ようやくライナたちの出番です
「どうしたものかのう……」
「どうしたもんですかねぇ……」
アルビオン、シティオブサウスゴータ。
王都ロンディニウムと、貿易の要所である港町ロイサスをつなぐ要所であり、政治のほとんどを貴族が握っているこの世界では珍しい、貴賤を問わぬ優秀な知識人の集まりである《議会》が町の運営方針を決定している。ハルケギニアでは珍しい政治形態をとる町。
いま、その議会の会議場で議員たちが頭を抱えていた。
彼らを苦しめる理由は二つある。
一つは最近トリステインが行っている貿易封鎖のせいで、徐々に顕在化しつつある食糧難。食物の物価は天井知らずに吊り上るぐらいだったらまだましだったが、今では商店に食糧が並ばない日もざらにある。
金があっても飯が食えないという民が続出し始めているのだ。
そして、それに追い打ちをかけるようにもう一つの問題が、彼らの首をギリギリと締めていく。
その問題とは、
「もはやあちらに出せる食糧はすべて出した……。新王陛下は我等に飢え死にしろというのか」
「反乱の時に中立を気取ったのが仇となったか。あくまで自由貿易都市としての気風を守ったのはよいが、『反乱の意無しと示したいなら、食料を渡せ』といわれるとは」
「大体あのときに、レコンキスタの味方をしていればっ!!」
「なにをっ! 大恩ある太守様がおらずとも、太守様の『民が自由に暮らせる領をつくりたい』という志を守るといったのはお主であろうがっ!!」
「やめんか! 今ここでそのような争いをしてどうする!」
血走った眼で責任の擦り付け合いを始めかけた議員たちを一喝し、中央にある議長席に座る老人――《議会最高議長》バルバレド・ヴィ・エストランテイルは嘆息した。
「とにかく、食料を何とか捻出し、レコンキスタに渡さねばならん。さもなくばサウスゴータに兵が差し向けられ、我等が領内は戦場になる」
「食料などない! それは先ほどの議論で答えを出したではないかっ!!」
一喝され不満げに席に座った議員がそう言うと同時に、議席に座るほとんどの議員から、ため息交じりの同意の声が響き渡った。
「どこかの町に金を払い、余剰の食糧を買い取るというのは……」
「どこにそんな食糧がある。アルビオン随一の貿易領である我等の領地にないものが、他の領地にあるわけがないだろう」
万策尽きた。と、ひとりの議員がため息をつくのと同時に、他の議員たちにもそれが伝染し、議会の会議場にお通夜が如き湿った空気が充満した。
それを見た議長は眉をしかめ、
「諦めるのが早いだろうおぬしら。何か他にないのか?」
「何かといわれても……」
「ない袖は振れん」
こんな時に太守殿でもいてくれたら。と、彼らはそっとため息つく。
今でこそ形骸化している太守の地位だが、議会がない昔、太守は絶大な権力を持っていたのだ。
天空に浮かぶがゆえに気温が低く、空気も薄いため中々作物が育たなかったアルビオンの大地を土魔法で開拓し、一つの巨大な領地になるほどまで発展させたのが、初代サウスゴータ太守であったとこの町では伝えられている。
つい十数年ほど前に処刑された太守も、その初代太守の行いに感銘を受けて、自ら進んで土魔法をつかい、農地の開拓をしてくれる立派な太守であったのだ。何やら王家が事情を隠蔽したせいで詳しくは理由がわからなかった処刑が実行され、太守が帰らぬ人となった後も、議会は太守の遺志を継ごうと、民のために全力を持って町の運営にあたってきた。
戦に巻き込まれ、民が傷つくのを防ぐために、王室とレコンキスタの内乱の際、中立を宣言したことから、そのことは読み取っていただけるだろう。
それほど彼らは、太守のことを慕っていた。
「だが、あの方はもういない……。唯一あの方の跡を継いでくだったであろう、マチルダ様も今はどこにおられるのかもわからん」
「クソッ王族め……。太守様一族の助命嘆願を受け入れてくれたのはいいが、マチルダ様を国外追放に処すなど」
「まだ、成人もされていない年頃でしたな。今はどうしておられるのか……」
「生きていてくださればよろしいのだが……」
「滅多なことを言うな!」
町を窮状から救うための会議が、いつのまにか王族に対する恨みつらみが重なる、愚痴大会に変貌していた。
太守が斬首されてから、議会会議が終わるまでに、だいたい一回はこの流れになってしまうのが、今の議会の通例だった。
――あまりいい通例ではないが……。と、議長は内心で嘆息しながら、
「愚痴はいいから意見を出せっ!」
と、話を修正しようとして、
「あ、あの……」
「ん?」
一人の女性メイジが、杖を上げ挙手をしたのを見て、議長は胡乱げにそちらに視線を向けた。
この女メイジはリュリュと言い、もともとはガリアの貴族だったそうだが、民の《飢え》をなくすために家を捨て諸国を放浪し、『食えないものを食えるようにする研究』をしている、変わったメイジだ。
実際彼女の研究は、錬金によって土から肉を作り出すことに成功しており、今の食糧難のアルビオンにはとてもありがたい存在となっていた。
だからこそ議長は、彼女にこの議会に参加する権利を与え、食料の捻出にいろいろ知恵を貸してもらおうとしたのだが、生来気が弱いせいか、喧々囂々とした議会の議論にオドオドするばかりで、まともな意見を出してくれていないのだ。
――これはハズレだったかもな。と、議長が半ば見限っていたところに、彼女の挙手。
議長の、期待が微塵も感じられない態度も仕方ないと言えた。だが、
「しょ、食料はまだあります」
「なに?」
「ら、ライスという穀物がこの町には死蔵されています」
――何を言うかと思えば。と、議長は半ばあきれながら、太守が処刑されるより以前に東方の行商人から大量に買い込み、固定化をかけて貯蔵していたあのわけのわからない自称穀物を、脳内に浮かび上がらせる。
あの食料品は太守が半ば趣味で買い込んだもので、定期的にやってくる東方の商人から、徐々に買いためて一つの食料庫一杯になるまで集めたという、いわくつきのものだ。なんでも成人したときに飲んだ東方の酒、「ホン酒」という物を作るために買ったのだと言っていたが……。
酒を造ることしか使えない穀物など、思いっきりただの無駄遣いでしかなかったので、怪しい金の流れに気付き、その存在を突き止めたあの時の議長は、盛大に太守を怒ったのだが「い、いや……荒れ地でも育つように品種改良されているらしいから、無駄遣いじゃないって!?」と太守は見苦しく言い訳をしたあと、「いざというときのために」と決してその《ライス》とやらを捨てようとはしなかった。
まぁ、そんな太守の黒歴史の塊ではあっても、一応太守の思い出ではあるので、固定化をかけて保存してあるのだが、
「酒を造るだけにしか使えん、あの固い茶色い種を一体何に使おうというのか?」
はっ。と内心議長が考えていた言葉を、鼻を鳴らしながら言い放つとある議員。議長も内心ではそれに同意していたのだが、次にリュリュが放った言葉が議会を一変させる。
「いえ、あれ本当に東方では麦以上の主食として使われているみたいでして。とある東方の商人さんと一緒に夕食をとる機会があったのですけど、その時に私あれの調理法を習っています」
「………………………え?」
――ただの酒の材料というわけではなかったのか? と議長は目を見開き、
「そ、倉庫にあるのでどれくらい持つ!?」
「わ、私はまだ書類上でしか存在を確認していませんから、実際の状態と量を見るまで何とも言えませんが、結構おなかにたまる食糧ですし、ギリギリまで食い詰めれば、レコンキスタのこちらの余剰食糧を渡しても……だいたい三カ月はもつかと」
何を思ってこんなに大量のライスを買ったのかは、わかりかねますけど……。と、リュリュが突っ込んでほしくなかったその言葉を発するのを無視し、議長は脳内で必死にそろばんをはじく。
レコンキスタにこちらの食糧をすべて渡して三カ月も持つのなら、その間にトリステイン軍が動きだし、この戦争に決着をつけるはずだ。
というかアルビオンの食糧難はもう割とシャレにならない領域にまで来ている。地方では餓死しかけているものが出始めたというくらいなのだから、その問題は深刻だ。
レコンキスタの討伐と語っているが、あくまで目的はこちらの領土であるはずのトリステインにとって、下手に民を追い詰めすぎて占領した後反抗されるのも得策ではないはず。
きっと折を見て、こちらに食糧を乗せた船を出し、飢えている民たちを救済。レコンキスタの非道を訴えつつ、アルビオンの民の信頼を勝ち取りながらレコンキスタが君臨する王都へと王手をかけるはず。
その期間は早くて一か月。遅くて二か月後。それがアルビオン全体に飢えが蔓延し、シャレにならない数の餓死者が出ないギリギリのラインだ。
その三カ月の間町の住人達を食べさせていけるというのならば、これほどありがたい話はない。
「だが、ずっと同じ調理法では、民に不満が出るのでは……」
「飯が食えるだけありがたいと民も心得ているだろう」
「しかし不満が出ないかといわれるとそれはありえんぞ」
「ならばレコンキスタにライスを送るというのはどうだ?」
「無理だ。こちらですら碌に調理法がわかっていない食材を、あちらに送ってどうしろというのだ」
「のうリュリュ殿。そのライスの調理法というのは一つだけなのかの?」
「もうしわけありません……。私が教えてもらったのは一つだけで」
――ふむ。と、先ほどまでの湿っぽい空気ではなく、にわかに活気づき始めた議会の議論に、議長は一つ頷き。
「祭りを開くのはどうじゃ?」
『は?』
信じられない提言をした。
「祭りと言ってもただの祭りではない。私の見立てではライスを食料として遣って放出すると、民を飢えから守り、トリステインがこちらに介入まで耐える期間に一か月ほどの余裕が出てくる。その余裕である一か月分のライスを民に使わせて、ライスの調理法を研究させるのだ。リュリュ殿が知っている調理法を民に一度周知させたうえで、そこから新しい料理を作らせる。そうすれば民がライスに飽きることはないはずだ」
「それで、それと祭りがどう関係するので?」
眼鏡をかけ優しい笑みを浮かべた老人議員の指摘を聞き、議長は宣言する。
「そのライスを使った料理を競う、料理大会を開き、祭りとして造られた料理をふるまうのだ。この祭りには二つの目的がある。
一つは、民のリフレッシュだ。戦時中であるため民は抑圧され、食糧難に陥り心身的に参っておる。一歩間違えばレコンキスタに対して反乱が起きかねん。ただでさえ内乱が起こった直後に、トリステインの貿易封鎖が起こり、この国はぼろぼろだ。そんなことになってしまえば、この国はもはや国としての体裁を保てなくなる。それを防ぐために、この祭りで民を慰労し、いたわることによってひとまず心身ともにリフレッシュをさせるのだ。
二つ目は、レコンキスタに対するライスの宣伝だ。先ほども言ってもらった通り、こちらの余剰食糧をすべてレコンキスタに渡し、ライスだけでこちらは生活するという計画はいささか無理がある。そこでレコンキスタに献上する食糧には、必ずライスを入れ、余剰食糧をある程度こちらの手元に残さないといけないわけだが、そうなると食えない食糧を送りつけたと言って、レコンキスタがこちらに言いがかりをつけてくるかもしれん。そうならん為にこちらである程度調理法を確立し、うまい料理を徴収官に食わせれば、文句を言わずに持っていくはずだ」
なるほど。一理ある。と、議会の様々な場所から、納得の声が上がるのを聞きながら議長はようやく見えた希望の光に、ほっと安堵の息をつく。
――これから二か月。食料のやりくりは厳しくなるだろうが……苦難を乗り越える道は開けた。それも太守様が「いざというときのために」と残しておいた食糧によって。
議長はそれに運命的な物を感じながら、そっと天に向かって祈りをささげる。
「太守様、どうぞ始祖ブリミルの身元にて、我等をお守りくださいますよう……」
そのことを太守に感謝しながらも、どうかもう少しだけサウスゴータをお助けくださいと、太守に祈りをささげるのだった。
…†…†…………†…†…
さて、そんなこんなで題料理大会(米限定)が開かれることになったサウスゴータ。町では盛大な宣伝が行われ、近隣の食うに困った住人達や、町の人々も今か今かとその料理大会を待ちわびており、参加する料理人たちは、議会から支給された未知の食材に四苦八苦しながら、腹を空かせた人々を喜ばせる一品を作り出すため、心血を注ぎ始める。
そして、そんな活気を帯び始めた町で、ひとりの金髪美女の剣士があらわれ、町中に張り出された料理大会のポスターを一枚はぎ取った。
その女性はポスターに穴が開きそうなほど、じっとそのポスターを見つめ続けた後、それを抱えて一目散にサウスゴータをあとにし、町からはるか離れた森の中に入り、その奥にある小さな集落の小さなウッドハウスに殴り込み。
「うぅ……フェリス。それ、腹やない。刃や」
と、悪夢を見ているらしく、うなされている黒髪の男に向かい剣を振り上げ、
「ライナぁああああああああああああああああああああ!!」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああ!?」
そんな絶叫を上げ、剣の刃を男の首めがけて振り下ろした。どういうわけか男はそれを超人的感覚で察知し、悲鳴を上げながら緊急回避。ベッドの隅に向かって勢いよく転がりながら、ほんのちょっと首の皮を切られ冷や汗を流す。
同時に勢い良く振り下ろされた剣によってベッドは見事に真っ二つ。轟音を立てて、崩れ落ちた。
自分の楽園があっさり粉砕されたのを見て、黒髪の男――ライナ・リュートは、口をパクパクさせながら、金髪美女の剣士――フェリス・エリスに食って掛かる。
「てめぇ、フェリス、なにやってんだぁあああああああああああああああああ!? 今の刃だったよね!? 避けてないと俺死んでたよな!?」
悲鳴なのか、泣き言なのかよくわからない抗議をしながら、ライナはフェリスに食って掛かる。だが、そんなライナの態度など知ったことではないといわんばかりに、フェリスはサウスゴータから勝手にかっぱらってきたポスターをライナの前に掲げ、
「ライナ! ダンゴダダーンゴダンゴ祭りが開催されるぞ!! 参加するから、首をかせ」
「ツラじゃなくて!? いや、ツラでも問題だけど……って、団子祭り?」
なんだそりゃ? と不思議そうに首をかしげる相棒に、フェリスは鼻息荒く祭りの詳細を語りだすのだった。