ゼロの使い魔と伝説の勇者   作:過労死志願

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トリステインの王

 バーシェンの言葉に愕然と固まるアンリエッタ。しかし、彼女は仮にも王になるために教育を受けていた女性だった。内心の動揺を完全に抑えきった彼女は、毅然とした表情で顔をあげた。

 

 途中、バーシェンの背後に控えていたウェールズから『大丈夫?』と心配そうな視線が送られてきたが、彼女は彼を安心させるような笑みを浮かべてその返答とし、次にバーシェンを睨み付ける。

 

「民を見捨てることが……王の務めなのですか?」

 

「あぁ、そうだ。王は常に選択を迫られる。だったらより大多数の人間を救える方法をとるべきなんだよ」

 

 それが、人の命を数千数万と預かる王がすべきことだ。と、バーシェンは語った。

 

 その言葉は多分間違っていないのだろう。王とて人間だ。人間である以上救える人数には限度がある。

 

 何もかも救って見せるなんて、おこがましいことを語れるほどアンリエッタは偉大な王ではない。ならいっそのこと、何かをあきらめる度量を持つことも王としては正しい選択なのだろう。

 

 だが、

 

「ご、ご報告申し上げます……」

 

 突如として会議室に転がり込んできたボロボロの騎士。その姿に会議室にいた貴族たちが驚きの声をあげ、会議室の護衛をしていた王宮の騎士たちがあわててその騎士を連れ出そうと飛びかかる。

 

 だがその騎士はボロボロの体で必死に抵抗し、自分の役目を果たした。

 

「た、タルブ村の防衛に出られたデュークー辺境伯は戦死。我々デュークー辺境騎士団も壊滅しました。敵はタルブ村を拠点に略奪を開始してします。多くの民が殺され、つかまり慰み者にされています! どうか、どうか王軍の救援を! われらの故郷を、お助けください!!」

 

 涙ながらの必死の懇願だった。自分の故郷を守れなかった不甲斐なさを、涙を流しながら懺悔し、情けないと知りながらもそれでも騎士は命をかけてこの国の王へとすがる。

 

 アンリエッタはその姿に、思わず言葉を失った。

 

 命をかけて私のもとにやってきた騎士を……民を守るために散った辺境伯の覚悟を、トリステインの中心たるこの場所は、何の良心の呵責もないまま「仕方ない」という理由で打ち捨てようとしていたから。

 

 答えることができないアンリエッタの姿に、隣に座っていたバーシェンが立ちあがる。

 

 騎士の瞳に希望が宿った。それはそうだろう。

 

 先代国王時代、バーシェンは宰相としてではなく一軍の長として無数の戦場を駆け巡った猛者だ。

 

 その勇名はトリステイン中に轟いており、魔法騎士団の中では今でも彼を神聖視している騎士もいる。

 

 そんな彼が立ち上がってくれた。きっと騎士の内心では、自分の故郷を救うため一軍を率いて城を出ていくバーシェンの姿が幻視されただろう。だが、

 

「すまんな騎士殿。その要望は聞けない」

 

「っ!?」

 

 バーシェンの口から発せられた絶望的な決定に、騎士は信じられないと言わんばかりに大きく目を見開いた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころ、魔法学院では。

 

「ちょっと、サイト!! どこ行く気なのよ!!」

 

「タルブ村が――シエスタの故郷が襲われたんだ!! シエスタはまだあっちに帰省している! 絶対戦争に巻き込まれている!! 助けに、助けに行かないと!!」

 

「っ!? 何言ってるの!? ハルケギニア最強の空軍が侵略しているのよ! あんたなんかが行って勝てるわけないじゃない!」

 

 二人の主従がもめていた。

 

 一人は黒い髪を持ち、巨大な鉄の塊を飛ばそうとする少年――サイト。

 

 もう一人は、桃色の髪をなびかせ、必死に死地へおもむこうとする使い魔を止めようとする少女――ルイズ。

 

 一人は恩人を見殺しにできないと義憤に燃え、一人は再び大切な人(本人は絶対認めないが)がいなくなることに恐怖し、とどまってくれと懇願した。

 

 二人の主張は平行線をたどり、結局二人がわかりあうことはなく……。

 

「あぁっ!! くそっ……ガソリンが足りねぇ!! とにかく止めんな、ルイズ! おれはまだ、シエスタに受けた恩を何も返せていないんだ!!」

 

 そう言ってサイトはゼロ戦の操縦席から飛び降り、ガソリンを作ってくれているコルベールのもとへと走った。

 

 ルイズはそんな必死な様子の彼の背中を見て、思わず臍をかみしめる。

 

「もう……バカ。なんで、なんでアンタはそうなのよっ!」

 

 戦うなんて嫌だ。おっかない、怖いとうそぶいておきながら、肝心な時には立ちあがって誰かのために戦う。そんな勇者のようなサイトの姿に、ルイズは小さな憧れを抱くとともに、得体の知れない不安も抱いていた。

 

 このままでは、サイトは誰かのために死んでしまうのではないか? と。

 

 命をかけて戦って、そのまま死んでしまうのではないか? と。

 

 アルビオンから帰ってきてしばらく経つ。ルイズを守るために立ち上がり、そして味わった敗戦への焦りはライナやフェリスがごまかしてくれていた。だが、それで彼の焦りが消え去ったわけではない。敵の不意打ちを食らい主人である自分を危機にさらしたことに対する焦燥感は、たぶんサイトの心の奥底で強く根付いているんだろう。ルイズにはそのことが何となくわかった。

 

 もっと強く、もっと強く……誰をも守れるくらい、強く。この三日間フェリスもライナもおらず一人で剣の素振りをするしかなかったサイトの背中からは、そんな声が聞こえてきた。

 

 そんなサイトをルイズは何とかしてあげたいといつしか思うようになっていた。だが、悲しいことに彼女は《ゼロ》。貴族として誇るべき魔法は常に失敗し、何の役にも立たないと烙印を押されたできそこない。そんな彼女が、腕の立つサイトに対してしてやれることなんて何もなかった。

 

 無力な自分に歯噛みするルイズ。部屋を出る際にうっかり持ってきてしまった始祖の祈祷書を思わず握りしめる。

 

 その時だった。彼女はふとゼロ戦の操縦席の背後に人がもう一人乗りこめるだけのスペースがあることに気付いた。

 

「……」

 

 何の役にも立ってやれないならせめて……とルイズは何のためらいもなくゼロ戦の操縦席を目指す。

 

「一緒に……戦ってあげるわ、サイト」

 

 私はあんたのご主人様なんだからね!! と、ルイズは戦場を使い魔とともに行く覚悟を決める。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 バーシェンは王政府の決定をそっけなく告げた後、絶句した騎士を無理やり警護の騎士に立たせ、会議室からたたきだすよう命じた。

 

「っ!? お待ちくださいバーシェン卿! なにとぞ、なにとぞお考え直しください!! 私の故郷には、まだ大勢と民たちが……」

 

「そんなことは理解しているよ騎士殿」

 

 そこでようやく意識を取り戻した騎士は、まるで狂ったように暴れながらバーシェンに必死に懇願した。しかし、バーシェンから帰ってくるのは氷点下よりも冷たい言葉ばかりだった。

 

「今のトリステインではやつらと戦ったところで勝てん。だが、あと一週間もすればやつらを蹂躙しつくせるほどの軍備が整う。そうすればタルブ地方の奪還など容易だ。なぁに、永遠に見捨てるわけではない。必ず助ける……だから今は雌伏の時を」

 

「民は今苦しんでいるのですよ!!」

 

 バーシェンの言い訳にも近い淡々とした説明を遮り騎士は絶叫を挙げた。彼は見てきたから、現在攻め込んできているアルビオン軍が非道な行いをし、民たちを惨殺していく姿を。

 

 彼の仕える君主である領主は勝てぬとわかっていても、少しでも多くの民をそこから救い出すために軍を出し……戦死した。その気高き心を守るために、騎士は命を賭けてでもタルブを救ってもらうために王軍の出陣を願わねばならなかった。

 

 だが、

 

「くどいぞ……。先程も言ったはずだ。そんなことは理解していると。理解したうえで貴様らを見捨てると私が判断を下したのだ。一かいの騎士風情が、このトリステイン宰相の決定に異論を申し立てるというのか?」

 

「っ!?」

 

 冷たく冷えた、変わらぬ言葉。バーシェンのその言葉を聞きもう自分の故郷は決して助からないのだと騎士は悟り……絶望した。

 

 

 

 そこまでが彼女の限界だった。

 

 彼女は会議場を上から見間渡せる玉座から立ち上がり、階段を駆け降りる。

 

「その方を離しなさい!」

 

 そして、すべてに絶望し動かなくなた騎士を引きずり会議場から出て行こうとする護衛の騎士たちに鋭い命令を浴びせた。

 

 彼女が動いたというのに微動だにしないバーシェンの隣をすり抜け、彼女は絶望する騎士のもとへと駆け寄る。

 

「騎士殿……」

 

「じょ、女王陛下」

 

 光のともらぬ瞳で彼女を見上げる騎士の瞳を、アンリエッタは優しく見つめ返し抱きしめる。

 

「ご安心ください。王軍は今すぐ派遣いたしましょう。必ずや……あなたや、あなたの領主さまが守ろうとしたタルブの地を守りきって見せます」

 

「あぁ……あぁ……」

 

 アンリエッタの言葉を聞き、涙を流す騎士に向かい、アンリエッタは毅然とした声で決定を下す。

 

「トリステイン王国の王として約束しましょう」

 

 ありがとうございます……。ありがとうございます……。そう繰り返した騎士は静かに意識を失いアンリエッタにもたれかかった。

 

 彼女は護衛の兵たちに彼をあずけ医務室に連れて行くように命令した後、自分を見下ろす国の重鎮たちに視線をむけなおした。

 

「トリステイン王国女王として命じます。国軍の編成。そののち、タルブ地方を宣戦布告もなしに侵略してきた者たちを迎え撃ちなさい」

 

 毅然としたトリステインの女王の命令に、しかし会議室にいた面々は困惑したような顔でバーシェンとアンリエッタを見比べた。

 

「貴様……今自分が何をしたのか分かっているのか?」

 

 無表情でありながらバーシェンがはきだした言葉は震えていた。その声の調子から捉えるに、彼の声をふるわせる原因は間違いなく……激怒。

 

「勝てんのだ。この百戦錬磨と謳われたおれが保障してやる。絶対に勝てないんだよっ!! 兵数は相手がはるか上をいき、空を守る艦隊はハルケギニア最強の空軍! 一兵士が持つ装備を比べてもその差は歴然としているっ!! そんな状態で、貴様は一体何を根拠に戦争を仕掛けようというのだっ!!」

 

 その言葉と同時にたたきつけられるのは絶対的な怒気。常人なら気絶してもおかしくないほど濃密なそれに、会議場にいた面々は一斉に顔から血の気を引かせる。

 

 だが、そんな中にあっても、アンリエッタは表情を変えることはなかった。

 

「あなたこそ何を言っているのですか?」

 

 なぜなら、アンリエッタも、

 

「確かにあなたが言ったことは正しいのでしょう。われわれの軍備では今侵略をしているアルビオン軍には決して勝てない。だったら、一時的に侵略を許し、民を見捨て、確実に勝てるようになるまで雌伏の時を過ごすのもまた正しい王道なのでしょう」

 

 バーシェンに負けないほどに、

 

「ですが」

 

 怒り狂っていた。

 

「この国の王は私です! 私の王道を宰相風情が決めるなっ!!」

 

「っ!?」

 

 バーシェンに負けぬほどの凄絶な怒声。王としての一喝。このとき、初めてアンリエッタは自身のことを王と名乗った。

 

「あなたが何といおうと、私はまいります。助けを求める民の声を無視できるほど私の王道は賢くはありません。それでもあなたが自身の考えを曲げぬというのなら」

 

 アンリエッタはそう言い捨て、頭上に戴いた王冠をむしり取りバーシェンに向かって投げつけた。

 

「あなたが王になられればいいわ!」

 

 そう吐き捨てたアンリエッタは走るのに邪魔になる巨大なスカートを破り捨て、会議室を出ていく。

 

 会議室にいた面々はしばらく唖然としていたが、

 

「各々がた? 何をしておられる? 女王陛下一人を戦場に送りだしたなどと知れればトリステインは歴史に名を残す恥をさらすことになりますぞ?」

 

 バーシェンが座っていた席の背後に、微笑みながらたたずんでいたウェールズの言葉に、会議室の面々は一斉に引き締まった顔をして席を立った。

 

「今すぐ軍の編成を! 急げ!」

 

「女王陛下に続け! 民を守らずして何が王か!!」

 

「出られるものは今すぐに出ろ! 女王陛下を一人で行かせるな!!」

 

 怒号と命令を飛ばしながら、会議室にいたメンバーたちはあわただしく会議室を出て行った。結局、彼らもバーシェンの非情な判断についていける気がしなかったのだろう。

 

 効率的に国を治めるのは機械でもできる。だがしかし、効率的でなくとも、決して正しくなくとも……人が治めるからこそ、人々は王を敬い王につかえるのだ。

 

 そして、静かになった会議室で、

 

「悪役もなかなか大変だな……バーシェン」

 

 先ほどの会議では推移を見守るだけで決して発言をしなかったマザリーニ枢機卿が苦笑を浮かべながら会議室の中央にたたずんだバーシェンに話しかけた。

 

「ふん。落第だな、あの王は?」

 

「民を見捨てられなかったことがか?」

 

「いいや、むしろあれは満点だろう」

 

 シレッととんでもないことを漏らすバーシェンに、やはりか……とマザリーニはため息を漏らす。

 

 この男はこんな非常時でもアンリエッタを試していたのだ。王としてふさわしいかどうか。自分が仕えるに値する王かどうかを……。

 

「だが、軍を出す理由は感情論ではなくもう少し理詰めのほうがよかったな。冷静に論理的に抗弁されていたらどうするつもりだったのだあの女王は?」

 

 バーシェンが肩をすくめたあと王冠を拾うのを見て、マザリーニは先ほどバーシェンが提案した作の穴を上げ始める。

 

「お前がしてほしかった抗弁は『国土の半分近くを失えば、こちらとて補給のペースは落ちてしまう。たとえ空輸の通路を絶つといういやがらせをしても相手の軍備が整うのと、こちらの軍備が整うのはおそらくほとんど同時だろう』ということと『国土のほとんど半分を奪われるような国を他国が放っておくわけがない。おそらく侵略戦にはゲルマニアとガリアが『保護』という名目で参戦してきて、トリステインは三つに割かれてしまうだろう』ということかな?」

 

「相変わらず聡いなマザリーニ。いっそのこと貴様の脳みそをあの馬鹿女王に移植してやりたい気分だ」

 

 あっさりその推論が正しいこと認めたバーシェンは「なぜそのくらいパッと思いつけないんだろうな……。まぁ、ほかの臣下も気づいていなかったが。それはそれでにかなり問題があるな……。ほんとにどこまで質を落とせば気が済む……堕落するにもほどがあるぞ」とぶつぶつ不満を漏らし始めた。

 

「だが、実際われわれの軍では勝てぬだろう? バーシェン」

 

「……」

 

 マザリーニが告げた厳然とした事実に、バーシェンは不満を漏らしていた口を閉じた。

 

「一体どうするつもりだ。先ほどの案が提示した今だからこそ軍を使って購うしかないことは分かるが、それにしても勝算が低すぎる。我々ははたして、あの空に居座る最強たちをはねのけることができるのか?」

 

 マザリーニの問いかけに、バーシェンは彼のほうを振り向き一言、

 

「勝てるのか? じゃないさマザリーニ。勝つんだよ。あの王の時代はそういう無理を通してきただろうが。ルイン街道撤退戦や、リュンクス領防衛戦に比べればこの程度、危機の内に数えられんさ」

 

 また懐かしい話を……と、マザリーニは苦笑を浮かべて席を立つ。

 

「行って来い……トリステイン最強の魔術師。姫様を頼んだぞ?」

 

「あぁ、行ってくるさ、トリステイン最高の頭脳殿。留守は任せる」

 

 どこからかとりだした深紅のローブをはおり会議室を出ていくバーシェンの背中を、マザリーニは黙って見送った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 弟や妹たちをかばい木の陰に隠れたシエスタは、現在危機を迎えていた。

 

「お~い。こっちにもいたぞ?」

 

「いや、いやっ!! いやぁああああああああああ!! 離して、離してくださいぃいい!!」

 

「おとなしくしていろこのくそアマっ!!」

 

 乱暴な声と、人を殴りつける音が、シエスタたちが逃げん込んだ森に響き渡る。その音ともに竜の唸り声が響き渡り、シエスタにかばわれた弟や妹はビクリビクリと震えて涙を必死にこらえる。

 

 シエスタはそのたびに、大丈夫。大丈夫だからと言い聞かせてなんとかなだめていたが、もうそろそろ限界らしかった。

 

 声と唸り声がどんどん近付いてくる。それも複数……たぶん竜騎士隊の小隊か何かなのだろう。今は森の中をくまなく探すために竜から下りているようだが、一般平民が勝てる相手では到底ない。

 

 だからシエスタは覚悟を決めた。

 

「いい、みんな聞いて」

 

「え?」

 

 突然シエスタが話し出したことに驚いた弟たちは、目を丸くして耳を傾ける。

 

「これから私がこの木の陰からあいつらに向かって飛び出すわ。その隙にあなたたちはもっと森の奥へと逃げるの? わかった?」

 

「そ、そんな」

 

「お、お姉ちゃんも一緒に!!」

 

「駄目よ。それではあなたたちが逃げられない。それにお姉ちゃんは大丈夫だから……」

 

 お姉ちゃんにはひいおばあちゃんがついてくれているから、とシエスタは自分の真紅に輝く瞳をさらす。

 

 もちろん夢置眼(エブラクリプト)は戦闘用の魔眼ではないため竜騎士をどうこうできる力なんて持ち合わせていない。だが、弟たちはその瞳が放つ不思議な力は本能的に感じ取ったようで小さく頷いた。

 

「きっとまた会えるから、だから今は逃げて」

 

 涙をこらえながら何度も頷く弟たちの頭を「いい子ね」となでた後、シエスタは深呼吸を一つすると、木の陰から飛び出す。

 

「いたぞっ!」

 

「女だ!!」

 

 竜騎士たちの声が森中に響き渡る。シエスタは少しでも時間を稼ぐために必死に駆けだす。だがしかし、

 

「はい、残念」

 

 シエスタが駆けだした方向から声喜悦がにじんだ声が響き渡り、シエスタは思わず固まった。

 

 当然敵がそんな隙を見逃すわけもなく、声の主――木陰に潜んでいた一人の竜騎士は、凶悪な笑みを浮かべてシエスタをとらえる。

 

「おいおい、まさかただの村娘のお嬢ちゃんが俺達から逃げられると思ったの~?」

 

 騎士とは……貴族とは思えないほど下卑た笑い声をあげる竜騎士を、シエスタは毅然とした顔で睨みつける。しかし、それが竜騎士の嗜虐心をあおったのか竜騎士はますます笑みを深くして、

 

「いいねぇ……そそるねぇその顔。若い奴らは根こそぎ捕えろって言われているから殺さないけど、べつにつまみ食いしちゃいけないって言われてはいないし?」

 

 その言葉の意味を悟ったシエスタは、今度は完全に顔から血の気をひかせる。そして、周りの騎士たちが「お前一人で楽しむんじゃねェぞ!!」と飛ばしたヤジにいいかげんに答えながら、竜騎士の手がシエスタの胸へと伸びたときだった、

 

「おねえちゃんから離れろっ!!」

 

 木陰から小さな影が飛び出し、竜騎士に向かって敢然ととびかかっていった!

 

 それは、先ほどシエスタが逃げろと言った弟の一人!

 

「バカっ! 早く逃げなさい!!」

 

「あぁ? なんだよこのガキは? 鬱陶しいな」

 

 自分に向かって走ってくる子供に舌打ちを漏らした竜騎士は、自分の傍らに控えていた火竜に指示を出す。指示を受けた火竜はのっそりと立ち上がり、その巨大な口をひらき喉の奥から火炎を絞り出す。

 

 一撃で鉄すら溶かしつくす火竜の業火の息吹――ブレス。

 

 その人に向けられるにはあまりに凶悪な攻撃が、シエスタの弟に向かって解き放たれようとした。

 

「やめて……やめてぇええええええええええ!!」

 

 絶叫を上げるシエスタ。その声を聞きさらにおもしろいといわんばかりの笑い声をあげる竜騎士。そんな地獄絵図は……、

 

「ぎゃぁああ!?」

 

 竜騎士の口が突然何かに無理やり閉じられたことによって終わった。

 

「あぁ?」

 

 驚く竜騎士の眼前で、逃げ場所を失ったブレスは竜の口内で暴発し竜の強靭な頭を吹き飛ばす。

 

「なっ!? 誰だっ!!」

 

 当然竜騎士は自分の龍を殺した相手を血眼になって探すが、どういうわけか見つからない。その時、だった、

 

「いってっ!!」

 

 突然竜騎士は足を抑え飛び上がりシエスタから手を離す。その時シエスタは目撃した。竜騎士の脛に大きな口を開けて噛みつく一匹の水でできた蛇がいたことを。

 

「なに? あれ?」

 

 もしかして、噂に名高い水の精霊様? と、シエスタが驚く中竜騎士は怒り心頭といった様子でその透明な蛇をはぎ取り地面にたたきつける。

 

「こんの腐れ蛇が!! あぁ? なんだこいつ? 透明な蛇なんて珍しいじゃねェか!」

 

 地面にたたきつけられてもいまだに戦意を失わない様子の蛇に、竜騎士は額にしわを作る。

 

「まさか、てめぇか? さっき俺の火竜の口封じやがったのは」

 

 当然蛇からその返答は帰ってこなかった。代わりに蛇はまるで夢か幻だったかのように見る見るうちに透明さを増していき、空気の中へ溶けて消える。

 

「「「「なっ!?」」」」」

 

 魔法とも思えない異常な怪現象に、騎士たちは初めて度肝を抜かれた。だから彼らは気づかなかった。

 

「ん」

 

 森の中に翼竜の影が差し、そこから一人の金髪の美女が彼らの背後に降り立ったのを。

 

「あっ!!」

 

 シエスタは地面に鮮やかに降り立ったその金髪の美女を見て、思わず歓声を上げた。

 

「フェリスさん!!」

 

「なっ!?」

 

 シエスタの歓声を聞き竜騎士たちが後ろを振り向くがもう遅い。

 

「ふむ……とりあえず貴様らは変態色情狂ということでいいのだな?」

 

 と、いつものセリフが言い終わるか言い終わらないかの間に彼女はすでに駆け出していた。

 

 神速で接近する彼女に竜騎士たちは驚愕で目を見開くことすら許されなかった。

 

 一撃、二撃、三撃!! 鳴り響く鉄で人を殴りつける打撃音と、竜の首を斬りおとす斬撃音。

 

 瞬く間に三人の竜騎士とその愛竜を打倒され、シエスタを捕まえた竜騎士は思わず絶句する。

 

「な、な、なんだ!?」

 

 しかし、彼の意識が保たれていたのもそこまでだった。

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)!!」

 

「なっ!?」

 

 背後から急襲してきた黒目黒髪の男が、信じられない速度で詠唱を締めくくり彼に向かって雷を放ったからだ。

 

 当然不意をつかれた竜騎士はもろにその攻撃を食らってしまい、感電により意識を刈り取られる。

 

 小隊で来ていたため当然竜騎士はまだ三騎残っているが、先ほどの一瞬の戦闘で、その二人との実力差は圧倒的であることを悟らされ、竜騎士隊の隊長は思わず攻めあぐねいてしまう。そのスキに二人はシエスタと、何とか彼女のもとへとたどり着いた弟を背中で庇うように前に出た。

 

 そんな二人の鮮やかな手並みに、シエスタは思わず絶句し、

 

「遅くなった。助けに来たぜ?」

 

「ふむ、優しい言葉に惑わされるなよメイド。こいつはこんなことを言って貴様を油断させた後、夜になると凶悪な野獣に変貌し、貴様を連れさり夜の荒野を駆け抜けるのだ!!」

 

「駆け抜けねぇよ!?」

 

 そんないつもの間の抜けたやり取りをしながら、それでも油断なく竜騎士たちを牽制してくれる二人の頼もしい姿に、

 

「あぁ……」

 

 シエスタは、ずっと我慢していた涙をようやく流すことができた。

 

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