少しの間、更新速度が落ちるかもしれません。
試練が待っているのです。
では、本編をお楽しみください。
ライザーとの縁談が終わり、解散となったのだが、その帰り道、キンジは"フェニックス"について考えていた。フェニックスについて考えると、自然と頭に思い浮かぶのは施設の責任者。
施設の責任者たちはイッセーやキンジ、フリードの師を除いて、露骨に力の片鱗を出そうとしない。単純に、家族でありながら素性が全く知れないのだ。それが、1年程度の付き合いとかならば話は別だが、そんな言葉では片付けられないくらいに、イッセーたちは施設での暮らしが長い。そのため、趣味などについては分かるし、食べ物の好みなんかも把握している。
しかし、いざ日本で自衛隊の次に武器が揃っている施設の責任者たる力量を問われれば、たちまち頭の中は疑問符で埋め尽くされてしまうのだ。静雄は"万屋"を営んでいるため、揉め事を処理することもしばしば。それでも、ほとんどが一瞬で終わるため、肝心の力量が測りきれない。
ジョーカーについては全くの未知数。たまに布に丁寧に包まれた獲物を見るくらいだ。静雄曰く、岡部もジョーカーもイッセーたちの師と張り合い、静雄と大差ない力の持ち主らしい。化物である。未だ爪を隠してはいるが、本気を出した時が怖い。
何故フェニックスについて考えているのに施設の責任者の名前が出てくるのかと言われれば、イッセーから聞いた話、岡部が指を鳴らすだけで煙草の先端を燃やしたと聞いたからだ。
(しかも、フェニックスは日本神話で"鳳凰"に置き換えられ伝えられている。本来の姿である聖なる不死鳥だろうが、岡部の厨二病ネームが"鳳凰"院凶真だからな……ただの偶然?鳳凰、炎……偶然にしちゃ出来過ぎと考えられなくもない、か)
帰ってから聞くのもありだが、濁される可能性も無いとは言えない。今まで全然教えられていないのだ。何か隠す理由でもあるのかもしれない。
キンジは前を歩くイッセーの背中を見つめ、人知れず拳を握る。己の知らないところで一度、その命を散らした義兄弟を。
(ゲームとは聞いたが、どんなイレギュラーな事態が起こっても問題無いようにしないとな。……もう二度と死なせはしない)
当のイッセーは、師の崩月法泉のことを考えていた。ライザーが最後に残した言葉、眷属の一撃がリアスの一撃。その通りだ。レーティングゲームはチェスをもとにした戦略ゲーム。
【王】が指揮をとり、勝利へと導くのが本来の戦。他の駒は【王】の手足となり、戦場を駆け巡るのが仕事だ。故に、駒の一撃は等しく【王】の一撃となる。その眷属が弱ければ、【王】の器はその程度と鼻であしらわれるのだ。
本気を出すのは必然。『赤龍帝の籠手』を宿すイッセーなら良いところまで戦えるはずだ。しかし、フェニックスがどれだけ強敵なのか分からないこの現状。"角"のことも考慮しなくてはいけなかった。
(師匠……俺がこの力を使うとして、本当に使いきれるかな。身体は出来ても心は弱いままか……)
拭いきれない不安。こんなんじゃ自分に強さを教えてくれた法泉に顔を合わせられないと自嘲気味に苦笑した。
施設へと戻り、静雄たちにことの顛末を伝えたイッセーたち。レーティングゲームの相手がライザー・フェニックスと話した時の岡部の反応をキンジは見ていたが、予想の遥か斜め上の岡部たちの反応に、キンジだけではなく、イッセーと切彦、果てには夕乃までもが思わず眼を剥いた。
「ほう、あの小さかった三男坊も既に成人か……時の流れとは早いものだな、静雄よ」
「そうだな。もしかしたら、そのうちここに訪れるかもしれないし、いつでも会える準備はしておくか」
「イッセー君が悪魔になったっちゅうから、いつか会うかもとは思うとったけど、こんな早く顔を合わせるとは思いもせんかったわ」
施設の責任者たちは全員がライザーのことを知っていたのだ。唯一不思議に思わないのは、純粋すぎるアーシアのみ。今も、岡部たちの言葉に、「岡部さんたちって色んな方々と面識があるのですね!」と反応していた。
しかし、ライザーがまだ小さい頃に会っているとしたら、明らかに岡部たちは年齢はかなり上になる。というか、岡部たちの見た目は、イッセーがこの施設に入った時から一切変わっていない。本当に人間かと疑いたくなるほど、老いを見せないのだ。
「なぁ、静雄。"万屋"の仕事で人外との戦闘を経験し、悪魔程度では驚かないと思ったが、驚くどころか何でその上級悪魔であるライザーを幼い頃から知ってるんだ?」
「色々あってな。昔、ちょっとな。話す時が来たら話すから今は聞かないでくれ」
キンジの問いを手で制し、止める静雄。なら、と今度は岡部に問いをぶつける。
「ライザーはさっき言った通りフェニックスなんだが、岡部はなにかフェニックスの弱点とか知らないか?」
「フェニックスとはいえ、ライザーは悪魔。悪魔ならば、聖水や十字架が効果的だろう?それか、再生できないほど強力な、それも神の一撃に匹敵する攻撃であれば、殺すことも可能だろうな。それができなければ、精神をヘシ折るしかあるまい」
こちらは律儀に答えてくれた。ライザーを倒す術は分かったが、次のゲームまでにそこまでライザーを追い詰められるかと、イッセーは難しい顔をする。夕乃も同じように、眼を瞑ってレーティングゲームについて考えていた。
辿り着く答えは、勝率約15%という絶望的な数字。夕乃の中では、どうしてもその程度しかリアスの勝つビジョンが見えなかった。夕乃やキンジ、切彦がゲームに出れば勝率はグッと上がるだろう。本来なら、イッセーがいるため、勝率は60%程度と考えていたが、イッセーは今不安定状態なのだ。
悪魔に転生してから、『赤龍帝の籠手』の力を十分に引き出せない状態になり、禁手化も出来なくなってしまったイッセー。並の状態でも"崩月流"で鍛えた身体があるため善戦できるだろうが、不死鳥を相手にするとなると話は別。
無限のストックがあるライザーに、イッセーがどこまで戦えるか夕乃は思考を凝らし、素のままでは確実に負けると判断した。ライザーは上級悪魔、そのオーラはリアスに匹敵するほど。"角"を使えば確実に勝てるだろうが、イッセーはまだ使わないだろう。あれは相当の覚悟が必要だから。
そうなると、ゲームまでの10日間で、イッセーを鍛え抜く必要がある。どれだけレベルが上がるかは分からないが、多少無茶をしてでも鍛えれば、勝率が30%程度までは上げられるはずだ。
そこで、携帯の着信音がリビングルームに鳴り響いた。切彦の携帯からだった。画面を見て、すぐに出る。切彦は相手と二、三言かわすと携帯を切り、
「……明日から10日間、部長さんの別荘で修行をするそうです」
「そやね、話聞いた限りやと、限りなく時間がないようやし。自分らは行けへんけど、修行してくるといいで」
切彦の言葉にジョーカーが笑いながら賛同し、静雄も吸っていた煙草を灰皿に押し付けながら肯定の意を込めた頷きをする。
「大体のことは分かったしな。今日は早く休め」
そう言われ、イッセーたちは一斉に席を立ち、各々の部屋に向かった。キンジのみが残り、岡部に疑問を投げかける。
「なぁ、岡部。この前、道場で炎を出したってイッセーから聞いたんだが、お前ってもしかして、聖なる鳳凰とかそういう類の奴なのか?」
ドクターペッパーを飲む岡部の手が止まった。静雄とジョーカーは静かにコーヒーと酒を飲みながら話を聞いている。数秒後、岡部はドクターペッパーをテーブルに置きながら口を開いた。
「……さっき、フェニックスの弱点について俺に聞いてきたのはそれが理由か?」
「まぁ、な。お前、自分のことをよく"鳳凰"院凶真って名乗るだろ?」
頭の回転が早い岡部は、その言葉で全てを把握し、芝居掛かった笑い声を上げた。
「フッ、フッフッフ……フゥーハッハッハッハ!!まさか、悪魔のフェニックスに会うだけでここまで見破られるなんてな」
キンジはその言葉で確信するが、ここまで簡単にバラすとは思わなかった。
「なぁ、何で今まで自分のことを隠してたんだ?」
「別に隠しているつもりなどない。聞かれなかったから言わなかっただけだ。俺の正体など知ったところでどうもしないだろう」
その答えにずっこけそうになるキンジ。つまり、キンジが今まで秘密にされていたと勘違いしていただけであって、岡部たちからすれば、聞かれれば答えるが、自分から言うほどのことでもないということだ。
(まぁ、なんというか……考え方がちとズレてるよな。正体って結構大事なもんだと思うが。そう考えると、静雄とジョーカーのことも気になるが、今度でいいか。疲れたし)
何故か短時間でドッと疲れたキンジは、自室に戻り、寝ることにした。オカルト研究部の修行に、キンジもついていくからというのもある。岡部たちに寝ると伝え、自室へと足を運ぶキンジ。今日はゆっくり眠れそうだと足を進めた。
リビングルームでキンジを見送った岡部と静雄とジョーカー。新しい煙草を口に咥えながら静雄は岡部に聞いた。
「良かったのか?あんな簡単に教えちまってよ」
「キンジにも言ったが、俺は知られたところで大して問題無いからな」
指を鳴らしながらそう答える岡部。道場の時と同じように、勢いよく煙草の先端が燃え上がった。1人で酒を満喫しているジョーカーは、その様子を見て、
「やっぱ便利やなぁ。自分も炎を自在に使ってみたいわ」
「そうか?炎に憧れを持つとは、お前が戦場を駆け巡ればそれだけで火の海と化するだろうに」
「自分のはただの災害やし、そうやって細かく調整できるのってえぇな思うてな。ついでに、正体がバレてもいいって楽やなぁもう」
岡部は正体がバレたところで、大した問題は無い。静雄もどうも思わないだろうが、ジョーカーだけは違った。
諸事情とはいえ、ジョーカーは易々と正体をバラすわけにはいかないのだ。何故かと問われれば、それすらも気まずくて答えられないほど。だが、先ほどのキンジの様子から見て、聞けば教えてくれると思われているだろう。
「しっかし、フェニックスって相当な神やと自分は思うんやけど、キンジ君の反応は薄かったなぁ。仮にも、日本を代表する鳳凰なんやで?」
「そんなもんだろ。あいつからしてみれば、神ってのは身近にいるもんだからな」
紫煙を吹かしながら、残っているコーヒーを飲みきる静雄。
「もうすぐサーゼクスとかにも会えるかもしれねぇな」
「また懐かしい名前やなぁ。元気でやっとると思うけど」
「顔を合わせるとすると、"絶対悪"を封印したあの時以来か。あれから随分経ったな」
3人して懐かしむようにそれぞれの飲み物を口に運ぶ。イッセーたちの成長を見守りながらも、密かに出会いを待つ責任者たち。まだ長い夜は始まったばかり、3人の話は夜が明けるまで続いた。
翌日、朝早くからイッセーたちは大荷物を抱え、険しい山道を登っていた。何でも、この先にグレモリー家の別荘の1つがあり、そこで10日間の修行が始まるわけだが、延々と続く坂道に、これだけでもいい修行になるとイッセーとキンジは考えていた。
道中、今日の晩御飯にしようと眼に入った山菜類を摘むため、坂道を蛇行していたので、さらに疲労感は増す。山菜を摘むのはイッセーとキンジと子猫。イッセーとキンジの荷物もなかなか重いが、子猫の荷物はその倍は軽くあった。それを軽々背負い、イッセーたちと一緒に山菜を摘むぐらいだ。
(『戦車』の駒の付与能力は攻撃と防御の特化だったな。こんな小柄なのにスゴイ子だよ)
イッセーが感心しながら見ていると、子猫と眼が合う。キンジはせっせと山菜を摘む中、子猫はイッセーの隣まで移動し、腰の辺りに軽く抱きつく。最近、イッセーに対しての子猫の甘えっぷりがエライことになっていた。やたらとイッセーにくっついてくるのだ。イッセー自身、別にどうもしないためされるがままになっているが、夕乃あたりからの嫉妬のが酷く、その分修行が厳しくなるということをここ数日続けていた。
説教混じりにボコボコにされ、毎度同じ言葉をかけられる。
「いいですかイッセーさん。イッセーさんのような殿方が付き合うのは絶対に年上の女性がいいのです。年下をそういう眼で見ることは許しません。いいですね?」
イッセーとしてはそんな眼で子猫を見たことはないのだが、その場は流れに合わせていた。だが、いつものように甘える子猫。こんな場面を夕乃に見つかったら……。
「イッセーさん?まだ反省が足りませんか?」
すでに時は遅く、イッセーの心を鷲掴んで握りつぶすような、底冷えした低音が夕乃の口から発せられていた。キンジは安全圏へ、子猫も逃げるように退避して行く。
「え、いや、あの、夕乃さん?」
「なんでしょう?」
「怒ってます?」
「分かりませんか?」
「……いえ、分かります」
顔にはいつもの優しい笑みだが、声は激情。イッセーはこの10日間で死を覚悟した。その様子を見て、呆れたように笑みを零すリアスたちに、イッセーは祈るばかり。
今回の修行は過酷そうだ。
グレモリー家の別荘は、それはそれは豪華な木造建築の建物だった。普段は魔力で人前に現れないようにしているらしいが、その話を聞いたキンジは、魔力の便利さに感心する。
「さぁ、荷物を置いたら早速始めましょうか」
リアスの一言で、みんな荷物を与えられた各部屋に持って行き、そのまま着替えて一旦集合することになった。イッセーはキンジと二人部屋、女子は全員で大部屋を使うようだ。
「頑張れよ
「キンジ……死んだら骨、頼んだ」
「おい、だいぶ洒落になってないぞ」
着替えながら笑えない冗談を言うイッセーに、キンジは頬が引き攣る。だが、夕乃のあの状態では、万が一もあり得ると思ってしまうキンジ。
全員が着替え終わり、集合したところで、リアスから修行内容を言い渡された。
イッセーは夕乃と、キンジは子猫と、切彦は結菜と、アーシアは朱乃とペアで修行。細かいことは後で説明するということになった。
そして今、キンジは夕乃と対峙している。リアスから言われた修行内容は、夕乃に全て任せるというものだった。今まで崩月流で修練してきたイッセーにはそれが一番だと判断したのだろう。イッセーもその考えは間違っていないと思うが、ーー今の夕乃だけは絶対に相手にしたくないとも思っていた。
黒いオーラが漂う夕乃は、いつもと変わらない笑みを浮かべている。
「では、イッセーさん。始めましょうか」
「……はい」
「私のお話がしっかり身に染みていないようなので、そのような煩悩に惑わされぬよう、徹底的に扱き倒しますので覚悟してくださいね?」
「……はい」
確実に怒っている夕乃。イッセーは生き延びるために拳を握った。
「俺たちは徒手格闘による模擬戦か」
樹々が生い茂る林の中、キンジは子猫と向かい合っていた。修行内容はキンジの言った通り模擬戦。子猫の手にはオープンフィンガーグローブをはめ、小さな拳を構えている。
対するキンジは自分がもっとも動きやすい我流の構えをとり、子猫に鋭い視線を送っていた。銃などは全て外しており、正真正銘の丸腰状態だ。『ヒステリアモード』でもないため、通常のキンジはレイナーレ戦の時にイッセーに言われた通り、本来の力をほとんど出せない。
(かと言って、子猫でヒスったら俺はただの変態じゃねぇか。いや、そもそも、
そんなキンジの思考も知らず、子猫は地面を踏みつけキンジに迫ってきた。
切彦と結菜はそれぞれの獲物を手に取り、お互いを牽制しあっていた。リアスからは、キンジたちと同じように、模擬戦をいいつかっている。調理用の安物の包丁を持った瞬間から人格が変わったようにオーラが増した切彦に、結菜は冷や汗をかいていた。『魔剣創造』の魔剣は、本物に比べ、ある程度スペックが劣る。しかし、そこらの剣よりは頑丈であるし、攻撃力も高い。安物の包丁ごときでは一合打ち合うことも叶わないはずなのだが、何故か切彦が持つと、どんなものでも切れる名刀のように見えてしまう。
ただでさえ、切彦は人間で結菜は悪魔だ。身体能力が大幅に上がっている結菜に対し、切彦はもとの人間のまま。ハンデも良いところだが、結菜は修行前、包丁を持った直後の切彦の言葉が脳裏をよぎる。
「オレを人間だと思わない方がいい。じゃないと、死ぬぜ?あんた」
自然と魔剣を握る力が強くなる結菜。酷く緊張しているのが分かる。一手間違えれば瞬時に敗北するだろう。切彦は緊張感が一切無い状態。包丁で肩を叩き、結菜の出方を見計らっているようだ。一見、隙だらけのようでいて、全く隙が見当たらない。
結菜が攻めあぐねていると、切彦は段々イライラしてきたのか、包丁を結菜に向け、一言。
「なぁ、来ないならこっちから行くぞ」
その後の行動は速かった。瞬時に詰められた距離。結菜の五感を遥かに上回る速度で自分の間合いまで詰めた切彦は、神速の凶刃を振るった。
ところどころで戦闘音が鳴響き始めた頃、アーシアは室内で朱乃から魔力の扱い方を教わっていた。後でイッセーにも教えるという。
「アーシアちゃんは私の次に魔力の適性が良さそうですからね。自衛の術などを身につけておいて損はありません。慌てなくても基礎からしっかり教えてあげますので、一緒に頑張りましょうか」
「はい!」
他の3組とは違う雰囲気の修行となっているが、純粋なアーシアはみんなもこのレベルだと信じて疑わない。
時折聞こえる破砕音に小首を傾げる程度だ。また鳴り響く音に、アーシアは小首を傾げ、
「これってなんの音ですか?さっきから随分と聞こえますけど」
「あらあら、みなさん張り切ってるようですわね。アーシアちゃんも頑張りましょう」
「みなさん凄い頑張ってるんですね!私も負けられません!」
(この子にあんな激しく修行は無理ですものね。それにしても、本当に激しいですわね)
純粋に修行を頑張るアーシアをレクチャーしつつ、他の組を心配する朱乃。特にイッセーが生きているかを一番心配していた。夕乃の怒りが怒髪天をつく勢いだったためである。
(生きていてくださいね、イッセー君)
そんな朱乃の心配は見事に的を射ており、イッセーは夕乃に半ば半殺しにされていた。
「夕乃さん!それは流石の俺も死ぬから!?」
「聞きません!お姉さんの言う事を聞けない悪い子にはお仕置きです!」
夕乃の拳が大地を割り、足場を崩されバランスを崩したイッセーの顔面に向かって、強固な右ストレートを放つ。その拳に左手で逆ベクトルの力を加えた手の平をあてると、そのままの勢いに任せ、背負い投げの動作に入った。
(ーーまだまだ甘いですねっ!)
夕乃は不安定なイッセーの足を軽く蹴り、背負い投げをキャンセルさせる。さらに、イッセーの腕を引き、逆方向に叩き叩きつけた。
「カハッ……」
受け身をとれず、肺の空気が全て吐き出される。純粋な崩月家の者は、生まれつきその身に"角"を宿し、その副作用で強靭な肉体を持っているため、夕乃にとって、人間はとてつもなく軽い存在なのだ。そのため、圧倒的暴力的な戦い方を行うことができる。
イッセーを片手で振り回せる剛腕。イッセーは崩月の人間ではないが、イレギュラーな存在として崩月の家族の一員となっている。勿論イッセーもそこそこの力を持つが、夕乃に比べると霞んでしまうほど、夕乃は馬鹿力を持つのだ。
頭上に影がかかり、追撃の拳が振り下ろされる。歯を食い縛り、身体を思いっきり捻った。地面を転がり、すぐに立ち上がる。拳は地面に激突し、一瞬でクレーターができ、砂埃が舞った。再びバランスを崩しそうになるが、バックステップで距離をとり、再び構える。
砂埃が晴れるのを待たず、イッセーは夕乃に向かって突撃し、撃ち際に回転を加えた右フックを放つが、冷静にイッセーの足を払い、イッセーの腕を掴んで再び反対側の地面に打ち付けた。
夕乃は剛腕でありながら、そればかりに頼らない所謂オールラウンダーな戦い方をする。時に拳、時に投げと一つの技能に執着しない戦闘法は、次の一手が読めないせいで、非常に戦い辛い。
(ーーなら、こっちもそうするしかない!)
夕乃は踵落としの動作だ。下着がモロに見えているが、そんなことはどうでもいい。『赤龍帝の籠手』を使えれば防御ともに上げられるが、夕乃レベルだと、禁手化しなければロクに倍加もできない。
ならば、とイッセーは夕乃の軸足を力いっぱい打撃する。夕乃ほどではないが、剛腕を持つイッセーの打撃。夕乃の眉が微かに動き、踵落としをやめて膝をつき、拳に切り替える。しかし、その間に跳ね起きたイッセーは跳ね起きからスムーズな、尚且つ鋭い回し蹴りを夕乃に放っていた。
「ーーーッ!!」
咄嗟に腕で防ぐ夕乃。それでもイッセーの蹴りの威力は殺せず、鈍い音と共に地面を抉りながら数メートル後退させられた。腕を伝う痺れ。軽く腕を振りながら、追撃をするために動き出したイッセーの懐に一瞬で迫り、右手掌底の形でイッセーの腹に触れると、後方約数十メートルまで軽々と投げてしまう。
「ちょっ!?」
「すいません、イッセーさん。少しだけ本気になっちゃいました」
空中にいるため、身動きがとれないイッセー。そこに、数十メートルを僅か3歩程度で踏み抜き、イッセーの落下点まで先回りした夕乃が、硬く硬く握りしめた拳を引くのが見える。
そこで、イッセーは漸く気づいた。
(さっきの回し蹴り、初めて夕乃さんにあたったんだ。もしかして、それが悔しいからこんなにエンジン上げてんの?)
その思考に対する応えは身体を粉微塵にしてくれそうな恐ろしい拳。
もうヤケだと両腕をクロスさせ、防御を試みるが、そんなもの崩月の剛腕の前では紙切れ同然。
イッセーの防御を楽々突破した拳は、そのまま腹部に吸い込まれた。
感想、誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
また次回でお会いしましょう。