ゼロの使い魔と伝説の勇者   作:過労死志願

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聖騎士の末裔

「つ、つまりお前はタルブ村の住人に頼まれて、私と同じようにここに捕まっている人々を解放しにきた傭兵だと?」

 

「あぁ、まぁ……そんなかんじ?」

 

「いい加減だな!?」

 

 しゃきっとせんか!! と、ギャンギャン吠えてくるアニエスの追及を、両手で耳を防ぐことでかわしながら、ライナはひとまず誤解が解けたことに安堵する。

 

 今回は独断専行なのでバーシェンとアンリエッタの名前が出せない。そのため説得には時間がかかってしまったが、とりあえず成功したのでいいだろうとライナ自己完結する。そして、彼は地面に這いつくばらせて押さえ込んでいたアニエスからひとまずどき、さっきの戦闘で着いてしまった服の汚れをパンパンとらはらい落とした後、大きく伸びをした。

 

 ずっと関節を決めながら話していたため、すっかり体が固まってしまっていた。

 

「んじゃ、さっさと村人のところ行こうぜ。いくら元気があっても、あれだけの人数だ……。兵隊に見つからずにこの陣を出られる可能性は低いだろうし」

 

「む、そう言われればそうだな」

 

 本来なら私が護衛として脱出させる予定だったんだが……。と、呟きながら、こちらもライナと同じように立ち上がり、忌々しげに睨み付けてくるアニエスに、ライナは思わず眉をしかめる。

 

 えぇ……勝手に勘違いしたくせにそりゃなくね? とか、俺の話きかなかったのお前じゃん。とか、言いたいことは腐るほどあったが、

 

「あぁ、もうそれすらめんどくせぇ……。もういいよ、だいたい俺のせいでもういいよ」

 

「投げやりすぎだろう!?」

 

 もとよりカッチリした性格をしているアニエスには、そんなライナのふまじめな態度が気に入らないのか、やはりあまり機嫌は良くなさそうな視線でライナをにらみつけ、

 

「くっ……この作戦が終わったら貴様の性根をたたきなおしてやる!」

 

「あぁ、もうはいはい。それでいいよ」

 

 俺、魔法学院男子寮管理人兼バーシェン付きの文官(どれい)だから傭兵なんて二度と会う機会ないだろうし……。と、アニエスの宣言から逃げ切れる自信があるライナは平然とアニエスの怒声を受け流す。

 

 彼は知らない……。この後、王宮を訪れるたびに彼女と会うくらいになってしまうほど、彼女が出世しまくることなど……。

 

 だが、そんなことよりも、

 

「でも、その前に」

 

 今はもっと片づけないといけない問題がある。

 

 それを感知していたライナは、鋭く収容所の影へと視線を走らせ、

 

「いいかげん出てこいよ。森から付いてきているのはわかってんだぞ?」

 

 そこに向かってだるそうな詰問をぶつけた。

 

 反応はない。そんな様子を見て、アニエスは突然影に向かって話しかけたライナを《頭おかしいのか?》と言わんばかりの顔で、視線を向け、

 

「っ!?」

 

 ライナに向かって無音のまま投擲されたナイフを見つけ眼を見開く。

 

 いつの間に投げられた!? と、彼女の視線がそう言っているのをライナは知覚する。

 

 当然、自分に向かって飛んできているナイフなどとっくの昔に気づいていた。

 

 そのため、

 

「はぁ、マジめんどくせぇ……」

 

 暗殺者かよ。と、敵の戦闘スタイルから、そういった戦闘が得意な職種を予想として挙げつつ、ライナは即座に右手を翻し、自分に向かって飛来するナイフの柄をあっさりつかみ取り、その飛来を制止。

 

「返す」

 

 と、軽く告げつつ投げられたときの倍以上の速度でナイフを投げ返した。

 

「っ!?」

 

 驚いたのは暗殺者のほうだ。まさかあのタイミングでナイフをつかみとられた揚句、自分の投擲技術をはるかに上回る速度でナイフが返されるなどと、思っていなかった暗殺者は、沈黙の中に驚きの空気を放ちつつもそのナイフを回避。

 

 しかし、それによって暗殺者の体は潜んでいた収容所の影から飛び出さざる得なかった。

 

「って、おまえ!?」

 

 だが、ライナはそんな暗殺者の姿を見て驚く。

 

 明らかに体術では自分の各下とわかった相手の姿を見て驚く。

 

 それはそうだろう。なぜならその暗殺者は、

 

「水よ……」

 

「まずい!?」

 

「は?」

 

 右手に青い指輪を着けた、

 

「有れ!!」

 

 アルビオンでライナ達を苦しめた、《勇者の遺物》使いの暗殺者だったからだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 何なんだこいつらは? と、アニエスは思わず舌打ちをもらしそうになる。

 

 彼女には理解不能な人物は現状二人存在する。自分を体術だけで倒せるほどの実力があるくせに、常にやる気が見えないメイジ。

 

 こいつに関してはまぁいい。人間としての在り方にいろいろ言ってやりたいことがあるが、一応味方だ。理解できなくても許容はしよう。

 

 だがもう一人は完全に駄目だ。

 

 黒いフード付きのローブに、顔を完全に隠す仮面といった不審者仕様の暗殺者。こいつは、杖や魔力など一切使っているように見えないくせに――信じられない速度で動く水でできたオオカミのような獣を一体召喚し、襲いかかってきた!

 

「おい、ダルそうなメイジ! あれは敵でいいんだな!?」

 

「たぶんそのはずだ! アルビオンでレコンキスタ軍として参加しているのを見ている!」

 

 アルビオンの革命騒ぎのときにもいたのか……。と、さらに謎が深まるライナの存在に、思わず眉をしかめながら、

 

「なら、たたき切る!」

 

 アニエスは、とりあえず自分の安全を確保するために横とびに獣の突撃を交わした直後、その獣の処理をライナに任せ、瞬時に疾走体制に入り獣を放つ仮面の暗殺者に突撃を仕掛ける。

 

 だが、

 

「おそい。あの時の相棒とは比べるべくもないな、魔法使い」

 

「っ!? さがれアニエス!」

 

「つっ!?」

 

 瞬間、ライナの警告が飛ぶ前に、アニエスの傭兵としての長年の勘が、彼女の背中に氷を押しあてたかのような悪寒を走らせる。

 

 アニエスは長年自分を生かしてきたその直感に従い、あわてて突撃を止め急停止。後ろに跳ねるように飛びずさり、

 

「まだいるのか!?」

 

 地面から泉のように湧きだした水が、アニエスの足が通ったであろう場所を食い千切るオオカミの頭に変わるのを目撃し、思わず冷や汗を流す。

 

「何だあれは!」

 

「勇者の遺物……。こっち風に言うなら異世界の神器? 《四獣の聖騎士》ハルフォード・ミランが使ってた、四つの指輪の一つだ!」

 

「……なに?」

 

 ハルフォードの、遺産!? と、この世界に住むものならだれもが知っている英雄の名前に、アニエスは度肝を抜かれつつ、

 

「それは……確かに厄介だな」

 

 経験者(・・・)として、苦虫をかみつぶしたような顔で、思わずうめき声をあげた。

 

 あれは確かに、味方として戦ってくれるなら頼もしいが――敵に回れば恐ろしいほど厄介な存在だと。

 

「って、あれ? し、信じんの?」

 

「この状況で疑ってどうする?」

 

「いや、普通はメイジの魔法だって思うもんだと思うんだけど……」

 

「……」

 

 しまった、下手を打った。と、アニエスは思わず舌打ちを仕掛けた。

 

 それはそうだろう。ライナが言うように普通はあんな異質な獣を見たところで、まずはメイジの魔法か先住の魔法かを疑う。突然伝説のアイテムの力だ! なんて言われたとこで、鼻で笑って切り捨てることが本当なら正しい反応だ。

 

 だが、アニエスは最初からライナの言を信じた。

 

 まるで、その遺物のことを深く知っていて――実在していることを疑っていないように。

 

「……そうか? あんな魔法を使うメイジはそういないだろう?」

 

「……」

 

 だが、半ば疑われているにしてもここで真実を話すわけにも、話すつもりもないしな……。と、アニエスはあくまでしらを切りとおすことを選択したのか、シレッと言い切り後方に控えていたライナから視線を外した。

 

 当然、そのライナ派からは何か言いたげな視線が飛んでくるが、

 

「――水よ」

 

「あぁ、もういっか。ただでさえメンドくせぇ状況なんだし……」

 

 彼のめんどくさがりな性格が功を奏したのか、ライナはそれ以上特に言及することなく、

 

「俺がこいつらを抑える。あんたは逃げろ」

 

 そう言って、先ほど足元から湧き出した獣に加え四頭となって襲い掛かってきた水の獣たちを迎撃するために構える。

 

 しかし、

 

「私に向かって逃げろと? ふざけるなよ。私は戦士だ」

 

 近接戦では貧弱なメイジを一人置いて逃げられるか。そう言ってアニエスはライナの眼前に立ち、剣を構えた。

 

 背中にライナの驚きの視線がぶつかってくる。それはそうだろう。先ほどライナ相手に圧倒されてしまった自分だ。ハルフォード・ミランが使った魔導具を相手にしてはいささか分が悪いと評価されても仕方がないことぐらい自覚している。

 

「おい、やめろっ!! さっきの攻撃躱せたから勘違いしているのかもしれないけど……」

 

 あの指輪の力はあんなもんじゃない! と、ライナが絶叫する前に、

 

「お前こそ勘違いしていないか?」

 

 私の実力があの程度と思ってもらっては困る。と、アニエスはライナの忠告を切って捨てる。

 

 瞬間、

 

「くだらない戯言はそれまでか?」

 

 先ほどの攻撃とは比べ物にならない速度まで加速した水の獣たちが、いつのまにかアニエスの眼前へと到達し、その獅子へと牙を突き立てようと大口を開いていたところだった!

 

 しかし、

 

「いいや、もう少し付き合ってもらおう、暗殺者」

 

 瞬間、アニエスの腰に差された剣が凄まじい速度で引き抜かれ、右足と左腕に噛みつこうとしていた水獣を一閃のうちの両断する。

 

 目もさえるような速度の太刀筋を見て驚いたのか、暗殺者と水獣の動きが固まる。どうやら一瞬指示を滞らせてしまったらしい。

 

 好都合だ。アニエスは不敵な笑い、懐の銃を先ほどの抜刀ほどの速度で取出し、

 

「喰らえ」

 

 発砲。アニエスの左足に向かって這うように襲い掛かってきていた水銃の頭を吹き飛ばす。

 

「くっ!」

 

 そこでようやく自分の水獣が三体瞬く間にやられたことに気付いた暗殺者は、こちらに向かって最後の水獣を消しかけながら後退しかけた。

 

 おそらく、私たちの視界に入らないところから水獣を生み出しけしかける気だろうが、

 

「させると思っているのか?」

 

 アニエスは小さく笑みを浮かべ、両手に持った剣と銃を投げ捨てる。

 

 そして、

 

「そら、追加だ」

 

「っ!?」

 

 マントに結びつけておいた5丁あるうち二つあるマスケット銃を瞬時に引き抜き、照準――発砲!

 

 襲い掛かってきた水獣と、逃げようとした暗殺者の肩を瞬時に射抜いた!

 

「ぐぅっ!? 貴様!?」

 

「あいにくと私はメイジ専門の賞金稼ぎとして有名でな。魔法に対抗するために、銃はいつも複数持ち歩いている」

 

 おかげですっかり鍛えられてしまった。と、最近女性特有の柔らかな肌を押しのけ硬質な筋肉が顔を出し始めているのをちょっとだけ切なく思いつつ、アニエスは両手に持った二丁の銃を破棄。先ほど捨てた剣と、マントにまだ残っていた最後のマスケット銃を片手ずつに持ちライナに笑いかける。

 

「これでもまだ、私に逃げろとぬかすか?」

 

「……はぁ、マジかよ。さっき俺が勝てたの実はまぐれじゃね?」

 

「戯言を……」

 

 お前だって本気は出していないだろう……。と、内心で舌打ちしつつも、

 

「デカイは魔法で一撃だ。しばらく時間稼いでくれ」

 

「時間を稼ぐのはかまわんが――あまりかかるようなら倒してしまうかもしれんぞ?」

 

 アニエスはそう告げつつ、肩をうがたれた痛みにうめき声を上げながらも、しっかりとこちらを攻撃するための水獣を生成しなおしている暗殺者に向かって、疾走を開始した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 賞金稼ぎだと? と、暗殺者――ビオ・メンテは冷や汗を流しながら、抗議の声を上げかけた。

 

 なぜなら、

 

「傭兵アニエス……。何が賞金稼ぎだ」

 

 奴はそんな生易しいものではない。と、ビオは暗殺者として知っていた。

 

 なぜならアニエスは、彼女のご同輩として裏社会の名を馳せていたからだ。

 

 メイジを嫌う――特に炎の魔力を持つメイジを蛇蝎のごとく嫌うこの女傭兵は、裏社会ではこう呼ばれていた。

 

 《メイジ狩り・メイジ専門暗殺者》アニエスと……。

 

 その依頼達成率は驚くべきことに100%。平民では絶対に勝てないといわれるメイジを専門として取り扱っているのに……だ。

 

「格が違う」

 

 この伝説の指輪を手に入れてようやく化物集団と並び立てる自分では、素の戦闘能力で一歩も二歩も劣っているような各上の傭兵。

 

 まともに取り合っていては命がいくつあっても足りない。

 

 だから、

 

「水よ……」

 

「っ!? また獣が増え……!!」

 

 彼女は何のためらいもなく、逃げを打つために、水の獣による物量ゴリ押しによって敵を足止めする選択肢をとった。

 

 もとより彼女はここで戦闘するつもりはなかった。ライナに気付かれたため、仕方なく交戦したに過ぎない。

 

 本来の彼女の依頼は、ライナ達の暗殺ではなく、ウェールズの暗殺。今回このタルブ平原に来たのも、戦闘のどさくさに紛れてウェールズを殺すつもりでやってきていたのだ。

 

 だが、

 

「めんどくさいことに巻き込まれちゃったわね……」

 

 彼女は結局その依頼よりも、とある野暮用を遂行することを選択した。

 

 幸い暗殺期限はまだまだ先だ。トリステインがアルビオンを包囲することができる戦力を整えるまでにはまだまだ時間がかかる。ここで多少チャンスを逃したところで、ウェールズ程度なら殺す機会はいくらでも……。

 

 と、彼女は自分の心に言い訳しかけて、

 

「何やってんの、私……」

 

 と、思わずため息を漏らした。

 

 暗殺者らしからぬ判断だったと彼女は自覚している。人にやとわれる暗殺者なら、役に立たないとなれば即座に切り捨てられる暗殺者なら、何をおいても依頼を達成するための努力を惜しんではいけないのに……わざわざ火竜騎士団にケンカを売ってまで、ある少女を助けてしまい、あまつさえアフターケアのために男メイジがうまく捕虜を解放できるかどうか見張るなんて、

 

「ほんとうに……最近の私はどうかしている」

 

 普通の生活に、入り浸りすぎたのかしら? と、小さく嘆息を漏らしながら、大量の水の獣に足止めされているアニエスを一瞥し、

 

「水よ!!」

 

 再度、自分が思い描く光景を作り出すため、水の獣に指示を出した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 変化に気付いたのは水の獣たち相手に苦戦しているアニエスを、後方で見ていたライナだった。

 

「っ!? アニエス……気をつけろっ!」

 

「なに……を」

 

 いいだす!? と、いいたかったのか、邪魔をするなといわんばかりの険しい声音で怒鳴りかけたアニエスだったが、自分の目の前で起こった信じられない光景に気付いたのか、思わず息を止めた。

 

「……な、なんだあれは!?」

 

 水の獣が続々とアニエスから引いていき、暗殺者の前に集まると見る見るうちに一つの巨大な塊へと変貌していた。

 

 それはやがて形を整え、その存在を世界へと知らしめていく。

 

 筋骨隆々とした猫背の透明な巨躯。その背中からは巨大な蝙蝠の翼が生えだし、耳まで裂けた口からはぞろりと鋭い牙をのぞかせる。

 

 瞳は金色の色を宿し、その頭部からは牡羊のような巨大な螺旋に巻かれた角が突き出ていて……その姿はまるで、

 

「あ、悪魔か!!」

 

「くそっ!!」

 

 ライナはその光景を見て思わず舌打ちを漏らした。

 

 あの姿は間違いない。自分と相棒が手も足も出なかった、あの漆黒の男――フロワードも使っていた、悪魔の姿だ。

 

 あの時は、首を斬りおとされようが腕を断ち切られようが、平然と元に戻って襲い掛かってきた悪魔に手も足もでず、何とかハッタリでフロワードを脅しひかせたのだが……

 

「逃げろっ! アニエスっ!!」

 

 この場に頼れるフェリス(あいぼう)はいない。

 

 アニエスもかなり強いが、それでもフェリスには劣ることが今までの戦闘でライナには十分わかっていた。

 

 勝てるわけがない! ライナはそう確信していた。だからこそ、ライナはアニエスに逃げるように叫ぶが、

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「くっ!?」

 

 悪魔があげた産声が、アニエスの行動を阻害し逃走をさせない!

 

 悪魔の大音量の絶叫に、アニエスが思わず耳を塞ぎしゃがみこんでしまったからだ。

 

「しまっ!?」

 

 アニエスが悲鳴を上げかけ、

 

「アニエスぅううううううううううう!!」

 

 ライナが絶叫する。しかし、

 

「――!」

 

 間に合わなかった……。

 

 悪魔の丸太のような腕が振るわれ、アニエスの華奢な体を爪でとらえる。

 

 まるで弾丸のように宙を飛んだアニエスは、そのまま壁にたたきつけられ、

 

「がっ……」

 

 動かなくなった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「かはっ……」

 

 ビオは仮面の中で荒い息をもらし、何とかライナ達から距離をとっていた。

 

 やはりまだまだ制御訓練が必要ね……。と、ビオは小さく漏らしつつも後ろをわずかに振り返り、先ほど自分が作り出した悪魔の姿を確認した。

 

 先ほど自分が畏れたアニエスは、どうやら悪魔にやられてしまったのか、グッタリと壁にもたれかかったまま動かなくなっていた。

 

 もう一人の敵であるライナは、そんなアニエスを見てしばらく呆然とした後、

 

「……くそっ!!」

 

 泣きそうな顔になりながら、朗々とルーンの詠唱を再開した。

 

 あの詠唱……おそらく使う魔法はライトニングクラウド。風のスクウェア魔法だ。

 

 自分が作り出した水獣たちには一般的メイジ魔法など児戯に等しい存在でしかない。しかし、スクウェアの広範囲魔法となると、話は違う。

 

 火力もさることながら、その広範囲に至る攻撃魔法を水獣だけで防ぐだけの技量が、今のビオにはなかった。

 

 おまけに、

 

「あの悪魔生成にもかなり無理をしていますしね……おそらくもってあと数十秒」

 

 かなり輪郭が怪しくなり始めている悪魔の姿と、無理して自分の限界以上の性能を指輪に強いているせいで呼吸器系に異常が出始めている自分の体に、ビオは悪魔の顕現限界時間を割り出す。

 

 だがこのままでは、ライナが作り出す魔法によってビオは致命的な一撃を食らうことになる。死にはしないにしても、恐らく自分は確実に気を失ってしまう。そんなことになれば捕虜として捕まり、レコンキスタの情報を引き出すために凄絶な拷問にかけられてしまうだろう。

 

そんな未来が簡単に予測できたため、ビオは最後の力を振り絞り、

 

「いけっ……!!」

 

 悪魔に指示を下す。

 

 その指示は、

 

「なんでもいい……あの男の詠唱を止めろ!」

 

 悪魔は忠実にその指示に従い、

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「っ!!」

 

 ライナに向かって鋭い爪をもつ大きな腕を振りかぶる!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 どうする!? ライナは自分に向かって振るわれる巨大な腕を見て、思考を巡らせる。

 

 ライナの身体能力ならよけられないこともない。だが、ライナはいまだにメイジ魔法を覚えたとはいえ使い慣れたわけではない。

 

 下手に詠唱途中に激しい動きをしてしまえば、魔法の結実に失敗し魔法が発動しない可能性があった。

 

「くそっ!」

 

 中途半端に指輪の制御と、魔法の訓練をそれぞれしていたツケがここで回ってきた。

 

 どうする!

 

 ライナは考えに考えた結果、

 

「仕方ない……」

 

 魔法を崩してでも、悪魔の一撃をよけることを選択した。

 

 それはそうだ。命あってのものだね……。あの危険な暗殺者は逃すことになるだろうが、背に腹は代えられない。

 

 と、ライナが回避動作に移るためわずかに重心を動かしかけたときだった。

 

「やめるな! 魔法を打ち込め!!」

 

「っ!?」

 

 その行動を制止する声が一つ。ライナは思わずその声に従い、瞬く間に魔法を完成させ、

 

『ライトニング・クラウド!!』

 

 雷を内包する黒雲を、捕虜収容所全体に解き放った!

 

「っ!?」

 

 そこから発生する雷の一撃が暗殺者に向かって襲い掛かる。

 

 だが、暗殺者はかろうじてそれの気づけたのか、わずかに体をずらし回避行動をとった。だが、

 

「グぅ!!」

 

 雷撃の速度にはさすがにかなわなかったのか、雷の一撃により、仮面を見事に弾き飛ばされた暗殺者はうめき声をあげてうずくまる。

 

 そして、ライナに迫っていた悪魔の一撃は、

 

「……あに、えす?」

 

「あの程度で私がくたばったとでも思ったのか?」

 

 見くびるなよ? と、不敵に笑い、いつの間にか復活を果たしていたアニエスによって止められていた。

 

「っ!! 何してんだバカっ!!」

 

 ライナの脳裏によみがえるのは、悪魔の爪の一撃をくらい血まみれになったフェリスの姿。

 

 あの時の相棒は、軽く生死の境をさまよいライナの必死の看病と、剣術によって鍛えられていた体によって何とか命をつなぐことに成功したのだ。

 

 そんな一撃を、アニエスは受けた。

 

 無事であるはずがない!

 

 ライナがそう思いあわててアニエスに駆け寄り、

 

「え?」

 

 その体に傷一つ付いていないことに唖然とした。

 

「本当は使いたくなかったんだがな……」

 

 苦々しげにつぶやいたアニエスの体は悪魔の爪によって貫かれるどころか、土一つ付いていない白銀の鎧によって完璧に守られていた。

 

 先ほど振るわれた悪魔の一撃も、アニエスに傷をつけていない……いや。

 

「止まってる?」

 

 その一撃は、アニエスに鎧に食い込む目前――数センチほど手前でまるで見えない壁に阻まれているかのように静止していた。

 

 いったいどうなってんだ!? と、ライナは驚いていたが、

 

「っ……風っ?」

 

「ほう……よく気づいたな」

 

 アニエスの周囲にゴウゴウとうなりを上げて、壁を作り出している風の障壁に気付き目を見開いた。

 

 なぜなら、アニエスを守る風の壁はライナの複写眼(アルファ・スティグマ)に映らなかったから。

 

 すなわち、その壁は魔法によって作られたものではないということ。だというのに、悪魔の一撃を防ぐほど強固な障壁を張っている。となると、そんなことができる物の正体は――ある一点に絞られる。

 

「勇者の――遺物」

 

「勇者か。どちらかというと聖騎士だな……」

 

 魔法は嫌いだから私はあまり使いたくないんだが……。と、アニエスは苦々しげに漏らしつつ、地面にうずくまる暗殺者の方を振り向き、冷たく告げた。

 

「私の名前は――アニエス・ミラン(・・・)。《四獣の聖騎士》ハルフォード・ミランの末裔にして、彼の鎧《フェリペスの外殻》を継承した者だ」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 時分と同じ異界の神器使い!? ビオの脳裏に戦慄が走った。

 

 まずいまずいまずいまずい……!? こんなところで、こんなでたらめな敵に会うなんて予想外すぎる!

 

 ビオは自分の運のなさを呪い、敵の強大さに舌打ちする。

 

 だが、

 

「捕まるわけにはいかないのよ……」

 

 捕まった暗殺者の末路なんてどれもろくでもないものなのだから……。自分の命と尊厳を守るために、

 

「水よっ!!」

 

「なっ!?」

 

 ビオはあえて命令を下す。

 

 命令する相手は、形状維持すら難しくなり始めている悪魔。

 

 指示内容は簡単。

 

 ――自壊せよ。

 

「しまっ!!」

 

「おわっ!?」

 

 その命令を正しく果たした悪魔は、ただの水の濁流と成り下がりアニエスの体を飲み込んだ。それと同時に、後ろに控えていただるそうな男のメイジが、慌ててライトニングクラウドの魔法を解く。

 

 それはそうだろう。使用者のビオだからこそ、指輪で生成されたこの水は通電しない知っているが、普通の人間なら雷に満ちた空間に発生した水を見た瞬間、まずは感電することを恐れる。

 

 だからこそ、ビオは黒雲がなくなった通路を悠々と逃走することができた。

 

 体は引きずっていても、ダメージのほとんどは指輪の酷使によるものだ。しばらく休憩すれば元に戻る。先ほどくらった雷撃も仮面を犠牲にするぐらいで被害は微々たるもの。

 

 あの仮面はお気に入りだったが仕方がない。また新しいものを買おう……。と、小さく今まで愛用していた仮面の名残でちらりと後ろを振り返り、

 

「なっ!?」

 

 男性メイジが自分の顔を見て驚き固まるのを見て、まずいと眉をしかめた。

 

 顔を見られた……。それも素顔の……。いや、任務中はどうせ違う顔になっているし、普段の生活でも素顔を晒したことなんてないのだから別にここでこの男に素顔がばれたところで何ら困りはしないのだが、だからといって暗殺者が素顔を知られることは、あまりほめられたことではないだろう。

 

 そんなことに小さく舌打ちしつつ、ビオはさっさと姿を消す。

 

 男のメイジが――「なんでこんなところにっ!?」と、死人を見るような顔で自分の背中を見つめていることなど知らずに。

 




辞めといたらと友人に言われましたが……。

 せっかく、『ミラン』なんておいしい名前してんだぜ!? 使わない手はない……。

 はい、ごめんなさい……調子に乗りました。

PS.拝啓、
 天国へ行っておられるはずの故ヤマグチノボル先生
 原作が完結していないのに逝かれてしまったのは、一ファンとして非常に悔しいです。最終構想は出来上がっているらしいのですが、はたして続きが出るかどうか……。

 とにかく、お悔やみ申し上げます。

 あなたが描き出した《ゼロの使い魔》はさまざまな二次作家に活躍の場を与えてくださいました(まぁ、二次創作自体あまりほめられたものではないですが……)。一人の二次作家として、このような夢のある世界を描き出していただいたことを、深く感謝いたします。

 敬具

 2013年4月12日

       過労死志願

 ヤマグチノボル様
       侍史
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