ゼロの使い魔と伝説の勇者   作:過労死志願

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閑話・吸血鬼エルザのト・ク・べ・ツ♡魔法講座!!

 トリステイン魔法学院の昼下がりの庭。そこに設置されたベンチと机には、やる気というものが死滅しきっているとしか思えない黒目黒髪の男がつっぷしており、ぴたりとその動きを止めていた。

 

 その男に近づいていく一つの人影。緑の髪を持ち眼鏡をかけた理知的な美人だ。トリステイン魔法学院学院長秘書……ロングビルである。

 

 彼女は、ベンチと机を一つ占領し固まった男――ライナ・リュートに心配そうに話しかける。

 

「魔法を使えるようにはなったのかい?」

 

 毎日恒例のロングビルのスーパー魔術教室は、現在のところ停滞していた。

 

 ライナがメイジ魔法に必要な魔力の生成にいまだに成功していないからだ。

 

「zzzzzzzzzzzzzzzzzz……」

 

「……」

 

 アルビオンから帰ってきてこのかた、この世界のメイジ魔法について考察を深め、何とか魔力生成に着手しようとするライナを、ロングビルは黙って見守っていた。

 

 しかし、今日に限ってライナの解析の手が止まっているのを見てとうとう行き詰ったかと思った彼女は、意を決して話しかけたのだが、

 

「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」

 

「……………………………」

 

 ライナは寝ていた。もうこれ以上ないといわんばかりの爆睡っぷりだった。鼻提灯を膨らませ、涎を垂らしつつも、座った体勢で完全に固まっているライナはもういっそのこと芸術といっていいのではないかと錯覚してしまうほどの、微妙なバランスで座りながらの睡眠を体現していて、

 

「………………………………」

 

 それを見ていたロングビルはしばらく固まった後、

 

「はぁ。まったく風邪ひくよ?」

 

 自分のローブを脱ぎ、優しくライナに……

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

「「!?」」

 

 かける前に荒まじい悲鳴が響き渡り、ライナを睡眠から引きずりあげ、ロングビルを思わず氷結させる。

 

「な、ななななな!? なんだい!?」

 

「うぇ……え、あ? サイト?」

 

 さすがは元『最高』といったところか。ひたすら混乱を示すロングビルをしり目に、ライナは的確に悲鳴の主を言い当て、思わずその悲鳴が聞こえた方へと合掌する。

 

「い、いや……ちょ、ちょ!!? まって、誤解です!! 誤解なんですっギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

「そ、そそそそ……その年で、る、ルイズと一緒のベッドで寝ているなど……は、は、破廉恥!! やはり男は狼ばっかりなのね!? これはもう、火山大噴火粉じん爆発美少女天使フェリスちゃんが、ルイズちゃんの貞操を守らないと~♡」

 

「い、いや!? 何で突然女口調ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 まぁ、合掌したところでサイトのダメージが軽減されることはないが……。

 

「というか……剣の修行はどうしたんだよ。まぁ、そのなんだ……サイト。ツヨクイキロヨ……」

 

 若干虚ろな目になって遠くを見つめるライナを見て、ロングビルは顔を真っ赤にしていそいそとローブを着こんでいく。いまなら、やり直しがきくと思っているのだろう。

 

 しかし、もともと暗部で油断のならない生活を送っていたライナが、そんな動作を見逃しているわけもなく、

 

「ところで、マチルダ……お前ローブ脱いでなにしてんの?」

 

「……………………………………」

 

 ライナの言葉を聞き、顔を限界まで真っ赤にしたロングビルはローブを着る動作を3倍に速め、着終った後無言で杖を一閃した。

 

「メイク・ゴーレム!!」

 

「え、あ、ちょまっブッ!?」

 

 地面から突き出た巨岩の拳によって、ライナは見事なお星さまとなった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「そ、それで! 魔法が使えるメドはたったのかい!!」

 

「いや……なんかもう、だるいうえに全身痛くて寝たいんですが」

 

「そんな状態で寝たがるとかどんな神経してるんだい……」

 

 華麗にかっ飛ばされた後、這いずるように戻ってきたライナに若干ビビりながらロングビルは疑問をぶつける。

 

 そんなロングビルの態度にあきれながら、ライナはいつものようにだらりとした様子でベンチへと這い上がり、うつぶせの状態でそこに寝転ぶ。

 

「もう……無理無理無理無理無理無理無理。ただでさえあの傍若無人・無表情怪物女に変な夢見せられてろくな目覚めじゃなかったのに、これ以上働けとか本気で無理だって~。おれってばさ~、『メンドクセェ』の『メ』の字を言うことすら『メンドクサっ!!』って思っちゃうようなお昼寝のエリートだぜ? それが何でこんな必死こいて魔法の開発なんてしなくちゃいけねェ……」

 

 その時だった。何処からともなく飛来した大剣が、ライナの顔面スレスレをかすりベンチと机の間にすっぽりジャストフィット。サクッという軽い音とともに地面につき立った!!

 

「……」

 

 思わず無言になるロングビル。

 

「………………」

 

 ギギギギギ……という音が聞こえてきそうな、壊れたブリキ人形に用にゆっくりと剣の方を向くライナ。ちなみにその顔は今までにないくらい真っ青だった。

 

 そして、飛来した大剣――デルフリンガーは、柄についた飾りをカチャカチャとならし震える声で伝言を告げる。

 

「ライナの旦那……フェリスの姐さんからの伝言だ。『あはっ!! あんまりサボっていると、次はこの色情狂みたいに首と体を離婚させちゃうぞ♪』」

 

 やべぇ……とライナは思う。何がやばいって、しばらく前からサイトの悲鳴が聞こえないこともそうだし、何よりフェリスが珍しく女口調を使っていることも通常の理不尽度の数万倍はやべぇ。と、ライナはガタガタ震える。

 

「ふぇ、ふぇ……フェリス!? ちちちちち、違うんだよこれは!? ほ、ほら!! サイトがこの前話していた、あいつの世界にある睡眠学習的なものを試していただけで、決して本気で寝ていたわけじゃ……」

 

 しかし、悪魔はそんな言い訳聞き届けてくれなかったらしい。

 

 再び近づいてくる何かを切り裂くかのような音を感知したライナは、慌ててその場から飛びのき、必死に空中に文字を刻む!

 

「我契約文を捧げ……」

 

「おそい」

 

 しかし、悪魔のほうが早かった。

 

 大分離れた庭の反対側にいたはずの悪魔は、金色の髪をなびかせ目も覚めるような速度でライナに向かって爆走してくるではないか!!

 

 必死に文字を書き上げていくライナ。その速度をライナの世界の住人が見れば、間違いなく度肝を抜かれるほどの速度だ。しかし、悪魔はそのさらに上をいく!!

 

「あはっ♡ 死んじゃえ!!」

 

「こんな恐怖しか覚えない笑顔は初めてだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 魔法の文字が完成する前にライナの目前へと到達した悪魔は、普段は絶対に見せないであろう満面の笑みを浮かべながら、自身の剣をフルスイング!!

 

 ライナは顔を真っ青にして魔法作成を中断。ブリッジするように体をのけぞらせ剣をよける。

 

 空気を裁断し、すさまじい速度で通り過ぎる大剣。鋭く光り輝くその刃はライナの首が存在したところをとてつもない速度で過ぎ去……

 

「って、刃ァアアアアアア!! 思いっきり刃だろそれぇえええええええええええ!? えぇぇえええええええええええええええええええ!? 何で今回は、いつもみたいな打撃じゃ……」

 

 しかし、ライナが言えたのはそこまでだった。

 

 フェリスの神速の一撃を回避するために、無理な回避を行ったため今のライナは隙だらけ。当然フェリスがその隙を逃すわけなく、

 

「ん」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 容赦ないフェリスの蹴りが、ライナに見事にヒット!! 彼の体を天高く打ち上げた。

 

「ん。まったく……またお前は女をはらませることに執心し魔法の研究を怠っていたな。そんな悪い子には美少女天使フェリスちゃんがオシオキしちゃうぞ?」

 

「いや……オシオキ云々どころかあれ死んだんじゃないかい?」

 

 クルクルと錐もみ状に回転しながらしばらく空中遊泳を楽しんだライナは、力なく地面へと落下。その頭を大地に強打した。その際に『アダッ!?』という悲鳴が聞こえたのは決してロングビルの空耳ではないだろう……。

 

 地面にぐったりと倒れたまま動かなくなったライナを見て、ロングビルは思わずため息を漏らすのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「………………………………………」

 

 その頃のルイズは、なかなか帰ってこない使い魔を心配して訓練を行っているといっていた広場に来ていた。

 

 アルビオンから帰ってきてこの方、ルイズはだんだんとサイトのことが気になり始めていた。

 

 自分の危機に立ち上がってくれた騎士。なんて……かっこいいものだとは思っていない。でも、自分のために戦ってくれて、腕一本失う結果になっても自分のそばを離れないといってくれた使い魔。ルイズにとって、好意(まぁ、恋かどうかといわれれば首をかしげざるえないが……)を抱くには十分な理由だった。

 

 それに……

 

『わりぃ……ルイズ。ちゃんと守ってやれなくて……。俺、強くなるから。誰にも負けないくらい……強く!!』

 

「あんな顔して、あんなこと言われたら……心配になっちゃうじゃない、バカ」

 

 アルビオンから帰ってきた夜、ルイズのベッドで寝ることを許されたサイトが漏らした涙混じりの決意の言葉を思い出し、ルイズは思わず眉を悲しそうにしかめた。

 

 あの夜のことは二人だけの秘密だ。いまは誰にも話す気はない……。サイトもそれを望んでいるだろう。

 

 だが、だからこそ……今のサイトの危うさを唯一知ると自覚しているルイズだからこそ、サイトのことを心配せずにいられなかった。

 

 あいつ……無理していないといいけど。ルイズがそう思いながら、広場に足を踏み入れた瞬間!

 

「っ!!!」

 

 ルイズは悲鳴を飲み込んだ。なぜならそこには……

 

 

「てんめぇフェリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 今回ばかりはマジでゆるさねェ!! ぶっ殺してやるから覚悟しやがれぇえええええええええええ!!」

 

「ふん。貴様にこの美しい心根を持つ美少女天使フェリス様が倒せると? 色情狂の分際で……私の神聖さに触れて浄化されるがいいわ」

 

「ちょちょ……ま、まって。待ってください二人とも……せめて俺の避難がすんでからウビュルファ!?」

 

「……魔法の訓練はどうしたんだいあんたら」

 

 なぜか頭に巨大なたんこぶを作って、珍しく怒りに燃えた様子のライナが高速で魔方陣を描きそこから雷を放つ。

 

 いつも通りの無表情でありながらどことなく楽しそうな雰囲気を出している――気がしないでもないフェリスは、その雷を剣で切り裂く。(あれ? 雷って斬れたかしら……と、この時ルイズは率直な疑問を抱いた)。

 

 錬金でも使ったのか、小さな石の椅子を作ったロングビルが紅茶を片手にそれを観戦。

 

 そして肝心な自分の使い魔は……どうやらロングビルのように逃げることはかなわなかったらしく、二人が激突する戦場のど真ん中で悲鳴を上げながら二人の攻撃の余波を喰らいまくっていた。

 

「ちょまって……グボフェア!? あのちょま……アブラフェア!? す、すいません……ちょっと死線くぐったからって調子こいて……アバランチェ!? もうヤダ、おうち帰るぅうううウううううううう!!」

 

 なんかいろいろあったせいで、混乱しているのか情けない悲鳴を上げながら号泣するサイト。そこにはルイズが感じ取り心配していた無茶しそうな悲壮感はまるでなかったのでひとまず安心。

 

 そして、フェリスの剣とライナの魔法が同時にサイトに直撃するのを見て、思わず顔をひきつらせた。

 

 サイトの焦りを取り除いてくれたことを喜ぶべきなのか、それとも遠慮なく自分の使い魔を痛めつけている(本人たちに一切自覚はなさそうだが……)二人を怒鳴るべきなのか……。正直判断に困るルイズだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「話を戻すけど、魔法の習得はできそうなのかい? 今朝になって糸口掴んだとか言っていたけど?」

 

 あれから数分後。フェリスとの激闘を終え、結局予定調和といわんばかりにボロボロにされてしまったライナは、傷ついた体を引きずり何とかロングビルが作り出した岩のベンチまでたどり着いていた。

 

「え? なに? あんたまだ魔法使えてなかったの?」

 

 ライナたちの激闘が終わり、ボロボロになったサイトを何とか回収したルイズは、ロングビルの言葉を聞き少し目を見開いた。

 

 何せ初めて会ったとき、ライナは見ただけで魔法が習得できるといっていたのだ。じっさい特殊な目を持っていたのは事実なのでルイズとサイトはその言葉を信じていたのだが……。

 

「イロイロ事情があるんだよ……」

 

 あちこちに擦り傷や打ち身を作ったライナは、疲れ切った声音でそう返しながらベンチに突っ伏し、一冊の本を取り出した。

 

「なんだそれは?」

 

 ライナを痛めつけて満足したのか、今は穏やかに団子を頬張るフェリスはそれを見て首をかしげる。

 

「いや……。実はこの前の盗賊退治の報酬として学園長に宝物庫の中に入る許可をもらったんだよ。これは、そこで見つけた古文書。どうもあのハルフォード・ミランの手記らしい」

 

「ハルフォード・ミランて……あの始祖の右腕といわれた『四獣の聖騎士』のことかい!?」

 

 しまった……私としたことがそんなお宝見逃すなんて!? と愕然とするロングビルに『お前盗賊やめたんじゃねーのかよ。まぁ、いうのもめんどくさいから言わないけど……』と内心でツッコミを入れつつ、ライナは手記へと視線を戻す。

 

「ここには、聖騎士ミランが行ったある研究に関してのレポートがかかれていてな……。要約すると『精霊魔法使いがメイジ魔法を使うための技術書』なんだよ、これは」

 

「なっ!?」

 

 今度はルイズも驚いた顔をしライナの話に食いついた。

 

「そんな……馬鹿な話があっていいわけないでしょ!! 魔法は始祖ブリミルが私たちに授けてくださった神聖な技よ!! それが、精霊魔法なんてわけのわからないものに複写できるわけが……」

 

「それがそうでもないんだよな……。ロングビル、メイジの魔法系統って土・水・火・風の四属性でいいんだよな?」

 

「あ、あぁ……。それであっているよ。あとプラスで虚無って属性もあるけどあれは伝説だからね……」

 

 今はなくなった系統さ。ロングビルの追加説明に少し頷いてから、ライナは古文書の記述の一部を指差した。

 

「実はここには精霊魔法についての記述があってだな、それによると精霊魔法が操る精霊も四種類『土精』『水精』『火精』『風精』の四種類の精霊と契約を結んで魔法を発動するらしい。つまり、メイジが使う魔力と精霊魔法が使う精霊の魔力は非常に酷似しているって、ハルフォード・ミランは仮定したんだ。そこでハルフォード・ミランは考えた。『この四つの精霊を何らかの方法で変質させることによって、メイジの魔力に似たエネルギーを生成することができるのではないか?』と。そこで考えられた魔方陣が……これだ」

 

 次にライナが開いたページには、やたらと幾何学的な文様が刻み込まれた複雑な魔方陣が描かれていた。

 

「なにこれ? ルーンが描かれていないじゃない。魔法の構文も無茶苦茶だし……こんなもの作ってもなんの儀式も行えないわよ?」

 

「あぁ……。ハルケギニアの魔法使いにとってはそうなんだろうな。だが、俺たちの世界の魔法使いにとってはそうじゃない」

 

 その言葉に今までダメージが抜けきらず、ぐったりしていたサイトが何かを悟ったのか、勢いよく身を起こしライナのほうを見つめた。

 

「もしかして……その聖騎士ミランって人、ライナさんたちの世界の人なんですか!!」

 

 サイトの言葉に、ルイズとロングビルは驚いた様子でライナのほうを見つめた。聖騎士ミランといえばハルケギニアでは『騎士の原点』といわれる最古にして最強の武人。彼が操ったとされる魔術にあこがれ、いまでも多くの魔法使いたちが自身の魔法で操れる獣型のゴーレムの制作に躍起になっていたりする。

 

 あの烈風にカリンですら、若いときには自身の風で竜を作り、箔をつけようとしていたことがあるなどといううわさがまことしやかに流れるほど、彼の知名度は高いのだ。

 

 それがまさか異世界の人間だったとは……。幼いころから彼の英雄譚にふれてきたハルケギニア人としては少し驚きが隠せないでいた。

 

「あぁ。子孫にあったことがあるからまず間違いない」

 

「そ、それって本当!?」

 

「さ、ささ……サインとかないのかい!?」

 

 ライナがその事実を告げると、ほかの二人が勢いよく食いつくほど彼の知名度は異常だった……。

 

 い、いえない……。その聖騎士の子孫は平然と子供殺しに来る暗殺者ですよ? とか口が裂けてもいえない……。

 

 こちらに向かって身を乗り出してくる二人を押しのけながら、自分たちの恩人であり数日の間宿を借りていた青年を殺しに来ていたあの真黒な殺戮者を思い出し、ライナは思わず顔をひきつらせた。

 

「だが、方法が見つかったのならもったいぶらずにとっとと使え。それとも魔法オタクライナちゃんは『うへへへ~。これが俺の世界の魔法なんだぜ~。なんなら手取りあれとり教えてあげようか~』とか言いつつ、ルイズや三流美人を自室へと連れ込み手籠めにしようと……いや~!! そ、そんな……ライナきさま、外道だとは思っていたがまさかそんなことまで!?」

 

 そんな二人をしり目に、フェリスは相変わらずフェリスワールド全開でそんなことを言いながら、ライナに向かって剣を向けてきて……。

 

 それにライナは三白眼を向けながら、何度ついたかもわからないため息を漏らし、

 

「もう……それでいいけど、話が終わるまで邪魔するなよ」

 

「むっ……」

 

「ていうか三流美人って私のことじゃないだろうね?」

 

 サラッと流した。ライナのつれない態度に不満でも残ったのか、ほんの少しだけつまらなさそうな表情を顔に浮かべるフェリス。例によって例のごとく、ライナにしかわからない微妙な変化だったためほかのメンツは気づかなかったが……。

 

 そんなフェリスと、若干額に青筋を浮かべてフェリスを睨むロングビルを無視してライナは話を続けていく。

 

「それがそういうわけにもいかないんだよ……。この魔方陣を使いこなすには、俺の世界ではなかった概念が一つだけ必要になってくる」

 

「それっていったいなんなんですか?」

 

 サイトが首をかしげて訪ねてくるのを聞き、ライナは大きなため息を漏らしある記述を指差した。

 

「精霊魔術――こっちでは先住魔法だったか? それが魔法を覚える前に必ず体得しないといけないとされている特殊技術……精霊を見分ける目が必要なんだよ」

 

 そこにはこう記されていた。『火精2・水精3・土精1・風精4の比率で魔方陣を構築すべし……』という、無情な記述が書き記されていた。

 

「先住魔法ですって!?」

 

「エルフや先住種が使う魔法じゃないか!!」

 

 ライナの信じられない一言を聞き、ルイズをロングビルは目を向いた。

 

「あぁ……。使える知り合いがいないかと思って聞いてみたんだけど……やっぱりだめか?」

 

「ダメうんぬん以前の問題よ!? 先住魔法を使える種族は数いるけど、メイジにとって彼らの魔法は天敵よ!!」

 

「特にその使役者の筆頭がエルフだからね……。メイジはあいつらにいろいろと痛い目にあわされているから、苦手意識どころか忌避感すら持っている感じだね。まぁ、裏の稼業での捕獲や討伐依頼が出たら遠慮なく狩りにいく程度には対応できるけど……」

 

 できることならあまりお近づきになりたくはないね……。ロングビルとルイズの共通見解を聞きライナは思わずため息をついた。

 

 ライナがこの魔法を覚えるためには、精霊を見分ける目が必須だ。なにせ今のライナでは精霊はただの光の粒にしか見えない。どれが火の精霊で、水の精霊かなどと聞かれても首をかしげるしかないのだ。

 

 別にライナの世界の魔法を使う時には困らない。あっちと同じ感覚で並べればきちんと答えてくれる。

 

 だが、それではメイジ魔法は永遠に使えない。この世界に長期滞在するために、できるだけ不自然な点は消して溶け込みたいライナとしては、それではいろいろと問題が発生するのだ。

 

 だが、今の知り合いたちではどう考えても精霊魔法を教えてくれそうな人物のつてがない。いっそどこかに隠れている先住種たちでも探すか……。うわぁ……マジめんどくせぇ。

 

 ライナが若干のあきらめと、再びどこかに旅に出ないといけないという事実の、あまりのめんどくささに打ちひしがれた時だった。

 

「ん、先住魔法? それなら私の団子屋で働いている吸血鬼が使えるが?」

 

 ほんの少し不機嫌そうだったフェリスが、唐突に放った爆弾発言によって、

 

「え…………」

 

「は?」

 

「なっ………!?」

 

「???」

 

 目を見開くライナ。恐怖で固まるルイズとロングビル。そして「吸血鬼なんていたんだ……あ、でもそれって危険じゃないのか?」と元の世界の知識と照らし合わせて首をかしげるサイト。

 

 四者四様の反応を見せた後、

 

「それって本当か!?」

 

 というライナの言葉は、

 

「「きゅきゅきゅきゅきゅ……吸血鬼だってェエエエエエエエエエエエ!?」」

 

「ああ、やっぱり危険だったんだ……」

 

 真っ青な顔をしたルイズとロングビルの悲鳴によってかき消された。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「いくらなんでも怯えすぎだろ……」

 

 首都トリスタニアへの大通りを馬に揺られながら進むライナは、結局ついてくることは断固拒否したルイズとロングビルがいる学園のほうを振り返りため息を漏らした。

 

『なに非常識なこと言っているのライナ!! 吸血鬼って人を食べるのよ!!』

 

『絶対スキを見せるんじゃないよ!! あんたならまず負けることはないだろうけど、でもあいつらは狡猾だからね!!』

 

 学園を出る際に散々注意してきた二人の言葉を思い出しながら、ライナは肩をすくめた。

 

「あいつらわかっていないな~。たとえどんな化け物が出てきたとしても、俺の隣にはあのいじめっ子極悪悪魔のフェリスがいる……」

 

 走る衝撃。鳴り響く打撃音。吹き飛びライナ。

 

 いつものプロセスを経た後、錐もみ状に回転して空中遊泳をした後地面へとばたりと倒れるライナを見て、ライナの馬に追従するかのように歩いていた馬に騎乗したフェリスは満足げに頷く。

 

「うむ。また一つ……変態色情狂の脅威が減ったな」

 

「おい……わりとシャレにならないんだけど?」

 

 後頭部を遠慮なくぶん殴られたためかいつもより揺れる脳に閉口しながら、ライナはふらふらと立ち上がりフェリスを睨みつけた。

 

 そんなライナを見てフェリスは少し安堵したかのような表情で、

 

「チッ……。生きていたのかライナ!! 心配したぞ?」

 

「思いっきり舌打ちが聞こえたんだが……」

 

「生きていたのかライナ!! 残念だぞ?」

 

「舌打ちぬいて本音が漏れてんだけど……。あの、俺に対する配慮とかほんとにしないのお前?」

 

 わりと傷つくんだけど。という、ライナの結構切実な抗議に、フェリスは一つ頷いた後、

 

「ふむ。よかろう。確かに今回はやりすぎた気がしないでもないしな……。この騒ぎの始末は私がつけてやろう」

 

「んあ? 騒ぎ?」

 

 フェリスに言われあたりを見回したライナは、大通りを歩いていた人々がこちらを見て氷結しているに気づき、『あぁ……』と思わず漏らした。

 

 そりゃこんな大通りで人が一人殴り飛ばされたら誰だって驚くだろう。確かにこのまま何のフォローもなしに出ていくのはなかなか問題がありそうだ。

 

 だからライナは少し感心したような視線をフェリスに向けた。

 

「おぉ……。お前もやればできるじゃん。他人への配慮とかできたのな」

 

「当然だ。私は完全無欠美少女天使フェリスちゃんだぞ」

 

 ふふん。と、ライナにしかわからないほんの少し得意げな顔をしながら馬を飛び下りる。

 

「では……」

 

 そして、フェリスは大きく息を吸い込むと……

 

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「………………」

 

 突然かわいらしい女の子らしい悲鳴を上げ始めた。

 

 その声を聞き「あぁ……お前にちょっとでも感心した俺がバカだったよ……」といわんばかりに落ち込むライナ。しかし、事態はそんな彼を置き去りにして進んでいく。

 

「いや……またそんないやらしい目で私を見てぇえええええ!! このストーカー! もう私に付きまとわないでって言ったじゃない!?」

 

「えぇ……。今回そんなめんどくさい設定なの」

 

 というか……そんなことを言っている場合ではなかった。フェリスの言葉を真に受けた人々が一斉にざわめきだし、何人かの人がどこかへかけていく。

 

 おそらく自警団とか駐屯警護兵とかそのあたりに駆け込みに行ったのだろう。

 

「いや……フェリスホント勘弁して」

 

「勘弁してですって!? 私の下着を知らない間に盗んだり、それを頭にかぶって奇声を上げながら街中を駆け回ったりしたくせに!! も、もう、あなたにはうんざりしているの!! 家で暴力を振るわれたって構わない!! 私は……あなたの恐怖と戦うわ」

 

「してねぇよぉおおおおおおおおおおおおおおお!! というか俺からしたらお前のほうが恐怖だわァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 しかし、ライナの魂の叫びは往々にして通じない。

 

「ちょっと君……うちの駐屯所まで来てもらおうか?」

 

 案の定、善良な市民からの通報を受けた警護兵がやってきてライナの腕をつかむ。

 

「あ、ちょ……まって。違うんです……。あれ全部あいつの妄言で……」

 

「君みたいな犯罪者は大体そういうんだよ。署までご同行願えるかな?」

 

 そんなライナの姿に満足したのか「うむ」と頷いたフェリスは、再び颯爽と馬にまたがった後、

 

「ではなライナ。先に団子屋に行っているからさっさと来いよ?」

 

「あ、ちょまて、フェリス。てめぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 後ろから響き渡るライナの絶叫を聞き、フェリスはほんの少しだけ満足げな笑みを浮かべていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「案外下町というのもいいものですねバーシェン卿」

 

「時々はお忍びでこういうところも訪れないとな……。住民の意見を聞くのも政治家の立派な仕事だ。王政の良い点は権力集中による決断の速さとフットワークの軽さだが、だからといって国民の意見をないがしろにしていいということにはならない」

 

 いつものような品質のいいローブではなく、旅人が着るようなすすけたマントをまとった美男子が二人、トリスタニアの大通りを露店の串焼きをほおばりながら歩いていた。

 

 宰相バーシェンと、最近彼のもとで政治の勉強を始めたウェールズである。

 

 アルビオンから命からがらの脱出を果たしたウェールズ皇太子は、渋りながらも自分の国がトリステインに吸収合併されるのを認めアンリエッタとの婚約を行った。

 

 自分の国が完全に消滅するのを是とした彼の気持ちは計り知れないが、少なくとも今は後悔をしている様子は見えない。おそらく、かなりの葛藤の末割り切ることに成功したのだろう。

 

 とはいえ、彼もこのままなにもしない王女の夫という立場に甘んずるつもりはなかった。それはバーシェンも同じだったようで「私に仕事をください!!」といいに行く準備をしていたウェールズの前に現れ「貴様を俺がいなくなった後の次期宰相候補として推しておいた。今からビシビシ鍛えていくから覚悟しておくように」と、先手を打って宣言したのだ。

 

 それから先は大忙しの日々だった。

 

 アルビオンのレコンキスタ駆逐のための空中艦隊の整備やら、「寝取った女のもと婚約者との決着ぐらい自分でつけろ」と「言い方に気を使ってください」アンリエッタにギャンギャン抗議されていたバーシェンから命令をうけ、一人怒り狂うゲルマニアの王に謁見しに行ったりと……。なかなかハードな日常を過ごしていた。

 

 しかし、今日はそんなめんどくさい話を抜きにしての休暇――トリスタニア観光だった。相方がバーシェンというのはいささか不安だったのだが、さすがは市民至上主義の宰相といったところか。彼は、トリスタニアの観光名所や隠れた穴場などを的確に説明し、連れて行ってくれた。

 

 もっとも、『上に立つ者として市民の生活も知っておけ』というのはわりと本気らしかったが……。

 

「さて、次はどこに……」

 

 そして、トリスタニアの大通りで見るべきものは大体見終わった後、次に行く場所を決めるかと地図を広げかけたバーシェンは、突然ある一点を見つめながら動きを止めた。

 

「ん? どうしたんですかバーシェン卿」

 

「………………」

 

 ウェールズの問いかけにバーシェンは答えない。ただ、彼は普段はめったに動かない鉄面皮を見事な三白眼に変えて、ある建物へと向かって歩き出した。

 

 不思議に思いウェールズもその後へと続く。

 

 バーシェンがたどりついた先は、王都警備隊の詰所。

 

 そこでは一人の男がいつものだらけきった態度をけし、もう泣きそうな顔で警備兵に話をしていた。

 

「いや……だから、俺ホントそんなことしてなくて」

 

「いつまでも黙秘していると、ためにならんぞ?」

 

「いや……ホントしてないんだって……」

 

「こんなところで何をしている……」

 

 その男は、ウェールズがアルビオンから逃げ出す際に協力してくれたあの魔法使いで……。

 

「ほんと……何してるんですか……」

 

「フェリスに……はめられた」

 

 その痛々しい声は、ちょっとウェールズの憐れみを誘ったという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「……」

 

 トリスタニアの郊外に位置するとある大きな街道に、その店はたっていた。

 

 その名も《エリスダンゴ店》。結構人気があるというのに小ぢんまりとした店を改装しようともしないその店は、妙な清潔感にあふれる、落ち着いた雰囲気のお店だ。ただ、小さくてボロイというわけではなく、かわいらしいほのぼのするといったイメージを持つ店で、悪いイメージは持ちづらかった。

 

 そんな店の前に一人の男が立っていた。

 

 どういうわけか疲れ切った顔。げっそりと頬がやつれたその顔からは不健康で陰気くさい雰囲気が漂わせながら、目は爛々と殺気を放ちながら輝いている不気味な男。

 

 というか……ライナだった。

 

「フェリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」

 

 結局あの後「貸し一つだ。今度トリステインのためになんかただ働きしろ」というバーシェンの一声によって何とか警備兵から解放されたライナは、自分に無駄な疲れを蓄積させた相棒に復讐するためにとんでもない速さでこの団子屋に……やってきたわけではなく、あちこちのオープンカフェがある店に入り浸り、時々休み、時々昼寝をしながらやってきていた。

 

 というわけで現在の時刻はすっかり夕刻。ちなみに彼が疲れ切った雰囲気を出しているのは『おれ、このまま休みまくったぜ!! みたいな雰囲気で行ったら『私を待たせるとは……いい度胸だ』とかいってフェリスが殴りかかってこないか?』という不安を覚えたため『つい今まで警備兵の連中につかまってたんだぞコルゥア!?』という雰囲気を出すための彼の精いっぱいの演技だったりする。

 

 そんなライナが演技まじりの怒声を上げるのを聞き、店先で掃除をしていた見覚えのある男が「やっと来たか……」といわんばかりの顔でため息をついた後、ポケットから取り出した紙を見ながら、

 

「って、なにそれ?」

 

「ああ……フェリスねぇさんからの言伝っす」

 

 男……元山賊Bはそんなことを言いながら朗読を開始した。

 

「『ふはははははは!! のろまなライナくん、貴様は本当に色情狂でのろまだな。あまりにお前が来るのが遅かったから、エルザと一緒に新しい団子を探求する旅に行ってくる。魔法のことが聞きたいのならゲルマニアの『ニャルラトホ……』なんといったか? とにかくそういったところに来るといい!!』だそうです」

 

「ふざけんなぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 通常だったら軽い冗談だと笑って流すような悪ふざけ。しかし、フェリスの場合はわりとその言葉はシャレにならなかった。彼女が全力疾走すれば一晩でローランドから山脈を越えてイエットに入ることすらできるのだ(彼女より実力が下と思われる槍使いが、これを実行していたのでこれは間違いないとライナは確信している)。トリスタニアから隣国のゲルマニアへ移動するなど彼女にとっては物の数ではないだろう。

 

「えぇ……。マジで? マジであいつ旅とやらに出ちゃったの?」

 

「ええ。そりゃもう楽しそうな声で『ライナの泣きっ面が目に浮かぶわ!』とかいいながらエルザを引きずって地平線の彼方に」

 

「もうそのまま帰ってくんなよ……」

 

 山賊Bが言った光景がまざまざと想像できてしまったライナは、思わず本音を漏らしてしまったが、

 

――ガタタッ!!

 

 店の奥にあるカウンターの影からそんな音が聞こえてきたのを聞き思わず目を細めた。

 

 山賊Bは慌ててカウンターの後ろへと駆けていき、そこにいる何かとこそこそ会話を開始する。

 

 それと同時にどこかで見たことがある白魚のような美しい白い手がカウンターの後ろから突き出され、山賊Bに何か紙のようなものを渡した。

 

 疲れ切った顔でふたたび店先に出てくる山賊B。もう何となくカラクリがわかってしまい黙り込むライナ。

 

 そんな間抜けな光景を展開しながら、二人の寸劇が始まる。

 

「えぇ……ごほん。い、いや~。ライナの兄貴はよくそんな風に姐さんのことを邪険にするけど、姐さんって実はメッチャいい人なんだぜ? 薄汚れた色情狂兄貴なんて『はぁああああ!! フェリス様ぁ……ずっと俺の近くにいてきたない俺を浄化してくださいぃぃいい!!』なんて、泣いて頼みこまないといけないくらい良い人なんだぜ?」

 

「ふ~ん」

 

 もう何がしたいの? といわんばかりに疲れ切った顔で(今度は本当に疲れ始めていた)相槌を打つライナに『すんません……。もうちょい付き合ってください』と必死にアイコンタクトを送りながら山賊Bの茶番は続く。

 

「実は数日前のことだったんだけどよ、フェリスの姐さんが久しぶりにうちの店に訪れたときトリスタニアの貴族のえらいさんが馬車暴走させちゃってね。大通りで遊んでいた子供をあわや撥ねそうにになったんだよ。そこを颯爽と現れたフェリスの姐さんが体を張って子供を助けた!!」

 

「おお……。そりゃすごいな」

 

 まぁ、なんやかんやでフェリスは子供に甘かったりするのでそういったこともするのだろう。と、ライナは思う。前に《あらゆるものを作り出すことができる遺物》の使い手と戦ったときも、彼女は体を張って巻き込まれた子供を助けていた。

 

「そうなんだよ! もうその子供をかばいながら地面に転がっちまったから、もう姐さんはボロボロに傷だらけになっちまって」

 

「ん?」

 

 そんな風にボロボロになってフェリスが帰ってきたことはないんだけど? ライナが山賊Bの話に一瞬首をかしげた時だった。

 

「そんな風に姐さんは子供を助けたんだ!! 1万人ほど!!」

 

「………………」

 

「あわや大惨事を未然に防いだ英雄だよ姐さんは!!」

 

 もう『兄貴……なんかツッコんでください……』という懇願の瞳を向けてくる山賊Bに若干の同情の視線を走らせながら、ライナは思わずその光景を想像してしまう。

 

 暴走し凄まじい速度で大通りを走り抜ける暴走馬車。それに轢かれるのを待つかのようにその進路に一直線に並ぶ子供一万人。それを一人一人ズザーゴロゴロズザーゴロゴロと助け続けるフェリス……。

 

「うん、もう大惨事だね。きっとその子供たち禁呪かけられてるからな? 呪われてるからな? 轢かれるうんぬん以前の問題だからな?」

 

 もう、そんな悪夢としか思えない光景に思わずそう漏らしながら、ポンと山賊の肩に手を置いた。

 

 お疲れ様……。という感情がありったけ込められたライナのねぎらいに山賊Bは涙を流し『ありがとうございます』といわんばかりに頭を下げる。

 

 そんな一人の男に敬意を表しつつ、ライナはエリスダンゴ店へと入り奥にあるカウンターへと足を運ぶ。そしてその裏を覗き込むとそこには……!!

 

『他にも火事に巻き込まれて死にかけていたサラマンダーを7億6000兆匹ほどたすけているのだ? どうだ参ったか、コルゥア!!(この『ルゥア!!』の部分をできるだけ強力な巻き舌で頼む)』というツッコミどころだらけのカンペを書いているフェリスが三角座りで身をひそめていて、

 

「何してんだフェリス?」

 

 頭上から降り注いだライナの声に、フェリスはびくりと震えた後とんでもない速度で先ほどまで書いていたカンペを粉みじんに引き裂き、なにくわぬ顔で立ち上がった。

 

「おう。ライナ遅かったな! あまりに遅かったせいでゲルマニアの……『テンベルクシュタイナー』に行って帰ってきてしまったではないか!!」

 

「ああ……。うん。そうだね。遅くてごめんね」

 

 もう、初めに言っていた都市と一文字もあっていない都市名がライナに向かって告げられるが、正直もう付き合うのもめんどくさくなったライナは適当に相槌を打っておく。

 

「でさぁ、フェリス……お前に引きずられていったその吸血鬼とやらはいったいどこにいんの?」

 

「うむ? 奴なら今旅の疲れをいやすために部屋にいるから貴様のような色情狂に合わせるつもりはないぞ? 本人も『バーカバーカ。ライナの変態女装趣味~』とかいっていたしな」

 

「それ明らかにお前の悪口だろうがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! つーか俺が女装しなくちゃいけなくなったのは十割がたお前のせいだろうがァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 ルーナにあった悪夢のピッキーランドの記憶を掘り返され思わず怒声を上げるライナ。

 

 そんな彼に向かって一つの人影が飛びついてきた。

 

「んぁ?」

 

「わ~い!! お客さんだお客さんだ~!! お兄さん何食べる? みたらし団子? 餡ダンゴ? 三食ダンゴ? 私のお勧めはハシバミダンゴだよ?」

 

 やたらとかわいらしい笑顔を振りまく絶世の美少女。正直言ってフェリスの妹のイリス・エリスに匹敵するくらいその少女は可愛かった。

 

 あふれる長い金髪に、桜色の柔らかそうな頬。天真爛漫な笑顔は疲れ切った大人の心に温かい光を差し込ませてくれることだろう。

 

 そんな無邪気な少女の服の上には小さなダンゴのロゴが入った紺色のエプロン。どうやら彼女もこの店の店員らしい。

 

「おいおい……こんなガキまで働かせてんの?」

 

 何かわけがあるのだろうが、さすがにあまり関心はできない。そう思ったライナがフェリスにそう抗議しようとした時だった。

 

「エルザ!! そいつからすぐに離れろ!! そいつは前から言っていた変態色情狂だ! 下手に触ると妊娠するぞ!!」

 

「しねェよっ!! って、エルザ?」

 

 フェリスがあげた怒声に反射的にツッコミを入れつつ、ライナはその少女の名前に首をかしげる。

 

 それって確か吸血鬼の名前だったんじゃ……。

 

 その時だった。少女は顔をうつむかせるとゆるゆるとライナの体に回していた手を放していき、

 

「チッ……。な~んだ。金づるじゃないんだ」

 

 あからさまに邪悪な表情を浮かべて舌打ちを漏らした。

 

 そんな彼女の態度に、ライナはイエット共和国のとある詐欺師少年の顔を思い出し思わず頬をピクリと動かし顔をひきつらせた。

 

 こうして、ライナとエルザの初めての接触は心象最悪なところからスタートすることになる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「にしても精霊魔法を習いたいなんて……あんた本当に人間なの? 普通はそんなこと考えないわよ?」

 

「……」

 

 先ほどとは打って変わって不遜な態度をとりながら机の上に座って胡坐をかく少女――エルザに、ライナは顔をひきつらせながら口を開いた。

 

 場所は先ほどの店ではなく、店の裏側に設置された店員=元山賊たちの居住スペース。結構な人数がいるため、小さな食堂が設置されておりライナたちはそこで話をしているのだ。

 

「いや……。それ以前にお前、それがお前の普段のしゃべり方なの?」

 

「はぁ? あたり前じゃない。あんな口調を身内でもつづけるなんて鳥肌が立つわ。私が接客でああいった態度を取るのはそっちの方が客の金払いがいいからよ。私の愛らしい笑顔を見て大人は癒されて、私たちの財布は潤う。どっちも損をしない素晴らしいシステムだと思わない?」

 

 それは相手がだまされていることを知らないこと前提の話だよな? と、ライナは思った。

 

 フン、と鼻を鳴らし元山賊が入れてきたお茶をズズーとすするその姿はまさしく貫禄があるおばさんそのものだ。なんというかもう、吸血鬼なんて言葉は忘却の彼方へと追いやられ、詐欺師の文字しか思い浮かばない。

 

「いや……。もういいけどさ。女って怖いのな」

 

 とりあえず深く考えてもめんどくさいだけなので、ライナはそう自己完結しその話題は一切無視することにした。深く考えてもどっちにしろ今のライナには関係のないことなのだから。

 

「それで、精霊を見分ける方法について教えてもらいたいんだけど……」

 

「フェリス姉さまから聞いてるけど……私としては『何で見分けがつかないのよ?』って、言ってやりたい気分ね。普通精霊を見れるようになると同時に見分けなんてつくようになるわよ?」

 

 不審そうな視線を向けたエルザが語るには、精霊を見分ける方法はいたってシンプル。精霊には各属性によって色がついているため、それによって判別を行うらしい。

 

 炎の精霊なら赤。風の精霊なら緑。水の精霊なら青。土の精霊なら茶色。

 

 エルザが見る精霊たちにはそれぞれそんな色が配色されているらしかった。

 

「でもあんたにはそうは見えないのよね? こんな質問しにわざわざ学院くんだりから首都にまで足を延ばすくらいだもの」

 

「ああ。俺には全部光り輝く物体がふわふわ浮いているようにしか見えねェ」

 

「う~ん」

 

 少し考え込むように顎に手を当てて唸るエルザ。その傍らでは二人の魔法談義の意味が分からず飽きてしまったフェリスが、元山賊のかしらを呼びつけ新作ダンゴに試食をしている。

 

「ほほう……これは、塩が入っているのか?」

 

「へい。食べ物の甘さを引き立てるためには全く逆の材料を使うのも一つの手だと教えていただきやして……。そしてこれを。また東方から団子の材料に使えそうなものが入ってきたので買い占めておきやした」

 

「こ、これは……きな粉ではないか!?」

 

「さすが団子神の姐さん。この材料の名を知っておられやしたか……。これでウチの団子のレパートリーがまた一つ増えやした」

 

「ふむ……。たゆまぬ努力を続けているようだな!!」

 

「ですが姐さん……一つ問題が」

 

「ん? なんだ?」

 

「その……。これ買い占めちまったせいで、少し借金が……」

 

「名義は?」

 

「姐さんの指示通り『ライナ・リュート』にしてありますが……。よろしかったので?」

 

「うむ。ならばいい。問題など何もないな」

 

「大ありだぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ちょ、あんた……人がせっかく考えてあげているんだから集中しなさい!!」

 

 聞き捨てならない言葉を聞き勢い良く立ち上がるライナ。それに驚いたエルザはライナに向かって怒声を上げるが、もう今のライナにはそんな言葉耳に入らなかった。

 

「ちょ、お前フェリスゥウウウウウウウウウウウウウ!? また俺の名義で借金しやがったのかお前!? いくらだ……いくら借りたぁああああああああ!?」

 

「え……えっと。あ、安心してください兄貴!! ほんの10万エキューですって!!」

 

「それもうこの世界では城一つ買える額だろうがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「仕方なかったんだライナの兄貴!! きな粉をは東方から来る貴重な食材……それを買い占めるためにはこのくらいの金が必要だったんです!! それに、フェリスの姐さんが『所詮ライナの金だからね。スキに使え』っていったから……」

 

「フェリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! もうかんべんならねぇ……表でろやゴルァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ふん」

 

「グボファ!?」

 

 キレたライナがフェリスに向かって襲い掛かるが、当然フェリスがその攻撃を予想していないわけもなく、彼女の剣の一撃によってライナは見事なお星さまへと変貌を遂げた。

 

 いわゆる場外ホームランというやつだった。

 

「ふっ……。団子神様にその身を捧げられたというのにごちゃごちゃうるさい奴め。まぁいい。悪はほろんだ」

 

「どちらかというとお姉さまのほうが悪の気がするんだけど……。まぁいいわ。外に出る手間が省けたし」

 

 実際は窓を突き破り店の裏庭へと叩き出されたライナを見つめながら、エルザは手をひらひら降りながらライナに話しかける。

 

「ちょっと~」

 

「……なんだよ。おれもうちょっと絶望するような額の借金のめんどくささのあまり現実逃避したいんだけど」

 

「あ~。その気持ちはわからないではないけど、今は魔法の習得に集中しなさい。とりあえず……」

 

 エルザはそこで言葉を切り、

 

「あんたが使っているっていう特別な魔法……。ちょっと私に見せてくれないかしら?」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)

 

 空中に浮かび上がる魔法陣から稲妻がとびだし、ライナの指示を受けてどこかにぶつかる前に霧散する。

 

 さすがに魔法学園のような広い敷地がないところで、何かに直撃させるのは危険だろうと思ったライナが発動する際にちょっといじったのだ。

 

 だが、ライナの世界では驚かれた『お手軽感覚魔法改造』にはエルザは目をくれることもなく、代わりにライナが作り出した魔法陣のほうを凝視していた。

 

「はぁ!? 何でそんな無茶苦茶な精霊比率で雷の魔法が打てるのよ!?」

 

「そういわれても俺全然精霊のこととかわからないんだけど……」

 

「あんたバカぁ!? どう考えてもおかしいでしょ!? あんたが作った魔法陣に風の精霊なんてスズメの涙程度しかなかったわよ!! ほとんど炎と水で構成されていたわよ!! それで何で雷が出んのよ!!」

 

 ギャンギャンわめくエルザに閉口しつつ、ライナは少しエルザをちょっと観察した後、二三度虚空に指をふるう。その後再び魔方陣を作成。作り出した状態で待機させている魔法陣に視線を落とし、エルザへと問いかけた。

 

「ちなみにこれは炎の魔法なんだけど、精霊的にはどんな感じ?」

 

「100%水の精霊で構成されているけど……」

 

 適当に割り振ったとは思えない奇跡的な比率の出現に、『偶然って怖いわね……』と戦慄するエルザ。しかし、ライナはいたって普通にその魔方陣を見つめ。

 

「あぁ……なるほど。やっぱりこれが水の精霊だったか……」

 

「!?」

 

 とつぶやいてしまい、エルザの目を大きく見開かせた。

 

「え、ちょ……まさかもう見分けつくようになったの?」

 

「あぁ。大体だけどな……」

 

 ライナはそう告げながら自分の目を親指で指示した。

 

「俺の目が魔法を解析するのは知ってる?」

 

「え、ええ。フェリスお姉さまからは聞いてるわ」

 

「それでお前のことをほんのちょっと解析したんだけど……」

 

「なっ!?」

 

 まさかスリーサイズまで図ってないでしょうね!? と戦慄を覚え、虫けらでも見るような目でずざざざっと下がるエルザにライナはちょっとだけ泣きそうになる。

 

「あのさぁ……念のため聞くけど、お前の中で俺ってどんな立ち位置?」

 

「え? 変態色情狂でしょ? フェリスお姉さまからそう聞いたわよ?」

 

 エルザの真剣な声音を聞き、ひざをついてうなだれてしまったライナは悪くないと思う……。というか山賊……フォローしてくれよ。内心で全く働いてくれないあの男たちにため息をつきながら、ライナは目に意識を向ける。

 

 それと同時に浮かび上がる真紅の五芒星に、エルザは息をのんだ。

 

「それによるとさ、初めて精霊魔法を使ったときに術者はちょっとした祝福を精霊からもらうらしいんだよ。それが……」

 

「精霊を見分ける目でしょ? 私も師匠からそう教わったわ」

 

 自分の師匠……エルフの魔法をほかの種族が使えないか? と、先住魔法の研究に命を燃やしていたはぐれエルフの背中を思い出しながら、エルザはそう答えた。

 

「なら話が早い。それってつまりちょっとした魔法による改造だろ? まぁ改造っていえないくらいのちょっとしたもんだけどさ。視力が1.0から1.5になる程度の違いでしかないけど……魔法であることに違いない」

 

「……だから?」

 

「俺はその魔法を解析して精霊と簡易契約を結んで、祝福もらったんだよ。いまの俺はお前とおんなじように精霊が見える」

 

 エルザはその反則すぎる瞳に、少しの間無言になった後……

 

「え? じゃあ私が教えることは?」

 

「ごめん。もうない……」

 

 ライナの言葉にエルザはうつむき、暫くの間居心地の悪い沈黙が降り立った後……。

 

「あは♡ 人がせっかく時間作ってあげたのに……もう、ライナちゃんてば~♡」

 

「え? あ、ちょ、まっ……ブッ!?」

 

 土の精霊に頼んで作り出した岩の拳によって、遠慮なくライナを殴りつけた!!

 

 それを見ていたフェリスに「なかなかいい攻撃だったぞ!」とエルザが褒められたかどうかは……定かではない。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ちなみに、その後日。

 

「……なんでいんの?」

 

「誰だいこの子?」

 

 あっさりと古文書を読み解き精霊をメイジの魔力へと変換することに成功したライナは、ようやく本格的なメイジ魔法の勉強に入ったのだが……ロングビルとのツーマンセル授業だったはずのその場所には、何故かメモ帳を持ったエルザの姿があった。

 

「私だけ一方的に魔法を搾取されるのは気に食わなかったのよ。だから、あんたの世界の魔法を私に教えなさい!!」

 

「……」

 

 思わず無言になるライナ。全身からあふれ出るメンドクセーオーラ。それと同時にロングビルが何かに気づいたのか、顔から血の気を引かせて後ずさる。

 

「え、てことはまさか……この子が、ライナに先住を教えた吸血……」

 

 瞬間。どういうわけかバッド方面でベストなタイミングで、またも折檻でボロボロになったサイトを引きずってきたルイズがその言葉を聞いてしまい、

 

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!? 吸血鬼ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 と悲鳴を上げ騒然となってしまった。

 

 当然ライナはその騒動に巻き込まれてしまい、エルザの無害さを証明するために孤軍奮闘。その日一日をつぶすことになってしまうのは、また別の話。

 

「ああ……もう、めんどくせぇええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 とにかく、その日のトリステイン魔法学院ではそんな風な泣きかけの悲鳴が響き渡ることはいうまでもないだろう。

 

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