さて久しぶりだな。最近は来られなくてすまない。いろいろ忙しくてな……。
ん? 来なくてもよかったのに?
罪悪感を抱いているようなら、気にされる必要はないのに?
馬鹿を言うな。罪悪感なんてくだらない理由で、私がようやく作れた睡眠時間を削ってまで一人の人間のところまで足を運ぶような人間に見えるのか?
私がここに来る理由はただの興味本位だ。
貴様の病は珍しいものだ。おそらく、この世界に二人といない症例の病だ。
それが治ったのならその治療法を。ないならないで、患者がどのような症状を味わい死んでいくのかをつぶさに観察することで、この病を克服する方法を見つけいずれトリステインの国益へと……おい、なんだ? なぜ素直じゃないですねと言わんばかりに笑う貴様? 失礼だろうが!?
ふん。まぁいい。では、症状観察の時間はぶっちゃけ暇だからな。また何か話をしてやろう。
なにがいい? 日清戦争で、日本側にいた人の形をした
崑崙山時代の話はしてしまったし、私がわざわざ作って引きこもっていた壺結界の中で行った愉快な酒盛りは? あぁ、これもしてしまったが……。
4000年近い年月を生きてきたが、意外と女を楽しませる話というものはないものだな……。
仕方ない、次に来る時までにネタを考えておこう。ん? どうした?
なぜ私がこの世界に来たのか聞きたい?
なぜだ? はっきりと言っておくが、別に聞いても面白いものではないぞ?
親しい人の来歴を聞きたくなるのは、別におかしいことではない……か。くくっ、否定はしないがな。
では話して進ぜよう。とはいっても、いったいどこから話したものか……。そうだなぁ、まずは、
戦争が終わり、大国のひとつが崩れ、人が神秘を必要としなくなったところから話そうか?
…†…†…………†…†…
時は西暦2012年。
さまざまな問題は残っている現代社会ではあったが、一昔前の時代に比べれば格段にマシになった現代社会。そんな社会の中にある極東の島国、日本の首都――東京を一人の男が歩いていた。
場所の名前は秋葉原。いわゆるサブカルチャーの聖地として知られる場所だが、そこを訪れるには彼の姿はあまりに異質だった。
目がちかちかしそうな真紅のスーツに、クリーム色のマフラーを首にかけ、両肩から垂らすようにかけていたのだ。
その立ち姿はまさしくマフィアのドン。眼鏡をかけたインテリ風の顔をしてはいたが、その体から自然と洩れる圧倒的な存在感が、その印象を打ち消していた。
男はだれかと待ち合わせをしていたのか、きょろきょろと辺りを見回し目的の人物がいないか探す。
そして、
「では、メイドの愛を注入いたします!! らぶらぶ・にゃんにゃん! オムライスよ「おいしくな~れ~」!」
メイドと一緒に珍妙な呪文を唱えて、ポーズをとる白髪の青年を見つけ、思わず目を半眼にしながら近づいて行った。
「もっかい! もっかいやって!?」
「お、お客様……このサービスはオムライス一個につき一回でございます」
「何個でも買うからお願い!!」
「おい、シオン……」
「!?」
そしてそれだけでは足りなかったのか今度はメイドの絡みだす白髪の青年に、半眼から発せられる絶対零度の威圧をプラスしながら、彼――バーシェン・フォービンは震える声をかける。
「何やっとんだ貴様は……。仮にも、平安から生きる、不死身の陰陽師が……」
「おいおい! 何言ってんだよバース君!? 俺はいつでも永遠の16歳だぜ!? つまりここでメイドさんに色目使ってても誰も文句言わない!!」
「お前はもういっそ死んだほうが世のため人のためになると思うのは私だけか?」
そんなことを告げつつ、バーシェンは日清戦争で互いの存在を消し潰すために激突した好敵手と久しぶりの邂逅を果たし……盛大なため息をついたのだった。
…†…†…………†…†…
「で、いったい何の用だよ、バース君? 中国どころか術式かけた壺からすらなかなか出てこない君がこんなところまで足を延ばすなんて……」
「人をひきこもりみたいにぬかすな。私だってたまには外出する時がある」
「じゃぁ、前外に出たのいつさ?」
「ちょっとまて……50年ほど記憶をさかのぼれば思い出せる」
「それもう、引きこもり以外のなんだっていうのさ……」
あ! メイドさん!! 今度はメイドのラブラブパスタひとつ!! むろん呪文付きで!! と、手慣れた様子で注文を行う伝説級陰陽師の姿にため息を漏らしつつ、バーシェンは本題を切り出した。
「シオン……一応昔なじみのお前には話しておこうとこうして足を延ばしたんだが……私はそろそろ」
そこで、バーシェンは言葉を切り、演出感あふれる沈黙を提供した後、
「死のうと思っている」
「……へぇ」
あ、ついでにコーラもお願い!! と、そんなバーシェンの一世一代の覚悟の宣言を、シオンは見事に流した後。
「いいんじゃね? 別に」
と、割とあっさりと肯定した。
「いや、少しは驚けよ……」
「驚いて君が自殺やめるんなら止めたんだけどね……。もうそんな体になっている君にいまさら何言っても……ねぇ?」
シオンはそう言って視線をバーシェンの体には知らせ、
「もう、体が三割近く概念化してるじゃないか? それを見る限り、世界回帰の実験は終わってるんだろ?」
「あぁ……。お前との戦争でついてしまった穢れの浄化は大体終わった。あとは適当に仙術を使いつつ、世界へと身を溶け込ませていくだけだ」
シオンの鋭い指摘に、バーシェンは少しためらいを覚えつつも、やはり教えることにしたのか、自身の概念化が終わっている、右足を撫でた。
バーシェン・フォービンという概念を、「炎」という概念に置き換え、世界へと回帰させる法。
その魔法はすでに完成しており、徐々にバーシェンの体をむしばんでいた。
「だが、いまさらになってどうしてっていう感想はあるよな~。崑崙山の封神計画からも「俺は人間のために身を削れるほど、できた仙人じゃない」とかいって、トンズラこいて不老不死を目指した君が、いまさらになってどうして死のうとしているのか? っていう疑問が、さ」
そういって、先ほどまでオムライスを食っていたスプーンを鋭くむけてくるシオンに、バーシェンは苦笑を浮かべながら一言、
「なぁ、シオン。今の世の中、魔法使いは生きにくいとは思わないか?」
「え? なんで!? こんなめちゃくちゃ楽しい娯楽があるのに、どうしてそんな風に思えるの!?」
「とりあえず最後まで話聞こうか、俗物」
「君みたいな金の亡者に言われたくないんだけど……」
ちょっとだけ涙をにじませへこむシオンをしり目に、バーシェンは話を続けた。
「俺たち神秘使いである魔法使いたちが幅を利かせる時代は終わったよ。今は科学の時代だ。現象は学問によって説明され、魔法はすべて否定される。それはすなわち……俺たち魔法使いの存在否定に他ならない」
そう言い切ったバーシェンは、現代社会にすっかりなじんだ眼前の陰陽師をねめつけた。
「なぁ、シオン。お前だってもう魔法使いの限界は感じているんだろう? だからお前は、魔法使いではなく『魔法使いのような手品師』として、現代社会で生活を送っている」
「儲かるんだぜ、これ!?」
「うん、本気で話し終わるまで黙れ」
お前が口開くたびに空気が壊れていけない……。と、わずかながらに眉をしかめるバーシェンは、先ほどの空気を取り戻すために、真剣な声音で話を続ける。
「イギリスに居を構えていたドルイドの末裔たちも、十字教がかこっていた神秘制圧用の奇跡狩り魔法使いも、インディアンたちがたたえていた霊媒師たちも、みな時代の流れに残され不要の存在と自ら悟り……宗教的な最終到達を行い《世界》へと消えた。人間のまま神霊と同格へ至るお前たち陰陽師には理解できないだろうがな、シオン。我々魔術師が最も恐れることは、あがめていた世界から……奉っていた世界から、置き去りにされて取り残されて……最後には不要な存在として、受け入れてすらもらえなくなることなんだよ」
もはやその兆候は表れ始めているとバーシェンは語った。以前なら仙術を使うだけで、自動的に概念存在へといたれた仙人たちが、いまやその存在を現代風にチューンする複雑な儀式を行わないと、その存在を世界の概念として溶け込ませることができなくなっていた。
世界とは人の認識によってその姿を変える。ガリレオが地動説を提唱するまで地球が宇宙の中心だったように、中世まで世界は平たい板だったように。認識によって世界は変わってしまうのだ。
最高峰の魔術師といっても、所詮はまだ人間。魔術師であってもその世界の改編の影響は受ける。
そして、その時代の、世界の、人の認識の変化が……魔術師たちの最終目標を、確かに壊しつつあったのだ。
「シオン……お前もいずれ気づく。この世界を楽しんでいるお前も、いずれ冷水をぶっかけられたかのように気付く時が来る。この世界に不要とされた魔術師の末路がいかに悲惨かを。いかに凄惨かを。気が向いて世界回帰実験をしていて俺は思ったよ……こんな世界は、俺が知っている世界じゃないと」
そういって、悲しそうに立ち上がるバーシェンを、シオンは止めようとしなかった。
ただ、自分の目の前に運ばれてきたスパゲッティ―に歓声を上げ、
「バース君」
「なんだ」
「正直、君が言う魔術師の最終目標いうもんは、いろんな宗教のいいとこどりして、人間に使われること前提で作られた陰陽術を操る俺にはわからん話だけどな……。この世界は俺が知ってる世界じゃないって? ちがうだろ?」
世界は世界だ。何も変わっていない。と、シオンは語った。
変わったのは、
「過去の栄光に縋り付いたまま、変質を受け入れられへんかった
その言葉があまりに正論過ぎて……正しすぎて、
約四千年の年月を生きた大魔導師は、何も言い返すこともできずシオンと待ち合わせていたメイドカフェを出ていくことしかできなかった。
すれ違ったノートパソコンを抱えた、青と白のパーカーを着た少年の笑顔が、今はとても忌々しく思えた。
その数秒後、後ろから「しまったぁあああああああ!? バース君の分会計させんの忘れてたぁああああああああああ!?」という、悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろうとバーシェンは無視した。
…†…†…………†…†…
それから数か月後、
「くっ……世界の変質がここまで進んでいるとは」
バーシェンの世界回帰はいまだに成功していなかった……。理由は依然シオンに話した通り、現代という時代の変質が加速的に進んでいるのが問題だった。
次々と科学の手によって、非常識が常識へと書き換えられていく世界では、バーシェンの魔術による遅々とした時代に合わせた微調整が追い付かなかったのだ。
壺の中に作った異界の中で、思わずうめき声をあげるバーシェン。
現在、彼が自身の体を変質した時代に合わせる作業はこれで12度目となる。
魔術的に自己の存在を変質させる作業は非常に気を使う繊細な作業だ。
いかに天才であり、不老不死であり、神仙であるバーシェンであっても、その作業を何度も何度も繰り返すということは、かなりの負担となっていた。
そんな中、
「へ~い!! バース君!!」
「っ!?」
壺の中に信じられない珍客が乱入してきた。
この時代において、神仙階級の結界を破れる人物など一人しかいない。むろん、シオンだ!
「なぁなぁ! 世界が嫌いになった君のために面白い術作ったんだけど、聞きたい!? 聞きたい!?」
「ばかっ! 今繊細な作業中なんだ、近づくな!?」
しかし、シオンはそんな言葉を平然と無視し走り寄ってきた。
その行いはバーシェンの魔術の腕を信用してのことか、それとも「おすなよ!? 絶対押すなよ!?」というフリを食らった気分なのか……。
とにかく笑顔でシオンは近づいてきて、
「みよっ!! これが、俺がちょっと本気を出して作った、異世界へと渡るゲート魔法!! このゲートをくぐれば、以前の魔法があふれた世界に限りなく近い世界へと飛べるのさ! よかったね、バース君! これで
「おい、やめろっ!?」
そして、近づいてきたシオンは最後の一線を越え、
「さぁ、飛び越えて! 次元の果てまでぇえええええええ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」
ふざけた掛け声とともに、一枚の札を投げつけ、それが生み出した銀色のゲートがバーシェンを包み込む。
その瞬間角の魔力的干渉がバーシェンの体に働き、存在の時代調整がプラスではなくマイナスに働く。
50年……それがバーシェンの身に起こった概念的時代退化。それによって、シオンが開いたゲートは過度の干渉を受け、
「ん? あれ? ミスった?」
シオンが設定した異世界の時代を50年ほど遡った時代へと、バーシェンの肉体を飛ばしたのだった。
…†…†…………†…†…
「がはっ……ここは……」
そして、バーシェンは目を覚ました。
異世界――といった、わけのわからない世界に飛んでしまったせいか、体の魔力が著しく枯渇している。それは体を半ば魔力化していたバーシェンには致命的なことだった。
下手をすれば、体を世界に溶け込ませる前に死んでしまう……。目標を果たせずただのたれ死ぬという魔法使いとしては最悪の死に方に、バーシェンは思わずうめき声をあげたあと、
「あのバカが……帰ったら確実に殺す」
と、憤激の声を上げた。余裕がありそうな態度だが、はっきり言ってこの状況、地力ではどうにもできないくらいの危機だ。
どういうわけか、大気中に含まれている魔力が濃いので早々に死ぬということはないが、神仙のバーシェンが完全回復するにはまるで足りない。おまけに、大気中の魔力を体内に取り込むよりも、負傷によって漏れ出る魔力の方が圧倒的に多かった。
俺はこのまま死ぬのだろうか……。バーシェンが思わずそう覚悟したときだった。
「ほう……こんなところに人か。東方から来た人間かな?」
「陛下! 不用意に近づかれては……!?」
「たわけ。死にかけておる人間に恐れを抱くほど、トリステイン王は落ちぶれておらぬわ」
そんな声と共に、バーシェンのもとに一人の男が歩み寄ってきた。
明らかに良い血統の馬とわかる訓練が施された名馬にまたがったその男は、不敵な笑みを浮かべる強壮な男で。
「ふむ。貴様……その目はまだ死ぬべきものの目ではないな? よかろう。このトリステイン王が助けてやろう」
「ぐぁっ……トリステインだと?」
どこだそこは? と、言外に呻くバーシェンの言葉を敏感に感じ取ったのか、男はカラカラ笑いながら、
「我が治める水の国にして……いずれハルケギニアのその国あり! と、覇を唱えることになる国よ!!」
そこでバーシェンは意識を失い。気が付いたときにはその王に助けられることとなった。
…†…†…………†…†…
以上が、俺がこの世界に流れ着いてきた経緯だ。その後、恩を返すために先代の命令を聞いていたのだが、命を助けてもらった対価を返すためにいろいろ無茶をしてしまってな……。おかげで異世界に戻るための体を残せなかった。
まぁ、あの世界に未練はないからな。むしろ好都合だったのだが……。問題はあのバカ陰陽師に復讐ができなかったこと……ん? なんだ?
あいつは、私に死んでほしくなかったんだ? はん。お優しいお前らしい意見だな。
……おい、なんだその笑顔は? まるで分っているんでしょう? といわんばかりに、意地を張るガキを見守るような笑顔は? やめろ。私は一応お前より数千年以上生きている年長者だぞ!?
……ちっ。あぁ、理解していたさ。あいつが私に死んでほしくなかったことくらい。
そして、まぁ……なんだ。感謝もしている。俺にこんな素晴らしい世界に送ってくれたことを。
神仙として再び生きられた、この世界に送ってくれたことを……。
…†…†…………†…†…
バーシェンがそう言った瞬間、彼が訪れていた部屋のドアが優しくノックされた。
「どうしたのですか? 先ほどから話し声が聞こえますが」
「まずっ!?」
いつも寝物語代わりに話を聞かせてくれる紅蓮の男は、思わずといった様子で舌打ちを漏らし窓に足をかけた。
「ではな! 今度はいつ来れるかわからんが、それまでに新しいネタを考えておく」
「はい。楽しみにしていますね」
私の答えを聞いたバーシェンは、いつも通り全く動かない表情の中に、ほんの少し安堵の色をにじませながら、その窓から飛びだった。
腕から飛び出す紅蓮の極楽鳥――バーシェンが言うには鳳凰という幻想生物を魔法で作り出したらしい――を駆り、瞬く間に夜空の小さな点となっていく彼を見送った私は、心配をかけてしまった母親に返事を返すために、部屋の扉へと歩いて行った。
「大丈夫ですよ、お母様。昨日拾ったひばりのヒナに、いろいろお話を聞いていただけですから」
『……そうですか。あなたは体が弱いのですから、あまり夜更かしをしてはいけませんよ。カトレア』
「はい。ありがとうございます」
そう言って部屋から離れていく母親の気遣いに感謝しつつ、カトレアはバーシェンが消えた夜空をずっと眺めていた。
彼の魔法をカトレアの病気を治すために使わないと決断し、彼女の両親と絶縁してしまった彼を。
それでも暇があればこっそりと彼女のもとを訪れ、病気は大丈夫かと? 高価な薬を持って訪れてくれる優しい仙人の背中を、
ずっと見つめているかのように。
というわけで、バーシェンさんの背景説明回でした。
ちなみにサブキャラとして出てきた陰陽師さんは、作者が二次創作で体よく出しちゃう異世界移動ができる便利キャラなのであまり気にしなくていいですよ? ここ以外に出番はありませんからっ!?
ところで、バーシェンがメイドカフェから出たときにすれ違った青いパーカーの少年。誰かに似ているような(棒読み)。
バーシェンの背景説明とか正直いらないかな……。とおもっていて、今まで書くことはなかったのですが、前の温泉ネタで、時系列的に現代サブカル知ってんのおかしくね? という指摘を受け急遽書くことにしました。
ち、違うよ!? 帳尻合わせじゃないよ!? 元からこういう設定だったんだよ!?