向けて構えられたそれを見て、自分の死に直面しているというのに、どこか冷静な思考がそうルイズに告げる。

 

 しかし、そんなことが分かったところで自分の命が助かる要因には一つもならなかった。

 

 今の彼女がわかっていることは、あれほどの鋭い突きを放つワルドの攻撃を自分がよけることができないだろうということと、自分の命があと数分も経たずに消えてしまうという事実だけ……。

 

「本当に残念だよルイズ……。さようならだ」

 

 油断も、隙も……葛藤すら見せず、冷徹な瞳でルイズを見つめていたワルドは、自身にかけた魔法のアシストも借りて《閃光》の二つ名に恥じぬ、神速の刺突をルイズに向かって解き放った。

 

「……助けてよ」

 

 自分に向かって弾丸のように打ち出される死の閃光。ルイズはそれに涙を流しながら、

 

「助けて……サイトッ!!」

 

 最後にそう叫び、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女はいつまでたっても自分に死を告げる衝撃が訪れないことに気づき、ゆっくりと目を開ける。

 

「よぉ……意地っ張りなご主人様」

 

 そして、彼女は見た。

 

「よんだか?」

 

 全力疾走してきたのか、ほんの少しだけ呼吸が荒い……でも、街道で見たライナやフェリスよりも頼もしい、自分の使い魔の背中を。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ガリガリと耳障りな音を立てながら、鉄製の軍杖とデルフリンガーがわずかな火花をこぼれさせながらつばぜり合いを展開している。

 

 本来なら鍛え上げられた軍人相手に、このような拮抗したつばぜり合いを演じることなどサイトにはできない。

 

 しかし、今のサイトは確かにワルドと張り合っていた……いや。むしろ単純な膂力ではワルドをすら圧倒していた!

 

 その理由はひどく単純。

 

 いろいろ言いたいことはあるが……。いろいろと文句はあるが……。それでも……そこそこ気に入ってはいた自分の主人を、この男が手ひどく裏切ったからだ!!

 

 サイトは怒りの炎に身を焦がす。

 

 確かにルイズは気に入らない部分が多々ある。

 

 高慢ちきで、上から目線で、自分を犬呼ばわりするし……いや、むしろ下僕扱いするし、好感度は最悪だといっていい。

 

 だが、それでも……。

 

「こんな可愛い女の子泣かせやがって……。男として恥ずかしくねェのかよ」

 

「!?」

 

 怒りに燃えたサイトの言葉を聞いたルイズは思わず顔を真っ赤にするが、今のサイトはそれに気づくような状態ではない。

 

 溢れ出す怒りを現すかのように、ゆらゆらと揺れながらサイトの体にまとわれていく力。ガンダールヴの恩恵。その力が《主の敵を打倒せよ》と、サイトにささやく。

 

 だからサイトは、

 

「お前は……絶対に、ゆるさねぇえええええええええええええええ!!」

 

 怒りによって助長されたガンダールヴの恩恵を発揮し、弾丸と見まごうほどの速度でワルドに向かって切りかかった!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 この前戦ったときより格段に速い!? と、ワルドは自分に向かって突撃してくるサイトを見て、ピクリと片眉を動かす。

 

 人間というものはどれほど努力をしたところで、そこまで素早く成長できるものではない。特に移動速度……すなわち脚力というものは、長年の研鑽で体を作り上げないとなかなか上がらないものだ。しかし、目の前の少年はあっさりとその壁を越えて見せた。

 

 ガンダールヴ……なるほど、伝説といわれるだけのことはある。と、ワルドは素直にそのことに賞賛しつつも、

 

「だがそれだけだ」

 

「!?」

 

 あっさりとその攻撃をかわして見せた。

 

 怒りのあまり動きが直線的。おまけに思考も曇っているのか、サイトが振るう剣の軌道は歴戦の戦士であるワルドにとってひどく読みやすいものだった。

 

 力はあるが……戦略がない。これだったらまだ亜人のほうが怖い。それが、現在のサイトに対するワルドの評価だった。

 

「それにしても……どうしてこの場所が分かった使い魔君? ああ……その瞳に主の危機でも映ったか?」

 

「うるせぇ……お前に関係ないだろ!!」

 

 怒りに燃える視線を向けてくるサイトに、そのまま怒り狂った魔獣の姿をかぶせながらワルドは嗤う。

 

 それでは、君は一生私には勝てない……と。

 

「それにしても理解しがたい……。お前をさげすみ、蔑視するルイズが危機に陥ったからといって、なぜわざわざ死地に戻ってきた? まさか……主人相手にかなわぬ恋でもいだいたか? 使い魔風情が。貴族であるということ以前に、あのプライドが高いルイズが、家畜のような存在の平民である貴様を、恋愛対象としてみるとでも思っていたのか、バカバカしい」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら、さらにサイトを挑発するワルド。そうすることによって、サイトを包み込む力がさらに増していくのがわかった。

 

 おそらくあの力は怒りや悲しみといった強い感情を使用者が持つことによって増減する。だが、問題なのはそれほど強い感情を持っていながら、戦闘中に正しい判断が下せるかどうかだ。

 

 ワルドの予想では、サイトの人格ではそんな器用な真似はできない。おそらく彼の動きは怒りが膨らめば膨らむほど直線的に……愚直になっていくだろう。

 

 そしてその予想は、

 

「うるせぇええええええええええええええええ!!」

 

 見事に的中する。

 

 自分に向かって、剣を刺突の構えで振りかざし突撃してくるサイトを見て、ワルドはさらに笑みを濃くする。

 

「サイトッ!?」

 

 いつの間にか倒れ伏したウェールズのもとに歩み寄っていたルイズが悲鳴のような声を上げる。どうやら、客観的にこの戦闘を見ていた彼女はワルドの狙いに気づいたらしい……が、いくら叫ぼうがもうすでに手遅れだ。

 

「お休みだ……。使い魔君」

 

「!?」

 

 にやりと不敵に笑った、ワルドはあっさりとその身にサイトの刺突をくらい……心臓をその剣に食わせた。

 

 それと同時に現れる、聖堂の巨大なハリから落下してくる人影……本物のワルドが、サイトに向かって魔法を放つ!

 

「なっ!? ワルドが……二人!?」

 

「風の真髄を開帳されて死ぬのだ……せいぜいあの世で自慢しろ、伝説(こっとうひん)!!」

 

 空中で凶悪に笑うワルドが放つのは、エア・カッター……真空の刃! トライアングルの魔力で編まれた巨大で鋭利なみえない刃は、上空からサイトを裁断せんとその凶悪な力をふるった。

 

 その時だった、

 

『おぉ!! 思い出した。思い出したぜ、相棒!!』

 

 サイトの手元からそんな間抜けな声が上がり、まるで操られるかのようにサイトの腕が不自然な軌道を描く。

 

『お前ガンダールヴか!? 懐かしいなァおい!! だったら俺がこんな恰好じゃしまらねーな!』

 

 その言葉を発するのは、サイトに握られた錆びた剣。それは、主人の体を少しだけ乗っ取り、真空の刃を迎撃する!

 

 そして、魔法で編まれた真空の刃をとんでもない速さですいこんだそれは、

 

「俺は6000年ほど前にお前(・・)に振るわれてたんだぜ?」

 

「で、デルフ?」

 

 見る見るうちに自身に浮いた錆を弾き飛ばし、研がれたばかりのような光を持った、立派な剣へと変貌を遂げた。

 

「さぁて相棒! こっからが本番だ……。このガンダールヴの左腕『デルフリンガー』様がやる気出したからには、相棒は一騎当千の戦士だぜ!!」

 

 絶望的な戦場を打破するために、新たな伝説が目を覚ます!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「いや~。てんで忘れてたわ。あんまりに世の中つまんねーことばっかりだから、隠居するために自分の体錆させてたんだった。いや~悪い悪い」

 

「「早くいえっ!!」」

 

 あっけらかんとした様子で、特に悪びれた雰囲気も見せずそんなこと言ってのける愛剣に、サイトとルイズは思わずツッコミを入れた。

 

 しかし、そのおかげでサイトの頭はずいぶんとクールダウンされ、怒りに満ちた心は冷静な判断が下せる程度まで鎮静化した。

 

 その分ガンダールヴの力が減少してしまったが、今のサイトにとってはまず冷静さを取り戻すことの方が重要だったので、結果オーライだろう。

 

「サイトっ!!」

 

「!?」

 

 一瞬気の抜けた空気を何とかしたかったのか、それともサイトの様子を見て先ほどのように無視はされないと踏んだのか、ルイズはデルフの態度にため息を一つついた後、サイトに向かって声を上げる。

 

「ウェールズ皇太子殿下は……重傷を負ってるけど、まだ生きているわ!!」

 

「っ!? 本当かルイズ!!」

 

 慌ててサイトが振り返ると、そこには倒れ伏したウェールズをあおむけにして、不器用に止血を施そうとしているルイズがいた。どうやら、サイトとワルドが戦闘をしている間にウェールズの体をそこまで動かしていたようだ。

 

 サイトの目から見ても、ウェールズ皇太子の怪我は元の世界だったら間違いなく致命傷ものだった。だが、ここは魔法が実在する世界。サイト自身も一度だけ、強力な魔法がかけられた薬を使ってもらい一命を取り留めた経験がある。

 

 おそらく、あの状態でも何とか助けられる薬があるのだろう。

 

「……私の、ことは、いいから……早く逃げ……」

 

「黙っていてください!!」

 

 しかし、あまり予断が許された状態でもないらしい。かすれた声で自分を見捨てて逃げるように告げるウェールズに対し、ルイズは泣きそうになりながら手持ちのマントや服の袖を使いウェールズの傷口を抑えていった。

 

「サイト……勝って!!」

 

 そしてルイズは、涙でうるんだ瞳を使い魔に向けそう懇願する。

 

「私を見限ってもいい。私が嫌いでもいい……。私をさげすんでくれてもいい……なんでも、なんでもするから!!」

 

 この人を助けるのに……力を貸して!! 

 

 ルイズの声にならない頼みを聞き、

 

「ああ……。わかってるよ」

 

 落ち着いた心の中に、強い何かが宿るのをサイトはしっかりと感じ取った。

 

「俺は……ゼロの使い魔だぜ」

 

 左手を取り戻したガンダールヴは、本来の力を発揮しながら強敵を打ち倒すため再び剣を握りしめる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 参ったな……。

 

 自分に向かって先ほどの怒りににごった視線とは違う、刃物のような鋭い殺気が乗った視線を向けてくるサイトを見つめ、ワルドは少しだけそう思う。

 

 あの速度で冷静な判断力を持つ戦士……。正直かなり厄介だ。と……。

 

 そして彼は一度だけ戦ったことがある、東方からやってきたメイジ殺しの剣士を思い出していた。

 

 『ヒテンミツルギスタ~イル!! あれ? 通じない? 何で?』などと、意味不明なことを言う変態だったが、戦闘となるとその雰囲気は一変。いまのサイトの数倍は鋭い殺気を放ちながら神速の『居合抜き』とやらを放ち、メイジの体を魔法ごと切り裂くその姿は正直いまでもワルドのトラウマのとして残っている。

 

 サイトはさすがにそこまでは至っていないようだが……すんなり勝てるかどうかはかなり微妙だった。少なくともワルドの勘では、片腕の一本ぐらいはとられるだろうという未来のビジョンがやけに鮮明に映し出されている。

 

「フッ……だがまぁ」

 

 勝てないわけでもないか……。

 

 ワルドはそう思いながら、こちらの出方をうかがっているサイトを見つめて不敵に微笑む。

 

「では使い魔君。仕切り直しといこうか」

 

 その言葉と同時に、あたり一帯に風が吹き荒れ!

 

「なっ!?」

 

「先ほど見せた風の真髄……。これこそが、その本当の戦闘姿さ」

 

 ワルドが5人に増えていた。

 

「風の至宝にして最奥……偏在(ユビキタス)!!」

 

「分身かよ!?」

 

「そのような無粋な言葉で説明をつけないでほしいな。風は遍在する……風の吹くところに何処ともなく彷徨い現れ、そしてその力は距離によって比例する」

 

「なっ!?」

 

 そして、そのすべてが見覚えのある仮面を着用するのを見て、サイトはフェリスが拷問して聞き出していた黒幕らしき仮面のメイジのことを思い出す。

 

「お前が……俺たちを襲わせた犯人かよ!!」

 

「バーシェン卿をここに呼ぶわけにはいかないからね。さすがの僕でもあの方が相手では若干分が悪い」

 

 だから、こっちに向かっていた君たちをダシにして、戦力を分断させてもらったのさ。悪びれもなくそう告げるワルドに、サイトはさらに怒りの感情を強める。

 

 こいつは……自分を信頼してくれていたルイズを、初めから裏切るつもりだったのだと理解したからだ。

 

「やっぱりお前はゆるさねェ」

 

「許してくれと……頼んだ覚えはないが?」

 

 仮面をかぶっていないワルドは不敵な笑みを。剣を構えたサイトは怒りに燃える瞳を向け双方の武器を相手へと向ける。

 

 そして、二人が自分の足に力を籠めお互いにとびかかろうとした時だった!

 

「っ!? 無粋な真似はやめろ、《水獣》!!」

 

「!?」

 

 突然目を見開いたワルドがそんな怒声を上げるのと同時に、サイトの首筋に氷柱をつっこまれたかのような悪寒が走った!!

 

「暗殺者に何を求めている、ワルド? 私は騎士でもなければ貴族でもない。戦い方が無粋なのは当然だ。あと、その二つ名はやめろ。目立ってしまうだろうが」

 

 何処からともなく聞こえてきた少しだけ高い女の声(・・・)に、慌ててふりむいたサイトは、

 

 足元から突然湧き出るように現れた水の獣によって、左腕を食いちぎられた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「相棒!?」

 

 千切れとんで腕に握られたデルフの悲鳴が、

 

「っ!? サイトォおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 顔を真っ青にしたルイズの絶叫が、サイトの耳をたたく。

 

 そしてサイトは見てしまった。自分の腕が無残な傷口を晒し、大量の血液を噴水のように吹き出させる光景を。

 

「が、がぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 予想外の場所から発生した激痛に、サイトは思わず悲鳴をあげ、地面に倒れ伏しのた打ち回る。

 

 そんなサイトの背後にはいつの間にか出現していた、漆黒のマントとフードをかぶった女性が複雑な模様を刻んだ仮面をかぶりながら立っていた。

 

「時間かけすぎだ。もうすぐ王軍とレコンキスタの激突が開始される。貴様の最後の任務は内部から王族派の主要貴族を暗殺し、王族軍を混乱させることだろう。ウェールズの暗殺がすんだのならばたかだか学生程度、捨てておけばいい」

 

 この程度のやつらなら、いくらでも処理できる人材はいる。言外にそう告げながら、のた打ち回るサイトが鬱陶しかったのか、その体を踏みつけサイトの動きを封じる女性。

 

 その右手に輝く水色の指輪から、透明な水の獣が湧き出すところをサイトは目撃した。

 

「な、なんだ、それ!?」

 

「きさまが知る必要はないな」

 

 痛みのあまり掠れてしまうサイトの問いかけを耳ざとく聞きつけた女性は、仮面の中から覗く瞳からサイトを睥睨しつつそう吐き捨てる。

 

 そんな女性の姿に、ワルドは舌打ちを漏らしながら杖に装填されていた魔力をキープして暴発を防ぐ。

 

「そいつは伝説だ。私自身が手を下さないと予想外な反撃を喰らう可能性があった」

 

「伝説? この程度の相手がか?」

 

 心底不思議そうな雰囲気を漏らしながら首をかしげる女性に、ワルドはため息を漏らしつつ女性から警戒の視線を外そうとはしない。

 

 この女……仲間からも相当警戒されているのか!? サイトは痛みで鈍る脳を何とか動かし、この意味不明な状況を理解するための全力を尽くす。

 

「同じ伝説の使い手のお前にとってはそうなのかもな。四獣の聖騎士の宝具もつお前なら……」

 

「くだらない。私の伝説はただの偶然で手に入ったものだ。褒められてもうれしくないな」

 

 伝説? 四獣の聖騎士? なんだいったい? 何を言っているんだ!? 痛みで混乱した脳で必死に状況を理解しようとするサイト。しかし、

 

「まぁ……。ワルド。とにかくさっさと戦場へ行け。私は暗殺者だ。表舞台に立つわけにはいかない」

 

「だが……ガンダールヴとルイズは?」

 

「安心しろ。私が処理する」

 

 状況はサイトが理解することを待ってくれるほど、悠長な性格ではなかったらしい。

 

「これは十分舞台裏だ」

 

 女性がそうつぶやくのと同時に、先ほど指輪から湧き出した水の獣がサイトの左腕を食いちぎった時と同じように巨大な咢を開き、サイトの頭を食いつぶさんと近づいてくる。

 

「さ、サイト……逃げてっ!!」

 

「相棒、逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ルイズとデルフリンガーの悲鳴をどこか遠いところから響き渡ってくるように感じながら、サイトは自分の死を覚悟した。

 

「ああ……。クソッ……死ぬんなら、最後ぐらい格好つけて死にたかった」

 

「残念だったな少年。だが、人間死ぬときなんて、大体こんなものだ」

 

 最後に非情すぎる女性の声を聞き、サイトはゆっくりと目を閉じた。

 

 そして、

 

 

 

…†…†…………†…†… 

 

 

 

「風よ……有れ!!」

 

 すさまじい轟音が、サイトの鼓膜を震わせ、

 

「くっ!?」

 

「私の弟子(ドレイ)予備軍に何をしている?」

 

 そんなとんでもない言葉がサイトを励まし、

 

「さて……裏切り者を粛清するとしよう」

 

 灼熱の大気をまとった、絶対零度の言葉がサイトの目を開かせる。

 

「あ……」

 

「サイトッ!! 無事か!!」

 

「ふむ。どう考えても無事じゃないな。とりあえず団子を食べろ! 団子は万能健康食品だ! これさえ食べれば失った腕もにょきにょきと……」

 

「それじっさい起こったらかなりホラーだと思うのは俺だけなのか!?」

 

「おい、そこの怠惰バカに団子バカ。下らん雑談してないで、さっさとガキどもをお前たちの竜に乗せろ」

 

 そして、目を開いたサイトの視界には、

 

「あ……」

 

 頼もしい援軍たちが立っていた。

 

「遅れて悪い」

 

 腕を失ったサイトが殺されそうなのを見て気を失ってしまったルイズを風の獣に護衛させながら、水の獣を、薄い緑色の風の獣で消し飛ばしたライナ。

 

「ふむ。それもこれもすべて貴様が『うへへへへ! あっちに美女の臭いがする、うへ』とか言いつつ寄り道をしたりするからだな」

 

「俺そんなこと言ってねぇえええええええええ!? というか空で寄り道ってどうすんだよ!? おまけにこっちに到着すんの遅れた原因は、お前が解体した船に乗っていた人たちの救助活動してたからだろうがァアアアアアアアア!! ホントお前ぶっ殺す……ああ!? ご、ごめんフェリス!? 冗談! 冗談だから!! もう二度といわないからゆる……グボファ!?」

 

 黒ずくめの女暗殺者を殴り飛ばしサイトから引き離した後、ついでとばかりに怒声を上げるライナと殴り飛ばすフェリス。

 

「さて……ワルド。覚悟はできているのだろうな?」

 

「後ろの光景は全力で無視する方針でいいんですね?」

 

 何となく疲れ切った雰囲気をながすバーシェン宰相。

 

 何とも締まらない援軍だったが……今のサイトたちにとっては、だれよりも頼もしい援軍だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 響き渡る怒声と、爆音。巻き上がる黒煙が、人の死を……戦の臭いを上空まで届けてくる。

 

「クソッ……」

 

 巨大な薄緑色の竜を駆る気だるげな雰囲気を出す男――ライナは、その光景を見て思わず自責の言葉を漏らした。

 

 指輪の力を借り何とかアルビオンに到達したライナたちは、上空からルイズたちの姿を探していた。

 

 指輪の力は風の獣。どうやらこの指輪は《風坐の指輪》だったらしい。ライナはそれを四苦八苦しながらなんとか制御し、たまに学園の上空を飛んでいた竜の形へと獣の形を変形させた。

 

 おかげで疲れ知らずの足ができたのだが、獣だったら十頭は操れる指輪が竜になると三頭しか制御できなかった。そこからかんがみるに、指輪を使いこなすにはまだまだ訓練が必要なようだった。

 

「おい……ライナ・リュート。まだか? 戦争が始まってしまったぞ」

 

「そんなすぐに見つけろって言われても……。ああ、もう! メンドくせぇ」

 

 いつもと変わらぬ悪態をつきながら、しかしいつになく真剣な色を宿した声で、ライナは後ろに乗っている宰相に返事を返す。

 

 そう。戦争が始まってしまった。アルビオン滅亡が決定する最後の戦争が……。

 

 ライナたちは間に合わなかったのだ。

 

 人の命が簡単に散る……人間同士の殺し合い。……見慣れた戦場の風景。

 

 またたくさん人が死ぬ。その中にルイズとサイトがいるかもしれないと思うと、ライナの焦りはさらに募っていき彼の冷静な判断力を奪った。

 

「クソッ……」

 

 ライナが再びその言葉を漏らした時だった。

 

「ライナっ」

 

 宰相の背後に座り、ライナと同じように鋭い視線で戦場を見回していた相棒――フェリスが突然声を上げた。

 

「あそこだ」

 

 フェリスが指をさしたのは、戦時中とは思えないほど小奇麗な印象を受ける礼拝堂。流石は宗教が根強い世界だ……。ライナの世界の宗教大国ルーナと同じ気配をにじませる礼拝堂に少し感心しながら、幼いころから鍛え上げられ続けたライナの瞳は、窓から覗く中の光景をしっかりととらえた。

 

 そこには……腕を失い血まみれになって転がっているサイトと、それを殺そうとしている水でできた獣が佇んでいて、

 

「っ……!!」

 

 ライナは思わず絶句した。脳裏に浮かぶのは自分が助けられなかった人たち。

 

 弟子として育てたある少年の両親。自身が通っていた学校で仲良くなった気さくな仲間たち。そして、あの赤毛の……。

 

「ライナ」

 

 瞬間、ライナの後頭部に衝撃が走った!

 

「イッ!?」

 

 突然の不意打ちにライナは思わず声を上げるが、衝撃を打ち込んだ主はその声すら待たずライナを怒鳴りつける。

 

「呆けている場合か」

 

「あ……。わりぃ、フェリス!!」

 

 相棒……フェリスの怒声を聞いて、ライナはようやく自分を取り戻し素早く判断を下した。

 

 自分のすぐ後ろにいた宰相は既に竜から飛び降り、一直線に礼拝堂に向かって飛翔している。落下速度をそのまま飛行速度に変換しているようなのでかなりの速度が出ていたが、それでは間に合わない。

 

 大方固まったライナを見て「コイツは使えない」と判断して見切りをつけられたのだろう。相変わらず効率的な考え方だったが、ライナとしてはその姿を見てむしろ冷静になれたので、ありがたい。

 

 だからライナはフェリスに頼む。絶対に間に合う策の実現を!

 

「フェリス、頼んだ(・・・)!!」

 

「わかっている」

 

 フェリスの返事を聞いた瞬間、ライナはもう一頭の竜を生み出しとんでもない速度でそれを礼拝堂にツッコませた。ライナの背後にいた相棒は、その上に信じられない速さで飛び乗りその竜とともに礼拝堂にツッコむ。その速度は軽々とバーシェンの飛翔速度を超え、竜の体は瞬く間に礼拝堂へと到達した!

 

 通常の人間なら、これほどの速度で飛行した竜が礼拝堂の壁に激突した瞬間に、その衝撃と吹き飛んだ瓦礫に打たれて死んでしまうだろうが、ライナは相棒のことを信じていた。

 

 だからこそのこの大胆な突撃攻撃。

 

 そして、相棒はその信頼にしっかりと答えてくれる!

 

「ん」

 

 軽くそれだけつぶやくと、竜が壁と激突する瞬間にフェリスは腰に差した剣を一閃。頑丈そうなレンガ造りの壁をまるで紙のように引き裂き、礼拝堂の中に侵入を果たす。

 

 それを確認しながら、ライナはさらに指輪をふるい、

 

「風よ……有れ!!」

 

 今度は風の獣を生み出し、竜と同じ速度で礼拝堂の中にツッコませた。

 

 狙いはサイトを殺そうとしている水の獣。フェリスには、おそらくこの獣を操っているであろう使役者の対処を頼んだ。

 

 いくら遺物の指輪を使っているとはいえ、まさかあのフロワード以上に使いこなしているということはないはず。だったら、あの相棒ならあっさりと指を切り取って指輪使いを無効化してくれるはずだ。

 

 だからこそ、ライナはサイトの助けに専念する。それほど今のサイトは危うい状態だと判断したから。

 

「ほう……意外と使えるではないか魔法使い!」

 

「話は後にしてくれ!!」

 

 ライナが自身の駆る竜を加速しバーシェンを追い抜いた瞬間、バーシェンからそんなつぶやきが聞こえてきたが今は構っている暇はない。

 

 ライナはフェリスが開けた巨大な穴に竜を突撃させ、自身も礼拝堂へと飛び込みサイトをかっさらう。

 

「風よ……有れ!!」

 

 そして指輪をふるうと同時に、風の竜が糸がほどけるように分解され、三頭の風の獣に変化した。

 

 獣たちは瞬く間にルイズのもとへと走り、彼女と彼女が抱きかかえるようにして傷口を抑えていた男の護衛につく。

 

 そこでライナはようやく落ち着いた雰囲気で礼拝堂の中を確認した。サイトの近くに水の獣はいない。先ほどはなった風の獣がうまく撃退したのだろう。ある程度自立行動してくれる遺物で助かった。

 

 そしてフェリスはどうやらうまく指輪の使い手を見つけたらしい。しかしながら、指輪の強奪には失敗したのかライナにしかわからないくらいの表情の変化で、不機嫌さを現している。おそらくフェリスに吹き飛ばされたのだと思われる仮面の女性は、大したダメージを受けた様子もなく立ち上がりローブについたほこりを払っている。おそらく、フェリスの殴打を食らった際に自ら後ろに跳んで衝撃を逃がしたのだろう。

 

 つまり……その女暗殺者は体術もそこそこできるということ示していて、

 

 おいおい……マジかよ。フェリスの打撃受け流すようなやつが指輪使ってるなんて、勝算が……。

 

 限りなく下がる。ライナがそう思いフェリスに注意を飛ばそうとした時だった。

 

 トンっ。という、軽い音ともに怒りに燃える紅蓮の宰相がその場へと降り立った。

 

「さて……裏切り者を粛清するとしよう」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 思わぬところでいい拾い物をした。

 

 バーシェンは保護対象から何とか敵を引き離した後、あくまでサイトやルイズを殺そうと戦いを挑んできた女暗殺者の猛攻を何とか退けつつ、彼の指示に従い迅速に離脱の準備を始める異国の魔法使いと剣士を見つめながらそう思う。

 

 身体能力も、状況判断能力もまるで一流の騎士のようだ。うちのバカ近衛騎士団にも見習わせてやりたいとすら思う。

 

 だが、今はそんなことにかまっている暇はない。そう思い直して、バーシェンは自分の目の前に立つ男へと視線を移した。

 

「……まさか貴様が裏切り者だったとはな。といっても、お前のことは深く知らんから正直そうなってもおかしくないという気構えでいたんだが。意外とうまくいかんものだな……ワルド元子爵」

 

「もう子爵は解任ですか……」

 

「むしろ居座れるとでも思っていたのか? 図々しい」

 

「……まぁ、イイです。レコンキスタがトリステインを侵略すればそれ以上の爵位がもらえる予定なので」

 

「階級目当て……出世目当てでの裏切りか?」

 

 バーシェンはワルドのその言葉に目を細める。

 

「到底信じられんな」

 

「……」

 

「人を見る目は鍛えてきたつもりだ。お前はそんな俗物的理由では動かないだろう? もっと別の目的があるのだろう?」

 

「………」

 

 無言になるワルド。それを見てバーシェンは確信する。この男が何かを叶えたいものを隠しており、それは国を売ってでもかなえたいものだったということを。

 

 だが、

 

「だからといって許してやるわけにはいかないな」

 

「!!」

 

 バーシェンがそうつぶやいた瞬間、彼が着ていたロングコートの袖から、大量の札が吐き出された!!

 

 それらは瞬く間に礼拝堂の中を席巻し、まるで小さな白い鳥が大量に飛び回っているかのような風景をワルド達に提供する。

 

「貴様の願いも、貴様の祈りも……俺にとってはどうでもいいことだ。いま俺にとって最も重要なのは、貴様が国を裏切ったという事実と……」

 

 その時だった、ライナとフェリスと戦いを繰り広げていた女暗殺者が水の獣の一頭をバーシェンに向かって襲い掛からせた。

 

「水よ……有れ」

 

「しまっ!?」

 

「くっ」

 

 サイトとルイズの護衛に集中していた二人は、その急な標的変更に対応することができず、ほとんど素通りといった体で水の獣によるバーシェン襲撃を許してしまう。

 

 だが、

 

「貴様らが……ここで死ぬという未来だ」

 

 突然、何もない空間から湧き出した紅蓮の火柱がバーシェンに向かって襲い掛かってきた水の獣へと降り注ぎその体を弾き飛ばした!!

 

「!?」

 

 この世界の魔法使いには到底反応できないほどの攻撃速度を持つ水獣の攻撃。それが軽々と防がれてしまうのを見て、女暗殺者は仮面の下の目を大きく見開く。

 

「ん? おかしいな。たとえ魔法で作り出されたものだとしても、水ならかすっただけで蒸発するはずだが……。いったい何でできているのだ? その水の獣は」

 

 特に驚いた表情も見せず、特に何の感慨も見せず……鉄面皮を相変わらずに保ちながら首を傾げるバーシェンの周りには、ポツリポツリと真紅の炎の球体が生まれ始める。

 

「まぁいい。どちらにしろ殺すんだ」

 

 死んだ奴の情報など……いらないだろう。

 

 バーシェンがそう吐き捨てたときには、炎の球体はまるでプラネタリウムのように礼拝堂中を埋め尽くし、

 

(Fu)(Fu)(Yan)(Di)(Huo)(Zang)(Liu)(Xing)(Qun)

 

 炎の雨を、降り注がせた!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 バーシェンによって行われる殺戮が始まる前のこと。

 

 クソ……。女暗殺者から救い出したサイトの状態を見てライナは眉を情けなく歪めた。

 

 それはもう明らかな死に体だった。腕を引きちぎられたことによる出血多量。それによって与えられるショック状態を併発し、いつショック死してもおかしくない状態だった。

 

 これが鍛え上げられた軍人だったのならまた話は違ったのだろうが、あいにくと特別な力を持っているとはいえサイトは普通の高校生。腕を獣に食いちぎられて、精神的にも肉体的にも無事でいられる道理がなかった。

 

「ライナっ……サイトはっ!? サイトはっ!!」

 

 そんなライナの様子を見て、先ほど目を覚ましたルイズが泣き声まじりの声をぶつけてくる。

 

 ライナはそれに答えることができない。当然だ……一応ライナは基礎的な医療知識は持っているが、治療魔法なんて上等な魔法は使えない。おまけに、

 

「水よ!!」

 

「くっ!! フェリス!!」

 

「わかっている」

 

 指輪を掲げ尋常ではない速度で動く水の獣たちを使役してくる女暗殺者が、しつこくサイトたちを狙っていた。こんな状況では、ライナが応急処置を行うことすら不可能だ。

 

「ルイズ! 今すぐローブで止血をしろ!! そっちの男は俺が運ぶ!! フェリス……その間、耐えてくれ」

 

「わ……わかった!!」

 

「誰に向かって言っている、泣き虫ライナくん。貴様などこなくても私一人で十分だ」

 

 ライナの苦し紛れの指示に、ルイズは涙を流しながら頷き、フェリスはライナをサイトたちの治療に充てるためにそんな憎まれ口をたたいてくる。

 

 だが、ライナはわかっていた。フェリスが相手取っている女暗殺者は……思っていた以上に強敵だということを。

 

「水よ……」

 

 再び生まれる獣はフロワードが同時に出現させていた獣よりも格段に少ない。しかし、それを補うように水の獣にはある特徴があった。

 

「くっ……」

 

 フェリスは襲い掛かってくる水の獣たちを剣を一閃することで鮮やかに切り裂くが、その獣たちは瞬く間にものと姿を取り戻し、まるで斬撃を食らったことなどなかったかのような素早さで、再びフェリスに襲い掛かる。

 

 そう。水の獣はフロワードが操っていた影の獣とは比べ物にならないほどの、圧倒的な再生力を持っていたのだ。

 

 これではフェリスがいくら獣を切り裂いたところで、これでは完全にイタチゴッコ。先にフェリスの体力が尽きる。

 

 おまけに女暗殺者は水の獣をまるで壁でも形作るかのように展開しており、物量攻撃によってフェリスの猛攻をしのいでいた。そのため、フェリスは女暗殺者に近づけないでいる。

 

 明らかに手数不足……。ライナが加わらなければ、間違いなく彼女の剣は女暗殺者には届かない。 

 

 だが、ライナも離れるわけにもいかない。ライナがこの場を離れてしまえば、サイトを治療できる人間がいなくなってしまう。

 

 冷たい現実を再確認してしまい、ライナが悔しそうに風の獣によってこちらに運ばれてくるルイズと、水の獣と交戦するフェリスを見比べた時だった。

 

「ら……ライナさん」

 

「!? サイトっ!!」

 

 今まで意識を失っていたサイトが突然目をさまし、残った右腕でライナの服をつかんだ。

 

「お、おれのことはいいから……あの暗殺者を……」

 

「けどっ……お前は!!」

 

 死にかけているんだぞ……。ライナのその言葉をさえぎるように、かすれた声でサイトは叫ぶ。

 

「俺……弱くて、使えなくて……自分で守るって決めた女の子を泣かせちゃうようなダメなやつですけど」

 

 傷口からの出血によって体力が奪われたサイトの絶叫はちいさく、弱々しかった。だが、その声は確かにライナへとどき、

 

「俺のせいで……その女の子を守れなくなってしまうような情けない奴には、絶対になりたくないんです!!」

 

「っ……!!」

 

 ライナはサイトの決意の言葉に目を見開き、

 

「必ず助ける……待ってろ」

 

 それだけ告げて相棒のもとへと走り出した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 フェリスは自分の隣に立った相棒の姿を見て、無言で剣を構えなおした。

 

「いいのか?」

 

「いいわけあるか……だから」

 

 人を死ぬのを何より嫌う情けなくて……優しい相棒が本気になって彼女の隣に立っている。

 

「2分だ。それ以上の時間をかけると……サイトがやばい。できるか? フェリス」

 

「誰に言っている。この天地開闢美少女天使フェリスちゃんの手にかかればあの程度の三流ブス、敵ではないな」

 

「え~? あいつブスなの? 仮面つけててそんなのわかんないじゃん」

 

「だからこそだ。ああいった手合いは、私のような美少女を目の前にすると眩しすぎて目をつぶすからな。だからその対策のためにあの仮面を……」

 

 その時だった、若干動きが鋭くなった水の獣がフェリスへと襲い掛かりその首筋に食らいつこうと咢を開ける!

 

 だが、

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)

 

 ライナはとんでもない速度で魔方陣を作り上げ、その中から雷を放出! 水の獣を打ち据えて爆散させる!!

 

「ふん。行くぞ、相棒」

 

「オッケ~。我・契約文を捧げ・大気に眠る悪意の精獣を宿す」

 

 負ける気がしなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 でたらめな奴らだ。女暗殺者は仮面の下の顔をゆがめながら、相手に聞こえないようにそうつぶやいた。

 

 今回の依頼人にやとわれた際報酬まじりの支給品としてこの指輪を渡されてから、彼女が暗殺に失敗したこと……また、戦闘で敗北したことは皆無だった。

 

 彼女としてはこの指輪を渡してきた依頼人は少し胡散臭かったので、この指輪を使うと何となく危ない気がしてあまり多用したくはないのだが、ただの平民である彼女がメイジと真っ向をきって互角に戦うためにはこのくらいの力が必要だった。

 

 だがしかし、

 

「化物かこの二人は……」

 

 先ほどとんでもなく失礼なことを抜かした無表情の女剣士は、ただの剣士とは思えないほどの速度で動き、女暗殺者を守るため壁のように配置した水の獣を瞬時に切り裂いていく。

 

 先ほどまでは再生が間に合う程度の速度だったのだが、今ではもう全く駄目だ。水の獣の再生が終わっている時にはすでに女剣士はかなりの距離を走り抜けており、着実に自分への距離を近づけていた。

 

 もう一人の男の魔法使いも異常だった。メイジとは思えない素早い身のこなしに、見たこともない魔法を駆使し水の獣を消し飛ばしてくる。

 

 厄介な相手だ。おそらくこのまま戦闘を続ければ、自分は負けてしまうだろう。長年の経験から女暗殺者はそのことを確信していた。

 

 だが、

 

「今の私の目的は、別にお前たちと戦うことではない…」

 

 ボソッとつぶやいた言葉が聞こえたのか、女剣士と男魔法使いの視線が女暗殺者のもとに集まった。

 

 それは致命的な隙だ。女暗殺者は仮面の下の口の両端を吊り上げ、指輪をふるう。

 

「水よ……有れ」

 

 ライナとフェリスに向かってではない。こちらに背を向けてワルドを睨みつけている、宰相に向かってだ!! 

 

「しまっ!?」

 

「くっ」

 

「あいにくと状況が変わった……。一騎当千と謳われるあの方が参戦してきた以上、死体になりかけの学生に手をかけてやるわけにはいかない」

 

 女暗殺者はそういいながら、自分の勝利を疑うことなく水の獣をはべらせる。

 

 自信を持って放った一撃が、天から降り注ぐ火柱によって吹き飛ばされるのを見るまでは……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その攻撃は完全な不意打ち。バーシェンが気付けるはずもない、完全な背後からの攻撃だった!

 

 しまった! ライナの思考をそんな言葉が埋め尽くす。

 

 もとよりあの暗殺者は、もう死にかけているサイトなど狙っていなかった。だが、自分とフェリスの戦力はかなり厄介だと踏み、あえてサイトたちを狙うことによってサイトたちがいる場所にくぎ付けにしたのだ。

 

 そうすることにより、バーシェンは誰にも守られない孤軍奮闘。いくら一騎当千とはいえ、その状況で勇者の遺物の攻撃がよけられるわけがない!!

 

 ライナはそう思い、慌てて警告の言葉を発しようとしたが、

 

 

 

 ライナの瞳がそれをとらえた。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 それはまるで粗い水墨画のような術式。世界に干渉しているというのに、どういうわけか融和が取れ、異質感がない自然な……芸術的な術式だった。 

 

 ライナの複写眼(アルファ・スティグマ)ですら、それが魔法の術式だと気付くのには時間がかかった。ライナが、本格的にそれが魔法だと気付いたのは、その水墨画の隙間から炎の柱が降り注いだとき。

 

 水墨画の隙間から、差し込むように現れたそれは水の獣を照らしだし、邪魔だといわんばかりに弾き飛ばす!!

 

「は?」

 

 その瞬間、水墨画は――いや、バーシェンが干渉し水墨画のように並べ立てた光の粒……この世界では正式に《精霊》と認識されている力の固まりは、大きく変動を開始した。

 

 うごめく濁流のように千変万化と姿を変え、無数の隙間を生み出しその中から高密度な力の固まりを作り出し吐き出していく。

 

 そのたびに力の流れは見る見るうちに小さくなっていき、最後に消えたときにはそのすべてが高密度な力の固まりに代わっていた。

 

 赤く輝く紅蓮の光。それを観測した複写眼(アルファスティグマ)は、その一粒一粒が炎の《大規模破壊魔法》だとライナに教えてくれる。

 

「なっ!?」

 

「どうした、ライナ」

 

 ライナはその信じられない光景に、思わず口を開けたまま氷結する。

 

「大規模破壊魔法……」

 

 ライナの世界の大軍用魔法。たった一撃で数百人単位の敵兵を殺す虐殺用術式。

 

 だが、それは本来ならそれを発動するために特別に訓練された魔導師が数十人単位で魔方陣を書き上げ発動するべき高度な魔法だったはずだ。

 

 しかし、目の前の男はたった一人でそれを行って見せた。それもこれほど膨大な数の術式を……!! あの短い時間の間に!!

 

「フェリス、今すぐサイトたちをかばえっ!!」

 

 ライナはそう悲鳴を上げながら、指輪をふるい風の獣をいま作り出せる限界の頭数まで召喚。自分たちに向かって襲い掛かってくると思われる、バーシェンの魔法の余波を防ぐため簡易的なバリゲードを作り上げた。

 

 ライナの死にもの狂いといっていいその様子に何かを感じ取ったのか、フェリスは女暗殺者に向けていた剣を素早く鞘へとしまい跳躍。自分のローブを必死にサイトの肩口へと当てていたルイズを引き倒す。

 

 そして、

 

「水よ……!!」

 

 初めて焦った雰囲気を出しながら女暗殺者が指輪をふるうと同時に、炎の雨は礼拝堂の床へと降り注ぎ、

 

 ゴッ!! 

 

 一気に空気を燃焼する轟音を立てながら爆裂した!!

 

「っ!!」

 

 凄まじい余波が、ライナが作り上げた風の獣のバリゲードをたたく。しかも、その余波だけで十数頭の風の獣が消し飛んだ。勇者の遺物で作り上げたあの獣たちがだ!!

 

「室内でなんて威力の魔法を使ってるんだ!!」

 

 このままでは建物ごと吹き飛ばされる!! ライナがそう思い、何とか威力を減衰させることはできないかとバーシェンの術式に干渉しようとした時だった。

 

 ライナの複写眼(アルファ・スティグマ)がさらに信じられないデータをライナに提示する。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「しまったな……。久しぶりに使ったから少し制御が甘いか?」

 

 仙術……。バーシェンの故郷ではこの魔術はそう呼ばれていた。

 

 当然ハルケギニアにあっていい術式ではない。つまり、彼はサイトやライナ達と同じ……異世界の住人だった。

 

 神仙になるための仙丹研究でいろいろやっていた彼は、ある実験の失敗から異世界への門を開き、そこに引きずり込まれてしまいこの世界にやってきたのだ。

 

 霞を食って生きていけるなどといわれるこの魔術だったが、彼はある事情から神仙に限りなく近づいていながらも最終目標である《世界回帰》に至るまで、俗人と同じ生活を送っていた。

 

 当然突然異世界に放り出された彼が金を持っているわけもなく、ハルケギニアの常識が無かったため職に就いて生活費を稼ぐことすらままならなかった彼は、疲労困憊と空腹でぶっ倒れてしまった。

 

 そこを通りかかったのは当時のトリステイン王。彼は直感でバーシェンが面白い奴だと悟り、彼を助け雇い入れた。

 

 その恩を返すためにバーシェンは自身が生まれた国の哲学や知識を持ち込み、イロイロと問題を抱え込んでいたトリステイン再興に着手したのだった。

 

「いろいろと懐かしいな……」

 

 某烈風とともに駆け抜けた戦場の記憶を掘り起こしながら、バーシェンは己が放った炎の制御(・・)を行い始める。

 

 燃やしたくないものをよけるように。余波が城を崩してしまわないように。敵のみを確実に抹殺できるように……。

 

 彼の世界回帰の対象は《炎》。つまり、彼が仙術を極めた先にあるのは彼自身が炎――炎気となり世界に自我という存在を溶かし込む、自然との一体化だ。

 

 そこに至るための基礎技能として、仙人は自身が作り出した《回帰する対象》を自由に操れる能力を獲得していた。当然それをマスターしているバーシェンが放った炎は、城一つ消し飛ぶ大火だろうが、大陸の地形が変わる業火だろうが彼が指先一つ動かせば従順に従い、焼き払う対象にだけ襲い掛かる。

 

 そう。もちろん……この爆炎もだ!!

 

「身の程知らずの風使い……。己の欲望に焼かれて死ね」

 

 バーシェンが操る炎は見る見るうちにその勢力を縮めていく。

 

 いや……縮めたのではない。一点へと圧縮していっている!!

 

 まるで生き物のように風の獣の壁から離れていく炎を、中にいるライナは愕然とした瞳で見つめていた。

 

 バーシェンはそのライナの態度の気づき、ほう? と関心の声を漏らす。

 

 この光景を見た奴はたいてい「なんだ……もう火力切れか?」と思うものだが……。どうやらあいつは俺がこの炎を操っていることに気づいているらしいな。と、ほんの少しの驚きを込めてバーシェンはライナの瞳を見つめた。

 

 真紅に輝く五芒星。虹彩異常という可能性が無きにしも非ずだが、おそらくは何らこの呪い……もしくは自分と同じように魔法を埋め込まれたのだろう。それによって俺の魔法の正体に気づいたといったところか? とバーシェンは予想する。 

 

 ハルケギニアでは魔法は神聖視されているため、そういった外道実験は行われない。つまり、このライナ・リュートとかいう男は自分と同じように違う世界から来たのか? それなのにこんな面倒な事情に首をツッコむとは何とも難儀な男だ。

 

 ライナのことをそう評価しながら、バーシェンは敵のほうへと向き直った。

 

 そして、

 

「……なにっ?」

 

 マグマに匹敵する温度を放つ圧縮された炎の中で、敵が持ちこたえているのに感づき鉄面皮を少し動かす。

 

 その敵はワルドを後ろに庇いながら、薄い水の膜を自分の周りに展開しバーシェンの業火を防ぎ切っていた。

 

 少し異常な水だなと思っていたが……少しどころではなかったらしい。俺の圧縮した業火を喰らったなら、普通の水ならどれほど強固な魔力を込めようが消し飛んでいる。まさかとは思うが……伝説の四獣の聖騎士の魔法具か? 

 

 ほんの数秒見ただけでその力の正体にあたりをつけたバーシェンは思わず舌打ちを漏らす。

 

「クソッ……。こんな時に面倒な相手を引いた。時間はかけていられない(・・・・・)。手遅れになってしまう前に……」

 

 バーシェンはそうつぶやいた瞬間コートを脱ぎ捨て、

 

「決着をつける」

 

 漆黒の漢字の入れ墨が彫られた……両腕をさらした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。