ゼロの使い魔と伝説の勇者   作:過労死志願

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ようやく終わるぜ!! 男の娘村……

――やばいやばいやばいやばいやばい!? 貴族の少女――にしか見えない少年と共に馬車に乗っているライナの思考はまさしくそれだった。

 

 だってこの村、変態しかいない……。

 

 何も女装が悪いとは言わない。オカマだってかかわるの嫌だが、まぁ悪い人間ではないことくらいライナにだって理解できる。

 

 問題なのは、自分がその同族と勘違いされ盛大に女装させられつつあるというこの状況だ!!

 

「……どどどどどどど、どうする!?」

 

 身の危険を感じた。貞操の危機とかそんな安っぽいものではない、もっと恐ろしい何かの身の危険を。

 

――今すぐにでも全力でこの場から離脱したい!! と、ライナは内心でそんな悲鳴を上げていたが、それがかなわない願いだということも彼は気づいていた。

 

 なぜなライナは感じ取っていたからだ。

 

 この馬車に並走するように、二つの気配が隠れながら疾走しているのを。

 

 極限にまで気配を薄めたローランドの剣士特有のものと、潜入隠密を生業とした泥棒の気配。

 

 まず間違いなくフェリスとロングビルの気配だった。

 

 その二人が助けに来ないところを見ると、恐らくは作戦続行中。その状況で自分が逃げ出すようなまねをすれば、

 

「ふぇ、フェリスに殺されるっ!?」

 

「ん? どうかなさいましたか?」

 

「い、いや!? なんでもねーよ!?」

 

「フフフ。ライナ姉さま(・・・)ったら。確かに姉さまは男装の麗人設定ですけど、口調はちょっと女らしくされた方がよろしくてよ?」

 

――俺もうすでに女扱いになってんの!? と、何気ない風につけられた自分への敬称にちょっとだけ絶望しながら、ライナは必死にこの状況を打開するために口を動かす。

 

「そ、そういえばエレンさん」

 

「エリーナと、そうお呼びくださいライナ姉さま。あぁ、そういえばライナ姉さまも女性の名前に変えた方がよろしいですわね!! あとで何か可愛らしいお名前を考えておきますわ!」

 

「けけけけけけ、けっこうです」

 

「遠慮なさらずに」

 

――遠慮なんかしてねーよ!? と、にこやかな笑顔を浮かべるエレンことエリーナに、よっぽどそう怒鳴ってやろうかと思ったが、さすがにそんなことをすれば潜入は失敗するので、ライナは必死に口を閉ざす。

 

 そして、馬車がある程度進んだところでようやく内心が落ち着き、

 

「え、エリーナ。少し聞きたいことがあるんだけど」

 

「はい! なんなりと! 同士の疑問を払拭するのも私の務めですわ!」

 

 そういって、快くライナの質問を聞いてくれる何の穢れもない笑みを浮かべるエリーナ。

 

 その笑顔はまるで無垢な少女そのもので、見る者の心を瞬く間にいやしてくれる天使の笑顔だった。

 

 だが、男である……。

 

 そんな信じがたい事実にちょっとだけ絶望しそうになりながら、ライナは表情をひきつらせながらも、何とかこの村に来た一番の目的である噂の真偽を聞いてみた。

 

「あぁ……この食糧難の中、エリーナ達は肉を作ることに成功したと風のうわさで聞いたんだけど……それは本当か? だとするなら、俺ちょっと腹減ってるから飯が食いたいんだけど……」

 

 そう。この村が魔法による肉の生産を可能にしたのかどうかということを……。

 

――これさえ聞いてしまえば、あとはさっさとこの村から逃げればいい! それなら、フェリスだって文句は言えないはずだ!! と、内心で考えるライナ。だがしかし、彼は忘れていた。

 

 物事が彼の思い通りに運んだことなど、数えるほどしかないという事実を……。

 

「あぁ、その噂ですか……。どういうわけか噂が変質しちゃったみたいで……困るんですよね。そういうの」

 

 そんなことを言いながら、エリーナは苦笑をうかべその事実を否定する。

 

――やっぱりガセか……。と、ライナは一瞬思いかけたが、

 

「って、ん? 噂が変質?」

 

「はい」

 

「つまり、そういったうわさになる何かの錬成には成功したと?」

 

「……………すぐにわかりますよ」

 

 帰ってきたそんな言葉に、ライナは言い知れない悪寒を感じ思わず体を震わせた。

 

 そして、その瞬間。

 

「エリーナ様。到着いたしました」

 

「ありがとうございます」

 

 馬車の御者をしていた騎士の声と共に馬車が止まり、エリーナは何のためらいもなくその扉を開け、馬車から降りる。

 

 そして、

 

「ここが、ライナさんを《男の娘》として完成させる場所です」

 

「え?」

 

 ライナは、巨大な石造りの館へと招かれたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――なんだここは?

 

 前を歩くエリーナにつき従いながら、キョロキョロと周囲を見回すライナ。

 

――やたらと頑丈な石造りに、建材一つ一つに固定化やサイレントの魔法がかけられた耐衝撃・防音建築。一貴族の館にしてはずいぶんと防備と隠匿性が高いな。

 

 正直、何らかの違法な人体実験が行われているといわれても、納得してしまうほどの充実した設備に、ライナは警戒心をあらわにする。

 

 もっとも、それをエリーナに感じ取らせるようなへまはしていない。ヤバい雰囲気の中、警戒心に気付かれたが最期、どんな攻撃が襲ってくるかわからないことを、ライナは十二分に承知していた。

 

 だからこそ、ライナはいつも通りのだるそうな雰囲気を出しながら、周囲に存在する気配の察知に全力を尽くした。

 

 隠匿性が高い建物のため酷くわかりにくいが、フェリスとロングビルの気配は近くに感じられる。うまく館に侵入できたようだ。

 

 続いて使用人と戦士の気配だが、正確なところは分からないが素人じみた気配が十数人と、ソコソコ鍛えられた人間の気配が数人。

 

――兵力としては言うほど高くはない。現状ならば逃げることは難しくないだろう。

 

 だから、

 

「一体ここはなんなんだ?」

 

 ライナはためらうことなくその疑問を口にした。

 

 それはある程度身の安全を確保できたという保証を得たからでもあるし、

 

「ふふふ……すぐにわかりますわ」

 

 目の前を歩いていたエリーナが、とうとう一つの扉の前で足を止めたからでもある。

 

 その扉は無数の装飾が施されていた。

 

 頭上にいた額ヤギの頭を筆頭に、扉に描かれていた無数の髑髏にぼろのマントを纏った死神たち。ブリミル教のシンボルである十字星は無数の悪魔の三叉の矛によって串刺しにされている。

 

「あ、あ~! 俺ちょっと用事思い出したわ!! 俺一日48時間寝ないと生きていけない体質……」

 

 といって、ライナが逃げようとするのも無理らしからぬこと。だがしかし、その逃走はライナの服の襟首を捕まえたエリーナによってあっさり防がれ、

 

「では、参りましょう……私たちのヴァルハラへ!」

 

 と、エリーナは悪気なんて一切ない純粋で……狂信的な笑顔を浮かべていて、

 

「い、いやぁああああああああああああああああああああああ!?」

 

 女にしか見えなくても中身は男。他人より強いとはいえ、筋力は言うほど高くないライナは、必死の抵抗をしてみるもあっさりと引きずられエリーナの手により、その不気味な扉をくぐらされたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ちょ、放して……放しなさいよぉおおおおおおおおお!!」

 

 ライナが部屋に入ると、真っ先に聞こえてきたのはけたたましい少女の怒声だった。

 

「あ、エリーナ様!」

 

「ちょうど今から術式をかけるところですわ!」

 

 そんな声が聞こえてきているにもかかわらず、まったく慌てた様子がないローブ姿の二人の美少女が、扉から入ってきたエリーナに笑いかけ、背後にいるライナに不思議そうな視線を向けた。

 

「彼は栄えある私たちの先駆けとなるかたです」

 

「まぁ!」

 

「ようやく決意された方がもう一人こられたのですね!!」

 

「え、え? な、何の話?」

 

 相変わらず自分に何の相談もないまま、自分にとってかなり重要なことが進んでいそうな空気にライナは冷や汗をかきながら、先ほどから怒声を上げまくっている少女に視線を移した。

 

 部屋には床一杯に書かれた巨大な魔法陣。

 

 その中央にどういうわけか、十字架らしき何かで固定され捉えられている、赤毛で赤い瞳をもった、どこかで見たことあるような少女がとらえられていて。

 

「って、おまえっ!?」

 

「げっ!?」

 

 というか、あのビオそっくりな水の獣を操る暗殺者だった。

 

「うぅ!? な、なんでよ!? なんでこうなるの!? せっかく気合い入れて、高かったフェイスチェンジのかかっている指輪まで買って、変装完璧にしてアルビオンに潜り込んだのに……。なんでしょっぱなからターゲットに素顔知られた挙句に、とっ捕まった状態なのよ!?」

 

 世界の理不尽を呪うビオのそっくりさん。正直言ってライナが知っている彼女より何割増しかぐらいで明るい気がするが気になると言えば気になるが、むしろそれはいい変化だと思うので深くは突っ込まない。

 

 それはともかく、

 

「あ、あの……なにしてんの、これ?」

 

 明らかにどこぞの悪魔召喚の生贄らしき儀式に、彼女が巻き込まれているのが問題と言えば問題だった。

 

「彼女は数週間前うちの村に流れ着いてきた難民さんです。どうやら、現在アルビオンを包囲しているトリステイン艦隊にのっていた船を撃ち落とされたらしく、こうしてわが村に流れ着いてきたのです」

 

「ふ~ん」

 

――まぁ、ガリアの暗殺者だから、ここに潜入しようと思うならどこかの密航船に乗るか、トリステイン軍の将校に化けて、トリステイン艦隊に潜り込むかぐらいしか手段がなかったのだろう。

 

「で、その難民さんをなんで生贄にしようと……」

 

「いけにえ!? 失礼なことは言わないでください! そんなおぞましいマネするわけないでしょう!!」

 

――鏡見て言え。と、よっぽど言ってやろうかと思ったが、ライナは話を進めるために必死にこらえる。

 

「ふむ。その目はまだ疑っていらっしゃいますね! では、ライナさんの疑いと解くために説明をさせていただきましょう!」

 

 そう言ったエリーナは大げさな手振りで部屋に描かれた魔法陣を示し、胸を張った。

 

「先ほどライナさんはおっしゃいましたね? ここで肉の製造を行っていると聞いたと。それは実は事実ではないと同時に、事実だったのです」

 

「あぁ? どういうことだ?」

 

「なに。簡単な話ですよ。ここで食用ではない肉を作っているのです!!」

 

――あぁ、なるほど……。と、ライナはその説明に納得しかけた後、

 

「ん? でも、それっていったい何の意味があるんだ?」

 

「よく聞いてくださいました!!」

 

 小さく首を傾げたライナの率直な疑問に目を輝かせながら、エリーナはさらに説明を続けていく。

 

「先ほどの話からも分かるように、私たちは常に女――それも、とびっきり美しい女に近づくために研鑽を積んできました。化粧を学び、均整のとれた肉体を得るためにエクササイズし、肌の手入れも髪の手入れも怠りませんでした。ですが、私たちにはたった一つだけ……どうしても実現しえない女らしさがあったのです」

 

「なんだそりゃ?」

 

――今でも詐欺じみた美しさがあるというのに、それ以上に何を求めるんだ? と、ライナは首をかしげる。そんなライナのもっともな疑問に、エリーナは一つ頷いた後。

 

「胸です」

 

「……………」

 

 ちょっと信じたくない一言を言った。なぜならそれは、

 

「えっと……胸筋?」

 

「いいえ違います。バスト。乳房。おっぱいです」

 

――お前一応男なんだから、そう言うの恥も外聞もなく言うのはどうなんだ? と、ライナがやや呆れているさなか、エリーナは熱く語りだす。

 

「あぁ、おっぱい!! それは、女らしさの象徴! 男性にはなく女性にはある夢の器官。それがあるだけで、男性は女性になったとすらいえ、ない人はもういっそのこと男性と同じとまでも言われる代物」

 

 世界のどこかで、某公爵家の令嬢が言いようのない怒りを覚えていることなどつゆ知らず、エリーナはひたすら語り続ける。

 

「ですが、私たちはどれだけ美しさを磨こうと所詮は男……どれだけ頑張ろうと私たちの胸に、おっぱいができることはありませんでした。ですが……!!」

 

 そして、エリーナは地面に書いてある魔法陣を指差した!

 

「私の蔵にあった《英雄》……ハルフォード・ミランの手記が私たちを救済しました!! その書物には何と、人体を作り変える魔法を実現しうる魔術が描かれていたのです!!」

 

「っ!?」

 

 

 人体改造。ライナの出生国であり、軍事国家のローランドですら禁呪の多い呪われた技術。その言葉を聞いた瞬間、ライナの瞳に一瞬険しい色が宿るが、

 

「その書物を見た瞬間私は天啓を得ました! これはハルフォード・ミランが……始祖ブリミルが、私たちの長年の夢であったおっぱいをつけろという思し召しだと!!」

 

「………………………………」

 

 そのエリーナの信じられない言葉を聞いた瞬間、ライナの体から一気に力が抜けずっこける。サイトがいたら「お笑い芸人!?」と驚きかねないほどの見事なコケっぷりだった。

 

「そんな思し召しあるわけねえだろォおおおおおおお!!」

 

 そして迸る盛大なツッコミ。だが、どこか逝っちゃった目をしているエリーナにその言葉は届かない。

 

「そして、私は必死になってこの魔法陣を読み解きました! なんだか、人の体をいつでも水や炎に変化できるようにする改造とか、死体を動かす方法とか、呪いに対して圧倒的抗体を得る方法とか、いろいろほかの魔法ができちゃいましたが、そんなものはどうでもいいので全部破棄!!」

 

「結構すごいのあるぞ!?」

 

「なんだか先住魔法チックな要素も含まれていましたが、メイジ魔法用の魔力で十分代用可能だったので些細なこと! たとえ千十ん技術だったとしても、私たちをとがめることはできない! 何せ私たちはブリミル様に天啓を頂いた身!! 多少の異端などへでもありません!!」

 

「いや、そこは止まれよっ!!」

 

「そして私たちはようやく……人の体内の中で脂肪を錬成し、それを胸部につける人体改造魔法の製造に成功したのです!!」

 

 あくなき執念か、女性へのあこがれか、とうとう信じがたい魔法を完成させてしまったらしいエリーナの笑みを見て、ライナは戦慄を覚える。

 

――こいつ、正真正銘の信じがたいバカだ!!

 

「ですが、さすがの私たちも人体改造なんて物騒な魔法を自分で真っ先に試すのはゴメンでした」

 

「おい」

 

 とはいえ、そのくらいの常識はあったらしく、割と酷いことを言うエリーナに突っ込みを入れつつ、ライナはちょっとだけ「あぁ、そういう普通の感性は残っていたんだ……」と安心しかけ、

 

「そこで私たちは、このたまたま流れ着いた胸の抉れたまな板少女に、慈悲を授けることにしたのです」

 

「ぶっ殺すわよ!!」

 

 そんなことを言って、エリーナが手で示したビオを見て顔を再び引きつらせる。

 

 そう言えば、昔まじまじと見たわけではないが、あの時のビオの胸は結構小さい部類だったことをライナは思い出した。

 

 男にも変装できるうえに、無い方が素早く動けるから、ローランドの実力のある女暗殺者たちは基本的にひん乳傾向ではあった。ビオもその例に漏れていなかったのを記憶の片隅で覚えていたライナは、すっとはりつけにされているビオへと視線を写し、

 

「な……なによ」

 

「う、うん」

 

「何その反応!? ちょっと、何か言ってよ!!」

 

 泣きそうな声でわめいてくるビオの胸が、ライナの記憶にあるものと大差ないことを確認したライナは、冷や汗交じりの顔を再びエリーナに向けなおす。

 

「い、いや……え、エリーナさん。さ、さすがにそれはどうかなー? 見ず知らずの人にそんなことをするのはちょっと違法性が強すぎるというか……」

 

「安心してください。天啓を受けた私が正義です……」

 

――いや、多分それ幻聴か何かだから。と、基本的に神様を信じていないライナはそんなツッコミを入れながら、必死にこのイカレタ実験を止めるための言葉を探す。

 

 敵とは言え、

 

 自分を殺そうとしているらしいとはいえ、

 

 さすがにビオと同じ顔をした少女を見殺しにできるほど、ライナは冷酷ではなかった。

 

「ね、ねぇ……ち、違うのよ!? わ、私の胸は別にここでカウンターストップというわけじゃなくて、まだまだ成長段階で!! ぎ、牛乳だって毎日飲んでるし!」

 

 何やら必死に言い訳しているビオ(仮)に、『いや、そんなこと言っている場合じゃないだろ』と内心でツッコミを入れつつ、ライナは何とかしようと口を開きかけ、

 

「安心してくださいライナさん。この実験が終わって安全性が確認できたら、次はあなたにおっぱいをつけてあげますからね! やはり上背がありますからそれなりに大きなものの方がいいですよね?」

 

 それを聞いた瞬間、ライナは有無を言わせず稲光(いづち)を作り出し、部屋の中にぶっ放した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 一本の落雷が地下室の壁に当たり、そこを爆発させる。

 

 瞬時に粉塵に包まれる地下室内。中にいたエリーナと、改造魔法を遣おうとしていた二人のローブたちは慌てふためいたような悲鳴を上げる。

 

 その隙をつき飛来した電撃が十字架をへし折ると同時に、ビオは袖口に隠し持っていたナイフをひらめかせ、自分を十字架に拘束していた縄たちを切り裂き自由を得る。

 

 それと同時に、どういうわけかとんでもないきれい系美女になっていたライナが駆け寄ってきて、

 

「共同戦線だ! 今このときだけでも今までの行いは水に流して、ここから逃げるために協力しよう!!」

 

「奇遇ね! 私もそれ今言おうと思っていたところ!!」

 

 背中合わせになり、敵の襲撃に備える。

 

 さっきの視線の動きはすごく気にくわない上に、結構な回数殺し合いをしている相手だ。本来ならば共同戦線などありえない。

 

 だが、その殺し合いの経験がビオにあることを教えてくれていた。

 

――この男、かなり強いわね! と。

 

 だからこそ、ビオは安心してライナに背中を任せ前方からやってくる攻撃だけに集中する。暗殺に苦労しそうと悩んでいた相手の背中が、誰のものよりも頼もしく思えるとは皮肉な話だ。

 

 そんな風に自嘲の笑みを浮かべながら、逆手に持ったナイフを油断なく構え辺りを軽快するビオ。そして、

 

「もう、何をするんですかライナさん!」

 

 瞬間、とてつもない勢いで粉塵を切り裂き、ビオの顔面を横殴りにする軌道で豪華なヒールによる回し蹴りが飛来した!

 

「なっ!?」

 

 驚きの声を上げながらも、暗殺者の鋭い反射神経で何とかその攻撃をよけ地面に転がるビオ。ライナもそれに合わせて移動を行い、ビオに死角を殺す位置へと転がってくれていた。

 

 だが、それ以上に問題なのは、

 

「ねぇ……今の蹴りあなたの目から見てどのくらい?」

 

「俺とほとんど遜色ないように見えたんだが……」

 

「私もよ」

 

 信じられない真実を確認し、二人の顔が盛大に引きつる。

 

「うふふふ。実は美しい体を保つために私の家の蔵にあったとある魔法書の通りエクササイズをしていたら《ちょ、あの人の蹴りいま鉄の剣へし折ったんだけど!?》《もはやエリーナ姉さまは男の娘に非ず……(ヲトコ)の娘よ》と言われちゃうくらい強くなっちゃいまして。まぁ、乙女のたしなみですわね」

 

 一冊の、見たこともない彩色豊かな表紙を持つ本をひらひらと見せながら、粉塵を切り裂く鋭い蹴りを見せたエリーナは嫣然と微笑む。

 

 ちなみにその本は、表紙には『女性でも簡単! 男を殺せる護身術!! 《阿修羅》編』と日本の文字で書かれている。一時期女性が痴漢を一撃で蹴り殺してしまうという本物の殺人事件が起こってしまった日本のいわくつき雑誌である。もっともそのことは、ライナ達は知らない。

 

 知らないが、

 

――そんな乙女いないわよ……。とビオは冷や汗をかきながら、内心で理不尽すぎる世界を呪う。

 

 知らなくても、その攻撃が脅威であることが戦闘を長い間生業にしてきた二人にはわかったからだ。

 

「まったく……あんたの家の蔵にはどうしてそう余計な本ばっかりおいてあるかな」

 

「父が収集家だったもので。春画(エロ)本から哲学書までなんでもございますわよ? 今度見に来ませんかライナさん?」

 

「人体改造しないって誓うなら行ってもいいけど」

 

「それはできませんわ。今のライナ様は、おっぱいつけるために生まれてきたような美しいお姉さまですもの」

 

――もう本気で死ねばいいのに……。と、内心でそう吐き捨てながら、先手必勝と言わんばかりに、

 

「水よ!!」

 

 有れ!! と、怒声交じりに水の獣を作り出し、エリーナを襲わせる。だが、

 

「あらあら……」

 

 困ったちゃんですわね? と言わんばかりに、エリーナはニコリと笑い、

 

「えっ!?」

 

 瞬間粉じんの中から先ほどのローブ姿の二人の男の娘が飛び出してきて、もはや分身しているんじゃないのかと思えるほどの速度で蹴りを放ち、水の獣を蹴手繰り殺す。

 

 まるでマシンガンのような蹴撃を食らい、穴だらけになって撃沈する水の獣。

 

 その獣を呆然として見つめるビオに、エリーナは嫣然とした笑みを浮かべる。

 

「言ったでしょう? エクササイズしていますと。この村にいる男の娘たちは全員この本を見てエクササイズしていますのよ? それに、私たちは二つの性別を持つ性別を超越した超人類。あなたのような単一性別をしかもたない存在が勝てる相手ではなくてよ?」

 

――この村化物の巣窟じゃない!? それに何その理論!? と、意味不明な理論を展開するエリーナに、今度こそビオは冷や汗を流す。

 

 だが、

 

「いや、そうでもないぜ」

 

「はい?」

 

 ライナはそこで不敵な笑みを浮かべ、

 

「女でも信じられないくらい強い奴はいるって話さ!! おい、フェリス! 援護頼むっ!!」

 

 ライナはそう言って天井に呼びかけるように声を上げた。

 

――まさか、援軍がいるのっ!!

 

 ビオはそんなライナの動作に目を輝かせ、期待するように天井に目を向ける。

 

 そして、

 

「……」

 

 天井から降ってきた一枚の紙をライナがキャッチし、目を半眼にして見つめるのを見て、不思議に思ったビオはその紙を覗き込んだ。

 

 そして、

 

『こ、この変態色情狂!? 女に化けてどうするつもりなの!? また変態的何かをするつもりね! 女をさらって荒野を駆けるつもりね!! もうそんな変態はしりません!! 胸なりなんなり付けて、ついでに去勢もしてもらって、世界平和に貢献しなさいふははははははははははははははははははは!! byお前がどれだけ美人になろうと私には及ばない美少女天使フェリス・エリス』

 

 最後にノリノリで書かれた明らかな嘲笑の文字を見て、とりあえず援軍は期待できないことを悟る。

 

――終わった。そんな言葉がビオの脳裏に浮かんだ時だった。

 

「もしかして、先ほど護衛についてきていた方々の援軍を期待されていたんですのライナ姉さま」

 

「お願いします。姉さまはやめてください……」

 

「無駄無駄無駄ですわ!!」

 

 ライナの必死の懇願を無視し、エリーナは笑う。

 

「たとえどれだけ美しかろうと、どれだけ強かろうと……先ほど言ったように、単一性別ではそのすべてが私たちに劣りますわ。どんな勘違いをしているのか知りませんが、たとえあの二人があなたたちを助けに来たとしても結果は同じ。たった一つの性別にすがって美しさを競うしかできないあの程度の三流など、私の敵ではありません」

 

 そう、エリーナが自信ありげに言い切りかけたとき、彼女の背後に金髪の美女が降り立ち、

 

「ん?」

 

「え?」

 

 手に持つ大剣をフルスイング。エリーナが反応できないほどの速度で振るわれたその大剣は、見事にエリーナの顔面をジャストミートし、エリーナの体を、扉をぶち破らせながら部屋から叩き出す!

 

「「え、エリーナお姉さまァアアアアアアアア!?」」

 

 突如として起こったそんな信じがたい事態に、悲鳴を上げるローブ姿の男の娘たち。そんな二人が隙だらけな様子でエリーナに向かって駆けて行こうとするところで、

 

「アースハンド」

 

「「きゃぶっ!!」」

 

 地面に生えた手が勢いよく二人の足をとり転倒させた後、地面からさらに手が生えてきて彼女たちの体の各所を掴み拘束する。

 

「で、誰が勘違い三流女だと?」

 

「あんた、助けるならもっと早くにいいなよ。本気で見捨てる気なのかと思ったじゃないか?」

 

――いや、多分見捨てる気満々だったと思うわ……。と、先ほどの手紙の内容を知っていたビオは盛大にツッコミながら、床からひょっこり顔を出した緑髪の女性を見つけた後、大きくため息を漏らしながら膝をついた。

 

「た、助かったの?」

 

「とりあえずはな……」

 

 そう言って同じようにへたり込んだライナに背中を預け、ビオはようやく安堵の息を漏らすのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 結局フェリスにボロボロにされたエリーナは、先ほどの魔法陣が敷いてある地下室に反省を促す正座をさせられ(ここには絨毯が敷いておらず石畳なため、ものすごく膝が痛そうだった)、『本当の美の女神はフェリスさんです。僕なんて足元にも及びません……』という下げ看板を下げることで許された。

 

 それによってフェリスの怒りも収まったのか、今の彼女は悠々とした様子で団子セットを広げ、一人お茶を堪能している。

 

「はぁ、にしても今回超無駄足だったな」

 

「まぁ、この珍妙な書物は面白いっちゃ面白いけどね」

 

 と、エリーナの実家であるイェーガー家歴代の執念なのか、わけのわからない言語の隣に、びっしりと文章の横にハルケギニア後の訳文が書いていある、《おっぱい製造法》という名の《人体改造魔法書》と、エクササイズ書という名の《殺人拳秘伝書》を領収したロングビルは、その二冊を手で弄びながら「こっちのエクササイズ所はティファにでも読ませようかね……最近何かと物騒だし」とか言っている。

 

 ライナとしては真剣にやめてほしいのだが、今はそんなこと言っても仕方ないので、とりあえず一番の問題であるビオの方へと視線を向け、

 

「って、あれ?」

 

 いつのまにか先ほどまでいた場所から姿を消していたビオに、驚きの声を上げる。

 

「ふぇ、フェリス? ここにいたあの赤毛の暗殺者しらね?」

 

「ん? あぁ、そいつなら『うぅ、装備が見つからない。このままじゃ文無しになる……』と困っていたから、ライナの財布を渡しておいたぞ。『ありがとうございますフェリス様!! あと、今度あなたの団子やで『団子セット』百個ぐらい買いますから見逃してください』とか言っていたから、みのがしてやったが……。ふむ、奴はなかなか見どころがある」

 

「見どころがあるじゃねぇよぉおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 慌てて、化粧室で脱がされたあとロングビルがこっそり持ってきてくれた自分の服の捜索をするライナ。だが、そこにライナの財布はやっぱりなくて、

 

「って、本気で無くなってるぅううううううううう?! お前、何しちゃってくれてんのぉおおおおお!? 今度は俺が文無しだろうがぁあああああああああああ!?」

 

 もうちょっとこの世の理不尽に泣きながらツッコミを入れるライナ。そんなライナの魂の慟哭を、フェリスは鼻で笑った。

 

「ふん。何を言っているのだライナ。貴様に自由にできる金などあるわけないだろう。貴様は日がな一日ギャンブルしほうだいしたあげく、負けて帰ってきては毎日酒をカッくらって「やめてぇ!! それは子供の給食費なのぉ!!」「うるせぇ! 今度は勝てる気がするんだよっ!! 一時間後には三倍にして返してやるから待ってろ!!」とかいって、金をするだけすった、後なんやかんやで世界滅亡をさせるぐらいの、ダメなことしかしてないだろうが」

 

「世界滅亡までのプロセスがすごいいい加減だろうがっ!! てめぇ、フェリス……今度こそゆるさねぇ!!」

 

 と、今日は見捨てられかけたこともあっていい加減我慢の限界に来ていたライナが、フェリスに向かって飛びかかるが、

 

「ふん!」

 

「ぐはっ!?」

 

 やはりフェリスには勝てず、勢いよく振るわれた大剣の一撃でキリモミ状に回転しながら、魔方陣の中央に落下し気絶するライナ。

 

 そんなライナの姿に、フェリスは一つ頷いた後、

 

「ふむ。ではエリーナとか言ったな? ライナをかわいくしてやってくれ!」

 

「えっ?」

 

 その信じられないセリフを聞き、エリーナは盛大に目を見開いた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「あぁ、ひどい目にあったわ……」

 

 村にあったローブをこっそり拝借し、顔を隠しながら村から脱出したビオは、舌打ちを漏らしながらまだターゲットがいるであろうおかしな村を振り返る。

 

――あのライナってやつ無事かしら? あの剣士かなり理不尽そうな匂いがしたから、関わらないように逃げてきたけど。

 

 そんなことを考えながら、自分の背中を守ってくれたライナの姿を思い出してしまい、思わず顔を赤くしてしまったビオは、慌てたように頭を振り顔の熱を覚ました。

 

――ま、まぁ……多少頼もしくはあったけど、あいつは私の敵! 殺す必要はないかもしれないけど、ジョゼフ様が情報を欲しがっている相手!! 油断するわけにはいかないわ!!

 

「こ、今回は貸しにしておくけど……次は目に物を見せてやるからっ!!」

 

 そんな決意表明をライナにしつつ、ビオは森の中へと消えていった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 さて、そんな決意表明をされたライナはというと……。

 

「………………………………………………………………」

 

「く、くくく……に、にあってるじゃないかライナ」

 

「なかなかお似合いだぞ?」

 

「あぁ、私の見立てに間違いはありませんでしたわ!!」

 

 絶望したような顔で、気絶している間につけられた、自分の胸部についた二つの脂肪の塊を見つめていたのだった。

 

 

 

 結局この後、ライナを元に戻すための魔法陣開発には数日の時間が要された。

 

 その間ライナはタユンタユンの胸部装甲を揺らしながら、男の娘村の頼れるお姉さまとして、泣きながら魔法陣開発を行うことになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、そのころの某公爵領にて、

 

「ど、どうしたんだエレオノール、ルイズ!? 突然戦時中のアルビオンに行きたいなど!!」

 

「そ、そうだぜルイズ、危ないってっ!!」

 

「いやっ! 離してお父様!!」

 

「私たちは……今すぐアルビオンに行かないといけない気がするのっ!!」

 

 そんな言い争いがされていたとかいないとかは……諸君の想像にお任せしよう。

 




 はい、ようやく完結!!

 これでやっとルイズとサイトの視点に移れる。

 現在二人がいるのはラ・ヴァリエール領ですが、そこに姫様御一行がやってきます。

 護衛として某槍使いを連れて……。

 はたして、サイトの平穏なお休みは守ることができるのかっ!?

 エレオノールは気絶しない? カトレア病状悪化しない?

 そんなお話をかく予定……。
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