そしてやってきた……露天風呂解禁の日。
サイトたちが作った露天風呂の脱衣所は、初披露ということもあり大勢の貴族の女性たちで混雑していた。
本来なら平民に開放するべき風呂なのだが、初披露ということと貴族の意見も聞きたいということで、今日は貴族の女性たちも入浴可能な日だ。
「へ~。サイトたちが作ったっていうからどんな風呂なのかと思ったら、ここを見る限りは案外ちゃんとしたつくりしているわね……」
「平民も入れるというのはポイント高めよね、シエスタ!! あぁ、ちゃんとお湯がはってあるお風呂に入れるなんて夢みたい!!」
「アリス、アリス。一応便宜上はこの風呂の中では身分は関係なく過ごせ。とありますが、ぶっちゃけいうと貴族様と一緒に入る以上ある程度の遠慮は必要なのですよ? あまりはしゃがないよう注意を」
「わかってるって! シエスタは相変わらず固いなぁ!!」
わかってないと思うのは私だけなのかしら? と、自分の隣で大はしゃぎする赤毛のメイドの姦しい笑い声に眉をしかめるルイズ。
貴族だらけの初入浴に平然と顔を出す度胸は買うけど……いくらなんでもはしゃぎすぎよ。と。周囲の貴族の女子生徒たちから「なんで平民のメイドがいるのよ!?」と明らかに機嫌が悪そうな視線が飛ばされている赤毛のメイドに、ルイズは思わずため息をついた。
そう、貴族
本来貴族とは平民にはあまり贅沢させることを好まない種族だ。そんな平民たちに対して風呂を作ってしまった以上、まずは貴族に風呂に入ってもらい、そのおさがりとして平民に使わせるというプロセスを踏まないと、平民には過ぎた贅沢として貴族たちに風呂の存在が叩かれる可能性があった。
だからこそ、こうして学園にいる貴族の学生たちを使ってその儀式を行ったわけなのだが……。どこの世界にも、空気を読まない存在というのはいるもので……。
そんなわけで、かろうじて《平民専用》という風呂の称号と、建前によって実際的被害から守られている危うい赤毛メイド。そんな彼女の隣に立ち「だから、初風呂はいかないほうがいいって言ったのに……」とぐちぐち漏らしているシエスタにルイズは思わず同情の視線を送る。
「ラ・アリエール。私は友人関係を見直したほうがよいのでしょうか?」
「否定なしないけど、あんたがいないとそこのメイドは早死にしそうだから、縁切る前にもうちょっと常識叩き込むことをお勧めするわ。あと、わたしの名前はヴァリエールよ」
「つまり、それまで私はこの子と一緒に貴族様のご不興買わないように綱渡りしないといけないわけですか? 黒エール」
「いま私の不興を買っているのはあんただけどね、シエスタ?」
いい加減名前覚えなさいよっ!! いやいや反応が面白くて……。なんて気安くルイズと話すシエスタ。タルブ戦で、サイト関係でいろいろ話した二人は、貴族と平民という距離感はしっかり保ちつつもそこそこ仲の良い関係になっていた。
「でもヴァリエール様。私この風呂に関してひとつだけ不安があるんですけど……」
「ん? なによシエ……お、おっきいわねあんた」
「どこ見てんですかヴァリエール様。それは正直どうでもよくてですね」
「ど、どうでもいいって!?」
くっ……。と服を脱いだ時に発見してしまった、自分とシエスタとの圧倒的格差に歯噛みをするルイズをしり目に、シエスタはやや困ったような顔で、
「あのサイトさんが作った風呂なんですから……もしかしたらどこかに、覗き用のギミックがあるかも」
「あんた……サイトのこと好きなのよね?」
「ええ。そうですけど?」
だとしたらもうちょっと惚れた相手のこと信頼してあげなさいよ……。と、はなからサイトのことを疑ってかかっているシエスタの発言に、ルイズは思わずドン引きした。だが、
「いいえ。私そっち関連ではサイトさんのこと一切信用していませんから。そういうところもひっくるめて好きですけど」
「……」
なんだかすごく負けた気になったルイズだった……。
「って、なんで負けた気になってんのよ私!? べ、別にあのバカ犬のことなんて好きでも何でもないんだからねっ!?」
「って、どうしたんですかヴァリエール様!? 突然暴れだし……って、杖! 杖おろしてください!?」
その数秒後、女子の脱衣場が騒然となったのは言うまでもないだろう。
…†…†…………†…†…
「諸君、時は来たれり!!」
その頃男子更衣室では、貴族の男子生徒たちが正座で座り、服を入れる用の棚に仁王立ちする一人の、ギアス的な魔眼を持ってそうな仮面をかぶった全裸少年を畏敬の念で見つめていた。
むろん、仮面の少年はサイトである。
「諸君らの望みが打ち砕かれて幾星霜。いま、我々はとうとうヴァルハラへの道をつけることができた!!」
「「「「ジーク・サイト!! ジーク・サイト!! ジーク・サイト!!」」」」
覗きがじゃんじゃんできる風呂の製作者として、サイトは貴族の男子生徒たちに一目置かれるようになっていた。それがこの光景の理由……。
ちょっとした狂信集団に見えなくもないが、そこはご愛嬌ということで。
「人は、平等ではない。
生まれつき足の美しい者。
見目麗しい者。
胸が貧しい者。
貧弱な体(意味深)を持つ者。
生まれも、育ちも、才能も、人間は皆違っておるのだ。
だがっ! 女子裸体は差別される為にはない!
だからこそ
覗きは悪ではない! 理性こそが悪なのだ!
警備を万全にした貴族風呂はどうだ? いつも男子の怨嗟が聞こえる湯につかるだけの場と成り果てている。
だが、我がサイト式露天風呂はそうではない。
覗ける場所があり、絶景があり、常に(ばれない覗き場所を建設するために)進化を続けておる!
露天風呂だけが前へ、未来へと進んでいるのだ!
今宵貴族の女子たちが子に風呂に入っているのも、露天風呂が進化を続けているという証。
戦うのだ!!
考え、息をひそめ、獲得し、覗き、その果てに未来がある!!
オールハイル露天風呂!!!」
「「「「オールハイル露天風呂!! オールハイル露天風呂!! オールハイル露天風呂!!」」」」
この光景をライナが見たら確実に頭痛を覚えて頭を抱えただろうが、残念ながらこの場に彼はいない。
風呂を作った後、結局バーシェンに捕まったライナは地獄の書類処理デスハイクに突入。現在王宮で6日目の徹夜へと突入しているところだろう……。
だからこそ、
「邪魔者は誰もいない!!」
「あぁ、サイト……とうとう僕らは成し遂げたんだね?」
「これで僕らの罪を……ヴァルハラで洗い流すことができるんだ」
「あぁ……。そうだギーシュ、マリコルヌ。お前たちはよくやった。その功績をたたえてお前たちには私と同じ一番槍の権利を与える」
「「はっ!! ありがたき幸せ!!」」
同時に膝をつき平伏する二人の姿には、もはや貴族のプライドなんてみじんも感じられなかった……。
「では諸君……突撃ぃいいいいいい!!」
「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
そして、そんなサイトの声を合図に脱衣所にいた男子生徒たちが一斉に風呂へと走る!
その姿はまさしくヌーの大移動。いけない情熱を持て余したバカどもが、新天地をめざし走る!!
「っ! 計画通り!!」
「あの《温泉の元》の壁はちゃんと溶けているようだね!!」
そして、一番最初に風呂に入ったサイトたちは、風呂に張られたお湯が白く濁っているのを確認し思わずハイタッチを交わした。
そう。ライナが確認した際、御簾の隙間を詰めていたのは、実はサイトが考えた温泉の元! わざわざギーシュに無理を言って錬金してもらった、サイトがおぼえていた温泉の元の成分を固め凝縮した――お湯に溶けちゃういけない障壁だった!
当然お湯が貼られた湯船にそんなものが浸かっていれば、温泉の元は溶けてなくなり……御簾は元の隙間だらけの障壁と化す!!
「いくぞ、サイトっ!! 僕らの
「うおおおおおおおおお! たぎってきたぁああああああ!!」
明らかに異常興奮した男子たちが、隙間だらけとなった御簾へと走る。
桃源郷はすぐそこまで迫っていた!!
そして、仮面の下で泣き笑いのような表情とともに顔を御簾へと近づけたサイトは、
「!?」
「「さ、サイトぉおおおおおおおおおおおおおお!?」」
針の穴を通すように、その隙間から飛来した針のようななにかによって仮面の眉間を貫かれ、ばたりと湯船の中に倒れた。
悲鳴を上げサイトに駆け寄るギーシュとマリコルヌ。だが、
「さて貴様ら……」
頭上から降り注いだまったく感情の感じられない絶対零度の声を聞き、二人は思わず氷結した。
「事情は話さなくていい」
二人が声の聞こえたほうへと視線を上げると、そこには、
「ただ私から問おう」
金色の髪を翻した、鎧姿の美女が……剣を携え御簾の上に立っていた。
「首の貯蔵は十分か?」
フェリスさん……首は元から一つしかないよ? と、薄れゆく意識の中でそう思ったサイトは、男子たちがあげる阿鼻叫喚の悲鳴を聞きながら、ゆっくりとその眼を閉じるのだった。
…†…†…………†…†…
「サイトさんも馬鹿ですね~。私にかかったら考えが筒抜けなんてことわかりきっているでしょうに」
対策なんかすでにうってありますよ。と、白けた顔でそう言いつつ、温かいお湯の中で大きく伸びをするシエスタ。
そんな彼女のある一点を悔しそうに凝視しつつ、ルイズは御簾の向こうから聞こえてくる悲鳴に首をかしげる。
「ねぇシエスタ? 男子風呂のほうがなんかうるさくない?」
「さぁ。きっと新しいお風呂で騒いでいるんじゃないですか?」
「いや、なんというか……そんな悲鳴じゃなくて、どちらかというと殺人鬼に出会ったような悲鳴なんだけど」
「そんな悲鳴今まで聞いたことないでしょう? ヴァリエール様の勘違いですよ」
「いや、確かにそうだけど……」
まぁ、確かに殺人鬼じみた人は送り込みましたが……。と、シエスタは内心でつぶやきながら隣の風呂から聞こえる、『助けてぇええええええ!!』『死にたくないっ!! 死にたくないよぉおおおお!!』『ナナリィイイイイイイイイイイイイ!!』という悲鳴を精神衛生上の観点から完全に無視する。
「それにしても、このお風呂の出来だけは評価してもいいですね~」
「本当ね。いままで見たことないロケーションの上に、外の湖がまた絶景ね」
「夕方になると夕日に染まった朱い湖が見られるそうですよ? 夜には風がやんで湖面が凪ぐので、上空の星を照らした鏡みたいな湖が見られるそうで」
「いいじゃないそれ!」
「また今度見に来ましょう、シエスタ!!」
「ええ。そうね」
「私も一度見てみたいわね~」
「貴族の方も入れるみたいですし別にいいのでは? 問題なのは、平民用の風呂に入るにあたり、確実に傷つくであろう貴族様サイドのプライドだけです」
「そのプライドが問題なのよ」
「貴族様も大変よね~」
「アリス。口調」
「おっと、すいません」
「絶対反省する気ないでしょ、あんた……」
あきれるようなルイズと、平坦ながらもわずかな笑みが浮かんだシエスタ、騒がしく騒ぐアリスの声が、楽しげに昼の露天風呂で響く。
男子と女子とで雲泥の差のこの風呂は大成功をおさめ、男子風呂と女子風呂の仕切りが一枚の大理石(ライナの手によりヘキサゴンクラスの固定化がかけられた)になることで完成。トリステイン各所に作られる
この風呂の存在によって、のちのトリステインでは日本人じみた風呂のこだわりが生まれ次々と斬新な風呂が出来上がることになるのだがそれはまた別の話。
そして、覗きを働こうとした男子生徒たちは……。
…†…†…………†…†…
男子風呂はもはや、地獄へと変貌していた。
頭に巨大なたんこぶを作った男子生徒たちは根こそぎ意識を刈り取られ、裸体を無様にさらしながら倒れ伏している。
そんな中の一人……仮面をかぶった一人の少年だけは、ほかの男子と比べてもひどい状態で、ちょっと言い表してはいけない感じの死体と成り果てていた。
そんな彼が伸ばした手の先には、彼の血でこう書かれていた……。
『はんにんはフェ~』
誰が犯人かは……言うまでもないだろう……。
…†…†…………†…†…
さらにちなみに、その頃のトリステイン王宮にて。
「ライナぁあああああああああああああ!!」
「んぁ……なに、ブェリス……俺もう寝不足で死にそ……」
「そうか、なら今すぐ死ねっ!!」
「え? ちょ、なに? いまお前の冗談に付き合っている余裕はぁあああああああああああああああ!?」
「うむ? 死にかけではなかったのか?」
「てめぇなにすんだフェリス!? 机が真っ二つになっちゃ……って、なんでお前今回は刃で斬りつけているんだぁあああああ!?」
「黙れ、変態色情狂め!! いつかやるとは思っていたが……とうとうしてしまったな! 貴様が魔法学院の男子複数をたぶらかし、変態行為へと走らせことに関しての調べはすでについている!! おとなしく死ねっ!!」
「問答無用で死刑!? っていうか、いったい何の話……」
「死ねぇええええええええ!」
「人の話を聞けぇええええええええええええええ!?」
「どうでもいいがライナ。今日のノルマを達成できなかったらお前の休暇はまた一週間先まで伸びるから覚悟しておけよ?」
「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そんな騒ぎがあったとか、なかったとか。
あと、一話くらい閑話はさみます