ライナは見た。
見てしまった。
漆黒の揺らめきを見せる両腕に、ライナの世界ではありえない、魔法であって魔法でない……何か、違うものが埋め込まれていることに。
あれは……あれに準ずるものは……。
「勇者の……遺物か!?」
「それは《異世界の神器》のことか? あいにくと俺の力はあそこまで異質で呪われてはいない」
その言葉が聞こえたのか、漆黒の両腕に魔力を流し込み発光させていたバーシェンはライナに背中を向けながらそう答えた。
「むしろそれに近いのは……貴様の両目ではないのか? 魔術師」
「っ!!」
バーシェンにそう問われ、ライナは思わず目を見開くが、
「水よ!!」
「まぁ……今はその話はいい」
バーシェンの魔術による炎が、完全に引いたのを確認した女暗殺者が水の獣を飛ばしてくるのを合図に、バーシェンは右手を前に突き出しそこに刻まれた魔法を発動させる。
「言ったはずだ。決着をつけると」
バーシェンが呟くのと同時に、漆黒の炎が右腕から湧き出し、
「
その炎が、水の獣を打ち据えた!! それと同時に、ライナの目が再び見開かれ、
「っ!! なんだそれ!?」
絶対に……あの炎は食らうなと。
…†…†…………†…†…
女暗殺者は目を見開く。
ありえない。声にならないこえで、そうつぶやく。
自分の無敗を支えてきた水の獣たち。
その体はもとより属性的に相性がいい炎はもちろん、風の魔法による雷撃すら完全に防ぎ切ってくれる《水でありながら水でない》不思議な液体によって構成されている。たとえ見た目が少々異常な炎であっても、それが炎である限り水の獣たちが屈することは決してないと、彼女は信じていたのだ。
だが、その常識ははかなくあっさりと焼き滅ぼされた。
水の獣を瞬く間に食いつくし、焼き尽くした漆黒の炎が津波となって押し寄せてくることによって!!
「っ!!」
「伏せろっ!!」
先ほどは自分が庇ったワルドが、怒声を上げながら自分に体当たりし覆いかぶさりつつ、エアシールドを張ってくれる。
しかし、その風のシールドすら、黒い焔にふれた瞬間、まるでなかったかのように瞬時に消え去り掻き消える!!
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
自分をかばうようにかぶさったワルドがあげる悲鳴は、黒い焔に対する恐怖の悲鳴か、圧倒的存在に殺されてしまうことへの絶望の絶叫か……。
とにかく、その黒い焔はワルドの最後の小さな抵抗すらあっさりと蹂躙し彼らの体を飲み込んだ!
そして、
「!?」
「なん……だと!?」
黒い焔は彼らの体を素通りすると、金属の装飾や、女暗殺者のナイフ、ワルドの鉄製の軍杖などを焼き滅ぼした後、あっさりと鎮火した。
「俺の
一瞬死を覚悟した二人に、冷たい声が投げかけられ二人は慌てて顔を上げる。
「だが……魔法が使えなくなった身で、はたして俺の魔術をしのぎ切れるのか?」
瞬間! 紅蓮の流星が再び彼らに向かって降り注いだ!!
…†…†…………†…†…
「……ありえない」
まさかこのタイミングで援護が来るとはな。どこまで悪運が強い……あの小僧。
真っ黒な煙を上げブスブスと焦げ臭いにおいを放つ礼拝堂内に、両腕を組んで君臨していたバーシェンはつぶやく。
「やはり……次の攻撃は行わないのですね?」
そこには、彼の目の前には、もう一人新たな敵が立っていたからだ。
口元しか確認することができない巨大なフードをかぶったローブ姿の人物。声からしておそらく女……。そう予想をつけつつも、バーシェンはフンと鼻を鳴らしその人物に向かって傲然とした言葉を放った。
「気まぐれだ。貴様に話を聞きたくなった。ただそれだけのこと……。そこの二人はもう使い物にならんしな」
バーシェンが言葉と同時に顎で示した先には、紅蓮の炎にまかれかけ意識を失ったワルドと女暗殺者が倒れ伏していた。そしてその周りには、
礼拝堂の
ライナや女暗殺者とは格が違う、圧倒的な物量。それを確認したバーシェンは彼女が一筋縄ではいかない存在だと悟りつつも、
「さて……答えろ。貴様は何者で、何が目的で、いったいバックにはだれがいるのかを」
自分の優位性を全く疑っていない様子でそう言い放った。そんな彼の態度に、ローブの女はクスクスと笑い声をあげる。
「ふふっ……。そこまで鉄面皮だと本気でハッタリかどうかわからないものね。でも残念……あなたはもう魔法を打つことはできない」
「何を?」
「体のほうは大丈夫なのかしら?」
「……」
女の言葉を聞き、バーシェンの表情が初めて動く。その表情は……まごうことなき驚愕の表情だった。
「きさまっ……。それをどこで」
「ふふっ……。企業秘密とだけ言っておきましょう」
とはいえ。そういって女は指輪がはまった手を振るうことで獣たちに命令を飛ばし、気を失ったワルドと女暗殺者を回収し、胸元から出した小さなコインを掲げた。
「貴男級の化け物がこれほど早くに参戦してくるなんてこちらも予想外だったの。貴女が魔法を使えないとはいえ、今の私の装備ではあなたを殺し切ることはまず不可能。だから今回は、逃げさせてもらうわね」
女の身勝手な発言に、再び鉄面皮を取り戻したバーシェンは思わず声をあげ、
「させると……」
「思っているわ。あなたが一体何のために、命を削って先代トリステイン王時代にその名を轟かせた《
私にかまかけている暇なんて本当にないのでしょう?
クスクスと不気味な笑みを浮かべながらそういった女がコインをはじく。そのコインはクルクルと回転しながら天高く舞い上がり……目がつぶれるほどの金色の光をまき散らした。
「くっ!! まてっ!!」
バーシェンが怒声を上げ、小さな火球を手元に作りだし女たちがいた方向へ飛ばす。しかし、その威力は先ほど解き放った炎の雨と比べると格段に小さく、その火球は金色の光の中でボンという貧弱な爆発を起こして消滅する。
そして、金色の光は徐々におさまり完全に消えたときには礼拝堂の中は静まり返っており、女もワルド達の姿もなかった。
「……また伝説か。しかも今度は《異世界の神器》使い」
そして……。と、バーシェンはそこで言葉を区切りこちらに向かって走り寄ってくるライナたちを振り返り怒声を上げる。
「何をしているバカ者!! 脅威は去った。いまさら援軍など不要だ。それよりも、さっき腕を食いちぎられていたガキの居場所を教えろ。今すぐにだ!!」
あの女……一瞬だけだが、額が光っているように見えたぞ。内心でそうつぶやきながら、バーシェンは「うぇ~。せっかく心配してやったのに……」「ふむ。貴様はそんなことを言いつつ『ウェ~ッへへへ。あいつが弱っているところを襲ってやるぜ!! 俺は男でも行けるからな!!』と……な、なに!? そ、そんな不埒な真似私が断じて許さん」「フェリス……今そういうのいいから!!」と言い合いを続ける二人にため息をつきつつ、女たちが消え去った場所に背を向けた。
…†…†…………†…†…
狂ってやがる。ライナは敵をあっさりと一蹴して帰ってきたバーシェンを見てそう思った。
途中でやたらと眩しい光が見えたため、ライナはあの戦闘がどんなふうに決着したのか知らない。だが、それでも彼はバーシェンのことをこう評する。
狂っていると。
「あんた……なんでそんなことしてんだよ?」
「ん? あぁ……。やはりそれは魔法を見切る眼なのだな。これは油断した……。できれば他言無用で頼む」
「……そんなこと言っている場合じゃねェだろ!!」
ライナがそう絶叫を上げるのをきき、先頭を走っていたフェリスは不思議そうな視線を向けた。
「あんたの体は!!」
「その話は後にしろ……ライナ・リュート」
しかし、ライナのその言葉はバーシェンのその言葉によって封殺された。
「傷の具合はどうだ?」
「だ、だめなの……。血が……血が止まらなくて」
ローブを血まみれにしながら必死にサイトの止血を行っていたルイズのもとへと、到着したからだ。
「腕ごと切り取られたんだ。大きな動脈や静脈も損傷しているだろう……。圧迫止血では限界がある」
バーシェンはそういうと、再び自分の腕に魔力を通し、
「焼け……
漆黒の炎をサイトに向かって解き放った。
…†…†…………†…†…
「え?」
ルイズは目の前で起こった信じられない光景に、思わず氷結した。
必死に助けようとした……助けたいと思った自分の使い魔が……まるで絶望を現したかのような真黒な炎に、包まれてしまったのだから。
「さいと……。いやぁああああああああああああああああああああ!! サイトぉおおおおおおおおおお!!」
悲鳴を上げ慌てて炎を消そうと、両手でサイトの体をたたき始めるルイズ。しかし、黒い焔はルイズの脆弱な消火活動をあざ笑うかのように、一向にその勢いを衰えさせない。
「きさまっ!!」
そんな彼女の隣では珍しく感情をあらわにしたフェリスが剣を引き抜き、突然の行動の驚愕から立ち直ったライナが魔方陣を作成しバーシェンに向かって構えていた。
「何のつもりだ!!」
「何のつもりだ? 普通に人命救助をしただけだが?」
「あれが人命救助!? ふざけんじゃねェ!!」
ライナの怒声を軽く流し、バーシェンはサイトのほうを指差す。
「よく見ろ、ライナ・リュート。貴様にならわかるはずだ」
「なにを……」
そして振り返ったライナは、
「え?」
「なっ」
「……うそ」
勢いを失い消えつつある黒い炎と……まるで腕を損失したのが夢だったかのように五体満足の状態で安らかに眠っているサイトの姿だった。
…†…†…………†…†…
「俺の
まぁ……体得にはそれ相応の犠牲を払ったが。と、サイトの傷の具合を確認したバーシェンは、ライナをひきつれとある人物のもとへ歩いていた。
フェリスとルイズは置いてきている。あまり聞かれたくない話だし、何より傷が治ったとはいえサイトはまだまだ予断を許さない状況だ。誰かが近くにいた方が安心できる。
バーシェンとしては、ライナもそこにおいていきたかったのだが、あいにくとこいつは自身の秘密に気付いてしまった。ならばそれ相応の話をして口を閉じてもらう必要がある。だから、バーシェンはライナをひきつれ先ほどの事象の説明を行っているのだった。
「先ほどの治療はあの少年が『重傷を負った』という事実を焼き払って消し去ったのだ。それによってあの少年は傷を負ったということ自体がなかったことになり、五体満足な状態に戻ったというわけだ」
「なんつーでたらめな……」
バーシェンの説明を聞きながら、ライナはそう声を上げた。そんな彼の態度に、バーシェン鼻を鳴らし内心で自嘲の笑みを浮かべる。
そこまで便利な魔法でもないし……これの習得条件を知ったら、まず間違いなくライナは嫌悪の表情を浮かべるだろうと思ったからだ。
だから彼は言葉を重ねる。「どうやったらその魔法を覚えられる?」などと聞かれる前に、
「だが、この魔法はデメリットが存在する」
「っ!!」
バーシェンの言葉を聞きライナは固まった。そのライナのしぐさを見て、そのデメリットに関しては大方予想がついているのだろうと判断しつつも、バーシェンは説明をやめることはしなかった。
「というか、この魔法というか仙術全般にかかわるデメリットなのだがな。我々の魔術宗派……『仙道』は最終目標として『魔術による自然との一体化……回帰』を目標としている宗派だ。そのため、それを極めていけば極めていくほど術者の体は魔法となり……最後には」
「消えてなくなる」
ライナがぼそりとつぶやいたその言葉に、バーシェンは鼻を鳴らしながら肩をすくめ、
「還元されるといえ。大自然にな」
平然と言ってのけた。
…†…†…………†…†…
ライナは信じられないという気持ちでいっぱいだった。
初めから消滅することを目的に魔術を極めていく存在がいるなど、ライナとしては信じられなかった。そんな不幸なあり方……信じることができなかった。
「何回だ?」
「ん?」
だからライナは疑問をぶつける。
「あと何回で……あんたは人でいられなくなる」
「……基礎魔法の
そこでライナのほうをふり返ったバーシェンは、二本の指を立ててライナに明言する。
「二回だ。あと二回使ってしまえば、俺の体は完全に魔術になり……この世界の精霊となって消滅する」
それは、完全な人からの脱却を意味し……《人間》バーシェンとしての死を意味する。
「いや……正確に言うなら、あと一回になるのだがな」
「え?」
そして、彼らはようやく目的の人物へと到達した。
ルイズが施した不器用な治療の跡が残る……亡国アルビオン皇太子・ウェールズのもとへ。
…†…†…………†…†…
足音が聞こえた。ウェールズは朦朧とする意識の中でそれに気づいた。
先ほどまで泣きながら自分を看病してくれていた少女の姿はもうない。戦闘に巻き込まれて離れざる得なかったのか、もっとほかの理由があったのかは、彼は知らない。
ただ、
「生きていてほしいな……」
「だったら安心しろ。ルイズはちゃんと生きている。お前よりも大事な人物が死にかけたから今はそっちに行っているだけだ」
「?」
そうつぶやいた時、ウェールズは信じられない声を聞いた。この場にはいないはずの……聞こえてはいけない、あの忌々しい鉄面皮の声。
「……あ」
事実を確かめるために、ウェールズは必死に瞼を持ち上げ声を放った人物を確認する。
「……バーシェンさん」
「久しぶりだな。ボンクラ王子」
彼の視界に映ったのは、相変わらず何の感情も映そうとはしない……微動だにしない顔をした真紅の宰相だった。
…†…†…………†…†…
何とか間に合ったようだな。
かすれた声を出しながら目を覚ましたウェールズを見て、バーシェンはとりあえず安堵の息を漏らした。
死んでいないなら行幸だ。さすがの
だが……。と、バーシェンはウェールズを一瞥した。
「生きる気力がないのはいただけんな……」
「はははは……。仕方ないじゃないですか」
バーシェンの言葉を聞いたウェールズは、かすれた声で笑った。ふがいない自分を……嗤った。
「最後に……貴族らしい死すら見せることができなかった。アルビオンの栄光を、守れなかった」
大方玉砕覚悟で敵につっこみそれなりの被害を与えてから死のう。そんなことを思っていたのだろうとバーシェンは予想する。それなのに、自分はこんなところで死にかけている。部下たちが次々に華々しく散っているというのに……。と、
「だから……もういいんです。死なせてください」
聞きづらい、揺れる声でそう懇願するウェールズにバーシェンは大きくため息をつきながら、何かを言おうと口を開いた。
その時だった。
「えぇっと……ウェールズさんだっけ? ちょっと話していいかな?」
彼の隣から声が聞こえてきた。
…†…†…………†…†…
ライナは涙を流しながら自分を責めたてる死に体の男――バーシェンが言うのは皇太子らしい――をみて、自分の親友の姿に重ねた。
魔法騎士団に仲間を屠られ、自分のせいだと声を上げた友人。そしていつの間にか王になっていたというのに、まだまだたくさんの何かを背負っていた友人。
正直頑張りすぎだとライナは思う。つらいなら……苦しいなら、眠ってだらけてそれが通り過ぎるのを待てばいいのにと思う。
だがその友人は違った。つらいことがあっても、苦しいことがあっても、自分のように逃げたりせず、放り出したりせず……歯を食いしばって『より良い世界』を目指して歩み続けていたのだ。
だからこそライナは言葉を漏らす。友人と同じ王族の彼が、こんなところでいろんなものをあきらめていくのは、見るに堪えなかったから。
「俺の国の王様はさ、仕事バカで物すごっく弱くて、俺のことマダムキラーの変態だとか広める性悪なやつなんだよな」
「……」
「そいつもあんたみたいにいつも泣いていたよ。自分の力じゃ何も救えない、助けたい人を助けられないって……。いつも世界に絶望して、挫折して、泣いていた」
そこでライナは言葉を切り、
「でもさ、そいつは今でも生きているよ。生きて、救えなかったやつら以上の人間を救おうと今でも王様やっている。誰もが笑って暮らせる世界を作るんだって、俺に嫌がらせしながらいつも楽しそうに語ってくれる」
「!!」
ライナの震える声を聞き、ウェールズは朦朧とする意識の中、目だけをゆっくりと動かし声の主へと視線を向けた。
「そいつを見ていた俺だから思うんだ。貴族の栄光とか、王族の責任とか、そんな複雑な話は俺みたいな育ちの悪い奴にはわからないけどさ……。王様の責任って、多分死ぬことじゃないと思うんだ……」
そしてライナは、
「そしてそれ以前に、俺はいつもあいつに思っていたことをアンタにも聞きたい」
爽やか炸裂な笑顔で頑張り続けるあのバカに、言ってやりたかった言葉をライナは代わりにウェールズへと告げた。
「王様云々以前にお前たちも人間だろう。あんたら……やりたいこととか、思い残したこととかねぇのかよ?」
そして最後にその言葉を聞き、
「……あるさ」
ウェールズは初めて涙を流した。
「アンリエッタを守りたかった。アンリエッタを助けたかった。アンリエッタを抱きしめたかった。アンリエッタと笑いあいたかった……」
涙を流しながら、声をからしながら彼は愛しい人の名前を呼び続ける。永遠の愛を誓い合ったある女性の名前を……。
「でも、もう叶わないんだ……。私はすべてを失った。国を失い、部下を失い、地位を失い、父を失った。そんな私が……彼女の隣に立つことなんて」
できるわけがない。
最後に吐き出されたウェールズの言葉に、ライナは思わず息をのむ。そして、ライナは理解した。
あぁ……こいつは、俺と同じように……全部失っちまったんだな。
気が付いた時には両親はおらず、子供時代の友人はすでに死んでいるか、自分を化け物といって遠ざけたか……。
国を出た奴らもいた。そいつらと別れたその直後に入った孤児院の仲間たちは、自分が皆殺しにした。隠成師に入った後出会った人たちは、敵か味方の二択だけ。その味方だって明確に記憶しているのはたったの二人だ。しかもそのうちの一人はすでに死んでいる。
その時ライナは……確かにすべてを失っていたのだ。だが、
『ライナっ! いつまで寝ているの? 授業全部終わっちゃったじゃない!!』
『聞いた話によると、ライナは孤児院の先生に告白したらしい』
『ふむ!! とにかく何が言いたいのかというと、団子とは世界を救う……話を聞け』
次に思い出せるのは、ライナが手に入れていった者たち。
頼んでもいないのに、お節介にも手を伸ばしてすべてを拒絶していたライナを、引き上げてくれた人たちの顔だった。
そんな俺でもここまでこれたんだ。だったら……
「何もないんだったら……あとは手に入れていくだけじゃないか」
「!?」
ライナの言葉に、ウェールズは思わず息をのみ、
「俺だってさ……ホントがんばるとか今でもだるいし、泣きたいほどつらいことあったし、今でもそういったことはあるし、どうしようもなく死にたくなるときだってあるんだぜ? でもさ、そうなったときにかぎっておせっかいで鬱陶しいバカが現れて『死ぬな』っていってくれるんだ。だから……」
ライナが差し出した手を見つめた、
「俺がいずれあんたの近くに現れるバカの代わりに言うよ。死ぬな……生きてくれ」
めんどくさがりやな俺には、このくらいしかできないけど……。ライナのその言葉を聞き、ウェールズは目を見開いた後、
「……っ!!」
涙でにじんだ視界の中で何とかライナの手をつかみ、
「生きたいよ……。生きて……アンリエッタに会いたい」
最後に……ようやく、そういった。
…†…†…………†…†…
変な奴。巨大な薄緑の竜に乗ったバーシェンは、爆音と黒煙を上げるニューカッスルの城を眺めながら今回の旅に同行してきた、異常な瞳を持つ男……ライナ・リュートをそう評した。
暗殺者のような鋭い動きに、《異世界の神器》を圧倒する戦闘能力……そこからかんがみるに、まず間違いなく彼は軍人だったはずだ。
なのに彼は人が死ぬことを極端に恐れた。仲間の少年が死にかけたところを見て取り乱したのはまだわかるが、見ず知らずのウェールズにまで手を差し伸べた理由がバーシェンにはどうしてもわからなかった。
バーシェンなら見捨てている。少なくとも、見ず知らずの人間のために労力を割くほど彼は慈愛に満ち溢れてはいない。しかし、ライナは救った。見ず知らずの……今日初めて会ったばかりの人間を。
「……なぜだ?」
何か目的があるのか? バーシェンがそう思ったとき、
「なぁ」
「ん?」
バーシェンの思考を埋め尽くしている人物がバーシェンの隣へとやってきていた。
「……俺たちがもっと早くについていたら、もうちょっと多くの人を」
「やめろ。救えなかった人間を数えることほど、虚しいことはない」
今は救えた人間のことだけを考えろ。と、言うバーシェンの言葉に、彼の隣に立っていたライナは後ろを振り返った。
安らかに眠るサイトに膝枕をしつつ、竜の背中に生えたとげに背中を預け眠っているルイズ。いつの間にか取り出した団子セットを展開し、すっかりくつろいでいるフェリス。その隣で落ちないように竜のとげに縛り付けられ、寝苦しさにうんうんうなされているウェールズ。
たったこれだけ。彼らが連れて帰れるのは、たったこれだけだった……だが、
「確かに俺たちは……こいつらを救ったんだ」
まぁ、ほとんどが身内なのが笑えないがな。
バーシェンの自嘲の言葉を聞いたのか、ライナは大きな欠伸をしながら腕を伸ばす。
「あんたさ……意外と優しいんだろ?」
「なにを……」
そして唐突にライナが放った言葉に、バーシェンは眉をしかめた。
「だって、ラブレターを手に入れた以上、皇太子には特に用はないはずだろ? だけどあんたはそれをはじめから救うつもりだった。じゃなきゃ、あそこで黒火の使用回数減らしたりしないし」
「くだらん邪推だ。あれはアルビオン皇太子が、トリステインの繁栄のために利用できそうと思ったから行っただけに過ぎない。でなければ貴重な
「ふ~ん。んで? その利用方法って?」
「トリステインが独力でアルビオンを落とす。時間がかかるかもしれんが、船で包囲網強いて貿易管制を行えば、土地がトリステインの次に小さいアルビオンは、他国との貿易による補給という手段が取れず完全に干上がるはずだ。そしてあちらが降伏を申し出てきたときに、完全にアルビオンを掌握し、トリステインの属領とする」
ウェールズという外交カードを手に入れた瞬間、バーシェンの脳内ではすでにアルビオン征服のための手段が組みあがっていた。いくらか面倒な問題が残っているが、バーシェンは十分いけると予想している。
「トリステイン単独で戦争に勝ったのだから他国は口をはさむことはしないはずだ。ましてや、アルビオンの正式な王族は現在ウェールズのみ。そのウェールズも命を助けられたという絶対的な恩義をトリステインにもっているため無理やり『自分に統治権を戻せ』といってくることもないはずだ……。まぁ、予防策として……」
バーシェンはそこで言葉を切り、
「アンリエッタと結婚させて、アルビオン領の擬似統治をさせることもやぶさかでは……おい。なんだその『やっぱりか』といわんばかりの顔は? 本当これは俺の本心とかそんなのではないからな。あくまで国の利益のために……」
「お前はお前でマジメンドくせぇな……」
シオンとは別のベクトルで……。そういいながら隣から去っていく、ライナを見送りながらバーシェンは鼻を鳴らす。
そして彼はしっかりとみていた。バーシェンが最後に行った方策を聞いて、ほんの少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべたライナの顔を。そして、バーシェンはようやくライナのことを理解した。
ああ……なるほど。あいつはただの、
「優しいバカなのか」
死にかけた奴がいたら助けずにはいられない。絶望している奴がいたなら手を伸ばさずにはいられない……そんなお人よしなのだろう。
「まったく……軍人としては長生きできない人間だな」
だが……うらやましい生き方ではある。内心でそうつぶやきながら、金髪の剣士に滅茶苦茶言われた挙句ぶん殴られているライナを見て、バーシェンはほんの少しだけ笑うのだった。