キリスの葬儀は粛々と行われ、棺桶に入った彼は静かに村にある教会の墓地に埋められた。
ハルケギニアに火葬の習慣はない。棺桶に死体を入れてそこに土をかぶせる土葬が主流である。
タバサは自分の作戦で死んでしまったキリスに深い黙祷をささげた後、マントをはためかせて会場を出た。
あの、エルザという少女に尋問をするためである。
あの吸血鬼の少女。あれほどそっくりな顔を持つ人物をタバサは見たことがなかった。
他人の空似という可能性もないわけではないが、やはり何か関係があると考えるのが自然だろう。
本来ここでの任務は吸血鬼を倒した時点で終っている。しかし、タバサはなんとも言いがたい、得体の知れない不安を感じていた。
それは暗部に身を置くタバサを助けてきた勘から発せられるものであり、吸血鬼の言葉をただの戯言と断定するのは危険だという理性から来るものでもあった。
だが、タバサは少し遅かったようだ。
タバサが家に着いたときには、彼らの家には深紅の炎が放たれ轟々と音を立てて燃えてしまっていたのだから。
「チクショウ! チクショウチクショウ!!」
「俺達を騙しやがって!!」
「あのガキもきっと吸血鬼だったんだ!! あんなそっくりな顔をしていたんだ!! 間違いねぇ!!」
「あのゴロツキみたいな奴らも協力していやがったに違いねぇ!!」
「娘の敵だ!! 死ね、シネェエエエエエエエエエ!!」
タバサは狂乱する村人達を呆然と見つめた後、悲しそうに目を伏せて家に向かって黙祷をささげる。
彼らが生きているのかどうかは知らないが、もう二度と会うことはないだろうと。
そして、タバサがローブを翻しシルフィードを呼びに行こうとしたそのとき、
「お、おねぇちゃん。助けて」
路地裏からか細い声が響いてきてタバサの歩みを止めた。
「エルザ?」
「助けて、お姉ちゃん。フェリスおねえちゃんが……フェリスお姉ちゃんがぁあああ!!!!」
そこには、煤で黒く汚れたエルザが泣きじゃくりながら立っていた。
…†…†…………†…†…
エルザに案内されるまま、日が暮れて暗くなった森の中に入ったタバサは、彼女達の状態を聞き眉をしかめた。
どうやら村人達は彼女達が寝ている間に家を襲撃。油が入ったつぼを大量に家に投げつけ火をつけたそうだ。
男達は火に巻かれてしまい全滅。エルザを助け出し、命からがら逃げ出しフェリスも重度のやけどを負ってしまい動けないらしい。
一応吸血鬼と関係はないかと確認を取ったが、エルザは首を横に振り否定の意を示した。
タバサはその言葉を聴きエルザの行動から総合して彼女が吸血鬼に関係していないと結論を出す。
もし彼女が本当に吸血鬼の関係者なら先住の魔法を使うことができるはず。
村人の火炎瓶に遅れをとることはないだろうし、やけどの治療もタバサに頼らずとも自分でできるはずと考察したのだ。
しかし、彼女はまだ甘く見ていた。
吸血鬼でなくとも狡猾なものはいる。
今回の事件の黒幕のように。
「雷鳴よ。天空をかける閃光よ。地を這い敵をうて。」
厳かな詠唱とともにタバサの体に雷が直撃する!
「!!!?」
全身に痺れが回り指一本動かせなくなってしまったタバサはそのまま地面に倒れこみ、歩み寄ってくる人物を見つめることしかできなくなった。
「あ…………う!?」
「何が起こったのかわからない。そんな顔をしているね、タバサちゃん」
その人物は不気味に笑いながら、こちらに歩いてきた。タバサを引き連れていたエルザはいつの間にか無表情になり、そして地面に崩れ落ちた。
その姿は見る見るうちに生気を失っていきエルザとは別人の死体になった。
それは、この村で始めて吸血鬼被害にあった少女の遺体だ。
「水の精霊が守っているといわれるアンドバリの指輪とエコーの変化の先住を使ってみたんだがなかなかどうして上手くいくものだ。先住魔法と言うのはひどく便利なものだね」
「な…………で…………」
「ん? 何で僕がこんなところにって聞きたいの? それとも何で生きているのって聞きたいの? まぁ、待ちなよ、タバサちゃん。事情は全部説明してあげるから。っと、その前に」
その人物は、草木を操りタバサを縛り上げ、杖をタバサの手の届かないところに蹴り飛ばした。
父の形見を蹴り飛ばされて、タバサの瞳に怒りの炎が宿るが今の彼女は何もすることができず、人物の話を黙って聞くしかなかった。
「さて、まずどこから話そう。ああ、そうだ僕を切り捨てた無能な王族の話からしようか?」
人物――――キリス・ローデンスはいやらしい笑みを浮かべてそういった。
…†…†…………†…†…
ローデンス家は代々太古の魔法具の研究を行っていた一族だった。
彼らは魔法具に囲まれて育ちそれを調べるのが当たり前と化している一族だった。
当時のこの家の次男、キリス・ローデンスもその一人である。
まだ幼く好奇心旺盛だった彼は親の言いつけも守らず、決して入ってはいけないといわれた呪われた魔法具を保管している部屋に足を踏み入れてしまったのだ。
そこで、彼は出会ってしまう。
『メルキウシの眼光』と名のついた呪われた首飾りと。
その首飾りは『他者を殺害しその血潮を浴びせることによりその者の能力を写し取ることができる』という禁断の能力を持っていた。
本来ならそのような能力を持つ魔法具を見つければ、子どもは恐れおののき使おうとすらしないだろう。
しかし、キリスは良くも悪くも研究者だった。
始めの犠牲者は七つ年上の腹違いの兄だった。
彼は妾腹の子どもでありながら父の寵愛をうけ次代の当主にと望まれていた。魔法のうでも一流で、たった十歳で火のスクウェアクラスの魔法が使えるようになった超エリートだった。
キリスはまずその兄の寝首をかき殺害。彼の血を首飾りにすわせて火のスクウェアを手に入れた。
これは彼にとって衝撃だった。
水のドットでしかなかった自分が炎のスクウェアを使いこなせるようになったのだ。幼心でそれを実感し、味を占めた彼は次々と強力な力を持つ人物を殺害。力を飲み干していった。
しかし、彼は子ども過ぎた。
彼の稚拙な犯行はすぐさま王に知られるところとなり、次代の国王と目されていたオルレアン公が捕縛に向かったのだ。
幸い狭い世界しか知らなかった彼が吸収できた力は、各種のスクウェアクラス魔法とメイジ殺しの剣術のみ。
圧倒的質量攻撃を行ったオルレアン公軍の敵ではなかった。
彼は命からがら軍隊から逃げた彼は王族への復讐を誓い闇の中に消えていった。
この事件は、家の恥をさらすことを恐れた当時のローレンス家当主と王族の密約によってもみ消され、闇から闇へと葬り去られた。
…†…†…………†…†…
「ひどい話だと思わないかい? 僕はこの首飾りが、どこまでいけるのか確かめるためにやったって言うのに……。父上も父上だよ。僕らの仕事は道具の研究であって政治じゃない。それなのに不用意に首を突っ込んだりするから、オルレアン公派の大粛清に巻き込まれちゃって。馬鹿みたいだよね」
「どう…………………て…………………先住を…………………」
「あれ、痺れ取れてきたの? じゃあもう一発」
タバサの体を再び雷が打ち抜きタバサは声にならない悲鳴を上げた。その悲鳴をまるで甘美な音楽でも聞くような恍惚とした表情で聞いたあと、キリスはさらに得意げな顔で説明をつづけた。
「先住が使えるのはね、僕の復讐を完成させるためにある村を襲ったからさ。そこの村は人に化けた亜人たちが暮らす村でね。その噂を聞きつけた僕は即座にその村に飛んで亜人達を殺しその能力を奪ったのさ。エルフがいてくれたのは嬉しい誤算だよ。おかげで先住魔法がフルパワーで撃てる。ちなみに、僕が死んでいるように見せたのもエルフだけが使える先住の魔法だよ。《仮死》というそうだ。そこで教師をしていたエルフを拷問してやり方を聞き出してね。試しに使ってみたんだけで案外上手くいくものだ。まぁ埋められたところから土を掻きわけて出てくるのは大変だったけど。でも、その力も吸血鬼に比べるとかすんでしまうね」
キリスは壊れた笑みを浮かべニィッとわらった。口からは鋭くとがった牙が覗いている。
「この首飾りはね、能力は複写してくれるけど知識と魔力だけは複写してくれなくてね。魔法を撃つにも先住を使うにも、僕が使えるのは僕の魔力だけなんだ。幸い僕は人より魔力が多くてスクウェア四発をうてるぐらいには魔力があったんだけど、それだけで王軍を相手にするのは心もとないだろ? だから僕は吸血鬼の力を欲したんだ」
キリスはそういうと、懐から血液の入ったビンを取り出し豪快にそれを飲み干した。
瞬間。
キリスの体から信じられないほどの魔力が迸り周囲の草をなぎ倒した。
「吸血鬼の魔力――正確には彼らが体内に内包できるエネルギーの上限はない。人の血を摂取すればするほどその量はまして行く。ほら、彼らの体はほとんど人間と変わらない脆弱さを持っているにもかかわらずえらく長生きだろう? その原因がこれさ! 彼らは人間の血液を吸うことによって、自分の体内にチャージできる魔力の絶対量や、先住で使う精霊の力を取り込む容量を拡大することができるのさ! それもその要領に見合う魔力の回復速度の上昇というおまけもついてね。当然それはメイジの魔力のキャパシティも底上げしてくれる……まさに夢の力。メイジすべての夢……始祖にすらいたれる、最高の
壊れた笑みを浮かべて哄笑するキリスをみて、タバサは始めて恐怖を覚えた。そんな人外の力を使ってでも、復讐を遂げようとする男の姿に……。
この男は、壊れていると。
「さぁて、可愛い可愛い騎士様? 僕の糧になってくれないかな? 王軍を相手取るにはマダマダ魔力の容量が心もとなくてね」
狂気の笑顔のままキリスはタバサに近付いていく。
「やだ……」
「?」
「死にたくない……」
タバサは無表情のままそう呟いた。
別に命が惜しくなってこんなことを言っている訳ではない。彼女にはまだやらないといけないことがある。果たさなければいけない復讐がある。
しかし、タバサの必死な言葉を聴いても、吸血鬼は無情に苦笑を浮かべただけだった。
「知らないよ、君の事情なんて。まぁ、気が向いたら僕がかなえといてあげる。うっとうしいから聞く気なんてないんだけど」
その時!!
「危ない!!」
訳のわからない叫び声とともに鉄色の閃光がひらめき、キリスの顔面を殴り飛ばした!
「な!」
突然の衝撃に驚いたキリスはドリルのように回転しながら吹っ飛んでいき、首から地面に激突した。
「危なかったな! 危うくあの連続婦女暴行誘拐変態大魔王の魔の手に掛かるところだったな!! だがこの勧善懲悪美少女天使フェリス様がきたからにはもう安心だ!! 恩返しがしたいのなら団子十年分をすぐさま私に届けにくるのだな!!」
「団子一年の摂取量がわからない上に、団子自体まだ出来ていないでしょうフェリス姉さま! 少し黙って!!」
流れる金髪と、あふれる金髪。美しい金色の髪を持つ美女と美少女がようやく戦場に現れた。
…†…†…………†…†…
フェリスは自分が殴り飛ばした男を、いつものようにふざけながらも注意深く観察していた。
動きはそこそこいいようだ。
先ほどの一撃からフェリスはそう推察する。
フェリスが完璧に不意を打ったにもかかわらず、キリスは剣による打撃に即座に反応。自分から後ろに飛ぼうとすることで衝撃を殺そうとしていた。
おそらくはまだ死んでいない。だが、
「お、おぇええええ」
無事でいないこともまた事実だ。
地面から何とか立ち上がり顔をこちらに向けたキリスはそのまま嘔吐してしまった。
当然だ。本来フェリスの剣撃は、殴打にとどめるにしても熊程度なら一撃で失神するほどの威力がある。何度くらっても平然と立ち上がってくるライナのほうが異常なのだ。
キリスの場合は、反応はできたが体がその反応速度に追いつかなかったというところだろうか? ライナのように衝撃を完璧に逃がすことができずに脳をゆらされ三半規管が狂ったのだ。
「く、くそ。なんなんだお前は!? 初めて襲い掛かっていったときも、暗闇の中にいた僕に平然と攻撃をしてきやがって。亜人か!?」
「違う。私は……………」
フェリスはそこで言葉を切り、剣を鞘に収めながら堂々と胸を張る。
「美人だ!」
空気が凍りついた。
タバサとキリスはぽかんと口を開け、エルザは三白眼でフェリスを睨み付ける。
しばらくして、その沈黙に耐え切れなくなったのかフェリスは少し顔を赤らながらそっぽを向いた。
「じょ、冗談だ」
今までの真剣な空気が音を立てて崩れていくのをタバサは感じた。
…†…†…………†…†…
さて、一旦空気が崩れてしまったこの現場だったが、タバサがピンチだったことには変わりない。エルザは戦力になるかもと思い、タバサに先住の魔法をかけて治療を施し先ほど拾った杖を渡す。
「あなた、何者?」
「吸血鬼よ。こいつに壊滅させられた村出身のね」
その言葉だけで大体事情は察することができたのかタバサは無言でエルザの隣に立った。
タバサが、少なくとも敵意を抱いていないことを目視で確認しながらフェリスはキリスに向かって疑問を投げかけた。
そんなフェリスをキリスは苦々しく見つめていた。
初めて彼女を襲撃した後、キリスは彼女をナンパしていた。
昔は自他共に認める美男子だった彼は、ほんの少し歳をとったいまでも充分いい男だった。ルックスに自信があった彼は、無謀にもフェリスに声をかけ自分の部屋に連れ込み血をすおうと画策していたのだ。
結果。
『ふむ。つまり貴様は変態色情狂なのだな?』
『え、あいや、ちが、普通にお茶に誘っただけで………………』
『この犯罪者がぁああああああああああああああ!!』
わけもわからず、言い訳するまもなくフェリスに思いっきり殴られた。当然まったく予期していなかったキリスはガチでその攻撃を受けてしまい家屋の壁に頭から埋められてしまった。
それ以来キリスはフェリスの事が大の苦手である。その理由は、訳がわからない暴力を振るうから。この一言に尽きる。
「ふむ。ところで貴様。吸血鬼だったのか? だとしたら何故エルザの村を襲ったのだ? 同じ仲間だろう」
「吸血鬼!? 僕は吸血鬼の力を手に入れただけのただの貴族ですよ。どうして僕があの害獣と一緒に並べられなくてはいけないのですか?」
「力を手に入れる? どういうことだ」
「この首飾りの力ですよ!!」
自慢げに首飾りをかざしながら、キリスは先ほどと同じ説明をフェリスに向かって展開した。
フェリスはその話を聞き進めていくごとに真剣な表情になっていき、聞き終わった後には何かを真剣に考えていた。
「おやおや、どうされましたか? この首飾りの力に恐れをなしましたか!!」
「フェリス姉様? どうしたの」
なにやら騒がしい外野のことは完璧に無視して、フェリスはブツブツと独り言を呟き始める。
「あれは……………しかし……………いや……………だが……………ありえるのか?」
そして、フェリスは顔を上げ、キリスの顔ではなく首に掛かっている首飾りを凝視する。
「あの手品師と同じ系統のものか、それともルーナの姫君と同じものか? 後者は少し厄介そうだが、前者ならまだ何とかなるな。どちらにせよ《遺物》と決まったわけではないし、とにかく奪い取ってあいつに見せるか?」
結論を出したフェリスは、再び剣を抜き戦闘体勢にはいる。
「事情が変わった。エルザ、今回の戦闘は私に譲れ」
「え、でも!!」
「あいつは生きたまま捕らえる。復讐はその後いくらでもしろ。騎士、捕縛系の魔法は使えるか?」
「大丈夫。でも、剣士ではあいつに勝てない。メイジの魔法に先住魔法。火力は私よりも高いから剣士で近づくのは至難の技」
「安心しろ。その程度ならばどうとでもなる」
フェリスのその言葉を聴いたとき、キリスの頭に血が上った。
自分が体現したメイジの極みをフェリスはその程度で一蹴したのだ。それは怒りも覚えるだろう。
「一撃入れたからと言って図に乗るなよ、平民風情が!!」
瞬間、キリスの右手に炎の精霊が集まり巨大な火の玉に変わり始める。
「赤く照らす灼熱の火! 我にしたがいてッブウウ!!」
しかし、その魔法は発動途中で霧散してしまう。フェリスが瞬時に間合いを詰めて詠唱途中のキリスの顔を殴り飛ばしたからだ。
「遅い。遅すぎる。あいつとは比べるべくもない。」
フェリスはそう言いながら、初めて自分に向かって魔法を撃ってきた男の顔を思い出す。そいつに会う前のフェリスは魔法というものを見たことがなかった。否、自分に敵対して魔法を撃てた存在というものを見たことがなかったのだ。
なぜか? その答えは簡単だった。
フェリスが早かったからだ。敵対した魔道士たちが魔法を発動する前に殴り飛ばすことができる程に。
「この世界の魔法も呪文が必要なのだろう? だったら対策は簡単だ。唱え終わる前に殴り飛ばせばいい」
このとき、魔道士殺しの暴力の女神が森の中に降り立った。
…†…†…………†…†…
キリスは焦っていた。
魔法が思うように唱えられない……いや、唱えさせてもらえないからだ。
詠唱の準備に入ると同時にフェリスの剣が顔の骨格が歪むんじゃないかと思えるほどの威力で放たれ、小声で詠唱しようとしても、家族に地獄の特訓をさせられてきたフェリスはアッサリそれを看破し殴ってくる。距離をとろうにもフェリスの移動速度はキリスのはるか上を行っているためかなわず、詠唱が必要ない簡単な呪文ではフェリスを倒すことはできない。
完璧に八方塞だった。
「く、くそ! なんでそんなに早いんだよ!!」
この戦闘の結果には異世界との価値観の違いが大きく関わっていた。
この世界では魔法を使える貴族が主流となり戦闘を行ってきた。そのため、その魔法を上回る可能性がある武術は貴族達の手によって抹殺されてきた。
そのため、この世界では魔法に対抗する手段は魔法しかなく、まれに魔法を使わずにメイジを倒す人々の事をメイジ殺しとしてもてはやすのだ。
しかし、フェリスがいたローランドは違う。
長年愚王によって統治されてきたこの国は常に戦争がたえなかった。そんな中、適性によって大きく成長率が上下する魔法のみでは良質な兵の数を維持することができないのだ。そのため、ローランド帝国では魔法に並び、体術、剣術といった武術も立派な戦闘手段とされきちんと継承、発展が行われてきた。
おまけにローランド最強は剣術の名門エリス家。彼らの存在が、武術を魔法に並び立つほどの強力な武器として大きく発展させていた。
革命の英雄クラウ・クロム、カルネ・カイウェル、ルーク・スタッカートといった達人達にいたっては体術のみでこの世界のメイジ殺し達を軽く凌駕する力を持っているはずだ。
おまけにフェリスはエリス家の長女。体術のみならば先ほど上げた英雄達よりも格段に上だ。
結果、最初から魔法にも対抗できるように発展してきた剣術に、
「クソッ、クソクソクソクソッ!! 僕は神になるんだぞ! 神になったんだぞ!! それなのにそれなのにそれなのに!! どうして人間風情に!!」
「神? 笑わせるな。そんなものはこの世にはいない。ここにいるのは自分の復讐に関係のない亜人を巻き込んだクズと、幼い少女達を最低の理由で殺した、薄汚い殺人者だけだ」
淡々とキリスの言葉をいなしながらフェリスは剣を振るった。
だがしかし、相手にも意地があったのだろう。
「がぁああああああああああ!!」
「!!」
絶叫を上げながら痛む体に鞭をうちキリスは剣の軌道上に腕を伸ばす。
当然剣は直撃するが、所詮は剣の腹。その衝撃はキリスの腕をへし折ったが、鬼気迫る男の詠唱をとめることはできなかった。
「しまった!!」
「うわぁあああああああああああああ!!」
悲鳴を上げながら詠唱を終らせたキリスの体を茶色い光が被ったあと、雲散霧消する。
そしてキリスは痛む体を引きずりながら一目散に逃げ出した。
「ちっ!!」
フェリスは慌ててそのあとを追いかけ剣を振るうが、その剣はまるで鋼鉄を殴りつけたかのようにはじきとばされる。
「な!! 馬鹿な! どうなっている」
「それは《
エルザはそう言いながらフェリスの後に続きその剣に魔法を施す。
「どうする。そんな魔法がかかっているのなら私の捕縛魔法は効かない」
同じようにこちらについてきたタバサはそう尋ねてくる。いちおう用意だけはしておいてくれたのか、タバサの杖には魔力が既に宿っており、いつでも発動できる体勢になっていた。
「ふむ。剣で斬れるか?」
「お姉様ならできないことはないだろうけど相当面倒よ。安心して。私が魔法をかけたから普通に殴れるはずよ」
そういって、先ほどキリスが使った魔法と同じ、茶色い光を宿した魔法をフェリスの剣にかけるエルザ。
「?? なにをした、エルザ。」
「終ってから教える。それにしてもお姉様、どうして全部片付けちゃうのよ!! これは私の復讐なのに!!」
「それについては問題ない。あの首飾りさえ回収できればようはない。煮るなり焼くなり好きにしろ」
若干の怒りをはらんだエルザの抗議を、どうでもいいとばかりにいなすフェリス。そんなフェリスの言葉に、今度はタバサのほうが若干表情を険しくしてフェリスに話しかけた。
「……あの首飾りで何をする気?」
「なんだ、不服なのか」
「当然。あれは危険すぎる」
「ああ。だからこそ私の相棒が研究しているのだ」
「??」
突然のフェリスの言葉に、タバサは首をかしげた。
「不安があるならトリステインのトリスタニアまで見に来い。団子作りのめどが立ったのでな。私はそこで団子を作っている。信者達は先に帰って郊外に土地を買って耕しているはずだ」
「!?」
意外な場所がフェリスの口から上がりタバサはすこし驚いた。
ガリアを拠点とした人たちじゃなかったんだ。と、
「ふむ。無駄話もここまでにしておこう。ソロソロ本気で追いかけないと逃げ切られてしまう」
フェリスはそういうと、一人だけスピードを上げ見る見るうちにキリスとの距離をつめていく。
魔法も使わずに信じられない速度を出すフェリスを見て、タバサは感嘆の声をあげた。そしてこうも思った。
あの剣術を教えてもらいたい。そうすればあの叔父に牙を付きたてることができるかもしれないと。
「ところで、あの剣になにをしたの?」
「同じ反射の魔法をかけたのよ。そうすれば攻撃が通るわ」
「……使えたの?」
「全身を覆うなんてまねはできないけどね。先住魔法を最も得意とするのはエルフだけど、別に他の種族がエルフの魔法を使えないわけじゃないわ。きちんとした訓練さえつめば、あなた達人間のように成長して強力な先住魔法を使えるようになるのよ」
「その話し詳しく聞きたい」
シルフィードに覚えさせることができるかもしれない。
そんな考えばかりが頭を埋め尽くしているタバサを見て、エルザも感じるところがあったのか、機会があればね。とぶっきらぼうに答えた。
そんな話をしている二人の眼前では、キリスが弧を描きながら吹っ飛んでいくのが見えたのだった。
…†…†…………†…†…
キリスが目を覚ました時、世界が逆転していた。
「どういうことだ」
「吊るされてんのよ。そのくらい気づきなさい、クソヤロウ」
キリスが疑問の声をあげたとき、頭上から可愛らしい声が聞こえてきた。なんだと思いキリスが上に目を向けると、そこには逆転した世界に立っている一人の少女。
「ああ。木に吊るされているのか。害獣、見た目に似合わず悪辣なまねをする」
「私が見た目に似合わない年齢をしていること知っているくせに、良くそんなことが言えたわね」
憎しみがあふれる瞳で睨みつけてくる吸血鬼に、キリスはどことなく壊れて笑みを浮かべた。
「先ほどから精霊の気配を感じないな。僕の首飾りをどこへやった」
「危ないから回収させてもらったわ。持っているのはフェリスお姉様だから取り返すのは不可能だと思いなさい」
「それは残念」
キリスはそこで言葉を切り、蔑みの感情を多分に含んだ声でエルザに話しかけた。
「それにしても生き延びているとはね。とっくにくたばったかと思っていたよ。でさぁ、生き延びるために何人殺した? 百か? 二百か?? そのことはあの女は知っているんだろうな」
「………………」
そう、キリスの言うとおり本来吸血鬼は人を殺して生きるものだ。吸血自体は絶対にしなければならないわけではないが、一定期間血を飲まないと発狂してしまうほど強烈な飢えを彼らはあじわうことになる。
普通の吸血鬼なら、血をすわずに生きていくことなどほぼ不可能なのだ。
そう。普通の吸血鬼なら。
「ふはははははは。お前の殺した人間の数を知ったらあの女はどんな顔するだろうなおい……。きっと後悔がにじみ出た美しい顔を……」
「ゼロよ」
「はあ?」
「私は今まで生きてきて、一人たりとも殺したことはないわ」
「何の冗談だ、害獣」
「私の両親は血を飲まずとも生きていくすべを知っている特別な吸血鬼でね。私も子どものころは言葉を覚える前に吸血衝動の抑制を叩きまれたわ。だから私は、今まで生きてきた中で、誰一人として人を殺したことはない。でも……」
エルザはそういうと、精霊を手のひらに集めて深紅の炎を出現させた。
「それも今日までみたいね。私の初めてになるんだから、感謝しなさい。下等生物」
瞳に写る怒りの炎と同じような紅蓮を手に出現させ、エルザは裕然とした歩みでキリスに近付いていった。
「私が何でこんなことしているのか。わかるわよね」
アナタは私の家族を殺したんだから。
エルザの顔に黒い笑みが浮かび、手に集まったか炎の火力が上がっていく。そして、それは、
「はぁ? わかんねぇよ」
キリスの信じられない言葉によって鎮火した。
「何でお前が俺を殺そうとしているのかがわからねえ」
「あ、あなたは私の両親を殺したのよ」
「ああ。そうだな」
「だったら、私にうらまれていることもわかるでしょう!!」
「だからぁ……」
キリスは本気でわからないといった表情でエルザにこう言った。
「なんで吸血鬼の夫婦を殺したからって、俺がうらまれなきゃいけねェんだよ」
「え」
戸惑いの表情を浮かべるエルザに、キリスはいやらしい笑みを浮かべて畳み掛けた。
「吸血鬼は見つけたら殺すだろう? 外の世界を見てきたならわかっているはずだぜ、害獣。お前らみたいな化物は見つけたら即座に殺されんだよ。別に俺が殺さなくてもなぁ!!」
「だ、だまれ!! アンタが私の両親を殺したことにかわりはない!」
「ああ。だってお前達は吸血鬼だったんだから。存在自体が殺すに値するんだかから。
「お、お前ェエエエエエエエエエ!!」
せせら笑う意を浮かべながらエルザを嘲笑するキリスに、エルザは顔を真っ赤にして怒りの声を上げる。キリスはそんな彼女の顔を見てまるで三日月のように口をゆがめ不気味な笑みを形作った。
「どうしたよ、害獣。俺は事実を言っただけだ。別に俺は殺されてもいいがよ、おれを殺してもなんも解決しねえよ。変わらずテメェらは殺し続けられる」
真っ黒な笑みに真っ赤な口が開き悪魔のささやきがこぼれる。
「恨むんなら世界をうらめよ。お前らを害悪と断じ、排除しようとする世界を恨めよ。おれを恨むのはお門違いだぜ、小娘」
「あ、あぁ……」
「さぁ、早く本当の復讐をしな。お前が恨むべきは人間すべてなんだから……」
その言葉が終わった時、エルザの顔からは怒りが消え茫洋とした表情が浮かんだ。そして彼女は何かに操られるかのように、フラフラとその場を離れようとする。
それを壊れた笑みを浮かべながら眺めるキリスの口の中には、緑色の宝石が含まれていた。
《ロクスウェルの戯言》と呼ばれるその魔法具は、それが口に含まれている間に会話をした相手を洗脳するという凶悪な道具だ。キリスはこれを常に削った歯の中に収納しており、ピンチになったら歯からこれを取り出し逃げ延びるという手段をとってここまで逃げ延びてきたのだ。
同時に洗脳できるのは一人まで。おまけに一度使うと半年以上は使えないし、洗脳できるのは半日までというデメリットもあるが、なかなか使い勝手のいい道具だとキリスはほくそ笑んだ。
これを使うのは二十年ぶり。あの村を襲った時に、炎の獣を操る男に殺されそうになって以来だ。それにしてもあのクソ
キリスがそんなことを考えながら、隠し持っていたナイフで自分を吊るしている縄を切ろうとした時……それは訪れた。
『悪い奴が人間。馬鹿を言うな。悪いのはどう考えても、お前だろう』
「は?」
突然聞こえてきた声に、不思議そうに辺りを見回したキリスは次の瞬間……真っ暗なところに沈み込み、二度と戻ってくることはなかった。
…†…†…………†…†…
林の中に入りかけたところで意識を取り戻したエルザは振り返ってみて、傷口が黒焦げになった上半身がないキリスの死体を発見した。
しばらく呆然としていたエルザは、ギシリと歯を食いしばりながらも、キリスの死体を地面に下ろし先住魔法で穴を掘った後そこに埋めた。
その様子を林の奥から見ていた浅黒い肌を持つ壮年の美丈夫は申し分けなさそうな顔をしながら、フェリスやタバサの待つ村へと帰っていくエルザを見送った。
「すまんなぁ、嬢ちゃん。でもよ、おれもあんたのことを娘みたいだと思っているから、できれば血で汚れてほしくなかったんだよ」
男はそういうと、戻ってきた炎の獣を一なでして消し去る。
「ツェルプストー様。そろそろ……」
男がその作業を終えた後、男に後ろに黒装束まとった女が一人現れる。
「ああ。わかってるよ。嫁に内緒で来ちまったからなぁ……怒っているだろ? あいつ」
「おそらくは……」
「ったく。婿養子は肩身が狭いぜ。ガリア土産でも買って行くかぁ」
深紅の髪の毛を揺らしつつ、昔は豪商であり、亜人の村の全てを知っていた男は快活な笑みを浮かべてその場を後にした。
…†…†…………†…†…
復讐をする。そういって一人森の中に残ったエルザを心配しながら、タバサは必死に謝ってくるシルフィードをなだめていた。
「ゴメンナサイなのねぇ、おねぇえさまああああああああああ!! お姉様の危機に助けに行けなかったなんて、シルフィー使い魔失格なのねぇええええええ!! きゅいきゅい!!」
「もういいから落ち着いて」
「ほう。この世界の竜は喋るのだな」
そんなシルフィードを見ながら平然とした表情で
この人はあの子が心配ではないのだろうか。タバサはそう思った。
「ん」
そんな時、フェリスは食べ終わった団子のくしを無造作に捨てて森に駆け寄っていく。
何事かと思い後を追ったタバサとシルフィードはフェリスの視線の先にこちらに向かって歩いてくるエルザがいるのに気づいた。
まさか、心配でずっと気配を探っていたのだろうか?
まさかね……。
タバサは自分の頭に浮かんだ考えを、即座に否定しつつタバサは彼女に駆け寄った。
復讐をしたときの気持ちを聞いてみたかったのだ。
将来の自分もそうなるのかもしれないから。
しかし、エルザの話はタバサの望んだ結果の話ではなかった。
「復讐はできなかった。でもあいつは死んだわ。多分、自殺だと思う」
「そうか」
つらそうに顔を伏せているエルザをフェリスはそっと抱きしめる。
エルザの押さえられた泣き声が響き、フェリスはその間何も言わずにじっと立っていた。
期待した話は聞けなかったが、その光景を見たタバサは、なぜか少しだけ安心してしまった。
…†…†…………†…†…
ガリアの王宮に報告に帰ったタバサを見送ったあと、トリステインに帰るため配下の者達が残していった馬車に乗りフェリスは無言で御者を務めていた。
後ろの荷台にはエルザが乗っており、こちらも無言のままである。
そんな重苦しい空気がしばらく続いた後、エルザはフェリスに話しかけた。
「お姉様。一つ聞かせて」
「なんだ」
「前にも話したけど、私は化物よ」
「…………………………………………」
「人の生き血をすすり、命を貪り食う化物。そんな私でもお姉様は必要と……」
「私の相棒はな……」
しかし、その話しを強引にさえぎり、フェリスはライナの話を始めた。
「私の国では化物と呼ばれていたよ」
「!!」
「時々意識を何かにのっとられて破壊を撒き散らすんだ。近くにいたものはチリも残さず消されてしまう」
「………………」
「だけど、私は知っている。あいつは……本当は変態で、馬鹿で、間抜けで、どうしようもないめんどくさがり屋で、果てしなく女の敵で、世界一ダメ男ランキングを三世紀の間独占し続けていて……寂しがりやな男なんだって」
「………………」
「そんなあいつが化物のはずがない。他の奴らがなんと言おうと、あいつは私の奴隷で、下僕で、相棒で、茶飲み友達だ」
「………………」
「お前もだぞ、エルザ。他の者達がなんと言おうとお前は化物ではない。お前は私の大事な……だんご製造機だ」
「……そこはもっといいものにしてよ、フェリスお姉様」
2%の呆れと、18%の安堵、そして80%の喜びを胸に、エルザは狂った吸血鬼からようやく開放されたのだった。
…†…†…………†…†…
後日談というか今回のオチ。
エルザを新装開店していた《エリスダンゴ店》に預けたフェリスは、ライナがいるはずの宿に向かったのだが、そこはいつの間にか引き払われていた。
宿屋の店主の話を聞くとどうやら魔法学院とやらに引き取られたらしい。
フェリスは『あの色情狂は!! 何を勝手に動いているのだぁあああああああ!!』と怒り、わずかながらに笑みを浮かべながらトリステイン魔法学校に乗り込んだ。その笑顔の中に会ったのは《怒り》か、《ようやく相棒を殴れる嬉しさ》かは宿屋の店主には判別しかねたそうだ。
そして、魔法学院でフェリスは、自分と比べれば格段に落ちるが……そこそこの美人とライナが踊っているのを目撃してしまい、やたらムカッ腹が立ったので死ぬほど殴りつけてやったのだが、それはまた別の話である。