原作を読み返しながら執筆中。
ちょいと更新速度遅いかな。
「おめぇの腕と頭の中にはなぁ、"人の形でありながら、人ならざる者"の証が入ってんだよ」
ーー齢70を超える、崩月流当主であり、少年の師"だった"男。少年が尊敬する人物の一人、崩月法泉が言った。
「俺たちの一族以外で天然物を見ることになるたぁな。世の中生きてみるもんだ。しかも、一族よりも強力な奴ときちゃあ、こっちの面子丸潰れだっつーの。ま、そんなこと気にせず、崩月の全てをおめぇに教えるんだけどな」
ーー穏やかで、明治の文豪を思わせる服装をし、戦いとは無縁のような優しい師だった。しかし、戦いとなると、一切手を抜くことはなく、その腕は、一度裏世界で最強の名を手に入れたほど。
「手に入れた力の使い道はおめぇ自身が決めろ。だがな、崩月流を名乗るのは、死んででも勝ちを取りに行く、
ーーある日を境に、突如失踪した、少年が尊敬する1人。
「安心しろって。おめぇはもう独りじゃねぇ。俺たちゃ家族だ。そして、この崩月法泉の弟子でもあんだよ。チョロッと解決して帰ってくっからよ、しっかり夕乃と待ってな。美味いもん買ってきてやっから」
ーーそれっきり、どこへ行ったのかは分からない。それでも、少年は願う。いつか、出会えることを。そして、法泉の言葉を護り、
〜〜〜
突き出した拳が空を切る。が、半身になって躱された。精錬された動きから繰り出される手刀が喉元を狙っている。角度的には確実に、こちらを一撃でダウンさせる一撃。真下から手で払う。その際に身体を捻り、片足を軸に回転の力を加えた裏拳。
しかし、しゃがむことでその頭上を拳が通過した。勢いを殺せず、振り切ってしまい、一瞬だが大きな隙を見せてしまう。
その無防備な顎に放たれるは、細かな重心移動から爆発的な威力を叩き出す掌底。咄嗟に両腕をクロスさせようと脳で指令を送るがーーー間に合わない。
吸い込まれるように打たれ、両足が床から浮く。頭の中がシェイクされたかのような不快感。視界が点滅し、ロクな受け身もとれずに床に全身が叩きつけられる。肺の中の空気が全て吐き出され、立てなくなる。
肩が上下に動き、荒い呼吸が繰り返され、全身は汗まみれ。そこに声がかかった。
「はい、今日の組手はこれで終了です」
「……ありがとう、ございました」
ボロボロの身体に鞭打ち、何とか正座で挨拶をした後、もう一度仰向けに倒れる。全身から疲労感を訴えるイッセーに対し、イッセーをここまで圧倒した相手ーーー夕乃は涼しい顔をしながら冷たい水で絞ったタオルを持ち、動けないイッセーの顔を優しく吹き始めた。
情けないとは思うが、夕乃の優しさについつい甘えてしまう。眼を瞑り、タオルの冷たさを肌で感じていると、徐々に体力が3割ほど回復してきた。
いつまでもこの状態だと、イッセーのプライドが許さないため、身体を起こして軽くストレッチを始める。夕乃は名残惜しそうにイッセーを見ていたが、イッセーの内心を理解しているのか、何も言わずにその場から立ち上がった。
「まだまだ荒い箇所が多いですね。ですが、この前の堕天使に遅れをとらず、一撃で終わらせたのは賞賛できます。何よりも、"角"を使うような事態にならず、本当に良かった……」
心の底から安堵するような声。どれだけ心配をかけていたかが伺える。イッセーが悪魔になったとしても、生きて帰ってきたことに、夕乃は大層喜んでいたらしい。
フリードからすれば、討伐対象になってしまったわけだが、はぐれとなった今では、果たしてイッセーを忌むべき敵として見るかも分からない。というか、教会であったときも普通に義兄弟として接してきたため、これまで通りの生活をおくれるだろう。
「……師匠との約束がありますから、本当にその時がくるまで、解放は絶対にしません」
夕乃を安心させるため、イッセーは全力を出したことは未だに一度もない。施設の者たちはみな、底が知れない。"万屋"を営む静雄は、人外との戦いも少なくないし、岡部やジョーカーの腕もほぼ未知数だ。人外に慣れているフリードやキンジ。裏世界で生きてきた切彦。崩月の夕乃にイッセー。
シロやクロの正体に気付いておきながら普通に飼ったり、この町の管理を務めるリアスに警戒心すら抱かないのは、例え襲ってきたとしても負ける要素がないから。
そうーーー施設の人間はいずれも、
「生きているか?イッセーよ」
「まだまだ夕乃には勝てねぇか?」
道場の入り口から岡部と静雄が入ってくる。ボロボロのイッセーの様子から、組手の結果は知られたらしい。岡部の手には買い物袋があり、その帰りに道場へと寄ったようだ。
「師匠の正統なる後継者ですし、俺なんかよりも修行の年季が違いますからね。教わることが多いです」
「そうだな。一度、裏世界一の実力を誇った奴の娘だし、才にも恵まれてる」
そう言いながら静雄は煙草を咥える。それを横目で見ていた岡部が、買い物袋を持っていない方の手で指を鳴らした。
刹那、マジックのように、先端が燃え上がる煙草。
「悪いな」
「なに、買い物に付き合ってもらった礼とでも思え」
イッセーは長い間施設にいるが、岡部とジョーカーの力に関して、ほとんどの情報を持っていない。しかし、静雄と肩を普通に並べられる以上、それ相応の実力があると見ていた。
「イッセーさんにも才はありますよ。戦闘面で、何度も私に一撃を当てれそうでしたし、何より、イッセーさんはカウンターが上手いですからね」
夕乃がフォローをいれてくれるが、イッセーは一撃も夕乃の攻撃を当てれていない。実力は上がれど、この壁だけはいつ越えられるのか分かったものではないイッセー。夕乃の言葉には最早苦笑いしか返せない。
「夕乃がそこまで言うってことは、そこそこ誇れる力はあるってことだ。それでも今は成長の途中、鍛錬を怠らなけりゃあまだまだ強い身体を手に入れられるぞ。せめて、俺の一撃に耐えられる程度には強くなれ」
「静雄、お前の一撃に耐えられる身体となると、俺の推測ではこの町が瞬時に荒地へと早変わりする気がするんだが……」
「ダメですよ静雄さん。イッセーさんに本気になったら」
「ならねぇから安心しろ。自分の力ぐらい制御できるようになったっての。なぁ、イッセー」
「え、えぇ……」
同意を求める静雄。返す言葉が見つからず、とりあえず肯定の意を見せるイッセー。今までだいぶ手加減されていると自覚はしていたが、町を破壊できるとは思いもしなかった。それでも本気ではないのだろうが。イッセーが本気を出したとしても、静雄に追いつける気がしない。
「さて、そろそろ戻るとするか」
「そうだな。またなイッセー、夕乃。なるべく早く帰って来いよ」
「はい」
「分かりました」
岡部と静雄が道場から去り、夕乃と共に掃除を始める。ほぼ毎日利用する道場は、使うたびにこうして隅々まで綺麗に掃除するのだ。堅牢な造りをしているため、時代の流れにも一向に衰えを見せない道場は、イッセーが崩月に弟子入りしてから全く変わらない外見を保っていた。
夕乃には先に着替えに行ってもらい、道場の中を掃除するイッセー。数分後、着替え終わった夕乃が戻り、イッセーが交代で着替えに行こうとすると、
「……何で袴?」
「似合いませんか?」
「似合ってますけど」
「良かった、イッセーさんはこういうのが好みだと思って着てみたんです。ムラムラします?」
「……まぁ多少は」
袴姿の夕乃に軽く顔を逸らしながら応えるイッセー。夕乃は生粋の大和撫子。それ故か、和服が良く似合う。ついでに、イッセーの好みでもある。ただでさえ一切の曇りもない純白の如く美しさを誇る夕乃だ。それに華麗なる美を持つ袴が合わさることで、その華やかさは一層際立って見えた。
渋りながらも本音を漏らす。夕乃にはイッセーの考えなど筒抜けだからだ。華やかさの中に、艶やかさもある。邪な感情を持つなという方が無理な話だ。
イッセーの感想に頰を朱色に染め、嬉しそうにはにかむ。その笑顔も輝く太陽のように眩しく、こちらの顔まで熱くなっている気がして、イッセーは早足で着替えに向かうことにした。
「それじゃあ、すぐに着替えてきますね」
「あまり無理しなくても良いですよ?身体の傷もまだ新しいし、ゆっくり着替えてきてください。掃除は私の方でやっておきますので」
「すいません、じゃあお願いします」
その言葉に甘え、傷ついた身体を労わるように、着替えをするための更衣室に向かう。道場から聞こえる夕乃のご機嫌な鼻歌をBGMにしながら。
肩甲骨を回し、大きく伸びをして、身体に血液が循環し始めたことを確認してから着替え始める。ゆっくりとは言われたが、ものの3分もしないうちにイッセーは着替えを終えてしまった。
昔からの癖で、イッセーは動けなくなるほど壊されなければ、必ず掃除を手伝おうとしてしまう。夕乃や静雄は無理するなと言ってくれるが、それでも日頃の感謝を少しでも形にして返したいと無意識に行動してしまうのだ。
それでも、身体が辛いことには変わりはない。夕乃もああ言ってくれたことだし、軽くストレッチをしてから手伝いに行くことにした。骨が小気味良い音をたてる。あまり身体には良くないらしいが、どうしてもやってしまうイッセー。この一瞬でも楽になるような感覚がなんとも癖になるのだ。
身体を伸ばしながら、ふと最近起きた出来事を思い出す。
新しく施設の家族となったアーシア・アルジェント。イッセーと同じく悪魔に転生した彼女だが、今ではすっかりとその生活にも慣れ、リアスが早急に手続きを行って駒王学園に入り、オカルト研究部に所属することになった。イッセーと同じクラスになるよう配慮もされたため、今のところは友達もでき、平和に過ごすことができているし、悪魔の仕事も着々とこなしてきている。初めの方は神に祈りを捧げ、頭痛を受けている場面をよく見かけた。信仰を捨てきれないのだろう。イッセーもよく被害を受けた。
悪魔は天使と相対の存在。天使の行う信仰は、悪魔からすれば存在の否定。相手に十字を切られたり、悪魔が聖書の神を信仰したりすると、それは頭痛となって自身へと返ってくるシステムなのだ。天使も邪な思考を持った場合、翼の色が白から黒に変化し、堕天してしまうらしい。
しかし、今まで信じてきたものをいきなりやめろと言われれば、それは無理な話だ。イッセーも悪魔になってから知ったことだが、悪魔にも優しい心を持った者は確かに存在する。例えば、イッセーとアーシアを悪魔に転生させた主、リアス・グレモリー。彼女は身内となった者に等しく愛を与え、それが傷つけられれば、まるで自分のことのように怒る。
彼女は生まれが悪魔というだけで、その心は天使にも通用するものだとイッセーは思っていた。アーシアが神への信仰をやめられない旨を伝えた時、ダメージのことも語られたが、それと同時に、アーシアの信仰をとめなかった。
「信じる行為は人それぞれ違うわ。アーシアはアーシアの信じるものを信仰すれば良い。多少ダメージはくるでしょうけど、その程度でアーシアの信仰が消えるわけないでしょう?」
あんな慈愛に満ちた主人をイッセーは悪魔と思えなかった。あの時のアーシアの嬉しそうな表情は今でも覚えている。
さらに、アーシアには使い魔も出来た。【蒼雷竜】と呼ばれる、龍の中で上位に位置するドラゴン。"ラッセー"とつけられたドラゴンは、まだ子供でありながら度胸は人一倍と将来有望な使い魔だ。
逆に、イッセーには使い魔が出来なかった。道中、使い魔として有力な魔物を何体か見つけたが、何故かイッセーの気配を感じた瞬間散り散りになって逃げてしまう。恐らく、二天龍の片割れであるドライグとイッセーの中にある"角"、ついでにイッセーの中に眠る謎の力のオーラに怯えたのだろう。
決して、使い魔ができなくて凹んでいるわけではないのだ。リアスにも、イッセー自身のオーラに魅せられた強力な魔物が、自ら使い魔になりたいと進言してくるだろうと言っていたため、それに期待する。
そんな思考に浸りながらストレッチが終わり、更衣室から出ることにした。軽く肩を回しながら扉を開けると、玄関の方からアーシアとキンジが入ってきていた。キンジはイッセーの事を視界に入れると、片腕を上げながら挨拶をしてくる。それに合わせ、アーシアも挨拶してきた。
「よぉ
「どうも、イッセーさん。どこか痛むところはありませんか?良ければ治しますけど」
「あぁ、キンジにアーシア。今掃除中だからもう少し待っててくれ。アーシアには帰ってからお願いするよ」
「なら俺たちも手伝おう。アーシアも良いよな?」
「はい!」
「悪いな、助かるよ」
そう言いながら道場に足を運び入れる。相変わらず似合いすぎている袴姿の夕乃がせっせと掃除をしていた。イッセーたちに気づき、キンジとアーシアに笑顔で挨拶をする。
「どうも、キンジさんにアーシアさん。イッセーさんのお迎えですか?」
「はい、ついでに少し掃除を手伝おうかと…」
若干視線を逸らしながら反応するキンジ。昔からキンジは年上に弱い。同い年や年下にはある程度態度を崩さないが、年上となると、やけに落ち着きがなくなるのだ。イッセーでも心を動かされるような夕乃の袴姿。キンジはその姿を直視できずにいた。ヒス性の血流が巡りそうになっているのだろう。
「そんな悪いですよ。掃除は私がやっておきますから、イッセーさんと一緒に帰ってて良いですよ?」
「1人よりも数人でやったほうが早く片付くでしょう?イッセーもやる気みたいですし、俺も手伝いますよ」
「私も手伝います!」
「ふふっ、じゃあ一緒にやりましょうか」
必死に己と戦うキンジ。イッセーは軽く同情しながら掃除用具を手に持つ。なんだかんだ、夕乃も1人でやるより人数がいた方が嬉しいらしい。笑みを絶やさずに掃除をしていく夕乃の姿一つをとっても、まさに大和撫子を想像させた。
己に打ち勝ったキンジは極限まで集中力を高め、掃除をしていく。アーシアも、慣れないながらもしっかりとした手付きで床の雑巾掛けをしていた。イッセーも自分の掃除を行う。
4人で掃除すると、予想以上に早く終えることができ、キンジとアーシアは夕乃から感謝されていた。そのまま帰り道を4人で歩き、それぞれの会話を弾ませる。
そこでフリードからの手紙が届いたことを耳に挟むイッセー。堕天使レイナーレに雇われ、切彦と対決したフリードだが、本気を出すまでもなくその場から逃げたらしい。どこをほっつき歩いているのかは不明だが、手紙が送られてきたということは、そこまで切羽詰まった状況ではなく、少なからず余裕があるということだ。
キンジから教えてもらった手紙の内容は、
『次の仕事で一時的に傭兵業は休止することにしたぜ!!多分そんな時間もかからねぇし、もうちっとだけ待ってくれや!!』
とのこと。
もう少しで施設の家族が勢揃いするとなると、自然と笑みが浮かんだ。キンジも楽しみなようで、この件を早く伝えたいがために道場まで足を運んだと言う。
アーシアにも既に伝えてあるが、あの時は大層驚かれた。アーシア自身、フリードには結構世話になっていたらしく、会うのが待ち遠しいようだ。
施設の玄関前では、切彦がイッセーたちの帰りを待っていたようで、イッセーたちを見つけた途端、小走りでイッセーに抱きついてきた。刃物を持たなければ大人しいので、当たり前のように抱きとめる。
「……おかえりなさいです」
「あぁ、ただいま切彦ちゃん」
それだけで嬉しそうにイッセーの胸に顔を埋める。その様子に癒され、思わず優しく頭を撫でるイッセー。突如生まれた桃色の空間に、アーシアと夕乃の顔から表情が消える。その横にいたキンジが身震いをし、顔を青くしているが、イッセーと切彦は気づかない。
夕乃は前からそうだが、アーシアも最近毒されているような気がしてならない。あんな純粋な瞳を持っていたシスターは、今は焦点を失いながらイッセーと切彦を捉えている。
そのただならぬ気配に漸く気がついたイッセーは、ゆっくりと切彦を剥がし、流れる冷や汗もそのままに、努めて夕乃とアーシアのことを見ないようにしてキンジと施設に入って行く。
少しばかり残念そうな切彦に心の中で謝罪しつつ、固まった笑顔のまま施設の中に逃げるイッセーとキンジ。背後では3人の女性が修羅場を展開しているため、か弱い男たちは小動物のように逃げることしかできない。
中に入ると、リビングルームでコーヒーを飲んでいた岡部と静雄が不思議そうな顔をしながらイッセーとキンジを見る。修行の最中よりも顔色が悪くなっているのだ。当たり前だろう。
「どうした?随分と顔色悪いが」
「えぇ…ちょっと色々ありまして」
「マジで死ぬかと思った…」
「大体把握した。先程、シャイガールの奴がスキップしながら出て行ったからな。いつものだろう」
修羅場もこの施設内では日常茶飯事だったりする。これだけで通じる家族に、イッセーとキンジは深く感謝した。
静雄にコーヒーを淹れてもらって一息つく。苦く、熱い液体が喉から胃の中へと流し込まれることで、思考が落ち着き、冷静になることが出来た。イッセーと同じく落ち着きを取り戻したキンジが机の上で銃の整備を始めた頃、顔を軽く引き攣らせたジョーカーが帰ってきた。
「何であの子達は玄関でガン飛ばし合ってるんや?」
「大体想像つくだろう。いつものだ」
「てか、まだやってんのかよ」
イッセーとキンジは無言を貫く。ジョーカーは苦笑いを浮かべ、イッセーたちに習ってコーヒーを飲み始めた。
結局、夕乃とアーシアと切彦が施設内に入ってきたのはそれから約1時間後。ご機嫌斜めの夕乃とアーシアを必死に構い、機嫌を取り戻そうとするイッセーが、かなり不憫に見えたのは、言うまでもない。
夜、ベットに寝転がりながら、イッセーはドライグと共に会話をしていた。内容は大したことではなく、他愛もない会話。しかし、定期的に会話を挟んだり、ドライグの潜む精神世界に入ったりと、イッセーはコミュニケーションを頻繁にとっている。特にこれといって特別な理由もないが、自身の中に住んでいる以上、互いのことをよく知ることは必要だし、仲が悪い状態でいたくないという単純な思考故だ。
最近は、イッセーの中に眠る力についてや、"角"などのことをよく聞かれる。同じ身の存在のため、隠し事は不要。答えられることはどんどん答えていくイッセー。それでもやはり、自分でも理解できない力に関してはなんとも言えなかった。
『やはり、どれだけ深くまで潜っても、相棒の力には近づけん。"角"には強力な封印、もう一つは力が強大すぎて思うように近づけなくなっている。なかなか難しいものだな。相棒の身体は』
「俺の"角"は本当に極稀の最強と謳われた存在のものらしい。いまいち実感が湧かないけど、使いこなせれば相当強くとは言われるよ」
『だろうな。この二天龍である俺が近づけないなんて、並の封印じゃない。しかも、ここまで強固な封印をされてなお、溢れ出るオーラ。一体何が封印されてるのやら』
右手をさすりつつ、天井を見上げる。その時だった。
突然、天井に赤い光が反射し、イッセーは軽く眉を顰める。反射しているということは、光源は床。イッセーの部屋にそんな道具はない。つまりは魔法の転移陣。そうなると、オカルト研究部の誰かがイッセーの部屋に転移しようとしていることになる。
(誰だ?)
そこまで考え、漸く顔を床に向けるイッセー。転移陣の紋様はグレモリー眷属のものだ。光は一層眩く輝くと、中に人影を創り出し、それと同時に収束して消えていく。人影の正体はーー何やら思い詰めた表情をしている我らが部長であるリアス・グレモリー。
イッセーは起き上がり、ベットに腰掛ける形でいきなり現れたリアスに声をかけた。
「えっと、部長。どうしたんですか?急ぎの仕事でも入りました?」
表情が優れないリアスにそう問うイッセー。何やら緊張しているように見えるのは気のせいではないだろう。落ち着きも無い。理由は分からないが、リアスは焦っているようだ。それほどマズイことが起きたのかと、イッセーは軽く身構えるが、次のリアスの言葉に思わず放心してしまう。
「イッセー、私を抱きなさい」
空間フリーズ。いや、この場合、イッセーは悪くない。よく考えてみて欲しい。夜遅く、ベットで寝転がっていたら部長が突然転移陣で現れ、何事かと緊張感を張り巡らせた空間の中、放たれた最初の言葉がこれ。
羞恥心に顔を真っ赤に染めるという、らしくもない珍しいリアスが目の前にいるが、当のイッセーは未だ現実逃避中。返事が返ってこないことに痺れをきたしたリアスは、服を脱ぎ始め、そこでイッセーは我に帰った。
「いやいやいや!急に何言ってんですか!?ここどこか分かってます!?」
「えぇ。それは重々承知の上よ。でも、どうしても、今あなたに私の処女をもらってほしいの」
既にブラすら外し、下着一枚のリアスが、イッセーににじり寄りながらそんな事を言ってくる。余りの出来事に軽くテンパるイッセーは、何もできずにただベットの上で後ずさるのみ。リアスもベットの上に上がり、イッセーに覆いかぶさってきたため逃げ場がもうない。
大人の階段を一気に駈け上がりそうな場面だというのに、イッセーは全く別の危機を想像していた。
ここは、ただの一軒家ではない。施設という名の大規模な屋敷。しかも、この施設の中に住む人は全て、
自然と青くなる顔。リアスも怪訝そうにイッセーの顔を覗き込むが、そこで再度部屋を光が満たし始める。
今度は何事かとイッセーは片眉を上げ、リアスが溜め息を吐いているの見た。状況が掴めない。その一言に尽きる。
「……一足遅かったわけね……。ゴメンなさいイッセー。いきなりすぎて驚かせちゃったわよね」
そう言ってベットから降りるリアス。急展開を継げる場面について行けず、とりあえず次の客は誰かと転移陣の紋様を見てみるとーーまたもやグレモリー眷属。しかし、そこから現れたのは、銀髪の長髪を持つメイドだった。瞬時に理解するイッセー。このメイドは強い、と。
メイドはイッセーとリアスを視界に収めると、静かに口を開く。
「こんなことをして破談へ持ち込もうというわけですか?」
顔は無表情だが、声には呆れが混じっており、その言葉を聞いたリアスは眉を吊り上げ、
「こんなことでもしないと、お父さまもお兄さまも私の意見を聞いてくれないでしょう?」
「このような下賤な輩に操を捧げると知れば、旦那様とサーゼクス様が悲しまれますよ」
1人蚊帳の外のイッセーは、メイドからの罵倒を聞き流し、今の件について軽く考えていた。
リアスはグレモリー家の後継ぎ、つまりは次期当主だ。リアスとメイドの言葉から察するに、リアスの兄がサーゼクス。そのサーゼクスか旦那様ーーリアスの親が現当主。グレモリー家は貴族として名高い。そして、ヤケに焦った状態でイッセーに貞操を捧げようとしたリアス。簡単に纏めると、他の力ある貴族の家から声がかかり、結婚の話でもあるのではないだろうか。
リアスは美人だ。それは確実言えることであり、磨けば強力な力をその身に宿している。貴族の中で、親が計画的に結婚を決めることは珍しくもないだろう。それを無理にリアスが断ることもできない。何しろ、グレモリー家という看板を背負っているのだ。私情を挟み家を潰すか、親に従いこれからも名高い貴族としてグレモリー家を繁栄させていくか。答えは初めから決まっている。
リアスに選択権などないのだから。貴族の社会は普通の競争社会よりも、その激しさは増すことだろう。自分の代で家を潰したり、名を落としたりすると、これから未来永劫そのレッテルを貼られ、周りから嘲笑われることになるからだ。
そんな感じの思考を巡らせ、合っていようがいまいが、余りよろしくない話と察したイッセー。目の前では睨むリアスと静かに佇むメイド。
「私の貞操は私のものよ。私が認めた者に捧げて何が悪いのかしら?それに、私の新たな眷属となった者を下賤呼ばわりしないでちょうだい。たとえ、あなたでも怒るわよ、グレイフィア」
どうやらリアスは、イッセーが出会い頭に罵倒された件についても腹を立てているようだ。グレイフィアと呼ばれたメイドは嘆息しながら床に脱ぎ捨てられたリアスの上着を拾う。
「何はともあれ、あなたはグレモリー家の次期当主なのですから、無闇に殿方へ肌を晒すのはおやめください。ただでさえ、事の前なのですから」
そう言いながらリアスに拾った上着を羽織らせる。そして、考えがあながち間違っていないことを理解し、再び考え込もうとするイッセーに向かって頭を下げてきた。
「はじめまして。私は、グレモリー家に仕える者です。グレイフィアと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、いえ、ご丁寧にどうも。俺は最近部長の眷属にさせていただいた兵藤一誠と言います。みんなからはイッセーと呼ばれていますね」
丁寧な挨拶をしてくるため、イッセーも畏まって頭を下げる。イッセーの挨拶に、グレイフィアは軽く眼を見開き、
「イッセー?まさか、あなたが?」
「えぇ、私の『兵士』よ。『赤龍帝の籠手』の使い手であり、『変異の駒』で転生に成功した者よ」
「……『赤龍帝の籠手』、龍の帝王に憑かれた者……」
イッセーを見るグレイフィアの視線が、異質なものを見るそれに変わる。確かに、上位の『神滅具』の一つである『赤龍帝の籠手』だ。知識ある者ならば、警戒するのは当然のことだろう。
「……それで?グレイフィア、あなたがここへ来たのはあなたの意思?それとも家の総意?……それとも、お兄さまのご意志かしら?」
「全部です」
イッセーを見たまま固まるグレイフィアを現実に戻すリアスの言葉。話の内容が内容なため、イッセーは静かに静聴を決めた。
「そう。兄の『女王』であるあなたが直々人間界へ来るのだもの。そういうことよね。分かったわ」
リアスは服を着て、イッセーの方に向き直る。
「本当にゴメンなさい、イッセー。さっきまでのことはお互いに忘れましょう。私も冷静ではなかったわ」
「そうですね。部長がそう言うなら、忘れましょう」
そのままグレイフィアの方へと再度向くリアス。
「グレイフィア、私の根城へ行きましょう。話はそこで聞くわ。朱乃も同伴でいいわよね?」
「『雷の巫女』ですか?私は構いません。上級悪魔たる者、『女王』を傍に置くのは常ですので」
「よろしい。イッセー」
「はい」
次はイッセー自身がベットから立ち上がり、リアスの近くに寄った。何があるか分からないため保険のつもりだったが、その必要は全くもって皆無だった。
リアスはイッセーに歩みより、頬に軽くキスをしたからだ。またもや違う展開に、イッセーは思考が追いつかない。
「今夜はこれで許してちょうだい。迷惑をかけたわね。明日、また部室で会いましょう」
そうこうしているうちに、リアスはグレイフィアと転移陣を使用し、その光の中へと消えていった。
イッセー以外気配の消えた部屋。キスされた頬を軽くさすり、暫くボーッとしていたイッセーだったが、ドアから突如感じた気配に冷や汗を流す。
ゆっくりと開くドア。その奥にから見える長い黒髪。半分だけ顔を見せるのは、溢れ出る殺気を隠そうともしない夕乃。さながらホラーである。
「……イッセーさん、リアスさんといた私の知らない女性は誰ですか?そして、3人でこの部屋で何をしていたんですか?」
(あ、これ今日は寝れないパターンだ)
何の気配も感じなかったため、緊張感を解き、あまつさえキスまでされたさっきまでの自分を殴りたい。
夕乃は今笑っていない。つまり、かなり頭にきている。こうなってしまえば、弁解など聞く耳を持たないため、イッセーにできることは一つーー、
「洗いざらい全てを話してもらいますよ?正座」
「……はい」
ーー夕乃の気がすむまで説教を受けることだった。
ご感想、誤字脱字等のご指摘、お待ちしています。