深夜。
闇に包まれたフェリス達の家で、何かの影が行動を開始した。
それは寝室の窓から外に抜け出し二階分の高さを落下した後、軽やかに着地。そのまま村に向かおうとした。
「ずいぶんとはしゃぐものだな。」
そのときだ。その影の後ろから淡々とした声が掛けられ、影はびくりと固まってしまった。
「なるほどなるほど。若いリビドーを迸らせた貴様は、満月の夜になると野獣に変身し婦女子を襲うというのか。あの万年昼寝馬鹿の弟子にでもなりに行くのか?」
満月の光によって作られた家の影。その闇から出てきたのは流れるような金髪をなびかせた、女神のように美しい美女。
そう、フェリス・エリスだ。
「気づいていたの?」
「猫をかぶっていたようだがあいにく私には通じないな。最近私の近くには、詐術を使い増やした借金を盾に幼女を誘拐する変態情報売買組織の長や、自分のことを世界一の美女と勘違いした三流女詐欺師がいたものでな。嘘を見抜く目はそれなりに持っている」
「……………あなた一体どこにいたの?」
呆れたような声音とともに、影はその全貌をあらわにした。
綺麗な金髪に人形のような容姿。幼さが残るどころか、まんま幼いその風貌はちょうどフェリスの妹のイリスぐらいの年頃だ。
「エルザ……お前が吸血鬼か?」
「ええ。そうよ」
桃色の唇から覗く牙。それだけが昼間の姿とは違うところだった。
そう、エルザだった。
「だが村を襲っているのはお前ではないな?」
「!?」
フェリスの言葉にエルザは驚く。てっきり村を襲っているのは自分だと断じて斬りかかってくるものと思っていたのだ。
「私を見くびるな。私達を襲撃した奴と貴様とでは体格が違いすぎる。あれは間違いなく男だった」
「……………グールだとは考えないの?」
「あれは生きた屍などではなかったな。動きに生きもののキレがあった」
フェリスはライナと一緒に墓荒らしをしたことがあったのだが、その際にライナとした無駄話の中に死体を操る魔術についての考察について聞いていたのだ。
何でも、死体を操る際にもっとも注意しなければならないのはどこまで意思を持たせるのかということらしい。
生活面は別に適当でもいいが、問題は死体に戦闘をさせるときだとライナは言っていた。
もしも今回のように普通の村人の死体を操る場合は生前と同じ意思を持たせるのは非常にナンセンスらしいのだ。
どう考えても倫理観が邪魔をしてくるし、なにより何の訓練もしていない村人では大した戦力にはならない。体を何らかの仕組みで強化するにしても、生前と違いすぎるスペックを持つ体ではうまく意思が定着しないそうだ。
よって、一般人の死体操作を行う場合は次のような処置をとるのがベストとされている。
戦闘時は生活時に使っている人格と死体を切り離し、獣のような意識を与える。こうすることによって死体は勝手に動くうえに敵をオートで攻撃してくれる。しかし、そのためにその死体は高度な思考、柔軟な発想、臨機応変な対応を失ってしまう。
この世界の魔法がどうなっているのは知らないが、手下どもから聞いた話ではグールも大体そんな感じらしい。
昼間は好青年だったのが夜になると豹変しまるで獣のようになるのだそうだ。
だが、フェリスを襲った吸血鬼はどう考えても高度な意思を持っており、戦略的撤退を行える程度には臨機応変な対応をしていた。
「吸血鬼は……もう一人いるのだな?」
「……………」
「お前はそれを追ってきたのだろう?」
「どうしてそう思うの?」
「勘だ!」
「………………………………………。そんな理由で私が納得すると思うの?」
「美人は何を言っても納得してもらえるのだ!」
「……………………」
その場にかたまるエルザとフェリス。エルザはあからさまに三白眼になっており、フェリスは少しだけ顔を赤らめて、目をそらした。
「じょ、冗談だ。」
ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのはエルザの秘密である。そして、エルザは観念したのだ。この人にごまかしはきかないと。
「ええ。そうよ。私はあいつを追ってきた。」
エルザの冷たい怒りをはらんだその言葉にフェリスは無表情のまま先を促すのだった。
…†…†…………†…†…
エルザが住んでいたのは小さな寒村である。そこの住人達は人間とは違う。翼人、コボルト、オーガ、トレント、ケンタウロス、はぐれエルフ、そして吸血鬼。
そう、その村は亜人の村だった。
その村では様々な亜人がエルフの力を借りて、人に化けて交易を行い平和にくらしていた。
エルザの両親はそこで農業を営んでおり、質のいいブランドの野菜を作る農夫としてそこそこ高い水準で収入を得ていた。エルザは両親に愛されて育ち、吸血をしなくても生きていくすべを叩き込まれていた。
もとより吸血鬼は、血をすわなくても生きていける種族らしい。吸血を欲するのは本能的に魔力の向上を欲するため。エルザの両親はその本能を押さえ込むすべを体得した唯一の吸血鬼らしい。
そのような両親の元に生まれたエルザは人間に対する偏見もなく、貿易に来ていた商人たちにもよく可愛がられていた。
しかし、そんな平和な日々はたった一人の男の手によって打ち砕かれた。
ある日の深夜。
エルザは近くの森で先住魔法の練習をしていた。エルフの教師に筋がいいとほめられて、その日は少しはしゃいでいた。
本来なら吸血鬼らしい行動を避けるため、夜は両親に強制的に寝かしつけられるのだが、この日は早くから家を抜け出し遅くまで魔法の練習をしていたのだ。
自分が満足できる魔法が使えるようになり、エルザは意気揚々と村へと帰る。
そして、目撃した。
深紅の炎に焼かれる自分の村と、首を切り取られて広場に並べられた村の住人達。
そして、その中央に立ち狂ったように笑い続ける仮面をかぶった一人の人間を!
『ふはははははははははははは! 凄い! 凄い力だ! これほどの力があれば僕を馬鹿にした王家の連中を見返してやることができる!! 僕は最強の存在になったんだぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
エルザはそれを見て呆然と立ちすくんだ。
現実が認められなかった。
両親の死が認められなかった。
しかし、エルザは見つけてしまった。
首のない死体の中に、自分の両親と同じ服を着た死体があることに!!
「あ、ああ、あぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
泣き声か悲鳴かもわからない。そんな声をあげてエルザは両親の死体にすがりつく。
「お父さん!お母さん!おきて!! おきて!! 起きてよぉおおおお!!」
「ああ? なんだ、生き残りがいたのか」
しかし、男はそんな事微塵も気にせずに少女に近付いた。
「ゴミはゴミ箱に捨てないとねぇええ!」
喜々とした声で呟く男は、精霊と契約を結び極大の火炎を出現させる。
「そんな……どうして人間が、精霊魔法を!!」
「君は知る必要のないことだ」
仮面から覗く瞳を喜悦の表情にゆがめながら、男はその焔を解き放とうとした。
その時!
「《炎よ…有れ!》」
絶叫とともに、深紅の獣が男に体当たりしその体を弾き飛ばす。
「何をしている! 早く逃げろ!」
そこに立っていたのは、両親とよく商談をしに来ていたゲルマニアの商人だった。
エルザも何度か遊んでもらった『フール叔父さん』。彼は右手に深紅の指輪を光らせて炎の獣を従えていた。
「で、でも」
「俺でもこいつに勝てるかはわからないんだ! あいつを押さえて置けるうちに早く!」
エルザはどんと背中を押され泣きながら走り出す。
男の怒声と、叔父さんの怒りの叫びを聞きながらエルザは男に対する復讐を誓ったのだった。
…†…†…………†…†…
「それが大体二十年前。その男はガリアの貴族で今は没落してしまったということはきいだんだけど他はさっぱりわからなかった。この村でたまたま見つけて襲撃してみたんだけど、結果は惨敗。命からがら逃げ延びて貴方達の畑に逃げ込んだのよ」
「フム。つまりはこういうことか」
話を聞き終えたフェリスはもっともらしく頷いてから、
「野獣に襲われそうになって逃げてきたと!! まったく、男とはみんなそうだ! 何時も泣かされるのは私達女なのよ!!」
「話し聞いていたのかしら!?」
いつものように、フェリスワールド全開のフェリスにエルザは思わずツッコミを入れる。
「それで、お前は一体、村で何をしようとしていたのだ?」
「…………………………………………」
「やはり、吸血か。」
フェリスに言い当てられ、エルザはギリリと歯を食いしばる。
「し、しかたないじゃない。あいつはどういうわけか、どんどん力を増していっている。このままじゃ、あいつには一生勝てない!! だったらもう、吸血して魔力を上げるしかないじゃない!」
エルザは怒声を上げて立ち上がった。
その小さな体からは、子どもが出すのはありえないほどの殺気がもれている。
当然といえば当然である。彼女の話を聞く限り、彼女の実年齢は確実に二十歳以上。フェリスよりも年上なのだ。積んできた経験は単純にフェリスを上回っている。
しかし、フェリスはそんな殺気に当てられても平然としていた。
これなら、まだ兄様のほうが恐い。そして、自分と相棒のほうが強いと。それだけの環境で彼女は生きてきた。いまさら高々数年の経験値の差程度で怖気づくような彼女ではない。
だからフェリスは平然とその殺気を受け流し、いつも通りの無表情でエルザに質問をぶつけた。
「ふむ。一つ聞くが、その先住魔法とやらは植物の成長を助けることはできるか?」
……今回の事件とあまり関係のない質問を。
「え、ええ。できるけど、それが何よ」
「ふむ。いけるか?」
「??」
なにやら不穏な発言をブツブツと繰り返した後、フェリスは唐突に立ち上がる。
「フム。お前の復讐、なんなら私が手伝ってやってもいいぞ?」
「はあ!?」
突然のフェリスの申し出に、エルザは驚愕の声をあげた。
それはそうだろう。吸血鬼とバレた以上、石をぶつけられて追い出されても……いや、今朝来た騎士に突き出されてもおかしくないと思っていたのだ。
それなのに何だ、この対応は?
「別にただで助けるわけではない。対価を貰う。」
「対価?」
「ああ。だが、損な申し出ではないと思うぞ。私の剣の腕は今朝存分に見ただろう? かなりの戦力になるはずだ。おまけに今は騎士が来ている。こんな状況で短絡的に吸血など行えば捕まるのは目に見えているだろう」
エルザはしばらくの間、何を考えているんだこいつといった視線をフェリスに向けていた。しかし、最終的にフェリスの説得と、両親の教え《吸血はせず》という言葉を取ったようだ。
決意を秘めた目で、フェリスを睨みつけエルザは口を開く。
「対価をいいなさい。私の命でも何でも、好きなものをくれてやるわ」
「私が望むものはたった一つだ」
フェリスはそういうと、エルザにヒソヒソと耳打ちをした。
その内容を聞き、エルザは目を丸くする。
「そ、そんなことでいいの!?」
「ああ。私の悲願だ。」
このとき、欲望にまみれた二人の美(少)女のタッグが完成したのだった。
…†…†…………†…†…
夜。
タバサはひっそりと隠れて不寝番をしており吸血鬼の出現を待っていた。
囮は人の姿になったシルフィード。杖はタバサに預けており、本当にメイジだったらかなり無防備な状態である。
先ほどまで散々、『囮は嫌だ!』とダダをこねていたのだが、げに悲しきは宮仕え。主に無理矢理押し切られてしまい、今はお酒を飲んで恐怖を紛らわしていた。
その顔は完璧に酔っ払いの顔であり作戦のことなんか完全に忘れてしまっているようである。
ベロンベロンに酔っ払ったシルフィードは先ほどからタバサに対する愚痴ばかり呟いている。
「まったくあのチビスケは!」
とか、
「私を誰だと思っているのね!?」
とか、
「食事にお肉が少ないのね!!」
とか、
「あんな苦い草ばっかり食べて……だからあんな仏頂面になってしまったのね! キュイキュイ!!」
などなど。
作戦があるので隠れていたタバサは何も言おうとしなかったが、実は無表情の下でかなり怒っている。たとえ吸血鬼が来なくても、シルフィードが明日の朝日を五体満足で見られるかどうかは正直微妙な状態だっただろう。
そんな時だ。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
隣の部屋から悲鳴が上がり、タバサは驚愕で目を見開いた。
隣の部屋には、昼間のうち村から避難させた少女達をかくまっていた。
そこには、水のスクウェアメイジとわかったキリスを待機させていたので吸血鬼程度が襲撃を仕掛けたところで軽くあしらえるはずだったのだ。
だからこそ無防備な状態のシルフィードをあえて隣に置き、囮としたのだがその作戦は完璧に裏目に出てしまっていた。
どうして!? キリスは何をしている!!
若干の苛立ちを覚えながら、タバサは慌てて部屋を飛び出し隣の部屋のドアをぶち開ける。
シルフィードも慌てて後を追いかけようとしたが、あいにく彼女は酔っ払っていたためまっすぐ走るのも難しい状態だった。
「どうしたの?」
「きゅ、吸血鬼が!!」
おびえて一塊になっていた少女たちの中の一人がおびえながら窓を指差す。
そこには漆黒のマントを纏った小柄な人影。ちょうど今朝会ったエルザぐらいの背格好だろうか? 中からはあふれるような豊かな金髪が覗いている。
「キリスは?」
「私達が起きた時にはもう……」
そこには石の様に固まり事切れているキリスの姿があった。
「クッ!」
おそらく、不寝番で疲労していたところで不意をつかれたのだろう。彼の死体には争ったような形跡がまったく見られなかった。
「あなた、何者?」
「ずいぶんと余裕だな、従者風情が。私に勝てると思ったのか?」
瞬間。虚空に突如出現した氷の矢がタバサに向かって殺到する。
しかし、
「ウィンディ・アイシクル。」
タバサの杖の一振りによってそれは迎撃された。
「何!?」
「私がメイジ。今までのは囮」
「クソ!」
慌てて白い霧を撒き散らし逃走しようとする吸血鬼。タバサはそれをただの目くらましと思い無防備にその中に突っ込んだ。
「!?」
しかし、相手は抜け目ない吸血鬼。この霧がただのきりであるはずがなかった。
「スリープ・クラウド……先住にもあったの。」
タバサは風を操り白い霧を吹き飛ばす。
しかし、強力な麻酔効果のある《眠りの霧》を食らってしまったタバサの意識は既に朦朧としており立っているのがやっとの状態だった。
「ふふふふ。北花壇騎士団も意外と大したことないのね。ガリア最深の暗部だって聞いたけど意外とぬるいじゃない」
「どうしてそれを……!!」
文字通りガリアの最も暗い暗部の存在を言われ、タバサは眠りに落ちかける意識の中で驚愕をあらわにした。
吸血鬼風情がこのことを知っているはずがないと。
「今から死ぬ貴方にそんなことを教える必要があるのかしら?」
フードをかぶった吸血鬼は凶悪な笑みを浮かべながらタバサに近付いていく。その手にはいつの間にか美しい氷の槍が握られており冷たい光を放っていた。
「ねえ知ってる? 氷で体を貫くと本当に気持ちがいいの!! この感覚を教えて上げられないのが残念だわ」
そして、とうとうタバサの目の前にやってきた吸血鬼は氷の槍をタバサに突きつける。
「さようなら。ちいさくてかわいい子どもの騎士様」
村の娘達がこれから起こるはずの惨劇に恐怖し目を閉じる中、タバサだけはしっかりと吸血鬼を睨みつけていた。
そして、
ザシュ!
鈍く低い、何かが体を貫く音が部屋に響き渡り少女の影に巨大な氷を付き立つシルエットを月明かりは映し出した。
しかし、貫かれたのはタバサではない。
「え……」
「私はその感覚を知っているのだけれど、貴方のように気持ち良いとは思えない」
巨大な氷柱に貫かれたのは黒いローブをつけた吸血鬼だった。
ジャベリン。現在トライアングルクラスのタバサが打てる最強の魔法である。
「うそ、何で? 意識が朦朧としていて魔法が使える状態じゃなかったはず……」
「先住魔法を使えるのは貴方だけじゃない。」
「お姉様! 大丈夫なのね!? きゅいきゅい!!」
無表情のまま立ち上がるタバサに駆け寄ってきたのは魔法で無理矢理アルコールを抜いたシルフィード。タバサに掛けられた眠りの魔法を解いたのも彼女だ。
彼女の正体である風韻竜は、先住魔法の扱いの卓越さにおいてエルフに次ぐといわれるほど先住魔法を得意とする種族だ。
吸血鬼が掛けた眠りの魔法の解除など、彼女にとっては造作もないことだった。
「私の魔法は特性上部屋の中では使い勝手がわるいし村の人たちに被害が出る可能性があった。だから貴方が私の《必殺》の間合いに入ってくるのを待っていたの」
「ふふふふふ。人間は私達以上に狡猾ね。感服するわ」
氷に貫かれたことによってずれたフード。そこから覗く口に血を滴らせながら吸血鬼は不敵な笑みを浮かべた。
「これで私を倒したつもりでしょうけど、残念だったわね。私はこの程度じゃ死なないわ」
「ウソはよすのね! どう考えても吸血鬼風情がどうこうできる傷じゃないのね!!」
愛する主人を殺されかけた怒りに狂うシルフィードは、笑い続ける吸血鬼に食って掛かった。しかし、吸血鬼は笑う事をやめない。
「われ永遠に不死なり!! 覚えておきなさいお嬢さん。必ず甦って貴方に復讐してあげる!!」
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
吸血鬼はしばらくの間狂ったように笑い続けたあと、その表情のまま沈黙した。そしてそのまま二度と動くことはなかった。
フードが完全に取れたその素顔は、タバサと大喧嘩をした、気に食わない金髪美女に保護された娘、エルザにとても似ていた。