『この世界にきてから十年がたった。ここにいる人々は私の国とおなじように貴族に弾圧されていたが、意外とちゃんとした領主が多く、殆どの民が平和に過ごしていた。
現在のローランドとは雲泥の差である。
しかし、どうやら私は帰らなければならないらしい。昨日女神の刺客がやってきた。
幸い撃退することができたが、そいつがいうには指輪を持ったローランド王が一人の部下を使い中央大陸へと侵略をはじめたらしい。
世界の終わりがちかい。だが、まだあの世界は崩壊するべきではない。
今回の伝説はなにかが違う。あの世界に脈々と受け継がれてきた崩壊のプロセスが崩れはじめている。
《聖剣》《墜ちた勇者》《寂しがり屋の悪魔》《女神》《司祭》…………。
それら全てが狂いはじめている。
あの世界が救われるのか、はたまた違う崩壊が起こるのかそれはわからない。だが、昨日没した《
ガンダールヴに剣と《先住》を教わり、ブリミルたちにはここの魔法を教わった。
黒叡の指輪程度なら私にもどうにかなるだろう。
この手記を手にとっているかたは、おそらく私があの世界から持ち出した四つの指輪のどれかを見つけられたのだろう。
わけがわからないかも知れないが、この指輪を異世界へと持っていくのはやめていただきたい。
万が一にも私の世界に帰ってきた時には、もうとりかえしがつかない。
折角、女神たちの目の届かないところへ忘却欠片(ルール・フラグメ)を送り出す事ができたのだ。外した歯車をもとに戻すのはやめてほしい。
それさえ守っていただけるなら、その指輪はアナタの強力な武器になるだろう。
青の《水乱の指輪》。
赤の《炎架の指輪》。
緑の《風坐の指輪》。
黄の《地留の指輪》。
これらの指輪の異世界渡航は固く禁ずる。
私はこれらの指輪をバラバラに捨てにいった。
サハラ。
トリステイン。
アルビオン。
ガリア。
それぞれ、前人未到の未開の地である。
何らかの間違いでどれかの指輪をもっているどなたか……他の指輪を探しにいくのはやめておいた方がいいと言わせていただく。
さて、訳のわからない話に最後までつきあっていただき感謝する。
そのお礼と言ってはなんだが指輪の使い方を教えよう。
簡単なことだ。指輪の頭文字の後に『○よ、有れ!』と言ってくれるだけでいい。
あとはイメージするだけでいい。獣に武器……様々な自然現象が様々な形状になりアナタを守ってくれるだろう。
ブリミルがゲートを開いてくれた。どうやら帰る時がきたようだ。
ガンダールヴ。ヴィンダールヴ。ミョズニトニルン。《────(劣化が激しすぎたため解読不能。)》。
そして、その主ブリミル。
私と同じ世界からきたひとがコレを読んでいるのなら、彼らに頼るといいだろう。きっと力になってくれるはずだ。
汝の頭上に大いなる星の恵みがあらんことを。
筆者
『ハルフォード・ミラン』より 了 』
「やっぱり……あの黒叡の指輪と同じ遺物だったか……。だが、帰った手段は明記されていないな。《ゲート》って言葉だけじゃな…………類推も難しい。にしても、子孫とえらくちがうな、聖騎士ミラン」
古文書を読み解いたライナは疲れた目を押さえつつ、あの真っ黒な危険人物を思い出した。
「にしても途中でわけがわからない文字が出てきたな………《女神》やら《勇者》やら…………。一体なんだったんだ?」
ライナは何度か古文書に目を通してみるが、やはり理解できなかった。
「まあ、あいつの先祖だしどこかしらおかしくても仕方ないか……」
結局、狂人の戯れ言と結論付けてしまったライナは、その言葉に関して考えるのをやめてしまった。
ここに『空から落ちてくる声』『複写眼』などのワードがあれば、ライナも真剣に思考したのだろうが、あいにくとこの古文書には載っていなかった。
そしてローランドに帰った彼は、後で『どうして面倒がらずにきちんと考えなかったんだ!』と後悔することになるが、それはこの物語で語られるべきことではない。
いまいえることは、
「解読のために夜更かししちまったからマジで眠い……。暫く寝よ」
この後に、ライナが安眠を妨害されるであろうということだけだった。
…†…†…………†…†…
ドッゴォオオオオオオオオオオオオン!!
ライナが惰眠を貪る夜にその音は響き渡った。
あまりの轟音にライナは一瞬だけ額に皺を寄せたがなにかがギャーギャー騒ぐ音がきこえたあとすぐに静かになったので、この時は起きずにすんだのだ。
しかし、
ズンズンという足音と共にライナの寝室の窓に巨大な何かの影がうつった。
ライナはそれでも布団を頭まで被りなんとかたえる。
残念ながら無駄な抵抗になってしまったが……。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
筆舌にし尽くしがたい、轟音を通り越して爆音にまで昇華された空気の波が、ライナに叩きつけられた。
「って、ウルサイワァアアアアアアアアアアアアアア!」
もうキレた。ぶちギレた。
ライナは怒声とともにパジャマのまま窓から外に飛び出す!
ライナの部屋は管理人室なので寮の一階にある。だからこんなまねができるわけだが……………よい子の皆はちゃんと玄関から出入りしようね!?
そして、外に飛び出したライナは見た。
月をバックに歩く巨大な人影を。
「ああ!?」
さすがのライナも一瞬だけ思考が停止してしまうが、両目の複写眼によってそれがこの世界の魔法による産物だということに気付いたのでそこまで混乱はしなかった。
『おいおい……無機物をまるで人のように動かすなんて、何でもありだなこの世界は』
とはいえ、巨大さゆえか、その重量ゆえかはまだ解析できないが、動き自体はぎこちない。あれならフロワードが生み出した悪魔のほうがまだ怖い。
「にしても夜中に派手なことをするやつがいたもんだな……何年のバカだ?」
その時、草原の中央まで歩いた巨人が突然崩れ始めた。
空中で旋回するドラゴン(おそらく)が気になりはしたが、ライナはそれ以上に気になる存在を見つけた。
巨人の大規模な崩壊とともに、巨人の肩から飛び降り、一つの魔法をつかい土煙をわざと増やした人影を見たのだ。
それは、暗部にいたライナの目から見てもなかなか手際がいいものであり、逃走に関しては一流の雰囲気を漂わせていた。
「魔法の演習でもしてたのか? たく、もっと静かにやれっての」
土煙に紛れてこちらに逃げてきた人影に向かって、ライナはそういった。
「っつ! お前……なぜここに!!」
「あんなでかい音たてられて目が覚めないほうがどうかしているだろう? 学生だからってはしゃぐのも大概にしろよ」
「……………え?」
ローブを被った逃走者──《土くれ》のフーケは今言われた言葉に固まったが、ライナの反応は当然と言えた。
ライナは今日男子寮の寮監になったばかり、しかも今まで王都の下町に滞在していたためこの世界の貴族なんてものは数える程度しか見たことがない。
フードを被った全身ローブの人物を見ても、こんな恰好が流行ってんのかな…………としか考えられないのだ。
おまけに彼は、フーケが盗みに入ってきたことは知らない。フーケの名前ぐらいは聞いたことがあるが、まだこの世界にきて間もないライナに、彼女がフーケだと気付けと言うほうが酷だろう。
「あ、あはは…………す、すいませんねぇ。トライアングルを唱えられるようになったから、ちょっとはしゃぎすぎちゃって。」
どうやらフーケは学生で押し通すことにしたらしい。あからさまな愛想笑い(顔が見えないから意味がないが……)を浮かべながら、じりじりとライナから離れていく。
嫌われたか? どうでもいいけど。
その態度に若干傷つき、すぐにいつもの態度に戻ったライナは、めんどくさそうに頭を掻きながら寮に帰る。
「たく、今度からは静かにやれよ。」
それだけ言い残すと再び窓から自室に侵入。しっかりと鍵をかけ安らかな眠りの世界へと旅立ったのだ。
…†…†…………†…†…
本当に寮に帰ってしまったライナにポカンとしたあと、フーケは慌てて学園を飛び出し、念のため用意しておいた仮初めの宿に向かった。
夜の闇の中を素早く走り抜けながら、フーケは先程の眠たそうな黒髪の男を思い出していた。
裏稼業に身を落としてから随分と経つ。
そんな自分に人がとる態度はいくつか種類があったが、今回のような気さくで気を使ってくれている対応はなかった。
それに、なんだか落ち着くのだ。普段から気をはって生きている自分だが、あの眠そうな男の前だと、その生き方がバカらしく感じてしまうのだ。
男の勘違いとわかっていながら、そのことを懐かしく、嬉しく感じてしまっている自分に愕然としながら、フーケは夜の道をひた走った。
…†…†…………†…†…
翌朝。
ライナは崩壊した巨大な壁の前にできた人だかりを見て首を傾げていた。
「なにかあったのか?」
朝早くに学院長から呼び出しをくらったライナは眠い目をこすりながら、珍しく早起きをしていた。
ライナはそういいながら、とくに気にした様子もなくそこをスルー。
さっさと学院長室へと歩いていく。
「失礼します。」
だらけきった態度と、明らかにやる気がなさそうな声音で学院長の返事も待たずに入ってきたライナにここに集まっていた貴族たちは明らかな不快の表情を浮かべていた。
まあ、ライナにとってはどうでもいいし、こんな視線は子供の頃から向けられているので気にするほどのことではない。
「おお、ミスタ・ライナ!ようやく来られたか!?」
「なんかあったんすか?」
隠そうともせずに欠伸をかますライナに、ギトーが顔を真っ赤にしながら食って掛かった。
「何かあったかだと!? 土くれがでたのだよ、新入り!! あの王都を騒がせている土くれのフーケが、ゴーレムを使い我が学院の宝物庫からまんまと《破壊の杖》を盗みだしたのだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすギトーを鬱陶しく思いながら、ライナは何故かいるルイズに近づき、こう尋ねた。
「なあ……ゴーレムってなに?」
場の空気が一気に白けて、全員がライナから視線を外す。
「あんた、ゴーレムも知らないの!? 土の魔法で、大地を材料に魔法使いの意のままに動く人形をつくるの!!」
「仕方ないだろう。俺は異世界人なんだから。で、おまえらはなんでここに?」
「昨日の夜、学園の宝物庫に泥棒が入ってお宝を盗んでいったんですよ。その犯行の現場を俺たちが見ていて呼ばれたんです」
ああ、あいつ泥棒だったんだ。
内心で気の抜けるような感想を抱きながら、ライナは少しだけ困ってしまった。
基本的に仕事をしたくないニート思想をもつライナだが、今回は元の世界に帰るためにこの職場をクビになるのは困る。
しかし、ライナは、ばれたら即首になってしまうぐらいの失態を犯してしまっていた。
フーケを素通りさせたなんてばれたら流石にやばいよな? バレる前になんとかしないと。
「ああ。マジメンドクセェ」
ライナがそう呟き、ルイズとサイトが慌てて口を塞ごうとしたとき……!
「失礼します」
オールドオスマンの秘書にしてセクハラの被害者であるミス・ロングビルが室内に入ってきた。
ライナは彼女を見て少しだけ目を細め、無言になった。
「ミス・ロングビル! どこにいっていたのですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」
興奮したコッパゲがロングビルに詰め寄るのを見つめて、ライナはすぐにまた眠そうな表情になり視線をそらす。
「申し訳ありません。朝から急いで調査をしておりましたの」
「調査?」
ライナがあからさまに不信の声を上げ他の教師たちに睨まれているのを尻目に、ロングビルはペラペラと自分がしてきたことを話し始めた。
「今朝方起きたら大変な騒ぎではありませんか。そして宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、コレが国中を騒がせている大怪盗の仕業と知りすぐに調査を始めました。」
他の教師たちが感嘆の声を上げる。流石はオールド・オスマンの秘書である。
「で、結果は?」
そしてコッパゲが先を促す。
「はい、フーケの居場所がわかりました。」
「な、なんですと!」
というか、驚きすぎだろこのコッパゲ。
とライナは素っ頓狂な声を出すコッパゲに呆れたような視線を送る。
先程からの彼の仕草を見ているとどうも軍人くさい印象を受けるのだ。
それもかなりできるはずの。今は退役して鈍っているのかも知れないが、それを差し引いてもひどい取り乱しかたである。
「なあ、ルイズ。あの人どんな人なんだ?」
「コルベール先生のこと? 《炎蛇》って呼ばれる《火のトライアングル》なんだけど、優しい人よ。ちょっと……変わっているけど。」
暗に『変人である。』といったルイズに苦笑しつつ、ライナはコルベールを見つめた。
実力を隠して過去を隠すか……ヤバイことをやっていたのかもな。
これ以上深く突っ込むのは文字どおりやぶ蛇になりそうなので、ライナはコルベールの観察をやめた。
いつの間にか話題は討伐隊の結成に移っており、教師たちが立候補しないのを見るとルイズがすかさず手を上げた。
となりにいた赤毛と青髪の女子たちもだ。
「オールドオスマン! わたしは反対です! 生徒達をそんな危険にさらすわけには」
ふくよかな女性教員からはなかなか好感が持てる意見がでたが、
「ではきみが行くかね、ミセス・シュヴルーズ」
というオールドオスマンの言葉にあっさりとひっこんでしまった。
まあ、教師なんてこんなもんだろう。
と、今までろくな教師にあってこなかったライナはそう判断し、指輪がはまった手を上げる。
「おれがつきそいでいきます。それなら文句はないでしょう」
「おお! ミスタ・ライナ、君が行ってくれるか!!」
意外なところからきた立候補に少々おどろきながらも、オールドオスマンは顔を緩めた。
色々と理由付けをしてみたが、彼自身も教育者の一人である。正直生徒達だけで行かせるのは不安に思っていたところなのだ。
風のスクウェアの彼なら、土のトライアングルと噂される土くれごときに遅れはとるまい。(いまだに勘違いをしているオールドオスマン。)
そう考えたオスマンは諸手を上げて喜んだ。
ライナにはライナの目的があるのだが、それは秘密である。
「それでは、トリステイン魔法学院の名誉にかけて、《破壊の杖》を取り戻すのじゃ!」
ルイズたちは貴族らしい一礼を、ライナは大きな欠伸を返し、オールドオスマンの命令をうけたのだった。
…†…†…………†…†…
街道をかなりの早さで進む馬車。
そこにはフーケ討伐隊の面々がのっていた。
イライラとサイトを見つめるルイズ。腕から伝わってくる感触に鼻の下を伸ばすサイト。自分の胸を押しつけるようにサイトと腕を組むキュルケ。それらを一切無視して本を読み耽るタバサ。そして激しく揺れる馬車の中でも爆睡し続けているライナだ。
御者はミス・ロングビルが行っていた。
「ミス・ロングビル………手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」
キュルケが黙々と手綱を握る彼女に話し掛けた。
「私は貴族の名を無くした者ですから」
ミス・ロングビルはそういって苦い笑みを浮かべながら手綱を操っていた。
「アナタはオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」
「ええ。でもオスマン氏は貴族や平民ということはあまり拘らないおかたです」
「差し支えなければ事情をお聞かせ願いたいわ。」
曖昧な笑みを浮かべて口を閉じるロングビルを、いつの間にか起きていたライナはつぶさに観察して一つの結論を出した。
だが今はそのことは言わない。
いや……めんどくさいだろ? 色々と……。
「ふーん。まあいいわ。」
ライナがいつもの病気を発症させている時、キュルケはルイズからの注意を聞きロングビルへの質問を切り上げた。本当なら食い下がって尋ねたいのだろうが、今回はもう一人根掘り葉掘り事情を聞きたいひとがいた。
「そちらの男性はどなたなのかしら?」
そう。ライナである。
「ああ?俺か。俺は異世……」
あっさり真実を話そうとするライナの口をルイズとサイトが飛び掛かってふさいだ。
『馬鹿!なにあっさり話そうとしてんのよ。』
『はぁ!? いや、なんでダメなんだよ。別にばれて困ることなんてないだろう?』
『あんたは貴族って思われているから男子寮の管理人やれて魔法の資料も閲覧できるのよ! 異世界からきた平民なんてバレたら即効で下働きに落とされて魔法に関する資料閲覧も禁止されるわよ!』
サイトが自分の扱いのひどさを思い出しながらかなり深刻な表情で何度も頷く。
『じゃあどうしろって言うんだよ!』
『いいから、私に話をあわせなさい!』
それだけいうとルイズはライナの口から手を離し、咳払いをしたあと、平然とした表情でウソをつらつらと並べていく。
「こいつは昔ヴァリエールに仕えていた騎士なの。でも父親が領(うち)の税金をちょろまかしたから貴族の階級を奪われたの。昨日トリスタニアで物ごいしていたのを偶々見つけて、可愛そうだったからオールド・オスマンに頼んで男子寮の管理人にしてもらったのよ。こう見えて風のスクウェアだしね!」
貴族には《嘘八百》のスキルがデフォルトで備わっているのか? とサイトが下らないことを考えていたが、ライナはその話にのった。
「どうも、ライナ・リュートです。よろしく」
大あくびをかましながらペコッと頭を下げるライナには貴族らしさなど微塵も感じられなかったが、キュルケのいるゲルマニアには金で成り上がったにわか貴族も多いので特に気にすることもなかった。
タバサは少しだけ不信そうな目を向けてきたが最終的に関係のないことと割り切ったのか、本に視線を戻した。
…†…†…………†…†…
馬車は薄暗い森のなかに入ってしまい、六人は徒歩で森のなかを進むことになった。
「お前、本気でその剣で戦うつもりなのか?」
「え、そうですけど。」
「まあ、おまえがそれでいいなら別にいいけどさ……………。」
ライナは先ほどサイトがキュルケから貰っていた剣を見ながら、「大丈夫かよこいつ」と思っていた。
武器屋の親父が実戦用と売り払おうとしていた儀礼用の剣だ。
ライナの見立てでは間違いなく戦闘の途中でへし折れる。
だが、まあ、今回は別にいいだろう。わざわざ注意してキュルケに敵視されるのはめんどくせぇし。戦うつもりは毛頭ないし。
ライナがそんなことを考えながら歩を進めると、開けた場所に出た。
森のなかの空き地といった風情である。
広さは魔法学院の中庭程度。その中央には木こり小屋の廃墟がポツンと建っている。
「私の情報ですとあの中にいるそうです。」
「偵察が必要」
口を開いたのは青い髪を持つ痩せっぽっちな少女──タバサだった。
ライナは彼女のことも気になっていた。凍てついたような無感情さが、初めて会ったときのフェリスに似ていたからだ。
こいつは一回地獄を見ている。昔のローランドのようなものは、流石にないだろうが……………。
「ったく。なんだよ、探せば結構めんどくせぇ奴がいるじゃねーか」
ライナがガリガリと頭を掻いているうちに作戦が決まった。
偵察役に選ばれたのはサイト。剣を持つとやたらとすばしっこくなるらしいので、満場一致で押しつけられてしまったようだ。
「私はこの近辺にフーケが潜んでいないか調査してきますね」
「ああ、俺も面倒だしパス。ヤバくなったら呼んでねー」
そういって地面に寝転ぶライナを見て全員が呆れたような表情になった。
「どうする?」
「ほっときなさい。今はかまっている暇はないわ」
サイトの疑問にルイズが答え、サイトを先行させたあと合図をもらい、四人は小屋へと向かった。
四人を見送ったあとミス・ロングビルは邪悪な笑みをうかべながら森の中に消えた。
そして、
「ったく、マジでめんどくせぇ……」
ライナはそう言って起き上がり、ミス・ロングビルが消えた方向と同じ方向へ向かった。
…†…†…………†…†…
小屋へと潜入したルイズ、サイト、キュルケ、タバサはあっさりと破壊の杖を発見してしまい拍子抜けしていた。
その中で一人だけ、サイトが目を見開いていた。
「お、おい、これは本当に破壊の杖なのか!」
「ええ、間違いないわ。私見たもの、宝物庫を見学したときに」
キュルケからの証言ももらい、サイトはまじまじとその破壊の杖を見つめた。
その時!
「あ、あれ!」
「どうした!」
ルイズが大声を上げて窓のそとを指差した。
そしてそこには、森の中に起立する巨大な土のゴーレムがうつりこんでいた。
「フーケのゴーレム!」
「でも、どうしてあんなところに……?」
瞬間!
一条の稲妻がゴーレムに直撃して巨大なゴーレムにたたらを踏ませる!
「あれは…………ライナ!」
ルイズの言葉を聞いたサイト達は慌てて小屋を飛び出し森の中にいるゴーレムに向かった。
…†…†…………†…†…
森の中の広い広場に出たミス・ロングビルは杖を振るい朗々と呪文を唱え始める。
すると、みるみるうちに土が変形、集合し巨大な人形を作り出した!
「ふふふ……これを使って」
「めんどくせぇことは止めてほしいな」
「……………!」
ミス・ロングビルがゴーレムに小屋への突撃を指示しようとした時、突如森の中から声があがり、ロングビルの指示をかき消した。
ロングビルが油断なく杖を構える様子を見て森から出てきたのは、眠そうに大あくびをしながら頭をかくライナだった。
「あ…………ら、ライナさん! 丁度良かった。さっきここでフーケを見かけまして、私のゴーレムで倒そうとしたんですけど逃げられてしまって……いまならそう遠くには、」
「はーい、もうめんどくせぇから、最初からほんとのこと言ってこうぜ。ほんとはあんた自身が《土くれのフーケ》なんだろう? ロングビルさん」
本当にめんどうそうに眉をしかめながらそういうライナにミス・ロングビルは目を泳がせる。
「な、なんのことでしょうか?」
「実は俺、ガキの頃は特殊な施設で育てられてさ、一度あった人間は忘れないんだわ。声を聞いただけでも、人物を特定することもできるぞ。普段はめんどうだからやらないけど」
ライナのセリフが終わると同時に、ミス・ロングビルはその場を飛び退きライナから距離を取った。
瞬間! 凄まじい轟音を立ててゴーレムの拳がライナの立っていたところに突き立った!!
「ば、バカな男だね! 気付いても話さえしなければこんなことにはならなかったのに!」
「それがお前の地なの。うわ、マジめんどくせぇ! すっかり騙されちまったじゃねーか。フェリスもミルクもエステラも、女ってのはマジでコェー」
「……………!」
ロングビル──フーケが慌てて振り向くとそこには無傷のライナが走りぬけており、手元に不思議な方陣をうかべながら聞いたこともない呪文を唱えていた!
「求めるは雷鳴>>>稲光!」
詠唱が締め括られると同時に魔方陣から稲妻がほとばしりゴーレムを直撃! その衝撃で巨大なゴーレムを後退させた!!
「な!? なんだいその魔法は!!」
「いやいやいや、ちょ、ちょっとまてよ、土くれ! 俺はちょっと話をしにきただけなんだって!?」
「話を聞かせたいなら、力ずくで聞かせてみせな!」
「ああ、もう! ホント、マジにめんどくせぇ!!」
ゴーレムの肩に飛び上がったフーケを睨み付けながらライナは高速でゴーレムの攻撃をよけ続ける。
実はライナはフーケの前に姿を表すとき、事前にエスタブールのリミッター解除の魔法をかけていたのだ。そのため、相棒のフェリスには到底追い付くことはできないが、この世界では十二分に早い回避速度を実現していた。その上相手は愚鈍なゴーレム。集中さえ切らさなければ避けることはたやすい。
だが、
「うわぁ…………マジでまずい。決定打がねぇ。」
ライナの世界の魔法は複数人の魔術師によって発動する《大規模破壊魔法》をのぞき、殆どが対人戦闘用の魔法で威力が低い。それでも人の体程度なら一撃で消し飛ばす力は持っているのだが、巨大土人形なんて規格外を相手取るには少々こころもとないきがした。だが、
「あれ……………なんだ。意外と簡単な攻略方があるじゃないか」
ライナは全ての魔法の組成を読み取る複写眼を持っていた。
この目はみた魔法を深く理解し自分の物にすることができる瞳だ。そしてそれは理解した魔法の弱点も知ることができるということ!
「求めるは侵入>>>
ライナは高速の早さで動きながら魔方陣を完成させ発動する。
その魔方陣からは黒い煙が走り、ゴーレムを包み込んだ。
「な、なんだいこれは!」
「侵食魔法っていってな。相手がかけた魔法を侵食して支配する力がある」
黒い煙がはれると同時にライナは指を弾いた。
一瞬、ゴーレムの動きが固まり、そして、
「え…………きゃああああああああ!」
まるで波にさらされた砂の城のようにあっけなく崩壊してしまった。
突然のことだったためフーケはフライの呪文を唱えることもできずにかなりの高さから落下してくる。
その時、ライナがもう一つの魔方陣を完成させ発動させた。
「求めるは震牙>>>
詠唱が締め括られると同時に、地面に無数の罅が入り、地面がフーケに向かって隆起していく。そして、ある程度の高さで止まると、
「きゃう!」
落ちてきたフーケを、砂に変わり優しく受け止め地面へと無事に下ろした。
「………………………」
卓越した土を制御する呪文、先程の風の上位呪文(と思われる雷)を同時に使ったライナを茫然としながらフーケは見つめた。
「んで、話はきいてくれんのかよ」
「……………貴族に……………。いや、私に二言はないよ」
どうせ逃げられそうもないしね。
フーケはそう思いながら両手を上げて杖を捨てる。
ライナはようやく交渉ができることに安堵の息をついたが、ルイズたちの気配が近づいてくるのに気づき、場所を移動しなければ行けないことに、うんざりしながらため息をつくのだった。
…†…†…………†…†…
森の最深部。
ライナとフーケはそこにあった木を魔法で少しだけ切り倒し会話ができるように場所を整えていた。
ライナの目の前ではフーケが額を押さえており、今までライナがいった情報を整理していた。
「ええっと…………。つまりアンタは異世界から来ていて、元の世界に帰る方法を探している。そのためにこの世界の魔法を覚えようとしていて、魔法学院で働くことはまさに渡りに船だった。だけどそこに私がきて、アンタがそれを知らなかったとはいえ素通りさせてしまった。このままでは絶対責任を取らされるだろうから、もし捕まったとしてもそのことについては口をつぐめと……」
「ふぁ〜。ああ、そうだ」
あくびをするライナを見てフーケは一気に脱力した。
こんな下らない理由で自分の計画は潰されたのかと思うと、ライナの鼻っ柱を叩き折ってやりたい気分だが、負けは負けである。
素直に捕まるか…………。
「ほれ」
「ん?」
突然両手をだしてきたフーケを不思議そうに見つめて、ライナはそれを指差す。
「なにこれ?」
「え、何って…………王宮に突き出すんだろ?」
「なんで俺がそんな面倒なことしなきゃいけないんだよ」
逆に三白眼を向けてくるライナにフーケは心底驚き慌てた。
「だって、《土くれ》だよ!? 捕まえたらかなりの賞金がもらえるんだよ!!」
「…………別にどうでもいい。俺は飯とちゃんとした寝床があれば満足だし。今の寝床は高級だしな(高級枕、高級ベッド、高級羽毛布団。盗賊退治の金で真っ先に買った。)。もうこれ以上金はいらん」
学院での教員の食料費は給料から差っ引かれているかわりに食堂で食事もとれるので食事の心配はいらない。今のライナはまさに夢の快適空間(第一位は人質。第二位は牢屋。双方ともフェリスがいないとき限定。)を手に入れていたのだ。
後は睡眠欲さえ満たされればライナはもう何もいらない。
「で、でも私は盗賊で……。」
「ああ……まぁ、確かに盗みは悪いし、今すぐにでもやめて欲しいんだけど……」
ネルファでは魔法騎士団の鎧を、ルーナでは貴族の馬車や教会のシンボルの貴金属をパクっていた男のセリフとは思えないが、今は棚上げしておく。
「ま、なんか理由があったんだろうし……。俺も貴族嫌いだし……。殺さなきゃいいんじゃないか?」
考えるのが面倒になってきたのか投げ遣りな返答をしたライナにフーケはしばらく呆然としたあと……………。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
突然大声で笑いだした。そして……。
「ハハ……………ハハハ……」
最後には泣きだしてしまった。
フーケ自身も悪いことをしている自覚はあった。ただ、フーケは自分の妹のような存在を養うために盗賊という手段に手を染めるしかなかったのだ。
罪の意識を貴族への憎悪でごまかし、悪業を続けてきた自分。いつか捕まり天罰が下ると思っていた。
だが、自分を捕まえた男は平然とこういってのけたのだ。
別にいいんじゃないか、と……。
そうするしかないんだったら仕方がない、と……。
「お金が必要なんだ、姪のために……だから私は……盗賊をするしかなかったんだ。オールド・オスマンは私を秘書として雇ってくれたけどその給料じゃ……姪は養えないから……だから破壊の杖を盗んで売り払おうとしたんだよ」
泣きながら自分のことを告白するフーケに困ったような表情を浮かべていたライナだったが、何かを思いついたのか、めんどくさそうにしながらもフーケに一つの提案を出した。
「フーケ。だったらオレにも雇われてみないか?」
「え?」
「さっきもいったように俺はもう給料はいらない。だけど魔法の知識はほしい。だから、俺はおまえに給料を全部やる。そのかわり、お前は俺にこの世界の魔法を教えてくれ」
「…………………………」
先ほどまでの涙はどこへやら、センチメンタルなフーケは引っ込み、リアリストなフーケが顔を出し算盤をはじきはじめる。
『こいつに魔法の講師をするか……。飲み込みは早そうだし《複写眼》もあるからかなり楽な仕事になるだろうね。おまけにオールド・オスマンはスクウェアのコイツ(勘違いだけど)が離れていかないように給料にかなりのイロをつけていた。書類は秘書の私が確認したから間違いない。それがまるまる私のポケットに入るなら……』
ボロい!!
リアリストフーケの目が瞬時に金貨にかわる。
定期的な収入がある分、むしろ盗賊よりももうかるくらいだ。
危ない橋も渡らなくていいし、なによりあの子達に顔向けができるちゃんとした金を送ることができる。
フーケの答えは決まっていた。
「いいよ! その契約……うけるよ!」
…†…†…………†…†…
後日談
というか今回のオチ。
あの後、結局フーケのゴーレムはライナが倒したが、フーケ自身は逃亡。姿を暗ましたということにした。
破壊の杖自体はちゃんと戻ってきたので学園長から文句は出なかった。
ルイズ達には勲章が送られ、ライナには特別教員枠を与えるとオールド・オスマンは言っていたが、ライナにとってはありがた迷惑以外の何物でもないので丁重にお断りしておいた。
そして現在。
毎年の恒例行事だという《フリッグスの舞踏会》にて、ライナはタバサと並び大いに食べていた。
なんやかんやで空腹だったのである。
見た目眠そうなライナにはダンスのお誘いなんてものはいっさいかからず、ライナの食事を邪魔するものは誰もいなかったのだか……。
「踊っていただけませんか? ジェントルメン」
「んあ?」
ライナの隣には髪と同じ緑色のドレスをまとったフーケ──ミス・ロングビルが立っていた。
「なんで俺がそんなめんどくさいこと……」
「主役が踊らないと格好がつかないじゃないか。今回の主役は《土くれのフーケ》から見事に破壊の杖を奪還した私たちなんだよ」
ライナに耳打ちするときはフーケの口調でしゃべる、ミス・ロングビル。
彼女は耳から顔を離すと悪戯っぽい笑みを浮かべ強引にライナの手をとりダンスの中央へて躍り出た。
そこでは、可憐に着飾ったルイズと顔を赤らめた(酒と恥ずかしさの両方で)サイトが優雅なダンスを踊っていた。
ライナがきちんとゴーレムを倒すところを見せるためにフーケとの交渉の後、ルイズたちと合流し共にゴーレムを倒したのだが、(芸達者なことに、フーケもライナたちと一緒にゴーレムと戦いアリバイを作った。)どうやらその時にいいかんじになっていたらしい。
二人とも顔を真っ赤にしながら満更でもないような笑みを浮かべて踊っている。
ライナはその光景に少し驚きながらミス・ロングビルのステップに会わせて隠成師時代にならった潜入任務用のダンス知識で、なんとかダンスを続ける。
「一応できてるね。必要最低限のことだけ」
「しかたないだろ。こんなの使ったのは十年ぶりぐらいだ。ほとんど忘れてる」
軽口を叩きあいながらも、二人はステップを踏みサイトとルイズに並ぶ。
気をきかせたのか、楽団が二つのペアに合わせて曲調を緩やかなものにしてくれた。
「ああ、そういえば、お前はなんてよべばいいんだ? フーケはダメだろ。でもミス・ロングビルって言いにくいんだよな。俺育ちわるいし……」
「こんなとこでそんな正体が露見するような発言するんじゃないよ」
かなり危うい会話をかわしたあと、フーケは暫く悩む素振りを見せたあと、目をあわせずにこう告げた。
「マチルダ・ロングビル。ロングビルは偽名だけどマチルダは本名だよ。呼びにくいならマチルダって呼びな」
「わかったよ」
顔を赤くしたロングビルと眠そうな目をしたライナはつくづく不釣り合いではあったが、ミス・ロングビルは今までにないほどに幸せそうな顔をしていたそうだ。
因みに…………。
コルベールを筆頭に学院の男性教員たちが、凄まじい形相でライナを睨み付けていたのはまた別の話。
さらに因みに…………。
ライナの後ろで閃いた鉄色の閃光についてはまた次回に話すこととしよう。