「ラ・ヴァリエール領まであと少しと行ったところか?」
「休暇……あぁ! なんて甘美な響き!!」
「落ち着いてアンリエッタ……。ところでマザリーニ枢機卿に仕事全部任せてきてかまわなかったのでしょうか?」
「かまわん。書類仕事は落ち着いているしな。前みたいなデスマーチをする必要はない。紅茶片手にのんびりしながらやっても、あいつのスキルなら十分夜までに終わる程度の決済だ。国王の決裁が必要なものは全部残しておけと言ってあるしな」
「待ってください!? それ、私が城に帰ったらその書類に押しつぶされるってことじゃ?!」
――きこえんな~。と言わんばかりに目をそらしたバーシェンの仕草に、アンリエッタの顔は即座に青ざめる。
彼らが今いるのはラ・ヴァリエール領に続く大きな街道だった。
巨大な王族用馬車とそれを守る無数の魔法衛士たちに守られたその馬車を襲うほど気合の入った盗賊などは数か月前に現れた、《暴力の女神》と《やる気なし悪魔》と言われる二人組の傭兵が殲滅したらしいので、馬車に乗る三人――アンリエッタ、バーシェン、ウェールズの旅路は非常に順調に進んでいた。
そう。この時までは。
「ところでバーシェン卿」
「ん? なんだ、ウェールズ」
「ずっと思っていたんですが、どうしてこんな巨大なエアシールドを常にはらせているんですか?」
ウェールズがそう言って窓の外を見るとそこには魔法衛士たちが展開した、半透明の風の幕が馬車を守るように展開されていた。
先ほども言ったようにもうこのエリアの王族を襲えるほどの大規模な盗賊はすべて殲滅されている。
だというのにこの厳戒な警備体制。はっきり言って過剰防衛以外の何物でもない。
が、
「いいや。これでもまだ足りないくらいだ」
「え?」
バーシェンはまるで襲われるのを確信しているかのような態度でそんな言葉をシレッと吐いた。
さすがのウェールズも「何言ってんだこの人」と言わんばかりのいぶかしげな顔でバーシェンを見つめ、アンリエッタも可愛らしく小さく首をかしげている。
そんな二人に、「まだ分からんのか……」とあきれた雰囲気を込めたため息をついたバーシェンは、一度鼻を鳴らした後告げる。
「いいか? 私は厳しい宰相だ」
「「知ってます」」
ほぼ同時、異口同音に答えたウェールズとアンリエッタ。さすがにそこまで勢いよく肯定されるとバーシェンとしても何か言いたいことがあったのか一瞬の沈黙が馬車の中に降りる。
だが、
「それ故に結構敵が多い」
結局大人の度量で無視することにしたのか、バーシェンはそのまま話を続けた。
「結構?」
「敵だらけの間違いじゃ……」
アンリエッタとウェールズがコソコソ話している言葉は、魔術師特有の鋭敏な聴覚でしっかり聞き取っていたわけだが、城に帰ったら仕事10倍にしてやろうという意趣返しで済ましてやる程度にはバーシェンは広い心をもっていた。
「つまり、この領にも私の敵がいるというわけだ」
「命知らずな人がいたもんですね……」
「その人殺される前に止めるよう、魔法衛士の方々に言っておかないと……」
――どういう意味だ? と、よっぽど言ってやろうかと思ったバーシェンだったが、
「む? 来たか」
「え?」
敵は思った以上に迅速に行動していたのか、バーシェンの予想よりも早くそれはやってきた。
魔法衛士が騒ぎ出す。
「な、なんだあれは!?」
「ま、まて……。甲冑とローブを見る限り、あれはうちの騎士?」
「だが、大分古い型の甲冑だぞ?」
どよめく魔法衛士たちの声を不思議に思ったのかウェールズとアンリエッタは馬車から顔を出す。
だがバーシェンは不動の体勢を貫いていた。やってきたのが誰なのかは十二分に承知していたからだ。
そう、それは巨大なマンティコアを従える、鉄仮面をかぶった騎士。
「ま、マンティコア!? あれほど老成した個体は初めて見ます」
「すごく……大きいです」
「あぁ、ウェールズ」
意見を交換し合うアンリエッタとウェールズに対し、バーシェンは少し疲れたような声音で一言。
「アンリエッタを連れて外に出ろ。巻き込まれるぞ?」
「え?」
ウェールズが不思議そうに首をかしげた瞬間、
「トルネード……」
騎士が杖を掲げた瞬間、巨大な螺旋の大剣が馬車の前に立ちふさがった騎士の杖の先に形成され、
「っ!?」
「あ、あの魔法はまさかっ!?」
幼少期聞かされた煌びやかな伝説の騎士たち。アンリエッタは、その中でも異彩を放っていた『男装の麗人』という秘密を持つ生きた伝説の名を、思い出していた。
その名も……。
「《烈風》のカリン!!」
アンリエッタが悲鳴じみた声を上げた瞬間、螺旋の大剣が馬車に向かって振り下ろされる。
ウェールズはそれを見てあわててアンリエッタを抱えながら馬車から飛び出し、バーシェンは平然と馬車の中に座っていた。
そして、魔法の完成が告げられる!
「カリバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
瞬間、轟音と共に暴風の大剣はバーシェンが乗っていた馬車を飲み込む!!
…†…†…………†…†…
「おかぁさまぁあああああああああああああああああああああああああ!?」
眼前で母の最大魔法に飲み込まれる王家の馬車の姿を見て、カリーヌの指示を聞き近くの茂みに潜んでいたルイズは思わず悲鳴を上げた。
まぁ、それも仕方がないことだろう。
王家の馬車を襲撃する貴族……。何の疑いもなく100%ただの謀反以外にありえない光景だ。そんな光景を自分の母親が唐突に作り出したとなると、ルイズが悲鳴を上げるのも当然と言えた。
「ななななななな、な、にゃにを!?」
「ルイズ落ち着け……素数を数えるんだ!! 素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……。俺達に勇気を与えてくれる!!」
当然この世界にある程度慣れ始めたサイトにとってもその光景はショッキングすぎた。
――俺これから反逆者か……。と彼の内心に絶望の嵐を吹き荒れさせる程度には。
「「2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 43 47 53 59 61 67 71 73 79 83 89 97 101 103 107 109 113 127 131 137 139 149 151 157 163 167 173 179 181 191 193 197 199 211 223 227 229 233 239 241 251 257 263 269 271 277 281 283 293 307 311 313 317 331 337 347 349 353 359 367 373 379 383 389 397 401 409 419 421 431 433 439 443 449 457 461 463 467 479 487 491 499 503 509 521 523 541 547 557 563 569 571 577 587 593 599 601 607 613 617 619 631 641 643 647 653 659 661 673 677 683 691 701 709 719 727 733 739 743 751 757 761 769 773 787 797 809 811 821 823 827 829 839 853 857 859 863 877 881 883 887 907 911 919 929 937 941 947 953 967 971 977 983 991 997……」」
「何してるんだお前たち……」
突如としてブツブツ数字を唱え始める二人の背後から、そんなドン引きしていますといわんばかりの声がかけられる。
ルイズたちがあわててその声に振り向くと、そこには先祖伝来の固定化によって防御力があげられた戦装束をまとう父親の姿が……。
「って、父様もですかぁあああああああああああああ!?」
「うわっ!? なんだルイズ!?」
そんな絶叫を上げながら突如自分にとびかかってくる愛娘に、目を白黒させるヴァリエール公爵。
だが、そんな彼の軽い態度など関係なく、ルイズは必死といった様子で公爵を抑え込みにかかる。
当然だ。母だけでも一軍に匹敵する戦力なのに、このうえ父まで参戦すればもはや謀反は洒落にならない規模に達する。
まだアンリエッタに忠誠を誓っている身としては、これ以上の両親の暴挙を許すわけにはいかなかった。
「目をお覚ましくださいお父様!! 陛下に牙をむくなど……きっと何か悪い病気にかかっているのですわ!!」
「陛下に牙? いやいや、何を勘違いしているルイズ」
だが、そんな父親から聞こえてきたのは意外な言葉だった。
「謀反では……ないと?」
「あたりまえだ。どうして私が陛下に反旗を翻さねばならん。陛下ならほら……きちんと馬車の外に退避されておられるだろう? そのくらいの余裕をもった攻撃をカリーヌはしている」
――いえ。どこからどう見ても母様の嵐に巻き込まれて地面ゴロゴロ転がっておられるのですが……。と、暴風に揉まれ、ウェールズ達や近衛兵と共に悲鳴を上げて吹き飛ばされているアンリエッタの姿が視界の端によぎるのを見て、ルイズは盛大に顔をひきつらせながら、
――と、とりあえず両親の真意を聞くのが先よ!! と、現実逃避交じりにアンリエッタの姿を必死に視界に収めないよう視線を動かす。
「で、では言った母様はどうして王家の馬車に魔法なんて……」
「決まっておろう? あのいけすかない鉄面皮宰相をぶち殺すためだ」
結局謀反じゃねェか!? と、ルイズの背後でサイトが盛大にツッコミを入れるのを聞きながら、ルイズは必死に現実を認めるために公爵の言葉を咀嚼し……。
「あぁ、なるほど」
「納得しちゃった!?」
大嫌いだったあの男の鉄面皮を思いだし、ついうっかりざまぁ見ろと思ってしまう。
が、流石にアンリエッタまで巻き込まれているとなるとシャレにならない。あの男が死のうがみじん切りになろうがルイズとしては知ったことではないが、アンリエッタまで巻き込むのはまずい。
――おまけにあの人、理由はよくわからないけど、ライナが「魔法はもう使えないそうだから、あんま迷惑かけんなよ?」とかいっていたし、母様の魔法を食らって無事なわけもないでしょう。
「ですが父様。もう馬車はとっくの昔にバラバラでしょうし、あの男も無事ではすんでいないでしょう……。もうそろそろお母様に、嵐を止められるようにおっしゃられては?」
「ルイズ……甘いな」
「え?」
だが、そんなルイズの停戦の提案を公爵は苦笑をうかべ跳ねのけた。
「あの腐れ外道が私たちの領に来るのに、あの程度の攻撃でどうこうなるような戦力で来ていると本気で思っているのか?」
「あの、お父様……いったいあの人と昔何があったんですか?」
そんな褒めているのか、罵倒しているのかよくわからない信頼の言葉にルイズが首をかしげた瞬間だった。
「すっ……ぱぁああああああああああああああああああああああああああああああく!!」
絶対聞きたくなかった声と共に、母親の嵐の剣を一条の光が貫いた。
ひきつった顔のルイズとサイトが振り返ると、そこには油断なく杖を構える母に対峙する……珍妙な豚のぬいぐるみを構える
「陛下と宰相が乗車される馬車に向かい魔法を放つなど不届き千番!! 最強の槍☆使いであるこの僕……シルワーウェスト・シルウェルトがあなたに天誅を下します!!」
鋭い眼光。心胆が凍えるような殺気。右手に掲げられたプルプル震えるぬいぐるみ……。
カオスがそこで生み出されていた。
「ふむ。あいつが今回のやつの手駒か……。カリーヌの嵐すら穿つとは、なかなかの使い手」
「え!? お父様それだけ!? 言いたいことそれだけ!?」
「もっといっぱい感想とかツッコミとかあるでしょう!? ほら明らかに理不尽な何か握ってるじゃないですか、あの自称槍使い!!」
サイトと必死にそんなことを言うルイズだったが、もはや公爵はそんな二人の声など聞こえていないのか、凄絶で獰猛な笑みを浮かべフライによって天高く舞い上がる。
「では、ここで見ているといいルイズ。父と母の生きざまを!!」
「待って父様!! あんな変態空間にっちゃダメぇえええええええええええ!?」
必死なルイズの静止の声すら振り切り公爵はそのまますごいスピードで戦場に飛来する。
そんな彼の気配を察したのか、どういうわけか完全に無傷だった馬車の中から、物騒な手袋を装備し降りてきた紅蓮の宰相。
彼は自分に対峙する二人の昔なじみの顔を見て、盛大に鼻を鳴らしながら、
「俺がこの領に来ると触れを出した瞬間、貴様らがこういうことをしてくるだろうというのは分かっていた」
そう言うと同時に、彼は手袋をつけた手のひらを空に向けるようにして突き出した後、
「貴様らがこうする理由は痛いほどわかるし、私も意見を曲げるつもりはない。ゆえに、今回の暴挙は見逃してやる所存だ、ラ・ヴァリエール。ゆえに存分に力をふるえ……」
何かを握りつぶすかのように、手を握る。
瞬間、轟音と共に彼の力によってあたり一帯の地盤が持ち上げられ、地割れを起こしながらばらばらの高さに隆起し、両親と紅蓮の宰相――バーシェンの間に巨大な遮蔽物として立ちふさがった。
「無論……俺もみすみす貴様らに痛い目に合わせられるつもりはないがな」
見るものが見れば、その隆起はバーシェンの手袋から延びた糸が大気の精霊によって強化され、地面を先端につくスパイクによって固定。バーシェンの腕力によって無理やり引き上げられたのが見えただろう。
当然、バーシェンがそんなでたらめな糸を武器として使うことを知っている公爵家の二人は、その光景を見ても何ら驚いた様子も見せず豪気に杖を構えた。
「今日こそイエスと言っていただきます。バーシェン」
「貴様の四肢を斬りおとしてでも、了承をとらせてもらうぞ」
「何度もやってできなかったことを……今またできると本気で思っているのか?」
笑わせてくれる。明らかの嘲笑が混じったバーシェンの言葉に激したかのように、二人は怒号を上げバーシェンに向かい襲い掛かった!!
一か月近くも放置してごめんねぇええええええええええええ!?
いや、ちょっと理由があって!? 身内の不幸とか風邪とかがあって……。
こ、これからは二週に一本に直すので勘弁してくださいT―T