「す、すいません……もう大丈夫です」
「あ、あぁ……別にいいけどよ」
「何が大丈夫なものか!? なんということを……お前はもう孕んでいる!!」
「フェリス……お前もうほんと何しに来たの?」
「うむ! 私は毎日ライナを苛め抜くことが仕事だからな! すなわち私は仕事をしに来たのだ!!」
「はぁあああああああああああああああああああああ……」
軽い冗談なのだろうが割と真実味があるのが笑えない。
普段のフェリスの仕打ちを思い出したライナが、打ちひしがれて両膝をつくのをみて、まだ泣いてしまった余韻が残っていたシエスタがようやくその顔に笑顔を見せる。
「あ、ありがとうございます、ライナさん、フェリスさん」
「いや、まぁ……そんな大したことしてないよ」
「うむ、確かに貴様にとってはそうだろうな。貴様はありとあらゆる変態の上に立つ《変態マスター》ライナ・リュートだからな。あの程度の変態力しかもたない変態では貴様の前には立つことすらできまい」
「お前の中で俺ってどんなキャラになってんだよ!?」
「変態力5か? ふっ……ゴミめ」
「なにそれ?」
「
「あいつ、そんなんでよくお前の剣術教室に通ってるよな……」
そしてとりあえずあいつの人生終わったな……。と、フェリスのサイトの呼び方を聞き何となく悟りながら、ライナはあたりを見回し、周囲の安全を確認する。
「じゃぁさっさと逃げるぞシエスタ。こんなところに居てもロクなことにならないだろうし」
「うむ、そうだな。先ほどいい『足』も見つけたし、さっさとここから逃げるとしよう」
「あぁ? 『足』ってなんだ……」
よ、といいかけ振り返ったライナの視界に、
「ん?」
フェリスに手綱を引かれる、もうかわいそうなくらいガタガタ震えた、先ほどの騎士が連れていた騎竜がいて。
「おい、それ……」
「先ほどそこに落ちていてな。せっかくだから拾った」
騎乗手半殺しにしておいて、その乗っていた竜を鹵獲するのははたして拾ったの分類になるのだろうか……。おまけに、獰猛なはずの竜が小動物みたいなおびえた目でフェリスを見ているところを見ると、どうやら鹵獲する際に一悶着あったのだと思えてならない。
いったい何をしたんだ? と、ライナはちょっとだけ不安を覚えるが、
「……まぁいいや」
よくよく考えたらいつものことなので、考えるのもめんどくさくなりツッコミを放棄する。
「それじゃいくか。シエスタ、弟とかいたろ? ちょっと怖いかもしれないけど我慢して乗ってもらってくれ。この竜フェリスの言うことなら大人しく聞くだろうから」
「ま、まってください!!」
早速逃走体勢に入った二人をさえぎり、シエスタはあわてた様子で木の陰に隠れていた弟たちを呼びながら、どこか固い決意を秘めた瞳で告げる、
「私もここに残ります!」
「え?」
「ん?」
「まだ……お父さんたちが村に残って、私たちが逃げる時間稼ぎをしてくれているんです!!」
「まじかよ……」
シエスタの必死な声での報告に、ライナは思わず顔をしかめた。
それでは確かにシエスタは逃げない。それどころか、ここにいる子供たち全員が残るといいかねない。
だが正直それはライナとしても困る。竜騎士をあっという間に倒したライナ達の腕を見て、シエスタたちは先ほどの不安の反動もあってかなり気が大きくなっているのだろうが、さすがに足手まといである彼女たちを抱えて、竜騎士クラスと戦い続けるのはライナとフェリスであっても難しい。
だから、
「悪いシエスタ。だとしてもやっぱりお前はこのまま逃げてくれ」
「でも!」
「お前のお父さんたちは俺が何とかする!」
「っ!?」
ライナの言葉に食い下がろうとしたシエスタ。だが、ライナは珍しく強い語調でそれを封殺した。そして、
「たのむ……任せてくれ」
「……わかり、ました。無理を言ってすいません」
これがライナのできる精一杯の提案なのだと、シエスタはライナの顔を見てさとる。そして彼女は弟たちをひきつれ、フェリスに睨まれ怯えきっている竜へと乗り込んでいった。
「……というわけで、俺はここに残ることになった」
「ふん。相変わらずの色情狂め。今度はあの娘の父親が狙いかっ!!」
「えぇ……そのノリまだ続けるの?」
いい加減寝不足とやる気不足で死にそうなんだけど……と、グッタリしながらつぶやくライナに満足げにうなずいた後、フェリスはさっさと村に向かって歩き出す。
「ではいくぞ、ライナ」
「ちょい待ち」
「ん? どうした?」
「フェリスは悪いけどシエスタたちについて行ってくれ」
「……」
「いや剣抜くな、剣抜くな!? 理由が、理由があるんだって!!」
「ふむ、聞こう」
くだらない理由だったら首と胴体が離婚するがな。と、腰に差した剣の柄に手を当てたまま聞く体制になったフェリスに、ライナは顔をひきつらせながら慌てて説明する。
「相手は仮にも軍隊だ。捕虜鹵獲の部隊があれだけだとは考えにくいし、そいつらだって竜騎士の可能性がある。シエスタたちにはまだ護衛が必要だ」
「あれに任せればいいではないか?」
フェリスがクイッと指差す先には、先ほどから怯えまくっている竜。フェリスに指差されたことで大きく震え、乗ったはいいもののり慣れない獣におっかなびっくり乗っていたシエスタ姉弟に悲鳴を上げさせた。
「いや、だめだ。学園の文献で読んだけど、あいつら生きている個体はかなり気難しい。お前無しでシエスタたちだけ騎乗ってなると確実に言うことをきかなくなる」
「やっかいな……」
無表情の中に、舌打ちでも漏らしかねない険しさをわずかに滲ませるフェリスに、ライナは思わず苦笑をうかべた後、指輪を掲げる。
「なに、安心しろフェリス。いざとなったらこの指輪もある。適当にシエスタの親父さんたち助けた後、すぐに追いかけるしさ」
「……別に貴様の心配などしていない」
そんなフェリスを安心させるかのようなセリフを吐くライナに、フェリスはすげなくそう返しながらガタガタと震える竜に向かって歩いて行った。どうやら納得はしてくれたらしい。
だが、
「すぐに追いかけてこい。もし私の命令に背いたときは」
振り返った彼女の瞳には、明確な苛立ちと、ほんのわずかな心配が見えていた、
「その首、私が直々に斬りおとしに行ってやる」
「そ、そうならないように頑張るわ」
つまり、来るのが遅いようなら助けに来てくれる……で、いいんだよな?
長い間旅をしてきた仲である相棒の言葉の裏を読みながらも、その瞳に映る明確な怒りをも読み取れてしまうライナは、内心で自信なさそうに呟きながら村に向かって足を向けた。
…†…†…………†…†…
天空にて乱れる自軍の空中艦隊の様子に、タルブ平原に布陣を果たしたトリステイン侵略軍の長――アルビオン陸軍大将グランベル・ド・アイン・メイゼン侯爵は舌打ちを漏らす。
そして、対する敵――タルブ平原にある小高い丘に布陣したトリステイン軍を見て、さらに苛立ちを深くした。
「トリステインの骨董品どもめ!! 怖気づいたか!! えぇい、あの
「げ、現在風系メイジ達に全力をもって霧払いをさせておりますが……敵もどうやら次々と魔法を重ねてあの霧の結界を維持しているらしく」
そう。あの強烈な魔法によって一撃のもと彼らの旗艦を沈めたトリステイン軍は、それによってできた余裕をまるで誇示するがごとく、無数のスリープクラウドを軍周囲に展開。それに紛れてしまうことによってできた霧の結界に籠城を決め込んだ。
当然その霧は吸い込んだ相手に極度の睡眠を促す《眠りの雲》。不用意に近づいては、兵士を無用に失うことになりかねない。
だからこそ、グランベル大将はこうして部下たちが霧を晴らすのを待っていたのだが、
「もうよい!!」
霧の結界が張られてからすでに1時間近くたつ。
アルビオンの艦隊は、旗艦を指揮官諸共に失ったせいかいまだに立て直しの兆候が見られないし、これ以上戦が長引けばトリステインの周囲の諸侯たちも国軍へと加わり、数による絶対的な戦力差が覆される危険すらある。
だから自身がスクウェアクラスのメイジでもある彼は、自らの杖を手に取り詠唱を開始した。そして、
「
その杖から螺旋に渦巻く巨大な大風を放つ!
それによってようやく眠りの雲が晴れ、トリステイン軍の状態をあらわにした!
「なっ!?」
「なんだあれは!?」
驚きを示す副官たちをしり目に、グランベル大将は逆に頭に血を上らせる。
「人形の軍勢ごときで我らの相手は十分ということか――我々を侮辱するも甚だしいぞ、トリステイン!!」
なんと先ほどまでトリステイン軍が陣を張っていた小高い丘には、まるで壁のような鉄の大軍が大盾を構えて控えていた。
そのすべてが等身大の騎士の甲冑の姿をしたゴーレム。おそらくトライアングルクラスのメイジ達が総力を結してこの光景を作り出したのだと思われるが、中には鉄ではない粗雑な青銅の騎士ゴーレムすら存在しており、それがさらにグランベル大将の怒りに拍車をかける。
「所詮は子供のママゴトの域を出ぬ、バーシェンの傀儡女王が率いる軍か。戦と人形遊びが違うことを教えてくれる!! 全兵士、整列……あのバカバカしいうつろな騎士どもを蹂躙するぞ!!」
怒号を響かせながらトリステインに上陸を果たしたすべての兵士たちに号令をかけるグランベル大将は、そばにいた御付の者に指示をだし自らの馬を持ってこさせた。
「ま、まさか大将閣下もお出になられるおつもりですか!?」
「かまわん、国難を人形に任せるような脆弱な軍……もはやおそるるに足らぬ!」
熱く檄しやすい。だからこその戦巧者で有名なグランベル大将ではあったが、今回はその性格が裏目に出た。
愛馬にまたがり自ら先陣を切り飛び出した彼に、追従するアルビオン軍全兵士たち。
その軍勢はまさしく巨大な突撃槍のような形となり、丘を守る盾のように陣を構える騎士人形たちに激突する。
そして、
「押せっ押せっ押せっ押せっ押せっ押せっ押せっ押せぇええええええええええええ!!」
「「「Glory be to Reconquista!!」」」
激烈な大将の号令と、その大将自身が先頭を切り鋼の騎士たちを魔法がかかった杖で叩き潰していくのを見て、アルビオンの兵士たちは士気を高める鬨の声を上げながら見る見るうちに、騎士人形たちを蹂躙していった。
騎士人形たちはそれに恐れをなすかのように、波が引くように道を開け始め、様子を窺うように騎士団の周囲を固める。
しかし、アルビオン軍はその程度では止まらない!!
「進めっ進めっ進めっ進めっ進めっ進めっ進めっ進めぇええええええええええええええ!!」
怒号交じりの大将の号令と共に、初めの突撃の勢いを全く落としていなかった彼らは、とてつもない速度でトリステイン軍深部へ突っ込む。
立ちふさがる騎士人形は叩き潰して、踏み潰し、蹂躙した。それを見た騎士人形たちは先ほど以上の速度で後退し、怯えるように軍の周りをうろつくばかり。
そんなことを続けていると、いつのまにか騎士人形たちは、アルビオン軍に道を譲るかのように両脇へとよけアルビオン軍の進軍を妨げるものはいなくなった。
だが、
「ご苦労だったな、グランベル」
「っ!?」
グランベルはその瞬間、最も聞きたくなかった男の声を戦場で聞く。
「相変わらず貴様が短気すぎる性格で何よりだったよ。では――死ね」
騎士人形がいなくなりアルビオン軍前方の視界は開けた。だが、そこに待っていたのは、その通路を塞ぐように横一列で整列し、魔法が装填された杖を構えるメイジ達と、それを指揮するバーシェン・ フォービン の姿。
鋼の騎士人形と近接戦を繰り広げたため、今アルビオン軍の中に杖に魔法を装填しているメイジがいない。
つまり、彼らがこの状況でとれる手段は一つだけだった。
「にげ……!」
ろっ……と、息を飲んだ後瞬く間に回復したグランベルが叫ぶ前に、周囲で待機していた騎士人形が動く。
「防げ、捨て駒ども」
バーシェンの冷たい命令と共に、ザッと音を立てて先ほどから使おうとしなかった大盾を再び構える騎士ゴーレム。それによって彼らは、アルビオン軍が通ってきた道の両端に突破不能の巨大な盾の壁を作り上げた!
「なっ!!」
これが狙いだったのか!? と、久しぶりに色濃く感じる死の予兆に、グランベルの背中につららを突っ込まれたかのような悪寒が走った。
だが、バーシェンはそんなものを感じさせることすら惜しいといわんばかりに盾の壁ができた瞬間、瞬時に手を振り降し、
「殺れ」
魔法を待機させていたメイジ達に指令を下す。
瞬間、吹き荒れるのはトライアングルやラインクラスの《突破系魔法》。横に広がる範囲系ではなく、竜巻や、波涛、熱線といった敵陣奥地まで攻め入るための活路を開くために作られたそれらは、一直線に破壊を行い、直線上にいた敵を滅ぼす。
本来なら軍を攻め入らせるための魔法だが、このように一直線の通路に敵軍を閉じ込め、友軍と共に横一列に並んで放ったそれは、
「ぐあぁあああああ!?」
「な、なん!?」
「ま、前で何がっ!?」
強力な殲滅魔法へと姿を変える!!
次々と放たれる直線の凶悪な破壊。その攻撃に最も有効な左右への回避を、盾の壁によって阻まれたアルビオン軍は次々とその身に魔法をうけ、蹂躙され、その命を散らしていく。
だが、
「まだだぁああああああああああああああああ!!」
大将であるグランベルと、彼に追いつき先陣を共に切っていたアルビオン国軍精鋭部隊の幾人かは、強烈な破壊をもたらしたその魔法の嵐になんとか耐え、再び突撃を開始した。
次の破壊はもうない、とグランベルは長年の経験から踏んでいた。
突破系魔法はどれだけランクが低くともラインクラスを必要とする中級魔法だ。おまけに軍隊を相手取るとなると、限りなくトライアングルに近いラインクラスが放つことが最低条件。
トリステインの国軍がいくら優秀であろうとも、自分たちの突撃を迎撃するために次の詠唱を間に合わせることは困難だ!
と、いままでの戦の常識から考えたグランベルは、怒声を上げながら自分の軍を蹂躙した愚か者どもに鉄槌を下そうと愛馬の腹をける。
だが、
「
「っ!?」
バーシェンが告げた絶望的なひと言に目を見開き、彼は見た。
先ほど魔法を放ったメイジ達が素早く後ろに後退し、
代わりに魔法を装填したメイジ達が姿を現すのを!
「撃て」
もはや何の感慨もなく言い放たれたバーシェンの命令を、トリステイン軍は何の躊躇も見せず実行する。
今度はグランベルも食らった。
愛馬の首が消し飛び、自分の左半身が雷を伴う烈風にのまれ消滅する。
その事実が信じられず、彼はまだ残っている瞳を不思議そうに瞬きしながら、
「第三陣……撃て」
続いてやってきた三度目の破壊に、彼の意識は今度こそこの世から姿を消した。
…†…†…………†…†…
「まだこの世界では早い戦術なのだがな……」
俺に反則を使わせたんだ。誇っていいぞ、グランベル……と、現役時代ですら使わなかった戦術《回し打ち》をついに解禁してしまったバーシェンは、目の前で頭を消し飛ばされ死んだ敵に敬意を表する。
異世界から来た彼はその世界での知識を使い、彼のいた世界で《魔王》と呼ばれるとある武将が使ったあの《回し打ち》を魔法で行ったのだ。
まず横一列で隊列を組みそれを4列ほど配置しておく。
敵が近づいて来たら遠距離まで届く魔法を使い、敵を殲滅する。
それに続くように第二陣、第三陣と次々と隊列を入れ替え、一番初めに魔法を使った列は後方で再び魔法の装填。打ち止めになったものは後退しその抜けを埋める。ということを繰り返す。
それによって強力な魔法のほぼタイムラグなしで連射するという離れ業をバーシェンはやってのけた。
「凄まじいですね……この連射法。これが世に知れ渡れば、戦の概念が変わりますよ」
「あぁ、そうだな……。そして、この方法が本当に世界に染み渡ったのなら」
もはや魔法の出番はなくなるかもしれん。と、バージェンが呟きそれを聞いてしまっていたアンリエッタは感嘆の表情をぎょっとした顔にかえバーシェンを見つめた。
バーシェンが言ったことはあながち間違いでもない。この戦術は本来《銃》を用いて行う戦術だ。
最近ではマケット銃の中にも、腕のいい職人がつたないながらもライフリングを刻み、魔法以上の射程を生み出した銃ができているし、冶金技術の高いゲルマニアではすでに完全なライフリングについての研究が始まっている。
世間の人々がこの戦術を聞けばだれもが気づくだろう。魔法でできるなら銃でも……と。
そして、それが可能となった時、今まで
「いったいどんな行動に出るんだろうな」
中には貴族の治世に満足している平民たちもいるが、大半の平民はそうではない。そんな中で魔法にも勝てる銃の運用法がわかれば、間違いなく各地で反乱がおき、世間は混沌の渦へと叩きこまれるだろう。
「だから今まで黙っていたんですか? この戦術を」
「――今はまだ貴族の治世が主流の時代だ。いくら射程が伸びようと、所詮銃は魔法に比べると汎用性がまだ低すぎる。反乱を起こせば多少苦戦を強いられるだろうがそれだけだ。最終的に圧倒的な数の力でもまれて鎮圧される。せめて連射、狙撃ができるようになれば話は別だが」
それができるのはおそらく数百年単位での先だろう。
「だからこそ、民たちはまだ静まっていなければならない。例え民の意見が正しく、もはや貴族に改善が見込めないのだとしても、内輪もめで犠牲を出している余裕は、今のトリステインにはない」
そしてバーシェンは告げた、
「この戦い、たとえ敵が投降してきたとしても生かして返すな。皆殺しにしろ。この戦術を世界に広めるわけにはいかないからな」
「……もし、私がそれをためらえば?」
「すまないが、お前を殺して――俺も死のう」
「っ!」
何のためらいもなく、自国の王を殺すと言い切るバーシェンに、アンリエッタは思わず息を飲み、この戦術があの宰相をここまで慎重にさせるほど重要なものだと理解する。そして、
「わかりました……。血の
毅然とした態度で血しぶきをあげて死んでいく敵兵たちを見つめるアンリエッタに、バーシェンはほんの少しだけ感心の吐息を漏らした。
「それにしても――空の様子がおかしいな」
そして、そこで話は終わりだといわんばかりにバーシェンは地上から目をはなし、陸の味方が蹂躙されているにもかかわらず、いまだに隊列を整えて砲撃してこようとしない天空の艦隊に視線を向けた。
「少しさぐってみるか?」
その言葉と同時に、陸の戦場の各地へと散りバーシェンに戦場の状態を教えてくれていた札が、蝶のように一斉に舞い上がり空へと登っていく。
そして、バーシェンは、
「っ!? これはっ……」
天空を舞う、鋼の竜を発見した。
…†…†…………†…†…
アニエスはトリステイン軍士官受付に着ていた目立つ鎧を、アルビオン軍のボロイローブで隠しながら敵地奥まで潜入していた。
突然のアルビオンとの開戦。トリステインにとっては窮地に立たされる事態かもしれないが、傭兵としては戦が起こったというのはむしろチャンスだった。
ここで戦功を上げれば、トリステイン軍に取り立ててもらえる可能性が高くなるからだ。
これでもソコソコ傭兵業界では名の知れた自分ではあるが、所詮は平民の傭兵。貴族の間での知名度などたかが知れていた。
だから、彼女は腕に覚えのある傭兵を集めてウェールズが直々に下した依頼――《敵陣に潜入し、捕まった捕虜の解放を行え》――を何のためらいもなく引き受けた。
ほとんどの傭兵がしり込みするような難しい依頼。しかし、これを完全に完遂してのければ、間違いなくアニエスの名前は王宮に売れる。おまけに依頼をしてきたのはあの亡国の皇太子ウェールズだ。無下に扱われることは決してないはず。
それに、アニエスにはこの作戦が成功すると踏んだ確かな理由があった。それは、
「あのバーシェン閣下が自ら指揮を執っておられるのだ。この戦、一筋縄でいくわけがない」
傭兵どころか、戦いに身を置くものならば誰もが一度はその武勇伝を耳にするトリステイン最強――いや、ハルケギニア最強の男、バーシェン・フォービン。
彼が指揮を執った戦では負けはなく、彼自身もたった一人で軍隊を蹴散らす魔法を打つなどという《烈風》カリンに匹敵する離れ業をやってのける大魔導師。たとえどのような不利な戦況であったとしても、彼が動くなら間違いなくアルビオン軍は辛酸をなめさせられるだろうと、絶対的確信をアニエスは抱いていた。
そして、その予想は見事に的中していた。
「グランベル閣下が戦死されただと!?」
「だ、だから正確なことは分からんと言っているだろうが! だが丘から帰ってきた兵士の報告では……」
「空中艦隊は何してんだよ!!」
「俺たちどうなっちまうんだ!?」
もはや士官も一般兵も関係ない。蜂の巣を殴りつけた上に、もぎ取って火にかけたのような騒ぎのアルビオン軍本陣の様子に、アニエスは小さくほくそ笑む。
これなら依頼も簡単に完遂できそうだと、彼女はその騒ぎに紛れ悠々と敵本陣へともぐりこんでいく。
だが、彼女は知らなかった。
その数秒後、
「くっそ……タルブ村に残っていた兵士を締めたらここだって言ってたけど、生きてるよなシエスタのおやじさん」
と、ブツブツ言いながら、真剣な顔をしているはずなのになぜかだらけきった雰囲気が抜けない黒目黒髪の男と、
「……」
その男を監視するかのように尾行してきた、仮面をつけた紅い髪の暗殺者が同じようにこの陣地へと乗り込んできたということを。
さ、サイト活躍させるはずだったのに!?