「ーーーっあ……」
鈍痛を感じながらセシリアは目を覚ます。カーテンで四方を囲まれているが消毒液の独特な臭いがすることからここは保健室なのだと予想できる。寝かられていたベッドの上で身体を起こして自分の姿を確認すればレオタードによく似たISスーツの姿のまま、そして口の中が鉄の味がしているので恐らく切って出血したのだろう。
「私は……確か……」
「目覚めたようだな、オルコット」
カーテンが開き、そこから千冬が姿を現わす。
「お前は自分がどうしてここにいるのか理解しているか?」
「……えぇ、覚えています。私は、マキ・タチバナに負けたのですね」
「その通りだ。しかし運が良かったな。ISの絶対防御のおかげで多少の擦り傷程度の怪我で済んでいる。お前よりも勝った橘の方が重傷だがな」
そう言って千冬はセシリアから見て右隣のカーテンを開ける。するとそこにはさっきまで自分と戦っていた真輝が眠っていた。
「無茶な走行をしたことで脚に軽度の炎症、それにトドメに使ったパイルバンカーの威力が強すぎて右肩を脱臼だそうだ。まったく、勝者の姿とは思えないな」
「確かに……ですか、それが彼らしいと思いますわ」
「ほぅ」
真輝のことを擁護する様な発言をしたセシリアに千冬は表情こそ変えていないが驚いていた。一週間前まで一夏に罵倒していた人物と同じ人物と思えなかったからだ。
「何やら考えを変えた様だな」
「はい、彼と戦っていて母と父のことを思い出しました……父は母の顔色を伺う弱い人間だと思っていましたがそれでも曲げないと決めた信念を曲げる事をしなかった強い一面を持っていました。彼のおかげで私はその事を思い出せました」
「そうか、それは良かったな」
「はい」
千冬の言葉に返事を返したセシリアの顔は憑き物が落ちた様な晴れやかな顔付きになっていた。
「ところでブルーティアーズは?それと試合の方は」
「ブルーティアーズの方は損傷レベルがB、最後の一撃を受けたのが痛かったな。予備の装甲と取り替えれば制限付きだが起動は出来るらしい。試合の方は今は休憩中ということにしてある。お前らの試合が終わってすぐに織斑のISが到着して今は
思いの外ブルーティアーズの損傷は重たかった様だが動かせないレベルであるCまで行っていないのは僥倖と言えるだろう。そして第二試合である蓮夜と一夏の試合はまだ行われていないらしい。
ならばとセシリアはベッドから降りた。全身が軋む様な感覚があるものの動けない程ではないし、興奮でアドレナリンが分泌されれば気にならなくなるだろう。
「織斑先生、ブルーティアーズは収納庫ですね?」
「……やるつもりか?機体の損傷を理由に止めても誰も文句は言わんぞ?」
「えぇ、そうでしょうがここで戦わなければイギリス代表候補生としての私が死んでしまいます。それにーーー代表候補生が初心者にも負ける程に弱いと侮られるのも癪なので」
それでは失礼しますと一礼してセシリアは保健室から出て行った。彼女はこの後の試合の為にブルーティアーズの装甲を取り替えに行ったのだろう。保健室に残されたのは千冬と眠っている真輝の二人だけ。保険医は用事があると席を外している。ハァと溜息を吐きいて千冬は真輝に顔を向けた。
「まさか代表候補生を倒すとはな。分からぬ者が見れば偶然だと切り捨てるだろうが違う。あれはお前の努力が引き寄せた必然だ。分かる者には分かる。煩わしいと思っていた世界最強の称号だが……ここで誓ってやろう、お前が私の前に立つその日まで、私は世界最強であり続ける。だから橘、研鑽しろ。己を磨き続けて私の前までやって来い。その時は私の全身全霊を持って相手をしてやる」
柄では無いなと頭を振りながら千冬は保健室を後にした。試合の準備をしているであろう一夏と蓮夜に会うためだ。
眠っているからと思って言ったのだろう千冬の言葉はしっかりと真輝に届いていた。その証拠に未だ真輝の意識は戻っていないが……その口元は笑みで歪んでいたからだ。
「ふぅ……」
ピット内で一夏はやって来た専用機である『白式』の初期化と最適化処理を現在進行形で済ませながら気持ちを静めるために深呼吸をしていた。
一夏の脳裏に浮かんでいるのは彼の姉である千冬を倒すと宣言していた真輝の姿をだった。自己紹介の場でその発言をした真輝に何を言っているんだとイラつきを感じていたがその後の千冬が真輝の事を擁護する様な発言で自分は真輝に嫉妬しているのだと気付いた。たった一人の肉親である千冬に守られている真輝のことが嫉ましくて仕方ないのだと。
そして推薦で決められようとしていたクラス代表を決める場で巻き込まれるように決闘に参加させられて笑っている真輝の姿を見て気持ち悪いと思った。厄介ごとに巻き込まされて笑っている姿を見て気持ち悪いと思わない方がおかしい。
だが、そんな負の感情は代表候補生であるセシリアと初心者であるはずの真輝の試合を見たことで吹き飛んだ。操縦者としての技能が劣っているにも関わらず真正面から格上の相手に臆する事なく立ち向かう真輝の姿を見て心が震えた。
世界最強である千冬を倒すと宣言したのは伊達や酔狂などではなく、本気で言ったのだとここに来て思い知らされたのだ。
チキチキという音が止まり、白式が光り輝く。ようやく初期化と最適化処理が終わったのだ。そして
白と名前が付いていたのに灰色っぽかった装甲は純白になっている。そして武装のリストに一つだけ乗っていた武装の名前を見た時、一夏は思わず笑ってしまった。
その武装の名前は『雪片弐型』、かつて千冬は現役の操縦者だった時に振るっていた『雪片』の後続機と思われる武装だったからだ。
「あぁ、俺は世界で最高の姉さんを持てたよ」
その場にいる誰にでもない、姉である千冬に向かって一夏は呟いた。
「もう千冬姉に守られるだけの関係は終わりだ。これからは俺が……千冬姉を守る」
もしそれを聞いているものがいたのなら笑っていただろう。何故なら一夏は世界最強である千冬を守ると言ったのだから。
白式を動かしてカタパルトの上に乗る。千冬を守ると決めた、その為にこれから戦う蓮夜に勝たなければならない。
決意を固めて一夏は強烈なGと共にアリーナ内へと射出された。
一夏がいたピットとは反対のピット、そこで蓮夜は備え付けられているベンチに座って上機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。その顔は今から戦うという物では無く、欲しかった物が目の前にやって来て喜んでいる子供の様だった。
「楽しそうね、蓮夜君」
「ん?……あぁ、裸エプロン先輩」
「うん、あの時の事なら謝るからその呼び方だけは止めてくれない?」
水色の髪をした赤目の少女が口元に扇子を持っていって開く。するとそこにへ無駄に達筆な字で『謝罪』と書かれていた。彼女の名前は更識楯無、このIS学園の生徒会長にして現ロシア国家代表。蓮夜との関係は護衛目的での同室だが邂逅の初日に楯無が裸エプロンで現れた。それに動揺した連夜が千冬に通報し、連行される事になる。その後何があったのかは楯無と千冬の二人しか知らないが楯無にとって裸エプロンが禁止ワードに入った事は事実である。
「楽しそう、じゃなかて実際に楽しいんですよ。真輝のあの試合、あれが俺の感性にクリティカルヒットしてくれましてね」
「ふ〜ん……」
楽しそうな笑みを浮かべながら話す蓮夜を見ながら楯無は蓮夜のプロフィールを思い出していた。
如月蓮夜、日本でも有数の大企業に挙げられる如月グループの御曹司。そして彼は真輝とは対極であると言える存在だった。蓮夜は一般的に天才と言われるタイプの人間なのだ。一度見た事は忘れず、一を聞いて百を知る、初めて行う事でもそつ無くこなせる。
だからと言うべきなのか、蓮夜は努力というものをした事が無く、困難に出会う事も無く、挫折を味わった事がなかった。
蓮夜は心の底からそれらをしたいと望んでいる。
だから蓮夜は嬉しいのだろう。自分とは正反対である真輝が世界最強である千冬を倒すと宣言して代表候補生であるセシリアを接戦ながらも下した。
才能なんて微塵も無く努力しか知らない真輝の存在を、才能に溢れて努力を知らない蓮夜は待ち望んでいた。
今までは誰も自分に勝つ事は出来なかった。しかし、もしかすると真輝なら、自分の障害になり得るかもしれない。その事を考えると笑みが溢れて仕方なかった。
ビット内に真耶の連絡が入る。どうやら一夏のISの準備が整った様だ。それを聞いて蓮夜は立ち上がり如月グループの総力を挙げて作り上げたISを起動させる。
「いくぞ、『阿修羅』」
展開されたISは異形のISだった。全体の色合いは赤銅色で腕が拘束具の様なもので完全に固定されている。蓮夜はためらうこと無くカタパルトの上に乗り、アリーナ内へと射出される。
アリーナ内ではすでに一夏が白式を展開させて待っていた。手に握られているのはIS用のブレード。そのフォルムは参考映像として見た千冬が使っていた『雪片』によく似ている。
「それは……ふざけてるのか?」
「ふざけてないさ、これが俺のIS『阿修羅』だよ」
腕を固定している阿修羅を見て一夏は眉間に皺を寄せる。確かに初見ならば腕を縛っているISなどふざけている様にしか見えない。なので蓮夜はふざけていないと返したが一夏はそれが気に入らない様だった。
「それがふざけてるって言うんだよ!!いいから腕を使える様にしろよ!!」
「きゃんきゃんキャンキャンよぅ吠えるなぁ。なんだ?世界最強の弟は口が良く動くのか?文句言わなきゃやってられないのか?そんなことせずに世界最強の弟だったら黙って構えろや」
「ーーー」
蓮夜の煽りに一夏は目を据わらせてブレードを構えた。その構えから予想出来る行動は突き、恐らく開始と同時に突進するつもりなのだろう。なんとも分かりやすく対処もし易い一夏の行動に蓮夜は溜息を吐く。
そして試合開始のブザーが鳴り響いた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
蓮夜の予想通りに一夏は突進してきた。その途中で一夏ぎ構えを変えて上段からの振り下ろしに変えてきたがそれでも対処の仕方は変わらない。
「ーーーハァ」
そして二度目の溜息と同時に一夏が横に吹き飛んだ。
「なっ!?」
予想外の方向から絶対防御が発動するほどの攻撃を貰って一夏は何をされたのか分からずに混乱する。しかしそれは蓮夜の姿を視界に納めたことで理解できた。
腕が拘束されていた阿修羅の背後に巨大な腕が四本現れている。内一本が手を開いた状態で振り切られていることからあれの一撃を喰らったのだとわかった。
「『阿修羅アーム』、このISの名前にもなった特殊兵装だ。これがあるから自分の手を使う必要が無いんで縛ってるわけ、まさしく縛りプレイだな!!俺はSだけど!!」
御丁寧に説明を蓮夜はしてくれ、その間に一夏落ち着きを取り戻していた。白式にはこの雪片弐型しか収納されていないので必然的に接近して戦うことになる。
この後の攻め方を決め、精神を集中させながら構え直してーーー弾丸の様な速度で突進してきたアームの一本に捕まることになる。
「ぐぅっ!?」
「油断しすぎ〜一々構え直すだなんて狙ってくださいって言ってる様なもんだぞ。だから狙いました、説明終わり」
アームの力が強くなり白式のシールドエネルギーが目に見えて減っていく。これは絶対防御が発動する程の力で蓮夜がアームを操作しているからだ。
「あーあ、やっぱり俺の相手になりそうなのは真輝だけかなぁ……今はまだ届かないだろうけどいつかきっと高みに登ってくる。その日を楽しみにさせてもらうよ」
そう言うと白式のシールドエネルギーはゼロになり、試合終了を報せるブザーが鳴り響く。
「白式、シールドエネルギーエンプティ。勝者、如月蓮夜」
シールドエネルギーが無くなった白式を投げ捨てて、蓮夜はいつの日にか自分と対峙してくれるだろう真輝の姿を想像しながらビットに帰って行った。
セシリア……真輝との戦いで代表候補生として真に覚醒を果たす。現在は次の試合の為に損傷したブルーティアーズの装甲や武装を入れ替えているところ。修羅道にやって来る日は近いな(確信)
千冬……言わずと知れた修羅道クイーン。真輝がセシリアに勝ったのを見て、真輝が自分の前に立つまで世界最強であり続けることをひっそりと誓う。
真輝……ボロボロになりながらもセシリアを倒した。これで修羅道見習いから修羅道ボーイへと格上げされる。意識は戻っていないが千冬の誓いを聞いて思わずニッコリする。
ワンサマ……真輝の発言を悪ふざけなどではないとようやくながらに覚り、修羅道クイーンを守ると誓う。
蓮夜……努力挫折を経験したことのない生粋の天才。努力挫折を味わいたいと望み、それを叶えてくれるかもしれない可能性を持った真輝に興味を持っている。
うーん……ワンサマの説明だけ少ない様な……ま、いっか!!(無責任)
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