「これはまたなんとも……」
「随分とエキゾチックな祭りのようですね」
トリステインの貴族の権威を見せつけ、貴族が場の空気を作り出すパレード祭ではなく、多くの人がごった返しながらも、各々が楽しげな雰囲気を作り祭りを盛り上げる光景。
ハルケギニアではなかなかお目にかかれないその光景に、遅れてやってきたヴァリエール公爵と、カリーヌ公爵夫人は、目を丸くしていた。
まさか娘がここまでするとは思っていなかったというのもあるし、何より異国の祭りが思った以上に悪くないことに驚いていたのだ。
「貴族らしい洗練された雰囲気は足りませんが、たまにはこういった雑多な雰囲気の中で楽しむのも悪くはないのかもしれませんね」
「下劣な。と、眉をしかめるのは簡単だが、そう言わせたものすら飲み込む活気があるのは良いな。むしろ豊穣祭や、豊作祈願祭と言った平民メインの祭りは、こちらの形態でやった方がいいかもしれんな」
そんな彼らが話すことはと言えば、祭りの雰囲気を見ての、この祭りの形態の有用性だとか、そんな実益的な物ばかりなのがいささか情緒に欠けるが。
そんな彼らを見かねたのか、意外なところから彼らにし対して非難の声が上がる。
「まったく、何祭りで下らん些事の話をしているのだ」
「む」
「バーシェンですか」
いきなりかけられた無礼千万なセリフ。とうぜん、自分たちの領地で、そのような不届きな口のきき方をする人間などいないと分かっていた二人は、即座にその声の主を割り出し声の方向へと視線を向けた。
そこにいたのはやはりというべきか、フォービン・バーシェン。トリステインが誇る紅蓮の宰相。だが、
「……何しとるんだ、お前は?」
「らしくないですね……」
「故郷の匂いがわずかでも感じ取れる祭りに来ているんだぞ? はしゃがない理由がないだろう」
右手に淡水魚の塩焼き。左手にサイトが制作を命じた焼きそばや、お好み焼きと言ったパック類の食べ物各種。
さらには、頭にお面のようにかぶるようにつけた仮面に、最近トリステインの名産品になりつつあるバーシェンが作り出したゴム製の風船に水を入れたものを、紐のゴムでつないだ玩具を、パンパンと上下させている。
というか、
「満喫しすぎだろう……。お前本当にバーシェンか?」
「失礼な奴め。俺のそっくりさんでも見たことがあるというのか?」
「世界はそこまで残酷ではないと私は思っているが」
「あまり舐めた口をきくと灰にするぞ、雨男」
「ほう? 決闘か。いいぞ、いいかげんにお前との決着をつけねばならないと思っていたところだ」
途端物騒になる周囲の雰囲気に、祭りを楽しんでいた人々は飲まれ、恐怖のあまり固まる。
本来もてなす相手であるバーシェンを害するなど、あってはならないことなのだが、何分因縁が多すぎる相手だ。本来とめるべきカリーヌもこの時ばかりは夫と一緒に戦闘態勢に入っている。
そして、頭に血が上った三人には、凍りついた周りの雰囲気など目に入らず、二人は即座に懐に隠してある各々の武器を盗ろうとして、
「ストップストップスト――――――ップ!」
「私の行幸を祝う祭りで何をするつもりですかあなた方は」
慌てて割って入ってきたルイズと、彼女についてきたアンリエッタの非難交じりの叱責に、三人は舌打ちを漏らしながら武器を収めた。
「これは姫。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。初めて着る服に妻が戸惑いまして、少々参上が遅れました」
「それに関しては許します。私もちょっと手間取りましたしね」
そして即座に貴族らしい王族に対する臣下の礼をとるヴァリエール公爵に、アンリエッタはそっとため息をつきながら、立つように指示を出した。
「問題なのは、遅れてきたことではなく我が宰相といつまでも揉めている方です」
「こればかりは貴族のプライドの問題ですので」
「いくら王族といえども、内政干渉は控えていただける契約ですが」
だが、そんな礼をとっているがバーシェンに関しては譲るつもりはないのか、領地持ち貴族らしい独立精神を盾に、二人はアンリエッタの苦言を突っぱねた。
だが、このくらいはすでに予想済みだといわんばかりに、アンリエッタはわざとらしいため息をつき、
「そうはいっても、この領地に過ごすものは等しくトリステインの民でもあります。いつまでもあなた方のような大魔法使いがいがみ合って、周りに被害を出すような状況は、王族としては看過できません」
「む……」
「ほう。言うようになったではないか」
さすがにそこまで言われては黙るしかなかったのか、うなり声をあげて口を閉ざす公爵を見て、バーシェンは鉄面皮のまま感心したような声を出す。そんな二人の態度に、アンリエッタは内心「かかった!」と思いながら、計画の第一段階が成功したことを喜びつつ、
「そこで、差し出がましいようですが、あなたたちの闘争の調停を、私が行うことにいたしました」
その安堵をおくびにも出すことはなく、アンリエッタは背後に広がる祭りの会場を示した。
「この会場では、食べ物を買う場所のほかにも、祭りを盛り上げるための様々な遊戯を催している屋台があります。あなた方は私が指定したその屋台を回っていただき、そこでの遊戯で優劣を決め、最終的に総合得点が多い方が勝者とします。そして、敗者には必ず勝者の言うことを聞かせると、トリステイン王家アンリエッタ・ド・トリステインの名において宣誓したしましょう」
そして、そこでアンリエッタはがらりと自らの表情を変える。
ここ数カ月でバーシェンに鍛え上げられた王族の顔。貴族を従えるこの国の頂点の顔を、彼女はあえてここで使った。
それを見て、いまだどこかルイズと遊んでいた姫の印象を拭えっていなかったヴァリエール公爵は思わず息をのみ、バーシェンはわずかに真剣な雰囲気を纏い始める。
「この戦い、この闘争を持って……あなた方の因縁に終止符を打ちなさい。これは姫としての嘆願ではなく、女王としての勅命です」
「……御意」
「国益のため、必ず勝利をお持ちいたしましょう、我が主」
勅命を持ち出されてしまっては、流石の二人も従うしかない。最近はあまり敬意を払っていない態度ばかりをとっていたが、彼らとて貴族。王族の命令に従うのは、貴族の役目としてむしろ当然のことだ。
ヴァリエール公爵とカリーヌはそのままアンリエッタの頭を垂れ、バーシェンは瞳をするどくとがらせながら、祭りの中にあった屋台を思い出しつつ、勝利するための方程式を頭の中で組み上げていく。
今ここに、《第一回・トリステイン遊戯戦争》の火ぶたが、切って落とされることになったのだっ!!
…†…†…………†…†…
「はー。これでようやくヴァリエール領に平和が訪れますね」
「バーシェン卿が来てからピリピリしているみたいだからね。何とかなって本当によかったよ」
そんな光景を見ていた人物たち――サイト・ルイズ・ウェールズ・シエスタ・シル達は、いがみ合っていた三人に女王権限でつつがなく遊戯勝負をさせることができたアンリエッタを、内心で褒め称えながら、互いに勝利の盃を交わす。
もうここまでくれば一安心だろうとだれもが思っていたのだ。
戦う内容は遊戯勝負。周りに被害など間違っても出ようはずがない。
各々の心情的には「勝った! 第三部完!!」と言ったところ。
もう彼らは、勝ったつもりでいたのだ。
だが、
「なに、あんた達? もしかして、ヴァリエール家とバーシェン卿の因縁を解決するためのこんな祭りを開いたの?」
「建前として使った理由も、きちんと真剣な理由ではあるのよ、お姉さま」
「こじつけられるだけこじつけましたけどね……。理由は」
そんな彼らの祝勝ムードに、エレオノールが冷水をぶっかけた。
そんな姉の空気読めていない態度に、ルイズはいささか膨れながら共犯者であるシエスタと一緒にエレオノールに食って掛かる。
が、
「あまいわね。とろとろの蜂蜜をかけた、クックベリーパイよりも甘いわルイズ」
「ちょっとおいしそうですわ、お姉さま」
「あの人たちが勝負事をして、熱くならない道理がないでしょう」
エレオノールがそう言った瞬間だった。
初めに三人が向かった屋台で、爆音が響き渡ったのは。
「「「「「……………………………………」」」」」
それを聞き思わず黙り込んでしまった五人の耳に、おっとりとしたカトレアの声が突き刺さる。
「あらあら、お父様もお母様も、昔みたいにずいぶんとはしゃいでおられるみたいですね」
「主な原因はあの宰相だと思うけど?」
そんな姉妹の話を聞き、五人は慌ててその場から立ち上がり爆音が聞こえた屋台へと向かった。
…†…†…………†…†…
《ヨーヨー釣りの屋台にて》
最近になってトリステインが錬成に成功した不思議物質――ゴム。
バーシェン監修のもと生成されたこの物質は、揺れがひどかった馬車の車輪に使われ、乗り心地を格段に良くしたり、空気を詰めて膨らませることによって子供のおもちゃにしたり、電撃を完全に遮断するという特性から、金属鎧の下に着こみ、雷系の呪文を防ぐ防具にされたり、固めのゴムによって銃の弾丸を作り、暴徒鎮圧用の弾丸として使われたりと――その利便性の高い物質は、現在トリステインの様々な新製品開発に使われていた。
ゲルマニアやガリアからの輸入の依頼もひっきりなしにきており、現在ハルケギニアは空前のゴム市場がにぎわっているといっても過言ではない状態であった。
そして、ゴム発祥の国であるトリステインでは「まずはうちで、ゴムを素材に開発できるものを開発できるだけして、他国とのゴムの利用技術の水準を広げられるだけ広げ、技術に関するイニシアチブを握る」というバーシェンの命令のもと、貴族から平民まで幅広くゴムが広げられ、ちょっとした遊び道具の素材にもなるくらい、ゴムが普及していた。
この屋台――水風船で作った《ヨーヨー》という玩具も、そういったゴムブームに乗っかって現れた商品の一つである。
無論これは日本風の祭りをするなら外せないということで、サイトが作らせたものなのだが……。
何気にトリステイン初のヨーヨーが誕生した瞬間ではあるが、これがそんな玩具史にのこるようなちょっとした歴史的瞬間であることなど、今のバーシェン達には関係なく。
「せ、制限時間は1分です。それまでに多くのヨーヨーを釣れた方が勝ちということで」
「公平を期すために、ヴァリエール公爵サイドは、どちらかが代表になって戦ってくださいね?」
「ふむ。では水関係ということでここは私が出るべきか」
燃え滾る闘志を鉄面皮の底に隠したバーシェンと、
表面上は穏やかな水面だが、その下では獰猛な鮫が潜んでいるような、底の見えない激情を潜ませるヴァリエール公爵に、ヨーヨー釣りの屋台を任されていた親父さんが涙目になる。
そんな彼に内心で謝りながら、アンリエッタは進行役としての役目を果たすべく、
「では……スタートっ!!」
まぁ、そんなたいしたことにはならないだろうと、気軽に試合開始のゴングを鳴らした。
瞬間。ヨーヨーが浮かんでいた水面が爆散した!!
…†…†…………†…†…
飛び上がった水しぶきの中、ランタンの明かりに照らされたヨーヨーが空中を乱舞する。
それが一瞬幻想的な光景にも見えてしまう景色を作り出したかと思うと、そのヨーヨーたちは、瞬く間に宙を翻る鉤爪によって、持ち手のわっかの部分を引っかけられ、バーシェンの手元に戻った。
「貴様っ……ちぎれやすい部分に魔力を通しているな!? そしてそれを依り代に伸縮自在の魔力の鎖を作り出すとは……堂々と不正ではないかっ!! というか魔法は使えぬのではなかったのかっ!?」
「ふん。コモンマジックにも分類されんこの程度の魔力応用ならば、俺にたいしたリスクはないさ。というより、開始早々妨害で水面を爆散させた貴様に言われたくないな。なにより、メイジは魔法を使うものだ。魔法を使ってはいけないと、ルールには記載されていなかっただろう?」
「減らず口を!」
「悔しければご自慢の水魔法で、ヨーヨーの一つでも奪ってみたらどうだ?」
「言われずともそうするつもりだっ!!」
瞬間、公爵が手に持っていたヨーヨーをつるためのコヨリ紙に水を纏わせ、神をドロドロに溶かし尽くしながら、バーシェンの魔力の鎖と同じような、水の鎖を作り上げる。
――コヨリ紙が入っていれば反則じゃないとか、そういうルールじゃないんですが。と、アンリエッタはよほど突っ込みを入れようかとおもったが、最初からクライマックスに入った二人の耳にはもはや届いていない。
水の鎖と赤く輝く魔力の光が夜の闇を乱舞し、飛び上がったヨーヨーたちを次々と奪い去る。
そして、そのヨーヨーの数が減ってくると今度は、
「っ!? ヴァリエール……貴様どこまで落ちる気だっ!!」
「お前が最初にやりだしたのであろうがっ!!」
ヴァリエール公爵の水風船の内部にある水が、瞬く間に気体化し、風船が爆発。
同時に、バーシェンが持っていた水風船からは水が針になって飛び出し、見る見るうちにその風船たちをしぼませ始めた。
双方とも、互いが保有するヨーヨーを壊すことによって相手に敗北を与える、妨害作戦を行い始めたのだ。
様子を見に来たサイトがそれを見て思わず「俺の知っているヨーヨー釣りじゃねェ!?」と叫んだのは無理らしからぬこと……。
結局、一分間にわたる壮大なヨーヨー釣り合戦の決着は、1対0でバーシェンの勝利となった。
途中で相手の風船を爆裂させることよりも、相手の魔法干渉を防ぐ方向へシフトしたのが功を奏したのだろう。
だからと言って、その的確な判断を褒める気には、微塵もなれないアンリエッタだったが。
…†…†…………†…†…
《射的屋の屋台にて》
最近日本ではすっかり見なくなった、おもちゃの銃によってコルクを飛ばす射的。
銃の技術が確立されてから、非殺傷用の暴徒鎮圧武器として、エアガンなる技術もそこそこ広まるようになったトリステインでは、先込め式のそれが何とか完成していた。
とはいえ威力は、せいぜい当たったものがちょっと痛い程度で、開発の目的である暴徒鎮圧用の武装としては到底役に立たないデキになってしまった品だ。当然開発もとっくの昔に中止されており、現在この銃を持っているのは珍しいモノ好きの貴族や、子供の遊び道具としてそれを求めた数人の貴族くらい。
ヴァリエール領は後者であったらしく、なかなか外に出られないカトレアのために、何か暇をつぶせる玩具はないかと、いろいろ集めていた時期があったらしく、その先込め式の低威力エアガンも、倉庫の中で眠っていた。
何か祭りで使えないものはないかと屋敷のあちこちをあさっていたサイトがそれを見つけ、こうして射的の屋台が完成することになったわけだが。
ヒュンッ!!
と、到底射的用の銃が立ててはいけない音とともにコルクが飛び、たてられた商品の名前が書かれた札を穿つ。
比喩ではない。文字通り穴をあけてうがったのだ。
到底そんな威力を出せない射的銃で、そんな暴挙を起こしたのは風の専門家カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。
若いころ抱いていた《烈風》の二つ名はだてではないのか、魔法によって極限まで圧縮された空気によって放たれるコルクは、もはや殺人級の威力を叩きだし、屋台の親父の顔色を真っ白にする。
だが、対するバーシェンも負けてはいない。
機能には絶対ないはずに火薬の爆発音と同じ、パーン! という発砲音を響かせながら、エアガンの銃口から噴き出るマズルフラッシュ。
それと同時に半ば燃えているコルクが、商品の書かれた札に飛来し、爆発。周りの札を根こそぎ粉砕し、すべて自分の取り分とする、
「優雅さに欠ける真似を……。生まれの低さがしれますよ、バーシェン」
「わるかったな。どうせこの国の貴族ではない。それに……勝てばいいだろう? 勝てば。国益のためにも負けるわけにはいかんのだ」
「国益、国益と……。あなたが言うセリフはすべてが効率的です。ですが」
効率主義では覆せないものがあるということを、あなたに教えてあげましょう。と、そう言い切ったカリーヌの言葉と共に、バーシェンが火炎弾によって粉砕した札以上の数を、瞬く間にカリーヌが放ったコルク弾が穿ち貫いた。
ついでに、後ろにあった屋台の壁もハチの巣になり、親父が白目をむいて気絶するが些細なことだろう。
「戦いはまだ始まったばかりですよ」
単発式銃で、ほぼ連射と変わらない速射を行った、常識はずれのカリーヌの技量に、今回はバーシェンが敗北することになった。
その後ろでサイトたちが、「え? なにこれ? ゲームだよね? ゲームなんだよね!?」とちょっと混乱しているのは言わぬが花だろう。
…†…†…………†…†…
そのごもヴァリエール夫妻と、バーシェンの戦いは熾烈を極めた。
型抜きでは、バーシェンの精密動作に軍配が上がり、
小魚すくいでは、水魔法を自由に操る公爵が独壇場。
千本釣りでは、カリーヌの直観がさえわたり、
ヒヨコ釣では、小魚すくいでの反省を生かし、殺気でヒヨコを凍りつかせたバーシェンが、凄まじい勢いでヒヨコを総取りした。
それを見ていたサイトは思う。
――俺の知っている屋台遊びじゃねぇ!? と。
祭りの雰囲気も、三人の鬼気迫る闘気と殺気によってすっかり冷え切っており、参加されていた平民の皆様は、次に何が起こるとガタガタ震えている感じだ。
――皆さん本当にすいません! と、サイトは誠心誠意謝りたい気持ちに駆られる。
だが、次で最後だ……。次でこの理不尽すぎるゲームに、決着がつく。
「さ、最後の種目はこれ……ラムネ一気飲み一本勝負!!」
何気に炭酸ジュースがすでにあるトリステイン。どちらかというとアルコールのない果実発泡酒というのが正しいのだろうが、祭りでその名称はどうだと思い、サイトが祭限定でその飲み物の名前を『ラムネ』と改名したのだ。
ちなみに、あの独特の形状をしたガラスの容易にビー玉がきちんと入っている手の込みようである。
あの短い時間で、いったいどうやってこれを作ったのかは甚だ謎だが。
「ふん。これで我々の雌雄が決するのだが」
「カトレアは必ず救う……」
「それは、俺に勝てればの話だ」
そして二人はともにラムネの便をとり、
「え、えっと……でははじめてください」
もうすっかり疲れ切っているアンリエッタのゴングと共に、双方ラムネに口をつけた。
瞬間、
「っ!? 公爵……貴様っ!!」
「おまえこそ……やりやがった」
バーシェンのラムネ瓶の中身が、瞬く間に凍りつき、公爵の瓶は違う意味で中の液体が泡立つほどに沸騰し、公爵は思わずラムネ便を取り落した。
地面に落下したラムネ瓶は当然のごとく砕け散り、中の飲み物は地面の汚いしみになる。
「千年氷結術式。おのれ、高々遊戯勝負程度でここまでするかっ!?」
「おまえこそ……。ここにきて最大火力の沸騰術式を……恥を知れっ!!」
醜い言い争いを展開しながら、相手の妨害工作に必死になる二人。
そんな汚い大人二人を見つめて、サイトたちは思わず半眼になる。
そんなときだった。
「あ、スイマセンお姉さま。もうそろそろお薬の時間ですので」
「え? 薬? あんた薬なんて飲んでいたっけ?」
どの医者の薬も「申し訳ないけどどうせ効かないし」と飲まなかったじゃない。と突然立ち上がったカトレアに、エレオノールがそんな疑問を呈する。
すると、
「バーシェン様が東方から、魔力由来の不調によく効くお薬を取り寄せてくださったそうなんですよ。手に入れるのに大変苦労をされたようなので、恩を返さないのはちょっとと思って」
「ぶっ!?」
「な……にっ!?」
シレッとカトレアから放たれた暴露話に、最上級凍結魔法で凍りついたジュースを、必死に溶かしていたバーシェンは鉄面皮のまま吹き出し、新しいものを持つたびに熱湯に変わるジュースに四苦八苦していた公爵は固まった。
瞬間、湖の上からシュルシュルと一本の白い線が伸び、空中に鮮やかな色の炎で、大輪の花を作り出した。
「あぁ、そういえば仲直りイベントの最後のシメとして、花火のイベントを用意していたわね」
「お、おれの渾身の力作……。こんな雰囲気で使われるなんて」
「いや、申し訳ないとは思うけど……サイト。これでお父様達とバーシェン卿仲直りできたと思う?」
「むしろどこに仲直りをする要素があった?」
「ですよねー」
そんな間の抜けたルイズとサイトのやり取りを最後に、湖から打ち上げられる数千発の花火に、カトレアがはしゃいだ声を上げ、ウェールズとアンリエッタは頭を抱える。
唯一シルだけが「御三方とも素晴らしかったですよっ!! 遊びですら闘争の修行に変えるなんてっ!!」と、的外れな関心をしつつ、ルイズ主催の仲直り大作戦は、失敗のまま終わったのだった。
…†…†…………†…†…
あの祭りが終わってから数時間後。
色々疲れてしまったサイトたち祭り主催者サイドは、片付けは明日にすることにしてひとまず公爵家の館へと帰った。
最後はいろいろグダグダだったが、こちらの事情はいまいち分かっていない領民の皆さんは、花火をきちんと楽しんでいたのが唯一の救い。
――俺が作った花火もこれで浮かばれるよね? と、ちょっとだけ苦笑いをうかべつつ、サイトは夜中に起きだし、屋敷の中を徘徊する。
別に妖しいことをするわけではなく、単純にトイレに行きたくなっただけだ。
そんなとき、サイトが歩いていた廊下の窓から外を見てみると、
「ん?」
月明かりに照らされた屋敷の広いテラスで、小さな丸テーブルを囲んだバーシェン、ヴァリエール公爵、カリーヌ公爵夫人がワインのボトルを開け、グラスに継ぎあい何かを話していた。
その雰囲気は、祭りの時に見たとげとげしいものではなく、どこか落ち着いたもので……。
「あぁ……これ夢だな。あの人たちがあんなに落ち着いて話をするわけないもん」
なんだよ畜生。夢なら夢って言ってくれよ……トイレ行き損じゃないか。と、ぶつぶつ言いながら、サイトは自分が泊まっている部屋に戻った。
そんな彼の勘違いなど知ったことではないのか、三人は昔のような穏やかな関係のまま、ワインのボトルを開け、空に浮かぶ二つの月を、夜が明けるまで眺めつづけるのだった。
…†…†…………†…†…
その翌日。祭りの後片付けをしたサイトたちは、他の公爵領に行幸に行くアンリエッタについていく形で、学園に帰ることになった。
屋敷の扉の前では公爵たちが見送りに来てくれて、ルイズとサイトとの別れを惜しんでくれた。
「長期休みになったらまた来なさい。しごいてあげよう」
「まだまだあなたの対メイジ戦闘にはムラがありますからね。逃げたら承知しませんよ?」
「い、イエスマム!!」
というかサイトは脅されていた。特にカリーヌの厳しい視線には、思わず居住まいを正させられて、サイトはガタガタと震えだしてしまう。
そんな自分の使い魔を憐れな者を見るような視線で見ながら、ルイズはスカートをちょこんとつまみ貴族令嬢らしい挨拶を行う。
「では、行ってまいります。お父様、お母様」
「うむ。しっかりな、ルイズ」
「コモンマジックが使えるようになったからと言って、鍛錬を怠らぬように。あなたは得意属性にまだ目覚めていないのですから」
「わ、わかっていますわっ!」
本当は虚無に目覚めているなんて言えない。と、思わず視線をそらすルイズに、カリーヌは持ち前の勘の良さで首をかしげる。
だが、今回は娘ばかりにかまっているわけにもいかないと、彼女は即座に身をひるがえしアンリエッタが乗る馬車へと近づいた。
「お見苦しいところばかりをお見せしてしまい、申し訳ありません女王陛下」
「いいえ。た、楽しい滞在でしたわ」
まったくです。胃に穴が開きそうでした。とは、空気が読めるようになったアンリエッタは言わなかった。
顔は引きつってしまっていたが、彼女は何とか女王としての体裁を保つことができていた。
「そのお詫びとしてはなんですが、こちらをお納めください」
「? これは……」
カリーヌが差し出したワインを手に取り、アンリエッタはその銘柄を確認する。すると、
「なっ!? お、オルニエールの200年物ではありませんかっ!?」
シャトー・ド・オルニエール。しかもその200年物と言えば、伝説と言われる醸造魔法使い――シャトー・ド・リアーノが作った最高傑作と知られるワインだ。
当時良質なブドウがとれたオルニエール地方は、色よし、かおりよし、味よしと、もんくのつけようがないワインを多く輩出したことで知られている、ワイン造りの聖地と言われた場所だ。
その上、伝説の醸造士と言われたシャトーは、醸造したワインを劣化させないために、特殊な固定化魔法を開発した人物として知られている。その固定化の効果は、長い年月がたてばたつほどワインの味に深みが出て、うまみも増していくという、当時どころか現在でもワインの常識を覆しまくっているもの。
おまけにその魔法を継承する前に彼は死んでしまい、現在ではその魔法の再現はほぼ不可能。
そのため、彼が生きた時代である200年物。それも、生前彼が自身の最高傑作と謳った、オルニエールで作られた《シャトー・ド・オルニエール》は伝説のワインと謳われ、美術的・歴史的価値、そして固定化魔法の魔法的価値を含めると、トリステインが国庫を逆さに振ろうと足りないであろう値段になるといわれる、国宝級ワインなのだ。
――それを……土産に!?
入手経路は分からないが、まず間違いなく家宝にしてしかるべきワイン。それを、こんなに気前よくっ!? と、女王らしからぬ「マジ信じられんわ」と言いたげな顔をするアンリエッタに、カリーヌは無表情のまま肩をすくめる。
「城に帰った時に、マザリーニ枢機卿や皆と共にお飲みください。バーシェン卿もご一緒に」
「はっ!」
その言葉の意味をなんとなく察知したアンリエッタは、慌てて馬車に乗って視線をそらしているバーシェンの方に視線を向ける。
バーシェンは何もいわない。むしろ、こっちを見るな、鬱陶しいと言いたげな雰囲気を放って、完全にアンリエッタの視線を無視していた。
だが、その背中が確かに、わずかな明るい雰囲気を出しているのを見て、
「はい。わかりました……有難く受け取っていきます」
アンリエッタはわずかに微笑みながらそのワインをうけとり、
「そうですか」
あくまでそっけなく、平然とした態度をとり続けるカリーヌに「似た者同士ですね」と、苦笑をうかべながら、
「ではルイズ、途中までの同行、お願いいたしますよ」
「あ、はい! 姫様っ!! じゃぁ行ってきます、お父様! お母様! エレオノール姉さま! チィ姉様!!」
親友のルイズと、彼女のメイドと使い魔をともない、ラ・ヴァリエール領をあとにするのだった。
大人げないバカどもの闘争の終了
ようやくライナたちになるのかな?
これが終わったら、学園襲撃やって……アンドバリ大活躍編やって……。
やべぇ。おわる気がしねぇ……。